頚椎症性脊髄症を既往に持つ左大腿骨頚部骨折を呈した症例 佐藤病院リハビリテーション科 理学療法士高麗夏実 はじめに 今回 頚椎症性脊髄症を既往に持つ左大腿骨頚部骨折を呈した症例を担当させていただいた 初めて脊髄疾患の患者さんに介入させていただく機会を 得た 筋力単体ではなく運動学習を中心に介入した 退院後検診 居宅サービス計画書により退院後の生活を 知ることができた 評価 介入方法 サービスの考え方など ご指導 ご鞭撻の程 宜しくお願い致します 症例紹介 A 氏 性別 : 男性 年齢 :70 代後半 既往歴 : 頚椎症性脊髄症 ope 後 ( 場所 術式は不明 ) 家族構成 : 妻 次男 ( 長男は同居していない ) キーパーソン : 妻 家屋構造 :2 階建ての持ち家 ( 住宅改修済みで玄関 廊下 階段 トイレに手すりあり ) 症例紹介 ( 投薬状況 ) グリメピリド OD 錠 0.5 mg タムスロシン塩酸塩 OD 錠 0.2 mg ジャヌビア錠 アムロジピン OD 錠 5 mg ベンケア OD 錠 5 mg オルメサルタン OD 錠 15 mg セレコックス錠 100 mg トリプタノール錠 10 mg ビコスルファートナトリウム内用液 0.75% レバミピド錠 100 mg アローゼン 0.5 mg 現病歴 平成 30 年 8 月 1 日自宅にて転倒平成 30 年 8 月 9 日当院を受診し 左大腿骨頚部骨折と診断平成 30 年 8 月 15 日左人工骨頭置換術 (BHA) を施行平成 30 年 8 月 21 日当院回復期病棟へ転棟平成 30 年 10 月 6 日ご自宅へ退院 入院前の生活 家の中は伝い歩きで移動していた 家事等はしない 通院は介護タクシーにて 1 人でしていた それ以外はほとんど外出しない 家の中でパソコンゲームをしていることがほとんどである 寝室は 2 階 ADL 自立 1
介入 1 日目に考えたこと 歩行に対するご本人 必要なこと: 屋内 ADL 自立リハビリに積極的不安 望みが強い 必要な機能: トイレ動作 歩行入院前 歩行が必要な場面家事等無く : 寝室からトイレ 居間 玄関の移動自宅改修済みで生活外出もほとんど無し元々 ADL 自立 それぞれの距離:5m 程度目標右下垂足があり :1 歩行修正自立 ( 伝い歩きで機能上肢支持があれば 10m) 両側クリアランスが 2 屋外歩行修正自立平行棒内歩行可能低下目標期間 :1か月 画像 血液データ 検査項目 検査値 備考 WBC 9600/µl H 血液検査 RBC 8.5 10⁴/µl L HCT 26.1% L MCHC 27.2% L Plt 51.1 10⁴/µl H 検査項目 検査値 備考 生化学検査 UA 2.2 mg /dl L CRP 9.00 mg /dl H 関節可動域 関節 運動方向 右 左 備考 股関節屈曲 110 85 左は脱臼防止で屈曲制限してい たため SLR で計測 伸展 5 5 外転 30 35 内転 15 15 外旋 40 40 内旋 35 25 膝関節伸展 -5-5 足関節背屈 5 5 底屈 40 40 足部 外がえし 10 5 内がえし 5 5 MMT( 上肢 ) MMT( 手指 ) 筋名 右左 上腕二頭筋 4 4 上腕三頭筋 4 4 円回内筋 4 4 方形回内筋 4 4 回外筋 4 4 橈側手根屈筋 5 5 長掌筋 5 5 尺側手根屈筋 5 5 長橈側手根伸筋 5 5 短橈側手根伸筋 5 5 尺側手根伸筋 5 5 長母指外転筋 5 5 母指内転筋 3 5 短母指外転筋 5 5 母指対立筋 3 5 長母指屈筋 5 5 短母指屈筋 5 5 長母指伸筋 5 5 短母指伸筋 5 5 2
MMT( 体幹 ) MMT( 下肢 ) 腹直筋 5 5 外腹斜筋 4 4 内腹斜筋 4 4 腸腰筋 4 3 大殿筋 4 3 中殿筋 4 3 大腿筋膜張筋 4 4 内転筋群 4 4 大腿四頭筋 4 4 前脛骨筋 4 4 腓腹筋 4 4 長腓骨筋 4 4 後脛骨筋 4 4 長母指屈筋 4 4 長趾屈筋 4 4 反射 深部腱反射 感覚検査 触覚: 左右ともに正常 温痛覚: 左右共に正常 運動覚: 左右拇趾軽度鈍麻 (10 点中 8 点 ) 関節位置覚: 左右共に正常 病的反射 ホフマン反射 : 左右陰性 バビンスキー反射 : 左右陰性 失調検査 ロンベルグ徴候: 陰性 鼻指鼻試験: 左右陰性 回外回内試験 踵膝試験: 左右陰性 立位 前額面 矢状面 3
トイレ動作 ( 初期 ) 病棟内ポータブルトイレを使用 ( 頻尿のため ) 病棟内トイレでは中等度介助レベル 1 立位保持 : 疼痛憎悪 両手すりがあれば可能 2 下位更衣 : 片手を離せないため介助が必要 3 尿意 便意 : あり 4 清拭 : 自立レベル立位保持能力獲得が必要耐久性が必要立位バランスの獲得が必要 歩行 ( 初期 1) 歩行 ( 初期 2) 歩行 2 平行棒 2 往復可能 立脚期に疼痛憎悪 左 MSw~TSw にて股関節内転が著明 左 LR~TSt にて股関節内転位 右 PSw~MSw にて足部のクリアランス低下立脚期の安定性向上が必要 右遊脚期のクリアランス向上が必要 耐久性の向上が必要立位バランスの獲得が必要 共通の課題 立位が安定し立位保持時間を延長すること 耐久性を向上すること 立位バランスを獲得すること バランス つま先立ち: 困難 踵立ち: 上肢支持があれば可能 左右重心移動: 体幹側屈を伴い 口頭指示後も変化なし左右とも股関節内転位 外乱: 肩甲帯に外乱 左右とも上肢支持が増加骨盤に外乱 左右とも上肢支持が増加 片脚立位: 右立脚時 股関節内転位左立脚時 困難 立位保持: 上肢支持で20 秒程度可能 ( 疼痛 疲労増加のため ) 4
頚椎症性脊髄症の評価 ASIA:D( 不全 ) 神経学的レベルより下位に運動機能は残存し 主要筋群の少なくとも半分以上は筋力 3 異常 フランケルの分類:D(Motor useless) 損傷高位以下の筋力の実用性がある 補助具の要否に関わらず 歩行可能 服部の分類:Ⅰ( 脊髄中心障害で上肢障害が主体 ) 頸椎 JOA スコア 運動機能 0: 箸またはスプーンのいずれを用いても 自力では食事をすることができない 1: スプーンを用いて自力で食事ができるが箸はできない 2: 不自由であるが箸を用いて食事ができる 3: 箸を用いて日常食事をしているがぎこちない 4: 正常 0: 歩行できない 1: 平地でも杖または支持を必要とする 2: 平地では杖または支持を必要としないが階段ではこれらを必要とする 3: 平地 階段ともに杖または支持を必要としないがぎこちない 4: 正常 知覚上肢下肢体幹 0: 明白な知覚障害 1: 軽度の知覚障害または痺れ 2 正常 膀胱 0: 尿閉 1: 高度の排尿障害 ( 残尿感等 ) 2: 軽度の排尿障害 ( 頻尿 開始遅延 ) 3: 正常 合計 10 点 /17 点 頚椎症性脊髄症の評価 2 10 秒テスト : 右 9 回 左 22 回 スパーリングテスト: 陰性 握力: 右 11kg 左 13.5kg 評価の結果 立位バランスが不安定 なぜ立位バランスが不安定か 筋力: 大きな低下認められない 筋出力のタイミング: 立位荷重検査より左右とも腸脛靭帯筋力自体はそれほど低下していないによりかかるため 遅延している筋の使い方に着目 感覚: 大きな低下は認められない筋出力のタイミングや複数の筋を同時に使う協調性 反射: 大きな問題点なし 協調性: 上肢に異常あり 初期の左右重心移動について 左右とも移動範囲が少ない 移動可能な支持基底面が狭い 5
運動学習について 運動学習 運動学習を用いたリハビリの効果 直接路 : 大脳皮質を抑制しすぎない FRT BS 全般に改善が有意にみられ BS 一部に効果の持続性が認められた ¹ 被験者は前試行で被験者自身が記した位置を記憶することにより自分自身のパフォーマンス基準を 10 回の志向中に形成していき 試行を重ねるたびに誤差は小さくなり最終的には高い学習効果を示した ² 間接路: 大脳皮質を抑制する 平行線維サブループ顆状細胞苔状線維メインループ苔状線維橋核大脳皮質 プルキンエ細胞 小脳核 視床 抑制 登上線維 運動 誤差 下オリーブ核 治療 お尻上げ運動 (CKC で協調して筋を収縮するため ) スクワット ( 立位で協調して筋を収縮するため ) 口頭指示やタッピングによるフィードバックをしながら左右荷重練習 ( 実践的な肢位で協調して筋を収縮するため ) 歩行練習 上肢支持をしながらの片脚立位 ( 歩行の立脚支持期の練習 ) 段差昇降 階段昇降練習 屋外歩行 荷重検査結果 段差昇降後に実施 初期 3 日後 最終評価 関節可動域 関節 運動方向 右 左 股関節屈曲 120 110 伸展 10 10 筋力検査 筋名 右左 腸腰筋 4 4 大殿筋 4 4 最終評価 2 握力: 右 13kg 左 15kg 10 秒テスト : 右 13 回 左 23 回 つま先立ち: 上肢支持があれば可能 左右重心移動: 体幹側屈 股関節内転減少 外乱: 骨盤に外乱 股関節内転位となるが瞬時に正中位に直る 片脚立位: 右立脚時 股関節内転位左立脚時 上肢支持があれば可能 立位保持: 上肢支持の有無関係なく1 分以上可能 6
頸椎 JOA スコア ( 最終 ) 運動機能 0: 箸またはスプーンのいずれを用いても 自力では食事をすることができない 1: スプーンを用いて自力で食事ができるが箸はできない 2: 不自由であるが箸を用いて食事ができる 3: 箸を用いて日常食事をしているがぎこちない 4: 正常 0: 歩行できない 1: 平地でも杖または支持を必要とする 2: 平地では杖または支持を必要としないが階段ではこれらを必要とする 3: 平地 階段ともに杖または支持を必要としないがぎこちない 4: 正常 知覚上肢下肢体幹 0: 明白な知覚障害 1: 軽度の知覚障害または痺れ 2 正常 膀胱 0: 尿閉 1: 高度の排尿障害 ( 残尿感等 ) 2: 軽度の排尿障害 ( 頻尿 開始遅延 ) 3: 正常 合計 12 点 /17 点 歩行 ( 最終 ) 歩行 2( 最終 ) 平行棒を継続して5 周以上可能 立脚期に疼痛なし 左 MSw~TSwでの股関節内転が減少 左 LR~TStにて股関節内転位が減少 右 PSw~MSwにて足部のクリアランス低下は残存 トイレ動作 便意 尿意から排泄まで短時間であるためポータブルトイレを引き続き使用し リハビリ時に病棟トイレへ誘導 1 立位保持 : 疼痛なし 両手を離して立位保持可能 2 下位更衣 : 自立 3 尿意 便意 : あり 4 清拭 : 自立レベル 退院準備 介入途中より下垂足のためのオルトップ装具を製作 家屋調査: 住宅改修や福祉用具レンタル等なし サービス:1 自宅内の移動はT 字杖で行うことを提案 2 寝室を1 階へ変更することとなった 3 浴槽が深く 跨ぎ動作困難なため 入浴のみデイサービスを提案 4 自宅内の動きに自信を付けることを目的に訪問リハビリを提案 5 通院は介護タクシーを利用することとなった サービスの実際 訪問介護( 通院の移動支援 ) 車椅子レンタル( 通院のため ) 訪問看護( 定期観察 ) 訪問看護( 訪問リハビリ ) 通所介護( 入浴 機能訓練 ) 7
その後の生活 車椅子にて妻と来院 自宅内での移動はT 字杖で自立し トイレ動作も自立しているとのことであった 外出は恐怖心があり できていないとのことであった まとめ 筋の使い方に着目してアプローチをした 左右荷重が可能となり立位保持が可能となり 歩容も変化した 退院してから自宅内での ADL が自立することができていた 退院してから外出はできていなかった 課題 協調性検査や立位バランスなど 評価の精査 屋外歩行能力を向上するための治療プログラム 患者さんの生活をより知り 今後を想像するための情報収集力を向上すること 介護保険やサービスに対する知識を増やすこと 参考文献 1. バランス練習が要介護高齢者の Functional Reach Test と重心動揺に及ぼす影響 高井逸史 日本老年医学雑誌 45 巻 5 号 P.505-510 2008 2. 理学療法における運動学習に関する一考察 有馬慶美ら 第 30 回日本理学療法士学会誌 22 巻 P.59 1995 3. 脊髄外科研究に用いられるスコアリングシステムおよびその特徴頸椎疾患の評価システム 安田宗義 Spinal Surgery 28 巻 P.246 251 2014 4. 病気が見える Vol.7 脳 神経第 1 版 岡庭豊ら P.43 2015 ご清聴有難うございました 8