テーマ : 日本における地震リスクとその周辺の問題点に関する考察 吉田博之 [ 概要 ] プレートテクトニクス理論によると太平洋の沿岸部の国々は 海洋プレートが大陸の下に潜り込む位置にあるため 地震が多い地域であると考えられており 地球全体の地震エネルギーの大部分がこの地域で 放出されているとも言われている ここでは まず 地震の基礎知識について説明し 日本の 不動産証券化 事業において 地震リスク がどう捕らえられているかを紹介し 2005 年 3 月 20 日に実際に著者が体験した M7.0 の 福岡西方沖地震 をふまえ 建物の耐震性能 や 地震リスクの土地利用への反映 ほかの地震に関する諸問題について考察し 図 1 世界の地震の震源分布図問題点等を指摘することとする M>4.0 1975-1994 [ はじめに ] 日本列島周辺は 4 つの巨大なプレートがぶつかり合っている世界でもまれな地震の多発地帯となっており 最近の 10 年間に発生した世界のマグニチュード 6.0 以上の地震のうち 20% 以上が日本で発生したと言われている これらの地震は多くの被害をもたらしてきたが 日本の伝統的な木造建築は 殆ど地震に対する備えがなかったと言うことができる その日本で 今 不動産の地震リスクに対する関心が高まってきている その原因としては 以下のものがあげられる 1 現在の日本では 不動産の証券化 が活発に行われているが その際 不動産事業に関わるリスクのひとつとして 地震リスク を取り扱わなければならないこと 2 2004 年 10 月 23 日に発生した 新潟県中越地震 以降 スマトラ沖地震 福岡県西方沖地震 パキスタン地震 等 国内外で大地震が頻発していること 3 東海 東南海地震 という巨大地震についての警告がなされていること それに加えて 建築士による 耐震強度偽装 問題の発覚が マンションやアパートに住む住民の住宅の安全性に対する不安をつのらせている 1. 地震の種類とその特徴及び発生周期について地震を発生のメカニズムから分類すると 大きく2つのタイプに分けられる ひとつは プレート境界 ( 海溝 ) 型 の地震であり もうひとつは 活断層型 の地震である 1.1. プレート型地震 プレート境界型 の地震は 海洋プレート が 大陸プレート の下に潜り込むときに蓄積されたひずみが限界に達し 大陸プレート の端部がはねあがって元に戻るときに発生する巨大地震である 特徴 1
は 非常に規模 ( マグニチュード :Mの値が 1 大きくなると 地震のエネルギーは 32 倍になる ) が大きく ゆれが広い範囲に及ぶことであり 海底面がはねあがるときに 津波 が発生することがある ゆれの周期は1 秒以上と長いため 高層の建物が大きくゆらされ ゆれの継続時間も1~3 分と長い また 震源は地下数十キロ~ 百キロ以上と深い 日本列島付近の ユーラシアプレート と フィリピン海プレート の境界に形成されている 駿河 南海トラフ ( 浅く 底が平らな海溝 ) 付近では 江戸時代以降 90~150 年おきに大地震が発生してきた また 宮城県沖の海底では 30~40 年ごとに大地震が発生している このように プレート境界型 の地震は 発生する間隔がほぼ一定であるという特徴がある 1.2. 活断層型地震これに対して 活断層型 の地震はプレートの内部で発生する地震であり 数千年から数万年に一回 突然動いて地震を起こす 特徴は 震源が地表に近いため 地震の規模 (M) が小さいわりには 局所的に大きな被害をもたらす可能性があることである ただし ゆれる範囲は限定的であり ゆれ図 2 プレートの動きと断層の周期は1 秒以下と短く ゆれの継続時間も短い 日本の地震では 兵庫県南部地震 や 新潟県中越地震 が活断層のずれによるものである 日本には 2,000 近い活断層があるとされ 特に活動性が高く 社会的 経済的に大きな影響を与えるような地震を起こすと考えられるものだけでも 98 カ所あるとされている 周期的に同じ場所で発生する プレート境界型 地震に対して 活断層型 の地震は 活動の周期が長く 発生を予測することは難しいといえよう 兵庫県南部地震 の 野島断層 も 存在は知られていたものの 地震の予測さえもされていなかった 新潟県中越地震 福岡西方沖地震 の震源のように まだ存在が知られていなかった活断層がある可能性を考えると 日本中で地震に対して安全な場所はどこにもないといっても過言ではないであろう 2. 地震リスクの分析について大地震がひとたび発生すると 甚大な被害が発生する それは 建物の損傷や上下水道 ガス等のライフラインの損傷に始まり 地震による火災等の2 次災害や 地震に起因する津波の発生による被害等多岐にわたるものである 2.1. 地震のリスクとは地震によるリスクとは何かを考えるときに それは土地のリスクなのか 建物のリスクなのか または 不動産が存する地域に関するリスクなのかを考える必要がある まず 土地 建物 地域が内包する地震に対するリスクとしては 以下のものが考えられる 1 土地のリスク a. 傾斜地の場合等の擁壁等の崩壊による損害の発生 b. 埋立地等における地盤の液状化等に伴う損害の発生 2 建物のリスク a. 建物の地震そのものによる損害 b. 地震による火災等による建物の損害 2
c. 建物やインフラの損害による建物の利用不能 ( 休業による賃料収入の停止 ) 等 3 地域のリスク a. 道路の陥没 水道管の破断等 インフラの損害並びに地盤の液状化等により地域の受けるマイナスのイメージ b. 津波等により地域全体が受けるダメージこれらのリスクのうち 日本の 不動産証券化事業 における 地震リスク は建物に関する被害に限定されているようであるため 本論文では 建物の地震による直接的な被害 ( 火災及び就業不能等による損失を除く ) に限定して検討を行うものとする 2.2. 地震リスクの分析とは日本の不動産証券化事業において 地震リスクの分析 とは 地震が起きた際に建物にどの程度の損失が発生するかを分析すること と言えよう これには アメリカの地震保険分野で用いられていたPML (Probable Maximum Loss) の考え方が取り入れられている 地震リスクの分析は 地震が建物にどの程度の確率で どの程度の被害をもたらすか を分析することであるが 実質的には 地震 PML の値を求めることとなっている 地震 PML とは 地震による予想最大損失 を意味する 現在の日本の不動産証券化事業においては 建物の 50 年の耐用年数内に 10% の確率で発生する地震による予想損失率 ( 被害額の再調達原価に対する割合 ) という定義がなされている ただし 地震 PML は世界共通の定義があるわけではなく 様々な定義があり 地震 PML という言葉のみが独り歩きしている また 算定する主体により 算定の過程もバラバラというのが現状である 地震 PML を求めるには 1 大地震の起きる確率を推定すること 2 その時の被害額を算定 ( 推定 ) することの2つのステップが必要となる このうち 1のステップは 確率論であり 2のステップは 被害額を金額で表示することとなる そのため この分析結果は 確率論による定量的なリスク分析 であると表現される 2.3. 地震が起きる確率について ( ステップ1) 現在 日本の不動産証券化等の業務においては 一般に 再現期間が 475 年の地震 を分析の対象としている この 再現期間 475 年 とは 475 年先に起こるという意味ではなく 475 年間に少なくとも 1 回程度起こる確率 (0.21%) という意味であり 今 この時点でも起こりうる地震という意味となる 次に 475 年に1 度 どの程度の強さの地震が起こるのかを想定する必要がある この点については 過去 建物が存する土地において どの程度の地震が どのくらいの頻度で起こったかを文献等により調査し それをもとに評価を行う 具体的には 有史以来現在までの文献等を調査し 歴史上の大地震時によって どこでどの程度の建造物が倒壊したかや 墓石等がどのくらい転倒したか等の記述によって 地震の規模を推定する 日本においては 古くは 日本書紀 の記述までさかのぼることとなる また 活断層のデータも考慮することとなる 2.4. 地震 PML 値の算定方法( ステップ2) 475 年に一度の地震の規模が求められたら その地震が起こった際の最大被害額 ( 必要な補修費用 ) を求めることとなる この計算は非常に複雑であり 構造力学の高度な知識を要するため 説明は割愛するが 具体的には 評価主体が保有している 兵庫県南部地震 の際の補修費用のデータをもとに計算されている 3
ようである この建物の補修費用は それぞれの建物の受けるであろう損害に応じた補修費用ということではなく 統計的なデータに基づく補修費用が採用されることが主流である 最終的な地震 PMLの値は 再調達原価に対する割合 (%) で表されることとなる 2.5.PML 値の取り扱われ方では このようにして求められたPML 値を不動産証券化事業等においては どのように利用しているのかというと 下記の対応が一般的である 1 運用の対象とする不動産を選択する際の基準としてPML 値を利用する 2 PML 値が一定以上の数値 (10%,15%,20% 等 ) となった場合に 地震保険を付保する 3 PML 値が大きい不動産 (20% 以上等 ) の場合に耐震補強工事を行う際の基準とする 通常のオフィスビル等においては PMLの値は 10~20% の間にあることが多い また 地震保険を付保するか否か等の判断基準となるPML 値は J-REITが保有する不動産については 15% 又は 20% を目安としていることが多い 2.6. 耐震診断との相違地震リスク分析と似て非なるものに建物の耐震性を検討する 耐震診断 がある 日本では 1981 年に建築基準法の構造分野の大改正が行われ 耐震設計に関する基準が強化された よって 1981 年以前に建てられた建物とそれ以後に建てられた建物では 設計段階での耐震性に大きな差がある可能性がある よって 通常 この耐震診断は現行の耐震基準以前に建てられた建物に対して行われ 地震発生時の建物の安全性が確保されているか否かを把握するために行われるものである 耐震診断で検討される建物の耐震性能は 建物の構造体のみに対するものであり 仕上げや建築設備等は検討の対象外となることが 地震リスク分析と異なる点である また 耐震診断は 建物がどの程度の耐震性能を有するかを判断し 現行基準と同等の耐震性能とするには どのような補強等の耐震工事を施せばよいかを判定することを目的とすることが多い これによって 買主やテナントへ建物の安全性をアピールすることに用いられることもある 2.7. 地震リスク分析の問題点等これまでの地震リスク分析の問題点を列挙すると 1 PML 値の算定方法等が評価主体によってまちまちであり 異なる評価主体によるPML 値が比較可能であるかが不明確である 2 通常 発注者に交付されるものがPML 値のみのことが多く その算定過程がブラックボックス化している 3 火災等の 2 次災害や休業損失等に関するリスクが考慮されていない が挙げられる 3. 地震保険について地震 PMLを求めた結果 地震保険を付保することがあるが 日本の地震保険のシステムについて紹介する 地震保険は 地震が火災や交通事故等の災害と比べ その発生の確率が圧倒的に小さいものの 大都市において大規模な地震が発生した場合には その損害額は巨額となる可能性があり 民間の損害保険会社の支払い能力では到底補償できるものではないため 日本において 本格的な地震保険制度がスタートしたのは 1966 年からであった 地震保険制度は 国のバックアップを前提としたもので 保険会社のリスクを軽減 4
するために 政府が 民間保険会社が引き受けた地震保険責任について 一部を再保険として引き受けることが法律で定められている また 地震保険には以下のような特徴がある 保険の対象が 専用住宅 と 併用住宅 の建物及び 家財 に限定している 1 回の地震による保険金総支払額に限度 ( 現在は 5 兆円 ) を設けており その限度額を超える異常災害のときは 支払保険金を削減できることとなっている 地震保険は 単独では付保することができず 火災保険とセットにして加入する必要がある 地震保険を付保できる金額は 火災保険設定金額 ( 再調達原価に相当 ) の 30~50% であり 限度額が 居住用建物 5,000 万円 生活用動産 1,000 万円とされている 地震が発生し 建物に損害が生じた場合の損害認定は 保険の鑑定人による立会調査によって行われ 支払われる保険金は定額払いである 地震保険の年額の掛け金は 地震が発生する確率ごとに県単位で料率が異なって定められており 火災保険設定金額 ( 再調達原価 ) の 0.05~0.175% に建物の築年及び耐震性能並びに長期の保険期間の場合の割引を考慮して決定される 上記のような地震保険制度の特徴から 以下の問題点が指摘される 建物が全壊した場合でも 再調達原価の 50% かつ 5,000 万円までしか支払われないため 被害額の補填が十分にできない可能性がある 大都市での直下型大地震の場合は 被害額が 5 兆円を超える可能性があるが 被害額が大きくなればなるほど 支払われる保険金が少なくなる可能性がある ( 東京湾北部で巨大な地震が発生した場合 地震保険の支払総額が 7.5 兆円に及ぶとの試算もある ) なお 事務所ビル等については 一般的な地震保険の適用はなく 個別の保険によるものとなっているが 掛け金の水準はマンションとほぼ同じである 4. 建物の耐震性能について 4.1. 日本の伝統的住宅の耐震性日本は太古の昔より 数多くの大地震を経験してきたが 日本の伝統的な木造建築物は 殆ど地震に対する備えがなかったと言うことができる 日本の耐震技術は 西洋の建築技術が入ってきたのちのわずか 120 年程度の歴史を持つに過ぎない その原因は 日本が高温多湿な気候のため開放的な ( 耐震壁が少ない ) 住宅が必要であったこと 火事や台風に対応するために木造建築に重い瓦を載せなければならなかったこと等にあると考えられる それらの環境からの要求と比較して 地震は頻度が低いため 無視せざるを得なかったと思われることなどが 日本の住宅の耐震性能の向上を阻んでいたものと考えられる 4.2. 建築基準法における耐震設計について前述のとおり 1981 年には 建築基準法の構造分野の大改正が行われ 耐震設計に対する基準が強化された しかし 建築基準法は 日本国憲法における 健康的で文化的な最低限度の生活 を保障したものに過ぎず 新しい耐震設計法に沿って設計された建物であるからといって どんな大地震に対してもびくともしないということではない 新耐震基準の目標は 数十年に一度の割合で発生する 地表加速度 100 ガル 震度 5 程度の中地震では 構造体に殆ど影響を及ぼさないこと ( ガルは加速度の単位 1G=980gal) 数百年に一度の割合で発生する 地表加速度 300~400 ガル 震度 6 程度の大地震がきても 倒壊を防ぎ死者を出さないこと 5
である この目標は 兵庫県南部地震 における直接的な被害による死者約 5,500 人のうち 家屋の倒壊による圧死者が約 88% を占めたことからも 正当性が認められる しかし 倒壊に至らなかった建物でも 壁に大きな亀裂が入ったり ドアが開かなくなったりしているものも多く 使用できなくなってしまった建物の多く見受けられた つまり 大地震が発生したときは 新耐震基準に沿って建てられた建物は 居住者の命は守ってくれそうだが 建物自体の資産価値を守ることは保障されていないということである もちろん これは 建築基準法の考え方が間違っているのではない 数百年に一度の大地震に全く壊れないほど頑丈に設計することは 経済性と居住性をも犠牲にする行為である よって 我々はこのことを理解した上で 建物を建て あるいは買い 使用すべきであろう 4.3. 地震に強い建物 弱い建物建物の形状からみて地震に強い建物とは ひとことで言えば バランスが良い すなわち平面 立面形状ともに見た目にも安定感がある 対称形に近い建物である 平面形状からみたバランスの良い建物とは 木造 非木造を問わず 整形な平面をしており 耐震壁がバランスよく配置されている建物を意味する 例えば L 字型をしている建物は 長方形をしている建物よりも ねじれに弱くなる 立面形状では ピロティのように壁が極端に少なく 剛性が小さい階を造っていないことが重要である 地震力等の自然の力は その建物の一番弱いところを容赦なく攻撃してくる 兵庫県南部地震 でもピロティ部分が破壊された建物が多くみられた ただ すでに建っている少し複雑な形状の建物であっても 複雑な形状からくる弱点を考慮し 適切な設計が行われていた建物は 兵庫県南部地震 においても ほとんど被害がなかった 4.4. 免震構造 制震構造 兵庫県南部地震 において 地震による建物の被害が甚大であったことから 地震時の建物の損傷が少なく 大地震後も建物の機能を失わない建物の性能が要求されることとなり 従来型の 耐震構造 以外に 免震構造 制振構造 等が採用されることが多くなってきた 耐震構造 も 免震構造 も 制震構造 も全て 地震に耐える構造 という意味では広い意味での 耐震構造 であるが 耐え方 が異なる 4.4.1. 免震構造 免震構造 は建物の基礎部分に図 3 のような薄いゴムと鋼板を重ねた 積層ゴム 等の免震装置を組み込み そこで地震のエネルギーを遮断し それより上の階に作用する力を約 1/3~1/5 に減らすというものである 日本国内の免震建築は 現在 約 1,200 棟とい図 3 免震装置図 4 制震ダンパーわれている 4.4.2. 制震構造 制震構造 は 建物の内部に図 4 のような ダンパー と呼ばれるエネルギーを吸収する部材を組み込む これによって建物がゆれにくく また ゆれがおさまりやすくする構造である 一般の柱や梁には被害が生じず 地震後も 破損したエネルギー吸収部材だけを交換すればよい ゆれ方は耐震構造の建物と同様に上の階の方がゆれが大きくなるが 各階ほぼ一様に ゆれの強さが 60~80% に軽減する 4.4.3. 各構造方式の比較従来型の耐震構造で 耐震性能を 1.5 倍にするには総工事費の約 3% のコストアップを伴うといわれてい 6
る これに対して 免震構造の場合には 5~6 階の建物の場合 コストアップが 10% 程度と割高になるが 15 階建て以上となれば 耐震構造の建物とほとんど同じになる 制震構造の場合は コストアップはほとんどないといわれている 各々の地震対策の構造様式を比較すると下表のようになる 地震による建物の損傷地震時の内部のゆれ免震 制震 耐震 : 非常に効果がある : 効果がある : あまり効果がない : 効果がないこの表では 免振構造が有利なように見えるが 免震構造は以下のような問題点を抱えている ゆっくりとした大きなゆれにはあまり効果がないため 埋め立て地のような軟弱地盤では採用する建物は少ない 風でもゆれてしまう 高さが 200m( 約 50 階建て ) を越える超高層ビルでは地震力よりも風圧力が大きくなるため 大きな問題である 免震構造の高層ビルのゆれが特に長い時間持続するという新たな問題が生じた また 制震構造も 建物の 1,2 階ではあまり効果がないので ある程度高層の建物でなければ採用する意味がないという欠点がある 以上のように 各構造方式には 一長一短があり 建物の用途 地盤等に応じた選択をする必要がある 4.5. 日本のマンションの構造上の問題点日本の非木造のマンションでは 戸境壁を耐震壁としているものが多いが 住戸の間口方向には開口部が多く 間口方向の壁 ( 間仕切壁 ) は構造計算の対象になっていないことが多い よって これらの壁には地震時には損傷が起きる可能性が高い また 耐震壁が配置されている方向が同じ方向にかたよるため 耐震壁と直交する方向からの地震波がきた場合には 住戸の間口方向の 非耐力壁 にひび割れ等の被害が発生しやすくなっている ( 図 5 参照 ) 実際に 著者は 福岡西方沖地震 の発生前と発生後の前後 2 回 同じマンションをエンジニアリング レポート作成のため建物の調査を行った 著者が調査を行ったマンションは地震後もほとんど被害の跡はみられなかったが その隣のマンションには 間口方向の壁を中心に大きな亀裂や破損が発生していた この2つの建物は 90 度建物の向きが違っていたほかは 構造 建築時期等にも大図 5 日本における一般的なマンションの平面図きな差異はなかった つまり 地震波を受ける方向により 建物の損傷の程度が異なることが証明されたと考えられる 7
その被災した建物は 中破程度の損害を受けており 補修は可能であり建物の耐震性能自体に問題はないと考えられるものの マンションとしての市場価値は今後著しく下落するものと考えられる 4.6. 中古建物購入時の注意点及びその他の問題点以上の検討をふまえると 既に建っている建物を購入及び使用する際の耐震性からの注意点として 以下のものがあげられる ( 施工 メンテナンスに関する事項は除く ) 1981 年以降に建設された建物であること ( 新耐震設計に沿った建物であること ) よい地盤 ( 硬い地盤の支持層までの深さが浅い地盤 ) に建っていること 対称形をしたバランスの良い形状をしていること それでは 新耐震設計法に合致していない (1981 年以前の ) 建物は売れなくなるのか? という疑問が生ずるが これは 逆に新耐震設計法に合致した建物は絶対に安全なのかという疑問につながる 新耐震基準の建物は 400 ガルの地震でも崩壊しないことが建築基準法の目標であるとしているが 最近の地震の最大加速度は 兵庫県南部地震 で 800 ガル 新潟県中越地震 で 1,200 ガル 福岡県西部沖地震 でも 480 ガルである これでは 新耐震基準に沿った設計がなされた建物であるからといって 生命の保証がなされているとはいえないであろう 更に 2005 年 11 月に発覚した一級建築士による 耐震強度偽装事件 によって 建物の構造強度をチェックする能力が建物の着工を許可する官公庁に全くなかったことが明らかになった これにより マンション居住者を中心とした全国民の地震に対する不安及び建築物の生産システム等に対する不信感を増大させた 建築確認申請 というシステム自体が 実質的に破綻していることが明らかとなった今 早急に抜本的な対策が必要である また その過程で建物の耐震性能の判定自体に多くの問題があることも明らかになった これには 全国で 3,500 人程度しかいないといわれる構造設計者の質と量の底上げが急務であろう 5. 地震リスクの土地利用への反映について 5.1. 各国の取り組み 2つのタイプの地震のうち プレート境界型 地震は その影響が広範囲にわたるため 土地利用の規制等での対応は難しいが 活断層型 地震に対しては 地震が多い国では 対策をとっているところがある 活断層上に建物等が建てられている場合 地震が発生して活断層が動くと その上の建物は引き裂かれることとなる そのため 日本と同じように地震が多いアメリカ カリフォルニア州では 活断層法 とも言うべき法律 ( アルキストプリオロ特別調査地帯法 Alquisito-Priolo Special Studies Zone Act ) が 1972 年に制定されている (1994 年には断層の内容をより明確に表す 地震断層地帯法 (Alquisito-Priolo Earthquake Fault Zoning Act) に改名された ) この法律では 州が活断層を認定し 断層を挟んで幅約 300mの地震断層地帯 (Earthquake Fault Zone) を示す公式地図を作成している 活断層が存する市や郡は これらの地帯内に建物の建設 宅地の開発等の申請がなされた場合 地質調査によって活断層が存在しないことが明らかになってはじめて許可を出すこととなっている 地質調査によって活断層が発見された場合には 断層から 50 フィート建物をセットバックして建設することが義務付けられている ニュージーランドでも 活断層上の開発を規制する市町村条例がある 北島の南部に存する ウェリントン断層 について ウェリントン市では 建物は断層帯の中では 建物は断層線から 20m 以上離して建てなければならないこととしている 5.2. 日本の現状日本においては 原子力発電所やダムの建設については 活断層について事前調査が義務付けられている 8
が 他の土地利用については活断層の危険性は殆ど考慮されていないといえよう しかし 日本でも 活断層の危険性を認識して 規制に乗り出した自治体もある 西宮市では 兵庫県南部地震 において 活断層の上の建物に被害が集中したことから カリフォルニア州を手本として マンション等を建設する場合には活断層から 100m 以内は地質調査を要するという条例を制定した しかし 土地所有者や開発業者等の不動産業界から地質調査の負担を建築主が負担することは法的な根拠がないとの反発を受け 調査の範囲を活断層上のみに限定せざるを得なくなった 横須賀市では 活断層上に建物を建てないことを開発業者等に要請することにより 活断層との共存を図っているとのことである いずれにしても 地震大国である日本において 活断層の危険性に対する対策が殆ど進んでいないのは 日本の人口密度がカリフォルニア州の約 4 倍 ニュージーランドの約 25 倍であり 土地価格の水準もそれなりに高く 利用可能な平地が少ないからかも知れない しかし 最低限 学校や病院などの公共施設や 高速道路 鉄道などのライフラインについては 事前に活断層の調査をし 活断層から離して建設するなどの対策が必要であろう 5.3. 軟弱地盤の危険性地震波は 硬い岩盤中では速く 軟らかい堆積層の中ではゆっくり進む 硬い岩盤から軟らかい堆積層に進むとき 波の速さが遅くなるかわりに振幅 ( ゆれの幅 ) が大きくなる これを 増幅 といい 特に平野部でおきやすい 1985 年の メキシコ地震 (M8.1) は 震源は 400km も離れていたが 昔の沼地を埋め立てた街の一部は特に地盤が軟弱であったため 多くのビルが倒壊する大きな被害が出た また 関東平野は 最大 3,000mの厚さの プリン ともいえるような軟らかい堆積物が積もっている状態といわれているため たとえマグニチュードの値が小さい地震であっても 震度の大きな地震となって 被害が拡大する可能性があるということである なお 著者は活断層の危険性は活断層が地震時に動くということだけではないということを 福岡西方沖地震 で体験した 福岡西方沖地震 は福岡市の北西方の海中にあった活断層によるものであり 福岡市の中心部にその存在が知られていた 警固断層 とは関係のないものであった しかし 福岡市の中心部における被害は この 警固断層 の東側に立地する建物に集中した これは 警固断層 の東西では地層が大きく違い 断層の西側は硬い岩盤の層があるものの 東側には軟らかい地層が存するために この軟らかい図 6 警固断層断面図層の中で地震波が屈折し 増幅し 集中して大きくなったことが指摘されている ここで言えるのは 軟らかい地盤の上では地震のゆれが大きくなり 被害が拡大する可能性があることである また ボーリングデータにより地盤の状況がわかれば この被害が大きくなる地域は事前に予測が可能である 6. おわりに地震はその発生が予測不可能な自然現象であるが 地震学や建築工学の進歩により 地震時に被害が大きくなる地域及び建物が ある程度予測できるようになってきた 建物の被害は 単に建築基準法等の法律を 9
満足し 地震保険に入っていればすむものでもないことがわかってきた また 巨大地震が発生した場合の被害のシミュレーションもいろいろな研究機関において行われるようになった しかし 日本の現状では 地震のリスクは建物については耐震性能として ある程度考慮されているものの 土地のリスク ( 地盤の良否 活断層の存在等 ) は土地利用に対する規制を設けることが難しいこと等から 殆ど考慮されていないといえるであろう よって 我々個人は これらの情報をふまえて 地震の対策を政府に頼るのではなく 自己防衛を行うべきであろう 具体的には 古地図や地名の由来などから その土地の地盤の状況を推測し 建物の耐震診断を行い 対策を講じることなどが挙げられる また 国や自治体も これまでの地震の経験及び地震のシミュレーションを今後の都市計画に反映し 地震災害に強い都市を目指すことが必要であろう 参考 地震のすべてがわかる本土井恵治監修成美堂出版地震に強い建物安震技術研究会ナツメ社リアルエステートマネシ メントシ ャーナル地震リスクと不動産流動化 証券化事業戸梶武ヒ ーエムシー理科年表 2002 鴻池組ホームページニュートンムック想定される日本の大震災ニュートンフ レス建築知識阪神大震災に学ぶ地震に強い建築の設計ポイント建築知識スーパームックなぜ日本の家は倒壊するのか杉山義孝住宅新報社 10