機能分類や左室駆出率, 脳性ナトリウム利尿ペプチド (Brain Natriuretic peptide, BNP) などの心不全重症度とは独立した死亡や入院の予測因子であることが多くの研究で示されているものの, このような関連が示されなかったものもある. これらは, 抑うつと心不全重症度との密接な

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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Transcription:

論文の内容の要旨 論文題目 慢性心不全患者に対する心不全増悪予防のための支援プログラムの開発に関する研究 指導教員 數間恵子教授 東京大学大学院医学系研究科平成 19 年 4 月進学博士後期課程健康科学 看護学専攻氏名加藤尚子 本邦の慢性心不全患者数は約 100 万人と推計されており, その数は今後も増加することが見込まれている. 心不全患者の再入院率は高く, 本邦では退院後 1 年以内に約 3 分の 1 の患者が再入院するとの報告がある. 心不全増悪による再入院の誘因には, 基礎心疾患の増悪や貧血などの疾患に関連する因子だけでなく, 水分 塩分管理, 服薬管理の不徹底などの不十分なセルフケア行動や抑うつなどの心理的因子が占める割合が多いことから, 心不全増悪による入院の 40~50% が予防できるとの指摘がある. このような心不全増悪による再入院は, 患者 家族だけでなく医療経済上の大きな負担となっており, 心不全増悪予防のための効果的な支援体制の確立が急務の課題である. 心不全増悪予防のための効果的な支援プログラムの構築においては, 心不全増悪の危険因子として指摘されているセルフケア行動や抑うつに着目することは有用と考えられる. 特に, セルフケア行動支援や抑うつなどの心理的問題に対する支援は看護師が専門とする分野であり, 心不全増悪予防のための支援の在り方を検討する上で, 看護師が貢献できる部分は大きいと考えられる. 心不全患者における抑うつ症状の有病率は高く, 抑うつ症状は死亡や心不全増悪による入院リスクを増加させることが示されている. 抑うつ症状はNew York Heart Association

機能分類や左室駆出率, 脳性ナトリウム利尿ペプチド (Brain Natriuretic peptide, BNP) などの心不全重症度とは独立した死亡や入院の予測因子であることが多くの研究で示されているものの, このような関連が示されなかったものもある. これらは, 抑うつと心不全重症度との密接な関連によって生ずると考えられており, 抑うつ症状と臨床転帰との関連を検討する際には, 心不全重症度で調整することが重要と考えられる. また, 心不全重症度や他の予後予測因子を調整して抑うつ症状と予後との関連を検討した研究では, 臨床転帰の評価として心血管死亡または心不全増悪による入院という複合エンドポイントを利用したものが多く, 心不全増悪による入院という単独のエンドポイントを利用したものは少ない. さらに, これらは欧米の報告であり, 本邦の心不全患者における抑うつ症状と臨床転帰との関連についての報告は極めて少ない. そこで研究 1 では, 慢性心不全を有する外来患者 115 名を対象に, 抑うつ症状の有病率と, その症状が心不全重症度とは独立に臨床転帰を予測するかを明らかにするため,2 年の前向きコホート研究を実施した. 抑うつ症状の測定には,The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale 日本版 (CES-D) を用い,16 点以上を抑うつ症状ありとした. 調査開始時点で, 抑うつ症状を有する患者は 27 名 (23.5%) であり,2 年の累積主要エンドポイント ( 心血管死亡または心不全増悪による入院 ) 発生率は, 抑うつ症状を有さない群に比し, それを有する群では統計的に有意に高かった (10.3% vs. 34.0%, P < 0.01). また, 副次エンドポイントとした心不全増悪による入院, 総死亡においても, 同様の傾向が認められた ( 順に P = 0.01, P < 0.01). 多変量 Cox 回帰分析により, 年齢と心不全重症度の指標である BNP を調整後も, 抑うつ症状は心血管死亡または心不全増悪による入院のリスク増加と関連していた (P = 0.02). また, 心不全増悪による入院, 総死亡をエンドポイントとした場合も, 同様の傾向が認められた ( 順に P = 0.01, P = 0.04). 以上より, 研究 1 では, 抑うつ症状は心不全の重症度とは独立した心血管死亡または心不全増悪による入院, 心不全増悪による入院, 総死亡の予測因子であることが明らかに

なった. 心不全増悪による入院という単独のエンドポイントが, 心不全の重症度とは独立の予測因子であることを示した報告は国内外で少なかったことから, 得られた知見は, 抑うつ症状を有する患者の心不全増悪予防に向けた支援の在り方を検討する上で, 貴重な資料になり得ると期待される. うつ病と心血管疾患の相互機序について, うつ病によって引き起こされる病態生理学的変化に加えて, うつ病の精神症状がもたらす意欲低下や悲観的な考え方によって, うつ病を有する患者ではセルフケア行動が不十分となり, これが患者の予後の悪化に繋がるとの指摘がある. 実際に, 抑うつ症状を有する患者はセルフケア行動が不十分であり, 不十分なセルフケア行動は, 患者の予後を悪化させることが示されている. また, 抑うつ症状を有する患者は, セルケア行動が不十分なことに加え, 自己効力感が低下しており, 自己効力感の向上を目指したプログラムでは, 抑うつ症状を有する慢性疾患患者のセルフケア行動が改善された. しかし, 心不全患者を対象としたこのようなプログラムは極めて少ない. 心不全患者にとって抑うつ症状は臨床転帰を悪化させる因子であり, 自己効力感の向上を目指したプログラムは, 抑うつ症状を有する心不全患者のセルフケア行動を向上させ, それによって臨床転帰をも改善させる可能性がある. したがって, 心不全患者に対する自己効力感の向上を目指したプログラムの開発が必要といえる. 欧米では,1990 年代半ばから心不全患者を対象とした疾病管理の予後に対する有効性を検証する研究が看護師を中心として数多く行われてきた. 心不全患者に対する疾病管理プログラムに関するメタ解析では, 患者のセルフケア強化に焦点を当てたプログラム及び多職種アプローチによるプログラムが, 心不全増悪による入院を有意に低減させることが示された. しかし, 患者のセルフケア強化に焦点を当て多職種で提供されるプログラムのすべてが有効とは限らず, より効果的なプログラムが求められている. また, 慢性疾患患者に対するセルフケアの向上を目指したプログラムでは, 自己効力感が最も多く利用されており, これに続いてヘルスビリーフモデルを利用したものが多いことが系統的レビューより示されている. 他の慢性疾患分野においては, このような理論を用いたプログラムの

有効性が指摘されているものの, 心不全患者に対するプログラムにおいては国内外で少ない. そこで研究 2 では, 患者のセルフケアの向上を目指し, 自己効力感などの認知行動理論を適用した心不全患者に対する疾病管理プログラムを開発し, それを評価することを目的とした. まず, 心不全による入院患者に対するセルフケア行動の強化と多職種アプローチを主要コンセプトとし, 自己効力感と問題解決技能の向上, ヘルスビリーフの是正を目指した教育 相談支援を主とするプログラムを開発した. 次に, プログラムの有効性を探索的に検討するため, 都内 1 大学病院循環器内科病棟の心不全入院患者を対象に, 対象の登録時期によって通常ケアを提供する通常ケア群とプログラムを提供するプログラム提供群に分け, 両群を比較検討することとした. 通常ケア群の登録期間は 2008 年 5 月 ~9 月とし, プログラム提供群は 2008 年 9 月 ~2009 年 1 月とした. 調査方法は, 自記式質問紙調査と診療記録調査とし, 評価時点は, ベースライン時点と退院 1 ヵ月後時点とした. 分析対象者は, プログラム提供群が 10 名 (56%), 通常ケア群が 11 名であった (48%). プログラム提供群の左室駆出率は, 通常ケア群に比し有意に低かったが (29.1±15.1% vs. 46.7±18.6%,P = 0.03), 心不全セルフケア行動を評価したヨーロッパ心不全セルフケア行動尺度 (The European Heart Failure Self-Care Behavior Scale,EHFScBS) 得点には, 両群で有意差が認められなかった. また, 分析対象者の推算糸球体濾過量は, 分析より除外した対象者に比し有意に高かった (56.4±25.9 vs. 37.9±15.3,P = 0.03). 心不全セルフケア行動について, ベースライン時点から退院 1 ヵ月後時点への EHFScBS 得点の変化量は, 通常ケア群に比しプログラム提供群の方が大きく, プログラム提供により心不全セルフケア行動が改善される可能性が示唆された (P = 0.05). 心不全セルフケアに関する自信については, ベースライン時点から退院 1 ヵ月後時点への 症状を和らげるための行動を起こす自信 症状を和らげるためにとった行動の効果を評価できる自信 の変化量に統計的有意差が認められ, プログラム提供群で有意な改善が認められた

( 順に P = 0.04, P = 0.02). 心不全とのつき合い方の認識については, 心不全とのつき合い方 の変化量にプログラム提供群と通常ケア群で有意差は認められなかった. 各職種別の教育 相談支援に要する時間は, 看護師で 60.5±23.6 分, 薬剤師で 25.0± 14.4 分, 栄養士による栄養支援は希望のあった 7 名 (70%) に提供され, 提供時間は 42.9 ±16.0 分であった. また, 教育 相談支援の対象に家族が含まれたのは, 看護師では 10 名中 3 名 (30%), 薬剤師では 10 名中 0 名 (0%), 栄養士では 7 名中 5 名 (71%) であった. また, 設定したプログラム内容は, いずれの職種においてもすべて提供された. 以上のように, 研究 2 では開発したプログラムが心不全患者のセルフケア行動を改善させ, 自己効力感を向上させる可能性が示唆された. 心不全患者に対する疾病管理プログラムに自己効力感などの認知行動理論を適用したものは極めて少ないことから, 開発したプログラムは新奇性があり, 意義があると考えられる. 研究 1 より, わが国においても抑うつ症状を有する心不全患者に対する心不全増悪予防のための支援の必要性が明らかにされたが, この支援の 1 つとして, 研究 2 のプログラムが有用である可能性がある. 抑うつ症状を有する心不全患者の臨床転帰の改善に資するため, 今後は研究 2 のプログラムを抑うつ症状を有する患者に適したものとなるように必要に応じて改変し, その効果を検証することが求められる. 本研究では, 慢性心不全患者のセルフケア行動と抑うつ症状に着目してこれらに関する研究を実施してきた. 本研究で得られた知見は, 本邦の慢性心不全患者に対する心不全増悪予防のための効果的な支援確立のための一助になり得ると期待される.