日口内誌第 22 巻第 1 号 :24 28,2016,6 月 症例報告 下顎歯肉に発症したメトトレキサート関連リンパ増殖性疾患の 1 例 齋藤太郎 1,2) 笠井直栄 2) 髙木律男 1) 抄録 : メトトレキサート (MTX) による副作用の一つに MTX 関連リンパ増殖性疾患があるが, 口腔内での発生はまれである 今回, 下顎歯肉に生じた潰瘍が経過とともに骨露出を呈したため, 生検を行い本疾患が示唆され,MTX の休薬により病変が消失した症例を経験したので報告する MTX 内服中の患者の歯肉に生じた潰瘍性病変では, 骨露出がなくとも本疾患を考慮し, 早期から病理組織検査を含めて総合的に診断することが肝要と考えられた キーワード : メトトレキサート, リンパ増殖性疾患, 潰瘍性口内炎 緒 近年, 関節リウマチ (RA) 治療においてメトトレキサート (MTX) は標準治療薬の 1 つとなっており, 使用頻度は増加している その結果, 有効性とともに副作用として MTX 関連リンパ増殖性疾患 (MTX-associated lymphoproliferative disorders:mtx-lpd) の報告が散見されるようになり,RA 治療のガイドライン 1) では MTX の重篤な副作用の一つとしてあげられている 今回, われわれは下顎歯肉に発生した MTX-LPD で, 当初は非特異的な潰瘍を呈した 1 例を経験したので概要を報告する 症 患者 :82 歳, 男性 主訴 : 左側下顎歯肉の疼痛 初診 :2014 年 11 月 既往歴 :RA のため 2007 年 6 月から MTX(6 mg/ 週 ) およびプレドニゾロン (2.5mg/ 日 ) を内服していた 現病歴 :2014 年 10 月下旬, ブラッシング時に左下臼歯部の疼痛を自覚し近医開業歯科を受診した 左下 5,6 頬側歯肉に潰瘍を認め, 経過をみていたものの改善しないため, 同年 11 月上旬に当科紹介され初診した 現症 : 全身所見 ; 身長 162cm, 体重 54.5kg, 栄養状態は良好 RA は関節痛や CRP の上昇を認めずコントロール良好であった 口腔外所見 ; 顔貌は左右対称, 顔色は良好であり, 頸部リンパ節は触知しなかった 口腔内所見 ; 左下 5,6 頬側歯肉に 15 10mm の潰瘍が 1) 新潟大学大学院医歯学総合研究科顎顔面口腔外科学分野 ( 主任 : 髙木律男教授 ) 2) 由利組合総合病院歯科口腔外科 ( 主任 : 笠井直栄診療部長 ) [ 受付 :2016 年 1 月 22 日, 受理 :2016 年 5 月 24 日 ] 言 例 あり, 接触痛を認めた 潰瘍の中心は白色を呈していたが骨は露出していなかった 左下 5,6 の動揺はなく, 歯周ポケットは 3 4 mm であった 左下 5,6 の辺縁歯肉に腫脹や発赤は認められなかった 血液検査所見 : 白血球数は 6,000/ l,crp は 0.33mg/ dl,ldh は 195IU/l と基準値内であったが, 赤沈は 19mm/ h と亢進していた 画像所見 : デンタル X 線およびパノラマ X 線で左下 5, 6 間の歯槽骨の一部に粗造な骨吸収像が認められた ( 図 1) 細胞診 :Papanicolaou 分類 Class II 臨床診断 : アフタ性口内炎 処置および経過 : 画像所見で一部粗造な骨吸収像を認めたため腫瘍性病変を疑ったものの, 潰瘍は骨吸収部の下方に存在し, 細胞診で異形細胞を認めなかったことからアフタ性口内炎と診断し, アズレンスルホン酸ナトリウム水和物含嗽剤およびアジスロマイシンを処方した 7 日後の再診時, 潰瘍の性状および大きさに変化はなく, 経過観察の継続とした しかし初診から 14 日後, 左下 5,6 頬側歯肉に骨の露出および潰瘍周辺の歯肉に隆起が生じていたため, 再度腫瘍性病変を疑い生検を施行した ( 図 2) 病理組織学的所見, 臨床所見,MTX の内服中であることから MTX-LPD を疑い,MTX 処方医である当院整形外科と休薬について相談した また, 当院内科への全身スクリーニングを依頼し, 全身の造影 CT を撮影したが口腔内以外に異常所見は認められなかった 口腔内の病変は MTX 休薬後 9 日目に潰瘍周辺の隆起の平坦化を認めた 休薬後 21 日目には潰瘍近心の露出した骨は分離 脱落し, 潰瘍は上皮化傾向を示した 休薬後 35 日目には潰瘍はほぼ上皮化しており周辺の隆起も消失していた ( 図 3) 以後, 現在まで病変の再燃は認められず,MTX を休薬しているが, 関節痛の再燃や CRP の上昇を認めず,RA のコントロールは良好である
22 巻 1 号 下顎歯肉に発症した MTX 関連リンパ増殖性疾患 25 図 1 Dental radiography The alveolar bone of the mandibular left second premolar and the first molar presented a erosive bone resorption. 図 2 Intraoral image, 14 days after the first examination A bone exposure in the mandibular left second premolar and first molar gingival region and a tuber around the ulcer were observed. 図 3 The size of bone exposure in the lesion was gradually reduced after withdrawal of Methotrexate (A: after 9 days, B: after 21 days, and C: after 35 days) 病理組織学的所見 : 上皮が欠損した潰瘍性病変に炎症性細胞の浸潤が認められ, それらの細胞に混在する軽度の異型性をしめす大型のリンパ球が散見された 免疫組織化学的検索では CD3 と CD79a はともに陽性でモノクロナリティーは認めなかったが, 大型のリンパ球は CD30 と Epstein Barr virus latent membrane protein 1 が陽性であった ( 図 4A E) 病理組織学的診断 :Epstein Barr virus 陽性リンパ増殖症 最終診断 :MTX-LPD 考察 MTX-LPD は,1991 年に Ellmanら 2) によって MTX の長期投与により生じるリンパ増殖症として報告された その後 MTX-LPD として独立した疾患概念となり,2008 年の WHO 造血器腫瘍分類 3) では他の医原性免疫不全関連リンパ増殖性疾患の 1 つに分類された MTX は RA に対する標準治療薬の 1 つとなっており,RA 罹患者数が多いことから MTX-LPD の 85% が RA 治療中に発症している が, 尋常性乾癬や皮膚筋炎の治療中に発症した報告例もみられる 3) 発症の原因は解明されていないが,MTX の使用とともに約半数で Epstein Barr virus(ebv) の感染が認められ, 本邦における口腔領域発生の MTX-LPD についても全例で EBV の感染が認められていることから 4),EBV と本疾患には何らかの関連性があると考えられている 今回の症例でも病理組織学的に炎症性細胞に混在して EBV 陽性の異型リンパ球が散見され, 診断の一助となった 発生部位については, 全身では消化管, 皮膚, 肺等が, 頭頸部領域では歯肉, 舌, 口底等が報告されている 3) したがって, 今回の症例では歯肉にのみ生じていたが, 口腔内だけでなく全身の検索も必要と考えられる なお, 口腔内では小畑ら 4) が本邦における口腔領域発生の MTX-LPD について文献的検討を行ったところ,17 例の報告のうち歯肉が 14 例, 舌と口底が 1 例ずつ, 頬粘膜から頬部皮膚にかけて広範囲に認めた症例が 1 例であり, 今回の症例も好発部位に生じていたことになる 臨床診断のための所見として, 本症例では当初非特異的
26 齋藤太郎 他日口内誌 2016 年 図 4 Histopathological results of biopsy (A: Hematoxylin eosin stain, 400; B: CD3; C: CD79a; D: CD30; and E: EBV latent membrane protein 1, 200) A: Large lymphocytes with mild atypia were observed. B, C: CD3 and CD79a were positive and monoclonality was not observed. D, E: For large lymphocytes, CD30 and EBV latent membrane protein 1 were positive. な潰瘍を呈しており口内炎と診断した しかし, 経過とともに骨の露出を認めたため生検を施行した この点に関して小畑ら 4) も主な症状は, 疼痛, 潰瘍形成, 骨の露出であったとしており, 本症例も最終的には部位 形態ともに典型的な経過をとったと考えられる 一方, 歯肉以外に発生する症例は骨の露出を伴わないため,MTX-LPD ではなく MTX による口内炎と診断されている症例が存在する可能性も考えられる 発生形態としては, 約半数がリンパ節外で認められるとされるため 3),MTX 使用中の口内炎では早期に血液検査や病理組織検査にて組織型や EBV 感染の有無を確認し, 診断を得ることが肝要であると考えられた 病理組織所見としては反応性の多形性リンパ増殖症と考えられるものから明らかなリンパ腫と診断できる病変まで多彩な組織像を示すが, びまん性大細胞型 B 細胞性リンパ腫 (diffuse large B cell lymphoma:dlbcl) が多いとされている 3) 小畑ら報告でも約 8 割が DLBCL とされている 4) この点に関して今回の症例では, 腫瘍性増殖は認めないものの, 炎症性細胞に混在し EBV 陽性の軽度の異型性を示す大型のリンパ球が散見された 治療に際しては MTX 休薬による免疫抑制状態の改善により寛解する場合があり, 特に EBV 陽性の場合はその率が高いと言われている 5) そのため本疾患の治療法は, まず 2 週間程度の MTX 休薬を行い, 改善が認められる場合は休薬を継続し経過観察を行うが, 改善が認められない場合は専門医に相談し化学療法等の検討が必要となる 1) 小 畑ら 4) の報告では口腔領域発生の MTX-LPD では約 6 割が休薬のみで改善したが,4 割は化学療法や放射線療法を必要とし, 現病死が 1 例あったとしている 今回の症例では休薬により症状の改善がみられた しかし,MTX 休薬によって病変が消失した場合でも長期経過後に再発したとする報告もあり 6), 担当医師との連携のもと定期的な経過観察が必要と言える 結 MTX-LPD の 1 例を報告した MTX 内服中の患者の口腔内に潰瘍性病変が生じた場合は, 本疾患を考慮し早期に病理組織検査を施行し診断を得ることが肝要と考えられた 謝辞稿を終えるにあたり, 本症例の診断に対して御教授いただきました由利組合総合病院検査科杉田暁大先生に深謝いたします 本論文の要旨は第 25 回日本口腔内科学会学術大会 (2015 年 9 月, 吹田市 ) において発表した 文 1) 一般社団法人日本リウマチ学会 MTX 診療ガイドライン策定小委員会 : 関節リウマチ治療におけるメトトレキサート (MTX) 診療ガイドライン 2011 年版, 羊土社, 東京,2012, 8 10,53 54 頁. 2)Ellman MH, Hurwitz H, Thomas C, et al : Lymphoma developing in a patient with rheumatoid arthritis taking low 論 献
22 巻 1 号 下顎歯肉に発症した MTX 関連リンパ増殖性疾患 27 dose weekly methotrexate. J Rheumatol 18:1741 1743, 1991. 3)Swerdlow SH, Campo E, Harris NL, et al : WHO Classification of Tumours of Haematopoietic and Lymphoid Tissues. 4th ed, IARC Press, Lyon, 2008, pp. 335 351. 4) 小畑協一, 岸本昂治, 西山明慶, 他 : 上顎歯肉に発生したメトトレキサート関連リンパ増殖症の 1 例. 日口外誌 61: 20 24,2015. 5) 角卓郎 : メトトレキサート (MTX) 関連リンパ増殖性疾患. 日耳鼻 116:734 735,2013. 6)Kojima M, Itoh H, Hirabayashid K, et al : Methotrexateassociated lymphoproliferative disorders. A clinicopathological study of 13 Japanese cases. Pathol Res Pract 202: 679 685, 2006. 別冊請求先 : 齋藤太郎 951 8514 新潟県新潟市中央区学校町通 2 5274 新潟大学大学院医歯学総合研究科顎顔面口腔外科学分野
28 齋藤太郎 他日口内誌 2016 年 Methotrexate-associated Lymphoproliferative Disorder of the Mandibular Gingiva: Report of a Case Taro SAITO 1,2), Naoei KASAI 2), and Ritsuo TAKAGI 1) 1) Division of Oral and Maxillofacial Surgery, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences (Chief: Prof. Ritsuo TAKAGI) 2) Department of Dentistry and Oral-Maxillofacial Surgery, Yuri Kumiai General Hospital (Chief: Dr. Naoei KASAI) J. Jpn. Oral Medicine, 22:24 28, 2016 Abstract:Methotrexate (MTX)-associated lymphoproliferative disorder is one of the side effects of MTX, and their reports in the oral cavity are rare. We report a case in which an ulcer in the mandibular gingiva gradually caused a bone exposure. The diagnosis was suggested by biopsy. The lesion disappeared after the withdrawal of MTX. In the treatment of the ulcerative lesions without bone exposure in a patient receiving MTX, this side effect should be taken into consideration, and the general diagnosis should involve a histopathological examination at an early stage. Key words:methotrexate, lymphoproliferative, ulcerative stomatitis Reprint requests to Taro SAITO, Division of Oral and Maxillofacial Surgery, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences, 2 5274, Gakkocho-dori, Chuo-ku, Niigata, 951 8514, Japan. Received January 22, 2016:Accepted May 24, 2016