ファルマシア・53巻・7号・668頁

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Ⅰ 向精神薬の合理的な用い方 ④ 3 理学的および生化学的検査 身長 体重 体温 脈拍 血圧などの測定とともに 心電図およ び血液生化学的検査を施行し生体の病的状態の有無を評価してお く 脳波 CT MRI SPECT PET NIRS 等も必要に応じて施行 する 2 薬物療法の実際 ① 適切な薬剤

2. 改訂内容および改訂理由 2.1. その他の注意 [ 厚生労働省医薬食品局安全対策課事務連絡に基づく改訂 ] 改訂後 ( 下線部 : 改訂部分 ) 10. その他の注意 (1)~(3) 省略 (4) 主に 50 歳以上を対象に実施された海外の疫学調査において 選択的セロトニン再取り込み阻害剤及び

スライド 1

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3) 適切な薬物療法ができる 4) 支持的関係を確立し 個人精神療法を適切に用い 集団精神療法を学ぶ 5) 心理社会的療法 精神科リハビリテーションを行い 早期に地域に復帰させる方法を学ぶ 10. 気分障害 : 2) 病歴を聴取し 精神症状を把握し 病型の把握 診断 鑑別診断ができる 3) 人格特徴

医療連携ガイドライン改

症例報告書の記入における注意点 1 必須ではない項目 データ 斜線を引くこと 未取得 / 未測定の項目 2 血圧平均値 小数点以下は切り捨てとする 3 治験薬服薬状況 前回来院 今回来院までの服薬状況を記載する服薬無しの場合は 1 日投与量を 0 錠 とし 0 錠となった日付を特定すること < 演習

患者さんとご家族のためのうつ病ABC

INDEX うつ病とは 3 うつ病の症状 4 うつ病の治療方法 7 うつ病とは うつ病は脳の病気うつ病は 気分が強く落ち込み憂うつになる やる気が出ないなどの精神的な症状のほか 眠れない 疲れやすい 体がだるいといった身体的な症状が現れることのある病気です 日本では過去 12 カ月にうつ病を経験した

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CQ1: 急性痛風性関節炎の発作 ( 痛風発作 ) に対して第一番目に使用されるお薬 ( 第一選択薬と言います ) としてコルヒチン ステロイド NSAIDs( 消炎鎮痛剤 ) があります しかし どれが最適かについては明らかではないので 検討することが必要と考えられます そこで 急性痛風性関節炎の

うつ病について

第四問 : パーキンソン病で問題となる運動障害の症状について 以下の ( 言葉を記入してください ) に当てはまる 症状 特徴 手や足がふるえる パーキンソン病において最初に気づくことの多い症状 筋肉がこわばる( 筋肉が固くなる ) 関節を動かすと 歯車のように カクカク と軋む 全ての動きが遅くな

2 1. 精神科薬物療法の基本 医療チームの士気を高め, 心理社会的治療への導入をも容易にする. 薬物療法の効用を最大限に引き出す技術を身につけることは今日の精神科臨床において必須である. 1 薬物療法の目的 a. 対症レベルでの改善薬物治療は必ずしも病態や病因の本質に作用しなくてもよい. 認知症の

 

す しかし 日本での検討はいまだに少なく 比較的小規模の参加者での検討や 個別の要因との関連を報告したものが殆どでした 本研究では うつ病患者と対照者を含む 1 万人以上の日本人を対象とした大規模ウェブ調査で うつ病と体格 メタボリック症候群 生活習慣の関連について総合的に検討しました 研究の内容

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01 表紙

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改訂後 ⑴ 依存性連用により薬物依存を生じることがあるので 観察を十分に行い 用量及び使用期間に注意し慎重に投与すること また 連用中における投与量の急激な減少ないし投与の中止により 痙攣発作 せん妄 振戦 不眠 不安 幻覚 妄想等の離脱症状があらわれることがあるので 投与を中止する場合には 徐々に

葉酸とビタミンQ&A_201607改訂_ indd

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もくじ 目的 目標 支援体制図 4 運用規準 ) 運用地域 ) 運用開始時期 ) 実施方法 4) 実施手順 5) 個人情報の取扱い 6) 運用に関する留意事項 5 資料 精神障害者の治療中断 4 精神障害者の治療中断の アセスメント項目 適用例 考え方 6

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医療事故防止対策に関するワーキング・グループにおいて、下記の点につき協議検討する

 

平成 28 年度診療報酬改定情報リハビリテーション ここでは全病理に直接関連する項目を記載します Ⅰ. 疾患別リハビリ料の点数改定及び 維持期リハビリテーション (13 単位 ) の見直し 脳血管疾患等リハビリテーション料 1. 脳血管疾患等リハビリテーション料 (Ⅰ)(1 単位 ) 245 点 2

図表 リハビリテーション評価 患 者 年 齢 性 別 病 名 A 9 消化管出血 B C 9 脳梗塞 D D' E 外傷性くも幕下出血 E' 外傷性くも幕下出血 F 左中大脳動脈基始部閉塞 排尿 昼夜 コミュニ ケーション 会話困難 自立 自立 理解困難 理解困難 階段昇降 廊下歩行 トイレ歩行 病

抗精神病薬の併用数 単剤化率 主として統合失調症の治療薬である抗精神病薬について 1 処方中の併用数を見たものです 当院の定義 計算方法調査期間内の全ての入院患者さんが服用した抗精神病薬処方について 各処方中における抗精神病薬の併用数を調査しました 調査期間内にある患者さんの処方が複数あった場合 そ

症患者における検討は全く行われていない そこで本研究では VPA 服用中の統合失調症患者における高アンモニア血症に関するメカニズムを検討するために当該患者 37 名の朝食前空腹時血液サンプル ( 10mL) を採取し 血清アンモニアおよび VPA 濃度 尿素サイクルに関連する 40 種類の血中アミノ

大規模 RCT の結果は有用ですが 完全ではなく その結果は経験豊かな臨床医の評価にゆだねられる必要があります 大規模 RCT から得られる情報を元に 統計解析にのみ依拠して判断すると 臨床の現場で蓄積されてきた実践知から乖離した結論に至る危険性があると思われます (2)Clinical Quest

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幻覚が特徴的であるが 統合失調症と異なる点として 年齢 幻覚がある程度理解可能 幻覚に対して淡々としている等の点が挙げられる 幻視について 自ら話さないこともある ときにパーキンソン様の症状を認めるが tremor がはっきりせず 手首 肘などの固縮が目立つこともある 抑うつ症状を 3~4 割くらい

がんの診療の流れ この図は がんの 受診 から 経過観察 への流れです 大まかでも 流れがみえると心にゆとりが生まれます ゆとりは 医師とのコミュニケーションを後押ししてくれるでしょう あなたらしく過ごすためにお役立てください がんの疑い 体調がおかしいな と思ったまま 放っておかないでください な

日本内科学会雑誌第98巻第12号

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1/5 第 19 回介護福祉士国家試験問題 解説 ( やまだ塾 ) =10 精神保健 = ( 問題 69~ 問題 72) (2007 年 5 月 24 日ホームページ掲載 ) 精神保健 問題 69 精神障害とその症状に関する次の組み合わせのうち適切なものの組み合わせを一つ選びな さい A. 神経症

脳卒中に関する留意事項 以下は 脳卒中等の脳血管疾患に罹患した労働者に対して治療と職業生活の両立支援を行うにあ たって ガイドラインの内容に加えて 特に留意すべき事項をまとめたものである 1. 脳卒中に関する基礎情報 (1) 脳卒中の発症状況と回復状況脳卒中とは脳の血管に障害がおきることで生じる疾患

)各 職場復帰前 受入方針の検討 () 主治医等による 職場復帰可能 との判断 主治医又はにより 職員の職場復帰が可能となる時期が近いとの判断がなされる ( 職員本人に職場復帰医師があることが前提 ) 職員は健康管理に対して 主治医からの診断書を提出する 健康管理は 職員の職場復帰の時期 勤務内容

脂質異常症を診断できる 高尿酸血症を診断できる C. 症状 病態の経験 1. 頻度の高い症状 a 全身倦怠感 b 体重減少 体重増加 c 尿量異常 2. 緊急を要する病態 a 低血糖 b 糖尿性ケトアシドーシス 高浸透圧高血糖症候群 c 甲状腺クリーゼ d 副腎クリーゼ 副腎不全 e 粘液水腫性昏睡

ビックデータ解析により、知られざる睡眠薬の処方実態が明らかに

統合失調症患者の状態と退院可能性 (2) 自傷他害奇妙な姿勢 0% 20% 40% 60% 80% 100% ないない 0% 20% 40% 60% 80% 100% 尐ない 中程度 高い 時々 毎日 症状なし 幻覚 0% 20% 40% 60% 80% 100% 症状

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愛知県アルコール健康障害対策推進計画 の概要 Ⅰ はじめに 1 計画策定の趣旨酒類は私たちの生活に豊かさと潤いを与える一方で 多量の飲酒 未成年者や妊婦の飲酒等の不適切な飲酒は アルコール健康障害の原因となる アルコール健康障害は 本人の健康問題だけでなく 家族への深刻な影響や飲酒運転 自殺等の重大

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た 18 歳以上の AD/HD 患者を対象に 日本人を含むアジア人によるプラセボ対照二重盲検比較試験及びその長期継続投与試験が現在実施されており 本剤の製造販売者によれば これらの試験成績に基づき 本剤の成人期 AD/HD 患者への追加適応に関する承認事項一部変更承認申請が行われる予定とされている


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INDEX 1. どのような病気ですか? 2. どのような症状ですか? 3. 病気の経過と症状は? 4. 治療はどのように行われますか? 1p 2p 4p 6 p 5. 精神科リハビリテーションとは? 10p 6. 再発しやすい病気です 12p 7. 再発のサインを見逃さない 13p 8. 制度を上

Transcription:

うつ病患者への対応について 初期症状 重症度に合わせた対応 薬剤師向け 白井 1 毅 Tsuyoshi SHIRAI 国研 国立精神 神経医療研究センター病院薬剤部調剤主任 はじめに うつ病と聞くと 薬剤師の多くは SSRI, SNRI 励まさない 相互作用 などの言葉を思い 浮かべると思うが 発症原因や症状によるうつ病の分類 実際にうつ病患者に関わる際の注意事 項 臨床現場において相互作用や副作用以外に薬剤師が注意すべき項目について 知っているよう で曖昧な点は多いと思う 本稿では 2016 年改訂の日本うつ病学会の治療ガイドラインをベース にうつ病患者への対応について紹介する 2 うつ病とは アメリカ精神医学会の診断基準 DSM-IV diagnostic and statistical manual of mental disorders を基に改訂された日本うつ病学会の治療ガイドラインでは うつ病を 抑うつ気分や興味または喜 びの消失などの大うつ病エピソードを特徴とする気分障害 と定義している これは 大うつ病性 障害 の主症状であり 読者の皆さんが うつ病 と聞いて まず思い浮かべる 憂うつである 気分が落ち込んでいる などの抑うつ状態を指している 同ガイドラインでは 体重減少および 増加 不眠または睡眠過多 精神運動性の焦燥または静止など 身体症状や精神症状に関する項目 も含まれている また発症原因から うつ病は外因性 身体因性 内因性 心因性 性格環境因性 に分類されるが うつ病 大うつ病性障害 に属するものは 一般的に内因性うつ病に分類される 一方 アルツハイマー型認知症のような脳の疾患や甲状腺機能低下症 副腎皮質ステロイドやイ ンターフェロンなどの薬剤が原因で発症したうつ病は 外因性うつ病に分類される また 発症原 因が性格や環境に強く関係しているうつ病は 心因性うつ病に分類される DSM-V では うつ病は気分障害の項目の中に位置づけられ 躁状態を有する双極性障害とは別 に分類される そして症状や重症度から 大うつ病性障害と気分変調性障害に分類される 本稿で は テーマをうつ病 大うつ病性障害 に絞り 薬剤師としての関わりについて紹介できればと思う 3 うつ病治療はなぜ必要か? 日本では 100 人に 3 7 人程度の割合で 過去にうつ病を経験したことがある患者がいるという報 告がある また 医師を受診していないうつ病患者が全体の 4 分の 3 を占めるとのデータもある さらに厚生労働省 自殺 うつ病等対策プロジェクトチーム は 自殺の原因の約半分を占める健 康問題のうちの約 4 割がうつ病であると示している うつ病による休業 失業 自殺による社会的 損失は 未だに深刻な社会現象となっている うつ病による自殺者の多くが 生前に適切な治療を 受けていなかったことも含めて 自殺リスクの評価に基づいたうつ病の適切な診療が求められる 4 うつ病の初期症状 簡易抑うつ症状尺度 QIDS-J は 16 項目の自己記入式の評価尺度で 各項目が DSM- Ⅳの大うつ 病性障害の診断基準に対応しているため 臨床現場でうつ病の重症度を評価するために用いられ る 睡眠 食欲 体重 精神運動 その他 6 項目を合わせて 9 項目の合計点数 0 27 点 で重症度 668

を評価し 点数が 6 点以上の場合はうつ病の可能性があると評価する 患者によって個人差はある が 初期症状の段階で複数の抑うつ症状が発症している場合には うつ病の初期症状と考え 速や かに医療機関を受診するようフォローが必要である また抑うつ症状よりも 睡眠障害や著しい体 重変化などの身体症状を主症状として訴える患者も少なくない 身体症状の原因が うつ病による ものか身体疾患によるものかのどちらかによって 治療方法は大きく異なる 5 治療前の確認 評価 うつ病の診断基準を満たしていても 気分障害や統合失調症などの精神疾患や一般的な身体疾 患 うつ病と不安障害やパーソナリティ障害などの精神疾患が併存している場合があるため これ らの疾患の有無を把握する必要がある 治療前に把握すべき項目は ①言い間違いや迂遠さの有 無 ②身長 体重 バイタルサイン ③一般神経学的所見 パーキンソニズムなど ④既往歴 糖 尿病 閉塞隅角緑内障など ⑤家族歴 現病歴 生活歴 ⑥病前のパーソナリティ傾向 ⑦病前 の適応状態 ⑧睡眠の状態 ⑨認知機能障害 ⑩ 女性の場合 妊娠の有無 月経や出産などによる 気分変動 である 例えば 統合失調症による幻覚妄想に起因する抑うつ症状や 陰性症状が抑うつ症状を呈してい るように見える場合もある 認知症やパーキンソン病などの患者も主訴として 体が思うように動かなくてつらい 何でこ んなことができなくなってしまったのか? など 抑うつ症状を思わせるような言動を発すること がある 特に 大うつ病エピソードを呈する双極性障害の患者では 普段はうつ状態であることが 多いため うつ病と誤診して抗うつ薬を使用した結果 躁転してかえって症状を悪化させることが あるので 抗うつ薬の投与および増量開始前後の症状をカルテの記載内容と見比べるなど注意が必 要である うつ病治療では まずは抑うつ症状の原因は何かを十分に精査し その原因を可能な限 り取り除きながら治療をすることが大原則となる 薬剤師がうつ病患者へ服薬指導を行う場合でも 同様である 6 うつ病治療の基本 うつ病治療の目標は 症状の軽快に加えて 家庭 学校 職場における 病前の適応状態 に戻 ることである うつ病治療では心理教育を治療のベースとし 薬物療法や精神療法 リハビリテー ションなどを治療相 急性期 導入期 回復期 維持期 に応じて行う ₁ 心理教育 うつ病治療では 良好な患者 治療者関係の形成が必要不可欠である 心理教育では うつ病 はどのような病気か? どのような治療が必要か? 治療中は何をすべきか? を伝えることで 患者 が治療に好ましい対処行動をとれるようにフォローしていく ₂ 薬物療法 うつ病患者の脳内では ノルアドレナリン NA やセロトニン 5-HT などの神経伝達物質の放出 量が不足するなど 情報伝達がうまく行われていないと考えられている 多くの抗うつ薬は NA や 5-HT の神経末端での再取り込みを阻害し 情報伝達で利用できる神経伝達物質を増やすことで 情報伝達を改善し 抗うつ作用を示す 人それぞれ言い回しがあるかもしれないが 私は抗うつ薬の役割を自転車に使う潤滑油のような 役割と説明している 脳の働きを自転車に例えるならば うつ病の状態は疲れで乗り手がペダルをこ 669

ぐ力が不十分な状態と言える このように疲れて力が出ない乗り手に対し エネルギーを補給する だけで良いだろうか そこで 抗うつ薬の潤滑油的な働きが効果を示すことになる 抗うつ薬は 抑 うつ気分を持ち上げるのではなく ストレスなどで不十分な脳の働きをスムーズにすることで抑うつ 症状を改善するということである 臨床現場では 従来の三環系抗うつ薬と比べて抗コリン作用や 心 循環器系有害作用が少ないなど 忍容性の面から SSRI や SNRI NaSSA ミルタザピン が第一 選択で使用されている 抗うつ薬は 原則単剤で使用し 第一選択薬による治療に無反応な場合に は抗うつ薬の変更を 一部の症状に改善が見られる場合には増強療法を行う 抗うつ薬は アクチ ベーション症候群を含む副作用に注意して少量から開始し 可能な限り速やかに増量していく ま た 抗うつ薬の減量 中止時には中止後症候群に注意しながら 緩徐に漸減していく必要がある 抗うつ薬の使用において 最も留意すべき点は 効果発現が遅いこと と 服薬管理 である 第一選択薬に対する反応性を判断する期間は 治療十分量にまで増量してから 4 8 週間程度が目 安となっている 服薬指導の際には 薬の効き目を待ちながら 体を休めてください などと説 明している とはいえ 効果がなかなか現れないことに対する焦りや不安などから 患者が服薬を 中断し症状を悪化させないように 必要ならば服薬管理を家族に依頼するなどのフォローが必要で ある また 不整脈による致死性を示し得る三環系抗うつ薬など 大量服薬へのリスクマネジメン トも 服薬アドヒアランス維持のために欠かせない 3 急性期 導入期の治療 急性期治療では心理教育と薬物療法を併用し 定期的に治療効果の評価を行いながら症状の寛解 を目指す 治療導入時には まず今の症状が うつ病 が原因で引き起こされていること 複数のストレス が脳機能に変化を与えることでものの見方が否定的になり さらに脳機能の変化が起こるという悪 循環が形成されている状態であること 悪循環の要素を 1 つずつ消すことで悪循環を断ち切るのが 治療であること 脳の休息と薬物療法 睡眠の確保 が重要であることなどを伝える また 婚姻関係 転退職 財産の処分など 療養中の大決断を避ける ことや 飲酒は控える 朝は一 定の時間に起床して外光を浴びる などの生活習慣の改善を指導する 同時に 患者周囲の家族 関係者には 励まし 気晴らしの誘いは逆効果になる ことを説明する 急性期における薬物療法では 治療開始前に使用目的 服薬上の注意事項等を十分に説明した上 で 適切な用量の抗うつ薬を十分な期間使用し 用量不足や観察期間不足による難治化を防止して 寛解を目指していく うつ病患者の多くは 外来治療で対応可能であるが 自殺企図や切迫した希死念慮がある場合 患者の家庭環境が療養や休養に適さない場合 症状の急速な進行が想定される場合は 入院治療が 必要となる 急性期治療を適切に行うことで 回復期 維持期における再発防止のための治療をよ り効果的に実施することができる 4 回復期 維持期の治療 症状寛解後は 薬物療法や精神療法 リハビリテーションなどを組み合わせて症状の再発を予防 していく 薬物療法は 急性期と同用量を維持することが基本である 中止 減量は 中止症候群に注意し ながら必要に応じて行っていく 同時に 認知行動療法や対人関係療法などの精神療法やリハビリ テーションを行っていく 認知行動療法では うつ病によって生じている極端な認知が何かを特定 し より幅広いとらえ方ができるよう修正していくことで 不快な感情の軽減と適切な対処行動の 670

促進を図っていく また対人関係療法では 重要な他者との現在の関係に焦点を当て うつ病の症 状と対人関係問題の関連を理解し 対処方法を見つけることで うつ病の症状に対処できるように なることを目指す うつ病患者では 抑うつ症状が寛解した状態にあっても 注意 遂行機能の低下など一定の認知 機能障害が残存する場合があるため 集中困難やうっかりミスなどが見られることがある また 家事 学業 労働などの負荷が急速にかかった場合に 症状悪化や再燃につながることがある 回復期のリハビリテーションは 比較的短時間ごとに休憩をとる 処理事項に優先順位をつけ る 計画表やメモなどを積極的につけるなど 工夫しながら行う必要がある いずれの手法も 目的はうつ病の再発 再燃防止である 再発防止のためには 治療を一定期間 継続する必要がある 治療継続には 患者の治療へのアドヒアランス維持のための取り組みが欠か せない 7 うつ病の重症度と推奨される治療 うつ病治療の基本は 重症度に関わらず患者に対し支持的態度で接しながら 十分な心理教育を 行い 個々の患者背景に応じた適切な治療を選択することである ₁ 軽症うつ病 軽症うつ病とは 大うつ病エピソードが見られるものの 就労や就学 家事などにおける機能障 害等が軽度な状態を指す 患者背景や病態の理解に努め 支持的精神療法と心理教育などを通じて 患者の訴えを傾聴し 苦悩に共感を示しながら問題を整理して 必要ならば休養を含めた日常生活 上の指示を行っていく こうした基礎的介入に加えて 薬物療法や体系化された精神療法が同時に 行われることもある ₂ 中等度 重症うつ病の治療 中等度や重症のうつ病は 軽症例と比べてより重篤で医療介入の緊急性が高く 初回治療で完全 寛解に至らないことも少なくないとされている したがって 軽症例と比べて 薬物療法が積極的 に行われる 薬物療法は 抗うつ薬によるものが一般的であるが 必要に応じてベンゾジアゼピン系薬剤の併 用や 増強療法として抗うつ薬とリチウム 気分安定薬 ラモトリギン バルプロ酸ナトリウム カルバマゼピン 非定型抗精神病薬 アリピプラゾール クエチアピン オランザピンなど の併 用が行われることがある 8 抗うつ薬使用中に特に注意すべき事項 最後に 抗うつ薬の使用に当たっての注意点について記す 抗うつ薬の使用に当たり 副作用に ついて丁寧に説明し 患者やその家族に対して注意を促す 患者が自発的に副作用を申告しないこ ともあるため 治療者側が継続的に副作用モニタリングを行うことが大切である 以下の副作用に ついては特に注意が必要である ₁ ₂4 歳以下の若年患者における自殺関連行動の増加 うつ症状を呈する患者は 希死念慮があり 常に自殺企図のリスクを抱えている 抗うつ薬の投与 により 24 歳以下の患者において希死念慮 自殺企図のリスクが増加するとの報告がある 24 歳以 下の若年患者に対し抗うつ薬を使用する場合には リスクとベネフィットを十分に考慮すること 投 与開始早期や投与量変更の場合には 患者の状態や病態の変化を注意深く観察する必要がある 671

₂ アクチベーション症候群 抗うつ薬の投与開始初期や増量時に見られる諸症状はアクチベーション症候群と呼ばれ 焦燥感 や不安感の増大 不眠 パニック発作 アカシジア 敵意 易刺激性 衝動性の亢進 躁状態の出 現が見られる アクチベーション症候群により 薬剤の切り替えや減量を余儀なくされるケースは決して少なく ない また アクチベーション症候群によって生じた薬剤に対する不快感により 患者が継続服薬 に不安を示すこともある したがって 患者の状態や病態の変化を注意深く観察し アクチベー ション症候群が疑われる場合には 抗うつ薬の減量や漸減中止などの適切な処置を行う必要があ る 3 中止後症候群 継続服用 4 週間以上 していた抗うつ薬を突然中止する あるいは漸減すると 10 日以内にふら つき めまい 頭痛 嘔気 嘔吐 不眠などの症状が現れることがある 抗うつ薬を中止する場合 には 徐々に減量するなど慎重に行う必要がある したがって 患者に対して効果がないから 副 作用が出ると怖いからなどの理由で急に服用をやめないように 十分に説明する必要がある 4 合併症や併用薬 身体合併症がある場合 疾患によっては投与薬剤の代謝動態が変化し 副作用の出やすさが変化 する可能性がある また 抗うつ薬による食欲亢進の副作用が肥満や糖尿病の悪化につながるな ど 抗うつ薬の副作用が身体合併症の悪化を引き起こす可能性がある また 抗うつ薬の多くが肝 臓代謝酵素シトクローム P450 CYP による薬物代謝により体内より消失するため 肝障害時や CYP に影響を与える薬剤が併用 薬物間相互作用 されている場合には 十分に注意が必要である 必要ならば 相互作用の少ない薬剤が選択されるよう薬剤師が医師をフォローする必要がある ₅ 自殺関連行動の危険性 三環系抗うつ薬による心筋伝導障害や炭酸リチウムによる腎毒性や神経毒性など 過量服薬で高 い致死性を示し得る薬剤を処方する場合には 過量服薬をしないことを約束し 過去の衝動行動歴 などを把握した上で 処方薬をため込まないように処方日数を最低日数にとどめる 服薬管理を家 族管理にするなどの配慮が必要である 9 おわりに 精神疾患の治療の基本は 患者に十分な休息を与えることと患者背景や病態を十分に理解するこ とである 特にうつ病のような比較的身近な精神疾患では 最新のガイドライン等で適切な診療方 法に関する情報を常に把握しておく必要がある また 薬物療法が急性期から回復期まで適切に行 われるようにするには 個々の薬剤に対する理解を深めることはもちろんのこと 常に患者の立場 に立って一緒に治療を行っていく心掛けが必要不可欠である 薬剤師として 薬物療法を通じて一 人でも多くの患者の回復に関わることで より患者の立場へ理解を深めるだけでなく 最新の治療 を通じて様々な職種と関わることが薬剤師自身の更なるレベルアップにつながる 参考文献 1 日本うつ病学会 日本うつ病学会治療ガイドラインⅡうつ病 DSM-5 大うつ性症候群 2016 2 厚生労働省 知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス キーワード うつ病 大うつ病性障害 うつ病の重症度と推奨される治療 抗うつ薬 アクチベーション症候群 Copyright 2017 The Pharmaceutical Society of Japan 672