省エネデバイスを考慮した舶用プロペラまわりのキャビテーション数値解析,三菱重工技報 Vol.49 No.1(2012)

Similar documents
<4D F736F F F696E74202D A957A A8EC0895E8D7182C982A882AF82E EF89FC915082CC82BD82DF82CC A83808DC5934B89BB A2E >

技術資料 JARI Research Journal OpenFOAM を用いた沿道大気質モデルの開発 Development of a Roadside Air Quality Model with OpenFOAM 木村真 *1 Shin KIMURA 伊藤晃佳 *2 Akiy

報道関係者各位 平成 26 年 5 月 29 日 国立大学法人筑波大学 サッカーワールドカップブラジル大会公式球 ブラズーカ の秘密を科学的に解明 ~ ボールのパネル構成が空力特性や飛翔軌道を左右する ~ 研究成果のポイント 1. 現代サッカーボールのパネルの枚数 形状 向きと空力特性や飛翔軌道との

Microsoft PowerPoint - Š’Š¬“H−w†i…„…C…m…‰…Y’fl†j.ppt

粒子画像流速測定法を用いた室内流速測定法に関する研究

<4D F736F F D B B998BC682CC8FC C838B834D815B82C98CFC82AF82C481768DC58F4994C E646F6378>

00_SRC News No.72.qxd

Microsoft Word - .u.....P.P.doc

<4D F736F F F696E74202D A438B5A8CA48CA48B8694AD955C89EF5F97AC90DD8DE2967B5F AE989E692F18F6F E

Monohakobi Technology Institute Monohakobi Techno Forum 2010 空気潤滑法によるモジュール運搬船の摩擦抵抗低減 2010 年 11 月 25 日 株式会社 MTI 技術戦略グループプロジェクトマネージャー水野克彦 1 Copyright 20

で通常 0.1mm 程度であるのに対し, 軸受内部の表面の大きさは通常 10mm 程度であり, 大きさのスケールが100 倍程度異なる. 例えば, 本研究で解析対象とした玉軸受について, すべての格子をEHLに用いる等間隔構造格子で作成したとすると, 総格子点数は10,000,000のオーダーとなる

Microsoft PowerPoint - 第7章(自然対流熱伝達 )_H27.ppt [互換モード]

遺伝的アルゴリズムとニューラルネットワークを用いたターボチャージャ用遠心圧縮機の最適空力設計,三菱重工技報 Vol.52 No.1(2015)

IHIMU Energy-Saving Principle of the IHIMU Semicircular Duct and Its Application to the Flow Field Around Full Scale Ships IHI GHG IHIMU CFD PIV IHI M

Microsoft PowerPoint - 発表II-3原稿r02.ppt [互換モード]

パソコンシミュレータの現状

Presentation Title Arial 28pt Bold Agilent Blue

untitled

<4D F736F F D20332E322E332E819C97AC91CC89F090CD82A982E78CA982E9466F E393082CC8D5C91A291CC90AB945C955D89BF5F8D8296D85F F8D F5F E646F63>

0 21 カラー反射率 slope aspect 図 2.9: 復元結果例 2.4 画像生成技術としての計算フォトグラフィ 3 次元情報を復元することにより, 画像生成 ( レンダリング ) に応用することが可能である. 近年, コンピュータにより, カメラで直接得られない画像を生成する技術分野が生

研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

Microsoft PowerPoint SIGAL.ppt

Microsoft PowerPoint - elast.ppt [互換モード]

White Paper 高速部分画像検索キット(FPGA アクセラレーション)


5 ii) 実燃費方式 (499GT 貨物船 749GT 貨物船 5000kl 積みタンカー以外の船舶 ) (a) 新造船 6 申請船の CO2 排出量 (EEDI 値から求めた CO2 排出量 ) と比較船 (1990~2010 年に建造され かつ 航路及び船の大きさが申請船と同等のものに限る )

内容 1. 調査概要 2. 内航船の騒音実態調査 3. Janssen 法による騒音予測プログラム 4. 騒音対策の検討 5. まとめ 2

数値計算で学ぶ物理学 4 放物運動と惑星運動 地上のように下向きに重力がはたらいているような場においては 物体を投げると放物運動をする 一方 中心星のまわりの重力場中では 惑星は 円 だ円 放物線または双曲線を描きながら運動する ここでは 放物運動と惑星運動を 運動方程式を導出したうえで 数値シミュ

事例2_自動車用材料

氷中旋回時に船体に働く氷荷重

<8E9197BF31305F B E8D8096DA2E786C7378>

Microsoft PowerPoint - 01_Presentation_Prof_Wildemann_PressConference_Japan_J_ver.1 [Compatibility Mode]

風力発電インデックスの算出方法について 1. 風力発電インデックスについて風力発電インデックスは 気象庁 GPV(RSM) 1 局地気象モデル 2 (ANEMOS:LAWEPS-1 次領域モデル ) マスコンモデル 3 により 1km メッシュの地上高 70m における 24 時間の毎時風速を予測し

2 図微小要素の流体の流入出 方向の断面の流体の流入出の収支断面 Ⅰ から微小要素に流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅰ は 以下のように定式化できる Q 断面 Ⅰ 流量 密度 流速 断面 Ⅰ の面積 微小要素の断面 Ⅰ から だけ移動した断面 Ⅱ を流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅱ は以下のように

ビッグデータ分析を高速化する 分散処理技術を開発 日本電気株式会社

A Precise Calculation Method of the Gradient Operator in Numerical Computation with the MPS Tsunakiyo IRIBE and Eizo NAKAZA A highly precise numerical

2008 年度下期未踏 IT 人材発掘 育成事業採択案件評価書 1. 担当 PM 田中二郎 PM ( 筑波大学大学院システム情報工学研究科教授 ) 2. 採択者氏名チーフクリエータ : 矢口裕明 ( 東京大学大学院情報理工学系研究科創造情報学専攻博士課程三年次学生 ) コクリエータ : なし 3.

Microsoft PowerPoint - 第3回MSBS研究会.pptx

Microsoft PowerPoint - シミュレーション工学-2010-第1回.ppt

Q

<836F F312E706466>

ポイント 心地よい風 とは何かを分析して商品開発を開始 カモメの羽形状を応用して 心地よい風 静音性 省エネ を実現 商品開発における技術的な課題を他社との連携により克服 株式会社ドウシシャ 所在地東京都港区 輪 従業員数 1,652 (2017/03 期連結 ), 796 (201

Microsoft PowerPoint - 熱力学Ⅱ2FreeEnergy2012HP.ppt [互換モード]


Microsoft Word - NumericalComputation.docx

Micro Fans & Blowers Innovation in Motion マイクロファン & ブロワー 有限会社シーエス技研 PTB 事業部東京オフィス 千葉県市原市辰巳台西

PowerPoint プレゼンテーション

スライド 1

オープン CAE 関東 数値流体力学 輪講 第 4 回 第 3 章 : 乱流とそのモデリング (3) [3.5~3.7.1 p.64~75] 日時 :2013 年 11 月 10 日 14:00~ 場所 : 日本 新宿 2013/11/10 数値流体力学 輪講第 4 回 1

資料3 船舶ワーキンググループにおける検討方針等について


横浜市環境科学研究所

平成 28 年度革新的造船技術研究開発補助金の採択結果概要 補助対象 :IoT AI 等の革新的な技術を用いた 生産性向上に資する造船技術の研究開発 ( 補助率 :1/2 以下 ) 事業予算 :0.9 億円 ( 平成 28 年度 2 次補正 ) 7 億円 ( 平成 29 年度要求中 ) 採択案件 :

富士通セミコンダクタープレスリリース 2009/05/19

untitled

PowerPoint Presentation

‰à„^›œŁt.ai

研究組織 ( 順不同 ) 九州大学 ( 株 ) 川崎造船ツネイシホールディングス ( 株 ) 常石造船カンパニー住友重機械マリンエンジニアリング ( 株 ) ( 株 ) アイ エイチ アイマリンユナイテッド三井造船 ( 株 ) ( 財 ) 日本船舶技術研究協会

表 新造船の場合の養殖作業燃料電池漁船の主要機器及び寸法 No 名 称 数量 備 考 1 電動機 ( 推進用 ) 2 台 定格出力 65kW / 寸法 ウォ-タージェット 2 基 石垣製 IWJ-A025 型 3 電動機 ( 油圧ユニット装置用 ) 1 台

スライド 1

Kumamoto University Center for Multimedia and Information Technologies Lab. 熊本大学アプリケーション実験 ~ 実環境における無線 LAN 受信電波強度を用いた位置推定手法の検討 ~ InKIAI 宮崎県美郷

九州大学がスーパーコンピュータ「高性能アプリケーションサーバシステム」の本格稼働を開始

フォークリフト開発を支えるマルチボディダイナミクス技術展開,三菱重工技報 Vol.47 No.2(2010)

00/SRC News No.70.qxd

C O N T E N T S TOP MESSAGE TOP MESSAGE 3 1 SPECIAL FEATURES 1 P03 P04-05 TOPICS P06-07 LICENSEE UE2,000 P08-11 P12 TOP MESSAGE 03 PRODUCTS MAC-HB P13

PowerPoint プレゼンテーション

FeTOP は全体最適化を実現し, 運用コストを最小にします FeTOP は, 工場や事務所などに電気 熱 蒸気 空気を供給するエネルギープラント ( 発電 熱源などの動力設備 ) を対象とした, プラント全体の運用コスト最小化を実現する最適化 EMS( エネルギーマネジメントシステム ) です シ

Microsoft PowerPoint - KafuriPresen.pptx

RIST ニュース No.64(2018) ビット演算による CFD( 数値流体力学 ) と等価な高精度流体解析手法 AFluidAnalysisMethodbybitwiseoperations forachievinghighaccuracyofcfd 高度情報科学技術研究機構松岡浩 流体解析の

<4D F736F F F696E74202D F F8F7482CC944E89EF8AE989E6835A E6F325F8CF68A4A94C55231>

出来ない このようなことから 自動車の出力をそのままで使用することは不可能であり ここでは 耐久面を考慮して自動車用の出力の 1/2 を舶用定格出力として使用する 右図のトヨタ自動車 (FCHV-adv)90kW の燃料電池から 高さ 奥行 幅の寸法比率が 1: 1.38:2.45 であり 車体幅大

平成20年度税制改正(地方税)要望事項

車体まわり非定常流れの制御による空気抵抗低減技術の開発 プロジェクト責任者 加藤千幸 国立大学法人東京大学生産技術研究所 著者加藤千幸 * 1 鈴木康方 * 2 前田和宏 * 3 槇原孝文 * 3 北村任宏 * 3 高山務 * 4 廣川雄一 * 5 西川憲明 * 5 * 1 国立大学法人東京大学生産

Microsoft Word - thesis.doc

<4D F736F F F696E74202D A957A A8FC C91E58C5E B8CDD8AB B83685D>

Chap2.key

NHK環境報告書2008

<4D F736F F D2089C692EB BF B C838C815B CC AF834B E2895BD90AC E368C8E29>

First Aerodynamics Prediction Challenge (APC-I) 143 First Aerodynamics Prediction Challenge (APC-I) 2015/7/3 TAS MEGG3D 格子による解析 M = 0.847, α = M

3 数値解の特性 3.1 CFL 条件 を 前の章では 波動方程式 f x= x0 = f x= x0 t f c x f =0 [1] c f 0 x= x 0 x 0 f x= x0 x 2 x 2 t [2] のように差分化して数値解を求めた ここでは このようにして得られた数値解の性質を 考

国際海事機関(IMO)による排ガスSOx規制に対応した船舶用ハイブリッドSOxスクラバーシステムの開発と実船搭載,三菱重工技報 Vol.53 No.2(2016)

京都大学博士 ( 工学 ) 氏名宮口克一 論文題目 塩素固定化材を用いた断面修復材と犠牲陽極材を併用した断面修復工法の鉄筋防食性能に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 塩害を受けたコンクリート構造物の対策として一般的な対策のひとつである, 断面修復工法を検討の対象とし, その耐久性をより

プロジェクトを成功させる見積りモデルの構築と維持・改善 ~CoBRA法による見積りモデル構築とその活用方法について~

数値流体解析 (CFD) によるスプレー性能の最適化ブリテン No.J955A 数値流体解析 (CFD) による スプレー性能の最適化

業務用コンピュータサーバーに関する

O-27567

Microsoft PowerPoint - suta.ppt [互換モード]

【NanotechJapan Bulletin】10-9 INNOVATIONの最先端<第4回>

Autodesk Inventor Skill Builders Autodesk Inventor 2010 構造解析の精度改良 メッシュリファインメントによる収束計算 予想作業時間:15 分 対象のバージョン:Inventor 2010 もしくはそれ以降のバージョン シミュレーションを設定する際

B.2 モニタリング実績 (1) 活動量 ( 燃料消費量 生成熱量 生産量等 ) 記号 モニタリング項目 定義 単位 分類 1 モニタリング方法 概要 頻度 実績値 モニタリング実績 計測対象期間 ( 年月日 ~ 年月日 ) 備考 F PJ,biosolid プロジェクト実施後のバイオマス固形燃料使

Gatlin(8) 図 1 ガトリン選手のランニングフォーム Gatlin(7) 解析の特殊な事情このビデオ画像からフレームごとの静止画像を取り出して保存してあるハードディスクから 今回解析するための小画像を切り出し ランニングフォーム解析ソフト runa.exe に取り込んで 座標を読み込み この

EBNと疫学

布に従う しかし サイコロが均質でなく偏っていて の出る確率がひとつひとつ異なっているならば 二項分布でなくなる そこで このような場合に の出る確率が同じであるサイコロをもっている対象者をひとつのグループにまとめてしまえば このグループの中では回数分布は二項分布になる 全グループの合計の分布を求め

(Microsoft Word \203\202\203f\203\213\203\215\203P\203b\203g)

Microsoft PowerPoint - 次世代スパコン _v5.pptx

1.1 テーラードブランクによる性能と歩留りの改善 最適な位置に最適な部材を配置 図 に示すブランク形状の設計において 製品の各 4 面への要求仕様が異なる場合でも 最大公約数的な考えで 1 つの材料からの加工を想定するのが一般的です その結果 ブランク形状の各 4 面の中には板厚や材質

PowerPoint プレゼンテーション

2014年度 名古屋大・理系数学

Microsoft PowerPoint - 夏の学校(CFD).pptx

CDMカタログ_ indd

Transcription:

新製品 新技術特集技術論文 64 省エネデバイスを考慮した舶用プロペラまわりのキャビテーション数値解析 CFD on Cavitation around Marine Propeller with Energy Saving Device *1 川北千春 *2 高島怜子 Chiharu Kawakita Reiko Takashima 佐藤圭 *3 Kei Sato 船舶の推進性能を改善し, 燃費性能を向上させる省エネデバイスとして, 当社では低速 肥大船向けにリアクションフィン及び高速 痩せ型船向けにステータフィンをそれぞれ開発し, 多くの船舶に搭載され省エネ効果を発揮している. この開発において, 省エネデバイス付プロペラのキャビテーション発生特性を船体及び舵を含め一体で解析, 評価する数値流体解析 (CFD) 技術を開発した. これにより, 実験では膨大な手間を要する省エネデバイス付プロペラまわり圧力分布などの流場特性を詳細に把握でき, プロペラ及び省エネデバイスの最適化レベルを向上させることが可能となる. 1. はじめに 新造船と就航船の燃費性能向上が必要となる国際海運での CO 2 排出を規制する世界初の統一ルールが誕生した. この規制は,2013 年 1 月 1 日以降に建造契約が結ばれる船舶から適用され4 段階で強化される. このため, 今後建造される船舶は大幅な CO 2 排出削減, すなわち大幅な燃費性能向上が求められることになる. 燃費性能を向上させる有効な技術である省エネ技術は, 燃料コストの節約により船主経済性にも寄与するため, これまで様々な技術が開発されている. 船体抵抗の内, 造波抵抗の低減を図るものとして, 当社では, 船首形状に船種ごとの最適化を施した MHI バウを開発し, 長年成果を上げている. また, 船体抵抗の約 50~80% を占めるにもかかわらず, 長年有効な低減手段が見いだされていなかった摩擦抵抗を低減させる技術として, 船体を微小な気泡で覆うことにより摩擦抵抗を低減させる三菱空気潤滑システム (MALS;Mitsubishi Air Lubrication System) を開発し, 世界で初めて新造船に適用し約 10% の省エネ効果が得られている (1). 一方, 推進効率を向上させる省エネ技術は古くから様々な技術が開発されているが, 近年の省エネに対する要求から, 各社で様々な省エネ装置の装備例が発表されている. 当社では推進性能向上を目的とした省エネ装置, いわゆる省エネデバイスの実船採用を 1980 年代から行っており, タンカーや LPG 船などの低速 肥大船用にはプロペラ前方に複数のフィンを設置しプロペラ回転流を回収して効率向上を図るリアクションフィンを, 自動車運搬船などの高速 痩せ型船用にはプロペラ後方の舵に設置するステータフィンを開発し, 数々の成果を上げている. 一般に省エネデバイスをプロペラ周りに設置した場合, プロペラへの流入流れが複雑になるためプロペラに発生するキャビテーションの予測が難しくなる. プロペラにキャビテーションが発生すると, プロペラの性能低下, エロージョン, 騒音など様々な問題の原因となる事から, 省エネデバイス付プロペラの設計 評価の際には, それらデバイスを考慮したキャビテーションに対する十 *1 技術統括本部長崎研究所主席研究員 *2 技術統括本部長崎研究所 *3 技術統括本部長崎研究所技術士 ( 船舶 海洋部門 )

分な検討と検証が必要となる. このプロペラに発生するキャビテーションを予測する方法として, 理論的, 又は模型実験による方法が用いられてきた. 理論的な方法を用いる場合には, 一般に様々な仮定が必要であり, 条件が大きく変化したときの信頼性が低いという欠点がある. 一方, 模型実験による方法では複数の模型を評価する場合のコストが高く, また模型製作に期間を要するという欠点がある. これらの欠点を解消するため, 当社では船体後方で作動するプロペラ周りの流れに数値流体力学 (CFD) を適用し, 船体, 舵, 省エネデバイスを同時に解析に取り入れたキャビテーション発生予測を行っている. これにより得られた結果をプロペラ設計に適用することで, 高い信頼性で高効率かつエロージョン発生リスクの低い省エネデバイス付プロペラの開発を行っている. 65 2. 省エネデバイス ( リアクションフィン, ステータフィン ) の原理 各種省エネ技術の中で, 省エネデバイスは推進効率改善を目的としてプロペラの周辺に装備される装置である. 省エネデバイスは通常, 船舶が航走することにより捨てられるエネルギーを何らかの方法で回収する装置で, 回収するエネルギーごとに下記のように分類される. (a) プロペラ回転流回収により効率向上を図る装置 (b) プロペラ低荷重化により効率向上を図る装置 (c) プロペラハブ渦拡散により効率向上を図る装置前述のリアクションフィンとステータフィンは上記 (a) に含まれる. また当社では, 上記 (b) に含まれる装置として低回転 大直径プロペラ MAP(Mitsubishi Advanced Propeller) を,(c) に含まれる装置として HVFC(Hub Vortex Free Cap) を開発 実用化している. リアクションフィンは, 図 1に示すようにプロペラの前方に複数のフィンを設置し, あらかじめ流れにプロペラの回転方向と逆向きの回転を与えておき, それをプロペラに流入させる装置である. また, ステータフィンはプロペラの後方に設置してプロペラの作る回転流を打ち消す装置である. リアクションフィン自体は抵抗となるため, 船尾の流れが遅く回転流の回収効果に比べて抵抗が小さい低速 肥大船に適用されており, 流れが速く抵抗が大きくなる高速 痩せ型船には適用されていない. ステータフィンはフィン自体が推力を発生するので高速 痩せ型船での省エネ効果が期待できる. 図 1 リアクションフィン, ステータフィンの原理

66 3. 船体 プロペラ 省エネデバイスの CFD 一体解析手法 CFD で解析する支配方程式は非圧縮のナビエ ストークス方程式と連続の式であり, 非構造格子を用いた有限体積法により離散化される. 計算格子は空間に固定された領域 ( 船体, 舵, 省エネデバイス ) と回転するプロペラに固定されている領域があり, 接合部で物理量の連続性と保存を満たすスライディングメッシュ法を用いた. 乱流モデルは2 方程式乱流モデルを用いた (2). キャビテーションモデルは単一気泡の挙動を記述した Raylei-Plesset 式をベースとしたモデルを用いた (3). 計算対象はドイツの水槽機関 HSVA(Hamburgische Schiffbau Versuchsanstalt GmbH) が所有する大型キャビテーション水槽 (HYKAT) にて実施したキャビテーション試験条件に一致させるため, 図 2に示す様にキャビテーション水槽の計測部を再現した計算領域に船体, プロペラ, 舵及びリアクションフィンを配置した. 図 2 船体 プロペラ リアクションフィンの一体数値解析に用いた計算格子大型キャビテーション水槽 (HYKAT, ドイツ ) で実施した実験を数値計算で再現 4. 省エネデバイス付プロペラへの CFD 適用例 以下,CFD 一体解析の適用例を示す. 4.1 リアクションフィン付プロペラへの適用 図 3に, リアクションフィン有無に対するプロペラへの流入流れを計算した結果を示す. フィンによってプロペラ回転方向と逆方向の流れが作られており, この結果に基づいてフィン設置角度の最適化が可能となる. 図 3 リアクションフィン有無によるプロペラ面流入流場の違いの推定主流方向の速度分布をコンタ図 ( 青色部の速度が速い ) で, 回転流をベクトルで示している. リアクションフィンなしの流場は, 左右対称な流場であるのに対し, リアクションフィン有りの流場は, リアクションによりプロペラの回転 ( 右回り ) と逆方向の回転流が与えられている. 次に, 図 3 に示したリアクションフィン有りの流場中で作動する2 種類のプロペラA 及びプロペラ Bを対象としたキャビテーション計算結果を, 図 4に示す. プロペラ A ではプロペラのバック面 ( 船首側 ) にシートキャビテーションが, フェイス面 ( 船尾側 ) にフェイスキャビテーションが発生している. フェイスキャビテーションが発生する場合, 翼面上でキャビテーションが消滅するためにキャビテーション エロージョンの発生リスクが高くなる事から, 一般的なプロペラ設計ではフェイスキャビテーションの発生を避ける設計を行う. この対策を施したプロペラ B では, フェイスキャビテーションの発生が防止され, キャビテーション エロージョン発生のリスクが低いプロペラとなっている.

67 図 5は, プロペラBのキャビテーション発生範囲の計算結果と実験時に記録したスケッチ図を比較したものである. バック面に発生しているシートキャビテーションの発生範囲は計算と実験でほぼ一致している. また, シートキャビテーションがチップボルテックスキャビテーションに巻き込まれていく様子も再現されている. 図 4 プロペラ A とプロペラ B に発生するキャビテーションの比較プロペラ A にはフェイスキャビテーションが発生しているが, プロペラ B にはフェイスキャビテーションの発生はなく, キャビテーションエロージョン発生のリスクは低い. 図 5 プロペラ翼面上 ( バック面 ) に発生するキャビテーション発生範囲の比較 ( プロペラ B) キャビテーションの発生位置及び発生範囲は実験と計算でほぼ一致している このように, リアクションフィン付プロペラの場合などプロペラへ入る流れが複雑で, 従来実験でしか確認できなかったプロペラでのキャビテーション発生状況が,CFD 一体解析により予測可能となった. このように,CFD 一体解析はフェイスキャビテーションを発生させない信頼性の高い高性能プロペラ設計に有効であり, 既にタンカーなどに設置されたリアクションフィン付プロペラの設計に活用している. 4.2 ステータフィン付プロペラへの適用次に, ステータフィン付プロペラを対象とした計算例を図 6に示す. 図 6は, 船体, プロペラ, 舵及びステータフィンを一体解析した際の物体表面圧力分布を示したものである. 図示したように, プロペラ翼面, ステータフィン翼面, 及び舵表面とも, おおむね傾向を捕らえた圧力分布が得られている. 例えば, ステータフィンの負圧面での圧力低下や, 舵の前縁での圧力上昇など, 流場を反映した圧力分布となっている. この場合においても, 計算で得られたステータフィン周りの流場や圧力分布を参考に, プロペラ後方に設置されているステータフィンのフィンの枚数やフィンのねじり角度を最適化し, 効率の高いステータフィン付プロペラの設計が可能となる. 図 6 ステータフィン付プロペラまわりの圧力分布赤色の圧力は高く, 青色の圧力は低い

68 5. まとめ 国際海運での CO 2 排出を規制する世界初の統一ルールへの対応, 及び原油価格の高騰への対応のため, 船舶における省エネの重要性はますます高くなると予想される. 当社では CFD を用いた性能予測ツールを設計に適用し, 燃費性能に優れ, かつ信頼性の高い船舶の開発を継続的に実施している. 本報では, その一例として省エネデバイス付プロペラに発生するキャビテーションを, 船体, プロペラ, 舵及び省エネデバイスを含め一体で解析する CFD 技術について紹介した. この手法により, 実験では容易に計測することが困難であった実際の動作環境におけるプロペラ周りの流場情報や圧力分布などの有益な情報を視覚的に設計者に示すことが可能となり, プロペラ及び省エネデバイスの最適化レベルを向上させることを実現している. CFD 技術は年々進歩し, その適用範囲も拡大していく事が予想される.CFD を確かな設計ツールとするためには, 詳細な実験データとの比較による計算精度の検証と適用範囲の確認を常に実施していく必要がある. このため, 実験計測技術の高度化も怠らずに CFD 技術とともに技術レベルを向上させ, 燃費性能に優れた船舶の開発に貢献していく. 参考文献 (1) 川北千春ほか, 空気潤滑システム搭載船の実船船底気泡流と摩擦抵抗低減効果, 日本船舶海洋工学会講演会論文集第 12 号 (2011)p.429~432 (2) 川北千春,CFD を用いた船体 舵を考慮した非定常プロペラキャビテーションの推定, 日本船舶海洋工学会講演会論文集第 13 号 (2011)p.35~38 (3) Sato, K. et al., Numerical Prediction of Cavitation and Pressure Fluctuation around Marine Propeller, Proceedings of the 7th International Symposium on Cavitation (2009)