学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 髙田愛子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査山岡昇司 清水重臣 論文題目 Dkk-3 induces apoptosis through mitochondrial and Fas death receptor pathways in human mucinous ovarian cancer cells ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > Wnt シグナルの阻害因子 Dickkopf-3(Dkk-3) はヒトの様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子として細胞増殖を抑制し アポトーシス促進的に働くと考えられている 本研究では ヒト卵巣癌細胞株で Dkk-3 の作用に関する検討を行った Western blot 法により 卵巣癌細胞株の大部分で Dkk-3 が発現していることを確認した WST1 法及び BrdU 法により Dkk-3 を発現していない明細胞腺癌 JHOC5 細胞株の方が Dkk-3 を発現している明細胞腺癌 RMG1 細胞株よりも細胞増殖が亢進することを見出した Dkk-3 を発現している粘液性腺癌 MCAS 細胞では sirna で Dkk-3 をノックダウンした細胞 (si Dkk-3) の方が対照細胞 (si control) よりも細胞増殖が亢進することが MTT 法により明らかとなった 以上の結果から Dkk-3 は細胞増殖抑制因子であると判断した また DNA ladder 法により MCAS 細胞の si control では断片化 DNA を検出したのに対し si Dkk-3 では断片化 DNA を検出しなかった Western blot 法により si control に比べて si Dkk-3 では Caspase-3 や activated Caspase-9 Bax p53 activated Caspase-8 Fas/CD95 の発現が低下し Bcl-2 の発現が上昇した 以上の結果から ヒト卵巣癌細胞株において Dkk-3 はミトコンドリア経路と Fas-デスレセプター経路を介してアポトーシスを誘導することが本研究で初めて解明された < 緒言 > ヒト上皮性卵巣癌は婦人科癌の中でも死亡率の高い疾患であり 本邦では卵巣癌の罹患率が増加傾向にある 卵巣癌は顕著な初期症状が少ないことや解剖学的な位置関係により 早期発見が困難であり 進行した状態で発見されることが多い そのため 卵巣癌の発生段階における分子機構を解明することは卵巣癌を早期に発見して予後を改善するためにも重要となってくる Wnt シグナル伝達経路は胚発生や細胞増殖 分化 生存に重要な役割を担っており 欠損すると腫瘍形成を誘発することが報告されている Wnt シグナルは Dkk-1,2,3,4 の 4 種類があり 癌細胞では Dkk-1,2,4 は細胞増殖を抑制することが報告され Wnt/β-catenin 経路に関連していることがこれまでに明らかとされている Dkk-3 は染色体 11p15.1 に位置し ヒト正常線維芽細胞の不死化に伴って発現が低下する遺伝 - 1 -
子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒト卵巣癌では Dkk-3 の発現低下は癌発生の初期段階に必須であることや Dkk-3 の蛋白質発現は進行した卵巣癌の診断指標となる可能性があると示唆されている ただし 卵巣癌における Dkk-3 の詳細な分子機構については未だ明らかとされていないことから 本研究で初めて Dkk-3 の分子機構を解明した < 方法 > 卵巣粘液性腺癌及び明細胞腺癌の細胞株を用いて Dkk-3 の蛋白質発現を Western Blot 法により評価した 細胞増殖の評価を行うために WST1 法と BrdU 法により 明細胞腺癌 RMG1 細胞株と JHOC5 細胞株で細胞生存率の変化を確認した 粘液性腺癌 MCAS 細胞株の Dkk-3 を sirna を用いてノックダウンし MTT 法により si control と si Dkk-3 で細胞生存率に対する効果を評価した 次に Dkk-3 の増殖抑制のメカニズムを推定するため アポトーシスの評価をおこなった DNA ladder 法により 抗癌剤 Actinomycin D(Act-D) を Positive control として MCAS 細胞株の si control と si Dkk-3 で断片化 DNA の検出を評価した Western Blot 法により si control と si Dkk-3 を用いてアポトーシス実行因子 Caspase-3 やその上流に存在する activated Caspase-9 Bax Bcl-2 activated Caspase-8 p53 Fas/CD95 JNK β-catenin の発現を評価した また pcdna3.1-dkk-3 プラスミドベクターを用いて MCAS 細胞に Dkk-3 を強制発現させ Western Blot 法により これらのアポトーシス関連因子の発現変化を評価した < 結果 > 癌細胞で Dkk-3 の発現が抑制されるといったこれまでの報告とは異なり 本研究により 6 種類のヒト卵巣癌細胞株のうち 5 種類の細胞株で Dkk-3 を発現する結果を得た 細胞増殖の評価系では Dkk-3 を発現しない明細胞腺癌 JHOC5 細胞株の方が Dkk-3 を発現する明細胞腺癌 RMG1 細胞株よりも細胞生存率が有意に大きかった (t 検定 p<0.01) 粘液性腺癌 MCAS 細胞株では si Dkk-3 の方が si control よりも細胞生存率が有意に大きかった (t 検定 p<0.01) このことから Dkk-3 は細胞増殖抑制因子であると判断した 次に アポトーシスの評価系では DNA ladder 法により MCAS 細胞株では Positive control である Act-D や si control では断片化 DNA を検出したのに対し si Dkk-3 では断片化 DNA を検出しなかった Western Blot 法により si control に比べて si Dkk-3 ではアポトーシス実行因子 Caspase-3 やその上流にある activated Caspase-9 Bax activated Caspase-8 p53 Fas/CD95 JNK の発現が低下し Bcl-2 の発現が上昇した ただし β-catenin に関しては si control と si Dkk-3 で発現が見られ 両者で顕著な発現変化は起きなかった また MCAS 細胞株に pcdna3.1-dkk-3 プラスミドベクターを用いて Dkk-3 を強制発現させたが これらのアポトーシス関連因子の発現に変化は起きなかった - 2 -
< 考察 > 本研究により これまでの報告とは異なり 6 種類のヒト卵巣癌細胞株のうち 5 種類の細胞株で Dkk-3 を発現する結果を得た 細胞増殖とアポトーシスの観点で研究を行い Dkk-3 は細胞増殖抑制因子で ミトコンドリア経路と Fas デスレセプター経路を介してアポトーシスを誘導することを初めて明らかにした Dkk-3 の分子機構についてはこれまで様々な癌で報告されている 癌細胞では Dkk-3 の発現は低下し Dkk-3 は細胞増殖を抑制し アポトーシスを促進することを明らかにしている 一方で 骨肉腫や肺癌では Dkk-3 はアポトーシスを誘導しないことも明らかとされ このことは癌細胞の種類によって Dkk-3 の働きが異なることを示唆する 婦人科癌では乳癌 子宮内膜癌 子宮頸癌で Dkk-3 の先行研究が報告され これらの癌細胞では Dkk-3 の発現は低下し アポトーシスを誘導することが明らかとなっている Dkk-3 と卵巣癌についての先行報告は三つある 一つ目は Dkk-3 は悪性度に関係なく発現が低下し Dkk-3 発現低下は癌発生の初期段階で必要であること 二つ目は 卵巣癌患者は一般健常者よりも Dkk-3 の血清レベルが低下し Dkk-3 の血清レベルは卵巣癌の診断指標となる可能性を示唆していること 三つ目は 末期の卵巣癌患者は初期の卵巣癌患者よりも Dkk-3 の発現がわずかに低下していることを報告している これまでにヒトの様々な癌で Dkk-3 は様々なシグナル伝達経路を介して アポトーシスを誘導していることが報告されている 本研究では si control に比べて si Dkk-3 でアポトーシス実行因子 Caspase-3 やその上流に存在する activated Caspase-9 Bax の発現が低下し Bcl-2 の発現が上昇し ミトコンドリア経路を介してアポトーシスを誘導することを明らかにした これまでに大腸癌や脳腫瘍でもミトコンドリア経路を介してアポトーシスを誘導することが報告されている また 本研究により Dkk-3 は activated Caspase-8 p53 Fas/CD95 の発現も低下し Fas-デスレセプター経路を介することも明らかにした 我々が知る限りでは この経路を介した先行報告はなく Dkk-3 が Fas-デスレセプター経路を介してアポトーシスを誘導することを見出したのは本研究が初めてである ただし pcdna3.1-dkk-3 プラスミドベクターを用いて Dkk-3 を強制発現させても これらアポトーシス関連因子の発現に顕著な変化はなかったことから Dkk-3 は卵巣癌に一定以上存在すれば アポトーシスが更に促進されることはないと判断した 先行研究では 前立腺癌で Dkk-3 のアポトーシス誘導に JNK が主な役割を担っていることが明らかにされている 本研究においても JNK の発現を評価したところ si control と比べて si Dkk-3 で JNK の発現が低下し Dkk-3 誘導性アポトーシスに JNK 経路が関与している可能性が示唆された また 大腸癌や子宮頸癌 骨肉腫 膵臓癌 脳腫瘍で Dkk-3 を強制発現させると β-catenin の発現が低下する先行研究が多々見られ 様々な癌で Dkk-3 は Wnt/β-catenin 経路に関与していることが明らかにされている しかし 本研究ではこれらの先行研究とは異なり si control と si Dkk-3 で β-catenin が発現し 両者で顕著な発現変化は見られなかった このことから 卵巣癌では Dkk-3 誘導性アポトーシスに Wnt/β-catenin 経路は関与していないと判断した 一方で 癌細胞における Dkk-3 発現の低下は悪性度に関連していると指摘する報告もあり 頭頸部扁平上皮癌や腎臓癌 胃癌では Dkk-3 発現レベルと転移や予後に関連性があることが示されている 本研究により si control よりも si Dkk-3 で細胞増殖が亢進するなど Dkk-3 発現の有 - 3 -
無で細胞増殖の変化が起きたことから Dkk-3 はヒト卵巣癌細胞株において悪性度や転移に関連 している可能性が示唆される < 結論 > 本研究により Dkk-3 はヒト卵巣癌細胞に対する細胞増殖抑制因子であり ミトコンドリア経路と Fas-デスレセプター経路を介してアポトーシスを誘導することが初めて明らかとなった - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4735 号髙田愛子 論文審査担当者 主査副査 北川昌伸山岡昇司 清水重臣 ( 論文審査の要旨 ) 1. 論文内容本論文は ヒト卵巣癌細胞における癌抑制遺伝子 Dickkopf-3(Dkk-3) の作用についての論文である 2. 論文審査 1) 研究目的の先駆性 独創性 Wnt シグナルの阻害因子 Dkk-3 はヒトの様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子として細胞増殖を抑制し アポトーシス促進的に働くと考えられているが 卵巣癌における作用機序は解明されていない このような背景の下 申請者は卵巣癌細胞株を用いた遺伝子発現解析と制御実験によりこの遺伝子とアポトーシスの関連について解析を行っており その着眼点は評価に値するものである 2) 社会的意義本研究で得られた主な結果は以下のとおりである 1. 卵巣癌細胞株の大部分で Dkk-3 が発現していることを確認した 2.Dkk-3 を発現していない明細胞腺癌 JHOC5 細胞株の方が Dkk-3 を発現している明細胞腺癌 RMG1 細胞株よりも細胞増殖が亢進することを見出した 3.Dkk-3 を発現している粘液性腺癌 MCAS 細胞では sirna で Dkk-3 をノックダウンした細胞 (si Dkk-3) の方が対照細胞 (si control) よりも細胞増殖が亢進することが MTT 法により明らかとなった 以上のように申請者は ヒト卵巣癌細胞株 Dkk-3 はミトコンドリア経路と Fas-デスレセプター経路を介してアポトーシスを誘導することを明らかにしている これは卵巣癌の病態解明や治療法開発を考える上で極めて重要な研究成果であるといえる 3) 研究方法 倫理観研究では Western blot 法による蛋白発現解析 WST1 法及び BrdU 法による細胞増殖能の評価 sirna によるノックダウン法による蛋白発現制御が行われている これらの手法は十分な生理学的および分子生物学的知識の裏付けのもとに遂行されており 申請者の研究方法に対する知識と技術力が十分に高いことが示されると同時に 本研究が極めて周到な準備の上に行われてきたことが窺われる ( 1 )
4) 考察 今後の発展性さらに申請者は 本研究結果について Dkk-3 はミトコンドリア経路と Fas-デスレセプター経路を介してアポトーシスを誘導すると考察している これは先行研究と照らし合わせても極めて妥当な考察であり 今後の研究にてさらに発展することが期待される 3. その他最終試験はセミナー形式で行われ 申請者のプレゼンテーションの後 本研究に関する背景と目的 実験方法 結果の解釈 本研究の意義や今後の課題などに関する質疑として 各々の実験に適切なコントロールを設定するにはどうすべきか 現象の背景にあるメカニズムはどのように考えるか 非処理細胞において細胞死マーカーが陽性である点など本実験結果で不自然な部分についてどのように理解するかについて 質問を行った 申請者の回答は 理解が不明確な点があったのでレポートの提出を課し さらに追加の質問を行って確認を行った その結果 全体として申請者の理解は十分な学識に裏打ちされた適切なものと考えられ 自立した研究者としての見識を示した 4. 審査結果副査の山岡教授 清水教授と協議の上 申請者は博士 ( 医学 ) の学位授与に値する学識を有するものと判断した ( 2 )