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Transcription:

IFRS における適用上の論点第 27 回 IFRS2 号 株式に基づく報酬 の適用範囲 有限責任あずさ監査法人 IFRSアドバイザリー室パートナー 山邉道明 有限責任あずさ監査法人 IFRSアドバイザリー室シニアマネジャー 浅井美公子 1. はじめに本連載では 原則主義 であるIFRSを適用する際に判断に迷うようなケースに触れてきました 我が国において 株式に基づく報酬を役員報酬又は従業員給付の一部として付与する企業は 欧米諸国ほど多くはないものの 少なくはありません 第 27 回となる本稿では 株式に基づく報酬に関する財務報告全般を規定するIFRS2 号 株式に基づく報酬 の適用範囲をテーマに 基準書には詳細が規定されていないために実務上論点となることが多い点をいくつかご紹介します なお 文中意見にわたる部分は筆者の私見であること 及び文中にある当法人の見解については随時見直しが行われる可能性があることを予めお断りします 2. IFRS2 号の適用範囲と会計処理株式に基づく報酬取引 ( 以下 株式報酬取引 ) とは 企業が受け取った財又はサービスの対価として株式に基づく報酬を支払う取引をいいます 我が国の会計基準の下では 自社株式オプションや自社の株式を対価とする取引 ( 持分決済型の株式報酬取引 ) についてのみが ストック オプション会計基準において規定されています これに対して IFRS2 号の適用範囲には このような持分決済型の株式報酬取引だけでなく 自社 ( 又は他のグループ企業 ) の資本性金融商品の価格を基礎とする現金又は他の資産を支払うことにより決済する取引 ( 現金決済型の株式報酬取引 ) や 企業又は取引相手が 持分決済型と現金決済型のいずれかの形態で決済することを選択できる取引 ( 現金選択権付の株式報酬取引 ) も含まれます 株式報酬取引において企業が受け取った財又はサービスは 財を獲得した時点で又はサービ スを受ける期間にわたって認識します これに対する貸方の項目は 持分決済型の株式報酬 取引では資本 現金決済型の株式報酬取引では負債の増加として それぞれ認識します

2 (1) 持分決済型の株式報酬取引持分決済型の株式報酬取引において受け取った財又はサービス及び対応する資本の増加は 原則 受け取った財又はサービスの公正価値により直接測定します ただし 従業員から受けるサービスの場合は 通常公正価値を直接的に測定することが不可能であるため 付与した資本性金融商品の付与日現在の公正価値を参照して測定します なお 当初認識後は資本性金融商品の公正価値の再測定は行いません (2) 現金決済型の株式報酬取引現金決済型の株式報酬取引において受けとった財又はサービス及び対応する負債の増加は その負債の公正価値 ( 通常は 資本性金融商品を基礎とした現金支払い義務の公正価値 ) で測定し 決済されるまでの各報告期間の末日及び決済日において再測定を行います 公正価値の変動は当期純利益として認識します 3. 株式報酬取引と株主として行う取引の相違 IFRS2 号の適用範囲には 取引相手が企業の株主として行う取引 は含まれません ただし 取引相手が企業の株主として行う取引 に関する具体的な詳細について基準は明示していないため 取引相手が他の株主が支払う金額と同額で資本性金融商品を取得するような場合に この取引が株主として行う取引なのか 株式報酬取引なのかを識別することが容易でないことがあります 当法人の見解では 契約に以下のいずれかの要件が含まれる場合に 資本性金融商品の取得は 株主として行う取引ではなく IFRS2 号の適用範囲である株式報酬取引となります 株価の上昇による便益の受領が将来の勤務を条件とする ( 勤務条件 ) 従業員株主のみに適用する買戻条件が付されている

3 設例 1 企業 Aは 自社株式の付与日の公正価値の現金と交換に 従業員に対して株式を付与しました 雇用主は 従業員の退職に際して以下に基づいて当該株式を買い戻すことが要求されます 付与日後 3 年経過前 : 付与日の株価と買戻日の株価のいずれか低い価格 付与日後 3 年経過後 : 買戻日の株価従業員によるA 社株式の取得は 企業の株主として行う取引でしょうか 株式に基づく報酬取引でしょうか この取引においては 3 年間にわたって勤務を提供する場合にのみ将来の株価の上昇による便益を受けることができるという勤務条件が含まれています また 勤務を前提とした買戻条件は従業員株主にのみ適用されることから 当法人の見解では この取引は株主として行う取引ではなく 株式報酬取引に該当します 4. 株式に基づく報酬と従業員給付の相違 1. に記載のとおり IFRS2 号の適用範囲には 持分決済型だけでなく 現金決済型の株式報酬取引も含まれます ただし どのような場合に現金又は他の資産の支払いが資本性金融商品の価格又は価値と基礎とすると言えるかに関する具体的な指針は基準にはありません 従業員に対する現金の支払いが 資本性金融商品の価格又は価値を基礎としないと判断した場合 その支払いはIFRS2 号の株式に基づく報酬取引としてではなく IAS19 号の範囲内である従業員給付として会計処理されます いずれの会計基準の下でも 計上される費用の総額は給付総額となるため差異は生じませんが 認識のタイミングや開示規定に相違が生じるため 留意が必要となります 以下では 従業員に対する現金の支払いが 資本性金融商品の価格又は価値を基礎とするか否かの判断に迷うケースについて紹介します (1) 現金の支払額の算定日 IFRS2 号は 支払額がどの時点の資本性金融商品の価格又は価値に基づいている場合に株式報酬取引となるかに関して明示していません 支払額は契約上 権利付与日 権利確定日及び決済日だけでなく それ以外の日における資本性金融商品の価格又は価値に基づいて算定されることもあると考えられます 当法人の見解では 決済に際して支払われる金額が 資本性金融商品の付与日における企業の資本性金融商品の価値に基づく金額から 決済日における企業の資本性金融商品の価格に基づく金額へと変動する場合 その取引は株式報酬取引の定義を満たします 例えば 上述の設例 1のケースでは 従業員は勤務条件を満たした場合にのみ株価の上昇による便益を受けられ 条件を満たした場合の雇用主の買戻金額が 付与日から決済日に

4 おける企業の資本性金融商品の価値の変動に基づいているため 当法人の見解では この取引は株式報酬取引と判断されます (2) 株価が観察できない場合の現金の支払い従業員への現金の支払いが 資本性金融商品の価値の概算に基づく場合があります 例えば 非公開企業の純資産の増加 ( すなわち 株主資本の変動 ) に基づく現金の支払いは 株式報酬取引として会計処理すべきでしょうか それとも利益分配として会計処理すべきでしょうか 当法人の見解では 企業の純資産価額が当該企業自身の資本性金融商品の公正価値を反映していない場合 当該取引は実質的な従業員給付として会計処理することが求められます 例えば 純資産の変動が主として営業活動による純損益を表し 資産及び負債の公正価値の変動を含まない場合 当該企業の純資産価額は資本性金融商品の公正価値を反映せず したがって利益分配として会計処理します 純資産の変動が 企業が保有するすべての資産及び負債の公正価値の変動を実質的に含んでいる場合は 純資産価額が当該企業自身の資本性金融商品の公正価値を反映しており 当該変動は実質的に資本性金融商品の公正価値の変動を表すと考えられるため この取引は 株式報酬取引として会計処理することになると当法人は考えます ただし これらの判断は個々の事実と状況を検討して行う必要があります 当法人の見解では 純資産の変動が企業の資本性金融資産の価値の変動と実質的に同じであることは限定的な状況に限られます 設例 2 20X1 年 1 月 1 日 公正価値で測定される金融資産及び金融負債のみで構成される投資ビークルである金融機関 Bは 20X1 年 12 月 31 日から20X3 年 1 月 1 日における純資産額の増加額に等しい現金を支払う権利を従業員に付与しました 従業員が給付を受けるには 付与日から20X3 年 1 月 1 日まで継続して従業員であることが求められます 金融機関 Bによる現金の支払いは どのように会計処理すべきでしょうか 金融機関 Bは 保持する金融資産及び金融負債のすべてを公正価値で測定するものの 従業員のスキルや経験に関する内部創設のれん等の未認識資産が存在すると考えられることから 金融機関 Bの資本性金融商品の価値は純資産額に限定されるわけではありません すなわち 金融機関 Bの純資産額の変動に基づく支払いが 資本性金融商品の価値の変動に基づく支払いと同額になるとは見込まれないため 当法人の見解では この支払いは利益配分として会計処理します (3) 株価に依存する現金の支払いと株価に基づく現金の支払い現金の支払いが株価に依存するものの 株価に基づかない場合があります 例えば 向こう 1 年間の株価が一定レベルを下回らない場合 従業員は事前に定められた金額の現金の支払いを受ける権利があるとします 株価がその一定レベルを下回った場合には 従業員は支

5 払いを受ける権利がなくなります 当法人の見解では この場合の現金の支払いは株価に依存するものの 株価に基づきません したがって この現金の支払いは株式に基づく報酬ではなく IAS19 号の範囲に含まれる従業員給付として会計処理することが適切となります これに対して 従業員が権利確定日の株価に等しい金額で支払いを受ける権利を有する場合 当該従業員は株価の上昇による便益すべてを受ける権利を得ることになります 当法人の見解では 株価又は株価変動の一次関数として決定される支払いは株価に基づいているため 当該支払は株式に基づく報酬として会計処理します 例えば 株価の一定割合 ( 例 : 株価の60%) の支払いを受ける権利を従業員に付与した場合 当該支払いは資本性金融商品の価値に基づくという定義を満たします 現金の支払額の算定方法が これらの両極端な方法の間にある場合は 資本性金融商品の価格又は価値と連動するか否かの判断が求められます 設例 3 企業 Cは従業員に対して現金による賞与を受け取る権利を付与します 支給額は以下のように 年度末に達成された株価によって決まります 株価が10を下回る場合 :0 株価が10と12の間にある場合 :1,000 株価が12を上回る場合 :1,500 企業 Cによる従業員への賞与を受け取る権利は どのように会計処理すべきでしょうか 当法人の見解では 一定の範囲 (10と12の間) 内での株価変動は 賞与支給額の変動を生じさせないため 株価と賞与支給額が十分に連動しないことから この賞与の支給は株式に基づく報酬には該当しません したがって IAS19 号の適用範囲である賞与として会計処理すべきと考えます (4) 上限が設けられた支払い契約によっては 企業の株価に基づく支払いを行うものの その支払額に上限が設けられる場合があります 当法人の見解では 将来の支払額が主に株価に基づくと予測される場合には 株式に基づく報酬として会計処理します また 支払額が主に株価に基づくと予測されるか否かを判断するには 設定される上限のレベル 株価の予測変動率及び付与日の株価を検討することが必要となると当法人は考えます すなわち 付与日において 支払額の上限の算定基礎となる株価の上限が 予測変動率を考慮した株価の予測上限額を十分に上回っている場合 支払額は主に株価に基づくと判断されると考えます

6 設例 4 20X1 年 1 月 1 日に 企業 Dは従業員に対して賞与を受け取る権利を付与しました 付与日における株価は100であり 当該賞与は D 社の20X1 年 12 月 31 日 ( 権利確定日 ) の株価の 30% とします ただし 株価が150を上回った場合 支払いは45(150 30%) に制限されます 株価の予想変動率が20% であると仮定し 年度末に株価が90から135に収まる確率は67% となるとします D 社が付与した賞与を受け取る権利は どのように会計処理すべきでしょうか 反証がない限り 株価が90から135を外れる確率は33%(100%-67%) ですが 150を上回る確率はさらに小さくなるため 支払額の上限の算定の基礎となる株価の上限が 株価の予測変動率を考慮した株価の予測上限額を十分に上回る場合に相当すると当法人は考えます このため 当該賞与は株式報酬取引として会計処理することになります 5. おわりに本稿では IFRS2 号の 中でもその適用範囲を中心に いくつかの論点をご紹介しました 一見 通常の資本性金融商品の発行や従業員への給付と思われる取引について IFRSでは 株式報酬取引として会計処理することが求められる場合や 基準の規定のみでは株式報酬取引か否かの判断が難しく慎重な検討が必要となる場合があることについてご理解いただけたと思います 本稿が皆さまの実務の参考になりましたら幸いです なお IFRSの文言だけでは適用上の判断に迷うようなケースについて具体例を示しながらご紹介した本連載は 一旦休止させていただきます 長い間ご愛読いただき ありがとうございました 編集 発行 有限責任あずさ監査法人 IFRS アドバイザリー室 azsa-ifrs@jp.kpmg.com ここに記載されている情報はあくまで一般的なものであり 特定の個人や組織が置かれている状況に対応するものではありません 私たちは 的確な情報をタイムリーに提供するよう努めておりますが 情報を受け取られた時点及びそれ以降においての正確さは保証の限りではありません 何らかの行動を取られる場合は ここにある情報のみを根拠とせず プロフェッショナルが特定の状況を綿密に調査した上で提案する適切なアドバイスをもとにご判断ください 2014 KPMG AZSA LLC, a limited liability audit corporation incorporated under the Japanese Certified Public Accountants Law and a member firm of the KPMG network of independent member firms affiliated with KPMG International Cooperative ( KPMG International ), a Swiss entity. All rights reserved. The KPMG name, logo and cutting through complexity are registered trademarks or trademarks of KPMG International. www.kpmg.com/jp/ifrs この IFRS における適用上の論点第 27 回 IFRS2 号 株式に基づく報酬 の適用範囲 は 週刊経営財務 3179 号 (2014 年 9 月 15 日 ) に掲載したものです 発行所である税務研究会の許可を得て あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので 他への転載 転用はご遠慮ください