[ 特集 ]SiC 半導体 (5) 分光学的手法を用いた SiC パワーデバイスの物理解析 1. はじめに シリコンカーバイド は シリコン より もバンドギャップ 絶縁破壊電界 熱伝導率が大きいた め を用いることで を超える低損失 高耐圧 高 速スイッチング 高温動作デバイスの作製が可能であ る 現在 を用いたパワーデバイスは低炭素社 会の実現へむけたキーデバイスの つとして国内外で注 力されている その中でも 電力変換用途に向けた は低損失かつ高いスイッチング特性をもつ インバーター用素子として注目を浴びている 本稿では の顕微ラマン分光法を用いた微小部の応力評価とカソードルミネッセンス 法を用いた結晶欠陥評価を紹介する さらに 結晶欠陥の評価に有効であるフォトルミネッセンス ( ) イメージング法および放射光トポグラフ法に関する測定事例も合わせて紹介する 2. ラマン分光法について 構造化学研究部 小坂賢一 2.1 ラマン分光法の原理ラマン分光法は 物質に入射光を照射し 入射光と格子振動のエネルギー分だけ振動数がずれた光 ( ラマン散乱光 ) を分析することによって その物質の振動状態に関する情報を得る分析法である 一般的に ラマン散乱光のピーク周波数や線幅から結晶性や応力に関する情報が ラマンスペクトルから ポリタイプ 結晶多形 や面方位に関する情報が得られる また フォノンのピーク波数を詳細に求めることによって 結晶中の自由電子濃度を求めることが可能である 他にも ストークス線とアンチストークス線の強度比から 動作時のデバイスの特定部位の温度 ( 格子温度 ) を非接触で算出することも可能である 2.2 SiCのラマンスペクトル には種々のポリタイプが存在することが知られている ポリタイプの基本構造は 閃亜鉛鉱構造 であり 方向を 軸と見たときに ユニットセルに 個の 単位構造を持つ 例えば はユニットセルに つの 構造を持ち のユニットセルに比べ 軸方向の大きさが 倍になっている 長周期 構造を持つ結晶格子のブリルアンゾーンは 基本結晶構造 のブリルアンゾーンの整数分の の場合 分の になる このとき フォノンの分散曲線は の分散曲線を折り返したものとなり Γ 点に新たなフォノンが現れる これを折り返しモード と呼ぶ 一般に ( ) ラマンモードの折り返しモードについて 等と記述する 括弧中の分数 および は の基本ブリルアンゾーンに対応する波動ベクトルの大きさを示す ポリタイプの判定を行う際には 低波数領域に現れる モードをモニターすることで判定が可能である 一例として 図 に 面に垂直にレーザー光を入射させ その反対方向にラマン散乱光を検出する測定配置 ( 後方散乱配置と呼ぶ ) で測定した のラマンスペクトルを示す 4H-SiC FTA(2/4) 6H-SiC FTA(2/6) FTA(4/6) 15R-SiC FLA(2/5) FTA(6/6) FLA(4/5) FLA(2/5) FLA(4/6) FTO(6/6) FLA(4/5) FTO(4/5) FTO(2/6) FLO(4/6) FTO(2/5) 図 1 4H 6H 15R-SiC のラマンスペクトル ( 後方散乱配置 ) は 軸と 軸方向で異方性が存在し 面方位 と偏光方向でラマンスペクトルの形状が異なる よっ て 偏光ラマン測定を行うことで 面方位を特定する ことが出来る 図 に異なる偏光測定配置で測定した の偏光ラマンスペクトルを示す 図 において 偏光ラマンスペクトルの測定の偏光方向は 例えば では左から順に 入射光の進行方向が 入射光の偏光方向が 散乱光の偏光方向が 散乱光の進行方向が であることを示している なお は直交座標系であり とした 図 で示したラマンスペクトルでは 本来禁制である + 配置での および や 配置での などが観測されている これ 東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011) 27
Z(X,X)Z+ Z(X,Y)Z (a) FTA(2/4) X(Z,Y)X (b) X(Z,Z)X 20 FLO(4/4) 20 図 2 4H-SiCの偏光ラマンスペクトルは 顕微ラマン測定の場合 大きなN.A.( ) を有する対物レンズを用いて測定するために 入射光の偏光の乱れによるものである 偏光の乱れによって ラマン選択則が崩れて禁制であるはずのモードが観測されているためである 3. ラマン分光法によるSiC-MOSFETの応力評価 パワーデバイスにおいて 過度な応力は閾値の変動や機械的な剥離 クラックなど 信頼性低下への要因となることが考えられる 特定のラマン線のピーク波数シフト量を用いることで応力の定量が可能である 弊社ではピーク波数精度を ± の範囲で管理しており 高精度 数 での応力評価を行っている また 顕微ラマン装置であるため 実デバイス中の応力を比較的高い空間分解能 以下 で測定が可能である 次に の断面作製を行った後 顕微ラマン分光法で エピタキシャル層の応力評価を行った結果を紹介する 断面作製には垂直イオンミリング法を用いた は硬度が高く 機械研磨による断面作製は非常に手間がかかる また 機械研磨では残留応力や研磨痕 メタル剥離などの懸念があるが 垂直イオンミリングはイオンビームで断面加工を用いるためそれらの影響がなく ラマン分光法による応力評価には有用な加工手段である 今回 の応力は のピークシフトから見積もった の素子構造と 応力分布を図 に示す また 応力分布は圧縮応力 格子が縮む方向 をプラス側 引張応力 格子が伸びる方向 をマイナス側で示している 図 より ソース電極およびゲート電極の直下では圧 図 3 顕微ラマン分光法による 4H-SiC MOSFET の応力評価 :(a) 素子構造,(b) 応力分布 縮応力が生じており その圧縮応力は電極直下がもっと も大きく エピ層の深さ方向に応力が小さくなっている 様子が観測された また ドレイン電極 ゲート電極間 では引張応力が生じており 電極直下と同様にエピ層深 さ方向に応力が小さくなっている 今回用いた素子は シンプルな構造であるため その応力分布は比較的単純 な分布を示していると考えられる 実際に用いられる素子は 複雑な構造をしていることから 応力が局所的に集中する可能性が考えられる 応力集中は 電極剥離やチャネル移動度の変動など 不良を発生させる要因となる さらに パワーデバイスでは高温環境下で動作させるため 熱による応力変化も考慮する必要がある 顕微ラマン分光法では高温 低温下でも測定が可能であるため 実際の環境温度での応力評価のニーズにも対応することができる 4. カソードルミネッセンス (CL) 法による 4H-SiC MOSFET のイオン注入誘起欠陥の評価 は不純物の熱拡散係数が非常に小さく熱拡散によ るドーピングが困難であることから 導電率制御にはイ オン注入技術が重要になる しかし イオン注入は多量 の照射欠陥が導入されること 注入イオンの電気的活性 化および結晶性の回復のため非常に高温のアニール処理 が必要であり アニール処理時の欠陥の挙動などについ ての懸念がある のルミネッセンスでは 図 に 示すような 欠陥と呼ばれるイオン注入で誘起される点 欠陥に由来した発光線が観測されることが知られている 法は 励起源に電子線を用いているため 高空間分 28 東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)
特集 SiC半導体 5 分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析 関を調べることが重要である 5. PLイメージング法および放射光トポグラフ法による 4H-SiCエピタキシャル層の欠結晶陥評価 SiCエピタキシャル層に存在する結晶欠陥は デバイ スの順方向特性の低下 リーク電流の増大 逆方向耐圧 の低下など信頼性を低下させる要因となるため エピ 図4 4H-SiCにおけるイオン注入前後のCLスペクトル4,5) タキシャルウエハ中の結晶欠陥の位置や種類を広範囲で 分析する手法が非常に重要となる これらに対応する分 析手法としては KOHエッチング法 放射光トポグラ 解能での測定が可能である 走査型電子顕微鏡 SEM フ法 PLマッピング法などが一般的である しかし 像と発光強度分布の対応も可能なため 実デバイスの評 KOHエッチング法では破壊法であるため アニール前後 価に適している ここでは SiC-MOSFETについて断 で結晶欠陥の変化など 同じサンプルを用いたプロセス 面作製を行った後 CL測定を行った例を図5に示す 測 段階ごとに評価が行えない また PLマッピング法で 定には ゲート長が10mおよび30m の₂つの素子を用 は数mm角程度の領域でも長時間の測定や膨大なデータ いた 図中にはDI 線の発光強度分布像と素子構造を示 の処理が必要になるなどのデメリットがある している また 発光強度分布は疑似カラーで示してお 弊社ではウエハレベルでの簡便で非破壊な欠陥評価法 り 黒 赤 黄の順で強度が高くなっている DI 線は基 として PLイメージング法を導入して分析を行ってい 板方向ではエピ層厚み方向全体で観測されており 未注 る PLイメージング法は励起光 310 330nm を広範 入領域にまで広く分布している よってイオン注入領域 囲に照射し フィルターにより特定波長領域のPLを取 で生じた点欠陥が周囲に拡散し チャネル領域にまで達 り出し その発光強度を2次元検出器で直接像を観察す していることが示唆される また チャネル領域におけ る そのため 顕微鏡とマッピングステージを用いて る拡散後の点欠陥の量はゲート長が小さい イオン注入 タイリング測定を行うことで高空間分解能の発光強度 領域の間隔が狭い ほど多いと考えられる これらのイ 像をウエハ全体で得ることが可能な分析法である ま オン注入誘起欠陥は電気特性に影響を及ぼす可能性が高 た 光学顕微鏡像を同時に取得することで ウエハ中 いため 今後は イオン注入誘起欠陥と電気特性との相 の欠陥の位置を正確に把握することができ 透過電子 顕微鏡 TEM 像など 他の分析手法へ繋げやすいこ ともPLイメージング法の利点としてあげられる PLイ a Source Gate Drain メージング法による欠陥観察の例として 図6に3イン b Source Gate Drain 図5 L法による4H-SiC MOSFETのDI 線発光強度分布 C (a)ゲート長10m (b)ゲート長30m 図6 インチ4H-SiCエピタキシャルウエハ全体の 3 PLイメージング像(観測波長750nm以上) 29 東レリサーチセンター The TRC News No.113 Jul.2011
特集 SiC半導体 5 分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析 200m 図7 Lイメージング拡大像 (a)観測波長750nm以上 P (b)観測波長417±30nm チ4H-SiCエピタキシャルウエハ全体のPLイメージング 図8 4H-SiCエピタキシャルウエハの放射光トポグラフ像 像 図7に その一部を拡大表示した像を示した 図7で は 三角形状の結晶欠陥が確認されている 4H-SiCで ポグラフ法は SiC結晶中の結晶欠陥を種類によらず は420nm付近に積層欠陥に由来する発光が観測されるこ 観察できることからPLイメージングでは対応できない とが知られている したがって 図7のPL像で観測さ 結晶欠陥やバーガーズベクトルの解析も可能である 図 れた三角形状の像は積層欠陥に由来すると考えられる 8に4H-SiCエピタキシャルウエハの放射光トポグラフ像 6) このように PLイメージング測定では ミクロンレベ を示す 放射光として SPring-8の兵庫県ビームライン ルでの詳細な欠陥分布がウエハ全面で得られるため 簡 BL08B2を用いた X線の入射角はおよそ7 程度である 便な欠陥分布の評価法として有用である 図8では 白い点 線状の結晶欠陥 三角形状の結晶欠 また 弊社ではシンクロトロンから放射されるX線を 陥の他に細長い楕円をした像が観測された 白い点は 用いた放射光トポグラフ法を用いたSiCエピタキシャル 貫通転位 Threading dislocation であり 貫通らせん 層中の結晶欠陥評価を行っている シンクロトロンから 転位 Threading screw dislocation および貫通刃状転 放射されるX線は ラボレベルのX線と比較して 平行 位 Threading edge dislocation を示している 線状の 度が高く 強度が非常に強いなどの特徴がある そのた ものは基底面転位 Basal plane dislocation 三角形状 め 放射光と原子核乾板を用いると 高空間分解能の欠 のものは積層欠陥 Stacking fault の場所に対応すると 陥分布を短時間で取得可能となる また 浅い入射角で 考えられる また 細長い楕円の像は エピタキシャル 測定することで エピタキシャル層内部の様々な欠陥を 層の浅い部分に存在する結晶中の歪みによるものである 撮影可能 であるため 低角入射を用いた放射光トポグ と予想される 7) ラフ法による研究報告が数多くなされている 放射光ト (a) (b) 次に PLイメージング法と放射光トポグラフ法とを (c) <1120> 180m 100m 図9 4 H-SiCエピタキシャルウエハのPLイメージング像と放射光トポグラフ像の比較 (a)pl像 観測波長750nm以上 (b)pl像 観測波長417±30nm (c)放射光トポグラフ像 30 東レリサーチセンター The TRC News No.113 Jul.2011
比較するため 同じ場所で測定を行った例を図 に示す 測定試料として < > 方向に した 面基板上にエピタキシャル層を 形成されたものを用いた エピタキシャル層と基板界面で発生した基底面転位が表面まで達しているとすると ウエハ表面から観測した際の長さは約 となる 図中 2で示した場所は長さが約 であるため 基板界面で発生した基底面転位が表面まで達していると考えられる 一方 1で示した基底面転位は途中で消失しているように見えており エピタキシャル層中で転位ループを形成している可能性が考えられる 1 2とも イメージング像 放射光トポグラフ像で確認することができる 放射光トポグラフ像では線状のコントラストが重なって伝搬の様子がわかりにくいが の近赤外領域における イメージング像の方は基底面転位が明確に観測されており 伝搬状況を把握しやすい 3で示した箇所は貫通らせん転位のペアに対応しており イメージングでは小さな点としてのみ観測されているため見落としやすいが 放射光トポグラフでは明確に観測されている また 放射光トポグラフでは確認されていない積層欠陥が イメージング像では三角形状の発光像として得られている このように 放射光トポグラフ像と イメージング像を合わせることで転位の挙動について詳細な解析が行えると考えられる ただし 放射光トポグラフ測定は大型放射光施設を利用するため 時間的 費用的な問題があり 頻繁には使用しにくい 一方 イメージング測定はラボレベルで容易に行うことができるため 迅速なアウトプットが可能である 目的にもよるが まず イメージング測定で欠陥分布の評価を行うことが 時間的 費用的にメリットがあると考えられる 6. まとめ の評価法として 顕微ラマン分光法 カソードルミネッセンス法 結晶欠陥分布の評価法として イメージング法と放射光トポグラフ法を取り上げた パワーデバイスの開発に際して 不良解析やプロセス条件の最適化にこれらの分析技術が実用化の一助になれば幸いである 今後も分析技術について精度の向上 手法の開発を図り パワーデバイスの研究開発へ貢献をしていきたい 7. 謝辞本稿の作成にあたり 貴重な の試料を提供していただいた 京都大学 木本恒暢教授に深く感謝いたします 8. 参考文献 三谷武志 小坂賢一 ( こさかけんいち ) 構造化学研究部構造化学第一研究室専門 : (株)東レリサーチセンターでラマン分光法 カソードルミネッセンス法の測定 解析に従事 趣味 : 旅行 本稿では デバイスの応力や欠陥 東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011) 31