糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

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2012 年 7 月 18 日放送 嫌気性菌感染症 愛知医科大学大学院感染制御学教授 三鴨廣繁 嫌気性菌とは嫌気性菌とは 酸素分子のない環境で生活をしている細菌です 偏性嫌気性菌と通性嫌気性菌があります 偏性嫌気性菌とは 酸素分子 20% を含む環境 すなわち大気中では全く発育しない細菌のことで 通

よる感染症は これまでは多くの有効な抗菌薬がありましたが ESBL 産生菌による場合はカルバペネム系薬でないと治療困難という状況になっています CLSI 標準法さて このような薬剤耐性菌を患者検体から検出するには 微生物検査という臨床検査が不可欠です 微生物検査は 患者検体から感染症の原因となる起炎

染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

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2015 年 9 月 30 日放送 カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE) はなぜ問題なのか 長崎大学大学院感染免疫学臨床感染症学分野教授泉川公一 CRE とはカルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症 以下 CRE 感染症は 広域抗菌薬であるカルバペネム系薬に耐性を示す大腸菌や肺炎桿菌などの いわゆる

事務連絡 平成 31 年 4 月 3 日 ( 公社 ) 岡山県医師会 ( 一社 ) 岡山県病院協会 御中 岡山県保健福祉部健康推進課 セファゾリンナトリウム注射用 日医工 が安定供給されるまでの対応について このことについて 厚生労働省健康局結核感染症課及び医政局経済課から別添のとおり事務連絡があり

緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa グラム陰性桿菌 ブドウ糖非発酵 緑色色素産生 水まわりなど生活環境中に広く常在 腸内に常在する人も30%くらい ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム 薬に自然耐性 テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質など の抗菌薬にも耐性を示す傾

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割合が10% 前後となっています 新生児期以降は 4-5ヶ月頃から頻度が増加します ( 図 1) 原因菌に関しては 本邦ではインフルエンザ菌が原因となる頻度がもっとも高く 50% 以上を占めています 次いで肺炎球菌が20~30% と多く インフルエンザ菌と肺炎球菌で 原因菌の80% 近くを占めていま


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(案の2)

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グリコペプチド系 >50( 常用量 ) 10~50 <10 血液透析 (HD) 塩酸バンコマイシン散 0.5g バンコマイシン 1 日 0.5~2g MEEK 1 日 4 回 オキサゾリジノン系 ザイボックス錠 600mg リネゾリド 1 日 1200mg テトラサイクリン系 血小板減少の場合は投与

づけられますが 最大の特徴は 緒言の中の 基本姿勢 でも述べられていますように 欧米のガイドラインを踏襲したものでなく 日本の臨床現場に則して 活用しやすい実際的な勧告が行われていることにあります 特に予防抗菌薬の投与期間に関しては 細かい術式に分類し さらに宿主側の感染リスクも考慮した上で きめ細

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中医協総会の資料にも上記の 抗菌薬適正使用支援プログラム実践のためのガイダンス から一部が抜粋されていることからも ガイダンスの発表は時機を得たものであり 関連した8 学会が共同でまとめたという点も行政から高評価されたものと考えられます 抗菌薬の適正使用は 院内 と 外来 のいずれの抗菌薬処方におい

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通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

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2019 年 2 月 13 日放送 ESBL 産生菌と尿路感染症の治療戦略 岡山大学病院泌尿器科講師和田耕一郎はじめに私が頂きましたテーマは ESBL 産生菌と尿路感染症の治療戦略 です これから ESBL 産生菌の分離状況や薬剤感受性 さらに岡山大学病院泌尿器科における抗菌薬の使用例について紹介したいと思います 尿路感染症を取り巻く状況まず 尿路感染症を取り巻く状況について説明します 近年 各種抗菌薬に耐性を示す細菌の増加が国内外で大きな問題となっていることに加えて 新規抗菌薬の開発も世界的に停滞しています そのため 今後も薬剤耐性菌による感染症の治療に難渋することが予想されます 尿路性器感染症において 最も分離頻度が高く 宿主に対して強い病原性を発揮する大腸菌は 泌尿器科領域において最も重要な菌種といえます 大腸菌は DNA ジャイレースやトポイソメラーゼ IV の遺伝子上に存在するキノロン耐性化決定領域 (QRDR) に変異を生じることで フルオロキノロン系抗菌薬に耐性を示す大腸菌 ( キノロン耐性大腸菌 ) となり 主にフルオロキノロン系抗菌薬の暴露そのものがキノロン耐性の原因となります 一方 基質拡張型 β-ラクタマーゼ (ESBL) の遺伝子を獲得することによって ESBL を産生するようになった細菌を ESBL 産生菌とよび 大腸菌やクレブジエラ プロテウスなどが臨床的に問題となります わが国ではプラスミドのやりとりによって ESBL 産生株となるパターンが主流で ESBL によってセファロスポリン系薬など多くの β ラクタム系薬が分解されるため 有効な抗菌薬が少ないことが問題となります 大腸菌の薬剤耐性化大腸菌の薬剤耐性化はグローバルな問題となっていますが 我が国でもキノロン耐性大腸菌や ESBL 産生大腸菌の分離頻度が増加傾向にあります

岡山大学病院泌尿器科では 30 年以上前から尿路感染症の分離菌を解析し その動向調査を継続しています この 10 年についてみると 尿路に基礎疾患のない単純性尿路感染症において 大腸菌の分離率は 50-70% を占めています 留置カテーテルを含めた尿路に基礎疾患を有する複雑性尿路感染症では大腸菌の分離率が 20-30% に減少し グラム陽性球菌が 40-50% を占めています キノロン耐性大腸菌は 1994 年に ESBL 産生大腸菌は 2007 年に初めて分離され 現在ではキノロン耐性大腸菌は大腸菌全体の約 40% ESBL 産生大腸菌は約 25% まで増加しています 複雑性尿路感染症に限っていえば キノロン耐性大腸菌は大腸菌全体の約 45% ESBL 産生大腸菌は 27% まで増加しています このことから 尿路感染症においては 抗菌薬投与のみで治療する単純性尿路感染症よりも 耐性菌の分離頻度の高い複雑性尿路感染症において より戦略的な治療を行っていくことが必要であるといえます 尿路感染症の治療戦略一般的な尿路感染症の治療戦略として抗菌薬の投与は必須ですが 腎から尿管 膀胱 尿道までに尿流のうっ滞がある場合には 解除したうえで適切な抗菌薬の投与を行うことが必要です 尿流を確保したうえで抗菌薬の投与を行わなければ 抗菌薬の尿への移行も悪く 抗菌薬の効果も半減してしまいます また 腎や前立腺に膿瘍を形成している場合には 膿瘍内の膿をドレナージすることを検討します 尿流のうっ滞には 膀胱より上流 つまり腎から尿管までの上部尿路と 膀胱以下の下部尿路に分けて考える必要があります 上部尿路に尿流のうっ滞がある場合には尿管ステントや腎瘻造設を行い 下部尿路では導尿や尿道カテーテルの留置 場合によっては膀胱瘻の造設を行います 尿流のうっ滞が解除されれば 腎機能が改善して全身状態も安定し 抗菌薬の治療効果も最大限期待することができます 適切な抗菌薬選択では 抗菌薬の選択をする際に どのような情報から適切な抗菌薬を選択すればいいのか という点について解説します 基本的にはガイドラインを元に抗菌薬を投与して問題はありませんが 抗菌薬の投与前には必ず尿培養 発熱症例では血液培養を行い

ガイドラインを参考にした初期治療から スペクトラムを絞った De-escalation や 標的を絞った Definitive therapy へ切り替える情報を収集しておくことが重要です さらに 収集した分離菌や薬剤感受性データを集積し 各施設や各地域でアンタイバイオグラムを作製し より効果的な抗菌薬の選択をすることが重要です 現在 国内で最も頻用されているガイドラインは 日本感染症学会と日本化学療法学会から発刊された JAID/JSC 感染症治療ガイドラインで 日本化学療法学会のホームページからダウンロードすることが可能です 急性単純性膀胱炎や急性単純性腎盂腎炎においては 薬剤耐性菌が少ないため ガイドラインに準じてフルオロキノロン系やセフェム系抗菌薬を中心に使用します 注意が必要なのは 尿路に基礎疾患を有する複雑性尿路感染症です より薬剤耐性菌が多く分離されるため ガイドラインではフルオロキノロン系やセフェム系に加え ピペラシリン / タゾバクタムやカルバペネム系 アミノグリコシド系抗菌薬が推奨されています カテーテル関連尿路感染症においては 発熱をともなう急性期に限り ピペラシリン / タゾバクタムやカルバペネム系 アミノグリコシド系抗菌薬が推奨され 解熱後は完全な除菌を目指すことなく投与を終了します ガイドラインでは ESBL 産生菌に特化した項目は設定されていませんので ここで 岡山大学病院泌尿器科で最近 5 年間に分離された大腸菌の薬剤感受性データを紹介したいと思います まず 大腸菌全体で見てみます ペニシリン系では アンピシリン / スルバクタムの感受性は不良でしたが ピペラシリン / タゾバクタムの感受性は良好でした セフェム系では セファゾリンの感受性は不良でしたが 第 2 世代以上のセフェム系は経口薬を含めて良好な感受性を示しました レボフロキサシンや ST 合剤の感受性は不良でしたが ファロペネム カルバペネム系 アミノグリコシド系抗菌薬は良好な感受性を示しました 尿から分離された 101 株の ESBL 産生大腸菌の薬剤感受性について示します ルーチンに薬剤感受性を測定しているアンピシリン / スルバクタム セファゾリン セフジニール セフタジジム セフォゾプラン レボフロキサシン ST 合剤の感受性は不良でした 一方 良好な感受性を認めた抗菌薬は フロモキセフ ファロペネム ホスホマイシン ピペラシリン /

タゾバクタム カルバペネム系抗菌薬でした ある程度感受性が維持されている抗菌薬は セフメタゾール シタフロキサシン アミノグリコシド系抗菌薬でした 興味深いのは セフェム系のなかでもセファロスポリン系は全く感受性がなく セファマイシン系のセフメタゾールよりもオキサセフェム系のフロモキセフのほうが より薬剤感受性が良好であった点です 以上の結果を踏まえ 岡山大学泌尿器科における尿路感染症治療は 重症な複雑性尿路感染症の症例ではピペラシリン / タゾバクタムかカルバペネム系を 中等度以下の複雑性尿路感染症ではフロモキセフやアミノグリコシド系を使用し 解熱後の内服薬への変更の際にはシタフロキサシン ファロペネム ホスホマイシンを選択しています フロモキセフに注目近年の世界的な薬剤耐性菌の増加に対し 2015 年に薬剤耐性 (AMR) に関するグローバル アクション プランが世界保健総会において採択され 厚生労働省を中心として日本初のアクションプランが決定されました その骨子は 適切な薬剤 を 必要な場合に限り 適切な量と期間 に限り使用することを徹底する というもので 臨床現場においても抗微生物薬適正使用チーム (AST) を立ち上げて運動を展開するなど AMR 対策が急務となっています そういった状況の中 ピペラシリン / タゾバクタムやカルバペネム系抗菌薬の使用が届け出制となっている施設も多くなっています そのような状況の中 我々は届出が不要で ESBL 産生菌に感受性が良好なフロモキセフに注目しています 簡単に紹介しますと これまでに 34 例に対する使用経験があり

そのうち 14 例は泌尿器科手術を行う際の予防投与 20 例は尿路感染症治療を目的とした投与でした 予防投与 14 例のうち 2 例 (14%) で術後の尿路感染症を発症し ピペラシリン / タゾバクタムとカルバペネム系抗菌薬に変更しました 治療目的に投与した 20 例のうち 6 例 (30%) でカルバペネム系抗菌薬に変更しましたが 全例で尿路感染症の治療経過は良好でした この結果を踏まえ 2 つの方法において フロモキセフの使用が有用であると考えています 第一は ESBL 産生菌が尿から分離されている症例に対する泌尿器科的処置や手術前の投与ではフロモキセフを使用し 感染を発症した場合にはより広域スペクトラムの薬剤に変更する という使用法で 第二は 中等症以下の ESBL 産生菌による尿路感染症におけるセカンドライン もしくは Empiric therapy からの De-escalation としての使用法です おわりにまとめに入ります 特に複雑性尿路感染症において ESBL 産生大腸菌の分離頻度 分離率が上昇しています 治療戦略として 尿路の基礎疾患に対する治療による尿流うっ滞の解除とともに 適切な抗菌薬の選択が重要です ESBL 産生大腸菌に良好な感受性を示す抗菌薬はフロモキセフ ファロペネム ホスホマイシン ピペラシリン / タゾバクタム カルバペネム系抗菌薬でした 届出が不要で ESBL 産生菌に有効な注射薬であるフロモキセフやホスホマイシンは 予防的投与 治療投与ともに有効であり 使用頻度が増加すると考えられます 以上となりますが 最後に いつもデータの収集にご尽力頂いている岡山大学泌尿器科の感染症研究室の光畑律子さん 山本満寿美さんに この場をお借りして感謝申し上げます