視線誘導施設の整備の経緯と効果について - 冬期道路におけるヒューマンファクターの視点から- 北海道開発土木研究所道路部防災雪氷研究室 松沢 勝 加治屋安彦鈴木武彦 1. まえがき北海道では 1980 年代以降 除雪車両の高速化 除雪作業の効率化に伴い 除雪作業時の除雪幅を示す施設として固定式視線誘導柱 ( 矢羽根 ) が常設の道路付属施設として広く導入され 平成 15 年 8 月現在 国道において 9 万本が整備されている 近年 固定式視線誘導柱 ( 矢羽根 ) は 視程障害時の一般ドライバへの視線誘導機能も有していると考えられてきている 本論文では固定式視線誘導柱の機能や役割の変化 及び道路除雪の高速化等に伴う形状や技術開発に関する経緯を整理するとともに これまでの調査事例が少ない冬期道路での視線誘導機能についてアイカメラを用いた視線挙動調査から検証を行った結果を報告する 2. 固定式視線誘導柱の歴史的経緯 2.1. 道路除雪のための日本における最初の視線誘導施設第二次世界大戦直後の昭和 20 年 (1945 年 ) に 日本で始めてと言われている本格的な機械除雪が 占領軍の命令の下 札幌市内の一部と札幌 - 小樽間 札幌 - 千歳間で行われた 飛行場用に設計された写真 2-1 のように造りが大きく小回りの利かない除雪機械であったため 当時の狭く凹凸のある砂利路には不向きで 車輪が側溝にとられて自力脱出できなくなる事故が度々繰り返された そこで 側溝の位置に垂木の頭に笹の葉を束ねた白黒の平行縞模様の視線誘導標を立て目印にしたが 設置間隔が大きすぎたこともあってか 当時の黒っぽい背景の家屋や樹木と見分けがつけ難くて吹雪には無力であった ( 森田 1988) 昭和 21 年 (1946 年 ) には赤と白を 30cm に塗り分けた平行縞模様の視線誘導標が使われるようになった 赤白の模様は現在の固定式視線誘導柱に引き継がれている このように 最初は市街地で始まった視線誘導施設であるが 現在市街地では 建造物が目印になり道路が改良されて側溝も無くなりかつ視程障害も少ないため ガ ードレールや植樹帯及び消火栓等の位置を示すための冬期間だけの仮設ポールがされるようになった その一方 除雪区間が急激に伸びた郊外では 除雪作業が高速化のためもあって視線誘導標は急速に設備されるようになっ 写真 2-1 くろがね号 ( 愛称 ) 旧軍の飛行場からかき集めた大型除雪車 V 型プラウとロータリー式ブロワーとが取り替えられ両用に使われた Masaru MATSUZAWA, Yasuhiko KAJIYA,Takehiko SUZUKI
ていった ポールの形や色もさまざまで 赤白や黄色と黒の平行縞模様 黄色いポールの頭部を短い角柱にしてその部分を反射材としたデリネーター形式やデリネーターを兼用して冬は高く伸ばし 夏には低くするなどスノーポールには幾つかのタイプがあった そして冬に設置し夏に撤去するのが一般的であった 2.2. 固定式視線誘導柱の始まり除雪機械はますます高速化したことにより 路肩のスノーポールは除雪によって倒されたり損傷したりすることが多くなった またスノーポールぎりぎりに除雪するため 一般の交通に対する危険もあった これらのことを避けるため 昭和 40 年 (1965 年 ) 頃にはオーバーハングの支柱に除雪端を示すポインターとして赤白模様の矢羽根 ( 写真 2-2) を付けた視線誘導柱が使われるようになった 当初は冬期間のみの設置し 夏には撤去する簡易なものであった 昭和 55 年 (1980 年 ) には固定式が使われ始め 除雪作業だけでなく 視線誘導標 ( デリネーター ) と同じように矢羽根に反射材を用いることで 一年を通して一般車両の視線誘導を意識したものになった また ポインターとして矢羽根が使われるようになったのは 支柱がオーバーハングになってからであるが 赤白模様を基本としていても形や大きさは微妙に変わってきた 稚内開発建設部の提唱で 平成元年 (1988 年 ) には角が鋭い矢羽根 ( 写真 2-3) のとげとげしさを和らげるために丸みを帯びたもの ( 写真 2-4) が使われ始めた また 矢羽根を中心から左右に 15 度折り曲げると両面が同時に着雪するのを防ぐ効果が野外実験で明らかになったため ( 竹内 野原 1986) 昭和 63 年 (1987 年 ) からは新規に設置する固定式視線誘導柱に着雪防止として採用されるようになった さらに北海道開発局では平成 3 年 ( 1991 年 ) にオーバーハングの固定式視線誘導柱を標準タイプとして 北海道開発局標準設計図集に掲載した このように 除雪作業の路端を明示するスノーポールから除雪機械の高速化に伴うオーバーハング化 一般ドライバを意識した丸みや赤白以外の色 自発光化など 視線誘導機能の充実と環境への配慮した技術開発が現在も進んでいる 写真 2-2 オーバーハング初期の頃昭和 40 年頃の特徴を残した 細く小さい固定式視線誘導柱 景観を妨げるほどの存在感はない ( 平成 15 年 一般国道 239 号 ) 写真 2-3 矢の部分が大きいタイプ標準タイプの固定式視線誘導柱に取り付けられた角の鋭い赤白平行縞模様の矢羽根 ( 平成 15 年 一般国道 243 号 ) 写真 2-4 角を丸めたタイプとげとげしさを和らげるため角を丸めた矢羽根平成元年から始まった ( 平成 15 年 一般国道 232 号 )
3. 固定式視線誘導柱の視線誘導機能の検証 除雪作業時の除雪幅を示す施設として導 入された固定式視線誘導柱であったが 近年は 固定式視線誘導柱が有する視線誘導機能 視程障害時に最もたよりにするもの 7% 2% 1% にも注目が向けられている 谷口ら (2001) の行ったアンケート調査においても固定式視線誘導柱の視線誘導効果は認知度が高く ( 視線誘導標の 71% に対し固定式視線誘導柱が 92%) 除雪オペレータに比べ一般利用 30% 60% 者で特に視線誘導効果の評価が高いことが前方車テールランプ矢羽根 スノーポール路側雪堤路面タイヤ跡確認されている また北海道開発土木研究所その他 (2003) による一般道路の利用者 107 名に対して行ったアンケート調査では 図 3-1 のよ 図 3-1 視程障害時の視的目標物 うに視程障害時に最もたよりにするものとして 矢羽根 スノーポール (30%) が 前走車 テールランプ (60%) に次いで高い結果が得られている 一方 視線誘導機能に関する分析については 今までアンケート調査が主であり 実際に ドライバが走行中に固定式視線誘導柱を注視しているかどうかは確認されていない 本調査 ではアイカメラを用いて視程障害時におけるドライバの視線挙動調査を行い 固定式視線誘 導柱による視線誘導機能を検証した 3.1. 視線挙動調査の概要調査区間は札幌近郊の一般国道 337 号とし 吹雪による視程障害発生時に視線挙動調査を実施した 調査では北海道開発土木研究所の所有する視程障害移動観測車 ( 図 3-2) を用い 日常的に運転を行っているドライバを被験者として視線挙動を記録した また運転時の道路状況を把握するため 道路上の視程 ビデオカメラによる道路前方の画像を同時に記録した なお被験者には調査目的を伝えず 日常的な運転を行うように指示を行った 視線挙動調査の実施状況を写真 3-1 に示す 3.2. 調査結果の整理視線挙動調査結果については注視した視的目標物を把握するため 視野角 2 以内の位置に 0.1 秒以上視点が停留した場合を注視と定義し 各走行区間における注視点を求めた また図 3-1 でも示されたように 前方の走行車両による視線挙動への影響も大きいと考えられるため 道路状況 ( 視程 前方走行車両の走行車線 観測車の走行車線 ) についても整理を行った ビデオカメラ ハンドル操舵角 視程計 風向風速計 GPSセンサ 温度計 磁気方位センサ 加速度計 アクセル踏量 ブレーキ踏力 車速センサー 図 3-2 視程障害移動観測車 写真 3-1 視線挙動調査状況
3.3. 固定式視線誘導柱への注視状況の分析 調査結果より道路線形 車線数 固定式視線誘導柱の本数などの条件がほぼ同様の区間を 抽出し 道路状況と固定式視線誘導柱への注視状況を表 3-1 に示した 表 3-1 道路状況と固定式視線誘導柱への注視状況 事 道路状況 ( いずれも片側 2 車線区間 ) 固定式視線誘導柱の注視状況 例 視程 前方走行車両 走行車線 注視本数 区間上の本数 注視時間 1 約 50m なし 左車線 1 本 3.2 秒 2 約 50m なし 左車線 1 本 0.8 秒 3 約 50m なし 左車線 2 本 1.1 秒 4 約 60m 左車線にあり 見えなくなる 左車線 1 本 0.2 秒 5 約 70m 左右両車線にあり 左車線 0 本 6 約 70m 右車線にあり 左車線 1 本 0.8 秒 7 約 80m 左車線にあり 右車線 0 本 4~5 本 8 約 100m 左右両車線にあり 左車線 1 本 0.1 秒 9 約 150m 左車線にあり 左車線 0 本 10 約 150m 左車線にあり 右車線 0 本 11 約 150m 左車線にあり 左車線 0 本 12 約 200m 左車線にあり 右車線 0 本 13 約 200m 左車線にあり 左車線 0 本 (1) 視程障害時に前方走行車両がない場合表 3-1 より視程が 100m 未満まで低下するような事例で固定式視線誘導柱の注視が目立ち 特に前方走行車両がない場合に注視時間が長くなることが確認された 視程障害時に前方走行車両がない場合には 写真 3-2 のように道路端を確認できなくなるため 道路端を示す固定式視線誘導柱への注視割合が高くなると考えられる (2) 視程障害時に前方走行車両がある場合被験者の走行車線に前方走行車両がある場合には 表 3-1 のように視程が 100m 未満まで低下しても固定式視線誘導柱を注視していない事例が目立つ 固定式視線誘導柱を注視した事例 4 の場合にも 固定式視線誘導柱に注視したのは写真 3-3 のように前方走行車両が見えなくなってからであり 前方走行車両を確認できる間は固定式視線誘導柱を注視しなかった 前 固定式視線誘導柱写真 3-2 事例 2 の視線挙動固定式視線誘導柱写真 3-3 事例 4 の視線挙動
方走行車両がある場合には 固定式視線誘導柱より前方走行車両を注視する傾向があることは 図 3-1 のアンケート結果をあわせて考慮すると妥当と考えられる 一方 前方走行車両が被験者の走行車線と異なる車線にのみある場合 ( 事例 6,7,10,12) には 走行車線によって結果が異なった 固定式視線誘導柱を注視した事例 6 の場合固定式視線誘導柱には 前方走行車両が中央分離帯側の車線を走行しており 写真 3-4 のように左側道路端が確認できず 自分の走行位置を確認するため 固前方走行車両 ( 右車線 ) 定式視線誘導柱を注視したと考えられる 逆に 前方走行車両が左車線を走行し 被験写真 3-4 事例 6 の視線挙動者が右車線を走行している事例では ( 事例 7, 10,12) ドライバは 固定式視線誘導柱を注視していない これは 中央分離帯が有力な視線誘導物として機能していることで自分の走行位置を把握できるためと考えられる 3.4. まとめ道路状況と固定式視線誘導柱への注視状況の分析結果は次のようにまとめられる 1 固定式視線誘導柱は視程が 50m 程度の厳しい視程障害時に注視され 視的目標物となっていた 2 被験者の走行車線上に前方走行車両がある場合には 被験者は前方走行車両を注視する傾向にあった 3 被験者の走行車線と異なる車線に前方走行車両がある場合で 被験者が左車線を走行し 右車線に前方走行車両がある場合には 被験者は固定式視線誘導柱を注視することがあった 逆に 被験者が右車線を走行している場合は 被験者が固定式視線誘導柱を注視することはなかった 4 アンケート結果をあわせて考えると 前方走行車両がある場合は 前方走行車両を頼りに走行する しかし 厳しい視程障害時や車群の先頭時など前方走行車両が確認できない場合や他に有力な視線誘導物が無くドライバが走行位置を把握することが困難な場合に 固定式視線誘導柱への注視割合が高くなる ( 視線誘導機能が発揮される ) と考えられる 4. あとがき本調査では固定式視線誘導柱の歴史的経緯を簡潔に整理した またドライバが視程障害時に視的目標物として固定式視線誘導柱を注視していること 前方走行車両や視程などの道路交通環境や気象状況が固定式視線誘導柱の注視に影響を及ぼしている事例が明らかになった しかし データが十分ではないので 今後のデータの蓄積によって 今回明らかになった結果を再度検証することが望ましい 一方 視程良好時における固定式視線誘導柱の視線誘導効果については不明であり 今後の課題として調査を進めていきたいと考える また今後の高齢化社会を踏まえた上で 高齢者ドライバなどの運転弱者を被験者に含め視線挙動の分析を行いたいと考えている これらの一部については 今年度も実験を行っているので 機会
を見て報告する予定である 5. 謝辞本研究の実施に当たって 視線誘導施設の歴史的経緯については ( 株 ) 雪研スノーイーターズの竹内政夫氏に多くの知見の提供をいただいた また 視線挙動実験については ( 財 ) 日本気象協会北海道支社の永田泰浩氏にご助力いただいた ここに記して謝意を表します 参考文献 1) 森田義育, 1988: 真駒内清談, 3, 北海道河川防災センター, p165. 2) 竹内政夫 野原多喜男, 1986: スノーポールの着雪防止, 土木試験所月報, 400, 37-39. 3) 谷口綾子 原文宏 神馬強志 萩原亨, 2001: 冬期視線誘導標の分類とその効果に関する意識調査について, 寒地技術論文 報告集 vol.17,Ⅱ-035. 4)( 独 ) 北海道開発土木研究所 ( 株 ) ドーコン,2003: 平成 14 年度寒冷地 AHS 研究開発検討業務報告書, 平成 15 年 3 月.