日本腎臓病薬物療法学会ホームページ原稿 (2012.10.30) 腎機能低下患者での感染症治療への関わり 平成紫川会小倉記念病院薬剤部町田聖治 (ICD) 腎機能低下患者での感染症治療への関わりについて 2 症例 (Ⅰ 尿路感染症への関わり Ⅱ 術後感染症への関わり ) の提示を行う 患者の背景 臓器症別鑑別から抗菌薬の選択を行い 腎機能低下患者での投与量 投与方法について医師と協議した内容や経緯を紹介する その際 薬剤師としてどのような薬学的管理が必要であるか 今回は 経過 で1この症例のポイントはどこか 2 薬剤師にどのような薬学的管理が求められるか 3 医師と協議を行ううえで押さえておくべき基本的知識を述べる 次にそれに基づいて 紹介する症例に当てはめた場合 どのようなアセスメントを行い その後の経過について概述する Ⅰ 尿路感染症への関わり 患者背景 6 歳 男性 身長約 165cm 体重約 58kg 以前より 経皮的冠動脈形成術を数回 受けられる 20 9/ 冠動脈バイパス術 (OPCAB) 施行 ( 術前血清 CRE 値 =2.70mg/dL) 経過 術後感染予防薬としてセファゾリン (CEZ) を術後 2 日目 (POD 2)) まで投与後 炎症反応などの経過は順調であり POD 14 時点で 退院方向であった しかし POD 16 で WBC CRP が再上昇し 患者からは排尿時の違和感や疼痛の訴えがあった POD 14 まで POD 12 O)WBC=77 10 2 /μl CRP=7.9mg/dL AST/ALT=20/13 IU/L CRE=3.33mg/dL POD 14 O) バイタル著変なし 発熱なく経過 体温 =36 台 O)WBC=73 10 2 /μl CRP=5.9mg/dL AST/ALT=16/13 IU/L CRE=3.08mg/dL 1 この症例のポイントはどこか胸部外科術後 腎機能低下患者であるということ第一に現在 置かれている患者の背景を知ることが重要である この症例では1)~3) となる 1) WBC CRP の再上昇 2) 排尿時の違和感や疼痛の自覚 3) 腎機能低下患者
2 薬剤師にはどのような薬学的管理が求められるか 感染症治療の基本に基づいた治療計画 患者背景を知ることで この症例の場合 微生物の鑑別診断に役立てることができる 協議を行うためのポイントとして医師と協議を行ううえで押さえておく 1) 患者の背景を知る 3 べき基本的知識 2) 臓器別鑑別を行う 3) 抗菌薬を選択する感染症を引き起こしているであろうと推察される臓器を特定することが重要である そのためには1 病歴の聴取や患者の身体的な観察力が重要となる 2どの臓器が3どのような微生物により感染症が惹起され 臨床的有効性が確認されている4どのような抗菌薬を選択すべきか協議する 次に腎機能低下患者である場合 その患者に適正な抗菌薬の投与方法 投与間隔を設定する この時 考慮すべきことは PK-PD に基づき 1) 抗菌薬の効果が最大限に発揮できるよう投与設計する 2) その後 医師と共に患者の状態 ( 倦怠感 食欲 疲労感の有無など ) や体温などのバイタルサイン 白血球数や CRP 血液培養などの臨床検査所見を確認することである 上記の件をこの症例に当てはめた場合 以下のようになる 1 その症例のポイントはどこか 病歴の聴取や患者の身体的な状況 Problem Object Assessment 排尿時の違和感や疼痛を訴える POD 16 に WBC CRP 再上昇 創部 他の臓器を含め感染源の検索 2 3 薬剤師にはどのような薬学的管理が求められるか 感染治療の基本に基づいた治療計画医師と協議を行ううえで押さえておくべき基本的知識 協議を行うためのポイントとして 1) 患者の背景を知る 1 参照 2) 臓器別鑑別を行う 3) 抗菌薬を選択する Problem Object Assessment 感染源となり得る臓器別鑑別 1) 医師へ確認 ( 直近の胸腹部 CT では腎 膀胱に異常所見はみられず 2) 朝 37.5 の微熱あり ほかバイタル著変なし 3) 創部 clear 浮腫なし 体重増加みられず 54.8( 前日より-0.2)kg 4) 血清 CRE 値 =3.16mg/dL ( 術前血清 CRE 値 =2.70mg/dL 創部感染を示す臨床所見はみられず 尿路感染を考慮に入れた方が better であることを協議 そのため ニューキノロン薬の選択を推奨 本日よりパズクロス静注開始となる ただし 腎機能低下患者であり 投与量 投与方法を設定 推定クレアチニンクリアランスは 20~30 ml/min (due to Cockcroft-Gault 式 ) であるため 1 日 1 回 1 回 =500mg の投与スケジュールとなる 以上 医師との協議にて PZFX が開始となった この際 腎機能低下患者であるため PZFX の投与方法 投与間隔を設定し PZFX の効果判定を医師と共に実施した その後の経過を ( 表 1) ( 表 2) ( 図 1) に示す
表 1 PZFX 開始後の経過 PZFX 点滴開始後 S) どうもないよ O) 点滴中も異常所見なし PZFX 点滴終了時 A) PZFX によるアレルギー反応みられず P) 次回の投与も問題ないと考えられるが 注意深い観察が必要であり 患者へも引き続きいつも と違う症状がある場合 連絡するよう説明とした 表 2 医師との協議後の薬学的管理 Objective Assessment Plan WBC=106 10 2 /μl POD 16 PZFX 投与 CRP=9.4mg/dL 1 日目 CRE=3.16mg/dL 体温 =39.5 WBC=104 10 2 /μl POD 17 PZFX 投与 CRP=14.3mg/dL 2 日目 CRE=3.73mg/dL 体温 =38.3 WBC=78 10 2 /μl POD 18 PZFX 投与 CRP=10.9mg/dL 3 日目 CRE=3.77mg/dL 体温 =38.3 PZFX 投与 POD 19 4 日目 体温 =37.1 WBC=44 10 2 /μl POD 20 PZFX 投与 CRP=4.1mg/dL 5 日目 CRE=3.25mg/dL 体温 =36.4 PZFX 投与 POD 21 6 日目 体温 =37.4 WBC=47 10 2 /μl POD 22 PZFX 投与 CRP=2.1mg/dL 7 日目 CRE=2.89mg/dL 体温 =36.9 POD 23 体温 =36.9 WBC=48 10 2 /μl CRP=1.3mg/dL POD 24 CRE=2.68mg/dL 体温 =36.4 POD 25 WBC CRP 体温上昇 WBC 横ばい CRP 上昇 WBC 正常化発熱 (+) も CRP 改善傾向解熱傾向体温 WBC 正常 CRP 改善排尿時の違和感 疼痛なし臨床データ stable 自覚症状なし臨床データ stable 臨床データ stable PZFX 点滴開始医師との協議にて 数日間経過観察 (PZFX 投与 3 日目 5 日目で評価 ) 臨床データ改善にて PZFX 継続へ PZFX 中止時期考慮本日で PZFX 中止本日より LVFX 内服開始 (7 日間内服予定 ) 明日 退院予定となる退院
( 10 2 /μl) 150 (mg/dl) 30.0 WBC 100 50 PZFX WBC CRP LVFX(POD 29 まで ) 20.0 10.0 CRP 0 0.0 体温 40.0 ( ) 39.0 38.0 37.0 36.0 35.0 op POD 10 POD 12 POD 14 POD 15 POD 16 POD 17 POD 18 PZFX POD 19 POD 20 POD 21 POD 22 POD 23 POD 24 POD 25 fever CRE LVFX(POD 29 まで ) (mg/dl) 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 CRE op POD 10 POD 12 POD 14 POD 15 POD 16 POD 17 POD 18 POD 19 POD 20 POD 21 POD 22 POD 23 POD 24 POD 25 図 1 症例 Ⅰ の臨床データの推移
Ⅱ 術後感染症への関わり 患者背景 7 歳 男性 身長約 167cm 体重約 59kg 以前より 大動脈弁狭窄症 狭心症にて近医受診中 20 8/ 大動脈弁置換術 (AVR) および冠動脈バイパス術 (CABG) 施行 ( 入院時血清 CRE 値 =1.76mg/dL) 経過 AVR CABG 施行後 自宅退院 入院数日前から全身倦怠感や食欲不振などの症状を感じていた 入院前日 前記症状の 増悪および発熱があり 外来受診後 入院となる 入院当日(day 1) の状況 O) 外来受診時全身倦怠感 食欲不振あり 体温 =40.2 以下 医師との協議内容 O) 創部正常 圧痛なく 腫脹や発赤なし 体熱感強い 前回外来受診時の心エコー検査と比較し著変なし 明らかな vegetation みられず 排尿時の疼痛 および排尿障害なし 胸腹部単純 CT: 縦隔炎治療部位は明らかな感染所見なし WBC=63 10 2 /μl CRP=5.4mg/dL AST/ALT=18/8 IU/L CRE=1.76mg/dL 体温 =40.2 A) 菌血症が疑わしく 心エコー検査ではっきりとした vegetation の所見はないものの 人工弁置換術後感染性心内膜炎 (PVE;prosthetic valve endocarditis) の可能性も考慮すべき P) 血液培養施行後 PVE を考慮し 塩酸バンコマイシン (VCM) を 1g/24hr で投与開始し TDM にて VCM コントロールすることとする γ グロブリンも開始 day 2 の状況 O) 朝の VCM 投与後 昼に四肢の膨疹が出現 以下 医師との協議内容 A) VCM によるアレルギー反応が疑われ サクシゾン 300mg 投与 その後 発疹は改善傾向 day 3 の状況 O) WBC=57 10 2 /μl CRP=13.8mg/dL AST/ALT=20/10 IU/L CRE=2.19mg/dL 体温 =35.8~36.2 CRP 上昇傾向 腎機能悪化 体温はロキソニン錠内服にて解熱 静脈血より Staphylococcus aureus 検出 以下 医師との協議内容 A) VCM によるアレルギー症状があり CRP も上昇している 検出菌が Staphylococcus aureus であることから CEZ を 1 日 4 回投与することを推奨 P) 腎機能 (=2.19mg/dL) 低下があり PK-PD に基づき time above MIC により 1 回量 =0.5g と設定した 結果 :CEZ 1 回量 =0.5g 1 日 4 回
1 この症例のポイントはどこか胸部外科術後 腎機能低下患者であるということ第一に現在 置かれている患者の背景を知ることが重要である この症例では1)~4) となる 1) PVE の可能性 2) VCM によるアレルギー反応 3) 血液培養による起炎菌の確認 4) 腎機能低下患者 2 薬剤師にはどのような薬学的管理が求められるか 3 医師と協議を行ううえで押さえておくべき基本的知識は Ⅰの症例を参照 上記の件をこの症例に当てはめた場合 以下のようになる 1 その症例のポイントはどこか 病歴の聴取や患者の身体的な状況 Problem Object Assessment 人工弁置換術後の発熱創部正常 PVE の可能性創部 PVE を含め感染源の検索 2 3 薬剤師にはどのような薬学的管理が求められるか 感染治療の基本に基づいた治療計画医師と協議を行ううえで押さえておくべき基本的知識 協議を行うためのポイントとして 1) 患者の背景を知る 1 参照 2) 臓器別鑑別を行う 3) 抗菌薬を選択する Problem Object Assessment 1) 4 ヵ月前に大動脈弁置換術 創部感染を示す臨床所見はみられず PVE を考慮 2) 発熱 WBC CRP 上昇 し 血液培養による起炎菌を target に抗菌薬を選 3) 創部 clear 択 感染源となり得る臓器別鑑別 4) 血液培養 検出菌 Staphylococcus aureus CEZ MIC 2 VCM MIC 0.5 PVE の可能性のため VCM を投与するもアレルギー反応出現 また 血液培養の結果 起炎菌が Staphylococcus aureus であったため セファゾリン (CEZ) を推奨 5) 血清 CRE 値 =2.19mg/dL day 3 より CEZ 開始となる ただし 腎機能低下患者であり 投与量 投与方法を設定 推定クレアチニンクリアランスは約 30 ml/min(due to Cockcroft-Gault 式 )) であるため 1 日 4 回 1 回 = 0.5g の投与スケジュールとなる 以上 医師との協議にて CEZ が開始となった この際 腎機能低下患者であるため CEZ の投与方法 投与間隔を設定とし CEZ の効果判定を医師と共に実施した その後の経過を ( 表 3) ( 図 2) に示す
表 3 医師との協議後の薬学的管理 Objective Assessment Plan WBC=80 10 2 /μl day 4 2 日目 CRP=7.2mg/dL AST/ALT=18/11 IU/L CRE=1.60mg/dL CRP は低下傾向 CEZ の効果あり CEZ 0.5gx4 回の投与継続となる 体温 =35.9~37.6 day 5 3 日目 血液培養提出 day 6 4 日目 血液培養提出 WBC=75 10 2 /μl day 7 5 日目 CRP=4.5mg/dL AST/ALT=17/13 IU/L CRE=1.62mg/dL CRP は低下 抗菌薬は CEZ 0.5gx4 回の投与継 続 体温 =36.2~37.6 患者の自覚症状改善 day 10 8 日目 WBC=62 10 2 /μl CRP=2.0mg/dL AST/ALT=19/13 IU/L CRE=1.60mg/dL 体温 =36.6~37.2 WBC CRP は低下 最高体温も 37 前半へ CRE は改善傾向を示し CEZ の 1 回投与量 CEZ 1gx4 回へ増量となる を 1.0g でも可能であるこ とを報告 day 11 9 日目 day 5 での血液培養の結果 No growth CEZ 1gx4 回継続 day 12 10 日目 day 6 での血液培養の結果 No growth CEZ 1gx4 回継続
( 10 2 /μl) 150 100 CEZ(0.5g 4) WBC CRP CEZ(1g 4) 30.0 (mg/dl) 20.0 WBC 50 10.0 CRP 0 VCM 0.0 41.0 ( ) 40.0 39.0 day 1 day 2 day 3 day 4 day 5 day 6 CEZ(0.5g 4) day 7 fever CRE day 8 day 9 day 10 CEZ(1g 4) day 11 (mg/dl) 2.40 2.20 2.00 体温 38.0 37.0 VCM 1.80 1.60 CRE 36.0 1.40 day 1 day 2 day 3 day 4 day 5 day 6 day 7 day 8 day 9 day 10 day 11 図 2 症例 Ⅱ の臨床データの推移 まとめ 患者の薬学的管理を行う上で重要なことは 患者の背景を知ることである 臨床データをはじめ患者の訴えなどにより 問題点を明確にし Problem を立案していくことが大切である 症例 Ⅰの場合 発熱 臨床データの悪化と同時に 排尿時の違和感や疼痛の訴えに注目した その結果 感染源となっている臓器が尿路であり この感染症による症状の発現 臨床データの悪化 体温上昇と推測した 症例 Ⅱの場合 発熱 臨床データの悪化と同時に 入院 4 ヵ月前に AVR CABG を受けている点が重要である PVE を考慮し VCM が投与されるもアレルギー反応が出現した 血液培養の結果 起炎菌が Staphylococcus aureus であったため CEZ を推奨し開始となった 両症例の共通の問題点は腎機能低下患者ということである PK-PD に基づき 抗菌薬の効果が最大限に発揮できるよう投与設計を行い その後 医師と共に患者の状態 ( 倦怠感 食欲 疲労感の有無など ) や体温などのバイタルサイン 白血球数や CRP 血液培養などの臨床検査所見を確認した 最後に 両症例とも良好な経過をたどり 感染症に対し早期に対応することができた こうした症例への関わりは今年度から実施されている 病棟薬剤業務加算 で謳われているチーム医療の一例としても重要である