上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010) 152. 随意的な骨形成誘導を可能にする前骨芽細胞増殖促進, アポトーシス抑制メカニズムの解析 森幹士 Key words:proliferation,anti-apoptosis,signal crosstalk,osteoblast,osteosarcoma 滋賀医科大学医学部整形外科学講座 緒言著者らは, 骨形成型腫瘍は, 骨環境に働きかけることで腫瘍増大と骨形成とに適する環境を作り出しているとの仮説を立て, 骨形成型腫瘍の代表であるマウス骨肉腫 cell line(mos-j,pos-1) は, 可溶性因子を分泌してマウス前骨芽細胞 cell line(mc3t3-e1) の細胞増殖を誘導し, アポトーシスを抑制すること, 汎成長因子阻害剤である suramin がこの前骨芽細胞の増殖を有意に抑制すること, この前骨芽細胞増殖シグナルは,Janus kinases (JAKs) と phosphatidylinositol 3-kinase (PI3-K)/Akt とのシグナルクロストークを介して伝達されることを見出した. このシグナルクロストークは, 一部の腫瘍細胞のみで確認されている細胞増殖促進, 抗アポトーシスシグナルである. このシグナルクロストークの随意的な誘導は, 細胞増殖を意のままに操れる可能性を秘めており, 今後の細胞培養の研究に大いに役立つと予想される. 本研究の目的は, このマウス骨肉腫細胞から分泌され,JAKs と PI3-K とのシグナルクロストークを介した前骨芽細胞増殖を促進し, アポトーシスを抑制する可溶性因子の同定である. 方法 1. 細胞培養マウス骨肉腫 cell line (MOS-J,POS-1), マウス前骨芽細胞 cell line(mc3t3-e1) は,10% fetal bovine serum (FBS) 含有 RPMI 1640 を用いて培養した. MOS-J, POS-1 よりの conditioned media (MOS-J CM, POS-1 CM) は, これまでの報告に基づき作成した 1).MOS-J もしくは POS-1 が無い以外は全く同一条件で得られた CM を control CM (CT CM) とした. 2.Semi-quantitative RT-PCR Interleukin (IL)-6 ファミリーサイトカイン [IL-6,IL-11,leukemia inhibitory factor (LIF),oncostatin M (OSM)], growth factor (GF) [insulin-like growth factor (IGF)-I,IGF-II] を主なターゲットとし, それぞれに特異的なプライマーを用いて PCR を行い mrna の発現を調査した. 3. 細胞増殖 MOS-J,POS-1 細胞の細胞増殖は,XTT test とトリパンブルー染色法を用いた細胞数カウントとで評価した.PCR で mrna 発現の確認できたサイトカインや GF に特異的な中和抗体を用いて,MOS-J/POS-1 CM により誘導された細胞増殖が抑制を受けるかどうかを検討した. また,IL-6 のみ,IL-6+IL-6 可溶性受容体 (IL-6Rs),IL-11,LIF,epidermal growth factor (EGF), および IGF-I が MC3T3-E1 の細胞増殖を誘導するか否かについても検討した. 4.Signal transduction analyses by Western blot 1
細胞内シグナルトランスダクションは, ウェスタンブロット法で評価した. 各サイトカインに特異的な中和抗体を用いて,MOS-J/ POS-1 CM により誘導される JAKs と PI3-K とのシグナルクロストークが抑制されるか否かを調査した. また,MC3T3-E1 を IL-6 のみ,IL-6+IL-6Rs,IL-11,LIF,epidermal growth factor (EGF), および IGF-I で刺激し, 活性化されるシグナルトランスダクションを調査した. 結果 1.Semi-quantitative RT-PCR MOS-J,POS-1 は,IL-6 と IL-11,LIF,IGF-I,IGF-II の mrna を発現していたが,OSM のそれは発現していなかった ( 図 1). 図 1. PCR 法による MOS-J/POS-1 におけるサイトカイン, および growth factor の mrna 発現の検討. MOS-J, POS-1 における interleukin (IL)-6 と IL-11, leukemia inhibitory factor (LIF), insulin-like growth factor (IGF)-I,IGF-II の mrna 発現を確認したが,oncostatin M (OSM) のそれは確認できなかった. 2. 細胞増殖 MOS-J/POS-1 CMs が MC3T3-E1 の増殖を有意に促進することを再確認した ( 図 2a). 2
図 2a. XTT test による MC3T3-E1 細胞増殖の検討. MOS-J (a) と POS-1 (b) よりの condition media (CM) は,control (CT) に比べ濃度依存性に MC3T3-E1 細 胞の増殖を誘導した.*: p<0.005, **: p<0.0001 (Mann-Whitney s U test, CT CM vs. CMs) PCR で mrna の発現が確認できたサイトカインに特異的な中和抗体を用いたが, この MC3T3-E1 の増殖を抑制することは 出来なかった ( 図 2b). 図 2b. 特異的中和抗体を用いた XTT test の代表的な結果. MOS-J と POS-1 よりの CM は, CT に比べ有意に MC3T3-E1 細胞の増殖を誘導したが,Anti-interleukin-6 receptor (IL-6R) antibody (Ab) と anti-il-11ab はこの増殖を抑制しなかった. p>0.05, (Mann-Whitney s U test) 3.Signal transduction analyses by Western blot PCR で mrna の発現が確認できたサイトカイン, および GF に特異的な中和抗体を用いたが,JAKs と PI3-K とのシグナル クロストークは抑制不可能であった ( 図 3a). 3
図 3a. ウエスタンブロット法によるシグナルトランスダクションの検討. Anti-interleukin-6 receptor antibody (IL-6RAb) と anti-il-11ab の結果. これらが Akt の活性化を抑制できなかったことから,Janus kinases (JAKs) と phosphatidylinositol 3-kinase (PI3-K)/Akt とのシグナルクロストークを抑制出来なかったことが解る. MC3T3-E1 を,PCR で mrna 発現の認められた IL-6 ファミリーサイトカイン (IL-6 のみ, IL-6+IL-6Rs, IL-11,LIF) で 刺激すると,STAT3 の活性化は確認できたが,PI3-K/Akt の活性化は確認できなかった. この STAT3 の活性化は抗 gp130 により有意に阻害された ( 図 3b). 4
図 3b. ウエスタンブロット法によるシグナルトランスダクションの検討. IL-6 ファミリーサイトカインで MC3T3-E1 を刺激すると,signal transducer and activator of transduction 3 (STAT3) の活性化が確認できた (IL-6 はその可溶性受容体 (IL-6Rs) との混合投与でのみ明らかな活性化あり.) が,Akt の活性化は確認できなかった.STAT3 の活性化は gp130 により有意に抑制された. 考察 JAKs と PI3-K とのシグナルクロストークは,multiple myeloma 2-4),hepatoma 5),basal cell carcinoma 6) などのごく限ら れた腫瘍細胞のみで確認され, 理想的な細胞増殖かつ抗アポトーシスシグナルとして働き,IL-6 により誘導されると報告されて いる. そこで我々も IL-6 ファミリーサイトカインには特に注目し, 種々の GF とともに注意深く解析を行った. しかし,MOS-J/ POS-1 から分泌され,JAKs と PI3-K とのシグナルクロストークを介して MC3T3-E1 細胞の細胞増殖を誘導する因子を同定 することが出来なかった. MOS-J/POS-1 が分泌するのは,IL-6 ファミリーサイトカインのみではない. 前骨芽細胞においては,IL-6 は, 他の IL-6 フ ァミリー, またはその他の種々のサイトカインなどとの相互作用によってのみ, この特異的なシグナルクロストークを誘導することが 可能なのかもしれない. このシグナルクロストークを引き起こす因子の同定が, 引き続き今後の研究課題である. 文献 1) Mori, K., Le Goff, B., Charrier, C., Battaglia, S., Heymann, D. & Redini, F. : DU145 human prostate cancer cells express functional receptor activator of NFκB:new insights in the prostate cancer bone metastasis process. Bone, 40:981-990, 2007. 2) Shi, Y., Hsu, J. H., Hu, L., Gera, J. & Lichtenstein, A.:Signal pathways involved in activation of p70 S6K and phosphorylation of 4E-BP1 following exposure of multiple myeloma tumor cells to interleukin-6. J. Biol. Chem., 277:15712-15720, 2002. 3) Hsu, J. H., Shi, Y., Hu, L., Fisher, M., Franke, T. F. & Lichtenstein, A. : Role of the AKT kinase in expansion of multiple myeloma clones:effects on cytokine-dependent proliferative and survival responses. Oncogene, 21:1391-1400, 2002. 4) Hideshima, T., Nakamura, N., Chauhan, D. & Anderson, K. C. : Biologic sequelae of interleukin-6 induced PI3-K/Akt signaling in multiple myeloma. Oncogene, 20:5991-6000, 2001. 5) Chen, R. H., Chang, M. C., Su, Y. H., Tsai, Y. T. & Kuo, M. L.:Interleukin-6 inhibits transforming growth factor-β-induced apoptosis through the phosphatidylinositol 3-kinase/Akt and signal transducers and activators of transcription 3 pathways. J. Biol. Chem., 274:23013-23019, 1999. 6) Jee, S. H., Chiu, H. C., Tsai, T. F., Tsai, W. L., Liao, Y. H., Chu, C. Y. & Kuo, M. L. : The phosphotidyl inositol 3-kinase/Akt signal pathway is involved in interleukin-6-mediated Mcl-1 upregulation and anti-apoptosis activity in basal cell carcinoma cells. J. Invest. Dermatol., 119:1121-1127, 2002. 5