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様式 C-19 F-19 Z-19( 共通 ) 1. 研究開始当初の背景 現在 薬剤耐性結核の蔓延が大きな問題となっている また最近では 結核菌以外の抗酸菌 ( 非結核性抗酸菌 ) が引き起こす感染症 特に Mycobacterium avium などによる MAC 症が中年以降の女性において増加しており こちらも問題となっている 薬剤耐性結核や MAC 症の治療が困難となっている要因の 1 つが 有効な治療薬が限られていることである そのため 新規治療法 特に新規抗菌薬の開発が求められている 一方 結核菌をはじめとする抗酸菌は 細胞内寄生細菌の一種であり 宿主細胞内への侵入やマクロファージによる取込みを経て感染を確立させる 同じ細胞内寄生細菌であるチフス菌において 菌体内の diadenosine tetraphosphate(ap 4 A) 量が宿主細胞内への侵入能に関与していることが報告されている (J. Biol. Chem., 2003, 278:32602-32607) 従って 結核菌や非結核性抗酸菌においても 菌体内の Ap 4 A 量が細胞内侵入能に関わっている可能性が考えられた これまでに本研究代表者は 結核菌由来 Rv2613c タンパク質が Ap 4 A を加リン酸分解する新規ヌクレオチド過リン酸分解酵素 (APA) であることを明らかにするとともに その立体構造を決定している また 結核菌のゲノム上で Rv2613c 遺伝子と同じオペロン上に存在している Rv2614c 遺伝子は そのモチーフ構造などから Ap 4 A の合成に関わるアミノアシル trna 合成酵素 (FEBS Lett., 1998, 427:157-163) をコードしていることが予想された 従って 結核菌由来 APA (MtAPA) と Rv2614c タンパク質は 結核菌の菌体内において Ap 4 A 量の調節 すなわち細胞内寄生に関与していることが推測されたものの Rv2614c タンパク質の機能はまだ明らかにされていなかった また 非結核性抗酸菌においても MtAPA と一次構造上で相同性を示すタンパク質が存在していることがゲノム情報などから示唆されていたが その機能は未知であった さらに MtAPA を標的とした新規阻害剤をデザインすることにより 結核菌の細胞寄生を妨げる新規抗菌薬の開発につながることが期待されていたが 新規阻害剤のデザインには さらに詳細な MtAPA の機能構造相関解析が必要であった 2. 研究の目的 本研究課題では 結核菌の細胞内寄生に関わる因子として MtAPA と Rv2614c タンパク質に着目した 新規抗菌薬の開発を目標として MtAPA の詳細な機能と構造の相関解析を行い 得られた知見に基づいて MtAPA の新規阻害剤をデザインすることを目的とした また 非結核性抗酸菌に存在している MtAPA 相同タンパク質の詳細な機能について明らかにするとともに MtAPA の新規阻害 剤が非結核性抗酸菌由来の APA の活性も阻害するのか調べることも目的とした さらに Rv2614c タンパク質がモチーフ解析などから予想された通り Ap 4 A の合成に関わるアミノアシル trna 合成酵素であることを明らかにするため Rv2614c タンパク質の機能解析を行うことも目的とした 3. 研究の方法 (1) MtAPA の詳細な機能と構造の相関解析 MtAPA の活性中心部位に位置している特異的なループ構造に関わっている Ala-149 残基を削除した変異型 MtAPA ( Δ 149A-MtAPA) を作製した Δ149A-MtAPA を大腸菌内で大量発現して精製した後 その酵素活性を野生型 MtAPA の酵素活性と比較した 酵素活性は 基質の量を HPLC を用いて測定することによって評価した (2) MtAPA の新規阻害剤の開発 MtAPA の機能構造相関解析の結果に基づいて 新規阻害剤の標的部位を決定した 分子シミュレーション計算プログラムである Medicinally Yielding PRotein Engineering SimulaTOr(myPresto) を用いて Zinc データベース上で drug like 化合物として登録されている約 850 万種類の化合物について 標的部位への結合能を予測した 高い結合能を有していると考えられた化合物を新規阻害剤の候補化合物として選んだ 選択した化合物を用いて MtAPA に対する阻害活性の測定を行った 活性の測定は MtAPA が基質 Ap 4 A を加リン酸分解した際に生成される ATP の量を測定することによって評価した (3) 非結核性抗酸菌由来 APA の機能解析 非結核性抗酸菌である M. avium 及び M. smegmatis が有している MtAPA 相同タンパク質 ( それぞれ MAV_3489 タンパク質と MSMEG_2932 タンパク質 ) について Escherichia coli BL21 (DE3) plyss 株を宿主とした発現系を構築した 大量発現させた MAV_3489 タンパク質 並びに MSMEG_2932 タンパク質について FPLC を用いて SDS-PAGE 上で単一バンドになるまで精製を行った 精製タンパク質の酵素学的諸性質の決定や速度論的解析は 上記で示した HPLC を用いる方法 または ATP の量を計測する方法で行った (4) 結核菌由来 Rv2614c タンパク質の機能解析 結核菌由来 Rv2614c タンパク質について pso246 ベクターを用いて M. smegmatis を宿主として発現させた 発現させた後 FPLC を用いて精製を行った 酵素活性は 市販のキット および HPLC を用いて測定した

4. 研究成果 (1) MtAPA の詳細な機能と構造の相関解析 MtAPA の活性中心部位近傍の一次構造を他の生物種由来の APA やヌクレオチド加水分解酵素 ヌクレオチド加リン酸分解酵素の一次構造と比較した場合 活性中心部位に特異的なアミノ酸残基 (Ala-149) が存在していることが示された (Fig. 1) Δ149A-MtAPA の Ap 4 A に対する k cat /K m 値は 6.58 mm -1 s -1 であり 野生型 MtAPA の k cat /K m 値 (84.8 mm -1 s -1 ) の約 10% であった さらに基質特異性について検討を行ったところ 野生型 MtAPA は幅広い基質特異性を示す一方で Δ149A-MtAPA は diadenosine pentaphosphate(ap 5 A) に対して特異性を示すことが明らかになった Ap 5 A に対する Δ149A-MtAPA の K m 値と k cat 値は それぞれ 0.03 ± 0.006 mm と 2.21 ± 0.092 s -1 であった (Fig. 3) 従って Δ149A-MtAPA における Ap 5 A に対する k cat /K m 値は 73.7 mm -1 s -1 であり Ap 4 A に対する k cat /K m 値 (6.58 mm -1 s -1 ) の約 10 倍であった 一方 野生型 MtAPA における Ap 5 A 並びに Ap 4 A に対する k cat /K m 値は それぞれ 118.4 mm -1 s -1 と 84.8 mm -1 s -1 であり 大きな差は見られなかった (Fig. 1. 一次構造のアライメント APA1 と APA2 は酵母由来の APA APH1 と Fhit はそれぞれ酵母由来とヒト由来のヌクレオチド加水分解酵素 GalT はシロイヌナズナ由来のヌクレオチド加リン酸分解酵素 Hint1 はウサギ由来のヌクレオチド加水分解酵素 MtAPA における Ala-149 残基に相当する位置を線で囲っている ヌクレオチド加水分解酵素 加リン酸分解酵素に特徴的なモチーフ構造を下線で示した MtAPA の機能構造相関解析の結果から 活性発現に関わっていることが示唆された残基を太字で また活性中心部位の二次構造を下に示している ) そこで この Ala-149 残基を削除した変異体 (Δ149A-MtAPA) を作製して その活性を野生型と比較した 基質である Ap 4 A に対する Δ149A-MtAPA の K m 値と k cat 値はそれぞれ 0.19 ± 0.048 mm と 1.25 ± 0.099 s -1 であった (Fig. 2) (Fig. 3. Δ149A-MtAPA における 基質である Ap 5 A の濃度と反応速度のグラフ ) Ala149 残基は MtAPA の活性中心部位に位置しているループ上に存在している (Fig. 4) (Fig. 2. Δ149A-MtAPA における 基質である Ap 4 A の濃度と反応速度のグラフ ) 一方 野生型 MtAPA における Ap 4 A に対する K m 値と k cat 値は それぞれ 0.10 ± 0.01 mm と 8.48 ± 0.313 s -1 であった 従って (Fig. 4. MtAPA の活性中心部位 活性中心にリン酸が存在している 矢印はループ構造を示している ) 従って Ala149 残基の存在は このループ構造の可動性に関わっていることが予想さ

れた 野生型の MtAPA は他の生物種由来 APA と比較して幅広い基質特異性を有していること 並びに Ala149 残基を削除することによって Ap 5 A に対して特異性を示すようになること ( 幅広い基質特異性が失われること ) から ループ構造の可動性 すなわち Ala149 残基の存在が基質特異性に関わっていることが示唆された これらの研究結果から MtAPA に特異的な Ala149 残基の存在は MtAPA の新規阻害剤をデザインする際に役立つことが期待された (2) MtAPA の新規阻害剤の開発 先行する研究課題で MtAPA が特異的な基質結合部位を有していることを明らかにしている また 本件研究課題においても上記に示した通り MtAPA には基質特異性に関わる特異的なループ構造 ( アミノ酸残基 ) が存在していることを明らかにしている 従って これらの構造情報を利用することによって MtAPA の活性のみを阻害する新規阻害剤の開発が可能であることが予想された そこで 分子シミュレーションプログラムである mypresto を用いて 約 850 万種類の化合物ライブラリーの中から MtAPA の特異的な基質結合部位と高い結合能を有していると考えられる化合物として 104 種類の化合物を選び出した 選択した 104 種類の化合物について MtAPA に対する阻害活性を測定したところ 実際に本酵素に対して阻害活性を示した化合物は 15 種類であった 従って 本研究課題におけるヒット率は 14% であった さらに その中で強い阻害活性を示した化合物 A について IC 50 値を求めたところ 約 3μM であった (Fig. 5) れぞれ MAV3489 タンパク質と MSMEG2932 タンパク質 ) が存在していることが示された そこで これらの相同タンパク質について 詳細な機能解析を行い MtAPA との比較を行った その結果 MAV3489 タンパク質と MSMEG2932 タンパク質は MtAPA と同じく基質である Ap 4 A に対して加リン酸分解活性を示した そこで MAV3489 タンパク質を MaAPA MSMEG2932 タンパク質を MsAPA とした さらにゲルろ過カラムの結果から MaAPA と MsAPA は MtAPA と同様に溶液中で 4 量体を形成して活性を保持していることが示された (Fig. 6) MtAPA の立体構造解析から この 4 量体構造は基質結合部位の形成に関わっていることが明らかにされていることから MaAPA と MsAPA においても同様の基質結合部位を形成していることが示唆された Figure 6 (Fig. 5. 新規阻害剤 A の濃度と活性比 活性比が約 50% となる阻害剤 A の濃度を矢印でしめした ) また 化合物 A は酵母由来 APA の活性はほとんど阻害しなかったことから MtAPA の活性のみを阻害することが示された このことから 化合物 A は新規抗菌薬のリード化合物として期待される (3) 抗酸菌由来 APA の機能解析 ゲノム解析などから 非結核性抗酸菌である M. avium と M. smegmatis には 一次構造上で MtAPA を高い相同性を示すタンパク質 ( そ (Fig.6. ゲルろ過カラムにおけるピークのパターン 各ピークの位置を括弧内に示した ) さらに 上記 (2) で示した MtAPA 新規阻害剤は MaAPA と MsAPA に対しても阻害活性を示した 従って 本研究課題において見出した MtAPA の新規阻害剤は 結核菌のみならず非結核性抗酸菌にも有効な新規抗菌薬の開発につながることが期待される (4) 結核菌由来 Rv2614c タンパク質の機能解析 結核菌由来 Rv2614c タンパク質を M.

smegmatis 内で発現させた後 FPLC を用いて精製した 得られた精製 Rv2614c タンパク質の酵素活性について測定した結果 Rv2614c タンパク質は モチーフ解析などから予想された通り アミノアシル trna 合成活性を示した さらに 反応生成物として Ap 4 A を生成することが示された 従って MtAPA と Rv2614c タンパク質は 結核菌の菌体内において Ap 4 A 量を調整していることが予想された (5) まとめ MtAPA の活性中心部位に位置している特異的なループ構造が 基質特異性に関与していることを示した 機能構造相関解析の結果に基づいて MtAPA の新規阻害剤を見出した M. avium 及び M. smegmatis が有している MtAPA 相同タンパク質が ヌクレオチド加リン酸分解活性を有していることを明らかにするとともに これらの酵素活性が MtAPA の新規阻害剤によって阻害されることを示した 一方 結核菌由来 Rv2614c タンパク質がアミノアシル trna 合成酵素であることを明らかにした これらの研究成果は 結核菌の細胞内寄生に関するメカニズムの解明や新機構結核薬の開発につながることが期待される 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 雑誌論文 ( 計 3 件 ) (1) Honda N, Kim H, Rimbara E, Kato A, Shibayama K, Mori S. Purification and functional characterization of diadenosine 5',5 -P(1),P(4)-tetraphosphate phosphorylases from Mycobacterium smegmatis and Mycobacterium avium. Protein Expr. Purif. 2015;112:37-42. (2) Mori S, Kim H, Rimbara E, Arakawa Y, Shibayama K. Roles of Ala-149 in the catalytic activity of diadenosine Mycobacterium tuberculosis H37Rv. Biosci Biotechnol Biochem. 2015;79(2):236-238. (3) Kim H, Shibayama K, Rimbara E, Mori S. Biochemical characterization of quinolinic acid phosphoribosyltransferase from Mycobacterium tuberculosis H37Rv and inhibition of its activity by pyrazinamide. PLoS One. 2014;9(6):e100062. 学会発表 ( 計 7 件 ) (1) Mori S, Kim H, Rimbara E, Arakawa Y, Shibayama K. Molecular characterization of nicotinate phosphoribosyltransferase from Mycobacterium tuberculosis H37Rv, and inhibition of its activity by pyrazinoic acid. FEBS EMBO 2015. Paris, 2014 年 9 月. (2) 森茂太郎, 金玄, 林原絵美子, 柴山恵吾. Mycobacterium avium 由来 MAV_3489 と M. smegmatis 由来 MSMEG_2932 の機能と構造. 第 87 回日本細菌学会総会. 東京, 2014 年 3 月. (3) 森茂太郎, 金玄, 林原絵美子, 柴山恵吾. Structural insights into a novel diadenosine Mycobacterium tuberculosis. The 10th Japan-Taiwan Symposium on Vaccine Preventable Diseases and Vector-Borne Diseases. 東京, 2013 年 9 月. (4) 森茂太郎, 金玄, 林原絵美子, 柴山恵吾. Structural insights into a novel diadenosine Mycobacterium tuberculosis. US-Japan Cooperative Medical Science Program: Tuberculosis and Leprosy Panel Meeting in Japan. 札幌, 2013 年 8 月. (5) 森茂太郎, 金玄, 林原絵美子, 柴山恵吾. Structural insights into a diadenosine Mycobacterium tuberculosis H37Rv for the design of new anti-tuberculosis drugs. 7 th International Conference on Structural Genomics. 札幌, 2013 年 7 月. (6) 森茂太郎, 金玄, 林原絵美子, 柴山恵吾. Mycobacterium avium 由来 MAV_3489 と M. smegmatis 由来 MSMEG_2932 の機能解析. 日本農芸化学会 2013 年度大会. 宮城, 2013 年 3 月. (7) 森茂太郎, 金玄, 林原絵美子, 荒川宜親, 柴山恵吾. 結核菌由来ニコチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼの機能解析. 第 86 回日本細菌学会総会. 千葉, 2013 年 3 月. その他 ホームページ等 (1) 森茂太郎, 和知野純一, 荒川宜親, 柴山吾. Preliminary Crystallographic Analysis of Ser147Gln Mutant of Rv2613c Protein from Mycobacterium tuberculosis H37Rv. Photon Factory Activity Report 2011 #29 Part B (2012). (2) Mori S. Crystal structure of the Ser147Gln mutant of diadenosine tetraphosphate phosphorylase from Mycobacterium tuberculosis. Photon Factory Activity

Report 2013 #31 Part B (2014). (3) 森茂太郎. 技術の進歩と結核菌の検査. 生物工学会誌第 92 巻 9 号. 2014 年 9 月. (4) Mori S, Wachino J, Arakawa Y, Shibayama, K. Crystal structure of S147Q of Rv2613c from Mycobacterium tuberculosis. PDB ID:3WO5, 2014 年 12 月. 6. 研究組織 (1) 研究代表者森茂太郎 (Mori Shigetarou) 国立感染症研究所 細菌第二部 第四室 室長研究者番号 :60425676