九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository 対話型差分進化を用いた耳鳴音探索システムの基礎的検討 木下, 光太郎九州大学大学院芸術工学府 白石, 君男九州大学大学院芸術工学研究院 藤平, 晴奈九州大学大学院芸術工学府 高木, 英行九州大学大学院芸術工学研究院 他 http://hdl.handle.net/2324/1792163 出版情報 : 聴覚研究会資料. 46 (2), pp.101-106, 2016-03-04. 日本音響学会バージョン :accepted 権利関係 :
対話型差分進化を用いた耳鳴音探索システムの基礎的検討 3 木下光太郎 * 1 *2 白石君男 藤平晴奈 1 高木英行 2 齋藤睦巳 1 九州大学大学院芸術工学府芸術工学専攻 815-8540 福岡県福岡市南区塩原 4-9-1 2 九州大学大学院芸術工学研究院 815-8540 福岡県福岡市南区塩原 4-9-1 富士通九州ネットワークテクノロジーズ 814-8588 福岡県福岡市早良区百道浜 2-2-1 E-mail: 1 2DS14008R@s.kyushu-u.ac.jp, 2 kimio@design.kyushu-u.ac.jp あらまし対話型差分進化 (IDE) を耳鳴音探索のアルゴリズムとして適用し, 標準耳鳴検査法 1993 および対話型遺伝的アルゴリズム (IGA) との比較からその有用性について検討した. 若年健聴者 12 名を対象に信頼性, 再現性について検討した結果,IDE は標準耳鳴検査法 1993 と同様に高い信頼性があり, 再現性を有することが確認された. 耳鳴のない高齢者 7 名を対象に疲労度, 難易度について検討し, 各手法間に差がないことが示された. 実際に耳鳴を有する高齢者 5 名を対象に各手法の比較を行ったところ,IGA,IDE において標準耳鳴検査法 1993 よりも高い耳鳴音と検査音の類似度を示し, 耳鳴を正しく捉えられていると推測された例があった. 一方で評価の曖昧さから正確に耳鳴を捉えきれていないと示唆される例もあった. キーワード自覚的耳鳴, 標準耳鳴検査法 1993, 対話型進化計算, 対話型差分進化 3 A Study on Measurement of Tinnitus Using Interactive Differential Evolution Kotaro KINOSHITA 1, Kimio SHIRAISHI 2, Haruna FUJIHIRA 1, Hideyuki TAKAGI 2 and Mutsumi SAITOU 3 1 Graduate School of Design, Kyushu University, 4-9-1 Shiobaru, Minami-ku, Fukuoka city, Fukuoka, 815-8540 Japan 2 Faculty of Design, Kyushu University, 4-9-1 Shiobaru, Minami-ku, Fukuoka city, Fukuoka, 815-8540 Japan 3 Fujitsu Kyushu Network Technologies, 2-2-1 Momochihama, Sawara-ku, Fukuoka city, Fukuoka, 814-8588 Japan E-mail: 1 2DS14008R@s.kyushu-u.ac.jp, 2 kimio@design.kyushu-u.ac.jp Abstract The usefulness of the Interactive Differential Evolution (IDE) method was compared with the Standardized Tinnitus Test 1993 and the Interactive Genetic Algorithm (IGA) method. The IDE showed higher reliability and reproducibility than the other methods for 12 young people with normal hearing. Second, seven elderly people without tinnitus were examined about a fatigue and usability of the methods. No difference was observed among methods. For five elderly people with tinnitus, some results of the IGA and the IDE showed a higher resemblance than the Standardized Tinnitus Test 1993, while some results showed difficulty to obtain the exact tinnitus because of vague evaluation of their own tinnitus sound. Keywords Subjective tinnitus, the Standardized Tinnitus Test 1993, Interactive Evolutionary Computation, Interactive Differential Evolution 1. 背景 1.1. 耳鳴検査耳鳴は一般的に本人にしか聞こえず, 消失させるための治療法は未だ確立していない. 現在用いられている標準耳鳴検査法 1993[1]( 以下,1993 検査 ) では, 耳鳴の音色を特定するピッチマッチ検査において, 簡便性を重視してブラケット法を用いている. これは 125 Hz~12000 Hz までの純音 11 種類, もしくは中心周波数を同じくする雑音 3 種類に対し, 低い音と高い音を聞き比べ二者択一で似ていない方を他方へ 1 段階ずつ近づけるというものである. 検査音はほとんどオクターブの関係にあり, 周波数の分解能はあまり高くない. 一方, 耳鳴の治療の中で, 音色が変化することが報告されており [2], 耳鳴の音響的性状をより詳しく捉えられれば, 治療の評価に役立つと考えられる.
1.2. 対話型進化計算 1993 検査に代わる, より多くの検査音を用いた分解能の高い手法として, 対話型進化計算 (Interactive Evolutionary Computation, IEC) を用いた耳鳴検査を行う試みがなされてきた [3]. 進化的計算 (Evolutionary Computation, EC) とは, 生物の進化からヒントを得た, 探索 最適化アルゴリズムの総称である. IEC では, 生成した絵や音などの刺激をシステム出力として呈示する. これに対し, 評価者は心理空間での最適解と実際のシステム出力との心理距離を心理尺度に基づいて数値化したものを主観的評価値とする. この心理尺度を探索空間の評価軸として探索を進める [4]. 藤平ら [3] は, 主に IEC のアルゴリズムの一つである対話型遺伝的アルゴリズム (Interactive Genetic Algorithm, IGA) を用いたシステムに着目して近似解の探索を行っている. 図 1 に IGA の処理過程を示す. この手法では世代内で各個体 ( 検査音 ) に対し 5 段階の相対評価を行う. 個体は遺伝子で表され,1 世代の評価が終わると, 評価値に基づき親を選択し, 親の遺伝子を掛け合わせる ( 交差 ). 生成された個体を低確率で突然変異させ, 次の世代の個体群が出来上がる. これを数世代繰り返すことで, 検査音が耳鳴によく似た音に収束するとされている. 二者択一で評価できる手法が望ましいと考え, 対話型進化計算に二者択一の評価方法を導入した対話型差分進化 (Interactive Differential Evolution, IDE) を適用することに着目した. 図 2 に IDE アルゴリズムを示す. IDE では個体群から 1 個を目標ベクタ x1 とする. 残りの個体からパラメータベクタ xp1, xp2 を設定し, 差分ベクタを求める. 残りの個体から基底ベクタ xbase をランダムに設定し, 差分ベクタを縮小させたものを引くことで変異ベクタ ν を生成する. 目標ベクタと変異ベクタを交差させ生成した比較参照ベクタ xtri に対し, 目標ベクタと二者択一で評価させる. 選ばれた方の個体は次の世代の個体へと更新される. 他の個体も同様の操作を繰り返し, 次の世代の個体群を生成する. 図 2 IDE アルゴリズム 図 1 IGA の処理過程 ( 田口ら [4] の p.82, 図 1.3 を改変 ) 彼女らは実際に耳鳴を有する者を対象に IGA を用いて耳鳴を測定する実験を行った. その結果,1993 検査と比較して検査時間は長くなったものの, より耳鳴に似ている音を同定できたと報告している. 一方で, IGA では各解に対して 5 段階評価を行う必要があり, その評価手法に難色を示す傾向があったとされた. そこで池田 [5] は 1993 検査のブラケット法のように IDE は IGA と比べて優れた探索性能を有しているとされ, 評価が二者択一であることから IGA の 5 段階評価に比べて心理的負担も少なく, 耳鳴音探索システムへ適用することが有効だと考えられる. 実際に池田が若年健聴者を対象に IGA と IDE の比較を行ったところ, 同定された音に違いは見られなかったものの, 疲労度, 難易度の点で IDE の方が判断の難しさや心理的疲労が少ないと思われた. 検査に必要な項目として, 信頼性, 再現性, 時間, 疲労度, 難易度の点で優れていることが挙げられる. しかし,IDE について 1993 検査を含めての比較検討はされておらず, 信頼性および再現性について改めて確認する必要があると思われる. また, 実際に耳鳴を有する人が多い高齢者でやっても疲労度, 難易度の点で IDE が他の手法より優れているかについても検討しなければならない. さらに, これらを踏まえて実際に耳鳴を有する人を対象としても IDE に有用性があるか検
討する必要がある. 2. 目的本研究では, 信頼性, 再現性, 所要時間, 疲労度, 難易度の観点から, より優れた耳鳴の検査法を確立していく足がかりを得るため, 対話型差分進化 (IDE) について, 現在用いられている手法である標準耳鳴検査法 1993, および先行研究で用いられた対話型遺伝的アルゴリズム (IGA) と比較することでその有用性を検討することを目的とする. れなかった. 同定された純音と耳鳴模擬音を比較したときの VAS による類似度について,1 回目と 2 回目の結果をそれぞれ図 3, 図 4 に示す. いずれも中央値が 90 以上を超える結果となった. 統計の結果, 1993 検査, IDE が IGA より類似度が高いことがわかった (p<0.005). 3. 若年健聴者を対象にした各測定法の信頼性および再現性についての検討 3.1. 目的若年健聴者を対象に耳鳴模擬音を用いて, IDE と標準耳鳴検査法 1993,IGA とを比較する. 正常な聴力を有する者の評価能力で, 各手法の信頼性および再現性について検討する. 3.2. 方法若年健聴者 12 名 (22 歳 ~25 歳, 平均 23.4 歳 ) を実験対象者に, 各手法について耳鳴模擬音を探索する実験をおこなった. 耳鳴模擬音は全ての手法で 4000 Hz の純音とし, 探索するパラメータは周波数のみとした. 実験は最小可聴閾値測定にて実験参加者の聴力を測定した後, 耳鳴模擬音を擬声語で評価してもらった. その後,1993 検査, IGA, IDE を, カウンターバランスをとって行った. IGA, IDE については擬声語を参考に探索範囲を設定し, 第 5 世代から 1 つ最も耳鳴模擬音に似ていると感じた個体を 1 つ選んでもらった. 耳鳴模擬音, 検査音は片耳に 20 db SL に統一して呈示した. 各実験後に, 疲労度, 難易度をそれぞれ 5 段階で答えてもらった. また同定された音と耳鳴模擬音がどれくらい似ていたか, 類似度について Visual Analog Scale (VAS) を用いて 0~100 で評価してもらった. 再現性について検討するため, 同じ実験参加者に対して, 2 週間以上の期間を空けて再度同様の実験を行った. 1 回目と 2 回目を比較して, 同程度の類似度が得られるか確認した. 3.3. 結果と考察 1 回目はいずれの手法でもほとんどが 4000 Hz に同定され,2 回目の 1993 検査では, 全ての実験参加者で 4000 Hz に同定された. 一方,2 回目の IGA ではオクターブ錯覚により 2000 Hz 付近の純音を最も似ていると同定されたのが 2 例あった. 同定された周波数について,1 回目,2 回目ともに各手法間に有意差は認めら 図 3 類似度 1 回目 1993 では第 3 四分位以上で 100 となっている. 図 4 類似度 2 回目 1993 検査では第 3 四分位以上で 100 となっている. 各手法について 1 回目と 2 回目の類似度について κ の一致係数を求め, 2 回の測定における類似度の一致から再現性があるか確認した.1993 検査と IDE では有意に一致していると認められ (p<0.005), 再現性があることが示唆された. 実験を始めてから 5 世代目を評価し終わるのに要した時間は 1 回目, 2 回目ともに IGA, IDE, 1993 検査の順で時間を要した. 疲労度については,1993 検査に比べて IDE, IGA の方が高い疲労度を示し, 難易度については IGA が 1993 検査, IDE よりも高い難易度を示した.
各手法でほとんどが耳鳴模擬音またはそれと近い周波数を同定していた. また, 類似度もいずれも中央値が 90 以上であり,1993 検査と有意差もなかったことから,IDE について高い信頼性が示されたと思われる. また, 再現性も有することから, IDE は信頼性, 再現性について有用性があると期待された. 一方で, 疲労度については 1993 検査よりも疲労度が高い結果となったことについては, 実際に耳鳴患者の多くを占める高齢者を対象に同様の実験を行い, この検査法の疲労度, 難易度がどうか確認する必要がある. 各手法ともに易しいと感じる実験参加者からやや難しいと感じる実験参加者まで様々であった. 各手法間に有意差は認められなかった. 以上より, 疲労度, 難易度ともに 1993 検査と比べて差はなく, IDE の有用性が示唆された. 4. 高齢者を対象にした各測定方法の疲労度および難易度についての検討 4.1. 目的耳鳴のない高齢者を対象に耳鳴模擬音を用いて, IDE と標準耳鳴検査法 1993,IGA とを比較し, その疲労度や難易度について検討を行う. 4.2. 方法普段耳鳴が鳴っていないとされる 7 名 (68 歳 78 歳, 平均 72.6 歳 ) を対象とした. 再現性を検討しないために実験は 1 回のみとした以外は,3 章と同様の方法で行った. 4.3. 結果と考察いずれの手法でもおおよそ 4000 Hz に同定された. 各手法間で同定された周波数に差は認められなかった. また, 類似度はいずれも中央値が 80 以上であり各手法間に差はみられなかった. 実験時間に関しては IGA, IDE,1993 検査の順に時間を要した. 疲労度についてのアンケートの結果を図 5 に示す.1993 検査に比べて IGA, IDE の方が疲れやすいという人が少しみられたが, 各手法間に有意差は認められなかった. 図 6 難易度第 3 章, 第 4 章より IDE に有用性があることが示唆されたため, 実際に耳鳴を有する高齢者でも有用性があるか検証する必要がある. 5. 耳鳴患者を対象にした対話型差分進化の有用性についての検討 5.1. 目的耳鳴のある高齢者を対象に, IDE と標準耳鳴検査法 1993, IGA とを比較し, IDE の有用性について検討する. 5.2. 方法耳鳴を有する 5 名 ( 68 歳 ~80 歳, 平均 74.4 歳 ) を対象とした. 耳鳴模擬音を用いずに, 自身の耳鳴を探索するという点以外では第 4 章と同様とした. 図 5 疲労度 難易度についてのアンケートの結果を図 6 に示す. 5.3. 結果症例 2( 68 歳, 男性, 耳鳴の擬声語 : キーン, シャー ) と症例 4(79 歳, 男性, 耳鳴の擬声語 : ミーン ) を例に示す. 症例 2 に関して, 図 7 に IGA の結果を, 図 8 に IDE の結果を示す. 表 1 に同定された音とその類似度を示す. IGA においては第 1 世代から第 5 世代を通して世代内で高い音が似ていると評価され, 第 5 世代で 11313 Hz に 4 つ個体が集まった.IDE においては, 第 1 世代と比べて第 5 世代で多くの個体が高域側に移動している様子が確認された. 第 5 世代では IGA と同じく, 11313 Hz 付近に収束した個体から 10678 Hz が同定さ
れた.8000 Hz 未満で収束した個体については局所解に収束したものだと考えられる. IGA,IDE ともに類似度が 99 と, 耳鳴に良く似た音が同定されたと示唆される.1993 検査においては類似度が 49 だったものの, これはオージオメータで呈示できる最も高い音が 8000 Hz であったためであり, 耳鳴検査装置を用いて 12000 Hz まで呈示できていれば, より高い類似度を示していたと推測される. 示唆された. 各手法間で類似度に顕著な差はみられず, 比較的高い値を取っているが, 評価が曖昧であったことから耳鳴を正確に捉えられていない可能性が示唆される. 図 9 症例 4 の IGA 評価結果 図 7 症例 2 の IGA 評価結果 図 10 症例 4 の IDE 評価結果 図 8 症例 2 の IDE 評価結果 表 1 同定された音と周波数 1993 検査 IGA IDE 周波数 8000 Hz 11313 Hz 10678 Hz 類似度 49 99 99 症例 4 に関して, 図 9 に IGA の結果を, 図 10 に IDE の結果を示す. 表 2 に同定された音とその類似度を示 す. IGA では第 2 世代, 第 3 世代において, ほとんど同 じ周波数の個体を 似ていない から やや似ている ま で評価していた. 第 5 世代で 7127 Hz に 2 つ個体がで きたが,1 つは最も似ていると同定された一方で, も う 1 つは 似ていない と評価された. IDE でも第 5 世 代において収束しておらず, ほとんどランダムサーチ をしていると思えるような結果となった. このことか ら, 耳鳴との類似度をうまく評価できていないことが 表 2 同定された音と周波数 1993 検査 IGA IDE 周波数 8000 Hz 7127 Hz 5187 Hz 類似度 79 92 87 実験時間は第 3 章, 第 4 章と同じく IGA,IDE,1993 検査の順に時間がかかる傾向にあった. 疲労度につい て,1993 検査は全員疲れなかったと答えた.IGA,IDE は 1993 検査と比べると疲れやすく感じる人もいた. 難 易度については,1993 検査に比べると IGA,IDE で難 易度を高く感じる傾向にあった. 表 3 に全実験参加者の各手法での VAS による類似 度を示す. いずれの実験参加者でも 1993 検査より IGA, IDE で類似度が高い傾向にあった. 表 3 各手法の類似度 1993 検査 I G A I D E 症例 1 51 73 80 症例 2 49 99 99 症例 3 51 68 58 症例 4 79 92 87 症例 5 75 88 88
5.4. 考察症例 2 のように,IDE により自身の耳鳴音に収束が確認された例もあり,1993 検査と比べて IGA,IDE がより細かく広い範囲を探索できたためだと考えられる. 一方で, 症例 4 のように自身の耳鳴と似ているかうまく評価できていないと思われる例や, 収束が確認されなかった例, 内観報告では IGA, IDE について ずっと聞いていると分らなくなる という感想もあった. そのため, 類似度が高くても実験参加者の評価過程によっては心理尺度の精度に期待はできず, 耳鳴の音響的な性状を正しく捉えられていなかったと思われる. 評価が曖昧だったことや類似度が低かった要因として, 実験参加者の周波数弁別能の問題に合わせて, 実験参加者が耳鳴を曖昧にしか捉えられていなかったことが考えられる. 耳鳴模擬音と異なり実際の耳鳴では大きさが小さかったことや, 実験参加者が普段あまり気にしていないという音を集中して聞くことに評価の難しさがあったと思われる. また, 内観報告にもあるように, 検査音の数が多過ぎて評価に困り, その結果世代が進んでも収束されなかった可能性もある. 今回の実験では対象が 5 名と少なく, より人数を増やして測定することでより確かな傾向を捉えられると思われる. 第 4 章で耳鳴のない高齢者を対象としたときは, 疲労度, 難易度ともに有意差が認められなかったが, 本章では IGA, IDE の方が疲労度, 難易度ともに高い傾向にあった. これは, 耳鳴模擬音に比べ実際の耳鳴が聞こえづらく, また普段から耳鳴をさほど気にしていない実験参加者であったことから, 耳鳴に集中して聞くことが大きな負担となったためだと思われる.IGA, IDE は比較する検査音の数も多く, 前述の内観報告からも, 実験時間の短縮化が求められると思われる. これを受けて実際に耳鳴のある人を対象に各手法 について比較検討を行った.IGA と IDE を用いた手法 について標準耳鳴検査法 1993 よりも高い類似度が得 られ, 耳鳴の音響的性状を正しく捉えられていること が期待された例があった. 一方で, 評価の曖昧さから 正確に耳鳴の音響的性状を捉えられていないと示唆さ れる例もあった. また, 疲労度 難易度の点で IGA と IDE の方が, 標準耳鳴検査法 1993 と比べて劣る傾向に あった. そのため, IDE を用いた手法が標準耳鳴検査 法 1993 や IGA と比較して有用性があるとの結論には 至らなかった. 今後さらに, 実験時間の短縮化を考慮 した上で, 様々な耳鳴に対象を増やして, 音響的性状 を捉えられるかより詳細に検討する必要がある. 文献 [1] 耳鳴研究会, 標準耳鳴検査法 1993,pp.6-7, 1993. [2] 加藤寿彦, 曽田豊二, 白石君男, 他, 塩酸リドカインとメチル -B 12 静注による耳鳴の治療効果, 耳鼻,vol.41, no.1, pp.66-72, June 1995. [3] 藤平晴奈, 白石君男, 齋藤睦巳, 他, 対話型進化計算を用いた耳鳴音の探索システム 耳鳴臨床における検討, Audiol Jpn, vol.54, no.5, pp.313-314, 2011. [4] 田口善弘, 三井秀樹, 高木英行, 複雑性のキーワード, 共立出版, 東京, 2000. [5] 池田有基, 対比較対話型差分進化を用いた耳鳴音探索システムに関する研究, 九州大学芸術工学部卒業論文, 2012. 6. まとめ本研究では, 対話型差分進化 (IDE) を用いた耳鳴音探索システムについて, 標準耳鳴検査法 1993, 対話型遺伝的アルゴリズム (IGA) と比較し, 若年健聴者を対象に信頼性や再現性, 高齢者を対象に疲労度, 難易度の点で有用性について検討した. その結果, 若年健聴者を対象としたとき各手法でほとんど耳鳴模擬音やそれに近い周波数の音を同定できた. 類似度の評価も高く,IDE は標準耳鳴検査法 1993 と同程度の, 高い信頼性があると考えられた. また, IDE と標準耳鳴検査法 1993 で再現性があることが確認できた. 耳鳴のない高齢者に対しては, 疲労度, 難易度において標準耳鳴検査法 1993 と IDE との間に差はないと認められ, 実際の耳鳴患者に対しても有用性があると示唆された.