改定版序文 建物火災の煙をいかに制御するかは, 建物が不燃化, 高層化, 気密化して以降, 防火分野での長年にわたる課題であった. 多くの火災を教訓として, また, 諸先輩の研究開発の成果を礎に煙制御技術は発展してきたが, 煙で亡くなる人はいまだ後を絶たない. 煙制御に関する法令としては, 排煙基準という形で建築基準法および消防法に規定されている. しかし, 法令に適合させるだけでは十分ではないこともある. さらに近年, 避難安全検証法, 押し出し排煙, 省令および告示による加圧防排煙など, 新たな煙制御システムの規定が整備されつつある. 大臣認定制度に基づく性能設計も行われている. このように高度化した技術を適切に扱うために, 最新の工学的な知見や技術を紹介し, 法令を尊重しつつも, より合理的で望ましい煙制御計画のあり方を提案し, 方向性を指し示すことは本会の役割と考えている. 本会では 2011 年 3 月に 建築物の煙制御計画指針 ( 案 ) を刊行したが, すでに完売している. そこで, 内容のさらなる充実と以下のような体裁の変更をもって, 今回, 改訂版を刊行することとした. 初版では加圧防排煙の告示および省令に関する記述を第 7 章にしていたが, それらに関する解説書が刊行されたので詳細はそちらに譲り, 第 2 章および第 3 章で概要を述べ, 旧第 7 章は削除した. 初版では各章に分散していた計算例を第 6 章にまとめ, 新たに若干の追加も行った. また, 内容を再吟味し, その妥当性について合意が得られたため ( 案 ) を削除し, 本会の指針としての位置づけを行った. 本書が初版に引き続き, 煙制御計画の合理化に一層貢献できることを期待している. 2014 年 3 月 日本建築学会
建築物の煙制計画指針 ( 案 ) はじめに 建築火災において避難者が死亡する場合, その原因の最大のものは火そのものではなく, 煙であることは広く知られている. これは火災時の煙が, 火に比較すれば危険度は低いものの, 火よりはるかに速く広範に建物内を伝播すること, および人体の恕限度が火災生成物に対して著しく低いことによっている. また, 建物内に充満する煙は, それに含まれる熱, 有毒ガス, 煙粒子などのため, 消火や在館者の救助にあたる消防隊の活動を著しく困難にする. 煙制御は, このような煙による危険を防ぎあるいは緩和することで, 在館者の避難者の安全および消防隊の活動を支援することを目的とする. 煙制御設計とは, そのために必要な煙制御システムの構成や性能を明確にし, 建築物の設計に組み込むことである. 従来, 煙制御設計に関しては, 排煙基準の形で建築基準法に規定されてきた. しかし, 本来の煙制御設計には高度な知識 技術が必要であり, 法規定の形式的な適合だけでは有効なものにならないことが多い. このため ( 財 ) 日本建築センターから 排煙設備技術指針 が刊行され, 煙制御設計実務における解説 手引書としての役割を果たしてきた. しかし,2000 年の建築基準法の性能規定化に伴い同指針の改訂は行われなくなり, また, その旧版 ( 新 排煙設備技術指針 1987 年版 ) も絶版となってしまい, 煙制御設計に携わる実務者が座右において用いうる書籍が存在しない状態となってしまった. 加えて, この間に避難安全検証法における煙降下時間の考え方や押し出し排煙 ( 第二種排煙 ), 消防法の性能規定化に伴う加圧防排煙, 国土交通省告示による付室加圧防排煙など, 新たな防排煙手法 システムの導入があり, 従来にはなかった煙制御システムへの対応が求められるようになってきた. このように工学的内容が比重を増すことで, 次第に高度化する煙制御設計を適切かつ有効に行うためには, 煙制御設計の指針となる書籍が必要であり, それは本来は日本建築学会が担うべき役割であるとの認識は以前から関係者にとって共通のものとなっていた. したがって, 煙制御設計の指針となる書籍の作成について, 本会の防火委員会の下に置かれた煙制御設計小委員会などで検討され, また, 同時に本会近畿支部の防災計画部会および加圧防煙システム研究会においても合同の作業が行われてきた. その結果, 近畿支部の防災計画部会 加圧防煙システム研究会での作業が一応終了し,2008 年 1 月に報告書がまとめられたことから, 煙制御設計小委員会では同報告書の内容も取り入れつつ, さらに検討を重ねて本 建築物の煙制御計画指針 ( 案 ) を完成させ, 今回刊行の運びに至ったものである. 煙制御設計では現行の法規定を無視することはもちろん不可能である. しかし, 煙制御設計に関する法規定も, 関連する知見 技術の蓄積によって常に変化してゆく. 現行法規は尊重しつつも, 最新の知見 技術をふまえて, より合理的で望ましい煙制御設計のあり方を提案して行くことが本会に期待されるところであろうと考える. 本指針 ( 案 ) が, 排煙 という法規の用語ではなく, あえて 煙制御 という学術的な響きのある用語を用いているのも, 煙制御に関してより本質的で普遍的な指針を目指していることによる. 本書が煙制御設計の合理化に対して大いに貢献できることを願って止まない. 2011 年 3 月 日本建築学会
本書作成関係委員 (2014 年 3 月 ) -( 五十音順 敬称略 )- 防火委員会 委員長 山田常圭 幹 事 森山修治 平島岳夫 委 員 ( 略 ) 煙制御設計小委員会 (2009 年 4 月 ~2013 年 3 月 ) 主査森山修治幹事山田茂委員油野健志大宮喜文栗岡均鈴木圭一淡野綾子長岡勉中濱慎司仁井大策広田正之山口純一山田常圭山名俊男 煙制御計画小委員会 主 査 山田 茂 幹 事 中濱慎司 委 員 油野健志 大宮喜文 鈴木圭一 淡野綾子 長岡 勉 仁井大策 広田正之 森山修治 峯岸良和 山口純一 山田常圭 山名俊男 執筆委員 秋月有紀 油野健志 大宮喜文 角谷三夫 久次米真美子 栗岡 均 小林陽一 清水芳樹 鈴木圭一 田中哮義 淡野綾子 土橋常登 長岡 勉 中野美奈 中濱慎司 中道明子 仁井大策 広田正之 北後明彦 松下敬幸 水上点睛 峯岸良和 森山修治 山口純一 山田 茂 山田常圭 山名俊男
建築物の煙制御計画指針 目 次 第 1 編煙制御計画の実際 第 1 章煙制御の目的と考え方 1.1 火災の歴史と煙の害 1 1.1.1 建築火災の歴史 1 1.1.2 火災と煙 5 1.2 火災安全設計と煙制御 7 1.2.1 煙制御の目的 7 1.2.2 煙制御の位置づけ 7 1.2.3 火災の進展プロセスと煙制御 9 1.2.4 消防活動支援と煙制御 10 1.3 煙制御の考え方と方法 13 1.3.1 煙制御の考え方 13 1.3.2 煙制御計画 13 1.3.3 煙制御の方式 13 1.4 煙制御設計と法規 17 1.4.1 法的枠組みと設計手順 17 1.4.2 消防活動支援のための煙制御 18 第 2 章煙制御設計の方法 2.1 煙制御の種類 20 2.2 設計方法の概要 22 2.2.1 煙制御方式の選択 22 2.2.2 設計の手順 22 2.3 蓄煙方式の設計法 27 2.4 排煙方式の設計法 29 2.4.1 自然排煙 29 2.4.2 機械排煙 36 2.4.3 押し出し排煙 44 2.5 遮煙方式の設計法 48 2.5.1 遮煙に関する基本事項 48 2.5.2 付室加圧防煙 51 2.5.3 階段室加圧防煙 70
第 3 章煙制御設備 3.1 防煙区画と防火区画 78 3.1.1 防煙区画と防火区画の概念 78 3.1.2 防煙区画 79 3.1.3 防火区画 82 3.2 自然排煙設備 86 3.2.1 システム構成 86 3.2.2 自然排煙口 86 3.2.3 給気ルートの確保 89 3.2.4 開放装置 89 3.2.5 設計の注意点 90 3.3 機械排煙設備 91 3.3.1 機械排煙のシステム構成 91 3.3.2 排煙口 94 3.3.3 排煙口開放装置 98 3.3.4 排煙ダクト 99 3.3.5 排煙ファン 106 3.3.6 煙排出口 108 3.3.7 設計手順 109 3.3.8 避難安全検証法により機械排煙を設計する場合の特徴 115 3.4 押し出し排煙設備 116 3.4.1 押し出し排煙設備の特徴 116 3.4.2 押し出し排煙設備の原理 116 3.4.3 押し出し排煙設備の設計法 117 3.5 付室等の排煙設備 121 3.5.1 付室等の排煙設備の目的と種類 121 3.5.2 各排煙設備の概要 122 3.5.3 自然排煙方式の設計 127 3.5.4 機械排煙方式の設計 127 3.5.5 加圧防排煙方式の設計 129 3.6 階段室加圧防煙設備 134 3.6.1 加圧防煙設備の構造 134 3.6.2 設計の注意点 135 3.7 空調兼用排煙設備 137 3.7.1 空調兼用排煙設備の実績 137 3.7.2 空調兼用排煙設備の分類 137 3.7.3 空調兼用排煙設備に係わる法令 138 3.7.4 空調兼用排煙設備の要点 139 3.8 煙制御設備の遠隔監視制御 141 3.8.1 中央管理室 防災センターの設置基準 141 3.8.2 遠隔監視 制御システムの概要 142
3.8.3 制御方式 142 3.8.4 各機器の制御方式 143 3.8.5 制御装置および制御盤 145 3.8.6 中央監視装置 ( 防災盤 ) 146 3.9 煙制御設備の電源設備 152 3.9.1 電源の種類 152 3.9.2 配線 153 第 4 章空間別 用途別の煙制御設計 4.1 空間別の煙制御設計 158 4.1.1 一般居室 158 4.1.2 廊下 160 4.1.3 階段付室 非常用エレベーター乗降ロビー 161 4.1.4 高層建築物の階段 164 4.1.5 エレベーターシャフト 165 4.1.6 アトリウム 吹抜け 166 4.1.7 大空間 168 4.1.8 地下空間 169 4.2 用途別の煙制御設計 172 4.2.1 事務所建築 172 4.2.2 ホテル 旅館 176 4.2.3 百貨店 大規模店舗 177 4.2.4 劇場 映画館 181 4.2.5 共同住宅 182 4.2.6 病院施設 186 4.2.7 社会福祉施設 188 4.2.8 レストラン 飲食店 190 4.2.9 大学 研究所 191 4.2.10 学校 193 4.2.11 美術館 博物館 194 4.2.12 展示場 195 4.2.13 スポーツドーム 196 4.2.14 屋内自走式駐車場 198 4.2.15 倉庫 工場 199 4.2.16 ショッピングモール 201 4.2.17 地下街 202 4.2.18 鉄道 地下鉄駅舎 204
第 2 編煙制御計画に関する技術資料 第 5 章煙流動の基礎知識 5.1 火炎に関わる性質 207 5.1.1 燃焼 207 5.1.2 火炎 208 5.1.3 発熱速度 209 5.1.4 煙 212 5.2 流れに関わる性質 214 5.2.1 基礎用語 214 5.2.2 流れの基礎式 215 5.2.3 圧力差分布がない場合の開口流量 216 5.2.4 圧力差分布がある場合の開口流量 217 5.2.5 竪穴空間の煙突効果 221 5.3 熱に関わる性質 224 5.3.1 熱輸送の分類 224 5.3.2 熱の基礎式 227 5.4 火災室のモデル化 229 5.4.1 火災プルーム 229 5.4.2 天井ジェット 230 5.4.3 二層ゾーンモデル 231 5.4.4 一層ゾーンモデル 236 5.5 煙性状予測モデル 239 5.5.1 二層ゾーンモデル 239 5.5.2 多層ゾーンモデル 240 5.5.3 CFD( 数値流体解析モデル ) 241 第 6 章各種煙制御方式の計算例 6.1 概要 243 6.2 蓄煙方式の計算例 244 6.3 自然排煙方式の計算例 246 6.4 機械排煙方式の計算例 249 6.4.1 簡易な算定手法 249 6.4.2 天井チャンバー方式 251 6.5 付室加圧防煙の計算例 255 6.5.1 必要給気量の計算 255 6.5.2 建築基準法告示と消防法告示に基づく計算例 266 6.6 階段室加圧の計算例 273 6.7 非定常煙流動予測計算例 280 6.7.1 二層ゾーンモデルによる計算例 280 6.7.2 CFD(FDS) による計算例 283
第 7 章火災時の人間の挙動と避難計画に関する基礎知識 7.1 火災時の人間の挙動 288 7.2 多人数での避難 296 7.3 災害時要援護者の避難 301 7.4 煙 熱の中での人体への影響と避難行動 304 7.5 避難計画の原則と手法 310 7.6 避難安全性の評価 314 付録火災事例わが国の火災 321 諸外国の火災 328