1 抗血管内皮細胞抗体を検出するための新たな ELISA 法 藤田保健衛生大学総合医科学研究所 抗体プロジェクト研究部門講師 三浦惠二
様々な自己免疫疾患 多臓器にわたる障害がみられる全身性自己免疫疾患 組織障害が 1 つの臓器に限局している臓器特異的自己免疫疾患 関節リウマチ全身性エリテマトーデス (SLE) 全身性強皮症 (SSc) 混合性結合組織病 (MCTD) シェーグレン症候群多発性筋炎 / 皮膚筋炎抗リン脂質抗体症候群結節性多発動脈炎顕微鏡的多発血管炎ウェゲナー肉芽腫症アレルギー性肉芽腫性血管炎 バセドウ病橋本病原発性甲状腺機能低下症潰瘍性大腸炎クローン病自己免疫性肝炎原発性胆汁性肝硬変自己免疫性膵炎急速進行性糸球体腎炎突発性血小板減少性紫斑病自己免疫性好中球減少症 重症筋無力症ギラン バレー症候群グッドパスチャー症候群天疱瘡類天疱瘡後天性表皮水疱症尋常性白斑突発性無精子症習慣性流産 古典的な膠原病に加えて 自己抗体の関与が示唆される疾患は増えている 2
3 自己免疫疾患における検査項目の例 関節リウマチ (RA) 全身性エリテマトーデス (SLE) シェーグレン症候群 (SS) 強皮症 (SSc) 混合性結合組織病 (MCTD) 抗 CCP 抗体 リウマチ因子抗核抗体 抗 DNA 抗体 抗 Sm 抗体抗 SS-A 抗体 抗 SS-B 抗体抗 Scl-70 抗体 抗 CENP-B 抗体抗 U1-RNP 抗体 抗 Sm 抗体 抗 DNA 抗体 スプライソソームを構成する成分 細胞内に局在する自己抗原が多い! 細胞内成分に対する抗体で なぜ異常が起こるのか?
4 自己免疫疾患分野における従来技術とその問題点 自己免疫疾患の診断のための臨床検査では 疾患特異的に検出される自己抗体を ELISA などで測定している 病態や臨床症状を直接反映していない検査項目が多い 現在の臨床検査で使われている自己抗原の多くが 細胞内に局在する可溶性タンパク質である 一方 自己免疫疾患の患者血清中には 血管内皮細胞表面に結合する自己抗体 ( 抗血管内皮細胞抗体 :AECA) が存在することが知られている AECA のための標準化された測定方法もなく AECA が結合している自己抗原が同定され臨床検査に使われているものはほとんどない 40 年以上も前から 自己免疫疾患患者血清中に毛細血管の内皮細胞に結合する IgG が存在することが知られている Lindqvist, KJ, Osterland, CK, 1971.
5 抗血管内皮細胞 (AECA) が検出される主な疾患と陽性率 % ウェゲナー肉芽腫症 55-80 川崎病 <72 高安動脈炎 95 巨細胞性動脈炎 <50 突発性網膜血管炎 35 ベーチェット病 <50 閉塞性血栓性血管炎 25-36 チャーグストラウス症候群 50 全身性エリテマトーデス (SLE) <80 リン脂質抗体症候群 64 関節リウマチ ( 血管炎を伴う ) <65 関節リウマチ ( 血管炎を伴わない )<30 全身性強皮症 (SSc) 20-80 混合性結合組織病 (MCTD) 45 多発性筋炎 / 皮膚筋炎 44 % 心臓 腎移植拒絶 <71 炎症性腸疾患 <55 抗プロラクチン血症 76 溶血性尿毒症症候群 93 血栓性血小板減少性紫斑病 100 ヘパリン起因性血小板減少症 100 多発性硬化症 23-75 IgA 腎症 32 1 型糖尿病 26-75 自己免疫性上皮小体機能低下症 100 妊娠高血圧症候群 50 ロッキー山紅斑熱 50 ウイルス感染 <16 C 型肝炎ウイルス感染による 混合性クリオグロブリン血症 41 Praprotnik, S, et.al.arthritis Rheum. 44, 1484 1494. (2001) この総説以降にも AECA が検出される疾患が増えている
AECA が検出される疾患で 患者数の多い疾患 関節リウマチ 700,000 人 ( 国民生活基礎調査で 手足の関節が痛む国民が560 万人 ) 炎症性腸疾患 140,000 全身性エリテマトーデス(SLE) 56,000 IgA 腎症 30,000 シェーグレン症候群 20,000 ベーチェット病 16,000 多発性硬化症 13,000 川崎病 10,000-20,000( 年 ) 全身性強皮症(SSc) 10,000 混合性結合組織病(MCTD) 8,600 1 型糖尿病 8,000 検査薬市場 2011 年の国内の免疫血清検査薬市場 1,772 億円の内 自己免疫疾患は 162 億円 (IgE 関連が 60% 以上 ) ( 富士経済 ) 2016 年 世界の自己免疫疾患治療市場は 550 億米ドル その内 診断は 16 億米ドルとの予測 (BBC リサーチ ) 6
7 AECA およびその標的抗原の解明が進まない理由 研究試薬として使用されているモノクローン抗体では 組織染色で使用できる抗体は ウェスタンブロットには使用できない ウェスタンブロットで使用できる抗体は 組織染色で使用できない という現象は珍しくない その原因は 抗原 ( エピトープ ) の立体構造の変化によるものと考えられる 膜タンパクの研究では界面活性剤での可溶化のステップが必須であり それに伴う生理活性の喪失は珍しいことではない その原因は 膜タンパクの立体構造の変化が起こりやすいことにあると考えられている 膜タンパクの可溶化には 細胞の破砕法 界面活性剤の選択など 多くのノウハウが必要とされる ところが 自己抗原の探索には 患者血清を用いたウェスタンブロット解析や免疫沈降法が主な方法であり 自己抗原の不安定な立体構造に配慮した実験手法が採られてこなかった
8 AECA と標的自己抗原の結合は 自己免疫疾患の本質か? 内皮細胞 AECA は 血管炎のトリガーか? ADCC シグナル伝達 平滑筋細胞 CDC 血管壁 細胞表面上に存在する分子 膜タンパク質複合体 脂質 糖脂質 糖タンパク質複合体 糖タンパク質 AECA の標的自己抗原が 細胞表面の膜タンパクやその複合体であることを想定すると 立体構造変化に配慮した実験手法を採用する必要がある AECA だけに焦点を当てた検出法の開発は 細胞に直接影響を与える自己抗体 即ち病態を反映する自己抗体の検出に繋がる AECA は 血管内皮細胞特異的ではないことが判明したことから 病変部の細胞を使用することで 病態特異的自己抗体の検出が可能になる
新技術 CSP-ELISA の特徴 CSP は cell surface protein capture の意味 細胞表面上に存在する自己抗原が 膜タンパク複合体であると想定し できるだけ立体構造を保持した状態で固相化する 抗原を直接固相化することは立体構造に影響を及ぼすため ビオチン : ビオチン結合タンパクを介して固相化する 細胞破砕法 界面活性剤の選択 その使用法が重要である Sulfo-NHS-LC-Biotin による血管内皮細胞表面のタンパクのビオチン化 可溶化された膜タンパク界面活性剤複合体 界面活性剤 n-dodecyl β-d maltopyranoside 9
10 新技術 CSP-ELISA の特徴 あらかじめビオチン結合タンパクニュートラアビジンを ELISA ウェル上に固相化しておき 可溶化したビオチン化膜タンパクを捕捉する 患者血清を反応させ HRP 標識の抗ヒト抗体で自己抗体を検出する 洗浄などの全ステップにおいて抗原の立体構造を保持するため 常に界面活性剤を添加しておく必要がある CSP-ELISA 法 HRP 標識抗ヒト IgG 自己抗体 1 ウェルあたり 約 10,000 個の細胞由来のタンパク 0.5-2ul の血清 ニュートラアビジン
11 CSP-ELISA により測定した自己免疫疾患患者血清中の抗血管内皮細胞 IgG 抗体価 78% 81% 56%
12 ウェル上の抗原の変性処理による自己抗体反応性の変化 WB に使えない抗体 コントロール PBS 処理 0.1% SDS 処理 RIPA 処理 0.1% SDS, 37 30 分の比較的マイルドな変性処理でも 抗体の結合は低下する ウェスタンブロッティングでは検出できない抗原抗体反応ということになる
13 腎内科領域において 慢性腎臓病の患者は 国内で約 1,330 万人 病気が進行し人工透析が必要な患者は約 30 万人 その医療費が年間一兆円 現在の腎臓病の検査は 尿検査 ( 尿タンパク量 ) と血液検査 ( クレアチニン量 ) 最終的な検査として腎生検 しかし腎生検は 患者にとって大きな苦痛を伴う検査でもある 腎不全を防ぐために 簡便で 患者の苦痛が少なく かつ 早期発見できる検査 治療効果が判定できる検査 腎生検の回数を減らすことができる検査 予後予測ができる検査などの需要は非常に高い
ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を用いた SLE およびループス腎炎患者血清の CSP-ELISA 94 (%) 2 * IgG 35 (%) 1 * IgA 1.6 1.2 96 *.8 28 * 10 6.6 5.8 20.4.4.2 0 ループス腎炎 SLE 他の腎疾患コントロール 健常人 疾患コントロールと健常人に対して : *P < 0.001 SLE に対して : P < 0.01 0 ループス腎炎 SLE 他の腎疾患コントロール 健常人 疾患コントロールと健常人に対して : *P < 0.001 14
15 ループス腎炎患者血清中に含まれる AECA の内皮細胞表面への結合 HGMEC-IgG (+) HGMEC-IgG (+) (-) HGMEC-IgG (-) HGMEC-IgA (+) (-) CSP-ELISA 高値の血清では 細胞表面に結合する抗体が確認できた
ループス腎炎の活動性病変との相関 OD492 nm 1.50 1.25 1.00 0.75 0.50 0.25 0.00 P < 0.0001 n.s. 活動性病変あり A (+) A なし (-) 活動性病変あり A (+) A なし (-) HGMEC-CSP-IgG HGMEC-CSP-IgA 管内増殖 + 半月体形成 CSP-IgG, IgA 共に高値になると活動性病変が多くなる ワイヤーループ + ヒアリン血栓 16
17 ループス腎炎患者血清 IgG と HGMEC 膜画分を用いた免疫沈降 kda 250 150 100 75 Ladder 銀染色ウェスタンブロット 健常人 +DTT -DTT LN2 LN7 健常人 LN2 LN7 健常人 LN2 LN7 50 37 Ag-X 25 20 15 患者血清特異的に ビオチン化されたバンドが回収された 非還元で高分子量となるため複合体を形成していると判断できる
18 ヒト肺動脈血管内皮細胞を用いた混合性結合組織病 (MCTD) 患者血清の CSP-ELISA HPAEC-CSP-ELISA IgG IgA 97% 20% カットオフ値 (0.35) カットオフ値 (0.23) MCTD (n=200) HC (n=122) MCTD (n=200) HC (n=122) 健常人に対して *P < 0.0001 健常人に対して *P < 0.0001
19 ヒト皮膚微小血管内皮細胞を用いた全身性強皮症患者血清の CSP-ELISA 1 0.8 0.6 0.4 0.2 * IgG 15% 23% カットオフ値 (0.28) 1 0.8 0.6 0.4 0.2 * IgA カットオフ値 (0.39) 0 強皮症 SSc (n=156) 健常人 HC (n=114) 0 強皮症 SSc (n=156) 健常人 HC (n=114) 健常人に対して *P < 0.001 健常人に対して *P < 0.001
20 3 疾患における自己抗原と患者の持つ自己抗体の想定図 全身性エリテマトーデス (SLE) 関節炎リンパ節腫脹顔面紅斑心膜炎 胸膜炎白血球減少 dsdna phospholipid Sm プロファイリングが必要! 抗体 1 抗体 2 抗体 3 患者 A さん U1-RNP 混合性結合組織病 (MCTD) Scl-70 CENP-B 手足の皮膚硬化肺線維症食道蠕動低下 拡張 強皮症 (SSc) 抗体 2 抗体 3 抗体 4 患者 B さん
自己抗体検査法の将来と本技術の用途 アメリカ PEPPERPRINT 社 PEPperCHIP Peptide Microarrays for Autoimmune Diseases Tests per Microarray: One array with 4,389 peptides in duplicate Peptide Lengths: 3-17 a.a. この様に短いエピトープでは AECA と標的自己抗原との反応を再現できないだろうと考えられる しかしながら 複雑なエピトープを反映させたチップが提供される時代が訪れることは確実に予想される CSP-ELISA の条件を踏襲した膜タンパク抗原チップにより 自己免疫疾患患者血清中の自己抗体のプロファイリングが可能になる 励起光 検出 高値 病態にリンクした抗原抗体反応の測定とプロファイリング 低値 膜タンパク抗原チップ 21
22 実用化に向けた課題 ループス腎炎においては CSP-ELISA 値と腎炎との相関性がわかりつつあるが 他の疾患においても抗体価と病態との相関性を見つけること そのためには 各疾患の専門医など多くの臨床医グループとの共同研究が必要である 自己抗体が結合している自己抗原を同定すること 免疫沈降で患者特異的なバンドが検出できているものの 質量分析での同定がうまくいっていない 膜タンパクの同定は難しいとの情報もあり 膜タンパクの同定を行っている研究者との共同研究も考えたい
23 企業への期待 臨床検査 特に血清を用いた検査についての技術 ノウハウを持っている企業との共同研究を希望している 現状の CSP-ELISA は 古典的な ELISA プレートを使用した系であるため 微量な血清で多項目の自己抗体を検出するには チップあるいはビーズなどを使用した検出系への発展が必要だと考えている 抗原と抗体との結合を検出可能な先端技術を持つ企業との共同研究を希望している 膜タンパクと それに結合することで細胞に影響を与える抗体の組み合わせの解明は 抗体自体が薬になりうる可能性を持つと考えられる 膜タンパクに対する抗体での創薬を考えている企業には 本技術を用いた自己抗原同定 および患者由来の抗体遺伝子取得が役立つと考えられる
24 本技術に関する知的財産権 発明の名称細胞表面タンパクを抗原とする抗体を測定する方法 出願番号 特願 2012-212007 出願人 藤田保健衛生大学 発明者 三浦惠二 吉田俊治 黒澤良和 お問い合わせ先 ( 財 ) 名古屋産業科学研究所中部 TLO コーディネーター羽田野泰彦 TEL: 052-788-6010, FAX: 052-788-6012 E-Mail: hatano@nisri.jp 藤田保健衛生大学総合医科学研究所抗体プロジェクト三浦惠二 TEL: 0562-93-9389, FAX: 0562-93-8835 E-Mail: kmiura@fujita-hu.ac.