1.4 王子計測機器株式会社 光弾性係数に関する実験結果 はじめに高分子材料において観測される複屈折を分類すると 配向複屈折 応力複屈折および形態複屈折があります その中で形態複屈折は 樹脂中に微細な繊維状物質が配列した場合などに見られるもので 通常の高分子材料では無視できます 一方向に引張荷重を負荷する一軸伸長変形の場合に観測される複屈折は 図 1のように配向複屈折と応力複屈折の合計になります 光弾性係数は 図 1における直線の傾きに相当し 一定幅の試験片を一軸伸長したときの位相差を測定することにより比較的容易に測定できます その値は 光学用途の材料にとっては重要な物性値の1つで 例えば液晶表示装置で異なる材料に貼合された位相差フィルムが温度変化を受けると 各材料の寸法変化率の違いから位相差フィルムに応力が発生し 位相差が変化して表示に影響が出ます この点においては 応力の影響が少ないすなわち光弾性係数の小さい材料が適していることになります 様々な物性値が異方性を示すように 光弾性係数にも異方性がある のか それとも 光弾性係数は材料によって定まる一定値である のかを調べる実験を行いましたので 以下にその結果を報告します 図 1 配向複屈折と応力複屈折 結論光弾性係数を測定する際に 延伸フィルムなどで分子鎖が配向しており初期的に位相差がある試料の場合は 平均的分子鎖方向と伸長方向のなす角 θave によって観測される光弾性係数は異なり 異方性があるように見えます その光弾性係数の値はθave=45 を中心にして 対称性がある場合と非対称となる場合があります 対称性がある場合には θave= の条件で伸長した時に観測される値がその材料の光弾性係数になります 一方非対称になるのは 試料が二軸延伸フィルムでかつ側鎖が大きい場合 あるいはガラス転移領域に近い温度で測定した場合と考えられます 何れにしても 無配向試料の場合には伸長方向に注意する必要がなく容易に測定でき 得られる光弾性係数も1つです 1
使用した装置と試料 装置 : 位相差測定装置 KOBA-W 使用ソフト : 位相差測定 Eソフト 専用治具 : 試料引張治具 試料 : 表 1の各フィルムを測定 ( 測定は室温 3 ) 表 1 実験に用いた試料 記号 材質 厚さ (μm) 光軸角 Ω( ) 備考 pc4 ポリカーボネート 6 87.9 一軸延伸 pva4 ポリビニルアルコール 6 63.1 一軸延伸 pet39 ポリエチレンテレフタレート 6 16.3 二軸延伸 pa17 ナイロン6 15 3.8 二軸延伸 ps85 ポリスチレン 5 8.6 熱収縮フィルム 記号欄の材料記号のあとの数値は面内位相差の値 pc4 は図 のように方位を変えて 15 6mm に切り出し その他の試料は 45 9deg の 3 方位を 15 6mm に切り出し 図 試料 pc4 の切り出し 測定結果 1) 試料 pc4の測定結果試料 pc4を用いて 引張荷重をgから1gまで1gずつ変えたときの位相差変化を測定すると図 3のようになり いずれの試料でも高い相関係数が得られました 各近似直線の傾きから 次式によって光弾性係数を計算すると図 4のようになり ほぼコサインカーブで近似できることが分かります 図 3の直線の傾き試料幅 ( mm) 1 光弾性係数 98-8 ( 1-13 cm /dyn) 1
光弾性係数 1-13 (cm /dyn) e 変化量 (nm) 8 6 4 - -4-6 -8 y =.533x -.1969 =.9999 y =.511x -.4445 =.9999 y =.34x - 1.791 =.999 y =.4x -.955 =.9149 4 6 8 1 1 14 荷重 (g/ 幅 15mm) deg 15deg 3deg 45deg 6deg 75deg 9deg y = -.53x -.973 =.9998 y = -.599x + 1.1891 =.999 y = -.31x - 1.755 =.9981 図 3 試料 pc4 の荷重に対する位相差変化 1 8 6 4 - -4 コサインカーブ 1 3 4 5 6 7 8 9 伸長方向と平均的分子鎖方向とのなす角 ( ) -6-8 -1 図 4 試料 pc4 の光弾性係数 ) 試料 pva4の測定結果試料 pva4についても同様に 引張荷重をgから15gまで1gずつ変えたときの位相差変化を測定すると図 5のようになり 近似直線の傾きはpc4に比べると小さいですが いずれの試料でも高い相関係数が得られました 式 1から光弾性係数を計算すると図 6のようになり pc4の1/1 以下の値になります 3
光弾性係数 1-13 (cm /dyn) e 変化量 (nm) 4 3 y =.x -.793 =.9983 1 y =.3x +.81 =.977-1 4 6 8 1 1 14 16 荷重 (g/ 幅 15mm) - -3 deg 45deg 9deg y = -.19x -.149 =.9984-4 図 5 試料 pva4 の荷重に対する位相差変化 5 4 3 1-1 - y = -.715x + 3.4814 =.9999 1 3 4 5 6 7 8 9 伸長方向と平均的分子鎖方向とのなす角 ( ) -3-4 -5 図 6 試料 pva4 の光弾性係数 3) その他の試料の測定結果他の材料についても同様に測定し 試料 degと9degの光弾性係数の測定値および文献値をまとめると表 のようになります 光学用途の材料ではカタログに値が記載されていますが 汎用的な材料では値は出ていません 表 の測定結果をグラフにすると図 7のようになり 表 で記号が赤文字の試料については 図 7(a) のように伸長方向と平均的分子鎖方向のなす角が45 を中心にほぼ対称的であることが分かります しかし 図 7(b) のpa17 ps85は非対称であり それらの荷重に対する位相差変化は図 8のようになり 図 3や図 5とは明らかに異なることが分かります 4
光弾性係数 1-13 (cm /dyn) 光弾性係数 1-13 (cm /dyn) 表 光弾性係数の測定値および文献値 ( 1-13 cm /dyn) 記号 本実験の測定値 deg 9deg 文献値 ガラス転移点 Tg( ) pc4 81.5-85.7 7 15~155 pva4 3.4 -.9 85 pet39 34.3-35.5 7~81 pa17 3.9-1.7 47~5 ps85 8. -4. 1.1 9~1 1 8 pc4 pva4 3 5 pa17 ps85 6 pet39 4 15-1 3 4 5 6 7 8 9 1 5-4 -6-5 1 3 4 5 6 7 8 9 伸長方向と平均的分子鎖方向とのなす角 ( ) -8-1 -1 伸長方向と平均的分子鎖方向とのなす角 ( ) -15 (a) ほぼ対称 図 7 光弾性係数の測定結果 (b) 非対称 (a)pa17 (b)ps85 図 8 試料 pa17 と ps85 の荷重に対する位相差変化 5
考察一般的にPCの光弾性係数は7 1-13 cm /dynとありますが 文献によってはその前後で値に幅があります PVAについては具体的な数値は文献にも記載されていません 図 7の測定結果をみると 光弾性係数に異方性があるとも解釈できます しかし暗黙のうちに 光弾性係数は平均的分子鎖方向 ( 試料 deg) に一軸伸長したときに測定される値と定義されていれば 異方性は考えずに1つの値ということになります そのいずれであるのかを以下に考察します 1) 対称性がある試料の場合先ず 図 7(a) のように測定値に対称性がある試料について 平均的分子鎖方向と伸長方向とが平行 直交以外のときに観測される荷重に対する位相差変化を計算で出すことを試みました ただし 図 7(a) の試料はすべて平均的分子鎖方向が遅相軸になります 荷重に対する位相差変化の特徴は次のようになります 伸長方向と遅相軸が平行 位相差が増加 伸長方向と遅相軸が直交 位相差が減少 伸長方向と遅相軸が45 位相差は変化せず 光弾性係数の値は伸長方向と遅相軸のなす角に対してコサインカーブ的に変化する 以上の特徴は 枚の位相差板を積層したときに観測される位相差の相加 相減現象によく似ています そこで 一軸伸長時に観測される現象を図 9のように位相差板 枚の積層に置き換えるとして 1 枚目を配向分の位相差 or 枚目を応力分の位相差 st とみなして or は荷重ゼロのときの値 st は試料 degの荷重に対する位相差変化量の近似直線の傾きと荷重との積で表します 枚の位相差板を積層したときに観測される位相差と遅相軸方位はシミュレーションによって求めることができます pc4の荷重に対する位相差と遅相軸方位の計算結果と実測値とを比較すると図 1のようになり 両者はよく一致しています また 光弾性係数を比較すると図 11のようになり これもよい一致と言えます 対称性があるpet39についても同程度の一致が確認できました したがって ψ= すなわち伸長方向と遅相軸が平行なときの光弾性係数が既知であれば ψ= 以外のときに観測される光弾性係数は計算で求めることができます すなわち ψ= のときの値がその材料の光弾性係数であって異方性はないと考えてよく ψ= 以外の条件で測定した光弾性係数は見掛け上の値ということになります 6 図 9 枚の位相差板の積層
光弾性係数 1-13 (cm /dyn) 図 1 試料 pc4 の実測値と計算結果との比較 1 8 6 4 - -4-6 -8-1 実測 計算 deg 15deg 3deg 45deg 6deg 75deg 9deg 試料名 図 11 試料 pc4 の見掛け上の光弾性係数の実測値と計算値との比較 ) 非対称性の試料の場合当然のことですが無配向の試料の場合はor=であり 元々対称性 非対称性の議論は必要ありませんが 初期的に分子鎖が配向しておりかつ図 7(b) のように光弾性係数に対称性がない試料については 位相差板 枚の積層の考え方は利用できません したがって この場合は光弾性係数そのものに異方性があると解釈せざるを得ません 応力と複屈折に関して書かれた文献を調べると 複屈折を分子論的に解釈するとき分子鎖を構成単位 ( セグメント ) が連結したモデルで考え 一般的には図 1(a) のようにその構成単位の主分極率 (α 1,α,α 3 ) と配向関数 P P とが式 3ように関係付けられています ここで P は-.5から1.の値をとり 配向状態と次のように対応します [ 参考文献 : 無定形高分子のガラス転移領域における粘弾性と複屈折 井上 尾崎, 高分子論文集,Vol.53.No.1,pp.6-613(Oct.1996)] 7
P =-.5 P = P =1. 直交一軸配向 ランダム 平行一軸配向 3 3 n ( 1 ) P P 4 P P 3 cos 1 3 sin cos 3 図 1 複屈折の分子論的解釈 文献に記載されている内容を拾い出すと次のようになります (ⅰ) 式 の第 1 項のゴム成分は伸長方向への分子鎖の配向に対応する (ⅱ) 式 の第 項のガラス成分は構成単位が分子鎖の軸を中心にして回転することによる伸長方向への配向に対応する (ⅲ)Tg 以下のガラス状領域ではゴム成分とガラス成分の両方が存在する (ⅳ)Tg 以上のゴム状平坦領域では応力と複屈折は比例関係にある (ⅴ) ガラス転移領域では応力と複屈折の関係は複雑になる (ⅵ) ガラス状態での複屈折と応力の比が光弾性係数である (ⅶ) 側鎖が大きい場合は伸長により側鎖がより配向しやすくなる 今回の測定は 室温で行いましたのですべてガラス状態と考えてよく また試料の切り出し方向を変えましたので 図 1のθave を変えたことになり 分極率および配向関数に着目すると大まかには次のようなことが考えられます 8
屈折率楕円体が一軸性の場合 分極率 α -α 3 とみなすと 複屈折はゴム成分のみになる 屈折率楕円体が二軸性の場合でかつ側鎖が大きい試料 ps85はガラス成分の影響が大きく θave によるΔnへの影響が表れやすい pa17のtgは47~5 であるので室温でもガラス転移領域に近く 応力緩和の量がθave によって異なる可能性がある 3) 波長分散特性次に 他の特徴を調べるために試料 pc4の荷重 gと1gのときの波長分散特性を測定すると 図 14(a) のようになり荷重 gのときは試料 degと9deg で殆ど差がなく よく見るPCの分散曲線になっています しかし 荷重 1gのときは 荷重 gのときの曲線から少しずれ かつ試料 degと9degで違いがあります このことは 応力分の位相差 st の波長分散特性がPCの特性とは異なることを示唆していると考えられます ちなみに 試料 degと9degで荷重をgから1gにしたときの位相差変化量を 波長分散比率のグラフにすると図 14(b) のようになり 伸長方向によって違いがあることが分かります 図 14 pc4 の波長分散特性 4) 試料 45degの遅相軸方位の変化試料 pc4とpva4について試料 45degの 荷重に対する遅相軸方位の実測値をグラフにすると図 15のようになり pva4は殆ど変化しないのに比べてpc 4は荷重に対して比例的に変化し 荷重 1gでは約 5.6 伸長方向へ動いているのが分かります これはpva4の場合 層の積層として扱っても光弾性係数が小さいのでst は数 nm 程度になりその影響が殆どなく or の 1 つの層と同じと考えればこの現象も理解できます 表 の各試料のdegの光弾性係数と 試料 45degの荷重 9 gのときの遅相軸変化量との相関を調べると図 16のようになり 強い相関があることが分かります ( ただし 試料 pa17は除く ) この結果からも 今回の光弾性係数に関する現象を 層の積層として扱うことが妥当であると言えます 9
荷重 9g のときの遅相軸方位変化量 ( ) 遅相軸方位 ( ) 46 45 pc4 pva4 44 43 4 41 4 39 38 4 6 8 1 1 荷重 (g/ 幅 15mm) 図 15 試料 45deg の荷重に対する遅相軸変化. -.5-1. -1.5 -. -.5-3. -3.5-4. -4.5 試料 deg の光弾性係数 ( 1-13 cm /dyn) 4 6 8 1 y = -.55x +.751 =.9994 図 16 試料 deg の光弾性係数と試料 45deg の遅相軸方位の変化量 おわりに上述のように 光弾性係数の値が非対称になる場合には 層の積層現象に置き換えはできません そこで 一般的に応力と複屈折の関係を表すのに利用される 応力光学則 (Stress-Optical ule SO) あるいは修正応力光学則 (Modified Stress-Optical ule MSO) に基づいた解釈を試みると 次のようになります ゴム状領域(Tg 以上 ) 応力光学則 n(t) C (t) C : 応力光学係数 4 ガラス状領域(Tg 以下 ) ガラス転移領域 修正応力光学則 ( t) ( t) ( t) n( t) C ( t) C ( t) 5 1
式 4は応力と複屈折の比例関係を表す式で 今まで議論してきた光弾性係数と同じように見えますが 式 4では時間 tがパラメータになっており 一軸伸長の静的測定であっても応力緩和過程やクリープ過程のように 観測される量が時間的に変化をする場合の表現式になります 一方 今回の測定を図 1のように解釈し これを複屈折で表すと次式のようになります n n n or n st 6 P C st ここで Δn は固有複屈折 P は配向関数 C は光弾性係数 今回の測定は室温で静的に行ったものであり 応力緩和もないものとして時間 tの要素を無視すると 式 56から式 7のように表現式による解釈の仕方の違いが出てきます 式 7の中でΔn α 1 α α 3 以外の値はすべてθave によって変わることを考えれば 光弾性係数 Cがθave によって複雑に影響を受けることも理解できます n n P C C st C 3 ( 1 ) P 3 4 P 7 以上 11