夫婦控除の創設について~家計の可処分所得への影響~

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参考 平成 27 年 11 月 政府税制調査会 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理 において示された個人所得課税についての考え方 4 平成 28 年 11 月 14 日 政府税制調査会から 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告 が公表され 前記 1 の 配偶

女性が働きやすい制度等への見直しについて

2. 改正の趣旨 背景税制面では 配偶者のパート収入が103 万円を超えても世帯の手取りが逆転しないよう控除額を段階的に減少させる 配偶者特別控除 の導入により 103 万円の壁 は解消されている 他方 企業の配偶者手当の支給基準の援用や心理的な壁として 103 万円の壁 が作用し パート収入を10

資料9

第3回税制調査会 総3-2

1. 改革の方向性 女性の働き方に中立的な制度整備に当たっては 可処分所得の大幅な減少が生じないよう 負担を最小化 負担増減を円滑化するとともに こうした見直しが 負担増の生じる世帯 個人に ベネフィットとして戻ってくる制度改革とすることが不可欠 改革の進め方についての方針を明示し できるものから早

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あえて年収を抑える559万人

税・社会保障等を通じた受益と負担について

配偶者控除の改正で女性の働き方は変わるか

2. 改正の趣旨 背景の等控除は 給与所得控除とは異なり収入が増加しても控除額に上限はなく 年金以外の所得がいくら高くても年金のみで暮らす者と同じ額の控除が受けられるなど 高所得の年金所得者にとって手厚い仕組みとなっている また に係る税制について諸外国は 基本的に 拠出段階 給付段階のいずれかで課

2. 改正の趣旨 背景給与所得控除 公的年金等控除から基礎控除へ 10 万円シフトすることにより 配偶者控除等の所得控除について 控除対象となる配偶者や扶養親族の適用範囲に影響を及ぼさないようにするため 各種所得控除の基準となる配偶者や扶養親族の合計所得金額が調整される 具体的には 配偶者控除 配偶

第12回税制調査会 総12-1(案とれ)

このジニ係数は 所得等の格差を示すときに用いられる指標であり 所得等が完全に平等に分配されている場合に比べて どれだけ分配が偏っているかを数値で示す ジニ係数は 0~1の値をとり 0 に近づくほど格差が小さく 1に近づくほど格差が大きいことを表す したがって 年間収入のジニ係数が上昇しているというこ

第2回税制調査会 総2-1

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消費税増税等の家計への影響試算(2018年10月版)

2. 改正の趣旨 背景給与所得控除額の変遷 1 昭和 49 年産業構造が転換し会社員が急速に増加 ( 働き方が変化 ) する中 (1) 実際の勤務関連経費が給与所得控除を上回っても 当時は特定支出控除 ( 昭和 63 年導入 ) がなく 会社員は実際の勤務関連経費がいくら高くても実額控除できなかった

被用者保険の被保険者の配偶者の位置付け 被用者保険の被保険者の配偶者が社会保険制度上どのような位置付けになるかは 1 まず 通常の労働者のおおむね 4 分の 3 以上就労している場合は 自ら被用者保険の被保険者となり 2 1 に該当しない年収 130 万円未満の者で 1 に扶養される配偶者が被用者保

消費税増税等の家計への影響試算(2017年10月版)<訂正版>

1: とは 居住者の配偶者でその居住者と生計を一にするもの ( 青色事業専従者等に該当する者を除く ) のうち 合計所得金額 ( 2) が 38 万円以下である者 2: 合計所得金額とは 総所得金額 ( 3) と分離短期譲渡所得 分離長期譲渡所得 申告分離課税の上場株式等に係る配当所得の金額 申告分

平成19年度分から

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このページを印刷する 2017 年 11 月 23 日森信茂樹 : 中央大学法科大学院教授東京財団上席研究員 副業 兼業の時代 所得税控除見直 し で不公平を正せ 来年度税制改正の作業が 与党税調で始まっている 連日のように改正案の 断片が報道されているが 全体像がいまだよくわからない そこで これ

はしがき 配偶者控除 と 配偶者特別控除 は 昭和 36 年と昭和 62 年の税制改正で導入された歴史ある制度です ここ数年 配偶者控除の改正について様々な議論が行われてきましたが 平成 29 年度税制改正において 就業調整を意識しなくて済む仕組みを構築する観点から配偶者控除と配偶者特別控除の見直し

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短時間労働者への厚生年金 国民年金の適用について 1 日又は 1 週間の所定労働時間 1 カ月の所定労働日数がそれぞれ当該事業所 において同種の業務に従事する通常の就労者のおおむね 4 分の 3 以上であるか 4 分の 3 以上である 4 分の 3 未満である 被用者年金制度の被保険者の 配偶者であ

参考資料

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米国の給付建て制度の終了と受給権保護の現状

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1


扶養手当制度の概要 1 支給要件 扶養親族 ( 他に生計の途がなく主として職員の扶養を受けているもの ) を有する職員に対して支給 年額 130 万円以上の恒常的な所得があると見込まれる者は対象外 2 支給月額 配偶者 : 13,000 円子など : 1 人につき 6,500 円 ( 配偶者のない場

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新旧児童手当、子ども手当と税制改正のQ&A

平成19年度市民税のしおり

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1. 復興基本法 復興の基本方針 B 型肝炎対策の基本方針における考え方 復旧 復興のための財源については 次の世代に負担を先送りすることなく 今を生きる世代全体で連帯し負担を分かち合うこととする B 型肝炎対策のための財源については 期間を限って国民全体で広く分かち合うこととする 復旧 復興のため

図表 1 人口と高齢化率の推移と見通し ( 億人 ) 歳以上人口 推計 高齢化率 ( 右目盛 ) ~64 歳人口 ~14 歳人口 212 年推計 217 年推計

01 公的年金の受給状況

本資料は 様々な世帯類型ごとに公的サービスによる受益と一定の負担の関係について その傾向を概括的に見るために 試行的に簡易に計算した結果である 例えば 下記の通り 負担 に含まれていない税等もある こうしたことから ここでの計算結果から得られる ネット受益 ( 受益 - 負担 ) の数値については

配偶者特別控除の拡大では就労促進効果は乏しい

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申告者と配偶者の合計所得金額の入力フォーム 申告者 ( 給与の支払いを受ける人 ) の事業所得 雑所得 配当所得 不動産所得 その他の所得の収入金額と必要経費を入力して合計所得金額を計算します 申告者の合計所得金額が 900 万円を超えると 配偶者控除または配偶者特別控除の控除額が変動します 申告者

第6回税制調査会 総6-3

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所得控除 基礎控除 配偶者控除などの下記の表に記載されたものをいいます それぞれ一定の要件を満たしている場合は 課税所得金額を計算する際に それぞれの控除が受けられます 個人の県民税 個人の市町村民税 12

所得控除 基礎控除 配偶者控除などの下記の表に記載されたものをいいます それぞれ一定の要件を満たしている場合は 課税所得金額を計算する際に それぞれの控除が受けられます 個人の県民税 個人の市町村民税 12

個人市民税 控除・税率等の変遷【市民税課】

2. 女性の労働力率の上昇要因 М 字カーブがほぼ解消しつつあるものの 3 歳代の女性の労働力率が上昇した主な要因は非正規雇用の増加である 217 年の女性の年齢階級別の労働力率の内訳をみると の労働力率 ( 年齢階級別の人口に占めるの割合 ) は25~29 歳をピークに低下しており 4 歳代以降は

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共働き・子育て世帯の消費実態(1)-少子化でも世帯数は増加、収入減で消費抑制、貯蓄増と保険離れ

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700 万円未満の中間所得層では減税組が増税組を世帯数で圧倒する一方 年収 700 万円以上では逆に増税組の方が多くなる また専業主婦世帯では増税組が減税組よりも多い一方 妻が正規または非正規で就業している世帯では総じて減税組の方が増税組よりも多い 2 夫婦税額控除 ( 所得税 3 万 8000 円

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税制について

給与所得控除額の改正前後の比較 改正前 改正後 給与等の収入金額給与所得控除額給与等の収入金額給与所得控除額 180 万円以下 収入金額 40% 65 万円に満たない場合は 65 万円 180 万円以下 収入金額 40%-10 万円 55 万円に満たない場合は 55 万円 180 万円超 360 万

2018年度税制改正で所得税はどう変わるか

中小企業の退職金制度への ご提案について

握の問題 執行面での対応の可能性等を含め様々な角度から総合的に検討する 複数税率の導入について 財源の問題 対象範囲の限定 中小事業者の事務負担等を含め様々な角度から総合的に検討する 施策の実現までの間の暫定的及び臨時的な措置として 簡素な給付措置を実施する つまり 低所得者対策として 給付付き税額

[ 特別控除の一覧 ] 控除の内容 特定扶養親族控除 ( 税法上の扶養親族で満 16 才以上 23 才未満の扶養親族 ) 老人扶養親族 配偶者控除 ( 税法上の扶養親族で満 70 才以上の扶養親族 ) 控除額 1 人につき 250,000 1 人につき 100,000 障がい者控除寡婦 ( 夫 )

特別障害者控除同居特別障害者寡婦控除特別寡婦控除寡夫控除 障害者控除に該当する場合のうち 障害の程度が身体障害者手帳 1 級または2 級の方や療育手帳 AまたはAの場合 また精神障害者手帳 1 級の場合等 納税者の配偶者その他の親族 ( 扶養親族や配偶者控除を受ける配偶者に限る ) が特別障害者でか

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ふくい経済トピックス ( 就業編 ) 共働き率日本一の福井県 平成 2 2 年 1 0 月の国勢調査結果によると 福井県の共働き率は % と全国の % を 1 1 ポイント上回り 今回も福井県が 共働き率日本一 となりました しかし 2 0 年前の平成 2 年の共働き率は

< 所得控除の詳細 > 1 所得控除額計算一覧表 控除名 控除の詳細 控除額町県民税 控除額 参考 所得税 次の イ と ロ のい 次の イ と ロ のい ずれか多い方の金額 ずれか多い方の金額 災害や盗難等により 本人や本 イ ( 損害金額 - 保険 イ ( 損害金額 - 保険 雑損控除 人と同一

いずれも 賃金上昇率により保険料負担額や年金給付額を65 歳時点の価格に換算し 年金給付総額を保険料負担総額で除した 給付負担倍率 の試算結果である なお 厚生年金保険料は労使折半であるが 以下では 全ての試算で負担額に事業主負担は含んでいない 図表 年財政検証の経済前提 将来の経済状

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退職金についての市県民税はどうなるの? 私は平成 28 年 4 月に退職しました 勤続 30 年で退職金は 2,100 万円ですがこの退職 金に対する市県民税はいくらですか 通常の市県民税の課税は前年中の所得に対し翌年課税されるしくみになっていますが 退職金に対する課税については 他の所得と分離して

第 9 回社会保障審議会年金部会平成 2 0 年 6 月 1 9 日 資料 1-4 現行制度の仕組み 趣旨 国民年金保険料の免除制度について 現行制度においては 保険料を納付することが経済的に困難な被保険者のために 被保険者からの申請に基づいて 社会保険庁長官が承認したときに保険料の納付義務を免除す

ニュースリリース 平成 3 1 年 3 月 2 8 日 消費者動向調査 : 軽減税率 株式会社日本政策金融公庫 消費税の 軽減税率制度 消費者の受け止め方を調査 ~ 約 7 割の消費者が制度を認知認知 制度運用には わかりやすさ を求める ~ < 平成 31 年 1 月消費者動向調査 > 日本政策金

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鳩山政権の経済政策の効果

配偶者控除改正で家計と働き方はどう変わる?

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改正された事項 ( 平成 23 年 12 月 2 日公布 施行 ) 増税 減税 1. 復興増税 企業関係 法人税額の 10% を 3 年間上乗せ 法人税の臨時増税 復興特別法人税の創設 1 復興特別法人税の内容 a. 納税義務者は? 法人 ( 収益事業を行うなどの人格のない社団等及び法人課税信託の引

緊急に措置すべき事項

この就業調整は俗に 103 万円の壁 130 万円の壁 とも言われます これに今年 10 月以降新たに 106 万円の壁が加わります 106 万円の壁ができるということは 妻本人が社会保険に加入するための条件が緩和され 妻の年収が 106 万円を超えると妻 自身が社会保険に加入しなければならなくなる

資料2(コラム)

2018年度税制改正大綱ポイント整理

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29 歳以下 3~39 歳 4~49 歳 5~59 歳 6~69 歳 7 歳以上 2 万円未満 2 万円以 22 年度 23 年度 24 年度 25 年度 26 年度 27 年度 28 年度 29 年度 21 年度 211 年度 212 年度 213 年度 214 年度 215 年度 216 年度

なお 夫の給与所得が高いほど 税制における配偶者控除の利用率も高くなる ( 注 4) 配偶者控除による税負担の軽減額は所得が高くなるにつれて大きくなり その恩恵に浴する人は高所得の人ほど多い つまり専業主婦世帯では夫の所得が高くなるほど配偶者控除や第 3 号被保険者制度による恩恵を その分 多く享受

1. 職場愛着度 現在働いている勤務先にどの程度愛着を感じているかについて とても愛着がある を 10 点 どちらでもない を 5 点 まったく愛着がない を 0 点とすると 何点くらいになるか尋ねた 回答の分布は 5 点 ( どちらでもない ) と回答した人が 26.9% で最も多かった 次いで

Transcription:

ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート 2016-11-08 夫婦控除の創設について ~ 家計の可処分所得への影響 ~ 経済研究部研究員白波瀨康雄 (03)3512-1838 sirahase@nli-research.co.jp はじめに既婚女性が就業調整を行う原因として指摘される配偶者控除の見直しは 政府が進める女性の活躍促進や働き方改革の一環として注目を集めてきた 政府税制調査会 ( 以下 政府税調 ) は 2017 年度税制改革に向けて 配偶者控除の廃止と夫婦控除の創設の検討を進めてきたが 足元の報道によると この案は次年度以降へ先送りとなり 代わりに配偶者控除の適用範囲拡大案が浮上している 一旦見送りとなった配偶者控除の廃止については 政府税調が 2014 年 11 月に提示した配偶者控除見直しに関する 3 つの大きな方向性 1 ( 図表 1) を中心に 次年度以降 議論が再開するものと思われる ( 図表 1) 配偶者控除見直しの方向性 方向性 A 配偶者控除の廃止 方向性 B 方向性 C 配偶者控除に代えて 配偶者の所得の計算において控除しきれなかった基礎控除を納税者本人に移転するための仕組み ( いわゆる移転的基礎控除 ) の導入配偶者控除に代えて 諸控除のあり方を全体として改革する中で 夫婦世帯に対し配偶者の収入にかかわらず適用される新たな控除の創設 本稿では 配偶者控除に関する問題点を取り上げ 方向性 C に掲げられた新たな夫婦控除の創設に伴う 家計の可処分所得に与える影響を展望したい 2 1 政府税制調査会 働き方の選択に対して中立的な税制の構築をはじめとする個人所得課税改革に関する論点整理 ( 第一次レポート ) 2 第一次レポートの方向性 A B における家計の可処分所得に与える影響については 基礎研レポート 配偶者控除の見直 しについて ~ 家計の可処分所得への影響 ~ を参照 1

1 配偶者控除 夫婦控除の概要図表 2の通り 現行制度では 配偶者の年間収入により 配偶者控除 と 配偶者特別控除 が認められている 配偶者特別控除には主たる生計者の所得制限がつくという特徴がある これに対し 夫婦控除は 配偶者の年収に関係なく夫婦であれば控除の対象者となる また 夫婦控除については 所得控除方式と比べ より低所得者への負担軽減につながる税額控除方式が検討されている ただし 対象者がすべての夫婦世帯に拡がると税収が大幅に減少する恐れがあるため 年収 800 万円 ~1000 万円程度の所得制限も合わせて検討されている 2 配偶者控除に関する問題点配偶者控除に関する問題点として ⅰ) 就労調整となる年収の壁 ⅱ) 低所得者の適用率が低いこと ⅲ) 一部の世帯に 二重の控除 が生じていることが指摘されている それぞれについて 夫婦控除がどのように問題解決につながるのか見てみよう ⅰ) 就労調整に係る様々な年収の壁 ~ 103 万円の壁 と 130 万円の壁 ~ 103 万円の壁 という言葉が世間一般に浸透したため 年収が 103 万円を超えると配偶者控除がなくなり損をすると誤解する人が多い しかし 年収が 103 万円を超えても 141 万円までは配偶者特別控除が適用される ただ 100 万円近辺で住民税 所得税が発生することや配偶者 ( 特別 ) 控除に関する誤解から 年収 103 万円は心理的な壁として意識されている また 家族手当を支給する企業には 給付基準を配偶者年収 103 万円以下と定めるところが多い 人事院の調査 3 によると民間企業の 69.1% が家族手当を支給し その 90.3% が配偶者手当を支給している 支給基準をみると 68.8% の企業が配偶者の年収 103 万円 25.8% が同 130 万円と 配偶者控除の適用要件が基準となっている企業が多い 支給額も月額 13,885 円 年間 16.7 万円に上るため 企業福利厚生の面でも年収 103 万円が就労調整の目安となっているものと考えられる 実際に 既婚女性の収入分布をみると 100 万円近辺に集中していることが分かる ( 図表 3) 個々のライフスタイルに応じた働き方があるものの 夫婦控除の創設によって心理的な壁が解消され 企業の配偶者手当 3 人事院 民間給与の実態 ( 平成 27 年度職種別民間給与実態調査の結果 ) 2

も見直しの機運が高まる可能性がある もう一方の社会保険料の壁 所謂 130 万円の壁 は 配偶者控除の 103 万円の壁 よりもはるかに高い壁として立ちはだかる 配偶者の年収が 130 万円を超えると 主たる生計者の扶養が外れ社会保険料 ( 健康 介護保険料 厚生年金保険料 ) の支払いが生じるためである このため 配偶者の年収が 129 万円から 1 万円多い 130 万になると 可処分所得が 17 万円程度減少する ( 図表 7) この 17 万円の減少を埋めるためには年収 157 万円程度まで働く必要がある パート アルバイトの時給を考えるとこの減少を埋める負担は大きく 103 万円の壁よりも社会保険料の 130 万円の壁の方が就労調整の影響は大きい 4 さらに本年 10 月からは 501 人以上の企業で働く配偶者は 106 万を超えると社会保険料の支払いが発生する 106 万の壁 が出現した 5 これにより 配偶者の年収が 105 万円から 1 万円多い 106 万円になると 可処分所得が 15 万程度減少し その減少を埋めるためには 131 万円程度まで働く必要がある 最低賃金の引き上げや企業の人手不足感の高まりから パート アルバイトの賃金は年々増加している 既婚女性の年間給与収入は 100 万円近辺に集中しており 今後 この 106 万円の壁 が大きな壁として意識される可能性は高い 生産年齢人口が減少を続けるなか 女性の就業率は上昇している 個々のライフスタイルに応じた働き方があるものの 制度上の壁が労働参加を妨げ就労調整を促せば 経済成長の足かせになろう 税制を見直しても 社会保険料に絡む 106 万円の壁 や 130 万円の壁 は依然として存在し続けることから 税と社会保障の一層の調和が望まれるところである 4 配偶者自身の公的年金支給額の増加や傷病手当金といったセーフティネットを受けられるため 将来を含めた生涯の可処分所得は増えるケースもある 5 厳密な適用条件は 1 所定労働時間が週 20 時間以上 2 月額賃金 8.8 万円以上 3 勤務期間 1 年以上見込み 4 学生は適 用除外 5 被保険者である従業員 501 人以上の企業等 3

ⅱ) 低所得者の低適用率配偶者控除が創設された 1961 年の頃は 夫婦と子ども 2 人 夫はフルタイム 妻は専業主婦 が標準世帯だった しかし 1990 年代には 共働き世帯数が片働き世帯数と拮抗し 2000 年以降は遂にそれを上回り その差は年々拡大している ( 図表 3) 共働き世帯の形態も 80 年代はフルタイム同士の夫婦が多数を占めていたが 現在では 夫フルタイム 妻パートタイムが多数を占め パートタイム同士の夫婦も緩やかだが増加している パートタイムは 正社員と比べて賃金が低水準で 勤続年数に応じた賃金上昇も見込めない こうした低所得者世帯が今後も増えた場合 世帯間の所得格差が拡大していく可能性もある 扶養人員 6 が 1 人以上で配偶者控除を受けている人の割合は 約 72% に上る ( 図表 4) しかし この割合を給与所得の階層別にみると 全体の半数近くを占める給与所得 100~500 万円の層が平均よりも低く 同 100~300 万の層は特に低い この背景には 配偶者控除 配偶者特別控除 各々の適用上限である年収 103 万円や年収 141 万円を超えてもなお配偶者が働き続けなければならない共働き低所得世帯が多いことが考えられる その一方で この割合は高所得になるほど高くなることから 配偶者控除は高所得層ほど恩恵を受けているといわれている これに対して 配偶者の所得に関係なく控除が認められる夫婦控除が創設された場合 今まで配偶者控除を受けられなかった上述の低所得世帯でも控除を受けられる余地が拡がり 所得格差による税負担の不公平感是正にも一定の効果をもたらすことが期待できる ⅲ) 二重の控除 所得控除のうち 基礎控除は全ての納税者に適用されるものであるが 収入がない または少ない配偶者はこの控除を受けることができない その代わりに 扶養している主たる生計者に配偶者控除を適用することで 税負担の公平性を保とうとしている ところが 現行の税制では 配偶者の年収が 65 万円超 141 万円未 6 扶養人員とは 所得税法の規定により配偶者控除 扶養控除の対象となった配偶者及び扶養親族の合計人員 扶養親族とは 次の 4 つの要件のすべてに当てはまる人 (1) 配偶者以外の親族 (6 親等内の血族及び 3 親等内の姻族 ) 又は都道府県知事から養育を委託された児童 ( いわゆる里子 ) や市町村長から養護を委託された老人であること (2) 納税者と生計を一にしていること (3) 年間の合計所得金額が 38 万円以下であること ( 給与のみの場合は給与収入が 103 万円以下 ) (4) 青色申告者の事業専従者としてその年を通じて一度も給与の支払を受けていないこと又は白色申告者の事業専従者でないこと 4

満の場合 配偶者の基礎控除と主たる生計者の配偶者控除の 二重の控除 の恩恵を受けることができる 主たる生計者に配偶者控除のみが適用される年収 65 万未満の世帯や配偶者の基礎控除のみが適用される年収 141 万以上の世帯と比べて優遇されており この点で税制の公平性が損なわれていると指摘されている 夫婦控除の場合は 配偶者の年収の多寡にかかわらず控除が受けられるため その導入によってより中立的な税制に近づくものと考えられる なお 配偶者の基礎控除が適用されない配偶者年収 0~65 万未満の世帯は控除適用額が少ないままになる 7 若い世代の結婚や子育て世帯に配慮する という夫婦控除創設の観点に立てば その他諸控除についても一層の見直しが望まれる 3 夫婦控除創設による世帯の可処分所得への影響 配偶者控除を廃止し 夫婦控除を創設した際の 世帯の可処分所得に与える影響を試算する 最初に 試 算の前提を示し 配偶者控除が廃止された場合 世帯にどれだけの負担増加が生じるか試算する ⅰ) 試算の前提夫婦控除については 1 控除の額 2 所得制限の上限額 3 所得制限の単位 ( 世帯 / 個人の別 ) 等 肝心な部分が決まっていない これらをどう仮定するかによって 結果も大きく変わってくる ここでは 以下の前提を用いる 1 夫婦控除の控除額夫婦控除の控除額設定については 1 配偶者控除廃止に伴う世帯の負担増を補う控除額であること 2 税制中立 ( 低所得者は減税し 高所得者には増税することで 改革前後で全体の税収は変わらない ) を保つものであること の 2 点に留意する 配偶者控除で用いられる所得控除方式の仕組み上 同控除の廃止に伴う負担増は 所得税率の高い 7 ちなみに 方向性 B の移転的基礎控除を導入すれば 二重の控除 は解消される 5

高所得者の方が低所得者よりも大きい 仮に その高所得者の負担増分を 税額控除方式を用いる夫婦控除の控除額に据えれば 税制中立の維持は難しくなる 従って ここでは 配偶者控除適用率が低いとされる主たる生計者の年収 200~400 万円世帯が負担を被らない水準を夫婦控除額として仮定する ( 次項 3.ⅱ 参照 ) 2 所得制限の上限額配偶者控除で指摘される 低所得者層の適用率の低さ の背景には 配偶者控除の比較的に低い上限 ( 配偶者年収 103 万円 141 万円 ) があることを前項で述べた 夫婦控除の所得制限は年収 800~1000 万との報道が既にあり 水準的に見てもここではその平均である年収 900 万円と仮定する 3 所得制限の単位 ( 世帯 / 個人の別 ) 所得制限の対象を 主たる生計者の年収 に据えて試算を行う ⅱ) 年収 200~400 万円世帯で配偶者控除廃止に伴う負担増が生じない夫婦控除の水準配偶者の年収を3つのケースに分け 配偶者控除廃止に伴う世帯の負担増の金額を示したものが 図表 8である 3つのケースは 配偶者 ( 特別 ) 控除の控除額が最も多い 38 万円となる1 年収 103 万円以下 最も少ない3 万円となる2 年収 140 万円 その中間の 16 万円となる3125 万円に区分した 控除の廃止により それを享受してきたどの世帯も負担が増えることに変わりはない ただ 負担増の多寡で見ると 配偶者控除を受ける 1 配偶者年収 103 万円未満の負担増加が最も大きく 年収 200~400 万の層では 5.2 万円 年収 1200 万円では 12.0 万円となる 配偶者特別控除を受ける 2 配偶者年収 125 万円 3 同 140 万円世帯の負担増加はより少なくなっている 3.ⅰ)1 の考えに従い 本稿では 夫婦控除の税額控除額を配偶者控除廃止によって主たる生計者の年 収 200~400 万円世帯が被る負担増 5.2 万円 ( 所得税 1.9 万円 住民税 3.3 万円 ) とする 8 ⅲ) 配偶者控除廃止と夫婦控除創設による可処分所得への影響に関する試算 以上の前提に基づき 片働き世帯 ( 配偶者年収 :0 万円 ) 共働き世帯 ( 配偶者年収 :300 万円 ) について 主たる生計者の年収ごとの家計の可処分所得に与える影響を試算する 共働き世帯の配偶者控除の年収を 8 所得税率は 5% であり この税率は納税者の 6 割を占める 6

300 万円としたのは 既婚女性の給与所得者の所得分布をみると 300 万円以下が 30 歳代 40 歳代で 79% と大多数を占めるためである 9 < 片働き世帯 > 主たる生計者の年収が 200~400 万円の層では 配偶者控除廃止による負担増と夫婦控除創設による負担減が相殺され 影響を受けない 主たる生計者の年収が 450 万円を超えてくると 配偶者控除廃止による負担増が上回り 年収 1200 万円では 12.0 万円まで増えていく ( 図表 9 青線 ) 負担割合は 概ね所得が低くなるほど低下し 主たる生計者の年収 900 万円近辺で最も大きく (1.2% 増 ) なる ( 図表 10 青線 ) < 共働き世帯 > 従来の配偶者控除では対象ではなかった配偶者年収 300 万円の共働き世帯は 所得制限である年収 900 万円以下の世帯であれば 夫婦控除 5.2 万円分負担が減る また 年収 900 万円を超えた世帯は影響を受けない ( 図表 9 赤実線 ) 負担割合は 所得が低くなるほど 世帯年収に対して負担減となり 主たる生計者の年収 200 万円では 1% 程度の負担減となる ( 図表 10 赤実線 ) 試算結果でも明らかな通り 夫婦控除創設により 配偶者の収入に係らず控除を受けることができ 配偶者の働き方の選択に対して中立的な税制になろう 特に 負担割合は片働き世帯よりも共働き世帯の方が高く 配偶者の就労を後押しする効果も一定程度期待できる また 負担割合は 低所得者になるほど減り 格差是正の面からも効果があると考えられる 一方で 試算では夫婦控除導入には課題も残る 今回の試算では 所得制限の単位を 個人 ( 主たる生計 者 ) としたが この前提は共働き世帯の方が有利となる状況を生むことになる 試算の前提となる所得制限 ( 年収 900 万円 ) に基づき 主たる生計者と配偶者の年収が 各々 900 万円と 0 万円となる世帯 A と 600 万 9 内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書平成 24 年版 7

円と 300 万円となる世帯 Bの二つの世帯を例に挙げよう 世帯 Aは 主たる生計者年収で見た場合 所得制限に抵触し夫婦控除適用外となるため 10.9 万円の負担増となる 他方で 世帯 Bは夫婦控除の適用となり 5.2 万円の負担減となる このように 同じ世帯年収であっても 2 者の間で 15 万円近い負担の開きが生まれる 個人単位課税を採用する所得税についても同様のことが言える 前出の世帯を例にとると 適用される所得税率は 世帯 A 世帯 B 各々 20% 8.3% 10 となり 住民税も含めた納税額はすでに 34 万円近い差が生じている ( 図表 11) 参考に 所得制限の単位を世帯年収 900 万円とするケースを図表 9 10 の赤点線で示した この場合 主たる生計者の年収だけでは所得制限に達しなかった世帯でも 配偶者の年収によって夫婦控除の適用外となる これまでも世帯年収ベースで税負担の公平性を図る世帯単位課税がしばしば議論されてきた 11 が 夫婦控除についても 所得制限を設ける際は 金額だけでなくその対象についても考慮する必要があるだろう 4 まとめ経済税制運営と改革の基本方針 2015( 骨太の方針 ) は 1 夫婦共働きで子育てをする世帯にとっても 働き方に中立的で 安心して子育てできる 2 格差が固定化せず 若者が意欲をもって働くことができ 持続的成長を担える社会の実現を目指す 税制の構造改革を進めると記している その本丸と期待された夫婦控除の創設を含む配偶者控除の見直しは再来年度以降に持ち越され 代わりに配偶者控除の年収要件を引き上げる案が浮上している 年収要件の引き上げは 低所得者の配偶者控除適用率向上に貢献しようが 真に女性の就業を後押しする取り組みとしては まだ道半ばである 専業主婦を前提とした配偶者控除創設から半世紀経ち その間 パートタイム同士夫婦や未婚率上昇の一因といわれる若年低所得層の増加等 世帯構造 / 社会情勢は大きく変化した その中で 配偶者控除は配偶者の就業調整を生み 社会進出を阻む壁となっている 働きたい配偶者がもっと自由に働けるようにするためには 前項で述べた社会保険料や配偶者手当の壁の撤廃はもとより 出産 育児 介護 家事の両立や雇用 労働条件の男女格差是正等 様々な取組みが必要であり 配偶者控除見直しだけで直ちにどうこうできるものではない しかしながら これをきっかけに 様々な改革の機運が高まるものと期待し 次年度以降の議論再開を待ちたい 10 加重平均した値 世帯 A の所得税率は 主たる生計者年収 900 万円 ( 税率 20%) 配偶者年収 0 万円 ( 税率 0%) から (900 万円 20%+0 万円 0%) 900 万円 =20% 世帯 B の所得税率は 主たる生計者年収 600 万円 ( 税率 10%) 配偶者年収 300 万円 ( 税率 5%) から (600 万円 10%+300 万円 5%) 900 万円 8.3% 11 政府税調 第一次レポート では 世帯単位課税は 高額所得者に税制上大きな利益を与える等の問題点があり 個人単 位課税を基本とすべきとしている 8