財政学 Ⅰ 1 第 7 回租税 (2) 所得税 (1) 2016 年 5 月 27 日 ( 金 ) 担当 : 天羽正継 ( 経済学部経済学科准教授 )
2 所得税とは何か 所得税 : 個人の所得に対して課される国税 法人の所得に対して課される国税として 法人税がある そのため 所得税を 個人所得税 法人税を 法人所得税 と称することがある 個人の所得に対して課される地方税として 個人住民税 ( 道府県民税および市町村民税 ) がある 現在 所得税は国税収入の約 3 割を占める (2014 年度決算では31.7% で 金額は16.8 兆円 ) 所得税はまず租税主体に着目し それに帰属する事実を租税客体とする人税 能力 ( 応能 ) 原則に基づき 納税者の経済力に合わせて課税できるため 誂え税 とも呼ばれる 現在の所得税の起源は 1891 年にドイツで導入されたもの 大きく三つの特徴を備える 税率の累進性 所得が多ければ高い税率が適用される 差別性 勤労所得には軽く 資産所得には重く課税 最低生活費の免税 課税最低限を設け それに満たない所得には課税しない
3 所得をどのように捉えるか (1) 周期説 ( 所得源泉説 ): 所得源泉と結び付いた 周期的所得 のみを所得とみなし 一時的所得 は所得とみなさない 周期的所得 : 給与など 生産要素の提供に対して周期的 ( 定期的 ) に支払われる報酬 一時的所得 : 相続や贈与 富くじや賭博の賞金 キャピタル ゲインなど 一時的に得られた利得 資産価値の増加を キャピタル ゲイン 減少を キャピタル ロス と呼ぶ 純資産増価説 : 一定期間内における純資産の増加を所得として捉える 周期的所得だけでなく 一時的所得や帰属所得も含まれる 帰属所得 : 持家や資産の保有 家事労働 自家消費など 貨幣の受け取りはないものの 実際にはそこから便益を享受していることから 生じているとみなされる所得 純資産増価説における所得は 支出の側面から見た場合 一定期間内における経済力の増加 ( 消費 + 資産の純増 ) として捉えられる このような所得概念を包括的所得概念と呼ぶ 所得 = 消費 + 資産の純増 は Y = C + S の関係にほぼ等しい ただし 包括的所得概念における所得には 帰属所得のように貨幣換算されない所得も含まれることに注意 収入の側面から見た場合は 所得 = 周期的所得 + 移転所得 + 帰属所得 + キャピタル ゲイン となる しかし 包括的所得概念をそのまま現実の所得税の課税標準として採用することは不可能 そのため 実際の所得税制度では包括的所得概念を 理念型 としつつ 実行可能な所得概念が模索される
4 所得をどのように捉えるか (2) 包括的所得概念 周期的所得 ( 要素所得 ) 消費所得移転所得 ( 相続 贈与 ) 帰属所得 キャピタル ゲイン 資産 資産 期首 期末 出所 : 神野直彦 財政学改訂版 191 頁
所得額の算定 (1): 総合課税 日本の所得税法は 所得を源泉別に 10 種類 ( 利子 配当 不動産 事業 給与 退職 山林 譲渡 一時 雑 ) に区分 以下の 5 種類の所得は基本的に 合算された上で累進税率が適用される ( 総合課税 ) 不動産所得 : 不動産等の貸付による収入 事業所得 : 個人で営んでいる事業から生じる所得 収入金額から必要経費を差し引いて求められる 給与所得 : 勤務先から受ける給料 賞与等の所得 所得のうち最大の比重を占める 収入金額から給与所得控除を差し引いて求められる 控除額は収入金額によって異なり 最低額は 65 万円 一時所得 : 営利を目的とした継続的行為から生じたものではなく 労務その他の役務としての性質や 資産の譲渡による対価としての性質を有しない一時的な所得 懸賞金 競馬や競輪の払戻金等 雑所得 : その他のいずれにも該当しない所得 公的年金 原稿料 印税等 以上のうち いくつかについては合算されず 分離して課税される 5 相続や贈与 帰属所得等は含まれず 包括的所得概念から乖離
6 所得額の算定 (2): 分離課税 以下の所得は基本的に その他の所得から切り離して課税される ( 分離課税 ) 利子所得 : 預貯金や債券の利子等の分配にかかわる所得 配当所得 : 株主や出資者が法人から受け取る配当等の分配にかかわる所得 退職所得 : 退職により勤務先から支払われる退職手当等の所得 山林所得 : 山林を伐採して譲渡したり 立木のままで譲渡することによって生じる所得 譲渡所得 : 土地 建物 株式 ゴルフ会員権等の資産を譲渡することによって生じる所得 以上の所得のうち 利子所得 配当所得 譲渡所得のうち株式等の譲渡所得には 金融所得として一律 20% ( 所得税 15% 住民税 5%) の税率が適用される 退職所得と山林所得が分離課税されるのは 長期間かけて発生する所得であり 短期間で発生する他の所得とは同様に扱えないと考えられているため
7 所得控除 総合課税される所得が決まると 最低生活費を免税するとともに 納税者の個人的事情を勘案するために 所得控除が差し引かれる 所得控除には現在 基礎控除 配偶者控除 配偶者特別控除 扶養控除 医療費控除 社会保険料控除 生命保険料控除 地震保険料控除 障害者控除 寡婦 ( 夫 ) 控除 勤労学生控除 小規模企業共済等掛金控除 寄附金控除 雑損控除がある 基礎控除 : すべての納税者に認められる 金額は 38 万円 配偶者控除 : 配偶者が所得税を支払うだけの所得を稼得していない人に適用 現在 政府で廃止 縮小が検討されている 扶養控除 : 子供や親などを扶養している人に適用 パートやアルバイトの場合 給与が給与所得控除 65 万円と基礎控除 38 万円の合計額である 103 万円以内であれば 所得税を課されない さらに学生の場合 勤労学生控除 27 万円が適用されるので 130 万円まで課税されない 控除のうち 一般的に適用されるもの ( 給与所得控除 基礎控除 配偶者控除 配偶者特別控除 扶養控除 社会保険料控除 ) の合計額を課税最低限と呼ぶ
8 累進税率 (1) 所得から所得控除が差し引かれ 課税所得が決まると それに税率が掛け合わされて税額が決定する 所得税の税率は 課税所得が大きくなるほど高くなる累進税率 より正確には 課税所得の各階層 ( ブラケット ) に対して適用される超過累進税率 超過累進税率構造の下では 課税所得が増加する以上に租税負担が増加するため 比例税率よりも大きな所得再分配機能を有する 現在 超過累進税率は 5%(195 万円以下 ) 10%(195 万円超 330 万円以下 ) 20%(330 万円超 695 万円以下 ) 23%(695 万円超 900 万円以下 ) 33%(900 万円超 1,800 万円以下 ) 40%(1,800 万円超 4,000 万円以下 ) 45%(4,000 万円超 ) の 7 本立て かつては 16 本立て 最高税率 75% という時代もあった ( スライド 9) 例 : 超過累進税率が 10%(100 万円以下 ) 15%(100 万円超 500 万円以下 ) 20%(500 万円超 1,000 万円以下 ) 30%(1,000 万円超 5,000 万円以下 ) の場合 4,000 万円の課税所得に対する税額は以下のように計算される 100 0.10 + (500-100) 0.15 + (1,000-500) 0.20 + (4,000-1,000) 0.30 = 1,070 課税所得の増加額に対する税額の増加額の比率は限界税率 所得控除前の所得額に対する税額の比率は実効税率 所得控除後の課税所得に対する税額の比率は平均税率と呼ばれる
9 累進税率 (2) 所得税の主な税率改正の推移 1950 年 1953 年 1969 年 1984 年 1987 年 1989 年 1995 年 1999 年 2007 年 2015 年 税率 課税課税課税課税課税課税課税課税課税課税税率税率税率税率税率税率税率税率税率所得階級所得階級所得階級所得階級所得階級所得階級所得階級所得階級所得階級所得階級 % 万円 % 万円 % 万円 % 万円 % 万円 % 万円 % 万円 % 万円 % 万円 % 万円 5 195 5 195 10 30 10 300 10 330 10 330 10 330 10 330 10.5 50 10.5 150 12 120 12 200 14 60 14 200 15 2 16 300 17 300 18 100 20 5 20 7 20 500 20 600 20 900 20 900 20 695 20 695 21 400 22 150 23 900 23 900 25 8 25 12 25 600 25 600 26 200 30 10 30 20 30 250 30 800 30 800 30 1,000 30 1,800 30 1,800 33 1,800 33 1,800 34 300 35 12 35 30 35 1,000 35 1,000 37 1,800 ~ 38 400 40 15 40 50 40 1,200 40 1,200 40 2,000 40 3,000 40 1,800 ~ 40 4,000 42 500 45 20 45 100 45 1,500 45 1,500 45 4,000 ~ 46 700 50 50 50 200 50 1,000 50 2,000 50 3,000 50 2,000 ~ 50 3,000 ~ 55 50 ~ 55 300 55 2,000 55 3,000 55 5,000 60 500 60 3,000 60 5,000 60 5,000 ~ 65 500 ~ 65 4,500 65 8,000 70 6,500 70 8,000 ~ 75 6,500 ~ ( 刻み数 ) 8 11 16 15 12 5 5 4 6 7 ( シャウプ勧告 ) ( 富裕税廃止 ) ( 長期税制答申 ) ( 最高限界税率の引下げ ) ( 抜本改革 ) ( 税制改革 ) ( 最高限界税率 ( 最高限界税率 ( 税源移譲後 ) の引下げ ) の引上げ ) 出所 : 江島一彦編著 日本の税制平成 27 年度版 97 頁
10 税額控除 税額が算出された後 必要に応じて一定の金額が税額控除として差し引かれ 納税額が確定する 主な税額控除 配当控除 : 総合課税される配当所得がある場合に 原則として配当所得の 10% または 5% に相当する金額を控除 外国税額控除 : 日本で課税される所得の中に外国で生じた所得があり その所得に対してその外国の法令により所得税に相当する税金が課税されている場合に 一定額を控除 政党等寄附金特別控除 : 政党または政治資金団体に対して一定の寄附金を支払った場合に 寄附金控除 ( 所得控除 ) の適用を受ける場合を除き 一定額を控除 認定 NPO 法人等寄附金特別控除 : 認定 NPO 法人等に対して一定の寄附金を支払った場合に 寄附金控除 ( 所得控除 ) の適用を受ける場合を除き 一定額を控除
得控11 非まとめ : 所得税の課税プロセス 課税所得分離課税所括的所税得除包所合概得総課税念課税課所 税率 = 得税額税額控除 納税額 出所 : 神野直彦 財政学改訂版 192 頁