Microsoft Word - 東京方言における属格主語に関して:奪格主語との比較から.docx

Similar documents
...C...{ ren

2014年度の研究報告

E-2 省略現象から見た日本語動名詞句の内部構造 内芝慎也 0. はじめに (1) a. [ 太郎との相席 ] は難しいが [ 次郎との ] は問題ない b. 花子は [ 太郎との相席 ] を断り 順子は [ 次郎との ] を断った c. * 順子は [ 太郎との相席 ] をし 花子は [ 次郎との

Microsoft Word - もくじ

日英語の否定極性表現の主語 目的語位置における認可の相違についての分析 1 序論 渡辺敏久 本稿では 否定辞の主要部移動により日英語の否定極性項目 (Negative Polarity Items 以下 NPI) の分布の統語的差異を分析する仮説 (Head Movement Analysis: 以

九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository 日本語の sluicing 文に関する統語分析 前田, 雅子九州大学人文科学府 松本, 知子九州大学人文科学府 Maeda, Masako Graduate School of Huma

09_06.indd

On the Double Object Construction*

4 学習の活動 単元 Lesson 1 (2 時間 ) 主語の決定 / 見えない主語の発見 / 主語の it 外国語表現の能力 適切な主語を選択し英文を書くことができる 外国語理解の能力 日本の年中行事に関する内容の英文を読んで理解できる 言語や文化についての知識 理解 適切な主語を選択 練習問題の

June 30, 2007

[A] 極小理論における格照合・付与の意味 (小林 (2001b))

Stadard Theory:ST( ) Extended Standard Theory:EST( ) Rivised Extended Standard Theory:REST( ) Government and

Microsoft PowerPoint - 6-3tagikozo [互換モード]

白井学習法(1).ppt

数理言語

スライド 1

matsuda.dvi

京都立石神井高等学校平成 31 年度教科 ( 外国語 ( 英語 ) ) 科目 ( 英語表現 Ⅱ ) 年間授業計 ( 標準 α) 教 科 : 外国語 ( 英語 ) 科目 : 英語表現 Ⅱ 単位数 : 2 単位 対象学年組 : 第 2 学年 A 組 ~G 組 教科担当者 :(A 組 : 岡本 松井 )(

nlp1-05.key

慶應

X バー理論の利点と問題点 範疇横断的な一般化が可能 内心性 Endocentricity フラクタル性 Fractal などの言語構造の重要な特性の発見 具体的にどのような構造が投射されるかは各主要部の語彙的特性によって決まる (1) [ VP Spec [ V V 0 Complement ]]

Microsoft PowerPoint - NMC-ProjectIntro-KobeU

コーパスからの構文頻度の抽出と辞書への活用 : 現状と課題 大羽良 1. はじめに 2. 構文とは 2.1. Goldberg (1995, p1) Particular semantic structures together with their associated formal expres

Thomas Kuhn markedness McCawley (1985)

九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository 英語の二重目的語構文および前置詞与格構文について : ミニマリストアプローチ 大塚, 知昇九州大学人文科学府 Otsuka, Tomonori Graduate School of Hu

95NBK-final.dvi

( ) ( ) Modified on 2009/05/24, 2008/09/17, 15, 12, 11, 10, 09 Created on 2008/07/02 1 1) ( ) ( ) (exgen Excel VBA ) 2)3) 1.1 ( ) ( ) : : (1) ( ) ( )

1,2 3 I like *me / myself. You like *you / yourself. He likes him / himself. He thinks [ that he / *himself is intelligent ]. He thinks [ that Mary li

慶應

: (1) 1. ( ) P ( P ) 2. P () A0 = {a1, a2,..., an} 3a. T1 A0 () A1 3b. T1 A2 (= A1 A0 A1) 4a. T2 A2 ( ) 4b. A1 () 5. : T2 T1 T1 T2 T2 T1 T2 T1 T2 T1 T

Microsoft Word - 佐々木和彦_A-050(校了)

空所化構文: 統語派生と非統語派生

NE25.indb


<4D F736F F D20836E F8B40945C94CDE16582CC974C96B382C D3907D82CC974C96B382CC918A8AD62E646F6378>

Microsoft Word - タイにおける日本語研究原稿 doc

00.p.....w/....

封面要旨目录打印版2

平成 30 年度シラバス 3 学年前期 (1 単位 ) コミュニケーション英語 Ⅰ 教科書 ENGLISH NOW Ⅰ 開隆堂 授業時数 01 単元名 Lesson 6 Sempai and Ko hai 本時 Lesson 6 (1) 学習内容備考 常日頃から使っている 先輩 後輩 ということばを

(3) 他の語句を持つので 長い 場合は 分詞を名詞の後ろに付ける 分詞以外に 修飾語や目的語などの他の語句があって 長い 場合は be 動詞は使わず に 現在分詞や過去分詞そして他の語句も そのまま名詞の後ろに付ける 設例 2 be 動詞を使わないことが 分詞の形容詞的用法の目印だ 進行の動作を形

Microsoft Word - KLS_paper_final.doc

Grice (1957) S x p S A x 1. A p 2. A S 1 3. A S 1 p (intention-based semantics) S p x (Strawson 1964; Grice 1969; Schiffer 1972; Harman 1974; Bennett


,255 7, ,355 4,452 3,420 3,736 8,206 4, , ,992 6, ,646 4,

Sinopsis

Day 鹿児島弁の宿題から学んで欲しいこと 2. 句や文を組み立てる仕組み (1)(2): 併合 (merge) ( 長距離 ) 依存関係 ((long-distance) dependency) 3. 言語間の相違性と類似性

6 68

ハリエット

自然言語は曖昧性だらけ! I saw a girl with a telescope 構文解析 ( パージング ) は構造的な曖昧性を解消 2


87 1. 先行研究 調査方法

研究成果報告書

1 つなぎ言葉の使い方を理解している 2 パラグラフの構成を理解している 3 文章の要点をつかむことが出来る (4) 言語や文化についての知識 理解 1 いろんなトピックについて 内容を理解することが出来る 2 それぞれのページで学んだ文法や表現を理解し 知識として定着させている ( 定期考査等を用

NINJAL_salon_ _final.pptx


慶應

発表用原稿

null element [...] An element which, in some particular description, is posited as existing at a certain point in a structure even though there is no

Japanese Society of French Linguistics 時制体系をめぐる対照言語学的視点 日時 :2010 年 11 月 13 日 ( 土 )14 時 ~ 17 時場所 : 京都大学吉田南キャンパス総合人間学部棟 1B05 ( 地下 1 階 ) 発表者 : 井元秀剛 和田尚明

東京都立葛西南高等学校平成 28 年度コミュニケーション英語 Ⅰ(R) 年間授業計画 教科 :( 英語 ) 科目 :( コミュニケーション英語 Ⅰ(R) ) 単位数 :(2) 単位対象 :( 第 1 学年 1 組 ~7 組 ) 教科担当者 :(1 組 : 船津印 )(2 組 : 佐々木印 )(3 組

北海道教育大学紀要 ( 人文科学 社会科学編 ) 第 66 巻第 1 号 平成 27 年 8 月 Journal of Hokkaido University of Education (Humanities and Social Sciences)Vol. 66, No.1 August, 201

4 小川/小川

148_hayatsu.indd


埼玉県学力 学習状況調査 ( 中学校 ) レベル 5~11 復習シート第 2 学年英語 組 番 号 名 前 ( 書くこと について問う問題 ) 1 次の (1)~(4) の日本文の意味を表すように, ア ~ オを並べ替えて英文を作りな さい そして, それぞれの答えで 2 番目と 4 番目にくる語句

Microsoft PowerPoint - アルデIII 02回目10月14日


英語の神様 No.3 受動態 3 学習 POINT 1 能動態と受動態 ( 日本語 ) 英語の神様 No.1 で 能動態 と 受動態 について学習したのを覚えていますか 1 スミス先生はこのコンピュータを使いました ( 能動態 ) 2 このコンピュータはスミス先生によって使われました ( 受動態 )

現代日本語の有情物主語の受身文

Journal of International and Advanced Japanese Studies Volume 4 / March

Microsoft PowerPoint - 09-search.ppt [互換モード]

36 Theoretical and Applied Linguistics at Kobe Shoin No. 20, 2017 : Key Words: syntactic compound verbs, lexical compound verbs, aspectual compound ve

( ) ( ) (action chain) (Langacker 1991) ( 1993: 46) (x y ) x y LCS (2) [x ACT-ON y] CAUSE [BECOME [y BE BROKEN]] (1999: 215) (1) (1) (3) a. * b. * (4)

P

2016

Microsoft Word - 英文ビジネスメールに表れる文化特性.doc

1

コ2 343 NEW EDITION UNICORN English Communication 2

智学塾 英語基礎 ( 中学編 ) プロトタイプ版 Copyright 2015 智学塾 All Rights Reserved. 1

東京書籍 /NEW HORIZON English Course3 1 Sign Language S.O 受け身 ( 肯定文 ) 14 受動態 (1) D 受け身 ( 疑問文と応答 ) 15 受動態 (2) R.C SVOC 30 文構造 (2) 2 A Fireworks Fetival S.O

21 Pitman-Yor Pitman- Yor [7] n -gram W w n-gram G Pitman-Yor P Y (d, θ, G 0 ) (1) G P Y (d, θ, G 0 ) (1) Pitman-Yor d, θ, G 0 d 0 d 1 θ Pitman-Yor G

<4D F736F F D D89C88A778CA48B A193638DC48D5A824F322E646F63>

Modal Phrase MP because but 2 IP Inflection Phrase IP as long as if IP 3 VP Verb Phrase VP while before [ MP MP [ IP IP [ VP VP ]]] [ MP [ IP [ VP ]]]

田中ゆかり・早川洋平・冨田悠・林直樹

修士論文 ( 要旨 ) 2015 年 1 月 付帯状況を表す X ヲ Y ニ に関する考察 指導新屋映子教授 言語教育研究科日本語教育専攻 213J3025 周阳

Unknown

pp

多重WH疑問文の扱いと島の制約(formatted)


11_土居美有紀_様.indd

分科会(OHP_プログラム.PDF

untitled

授受補助動詞の使用制限に与える敬語化の影響について : 「くださる」「いただく」を用いた感謝表現を中心に

5 不定詞1と動名第 5 章文法問題 (5)- 不定詞 1 と動名詞 解答 解 を読もう わからないときは をもう一度確認しよう 1 解答 解 2 解答 解 詞(1) 主語は, 動詞は になる she( 3 人称単数 ) のあとに,swim( 動詞の原形 ) のうしろは動詞の原形が続く は続かないか

els08ws-kuroda-slides.key

Short Cut 接続詞 that (1) 名詞節の意味を持たせる that that を従属 ( 従位 ) 接続詞として 文の前に付けると その文を ~であること の意味を持つ名詞のような文 = 名詞節に変えることができる that を頭に持つ節を特に that 節とも言う

A Japanese Word Dependency Corpus ÆüËܸì¤Îñ¸ì·¸¤ê¼õ¤±¥³¡¼¥Ñ¥¹

タダでマナべるさかぽん先生.tv 一般動詞の否定文 疑問文 今日の単語今日の授業で使う英単語です しっかり覚えてから授業に進みましょう 単語を 覚えた =その単語を 読める 意味が分かる 書ける 声に出して書きながら覚えていきましょう 1 行く go 2 来る come 3 へ ( 行く

Eng Ling Worksheet

% 95% 2002, 2004, Dunkel 1986, p.100 1

Transcription:

東京方言における属格主語に関して : 奪格主語との比較から * 佐久間篤 (atsushi.sakuma.linguistics@gmail.com) 南山大学大学院生 1 はじめに東京方言では従属節の中で (1a) のように主語に主格の が が付与されることも (1b) のように属格の の が付与されることも可能である この現象は Nominative-Genitive Conversion (NGC; Harada 1971) やが- の交替 ( 井上 1976) 主格属格交替現象と呼ばれている ( 以下 主格属格交替現象とする ) (1) a. boku ga yonda hon b. boku no yonda hon (Harada 1971 : 26) 東京方言において 主格属格交替現象は (2) のような関係節や同格節などの従属節 ( 以下 NGC 節とする ) で起こる 属格主語は (3) のように尊敬語化の対象にも 自分 の先行詞にもなる Miyagawa (2011) は 属格主語は述部と隣接する必要があることから属格主語は (4) のように TP までしか存在しない NGC 節の中の vp の指定部で生成されるが TP の指定部には移動しないとした (2) a. Kinoo John ga/no katta hon (Hiraiwa 2001 : 73) b. John ga/no kuru kanousei (Ochi 2001 : 247) (3) a. [ 昨日田中先生のお買いになった ] 本 b. [ 太郎 iの自分 iの息子の嫌いな ] 理由 (4) [ TP [ vp Subj=no VP v] T] また 東京方言では ある種の動詞の主語に が が付与されることも (5) のように奪格の から が付与される事も可能である ( 以下 この現象を主格奪格交替現象とする ) 奪格主語は (6a) のように尊敬語化の対象にも (6b) のように 自分 の先行詞にもなる Ueda (2002) は 奪格主語は (7) のように vp の指定部で生成されるが TP の指定部には移動しないとした (5) 母親から衣類を送ってきた ( 井上 2002 : 50) (6) a. 山田先生から花子に発表の内容をお話になった b. 太郎 iから花子に自分 iの発表の内容を教えた (7) [ TP [ vp Subj=kara VP v] T] 本発表では 1 属格主語と奪格主語に同じである と主張し 2 Miyagawa (2011) の属格主義は vp の指定部に生成されるが TP の指定部には移動しない という主張を支持する また 属格主語が vp の指定部から移動しないとするとラベル (Chomsky 2013, 2015) の問題が発生することから 3 属格主語の の は奪格主語の から と同様に後置詞であり 属格主語は PP である と主張する * 本発表を含めて様々な場面で Doan Le Hoai Anh 氏 王冠亮氏 市川賢汰氏から様々なアドバイスを頂きまし た この場で深く感謝を申し上げます -1-

2 属格主語について 2.1 D-licensing と C-licensing Miyagawa (2011) によると 生成言語学の枠組みにおいて NGC 節内の主語への属格認可の説明とし ては (8) のように NGC 節外にある D と一致することで与えられる D-licensing と (9) のように NGC 節 内の名詞化した C と一致することで与えられる C-licensing がある (8) D-licensing a. DS: [ DP[ TP[ vp kodomotati [ VP tab] e] ta] raamen D] b. SS: [ DP[ TP[ vp kodomotati i=no [ VP tab] e] ta] raamen D] c. LF: [ DP kodomotati i=no [ TP[ vp t i [ VP tab] e] ta] raamen D] (Miyagawa 1993 に基づいて作成 ) (9) C-licensing [ DP[ CP [ TP[ vp kodomotati [φ] [ VP tab [φ]] e [φ]] ta [φ]] C [φ]] raamen D] AGREE AMALGAMATE (Hiraiwa 2001 に基づいて作成 ) 2.2 Genitive subject in Spec vp Miyagwa (2013) は (10a) のように D が主語に属格を与えるほか (10b) のように weak v と相対テンス (dependent tense) が属格を与えるとした (10) Genitive Licenser in Japanese a. D b. weak v, in conjunction with dependent tense (Miyagawa 2013 : 11) 特に D が属格を与える場合の NGC 節について Miyagawa (2013) は主格主語が現れる場合については (11a) のような構造 属格主語が現れる場合については (11b) のような構造を仮定した (11a) では C が存在するため形式素性が C から T に継承され T から主語に主格が与えられる しかし (11b) では C が存在したないため T に形式素性が存在せずまた D からのライセンスをブロックする要素も vp と DP の間に存在しないため D から主語に属格が与えられる (11) a. Nominative Subject [ DP [ CP [ TP Subj i [ vp t i VP] T] C] NP D] b. Genitive Subject [ DP [ TP [ vp Subj VP] T] NP D] Miyagawa (2011) は (11b) の構造が正しいとすると (12) のような介在効果について説明可能だとしている 属格主語が vp の指定部にあるとすると (12) のように属格主語と述部の間に別の要素が現れる場合 属格主語が vp の指定部から高い位置に移動する必要があるが この移動は理由がないため移動は起こりえず 文法性が下がる また (13) のように VP に付加する要素であれば属格主語と述部の間に現れても文法性は変わらないとした (12) a. こどもたち { が /?? の }{ みんなで / いっぱい } 読んだ絵本 b. こどもたち { が /* の } みんなでいっぱい読んだ絵本 (13) Koozi-no mattaku sir-anai kakudo (Miyagawa 2011 : 1274) -2-

3 奪格主語について 3.1 日本語の奪格主語一般的に 日本語の文には主格主語が存在しなければならないとされているが Kuroda (1978) や Inoue (1998) は (14) のように主語に奪格が付与された場合 主格が付与された名詞句が存在しなくても文法的であるとしている 井上 (2002) は主格奪格交替現象について 物の移動を示し 主語が動作主で ニ句が着点の意味役割を担いかつ有性である三項動詞で起こるとした (14) a. 私 { が / から } 課長に FAX を送りますよ b. 俺 { が / から } 太郎をきつく叱っておくよ c. あなた { が / から } 田中さんに会議の時間を伝えてください ( 伊藤 2001 : 45) 3.2 Ablative subject in Spec vp Ueda (2002) は Alexiadou & Anagnostopoulou (1998) のギリシャ語とカタルーニャ語の議論を基に 日本語の奪格主語は vp の指定部に生成されるが TP の指定部へは移動しないとした まず 使役文内の埋め込み節内では文副詞は現れないが VP 修飾の副詞は現れるため この埋め込み節は vp であるとされている ここで奪格主語が可能な動詞は (15a) のように動作主に対して与格を付与するは難しいが奪格を付与することは可能である さらに 奪格主語が使役文内の埋め込み節に現れた場合 (15b) のように VP 修飾の副詞は現れるが文副詞は現れないため 奪格主語は vp 内にあるとしている (15) a. Taroo-ga [watasi{??-ni/-kara} Mary-ni kanozyo no byoozyoo-o setumei-s]-(s)ase-ta b. Taroo-ga [{yukkurito/*saiwaini} watasi-kara Mary-ni kanozyo no byoozyoo-o setumei-s]-(s)ase-ta (Ueda 2003 : 203-204) 次に (16) のように補文の主語が主格の場合 補文の主語と主文の主語とは束縛変項読みができないが 補文の主語が奪格の場合 補文の主語と主文の主語とは束縛変項読みができる 最後に (17a) のように主格主語の場合 主語と目的語が取るスコープの曖昧性は発生しないが (17b) のように奪格主語の場合 スコープの曖昧性は発生する これらの事実から Ueda (2002) は奪格主語が可能な動詞の vp までの構造は (18a) であり 奪格主語の場合は (18b) のように移動が起こらず 主格主語の場合 (18c) のように CP の指定部に移動するとした (16) a. Daremo i-ga [karera i{*-ga/kara} byoozyoo-o hanas-u to] it-ta b. Daremo i-ga [karera i{*-ga/kara} Taroo-o sikar-u to] it-ta (ibid : 205) (17) a. ga-subject: (some > every, *every > some) Dareka-ga donotegami-mo okut-te-oi-te-kudasai b. kara-subject: (some > every, every > some) Dareka-kara donotegami-mo okut-te-oi-te-kudasai (ibid : 206) (18) a. [ v*p Subj j [ VP Obj V] v*] b. [ CP [ TP [ v*p Subj=kara [ VP Obj V] v*] T] C] c. [ CP Subj i=ga [ TP [ v*p Subj i [ VP Obj V] v*] T] C] また Kishimoto (2012) は否定対極表現 (NPI) と尊敬語を使い奪格主語は vp の指定部に生成されるが TP の指定部へは移動しないとした まず 誰 は も に束縛されている場合 NPI と解釈できる -3-

(19a) のように 誰 に主格が付与され動詞の後に も が現れた場合 誰 は NPI と解釈されないが 誰 に奪格が付与されている場合 NPI として解釈できる Kishimoto(2012) は も は vp よりも高い位置に現れ 奪格主語が (19b) のように vp に留まるとすると も に束縛されるが 主格主語が (19c) のように TP の指定部に移動すると も に束縛されないとした (19) a. Kon-kai-wa {*dare-ga/dare-kara} kihu-o yobikake-mo si-nakat-ta. b. [ TP [ [ vp SU-kara [VP... V] V-v-mo] si-nakat] ta] c. * [ TP SU- NOM [ [vp SU- NOM [VP... V] V-v-mo] si-nakat ] ta] (Kishimoto 2012 : 15-16) 次に Kishimoto(2012) はアスペクト動詞の いる を尊敬語化した場合 主格主語か奪格主語かで文法性が変わるとした 話す は奪格主語が取れる動詞であり (20) のようにアスペクト動詞の いる に埋め込まれた場合でも奪格主語も現れる (20) a. Ken-ga Eri-ni sono-koto-o hanasi-te i-ru. b. Ken-kara Eri-ni sono-koto-o hanasi-te i-ru. (ibid : 20) 尊敬語化は本動詞かアスペクト動詞のどちらかで起こる 主格主語の場合 (21a) のように本動詞もアスペクト動詞も尊敬語化が可能であるが 奪格主語の場合 (21b) のように本動詞は尊敬語化が可能であるがアスペクト動詞は不可能である Kishimoto (2012) は (21c) のような構造を仮定し本動詞が尊敬語化する場合は vp の指定部で一致する必要が アスペクト動詞が尊敬語化する場合は vp asp で一致する必要があるとした そして 主格主語は一番高い位置にある TP の指定部に移動するため vp でも vp asp でも一致できるが 奪格主語の場合は vp の指定部に留まるため vp asp では一致ができないとした (21) a. Sensei-ga Eri-ni sono-koto-o {o-hanasi-ni-nat-te i-ru/hanasi-te o-ide-ni-nar-u}. b. Sensei-kara Eri-ni sono-koto-o {o-hanasi-ni-nat-te i-ru/*hanasi-te o-ide-ni-nar-u}. c. [ TP... [ vpasp [ VP... [ TP... [ vp [ VP... V] V-v] te] V] V-vasp] T] (ibid : 21-23) 4 属格主語について 4.1. 属格主語はどこにあるのだろうか Ueda (2002) と Kishimoto (2012) の議論を基に 東京方言の属格主語は vp の指定部で生成されるがさらに高い位置には移動しないことを示す まず Ueda (2002) の議論が正しいとすると NGC 節内では文副詞は現れないが VP 修飾の副詞は現れると予想できるが Miyagawa (2011) などでも指摘がされている通り (22) のように文副詞は NGC 節内には現れることはできないが (23) のように VP 修飾の副詞は NGC 節内に現れることができる (22) a. 短距離選手の花子は日常生活では走らないようにしているけど 太郎は [ 昨日わざと花子 { が /* の } 走った理由 ] を知っているらしいよ b. [ 昨日おそらく花子 { が /* の } 焼くまで ] あのスーパーの肉はおいしく感じられなかった (23) a. 短距離選手の花子は走る時いつも本気を出すけど 太郎は [ 昨日ゆっくりと花子 { が / の } 走った理由 ] を知っているらしいよ b. [ 昨日じっくりと花子 { が / の } 焼くまで ] あのスーパーの肉はおいしく感じられなかった 次に NGC 節の主語に主格が付与されている場合 主文の主語とは束縛変項読みはできないが 属格が付与されている場合 束縛変項読みはできると予想ができるが (24) のように属格主語であれば主 -4-

文の主語との束縛変項読みができる (24) a. 誰も i が [ 昨日彼ら i{* が / の } 選んだ本 ] を大絶賛した b. 誰も i が [ 昨日彼ら i{* が / の } 来るまで ] そのクイズの解答は分からなかった最後に 主格主語の場合 主語と目的語が取るスコープの曖昧性は発生しないが 属格主語の場合 スコープの曖昧性は発生すると予想できるが Miyagawa (1993) でも指摘されている通り (25) のように二重主格構文で主格属格現象が起こった場合 (25c) のように主語と目的語が共に属格となった場合スコープの曖昧性は発生する (25) a. John-ga [tenisu-ka sakkaa]-ga dekiru riyuu reason > [tennis or soccer]; *[tennis or soccer] > reason b. John-no [tenisu-ka sakkaa]-ga dekiru riyuu reason > [tennis or soccer]; *[tennis or soccer] > reason c. John-no [tenisu-ka sakkaa]-no dekiru riyuu reason > [tennis or soccer]; [tennis or soccer] > reason d. John-ga [tenisu-ka sakkaa]-no dekiru riyuu reason > [tennis or soccer]; *[tennis or soccer] > reason (Miyagawa 1993 : 229) また Kishimoto (2011) が正しいとすると NGC 節内で 誰 に主格が付与され NGC 節の主要部の動詞の後に も が現れた場合は 誰 は NPI と解釈され得ないが 属格が付与されている場合は 誰 は NPI として解釈できると予想ができるが (26) のように NGC 節内の主語 誰 に属格が付与されている場合は NGC 節の主要部の動詞の後に も が現れた場合 NPI として解釈される (26) a. 太郎は [ 昨日誰 {* が / の } 買いもしなかった本 ] を知っている b. [ 昨日誰 {* が / の } も来もしなかった理由 ] が未だに分からない 次に 主格主語の場合では本動詞もアスペクト動詞もが尊敬語化が可能であるが 属格主語の場合では本動詞が尊敬語化のみ可能と予想ができるが (27a) や (28a) のように主格主語の場合にはどちらも文法的であるが (27b) や (28b) のように属格主語の場合には本動詞が尊敬語化できるが アスペクト動詞は尊敬語化できない (27) a. [ 昨日田中社長が { お食べになっていた / 食べておいでになった } 料理 ] は花子が作った b. [ 昨日田中社長の { お食べになっていた /* 食べておいでになった } 料理 ] は花子が作った (28) a. [ 昨日山田先生が { お買いになっていた / 買っておいでになった } 理由 ] をその場にいた花子は分からなかった b. [ 昨日山田先生の { お買いになっていた /* 買っておいでになった } 理由 ] をその場にいた花子は分からなかった 4.2 属格主語とラベリングの問題しかし 属格主語が DP であるとすると (29) のように vp の指定部に存在し DP と vp が併合した XP YP 構造が現れる Chomsky (2013, 2015) が正しいとすると XP もしくは YP がさらに高い位置で併合するもしくは XP と YP の共通素性を探索することでラベル付けが起こる しかし 属格主語も vp もさらに高い位置で併合はせず また属格主語とvP の間に共通素性があると考えることは難しい -5-

よって属格主語が DP であるとラベル付けの時に問題が発生するが属格主語が vp に付加している場合は問題が発生しない vp に付加することが可能である要素は副詞か PP であるが 属格主語は副詞的な要素ではない PP であれば (30) のように属格主語は v に付加することになり vp としてラベル付をすることが可能である (29) [? [ DP 太郎 =no] [ vp V v]] (30) [ vp [ PP 太郎 [ P no]] [ vp V v]] 5 まとめ本発表では 1 属格主語と奪格主語の統語的振る舞いは同じである であると主張し 2 Miyagawa (2011) での属格主義は vp の指定部に生成されるが TP の指定部には移動しない という主張を支持し最後に 3 属格主語の の は奪格主語の から と同様に後置詞であり 属格主語は PP である と主張した 今後は 属格主語は PP であることが本当に正しいか 詳しく検討する必要があると考えている 参考文献 Alexiadou, Artemis & Anagnostopoulou, Elena. 1998. Parameterizing AGR: Word Order, V-Movement, and EPP-Checking. Natural Language and Linguistic Theory 16, 491-539. / Chomsky, Noam. 2013. Problems of Projection. Lingua 130, 33-49. / Chomsky, Noam. 2015. Problems of Projection: Extension. Elisa D. Domenico, Cornelia Hamann & Simona Matteini (eds.). Structures, Strategies and Beyond: Studies in honour of Adriana Belletti. 3-16. John Benjamins. / Harada, Shin-Ichi. 1971. Ga- No Conversion and Idiolectal Variations in Japanese. Gengo Kenkyu 60, 25-38. / Hiraiwa Ken. 2001. On nominative-genitive conversion. Guerzoni Elena & Matushansky Ora (eds.). MITWPL 39: A Few from Building E39: Papers in Syntax, Semantics and their Interface. 66-125. MIT Working Papers in Linguistics. / 井上和子. 1976. 変形文法と日本語 大修館. / Inoue, Kazuko. 1998. Sentences without Nominative Subject in Japanese. Kazuko Inoue (ed.). Report (2): Researching and Verigying and Advanced Theory of Human Language. 1-29. Kanda University of International Studies. / 井上和子. 2002. 能動文, 受動文, 二重目的語構文と から 格. Scientific approaches to language 1, 49-76. / 伊藤健人. 2001. 主語名詞句におけるガ格とカラ格の交替について. 明海日本語 6: 45-63. / Kishimoto, Hideki. 2012. Subject honorification and the position of subjects in Japanese. Journal of East Asian Linguistics 21 (1), 1-41. /Kuroda, S.-Y. 1978. Case Marking. Canonical Sentence Patterns, and Counter Equi in Japanese. In John Hinds & Irwin Howards (eds.). Problems in Japanese Syntax and Semantics. 30-51. Kaitakusha. / Miyagawa, Shigeru. 1993. Case-checking and Minimal Link Condition. Phillips Colin (ed.) Papers on Case and agreement II MITWPL 19. 213-254. MIT Working Papers in Linguistics. / Miyagwa, Shigeru. 2011. Genitive subjects in Altaic and specification of phase. Lingua 121, 1265 1282. / Miyagwa, Shigeru. 2013. Strong Uniformity and Ga/No Conversion. English Linguistics 30, 1 24. / Ochi, Masao. 2001. Move F and Ga/No Conversion in Japanese. Journal of East Asian Linguistics 10, 247-286 / Ueda, Yukiko. 2002. Subject Positions, Ditransitives, and Scope in Minimalist Syntax: A Phase-Based Approach. Doctoral dissertation, Kanda University of International Studies. / Ueda, Yukiko. 2003. Subject Positions and Derivational Scope Calculation: A Phase-Based Approach. Scientific approaches to language 2, 189-215. -6-