うつ病患者への対応について 初期症状 重症度に合わせた対応 薬剤師向け 白井 1 毅 Tsuyoshi SHIRAI 国研 国立精神 神経医療研究センター病院薬剤部調剤主任 はじめに うつ病と聞くと 薬剤師の多くは SSRI, SNRI 励まさない 相互作用 などの言葉を思い 浮かべると思うが 発症原因や症状によるうつ病の分類 実際にうつ病患者に関わる際の注意事 項 臨床現場において相互作用や副作用以外に薬剤師が注意すべき項目について 知っているよう で曖昧な点は多いと思う 本稿では 2016 年改訂の日本うつ病学会の治療ガイドラインをベース にうつ病患者への対応について紹介する 2 うつ病とは アメリカ精神医学会の診断基準 DSM-IV diagnostic and statistical manual of mental disorders を基に改訂された日本うつ病学会の治療ガイドラインでは うつ病を 抑うつ気分や興味または喜 びの消失などの大うつ病エピソードを特徴とする気分障害 と定義している これは 大うつ病性 障害 の主症状であり 読者の皆さんが うつ病 と聞いて まず思い浮かべる 憂うつである 気分が落ち込んでいる などの抑うつ状態を指している 同ガイドラインでは 体重減少および 増加 不眠または睡眠過多 精神運動性の焦燥または静止など 身体症状や精神症状に関する項目 も含まれている また発症原因から うつ病は外因性 身体因性 内因性 心因性 性格環境因性 に分類されるが うつ病 大うつ病性障害 に属するものは 一般的に内因性うつ病に分類される 一方 アルツハイマー型認知症のような脳の疾患や甲状腺機能低下症 副腎皮質ステロイドやイ ンターフェロンなどの薬剤が原因で発症したうつ病は 外因性うつ病に分類される また 発症原 因が性格や環境に強く関係しているうつ病は 心因性うつ病に分類される DSM-V では うつ病は気分障害の項目の中に位置づけられ 躁状態を有する双極性障害とは別 に分類される そして症状や重症度から 大うつ病性障害と気分変調性障害に分類される 本稿で は テーマをうつ病 大うつ病性障害 に絞り 薬剤師としての関わりについて紹介できればと思う 3 うつ病治療はなぜ必要か? 日本では 100 人に 3 7 人程度の割合で 過去にうつ病を経験したことがある患者がいるという報 告がある また 医師を受診していないうつ病患者が全体の 4 分の 3 を占めるとのデータもある さらに厚生労働省 自殺 うつ病等対策プロジェクトチーム は 自殺の原因の約半分を占める健 康問題のうちの約 4 割がうつ病であると示している うつ病による休業 失業 自殺による社会的 損失は 未だに深刻な社会現象となっている うつ病による自殺者の多くが 生前に適切な治療を 受けていなかったことも含めて 自殺リスクの評価に基づいたうつ病の適切な診療が求められる 4 うつ病の初期症状 簡易抑うつ症状尺度 QIDS-J は 16 項目の自己記入式の評価尺度で 各項目が DSM- Ⅳの大うつ 病性障害の診断基準に対応しているため 臨床現場でうつ病の重症度を評価するために用いられ る 睡眠 食欲 体重 精神運動 その他 6 項目を合わせて 9 項目の合計点数 0 27 点 で重症度 668
を評価し 点数が 6 点以上の場合はうつ病の可能性があると評価する 患者によって個人差はある が 初期症状の段階で複数の抑うつ症状が発症している場合には うつ病の初期症状と考え 速や かに医療機関を受診するようフォローが必要である また抑うつ症状よりも 睡眠障害や著しい体 重変化などの身体症状を主症状として訴える患者も少なくない 身体症状の原因が うつ病による ものか身体疾患によるものかのどちらかによって 治療方法は大きく異なる 5 治療前の確認 評価 うつ病の診断基準を満たしていても 気分障害や統合失調症などの精神疾患や一般的な身体疾 患 うつ病と不安障害やパーソナリティ障害などの精神疾患が併存している場合があるため これ らの疾患の有無を把握する必要がある 治療前に把握すべき項目は ①言い間違いや迂遠さの有 無 ②身長 体重 バイタルサイン ③一般神経学的所見 パーキンソニズムなど ④既往歴 糖 尿病 閉塞隅角緑内障など ⑤家族歴 現病歴 生活歴 ⑥病前のパーソナリティ傾向 ⑦病前 の適応状態 ⑧睡眠の状態 ⑨認知機能障害 ⑩ 女性の場合 妊娠の有無 月経や出産などによる 気分変動 である 例えば 統合失調症による幻覚妄想に起因する抑うつ症状や 陰性症状が抑うつ症状を呈してい るように見える場合もある 認知症やパーキンソン病などの患者も主訴として 体が思うように動かなくてつらい 何でこ んなことができなくなってしまったのか? など 抑うつ症状を思わせるような言動を発すること がある 特に 大うつ病エピソードを呈する双極性障害の患者では 普段はうつ状態であることが 多いため うつ病と誤診して抗うつ薬を使用した結果 躁転してかえって症状を悪化させることが あるので 抗うつ薬の投与および増量開始前後の症状をカルテの記載内容と見比べるなど注意が必 要である うつ病治療では まずは抑うつ症状の原因は何かを十分に精査し その原因を可能な限 り取り除きながら治療をすることが大原則となる 薬剤師がうつ病患者へ服薬指導を行う場合でも 同様である 6 うつ病治療の基本 うつ病治療の目標は 症状の軽快に加えて 家庭 学校 職場における 病前の適応状態 に戻 ることである うつ病治療では心理教育を治療のベースとし 薬物療法や精神療法 リハビリテー ションなどを治療相 急性期 導入期 回復期 維持期 に応じて行う ₁ 心理教育 うつ病治療では 良好な患者 治療者関係の形成が必要不可欠である 心理教育では うつ病 はどのような病気か? どのような治療が必要か? 治療中は何をすべきか? を伝えることで 患者 が治療に好ましい対処行動をとれるようにフォローしていく ₂ 薬物療法 うつ病患者の脳内では ノルアドレナリン NA やセロトニン 5-HT などの神経伝達物質の放出 量が不足するなど 情報伝達がうまく行われていないと考えられている 多くの抗うつ薬は NA や 5-HT の神経末端での再取り込みを阻害し 情報伝達で利用できる神経伝達物質を増やすことで 情報伝達を改善し 抗うつ作用を示す 人それぞれ言い回しがあるかもしれないが 私は抗うつ薬の役割を自転車に使う潤滑油のような 役割と説明している 脳の働きを自転車に例えるならば うつ病の状態は疲れで乗り手がペダルをこ 669
ぐ力が不十分な状態と言える このように疲れて力が出ない乗り手に対し エネルギーを補給する だけで良いだろうか そこで 抗うつ薬の潤滑油的な働きが効果を示すことになる 抗うつ薬は 抑 うつ気分を持ち上げるのではなく ストレスなどで不十分な脳の働きをスムーズにすることで抑うつ 症状を改善するということである 臨床現場では 従来の三環系抗うつ薬と比べて抗コリン作用や 心 循環器系有害作用が少ないなど 忍容性の面から SSRI や SNRI NaSSA ミルタザピン が第一 選択で使用されている 抗うつ薬は 原則単剤で使用し 第一選択薬による治療に無反応な場合に は抗うつ薬の変更を 一部の症状に改善が見られる場合には増強療法を行う 抗うつ薬は アクチ ベーション症候群を含む副作用に注意して少量から開始し 可能な限り速やかに増量していく ま た 抗うつ薬の減量 中止時には中止後症候群に注意しながら 緩徐に漸減していく必要がある 抗うつ薬の使用において 最も留意すべき点は 効果発現が遅いこと と 服薬管理 である 第一選択薬に対する反応性を判断する期間は 治療十分量にまで増量してから 4 8 週間程度が目 安となっている 服薬指導の際には 薬の効き目を待ちながら 体を休めてください などと説 明している とはいえ 効果がなかなか現れないことに対する焦りや不安などから 患者が服薬を 中断し症状を悪化させないように 必要ならば服薬管理を家族に依頼するなどのフォローが必要で ある また 不整脈による致死性を示し得る三環系抗うつ薬など 大量服薬へのリスクマネジメン トも 服薬アドヒアランス維持のために欠かせない 3 急性期 導入期の治療 急性期治療では心理教育と薬物療法を併用し 定期的に治療効果の評価を行いながら症状の寛解 を目指す 治療導入時には まず今の症状が うつ病 が原因で引き起こされていること 複数のストレス が脳機能に変化を与えることでものの見方が否定的になり さらに脳機能の変化が起こるという悪 循環が形成されている状態であること 悪循環の要素を 1 つずつ消すことで悪循環を断ち切るのが 治療であること 脳の休息と薬物療法 睡眠の確保 が重要であることなどを伝える また 婚姻関係 転退職 財産の処分など 療養中の大決断を避ける ことや 飲酒は控える 朝は一 定の時間に起床して外光を浴びる などの生活習慣の改善を指導する 同時に 患者周囲の家族 関係者には 励まし 気晴らしの誘いは逆効果になる ことを説明する 急性期における薬物療法では 治療開始前に使用目的 服薬上の注意事項等を十分に説明した上 で 適切な用量の抗うつ薬を十分な期間使用し 用量不足や観察期間不足による難治化を防止して 寛解を目指していく うつ病患者の多くは 外来治療で対応可能であるが 自殺企図や切迫した希死念慮がある場合 患者の家庭環境が療養や休養に適さない場合 症状の急速な進行が想定される場合は 入院治療が 必要となる 急性期治療を適切に行うことで 回復期 維持期における再発防止のための治療をよ り効果的に実施することができる 4 回復期 維持期の治療 症状寛解後は 薬物療法や精神療法 リハビリテーションなどを組み合わせて症状の再発を予防 していく 薬物療法は 急性期と同用量を維持することが基本である 中止 減量は 中止症候群に注意し ながら必要に応じて行っていく 同時に 認知行動療法や対人関係療法などの精神療法やリハビリ テーションを行っていく 認知行動療法では うつ病によって生じている極端な認知が何かを特定 し より幅広いとらえ方ができるよう修正していくことで 不快な感情の軽減と適切な対処行動の 670
促進を図っていく また対人関係療法では 重要な他者との現在の関係に焦点を当て うつ病の症 状と対人関係問題の関連を理解し 対処方法を見つけることで うつ病の症状に対処できるように なることを目指す うつ病患者では 抑うつ症状が寛解した状態にあっても 注意 遂行機能の低下など一定の認知 機能障害が残存する場合があるため 集中困難やうっかりミスなどが見られることがある また 家事 学業 労働などの負荷が急速にかかった場合に 症状悪化や再燃につながることがある 回復期のリハビリテーションは 比較的短時間ごとに休憩をとる 処理事項に優先順位をつけ る 計画表やメモなどを積極的につけるなど 工夫しながら行う必要がある いずれの手法も 目的はうつ病の再発 再燃防止である 再発防止のためには 治療を一定期間 継続する必要がある 治療継続には 患者の治療へのアドヒアランス維持のための取り組みが欠か せない 7 うつ病の重症度と推奨される治療 うつ病治療の基本は 重症度に関わらず患者に対し支持的態度で接しながら 十分な心理教育を 行い 個々の患者背景に応じた適切な治療を選択することである ₁ 軽症うつ病 軽症うつ病とは 大うつ病エピソードが見られるものの 就労や就学 家事などにおける機能障 害等が軽度な状態を指す 患者背景や病態の理解に努め 支持的精神療法と心理教育などを通じて 患者の訴えを傾聴し 苦悩に共感を示しながら問題を整理して 必要ならば休養を含めた日常生活 上の指示を行っていく こうした基礎的介入に加えて 薬物療法や体系化された精神療法が同時に 行われることもある ₂ 中等度 重症うつ病の治療 中等度や重症のうつ病は 軽症例と比べてより重篤で医療介入の緊急性が高く 初回治療で完全 寛解に至らないことも少なくないとされている したがって 軽症例と比べて 薬物療法が積極的 に行われる 薬物療法は 抗うつ薬によるものが一般的であるが 必要に応じてベンゾジアゼピン系薬剤の併 用や 増強療法として抗うつ薬とリチウム 気分安定薬 ラモトリギン バルプロ酸ナトリウム カルバマゼピン 非定型抗精神病薬 アリピプラゾール クエチアピン オランザピンなど の併 用が行われることがある 8 抗うつ薬使用中に特に注意すべき事項 最後に 抗うつ薬の使用に当たっての注意点について記す 抗うつ薬の使用に当たり 副作用に ついて丁寧に説明し 患者やその家族に対して注意を促す 患者が自発的に副作用を申告しないこ ともあるため 治療者側が継続的に副作用モニタリングを行うことが大切である 以下の副作用に ついては特に注意が必要である ₁ ₂4 歳以下の若年患者における自殺関連行動の増加 うつ症状を呈する患者は 希死念慮があり 常に自殺企図のリスクを抱えている 抗うつ薬の投与 により 24 歳以下の患者において希死念慮 自殺企図のリスクが増加するとの報告がある 24 歳以 下の若年患者に対し抗うつ薬を使用する場合には リスクとベネフィットを十分に考慮すること 投 与開始早期や投与量変更の場合には 患者の状態や病態の変化を注意深く観察する必要がある 671
₂ アクチベーション症候群 抗うつ薬の投与開始初期や増量時に見られる諸症状はアクチベーション症候群と呼ばれ 焦燥感 や不安感の増大 不眠 パニック発作 アカシジア 敵意 易刺激性 衝動性の亢進 躁状態の出 現が見られる アクチベーション症候群により 薬剤の切り替えや減量を余儀なくされるケースは決して少なく ない また アクチベーション症候群によって生じた薬剤に対する不快感により 患者が継続服薬 に不安を示すこともある したがって 患者の状態や病態の変化を注意深く観察し アクチベー ション症候群が疑われる場合には 抗うつ薬の減量や漸減中止などの適切な処置を行う必要があ る 3 中止後症候群 継続服用 4 週間以上 していた抗うつ薬を突然中止する あるいは漸減すると 10 日以内にふら つき めまい 頭痛 嘔気 嘔吐 不眠などの症状が現れることがある 抗うつ薬を中止する場合 には 徐々に減量するなど慎重に行う必要がある したがって 患者に対して効果がないから 副 作用が出ると怖いからなどの理由で急に服用をやめないように 十分に説明する必要がある 4 合併症や併用薬 身体合併症がある場合 疾患によっては投与薬剤の代謝動態が変化し 副作用の出やすさが変化 する可能性がある また 抗うつ薬による食欲亢進の副作用が肥満や糖尿病の悪化につながるな ど 抗うつ薬の副作用が身体合併症の悪化を引き起こす可能性がある また 抗うつ薬の多くが肝 臓代謝酵素シトクローム P450 CYP による薬物代謝により体内より消失するため 肝障害時や CYP に影響を与える薬剤が併用 薬物間相互作用 されている場合には 十分に注意が必要である 必要ならば 相互作用の少ない薬剤が選択されるよう薬剤師が医師をフォローする必要がある ₅ 自殺関連行動の危険性 三環系抗うつ薬による心筋伝導障害や炭酸リチウムによる腎毒性や神経毒性など 過量服薬で高 い致死性を示し得る薬剤を処方する場合には 過量服薬をしないことを約束し 過去の衝動行動歴 などを把握した上で 処方薬をため込まないように処方日数を最低日数にとどめる 服薬管理を家 族管理にするなどの配慮が必要である 9 おわりに 精神疾患の治療の基本は 患者に十分な休息を与えることと患者背景や病態を十分に理解するこ とである 特にうつ病のような比較的身近な精神疾患では 最新のガイドライン等で適切な診療方 法に関する情報を常に把握しておく必要がある また 薬物療法が急性期から回復期まで適切に行 われるようにするには 個々の薬剤に対する理解を深めることはもちろんのこと 常に患者の立場 に立って一緒に治療を行っていく心掛けが必要不可欠である 薬剤師として 薬物療法を通じて一 人でも多くの患者の回復に関わることで より患者の立場へ理解を深めるだけでなく 最新の治療 を通じて様々な職種と関わることが薬剤師自身の更なるレベルアップにつながる 参考文献 1 日本うつ病学会 日本うつ病学会治療ガイドラインⅡうつ病 DSM-5 大うつ性症候群 2016 2 厚生労働省 知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス キーワード うつ病 大うつ病性障害 うつ病の重症度と推奨される治療 抗うつ薬 アクチベーション症候群 Copyright 2017 The Pharmaceutical Society of Japan 672