* ** 天谷賢児 ** 舩津賢人 阿久沢博之 1. はじめに 直径が数十マイクロメートルの気泡であるマイクロバブルが様々な分野で注目されている. たとえば, 大量のマイクロバブルを用いた水質改善や, 不純物の分離や除去技術などの環境改善技術への応用が多数行われている. また, マリンエンジニアリング分野においても, 船体底面から微細な気泡を噴出し, 船体抵抗の低減を行う技術が導入されている. さらに, 様々な工業製品の製造や製作過程においては, 洗浄が極めて重要な工程のひとつとなっているが, その洗浄技術にもマイクロバブル技術が応用されている. このように, マイクロバブルは極めて広い分野に幅広く応用されており, 今後その応用範囲がますます広まりつつあるよう思われる [1]-[5]. 本稿ではこのようなマイクロバブルを用いた応用技術として, マイクロバブルによる洗浄効果についての研究を紹介する. 前述のように工業製品の製造や製作過程では洗浄工程が極めて重要であるが, 飲料製品をはじめとする食品工業などにおいても, 配管内に付着した油脂分の除去が必要となり, マイクロバブルを用いることで洗剤を用いずに油脂分の除去を行う技術が検討されている. しかしながら, マイクロバブルによる洗浄効果に関する詳細な工学的メカニズムは十分に解明されていない. 特に, 油脂分を除去してゆく過程の詳細な観察データが必ずしも十分に得られていないのが現状である. 本稿では, 円管内面に付着した油脂分がマイクロバブルによって除去される過程の詳細な観察を行った結果を紹介する. 特に, ラード油に蛍光剤を混入し, それにレーザ光を照射した場合に得られる蛍光強度の時間的な変化から, 油脂分の除去量を連続的に求める方法 ( レーザ誘起蛍光法 ) を紹介する. 2. 実験装置および計測法 今回の試験で用いた実験装置の概略を図 1 に示す. 装置には二つのポンプ, 試験区間, 水槽ならびに計測システムがあり, 供試液体としては水道水を用いた. また, マイクロバブルの気体は空気とした. 試験で用 * 原稿受付平成 23 年 8 月 23 日. ** 正会員群馬大学 ( 桐生市天神町 1-5-1). いる円管は透明アクリル樹脂製である. 試験区間の円管内径は 26mm で, 長さは 1m である. 本実験で用いた流路は水槽に溜めた水をポンプで吸い込み, 試験区間を経て水槽にもどるような循環流路となっており,1 回の実験で使用する水の量は約.1m 3 である. ポンプは図に示すように 2 台用いられている. 水槽の水はポンプ 1 を通った後にポンプ 2 へと送られ, ポンプ 2 から出た水の一部は再びポンプ 1 の出口に戻るような流路構成になっている. この戻り流路の途中には, 絞りが設けられており, 空気が吸入される仕組みになっている. 吸入空気量 Q air は流量計によって測定し, バルブ 3 によってその量を調整した. 本実験ではマイクロバブルを形成する場合と, しない場合を比較した. マイクロバブルを形成する場合は主に空気流量を Q air =4.2 1-5 m 3 /s とした. Pressure gauge P 3 Valve2 Water tank Air Electromagnetic flowmeter Test section P 2 P 1 Valve1 Pump1 Pump2 図 1 マイクロバブル発生装置 Valve3 ポンプ 2 の入口はポンプ 1 によって圧力が高い状態になっている. さらに, ポンプ 2 によって加圧されることによって, 戻り流路で吸入された空気が水中に溶解されることになる. このようにして加圧溶解した空気は, バルブ 1 を通過後に減圧されて, 多数のマイクロバブルが発生する. 実験ではバルブ 1, バルブ 2 の開度を変えて, バルブ 1 前後の減圧量 P 1 -P 2 と, 試験区間の圧力 P 2 を様々に変化させた. これにより, マイクロバブルの発生状態を制御することができる. 本報告では主に P 1 -P 2 =1.MPa とし, バルブ 2 を開放して P 2 をほぼ大気 Journal of the JIME Vol. 46,No.6(211) 81
圧とした場合の結果を解説する. 水流量は Q water =1 1-6 m 3 /s~5 1-6 m 3 /s の間で変化させた.Q water は電磁流量計によって測定した. また,Q water と Q air を用いて, 次式で定義される空気流量比 βを求め, これを実験パラメータのひとつとした. Qair β = (1) Qwater + Qair 計測システムの概要を図 2 に示す. 図のようにアクリルパイプの一部にアクリル製ブロックを取り付けた. このブロックに穴を設けて流路を作り, その壁面位置に石英ガラス板を挿入できるようにした. 石英ガラスは直径 1mm の円形であり, ガラス板の表面が円管内壁面に一致するようにしてある. このガラス表面には汚れを模擬した動物性油脂 ( ラード油 ) を一定の厚さで付着させた. なお, ガラス板の表面は, そのままの状態ではラード油のはく離が簡単に生じてしまうことから,1 番のサンドペーパーを用いて, 表面をみがき, くもりガラス状にした. Pipe Oil film with fluorescent dye 45nm laser diode Light diffuser 532nm filter Optical fiber Water flow Dichroic mirror Double convex lens PMT 図 2 レーザ誘起蛍光を用いた計測装置 ラード油の除去量を測定するために, 本研究ではレーザ誘起蛍光 (LIF) 法を用いることにした. このためにラード油に蛍光剤である Coumarin153 を添加した. Coumarin153 の添加濃度は.5g/l である.Coumarin153 の吸収 蛍光スペクトルを図 3 に示す [6]. この蛍光剤の最大吸収波長は約 42nm で, 最大蛍光波長は約 53nm である. すなわち, 吸収波長に近い波長の光源の光を照射することで蛍光剤が励起し, 蛍光を発生することになる. したがって, この蛍光強度を検出することで, 蛍光剤を含んだラード油の量を推定することができることになる. 励起光源としては Coumarin153 の吸収波長域にある波長 45nm の半導体レーザを使用した. 図 2 に示したように石英ガラスの裏面からラード油に光を照射した. ただし, 強いレーザ光を照射することで蛍光強度が低下してしまう現象 ( ブリーチ効果 ) が知られていることから [7], 入射レーザ光を一度拡散させてから試料全体に当てるようにした. 図 3 蛍光剤の吸収 蛍光スペクトル 励起された Coumarin153 から生じる蛍光のピーク波長は約 53nm である. この蛍光と入射レーザ光の反射光を分離するために 45nm のレーザ光をダイクロイックミラーによって反射させてラード油に照射し, 得られる蛍光はダイクロイックミラーを通して 532nm の干渉フィルタを用いて, 抽出できるようにした. これを集光して光ファイバを介してして光電子増倍管に導き, 得られた電圧信号をデータロガーに記録した. あらかじめ蛍光強度とラード油の付着量との関連を調べておくことで蛍光強度からラード油の付着量を求めることが可能である. また, 初期の蛍光強度に対する強度の低下量から, ラード油の除去量を推定することができる. 実験前の初期付着量を m, 実験開始後の時刻 t における付着量を m(t) として, 除去量 m R (t), ならびに, 除去率を γ R (t) を定義した. () t = m m() t m () () t t =1 mr γ R Fluorescence image UV LED UV light m Camera 図 4 油脂分の付着状態の観察装置 (2) (3) Dichroic mirror Journal of the JIME Vol. 46,No.6(211) 82
また, ラード油の付着状態を観察するために, 実験の途中でガラス板を外し, その表面の観察も行った. その際にも, 紫外光を用いて付着状態の観察を行った. 用いた実験装置の概略を図 4 に示す. この場合の光源としては紫外光の LED ランプを用いた. 同様に緑色の光を透過するダイクロイックミラーを用いて蛍光のみを検出した. 泡径分布の測定は, 長作動距離顕微鏡を用いて円管内を流れるマイクロバブルを直接写真撮影し, 画像処理ソフトで気泡径を求めたものである. 図より,65μm 付近の気泡が最も多く形成されていることがわかる. また, 算術平均粒径は D 1 =71.3μm, ザウター平均粒径は D 32 =73.1μm となった. 3. 実験結果および考察 マイクロバブルによる洗浄実験に先立ち, 本実験で用いた計測系で蛍光像のみの光信号が得られるかを確認した. その結果を図 5 に示した. 図の左側の 3 枚の写真は, ラード油のみの写真 ( 上 ) と紫外光を当てた写真 ( 中 ), さらにフィルタを通してみた写真 ( 下 ) である. 蛍光剤を混入していない場合は, フィルタによって完全にレーザ光がカットされていることがわかる. 蛍光剤を混入した場合は, フィルタを通して蛍光像 ( 右下の像 ) が得られていることがわかる. したがって, 得られた像はレーザ光がカットされて, 蛍光像のみが抽出されていることがわかる. 図 6 マイクロバブル流の様子 Number distribution μm -1.1.8.6.4.2 Q water = 5 1-6 m 3 /s Q air = 4.2 1-5 m 3 /s β =.84 D 1 = 71.3 μm D 32 = 73.1 μm 3 6 9 12 15 Diameter d μm 図 7 マイクロバブルの気泡径分布 図 5 ダイクロイックミラーによる蛍光像の検出 図 6 はマイクロバブルを含んだ管内流れの様子を示した写真である. また, 比較のためにマイクロバブルを入れない流れの様子も示した. マイクロバブルが混入している流れは白濁しているように見える. 図 7 はマイクロバブルの気泡径分布を示したものである. 気 図 8 に実験より得られた蛍光強度変化の例を示す. 図の縦軸は時刻 t= でマイクロバブルを発生させた直後の蛍光強度で規格化して示してある. このデータはレイノルズ数を Re=23( 流量 Q water =5 1-6 m 3 /s) と一定とし, マイクロバブルを発生させた場合と発生させない場合の比較を行ったものである. 図中の δ は蛍光強度から求めたラード油の初期厚さである. この値はラード油を付着させるときに若干のばらつきが生じる. このデータの場合, マイクロバブルを伴う流れの方が 1.8μm 程度初期のラード油が厚いが, 明らかにマイクロバブルを伴った流れの方が蛍光強度の減少率が高いことから, 速くラード油が除去されてゆくことがわかる. マイクロバブルを含まない流 Journal of the JIME Vol. 46,No.6(211) 83
れの条件では, 徐々にラード厚さが小さくなってゆく. これに対して, マイクロバブルを含む場合は, ラード油が流れにさらされた直後に急速に厚さが減少し,3 秒付近ですでに約 8% 以上低下した. その後, ゆるやかな減少に変化している. 図 8 のデータから式 (3) により求められた除去率 γ R の変化を求めた結果を図 9 に示す. これにより除去率もマイクロバブルを含んだ流れの方が高いことが明らかである. 洗浄時間の経過とともに除去率の増加割合は少なくなることがわかる. また, 測定時間 4 分間に対して, 水のみの流れではラード油を 35% 程度しか除去できなかったが, マイクロバブル流ではほぼ 1% 除去することができている. 他の流量条件でもマイクロバブルが含まれていない場合は除去率が多くても 4% 程度にとどまったのに対し, マイクロバブル流では常に 9% 以上の除去率が達成されており, マイクロバブルによる洗浄効果が高いことがうかがえた. Fluorescence intensity I a.u. 1..8.6.4.2 Re = 23 D = 26mm (δ = 8.94 μm, β = ) (δ = 11.7 μm, β =.84) 次に実験の途中で試験部から石英ガラスをはずし, ラード油の表面の様子を観察した. 図 1 はマイクロバブルを含まない流れとマイクロバブルを含む流れのそれぞれについて, 実験開始後 12 秒におけるラード油の様子を図 4 の装置を使って撮影した写真である. 写真は石英ガラス全体が写っているが, 実験において 45nm のレーザ光が当たっている領域は石英ガラスの中央部の直径 6mm の部分である. 写真では, 石英ガラスを透して, この 6mm の穴が見えている. 水のみの流れではガラス表面全体にラード油が残っていることが確認できる. 一方, マイクロバブル流中に挿入されていたガラス面では, ラード油がすじ状に残っているが, それ以外の部分ではラード油が除去されている様子が確認できる. これらの結果から, マイクロバブルの有無でラード油の除去過程が大きく異なることがわかる. マイクロバブル一つ一つが実際にラード油の表面に対してどのような作用を及ぼしているのかについては, 現在十分に明らかになっていないが, ミクロな現象解析を現在進めているところである. γr = ( m - m ( t ) ) / m 1..8.6.4.2 6 12 18 24 Time t s 図 8 蛍光強度の変化 Re = 23 D = 26mm (δ = 11.7 μm, β =.84) (δ = 8.94 μm, β =) 6 12 18 24 Time t s 図 9 除去率の変化 図 1 ラード油の除去の様子 4. まとめ 円管内流れにマイクロバブルを形成し, 円管内面にラード油を付着させた場合のマイクロバブル流による洗浄効果を実験的に調べた. 特に, ラード油に蛍光剤を添加し, その蛍光強度の変化から, マイクロバブルの洗浄効果を評価する方法を開発した. 得られた結論を以下に示す. 1) 通常の水流に比べてマイクロバブルを含む流れの方がラード油を除去する効果が高いことが確認でき, 明らかにマイクロバブルの存在がラード油の除去に効果があることが示された. 2) マイクロバブルを含む流れによるラード油の除去率は初期の方が大きく, 時間経過とともに徐々に小さくなることがわかった. 3) 洗浄過程のラード油の表面を観察したところマイクロバブル流ではラード油がすじ状に残っているのに対して, 水流の場合はラード油の膜がほぼ一様に除去されてゆき, 両者で洗浄のメカニズムが異なっていることが示唆された. Journal of the JIME Vol. 46,No.6(211) 84
参考文献 1) 丸山編, マイクロナノ熱流体ハンドブック, ( 平 18-2), 34-347, NTS. 2) 都並ほか 3 名, 日本高専学会誌, 13-2 ( 平 2-4), 3-8. 3) S. Liu, Q. Wang, H. Ma, P. Huang, J. Li and T. Kikuchi, Separation and Purification Technology, 71 (28), 337-346. 4) R. Latorre, A. Miller and R. Philips, Ocean Engineering, 3 (28), 2297-239. 5) 中武ほか 2 名, 機論, 73-735 (27). 2368-2374. 6) W. C. Flory and G. J. Blanchard, Journal of Society for Applied Spectroscopy, 52-4, (1998), 82-9. 7) 三田, 斎藤, 豊田中央研究所 R&Dレビュー, 28-4 ( 平 5-12), 37-47. 著者紹介 天谷賢児 日本マリンエンシ ニアリンク 学会正会員 1962 年生. 群馬大学大学院工学研究科. 東北大学大学院. 熱流体工学. 舩津賢人 日本マリンエンシ ニアリンク 学会正会員 1971 年生. 群馬大学大学院工学研究科. 東京工業大学大学院. 流体工学, 高温工学. 阿久澤博之 1987 年生. シャープ. 群馬大学大学院. Journal of the JIME Vol. 46,No.6(211) 85