2011 年 4 月 14 日 放 送 第 12 回 日 本 褥 瘡 学 会 1 教 育 講 演 1より 褥 瘡 と 鑑 別 すべき 皮 膚 疾 患 群 馬 大 学 大 学 院 皮 膚 病 態 学 准 教 授 永 井 弥 生 はじめに 本 日 は 褥 瘡 と 鑑 別 すべき 皮 膚 疾 患 それに 加 えて 褥 瘡 治 療 に 関 わるみなさんに 知 って おいてほしい 皮 膚 疾 患 についてお 話 します 褥 瘡 治 療 に 関 わる 医 療 者 は 常 に 目 の 前 の 病 変 が 本 当 に 褥 瘡 であるのか 褥 瘡 の 治 療 だけを 続 けてよいのかのアセスメントが 求 め られています 専 門 医 師 がいない 施 設 においては 褥 瘡 以 外 の 皮 膚 病 変 についての 判 断 をしばしば 求 められることでしょう これは 第 12 回 日 本 褥 瘡 学 会 において 講 演 した 内 容 であり 聞 いて 下 さった 方 の 多 く は 看 護 師 をはじめとしたコメディカルのみなさんでした 従 って 皮 膚 科 を 専 門 としない 方 々に 皮 膚 疾 患 を 理 解 していただくことを 目 的 としています 4 つのパートに 分 けてお 話 しました 1) 褥 瘡 好 発 部 位 である 仙 骨 部 や 臀 部 とその 周 囲 すなわちプライベートパーツにみられる 皮 膚 疾 患 2) 足 部 病 変 の 鑑 別 すべき 疾 患 3) 手 術 室 で 生 じる 紛 らわしい 疾 患 と 病 態 最 後 は 4) 褥 瘡 はあるがそれだけではない 見 逃 してはいけない 疾 患 です 1. 仙 骨 部 や 臀 部 とその 周 囲 プライベートパーツ にみられる 皮 膚 疾 患 1 皮 膚 真 菌 感 染 症 仙 骨 部 に 生 じた 発 赤 であっても 実 はこれは 皮 膚 真 菌 感 染 症 かもしれません かさかさとした 皮 膚
これを 鱗 屑 といいますが こびりついている 紅 斑 であり よく 見 ると 紅 斑 の 辺 縁 に 膜 様 の 薄 い 鱗 屑 を 付 しているのがわかります( 図 1) 真 菌 感 染 症 の 診 断 にはこの 鱗 屑 を 少 し 取 って 顕 微 鏡 で 観 察 して 菌 糸 を 確 認 します 褥 瘡 を 生 じやすい 患 者 さんで 多 くみられるのはカンジダ 感 染 症 です これは 高 温 多 湿 の 環 境 で 悪 化 します ドレッシング 材 のような 密 封 するものを 貼 付 するのは 禁 忌 です また 褥 瘡 の 周 囲 にも 真 菌 感 染 症 が 生 じることはよくありますので 病 変 を 見 逃 さないように してください 2 湿 疹 :おむつ 皮 膚 炎 肛 囲 皮 膚 炎 などの 一 時 刺 激 性 皮 膚 炎 湿 疹 は 皮 膚 炎 とほぼ 同 じ 意 味 です 原 因 部 位 経 過 などにより 様 々な 分 類 がなさ れるため 時 に 混 乱 しがちですが これはれっきとした 病 名 です したがって 褥 瘡 の まわりの 湿 疹 をみたらカンジダを 疑 え などという 表 現 は 大 きな 誤 りです おむつ 皮 膚 炎 肛 囲 皮 膚 炎 などの 多 くは 尿 や 便 汚 染 による いわゆる 一 時 刺 激 性 皮 膚 炎 です 湿 疹 治 療 の 中 心 はステロイド 外 用 剤 ですが 多 くはびらんを 伴 う 病 変 ですの で 亜 鉛 華 単 軟 膏 などの 吸 湿 作 用 をもつ 外 用 剤 もよく 使 用 されます 3 乳 房 外 パジェット 病 真 菌 感 染 症 や 湿 疹 と 間 違 われてしまうことがある 外 陰 部 に 生 じる 大 事 な 疾 患 に 乳 房 外 パジェット 病 があります これは 皮 膚 癌 の 一 つです 表 皮 内 癌 であるため 紛 らわし いのですが 外 用 加 療 では 軽 快 しません 診 断 は 皮 膚 生 検 が 必 要 ですので この 疾 患 を 知 らないと 診 断 が 遅 れてしまいます 表 皮 内 癌 の 時 点 で 加 療 すれば 根 治 が 可 能 ですが 治 療 が 遅 れると 進 行 癌 となり ひとたび 進 行 すると 予 後 不 良 です 4 帯 状 疱 疹 単 純 疱 疹 褥 瘡 と 間 違 われる 疾 患 に 帯 状 疱 疹 と 単 純 疱 疹 ( 単 純 ヘルぺス)があります 多 くの 人 が 両 方 を 含 めて ヘ ルペス と 呼 んでいるかもしれません 帯 状 に 水 疱 や 紅 斑 を 生 じますが 初 期 にはわかりにくいことがあり ます 水 疱 は 摩 擦 を 受 けやすい 部 位 に 生 じればすぐに 破 れてびらん 潰 瘍 となるので 褥 瘡 と 間 違 われるこ とがあります( 図 2) この 部 位 に 生 じると 膀 胱 直 腸
障 害 を 合 併 して 尿 閉 をきたすことがあるので 注 意 が 必 要 です また ドレッシング 材 で 密 封 して 悪 化 させてしまうこともあります 単 純 ヘルペスは 様 々な 部 位 に 集 族 した 水 疱 を 生 じます 2. 足 部 病 変 の 鑑 別 すべき 疾 患 1 虚 血 性 足 病 変 を 見 逃 さない: 閉 塞 性 動 脈 硬 化 症 (arterioscerosis obliterans:aso) 足 の 潰 瘍 をみたときに 重 要 なのは 閉 塞 性 動 脈 硬 化 症 (ASO 最 近 では peripheral arterial disease (PAD)と 呼 びます)などの 虚 血 性 の 病 変 を 見 逃 さないことです( 図 3) 足 の 色 はどうか 動 脈 の 拍 動 を 触 知 するか などはまず 観 察 しなければな らない 点 です 虚 血 の 評 価 をせずに 不 用 意 な 切 開 ヤデブリドマンを 行 うと 潰 瘍 が 急 速 に 拡 大 してしまうことがあります 最 近 は 様 々な 優 れた 侵 襲 の 少 ない 検 査 が 可 能 で 虚 血 の 評 価 が 容 易 になりました 足 関 節 上 腕 血 圧 比 (ABI) 皮 膚 灌 流 圧 (SPP)が 代 表 的 です SPP は 測 定 値 が 30mmHg 以 下 になると 測 定 部 位 の 創 傷 治 癒 機 転 が 働 かない 可 能 性 が 高 いとされます 1) 2その 他 の 疾 患 外 果 部 の 発 赤 腫 脹 を 生 じる 疾 患 とし て 滑 液 包 炎 があります( 図 4a,b) 圧 迫 部 位 でもあるので 褥 瘡 と 間 違 わ れることがあります 波 動 を 触 れる 際 には 透 明 な 滲 出 液 を 穿 刺 できます 中 央 が 自 壊 し 透 明 あるいは 膿 性 の 滲 出 液 がみられることもあります 圧 迫 や 抗 菌 剤 投 与 にて 加 療 します ドレッシング 材 などで 密 封 すると 感 染 が 悪 化 しやすいので 注 意 が 必 要 です 糖 尿 病 を 有 する 患 者 では 糖 尿 病 性 水 疱 を 生 じることがあります 病 変 をみるときには 常 に 褥 瘡 の 生 じうる 部 位 であるのか 基 礎 疾 患 の 有 無 はどうか 確 認 する 習 慣 をつけて おく 必 要 があります
また このほかにも 皮 膚 潰 瘍 からは 壊 疽 性 膿 皮 症 皮 膚 筋 炎 や 関 節 リウマチ 血 管 炎 などの 診 断 に 至 ることがあります 2) 3. 手 術 室 でみられる 褥 瘡 と 鑑 別 すべき 疾 患 1 術 後 臀 部 皮 膚 障 害 原 因 は 一 つではないかもしれません deep tissue injury や 電 気 メスの 影 響 の 可 能 性 も 挙 げられています 術 後 臀 部 皮 膚 障 害 と 呼 ばれている 病 態 があります 脊 椎 麻 酔 後 に 生 じることが 多 かったため 脊 麻 後 紅 斑 と 呼 ばれていました 術 後 1~2 日 以 内 に 発 生 す る 有 痛 性 紅 斑 周 囲 に 線 状 の 紅 斑 を 伴 う 全 手 術 室 手 術 の 0.1~0.3%にみられ 体 動 可 能 な 患 者 でも 発 症 するといった 特 徴 が 報 告 されています 3) 2 ポビドンヨード 液 による 皮 膚 障 害 もうひとつ ポビドンヨード 液 による 皮 膚 障 害 があります( 図 5) 手 術 が 終 わったら 術 野 ではな い 部 位 たとえば 仰 臥 位 や 砕 石 位 であれば 臀 部 や 大 腿 後 面 に 発 赤 がみられたということはないでし ょうか 10%ポビドンヨード 液 は 溶 液 状 態 のま まだとその 作 用 は 持 続 し 皮 膚 は 連 続 的 にその 影 響 をうけます 大 量 の 消 毒 液 が 使 用 され 消 毒 液 が 術 野 以 外 に 流 れ 込 んだうえに チオ 硫 酸 ナトリウム(ハイポアルコール)による 還 元 が 行 われていない その 部 位 の 乾 燥 が 妨 げられる 環 境 下 におかれると 発 症 します 4) これは 予 防 が 重 要 です 消 毒 液 が 流 れるような 過 剰 な 使 用 を 避 けること 乾 燥 させる かハイポアルコールにて 還 元 させること 消 毒 は 十 分 ふき 取 るなどの 注 意 が 必 要 です 5) 3 その 他 体 位 によっては 褥 瘡 を 生 じえますが deep tissue injury を 生 じることもあります 腎 摘 枕 の 当 たって いた 部 位 に 生 じた 発 赤 ですが CK (クレアチンキナ ーゼ)20,000IU/ml と 上 昇 しており 横 紋 筋 融 解 を 合 併 した 症 例 を 供 覧 します( 図 6)
4. 褥 瘡 だけではない 疾 患 褥 瘡 から 続 発 する 疾 患 壊 死 性 筋 膜 炎 は 軟 部 組 織 の 感 染 が 筋 膜 に 沿 って 急 速 に 波 及 する 重 篤 な 細 菌 感 染 症 です( 図 7) しばしばレ ントゲンやCT 画 像 上 でガス 像 がみられます 強 力 な 抗 生 剤 の 投 与 全 身 管 理 とともに 緊 急 デブリードマ ンを 要 し 見 逃 してはならない 重 篤 な 疾 患 の 1 つです 長 期 間 持 っていた 褥 瘡 から 皮 膚 癌 ( 有 棘 細 胞 癌 )が 発 生 することがあります また 骨 盤 部 内 の 病 変 の 浸 潤 により 潰 瘍 を 生 じることもあります CT や MRI 皮 膚 生 検 による 病 理 組 織 学 的 検 査 などによる 精 査 が 必 要 です 通 常 の 褥 瘡 と 異 なる 点 に 気 付 きうるか 否 かがポイントといえます 終 わりに 褥 瘡 を 診 る 医 療 者 が 鑑 別 すべき 疾 患 知 っておくべき 代 表 的 な 皮 膚 疾 患 についてお 話 しました 多 くの 医 療 者 が 関 わる 褥 瘡 治 療 において 鑑 別 すべき 知 っておくべこのよ うな 皮 膚 疾 患 をわかりやすく 理 解 していただくように 努 めることは 皮 膚 科 医 の 責 任 と 思 います 文 献 1. 寺 師 浩 人 北 野 育 郎 辻 依 子 ほか: 重 症 虚 血 肢 の 診 断 治 療 におけるレーザードップ PV2000 の 有 用 性 ;Skin Perfusion Pressure (SPP, 皮 膚 灌 流 圧 ) 測 定 の 意 義 について. 形 成 外 科 48: 910-919 2005. 2. 永 井 弥 生 : 血 管 炎 による 潰 瘍. 創 傷 治 癒 プラクティス pp80-83 石 川 治 田 村 敦 志 編 著 南 江 堂 東 京 2006. 3. 松 村 由 美 : 褥 瘡 と 紛 らわしい 皮 膚 疾 患 : 褥 瘡 会 誌 12:1-7 2010. 4. 寺 師 浩 人 藤 川 由 美 子 吉 富 佳 代 子 ほか: 術 中 褥 瘡 と 誤 診 していたと 判 断 した 症 例 の 検 討. 褥 瘡 会 誌 3:85-88 2001. 5. 飯 島 茂 子 倉 持 美 也 子 :10%ポビドンヨード 液 による 術 後 の 接 触 皮 膚 炎.その 貼 付 試 験 方 法 についての 考 察. 日 皮 会 誌 109:1029-1041 1999.
図 の 説 明 図 1 仙 骨 部 にみられた 鱗 屑 血 痂 を 付 す 紅 斑 皮 膚 カンジダ 症 である 図 2 褥 瘡 と 診 察 依 頼 のあった 症 例 浅 い 潰 瘍 のわきに 小 さい 血 疱 様 の 皮 疹 が 集 簇 している 下 腹 部 にも 同 様 皮 疹 あり 帯 状 疱 疹 である 図 3 踵 とともに 足 背 にも 潰 瘍 あり 図 4a 外 果 部 の 発 赤 腫 脹 中 央 より 透 明 な 滲 出 液 あり 滑 液 包 炎 である 図 4b 感 染 を 合 併 して 難 治 性 潰 瘍 となった 例 図 5 10%ポビドンヨード 液 による 皮 膚 障 害 図 6 腎 摘 枕 による deep tissue injury 横 紋 筋 融 解 をきたした 図 7 褥 瘡 より 生 じた 壊 死 性 筋 膜 炎 褥 瘡 周 囲 に 急 速 に 拡 大 した 発 赤 発 熱 を 伴 う 捻 髪 音 あり 皮 下 ガス 像 がみられた