研究論集 第 1 号 95 102, 2014 資料 横浜国立大学における教育実習に関する 調査結果について 竹内 達哉 横浜国立大学大学院 工藤 由希 横浜国立大学大学院 山本 1 光 横浜国立大学 背景 横浜国立大学教育人間科学部では 毎年約 230 人の学生が学校教育課程に入学し 必修の教育実習 I 小学校 を4週間 選択として教育実習 II 中学校 および教育実習 III 特別支援 を2週間履修している また 平 成 23(2011) 年度より教育実習と他の授業科目との二重履修を避けるため 教育実習の期間である3年生春学期 は教育実習 I のみの履修としている 一方 教育実習先の学校として 横浜国立大学教育人間科学部附属横浜小学校 中学校および附属鎌倉小学校 中学校 そして特別支援学校の5つの附属学校がある さらに 神奈川県内の3政令指定都市である横浜市 川 崎市 相模原市を含め 県内の公立の小学校や中学校 特別支援学校 60 校以上が 毎年教育実習の協力校となっ ている そもそも教育実習とは 教員免許を取得するために必要な 教職に関する科目 の一つである 教育職員免許 法施行規則第6条の 教育職員免許法第5条別表第一に規定する幼稚園 小学校 中学校又は高等学校の教諭 の普通免許状の授与を受ける場合の教職に関する科目の単位の修得方法 の表に位置づけられている 教育実習 の単位数は 先の表中の備考8に 事前指導及び事後指導の1単位を含めて5単位と記載されている また 教 育実習の実施方法や実習校の選択方法などは言及されておらず 各実習校や課程認定された大学に任されていた が 中央教育審議会答申 (2006) の参考資料 2 教職大学院におけるカリキュラムイメージについて 第二次試案 中に 教育実習の具体的な方法や その内容および実施期間の詳細なモデルが示された このモデルが示された一つの要因に 中央教育審議会などで次の問題点が指摘されていた 1 実習期間の短さ 2 教員希望でない者の実習 いわゆる実習公害 3 免許取得率と教員採用率との格差 いわゆるペーパーティーチャー これらの問題は 同じく中央教育審議会答申 (2006) において 3 教育実習の改善 充実 大学と学校 教育委員会の共同による次世代教員の育成 で提言がなされている 以下にその要点をまとめる a 学生の履修履歴等に応じた実習内容の重点化と十分な授業実習の確保する b 大学の教員と実習校の教員が連携 および実習校での複数の教員による指導を行う c 教育実習の円滑な実施や法令上の明確化 d 満たすべき到達目標の明確化と 事前に学生の能力や適性 意欲等を適切に確認する 95
竹内達哉工藤由希山本光 ( e) いわゆる母校実習をできるだけ避ける ( f) 各都道府県に教育実習連絡協議会を設置 実習内容等の共通理解や仕組みつくりを行うこれらは (1) から (3) の問題に対する提言としてなされているが 教育実習を実施する教員養成系大学への要望でもある さらに 教育実習に関わる教育行政の大きな流れとして 平成 22(2010) 年度入学生から 教職実践演習 が必修科目として設けられ 教員としての資質や能力を確認することになった 教育実習と教職実践演習との関係は 中央教育審議会答申 (2012) に 教育実習を中心に 教員として実践指導の基礎となる力を身に付けるとともに 教職実践演習で学部における学びを総括する と示されている つまり 教員の資質の向上や質の確保を行うために 教育実習で得た経験と大学で学んだ知識や研究内容を教職実践演習でリンクさせる教育を行う流れとなった 翻って 横浜国立大学教育人間科学部学校教育課程においても 先にあげた全国的な問題が存在し 一部はその対策も行っている (1) については 教育実地研究 という学部の1 年生秋学期に履修する科目によって 学校現場に行き体験を積む工夫が施されており 実習の時間の短さを補っている その一方で (2) については 対策が進まないのも事実である 本学部のように都市型の教員養成系大学の持つ問題の一つとして 教員養成系学部であるが教職を望まず入学してくる学生が一定以上存在する この実態は 文部科学省報道発表 (2013) からも 教員以外の就職率が高く 未就職率が低いことから指摘できる なお 本課程の学生が教員志望であるかどうかについては 学部全体で継続的に行われた調査データは公開されていない また (3) についても追跡調査を行い公開されているデータは存在しない 以上のことから 問題点の解決に向けて 本課程の実習生全員を対象にした共通の調査を行う必要がある さらに 中央教育審議会答申 (2006) の (d) で指摘されているとおり 学生の能力や意欲などを確認するためにも 実習前に実習生の特徴を明らかにする調査が必要である なお 本課程における教育実習に関する調査は 教育実習の事後指導の際に教育実習委員会によるアンケートがあげられる このアンケート結果は 単年度ごとの単純集計のみで利用され 経年変化の分析などもなされていなかった よって このアンケートの結果を分析し 本課程の教育実習の実態を明らかにする基礎資料として活用することで 今までの教育実習での問題の発見やその解決の指針を得ることができる さらに これらの分析の結果を通して アンケートの方法やアンケート内容の項目について考察が行え 教育実習の質の向上へとつながるであろう 2 目的本研究の目的は 教育実習の改善を行うための基礎資料として 本課程で行った過去 3 年間の事後指導時におけるアンケート調査を分析し 本課程の教育実習生の特徴を明らかにすることである さらにその結果を踏まえ 今後のアンケート調査項目の改善やその実施方法の提案をすることである 3 方法 3-1 調査対象と調査時期平成 22(2010) 年度から平成 24(2012) 年度にかけて 横浜国立大学教育人間科学部学校教育課程の学生を対象に 教育実習 I の事後指導の講義の終了時にアンケートを行った 教育実習 I は小学校で行う教育実習であり通常 3 年生春学期に履修する科目である 本課程の1 学年分の学生数は約 230 人であるが アンケートの有効回答数は 平成 22 年度 123 人 平成 23 年度 146 人 平成 24 年度 124 人であった 96
横浜国立大学における教育実習に関する調査結果について 3-2 調査項目調査項目は 実習生の実態を知ることや次年度の指導の参考にするために 教育実習委員会にて検討されていた その調査項目は大別すると以下の3つである ( ア ) 大学の指導体制について : オリエンテーション 事前指導 事後指導が役に立ったか ( イ ) 実習生の生活実態 : 実際の授業時間 退校時間 睡眠時間の実態 ( ウ ) 教職について : 教員志望について 実習先などこのアンケート調査は 主に教育実習中の生活実態の把握が目的であったため 実習生の特徴や教育実習の質を把握するための分析に必要な項目が少ない そのため 実習中の生活実態を経年変化にまとめた また実習生の特徴には 教員志望かどうかによって群を分け 分析可能な項目別に比較検討した 4 結果 4-1 経年変化についてはじめに 教員志望に関する結果を図 1に示す 経年変化として比較するため 各回答数を有効回答の全数で割った比率を掲載する 図 1の横軸は年度を縦軸はその割合をパーセント表示している その結果 教員志望は調査の期間 3 年間を通じて平均 61% で推移している また この3 年間のみではあるが 教員志望でない学生の比率が下がる傾向にあり 一方で考え中の学生が増加している 図 1 教員志望の比率 (%) 次に実習時間 ( 実授業時間 ) についての結果を図 2に示す 実習期間中の受け持ち授業時間が 10 時間以上 15 時間未満であった学生の比率が上昇している また 10 時間以上 15 時間未満より受け持ち授業数が多い場合 少ない場合のいずれの回答比率も減少している さらに 実習時間が 5 時間未満の学生はほとんどいない つまりこの3 年で実習時間の増加の傾向にある 97
竹内達哉工藤由希山本光 図 2 実習時間について (%) 図 2に関連して 実習期間中の受け持ち授業時間について どのように感じているかについて調査した結果を図 3に示す 実習時間を適当であると感じる学生の比率は3 年間を通じて平均 88% で推移している 実習時間はもっと多いほうがよいと考える学生の割合がやや上昇しており その分もっと少ないほうがよいと考える学生はやや減少している 図 3 実習時間の体感について (%) 実習期間中の退校時間に関する調査結果を図 4に示す 退校時間が 19 時 20 時または 20 時以降となった学生の比率が増加し それに伴い 18 時 19 時に退校する学生の比率が減少している 18 時以前に退校する学生の比率は3 年間平均 3.6% で推移している 18 時以前に退校する学生は 毎年大変少ないことが分かる 98
横浜国立大学における教育実習に関する調査結果について 図 4 退校時間について (%) 実習期間中の睡眠時間に関する調査結果を図 5に示す 睡眠時間があまり取れなかったと回答した学生の比率が3 年間で増加し だいたい取れたと回答した学生の比率を上回ってきている 睡眠時間を充分取れたと回答した学生はほぼ 15% 台で推移している一方で 全く取れなかったと回答した学生は毎年少ないことが分かる 図 5 実習中の睡眠時間について (%) 4-2 教員志望学生の特徴教員志望と回答した学生 ( 志望群 ) とそれ以外の学生 ( 非志望群 ) の2 群に分け検討を行った アンケートは 5 件法で回答されており 評価が低い ( 時間数が少ない ) 回答を1 点とし1 点刻みで評価が高い ( 時間数が多い ) 回答を5 点として得点化した この得点について2 群の平均値の差の検定を行った 検定は 基本的に等分散を仮定しないウェルチの t 検定を用いたが 正規性が仮定できなかった場合は マン ホイットニーの U 検定にて 2 群の差の検定を行った その結果は表 6に サンプル数 (N) 平均 標準偏差 (SD) および検定の値を掲載している 検定の有意差は * p<.05 ** p<.01 *** p<.001 および有意差無(n.s. p>=.05) を付している 99
竹内 達哉 工藤 由希 山本 光 A オリエンテーション 事前指導 事後指導について 調査期間の3年間では有意な差が認められた項目は 無かった B 実習時間 希望授業時間 退校時間 睡眠時間について 実授業時間および睡眠時間に2年以上連続して 有意な差が認められた 表6中太字 表6 5 教員志望群および非志望群の差について 考察 文部科学省報道発表 (2013) によると 教員養成課程における平成 24(2012) 年3月卒業者の教員就職率は全国 平均が 61.6% であり 横浜国立大学は 51.6% であった この結果は 全国順位において横浜国立大学は下位グルー プに属しているということである 我々の調査結果でも教員志望者の数の比は 61% 前後 図1 であることから 教育実習終了後には既に教員志望者が低いことが明らかである 今回のアンケートは実習後に行われたものであるために 教育実習によって実習生にどのような変化があった かを調査することが現状ではできていない さらに教員志望動機も明らかになっていない 今栄ら 1994 によ ると 他の研究を見ても 教育実習の教員志望動機に対する影響についての結論は一致しておらず 不一致の理 由として 教育実習の条件が大学によって異なること が挙げられている よって 横浜国立大学の学生の教育 実習中の変化をより明らかにするために 事前指導および事後指導でのアンケートには 必ず志望動機に関する 100
横浜国立大学における教育実習に関する調査結果について 調査項目を入れることで 教育実習の条件と教員志望動機の関係が明らかになると考えられる 一方 実習生の生活実態については 実授業時間は 10 時間以上 15 時間未満が最も多く ( 図 2) 適切だと感じている学生が多いことが分かった ( 図 3) 実授業時間の比較対象となる全国調査は無かったため比較の基準が存在しないが 概算すると教育実習 I の4 週間 (160 時間 ) 中の 15 時間が実授業時間とすると 1 週間あたり平均 3から4 時間の授業数となっている 授業準備や指導案作成などの時間や その振り返りなどを含めると妥当な時間数と考えられるが 今後の調査では実践観察および実践参加と自らが行った授業実践とは分けて調査する必要がある さらに 退校時間は 19 時から 20 時が最も多く 年々遅くなっていることが図 4より分かる 一方で 睡眠時間については あまり取れなかった だいたい取れた が拮抗しており どちらが多いかは全体として明らかでないことが分かった ( 図 5) 以上から生活実態については 時間数ではなく1 日の内訳を問うような項目に変更する必要がある 次に 教員志望の学生群と非志望の学生群を比較した結果によると ( 表 6) 大学での指導体制について 実習生にとって有効であったかを聞いた項目では 2つの群間に有意な差が見られなかったことから それらは教員志望であるかどうかに関係がないことが明らかになった しかし 志望の度合いに関わらず教育実習をより有意義なものにするためには 実習前後の指導の改善が求められる 具体的には 尾崎 (2010) や姫野 (2006) が提案するように オリエンテーションや事前指導では 実習生同士が交流し話し合いできるピアサポート体制の仕組み作り や 事後指導では 授業と実習日誌を実習生自身が分析し振り返るプログラムの導入 が考えられる これらの事例を含め より有効的な指導体制を考慮しその効果の測定を行う必要がある 一方で 教員志望か否かで有意な差が見られた項目は 実授業時間および睡眠時間であった 実授業時間は志望群の平均が非志望群よりも高かった さらに 睡眠時間については 教員志望の学生群の平均睡眠時間は 非志望の学生群よりも短いといった一見すると矛盾する関係となっていた 以上より実習生の実態を把握するためには 実習中の時間を実授業時間 教材作成時間 指導助言を受けている時間など内訳を聞く項目とともに 実習生自身の実習に対する態度や能力などの項目がアンケートには必要である さらに 生活実態調査以外にも教育実習生の質の変容を見るための調査項目を開発し加えることで 教育実習の質の向上の指針の一つが得られると考えられる 6 まとめ横浜国立大学教育人間科学部の教育実習 I 参加者に対して教育実習後に行ったアンケートの平成 22 年から 24 年までの3 年分について分析を行った その結果 教員志望率は 61% 台で推移し 実授業時間は 10 時間から 15 時間未満で この時間数は妥当だと考えていることが分かった さらに 教員志望の学生の特徴は 実習時間が長く 退校時間が早く 睡眠時間が良く取れていることが分かった 今後の課題として 教育実習に関するアンケートの実施時期は 入学時 事前指導 事後指導の3 回にすることや 教員志望の動機を明確するための調査項目や時間の詳細な利用方法を聞く項目が必要である さらに実習生の質の変容を知るための項目の開発が必要となる 101
竹内達哉工藤由希山本光 7 謝辞 教育実習のアンケートに協力していただいた学生の皆さんに感謝いたします さらに 歴代の教育実習委員会の先生方のご協力により 今回の調査が行えたことに感謝いたします 8 参考文献中央教育審議会答申 今後の教員養成 免許制度の在り方について 2006 年 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/06071910.htm (2013 年 11 月閲覧 ) 中央教育審議会答申 教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について 2012 年 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325092.htm (2013 年 11 月閲覧 ) 文部科学省報道発表 国立の教員養成大学 学部 ( 教員養成課程 ) 等の平成 24 年 3 月卒業者の就職状況について 2013 年 http://www.naruto-u.ac.jp/docs/2013010800148/files/monka_20130109.pdf(2013 年 11 月閲覧 ) 今栄国晴 清水秀美 教育実習が教員志望動機に及ぼす影響日本教育工学雑誌 17(4) : pp185-195 1994 年 事前 事後測定法による分析 尾崎啓子 教育実習に臨む学生の支援強化に向けた実態調査 ( 続 ) 埼玉大学紀要教育学部 59(1) : pp93-104 2010 年 姫野完治 渡部淑子 省察を基盤とした教育実習事後指導プログラムの開発 秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要第 28 号 : pp165-176 2006 年 102