高齢者における心臓大血管治療の適応と限界 フレイル(Frailty)とは 高齢者における経カテーテル的大動脈弁植込み術 (TAVI)の適応と限界 鳥飼 慶 1) 倉谷 徹 2) 1) 大阪大学大学院医学系研究科 澤 芳樹 1) 心臓血管外科 2) 大阪大学大学院医学系研究科 はじめに が叫ばれ 心臓大血管治療の領域でも手術侵襲の軽 減が大きな課題となった 現在 高齢化社会を背景に大動脈弁狭窄症(Aort- 近年 弁膜疾患や先天性心疾患 また一部の心筋 ic Stenosis AS)患者が急増しているが 開心術の 疾患等 心臓の構造物に異常を抱える疾患群は構造 適応が困難なハイリスク AS 患者に対する低侵襲カ 的心疾患 Structural heart disease(shd)という範疇 テーテル治療として経カテーテル的大動脈弁植込み でまとめられるようになり 進化著しいカテーテル 術(Transcatheter Aortic Valve Implantation TA- 技術を駆使してこれら疾患の治療にあたる SHD in- VI) あるいは置換術(TAVR)が登場し 国内でも tervention が注目されている これまで SHD は根 普及しつつある 本項では 心臓大血管治療の領域 治的な治療のためには開心術が必要であったが で注目を集める TAVI について紹介し その適応と SHD intervention では人工心肺を用いず 低侵襲に 限界について考える 治療可能なのが最大の利点となる 心房中隔欠損に 高齢化社会と低侵襲治療 超高齢化社会を迎えている日本であるが 厚生労 働省のデータでは 2015 年以降日本の総人口は徐々 1266 低侵襲循環器医療学 対する Amplatzer を用いた経カテーテル的欠損孔 閉鎖術や AS に対する TAVI がそれに該当する TAVI とは に減少傾向となるにもかかわらず 75 歳以上の人口 AS は加齢とともにその頻度を増す疾患であり は 3000 万人程度を維持すると推測されている 加 人口の高齢化とともにその患者数は急増している 齢とともに各臓器が有する予備能は低下し 高齢と AS は症状出現後 75 の患者が 3 年以内に死亡する いう要素自体が治療の 1 つのリスクファクターとな 進行性かつ予後不良の疾患で ACC AHA のガイ ることに加え 加齢とともに循環器疾患以外の併存 ドラインでも記されているように 現時点での AS 症も多くなり 総じて高齢化社会においては患者が に対する標準的治療は大動脈弁置換術(Aortic valve ハイリスク化する方向に進む 一方 本邦における replacement AVR)で 患者数が増加していること 高齢者の平均余命は 80 歳を超える超高齢者でも男 から年々 AVR の件数は増えているが その手術成 性 8.61 歳 女性 11.52 歳 90 歳においても男性 績は手技の改良 人工心肺技術の向上等により改善 4.26 歳 女性 5.53 歳であることが示されている(厚 しており 2009 年の日本胸部外科学会報告では 30 生労働省データ) 超高齢者でも少なからぬ余命が 日内死亡は 2.5 在院死亡は 3.5 であった 残されているという事実は 治療後の QOL も考慮 しかし 高齢 重篤な合併症を理由に未治療のまま した治療選択が求められる時代に突入したことを意 経過観察されている重症 AS 患者は全体の 3-6 割に 味する このような必要性から医療全体の低侵襲化 及ぶとされ このようなハイリスク AS 患者に対す 1,2)
A 図1 B 経カテーテル生体弁 A Edwards Lifesciences 社 サピエン XT(バルーン拡張型) B Medtronic 社 CoreValve ReValving System(自己拡張型) 出典 Edwards Lifesciences 社 Medtronic 社 る 低 侵 襲 治 療 と し て 登 場 し た の が TAVI で あ る 3 5) TAVI は小切開あるいは経皮的手技により proach TA 図 2)と 逆行性となる経大腿動脈ア プローチ(Trans-femoral approach TF 図 3)が主 カテーテルを用いて大動脈弁位に生体弁を植込む手 である 一方 CoreValve では TF の他 鎖骨下動 技である AVR が胸骨正中切開や 人工心肺の装 脈 直接大動脈アプローチがあるが いずれも逆行 着 心停止を要するのに対し TAVI は鼠径部や左 性となる 国内でもサピエン XT が 2013 年 10 月に 前胸部の小切開あるいは経皮的アプローチで手技を 保険収載され 日常診療で使用可能となっている 遂行可能で 人工心肺は用いず 心停止も要さない CoreValve も治験は終了し 2015 年 3 月に薬事承認 点において AVR より低侵襲な治療法である 2002 された 続いて 第 3 のデバイスとなる Boston 年に初の臨床応用が行われて以後 全世界に急速に Scientific 社の Lotus valve も 2015 年 6 月より治験 広がり 2014 年までにすでに 10 万例を超える TA- が開始となった(図 4) 7) 8) 6) VI が施行された 経カテーテル弁としてバルーン 拡張型である Edwards Lifesciences 社のサピエン TAVI の有用性 XT と自己拡張型である Medtronic 社の Core- SAPIEN 生体弁を用いた前向き無作為化大規模 Valve ReValving System (以下 CoreValve)が多く 臨床試験である PARTNER trial では 手術不能群 用いられている(図 1A B) アプローチ法について において 経皮的バルーン大動脈弁形成術を含む保 はデバイスごとに異なるが サピエン XT では 順 存的加療よりも TAVI を行ったほうが予後良好で 行性となる経心尖部アプローチ(Trans-apical ap- あることが示された また手術ハイリスク群におい 高齢者における経カテーテル的大動脈弁植込み術(TAVI)の適応と限界 1267
心尖部アクセス 図2 バルーン前拡張 ラピッドペーシング下 自己弁通過 SAPIEN XT生体弁 植込み 最終評価 ラペッドペーシング下 経心尖部アプローチ(サピエン XT) 出典 Edwards Lifesciences 社 バルーン前拡張 ラピッドペーシング下 大動脈弓通過 自己弁通過 SAPIEN XT生体弁 植込み 最終評価 ラペッドペーシング下 図3 経大腿動脈アプローチ(サピエン XT) 出典 Edwards Lifesciences 社 ても アプローチに限らず TAVI と AVR では術 後早期の脳血管関連合併症を除き 成績に差を認め 9 12) ず TAVI の AVR に対する非劣性が示された TAVI は従来ながらの手術と比較すると低侵襲の 以上のエビデンスは 5 年の長期成績でも確かめら 要素を持ち合わせているものの まだ発展途上の新 れ 経カテーテル弁の機能が外科手術で使用される 規治療であり 手技と関連する重篤な合併症が少な 生体弁と同等であることが示され 同観察期間で弁 からず発生することや 長期成績がいまだ不明であ 機能不全に陥った経カテーテル弁はなかったと報告 ることからも 患者選択は慎重に行う必要がある 13,14) されている 一方 CoreValve に関しても前向 患者選択が適正に行われるためには TAVI の適応 き無作為化大規模臨床試験が行われ AVR より良 決定において 循環器内科医および心臓血管外科医 15) 好な術後成績が示された こうしたエビデンスを を含む TAVI 診療に携わるハートチーム全体での もとに 2014 年に発表された AHA ACC のガイド 判断が不可欠といえる すでにエビデンスが示され ラインでは心臓疾患を除いた場合の生命予後が 12 ている 良好な AVR の臨床成績を考慮すれば 現 カ月以上見込まれる開心術ハイリスク AS 患者に対 時点での TAVI の適応は AVR がハイリスクあるい 2) する TAVI は class I の推奨となっている 1268 TAVI の適応 は不可能と判断される有症状の重症 AS 患者に限定
上行大動脈 Sinoーtubular Junction 冠動脈 バルサルバ洞 弁尖 石灰化 病変 弁輪 左室流出路 図5 図4 Boston Scientific 社 Lotus valve 出典 Boston Scientific 社 TAVI に必要な大動脈基部解剖 ては 大動脈弁輪径の他にも 左室流出路径 バル サルバ洞の幅および高さ 冠動脈入口部の高さ 弁 尖長 sino-tubular junction 径 上行大動脈径に加 されるべきである 年齢や合併症から Logistic Eu- え エコーでは評価が困難な基部周辺の石灰化病変 roscore や STS Predicted Rate of Mortality を算 の程度および範囲が挙げられる(図 5) こららを総 出しリスク評価を行うのはもちろんのこと こうし 合的に判断し デバイスの特性を考慮したデバイス た評価法には反映されない porcelain aorta や frail- 選択 サイズ決定を行う必要がある ty(脆弱さ) 肝機能異常等のリスクファクターも十 分検討項目として挙げ 多角的かつ総合的な判断を TAVI の施行要件 行わねばならない 特に frailty は高齢者に特有の因 TAVI を実際に行うにあたり重要な要素として 子で 詳細については別項に譲るものの 循環器領 ハートチームの確立とハイブリッド手術室の 2 つが 域の治療においても予後と有意に関係する可能性が 挙げられる TAVI の診療にあたっては 適応の決 示唆されており frailty を根拠に低侵襲治療である 定以外にも 新規の治療技術と捉えられる独特なカ TAVI を選択するケースも実臨床では比較的多く散 テーテル手技 術中に起こり得る種々の重篤な合併 見される しかし注意が必要なのは frailty の程度 症およびその対応策 高齢 ハイリスク患者を対象 によっては TAVI の適応も困難な患者が存在する とした術後管理 そのいずれの場面においても多職 ことである 種による総合的かつ多角的な判断 対応が不可欠で また 術前リスク評価からの TAVI 適応の有無と あり 適切に機能するハートチームが確立されては は別に 解剖学的適応も検討する必要がある TA- じめて良好な治療成績が得られる 欧州心臓病学 VI の普及により近年心臓大血管領域の画像診断法 会 胸部外科学会のガイドラインでもハートチーム は格段に進歩を遂げ 特に心電図同期 multi-slice の下での治療が推奨されている また 植込み精 CT は大動脈基部の詳細な解剖学的分析を可能とし 度を上げるため透視装置は据え置き型であることが た 16,17) TAVI 弁を植込むのに必要な基部解剖とし 18) 望ましく 治療環境も人工物を植込むという点で 高齢者における経カテーテル的大動脈弁植込み術(TAVI)の適応と限界 1269
A 図6 B C サピエン XT を用いた TAVI(経大腿動脈アプローチ) A 植込み前 B 植込み C 最終造影 Rapid pacing の使用や術中に重篤な合併症を起 AVR と同等の清潔度(class Ⅱ)が求められる その 19) 結果ハイブリッド手術室での施行が推奨される 手技の実際 すでに国内で認可されたサピエン XT を例に挙 こす可能性を考慮し 実際の手技は全身麻酔下で行 われることが多い 術中の血行動態破綻に備え 経 皮的心肺補助装置等の補助循環のスタンバイも必須 である げる(図 2 3) TAVI の問題点 サピエン XT は 下 2 3 を PET 製カフに覆われ 1270 たコバルト クロム合金のステント状フレームに 経カテーテル生体弁の耐久性が不明である点か ウシ心膜から成る弁組織が縫着されている バルー ら 現時点では開心術を施行可能なリスクの低い患 ン拡張型の経カテーテル生体弁である(図 1A) CT 者や若年者への適応は避けるべきで また医療経済 や経食道心エコーにて大動脈弁輪径を計測し 弁サ 的 倫理的な観点からも 全身状態が不良あるいは イズを選択 別テーブルでデリバリー用のカテーテ 高度の frailty を有する等のリスクが高すぎる患者 ルに弁をかしめる操作(クリンピング)を行う 麻酔 や 年齢的適応を無視してよいということにはなら 導入下に経大腿動脈アプローチでは小切開あるいは ない 厳格な適応判断が求められる 経皮的に大腿動脈を 経心尖部アプローチでは左小 TAVI 関連合併症も多岐にわたる TAVI に特有 開胸下に心尖部にアクセスする ヘパリン投与後 なものでも冠動脈狭窄症および閉塞 脳血管合併症 シースを挿入し ガイドワイヤを適当な位置に留置 生体弁の malposition および塞栓 弁周囲逆流(per- 大 動 脈 基 部 を 造 影 し 弁 輪 部 の 位 置 を 確 認 右 室 ivalvular leak) 心伝導障害(房室ブロック 左脚ブ rapid pacing 下に前拡張を施行 生体弁を充填した ロック等) 出血(弁輪部破裂 血管損傷 心タンポ デリバリーカテーテルをシースより挿入し 大動脈 ナーデ)等が挙げられる TAVI は手技もデバイス 弁位まで進める 造影にて適宜位置を確認しながら も発展途上の治療法であり 決して少なくない確率 再度 rapid pacing 下に弁を植込む 造影およびエ で術中合併症が起こることが報告されてい コーにて植込み後の弁機能や冠動脈血流を評価する る 9 12,20 22) (図 6) カテーテル類を抜去し ヘパリン中和後 止 国内に限定すると 人種的差異から体格ひいては 血を行い閉創する 経心尖部アプローチでは胸腔ド 大動脈基部解剖が欧米人に比べ小さいことが指摘さ レーンを留置する れはじめており 冠動脈関連合併症が高率に起こる
23) 可能性があり注意が必要である またアプローチ らなる進化とともにその適応は拡大していくものと に関しても血管径が細いことに加え 邦人では大動 考えられた TAVI の登場により 弁膜症の治療体 脈病変が多く 逆行性アプローチの適応も慎重に 系は大きな変革期を迎えている 行っていかねばならない 今後の展開 文 TAVI の良好な術後早期成績が報告される一方 で 重篤な術中合併症の発生や脳血管合併症 弁周 囲逆流等の問題点を解決すべく デバイスの新規開 発が進められている 次世代のデバイスの多くは自 己拡張型で 正確な植込みおよび retrieve resheath repositioning を可能とするデリバリーシス テムを備えていることが多い また 予後に大きく 影響する弁周囲逆流の抑制目的で 弁輪部や弁下部 組織に spacer を有するデザインコンセプトのデバ 11) イスも登場している 血管系合併症の発生も予後 に影響し デリバリーシステムの low profile 化も当 24) 然のことながら進められている 現在 TAVI の対 象となる疾患は 国内では弁輪部に石灰化を有する 変性性の AS に限られているが 患者弁を clip する 形で弁輪部に固着される JenaValve は大動脈弁閉 鎖不全症に対しても対応可能な TAVI 弁であり 欧 25) 州の薬事承認をすでに取得している また生体弁 による弁置換後に弁機能不全を生じた症例も TAVI にて治療が可能とされ(Valve-in-valve) その有効 26) 性が注目されている デバイスの進化とともに さらに安定した術後早期成績が得られ また受け入 13,14) れ可能な中 長期成績も報告されつつある 今 後さらなるデータの蓄積が必要であるものの その 成績如何によっては同治療の適応が大きく拡大して いくことが予想される おわりに TAVI は良好な術後早期成績を示し AVR の代 替となり得る極めて有用な低侵襲治療オプションで ある 適切な患者選択や手術手技 合併症に対する 対応等 良好なハートチームの形成がこの治療には 不可欠であるが データの蓄積およびデバイスのさ 献 1) Annual report. Gen Thorac Cardiovasc Surg 2011 59 636-637 2) Nishimura RA, Otto CM, Bonow RO, et al 2014 AHA ACC guideline for the management of patients with valvular heart disease a report of the American College of Cardiology American Heart Association task force of practice guidelines. Circulation 2014 129 e651. PMID 24589853 3) Pellikka PA, Sarano ME, Nishimura RA, et al Outcome of 622 adults With asymptomatic, hemodynamically significant aortic stenosis during prolonged follow-up. Circulation 2005 111(24) 3290-3295 4) Bouma BJ, van Den Brink RB, van Der Meulen JH, et al To operate or not on elderly patients with aortic stenosis the decision and its consequences. Heart 1999 82(2) 143-148 5) Bach DS, Cimino N, Deeb GM Unoperated patients with severe aortic stenosis. J Am Coll Cardiol 2007 50 (20) 2018-2019 6) Mylotte D, Osnabrugge RJ, Windecker S, et al Transcatheter aortic valve replacement in Europe. J Am Coll Cardiol 2013 62 210-219 7) Sawa Y, Takayama M, Mitsudo K, et al Clinical efficacy of transcatheter aortic valve replacement for severe aortic stenosis in high-risk patients the PREVAIL JAPAN trial. Surg Today 2015 45 34-43. PMID 24595532 8) Sawa Y, Saito S, Kobayashi J, et al First clinical trial of a self-expandable transcatheter heart valve in Japan in patients with symptomatic severe aortic stenosis. Circ J 2014 78 1083-1090. PMID 24662399 9) Leon MB, Smith CR, Mack M, et al Transcatheter aortic-valve implantation for aortic stenosis in patients who cannot undergo surgery. N Engl J Med 2010 363 1597-1607 10) Smith CR, Leon MB, Mack MJ, et al Transcatheter versus surgical aortic-valve replacement in high-risk patients. N Engl J Med 2011 364 2187-2198 11) Kodali SK, Williams MR, Smith CR, et al Two-year outcomes after transcatheter or surgical aortic-valve replacement. N Engl J Med 2012 366 1686-1695 12) Makkar RR, Fontana GP, Jilaihawi H, et al Transcatheter aortic-valve replacement for inoperable severe aortic stenosis. N Engl J Med 2012 366 1696-1704 13) Mack MJ, Leon MB, Smith CR, et al 5-year outcomes of transcatheter aortic valve replacement or surgical aortic valve replacement for high surgical risk patients 高齢者における経カテーテル的大動脈弁植込み術(TAVI)の適応と限界 1271
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