32 小野啓, 他 は変化を認めなかった (LacZ: 5.1 ± 0.1% vs. LKB1: 5.1 ± 0.1)( 図 6). また, 糖新生の律速酵素である PEPCK, G6Pase, PGC1 α の mrna 量が LKB1 群で有意に減少しており ( それぞれ 0.5 倍,0.8 倍

Similar documents
られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

小 野 啓, 他 スリン 抵 抗 性 が, 視 床 下 部 のS6キナーゼの 活 性 化 に よって 起 きていることが 分 かったところで, 次 なる 疑 問 として,より 長 期 間 の 過 食 の 場 合,あるいは 糖 尿 病 にすでになっている 場 合, 肝 臓 のインスリン 抵 抗 性 が

2015 年度 SFC 研究所プロジェクト補助 和食に特徴的な植物性 動物性蛋白質の健康予防効果 研究成果報告書 平成 28 年 2 月 29 日 研究代表者 : 渡辺光博 ( 政策 メディア研究科教授 ) 1

糸球体で濾過されたブドウ糖の約 90% を再吸収するトランスポータである SGLT2 阻害薬は 尿糖排泄を促進し インスリン作用とは独立した血糖降下及び体重減少作用を有する これまでに ストレプトゾトシンによりインスリン分泌能を低下させた糖尿病モデルマウスで SGLT2 阻害薬の脂肪肝改善効果が報告

Microsoft Word - 3.No._別紙.docx

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

スライド 1

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

犬の糖尿病は治療に一生涯のインスリン投与を必要とする ヒトでは 1 型に分類されている糖尿病である しかし ヒトでは肥満が原因となり 相対的にインスリン作用が不足する 2 型糖尿病が主体であり 犬とヒトとでは糖尿病発症メカニズムが大きく異なっていると考えられている そこで 本研究ではインスリン抵抗性

Microsoft Word - (最終版)170428松坂_脂肪酸バランス.docx

<4D F736F F D EC969E82C582E0939C C982C882E882C982AD82A295FB964082F094AD8CA A2E646F63>

スライド 1

第124回日本医学会シンポジウム

平成13年度研究報告

Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

エネルギー代謝に関する調査研究

(検8)05資料4 門脇構成員 随時血糖値の判定基準について

わが国における糖尿病と合併症発症の病態と実態糖尿病では 高血糖状態が慢性的に継続するため 細小血管が障害され 腎臓 網膜 神経などの臓器に障害が起こります 糖尿病性の腎症 網膜症 神経障害の3つを 糖尿病の三大合併症といいます 糖尿病腎症は進行すると腎不全に至り 透析を余儀なくされますが 糖尿病腎症

Microsoft Word - 1 糖尿病とは.doc

<4D F736F F D EA95948F4390B3817A938C91E F838A838A815B835895B68F F08BD682A082E8816A5F8C6F8CFB939C F

ルグリセロールと脂肪酸に分解され吸収される それらは腸上皮細胞に吸収されたのちに再び中性脂肪へと生合成されカイロミクロンとなる DGAT1 は腸管で脂質の再合成 吸収に関与していることから DGAT1 KO マウスで認められているフェノタイプが腸 DGAT1 欠如に由来していることが考えられる 実際

Untitled

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

ン投与を組み合わせた膵島移植手術法を新たに樹立しました 移植後の膵島に十分な栄養血管が構築されるまでの間 移植膵島をしっかりと休めることで 生着率が改善することが明らかとなりました ( 図 1) この新規の膵島移植手術法は 極めてシンプルかつ現実的な治療法であり 臨床現場での今後の普及が期待されます

PowerPoint プレゼンテーション

(Microsoft Word \203v\203\214\203X\203\212\203\212\201[\203X\216\221\227\2772.doc)

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

シトリン欠損症説明簡単患者用

平成14年度研究報告

<4D F736F F D DC58F4994C5817A C A838A815B83588CB48D F4390B3979A97F082C882B5816A2E646F6378>

生活習慣病の増加が懸念される日本において 疾病の一次予防はますます重要性を増し 生理機能調節作用を有する食品への期待や関心が高まっている 日常の食生活を通して 健康の維持および生活習慣病予防に努めることは 医療費抑制の観点からも重要である 種々の食品機能成分の効果について数多くの先行研究がおこなわれ

Mincle は死細胞由来の内因性リガンドを認識し 炎症応答を誘導することが報告されているが 非感染性炎症における Mincle の意義は全く不明である 最近 肥満の脂肪組織で生じる線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 肝臓などの非脂肪組織に脂肪が沈着し ( 異所性脂肪蓄積 ) 全身のインス

Powered by TCPDF ( Title 非アルコール性脂肪肝 (NAFLD) 発症に関わる免疫学的検討 Sub Title The role of immune system to non-alcoholic fatty liver disease Author

Untitled

第6回 糖新生とグリコーゲン分解

H26_大和証券_研究業績_C本文_p indd

1. はじめに C57BL/6J マウスは食餌性肥満 (Diet-Induced Obesity) モデルで最も一般的に使用される系統です このモデルは, 肥満に関する表現型の多くを発現し, ヒトに類似した代謝疾患, 高脂血症, 高インスリン血症, 高レプチン血症を発症します 本モデルは, 主に肥満

別紙様式 (Ⅵ)-2 商品名 : エクササイズダイエット 届出食品に関する表示の内容 科学的根拠を有する機能性関与成分名及び当該成分又は当該成分を含有する食品が有する機能性一日当たりの摂取目安量 本品には 3% グラブリジン含有甘草抽出物が含まれます 3% グラブリジン含有甘草抽出物は 肥満気味の方

HAK2906.mcd

脂肪滴周囲蛋白Perilipin 1の機能解析 [全文の要約]

0724

第6回 糖新生とグリコーゲン分解

既定の事実です 急性高血糖が感染防御機能に及ぼす影響を表 1 に総括しました 好中球の貧食能障害に関しては ほぼ一致した結果が得られています しかしながら その他の事項に関しては 未だ相反する研究結果が存在し 完全な統一見解が得られていない部分があります 好中球は生体内に侵入してきた細菌 真菌類を貧

A9R284E

Microsoft Word - 【最終】Sirt7 プレス原稿

日本の糖尿病患者数は増え続けています (%) 糖 尿 25 病 倍 890 万人 患者数増加率 万人 690 万人 1620 万人 880 万人 2050 万人 1100 万人 糖尿病の 可能性が 否定できない人 680 万人 740 万人

スライド 1

Microsoft Word - プレスリリース最終版

Microsoft Word - Ⅲ-11. VE-1 修正後 3.14.doc

3 スライディングスケール法とアルゴリズム法 ( 皮下注射 ) 3-1. はじめに 入院患者の血糖コントロール手順 ( 図 3 1) 入院患者の血糖コントロール手順 DST ラウンドへの依頼 : 各病棟にある AsamaDST ラウンドマニュアルを参照 入院時に高血糖を示す患者に対して 従来はスライ

Microsoft Word - ç€fl究拒果倱å‚−æł¸ã…»æœłæœ‹å™„æ¨¹(ã‡µã……ã…šã…Ł)

News Release 報道関係各位 2015 年 6 月 22 日 アストラゼネカ株式会社 40 代 ~70 代の経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんと 2 型糖尿病治療に従事する医師の意識調査結果 経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんは目標血糖値が達成できていなくても 6 割が治療

15K00827 研究成果報告書

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

ⅱ カフェイン カテキン混合溶液投与実験方法 1 マウスを茶抽出液 2g 3g 4g 相当分の3つの実験群と対照群にわける 各群のマウスは 6 匹ずつとし 合計 24 匹を使用 2 実験前 8 時間絶食させる 3 各マウスの血糖値の初期値を計測する 4 それぞれ茶抽出液 2g 3g 4g 分のカフェ

血糖値 (mg/dl) 血中インスリン濃度 (μu/ml) パラチノースガイドブック Ver.4. また 2 型糖尿病のボランティア 1 名を対象として 健康なボランティアの場合と同様の試験が行われています その結果 図 5 に示すように 摂取後 6 分までの血糖値および摂取後 9 分までのインスリ

Microsoft PowerPoint - 6篁准教授.ppt

_.L.O...z.W

PowerPoint プレゼンテーション

婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

第12回 代謝統合の破綻 (糖尿病と肥満)

Microsoft Word - 2臨床研究報告書137.doc

血糖変動を読み解く vol.1

H24_大和証券_研究業績_p indd

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

53巻6号/TNB06‐10(委員会報告)

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

PowerPoint プレゼンテーション


の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

2011年度版アンチエイジング01.ppt

<4D F736F F F696E74202D CA48B8689EF8D E9197BF332E31302E B8CDD8AB B83685D>

図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

Microsoft Word - 手直し表紙

Microsoft Word - 17_07_04

37 4

-3- Ⅰ 市町村国保の状況 1 特定健康診査受診者の状況 平成 23 年度は 市町村国保 (41 保険者 )98,439 人の特定健康診査データの集計を行った 市町村国保の診者数は男性 女性ともに 歳の割合が多く 次いで 歳 歳の順となっている 男性 女性 総数

Microsoft Word - 01.doc

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

神緑会学術誌 平成24年度 第29巻 2013年 神緑会研究事業年間報告書 糖尿病発症におけるインクレチン効果の疫学的研究 第2報 ー妊娠糖尿病のスクリーニングからのアプローチー 研究代表者 社会医療法人愛仁会 研究協力者 社会医療法人愛仁会 社会医療法人愛仁会 社会医療法人愛仁会 産婦人科 概 要

H27_大和証券_研究業績_C本文_p indd

( 様式甲 5) 氏 名 渡辺綾子 ( ふりがな ) ( わたなべあやこ ) 学 位 の 種 類 博士 ( 医学 ) 学位授与番号 甲 第 号 学位審査年月日 平成 27 年 7 月 8 日 学位授与の要件 学位規則第 4 条第 1 項該当 学位論文題名 Fibrates protect again

満 ) 測定系はすでに自動化されている これまで GA を用いた研究は 日本 中華人民共和国 (PRC) および米国で実施され GA 値が糖尿病の診断に有用という結果が日本とアメリカで報告された 本研究ではその普遍性を追求するため 台湾人での検討を行った 同時に台湾における GA の基準範囲を新規に

Microsoft Word CREST中山(確定版)

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017)

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

医療法人将優会 将優会 クリニックうしたに

「中小企業・ベンチャー挑戦事業の内実用化研究開発事業」の進め方について

H26_大和証券_研究業績_C本文_p indd

( 様式甲 5) 氏 名 忌部 尚 ( ふりがな ) ( いんべひさし ) 学 位 の 種 類 博士 ( 医学 ) 学位授与番号 甲第 号 学位審査年月日 平成 29 年 1 月 11 日 学位授与の要件 学位規則第 4 条第 1 項該当 Benifuuki green tea, containin

研究成果報告書


<8CBA95C4985F95B62E786477>

Transcription:

埼玉医科大学雑誌第 41 巻第 1 号平成 26 年 8 月 31 学内グラント報告書 平成 25 年度 学内グラント終了時報告書 肝 LKB1 の糖尿病における役割 研究代表者小野啓 ( 大学病院内分泌内科 糖尿病内科 ) 研究分担者住田崇 * *, 鈴木徳子 背 景 LKB1 は Peutz-Jeghers 症候群の原因遺伝子であり, エネルギー欠乏状態で活性化される AMPK(AMP 活性化プロテインキナーゼ ) をリン酸化して活性化する酵素としても知られている 1).2005 年に Reuben Shaw らは成熟マウスの肝臓の LKB1 を Cre-LoxP システムを用いて急性に減少させると空腹時血糖が上昇し糖尿病を発症すること, および糖尿病治療薬メトフォルミンが LKB1-AMPK 経路を介して血糖低下作用を発揮していることを Science 誌に発表した 2). 筆者らは AMPK の競合阻害型変異体を肝臓に急性に発現させると空腹時血糖が上昇することを発表している 3). これらのことから, 肝臓において LKB1-AMPK 経路を遮断すると糖尿病を発症することが示されたということが言える. しかし逆に, 糖尿病において LKB1-AMPK 経路がその病態生理に関与しているかどうかは不明である. 目 的 糖尿病モデルにおいて肝臓の LKB1 がその病態に関与しているかどうかを調査する. 方法の概要 マウスの糖尿病モデルにおいて肝臓の LKB1 がどのように変化しているかを検索する. そして, 肝臓の LKB1 を増加させたときに糖尿病が改善するかどうかを調査する. 方法と結果 重症の糖尿病モデルである db/db マウスの肝臓における LKB1 の定量を蛋白レベル, mrna レベルの両方で行い, 非糖尿病マウスのモデルとして汎用されている C57Bl/6 マウスのそれと比較を行ったところ, * 大学病院内分泌内科 糖尿病内科 db/db マウスの肝臓では LKB1 の量が著明に減少していた ( タンパク質量 ; C57Bl6/J: 1.0 ± 0.2 vs. db/db: 0.1 ± 0.0, mrna 量 ; 1.0 ± 0.1 vs. 0.4 ± 0.0; 図 1). これに対し, インスリン抵抗性モデルである 1 日あるいは 2 週間の高脂肪食を摂餌した C57Bl/6 マウスの肝臓においては,LKB1 の量は通常食の同種マウスと有意差を認めなかった. 糖尿病の治療によって肝 LKB1 の量が変化するかどうかを調べるため,db/db マウスを 19 日間にわたり insulin glargine の 1 日 1 回投与により高血糖を是正した後に肝 LKB1 を定量したところ,LKB1 の増加が認められた ( 図 1). 次に, db/db マウスの肝 LKB1 を強制発現させ, 糖尿病にどのような影響を及ぼすのかを調べた. db/db マウスの尾静脈より LKB1 もしくは LacZ のベクターを投与して, 肝臓でこれらのタンパク質を強制発現させることで, 糖代謝, インスリン伝達経路, 遺伝子発現を解析した. ベクター投与により, 肝臓の LKB1 は内因性に比して著明に増加した ( 図 2). ベクター投与 5 日後のマウスを 5 時間絶食させた時の空腹時血糖は LKB1 を強制発現させた群が有意に低下していた (LacZ: 521 ± 59 mg/dl 対 LKB1: 304 ± 21) が, インスリン負荷後の血糖値には有意差を認めなかった ( 図 3). グルコース負荷試験は LKB1 群でグルコース負荷後 30 分,60 分,90 分の血糖値が有意に低かった ( 負荷後 15 分 LacZ: 427 ± 19mg/dL vs. LKB1: 324 ± 35, 60 分 LacZ: 488 ± 23 vs. LKB1: 373 ± 45, 90 分 LacZ: 455 ± 31 vs. LKB1: 343 ± 49; 図 4). 肝臓のシグナル伝達を調べたところ,AMPK のリン酸化には有意な変化は認められなかったが, インスリン刺激時の S6 キナーゼのリン酸化が亢進していた ( 図 5). ベクター投与 11 日後の体重は両群間に差はなかったが (LacZ: 39.3±0.7 g vs. LKB1: 39.7 ±0.6), 体重当たりに占める肝臓の割合を調べたところ,LKB1 群の方が有意に大きかった (LacZ: 5.3 ± 0.2% vs. LKB1: 8.9 ± 0.6). 脂肪

32 小野啓, 他 は変化を認めなかった (LacZ: 5.1 ± 0.1% vs. LKB1: 5.1 ± 0.1)( 図 6). また, 糖新生の律速酵素である PEPCK, G6Pase, PGC1 α の mrna 量が LKB1 群で有意に減少しており ( それぞれ 0.5 倍,0.8 倍,0.5 倍 ; 図 7), これと対照的に, 解糖系の律速酵素である GCK, PFK は LKB1 群で有意に増加していた ( それぞれ 1.7 倍,1.2 倍 ; 図 8).PK は LKB1 群で増加傾向であった (1.3 倍 ). LKB1 群の肝臓の外観が白色を呈しており, また肝臓重量が大きかったため,FAS の mrna 量を調べたところ LKB1 群で有意に増加していた (2.0 倍 ; 図 9). 図 1. マウス肝臓の LKB1 は db/db マウスにおいて減少しており, インスリンによる治療により部分的に改善した. 図 2. ベクターの静脈注射により肝臓に LKB1 が効果的に強制発現された.

肝 LKB1 の糖尿病における役割 33 次に, 軽症のインスリン抵抗性モデルである,1 日の高脂肪食を摂餌した C57Bl6 マウスにおいて, 肝臓の LKB1 の強制過剰発現が糖代謝にどのように影響するかを, 無麻酔非拘束条件下での高インスリン血症正常血糖クランプ法を用いて解析した. クランプは 60% 脂質からなる高脂肪食を 1 日摂餌したマウスを 3 時間絶食させ, その後に 2 時間の basal period にて空腹時の基礎糖産生量を測定し, 次いで 2.5 mu/kg/min の生理的高インスリン血症条件下で正常血糖を保つためのグルコース注入量 (GIR), 末梢組織への糖取り込み量 (Rd), 内因性糖産生量 (EGP) および糖産生量の基礎糖産生量に比較した抑制率 (SupGP) を測定した. このモデルにおいては, 空腹時血糖 (FPG) は両群で有意差を認めなかった ( 図 11). 予想に反して, 内 因性の基礎糖産生量は LKB1 群で有意に増加しており ( 図 11,basal EGP), インスリン持続注入時の糖産生量もコントロールと比較して有意に高値であった. グルコース注入量および糖取り込み量には群間に有意差は認められなかった ( 図 11). 考 察 重症の糖尿病モデルである db/db マウスの肝臓においては LKB1 のダウンレギュレーションがインスリン抵抗性に関与している可能性が示唆された. この db/db マウスにおいて, 減少しているマウスの肝 LKB1 を急性に補充すると, 空腹時血糖, 耐糖能が改善したが, これは 2005 年の Shaw らの報告と合致する.db/db マウスで減少している肝 LKB1 を強制的 図 3. インスリン負荷試験では,5 時間空腹後の血糖値の有意な低下を認めたが, インスリン負荷後の血糖値には有意差が無かった. 図 4. 糖負荷試験において,LKB1 群では空腹時, 負荷 15 分後の血糖値は有意に低値であったが, その後はコントロール群と有意差が認められなかった.

34 小野啓, 他 図 5. 肝臓のシグナル伝達. 図 6. LKB1 の強制発現は肝腫大と白色肝を呈した. 図 7. 肝臓の糖新生律速酵素と関連因子への影響.

肝 LKB1 の糖尿病における役割 35 図 8. 解糖系律速酵素への影響. 図 9. 肝臓の脂肪酸合成酵素 (FAS) は LKB1 群で増加していた. 図 10. 1 日高脂肪食負荷マウスにおけるインスリンクランプのプロトコール. 図 11. 1 日高脂肪食負荷マウスにおけるインスリンクランプの結果.

36 小野啓, 他 に増加させると, 糖新生の律速酵素である PEPCK, G6Pase, PGC1 α が抑制され, さらに解糖系を調節している GCK, PFK, PK が活性化されることで, 糖新生抑制と解糖系亢進が起こり, 血糖の低下作用を来すことが示唆された. AMPK のリン酸化は LKB1 の強制発現で有意な変化を認めなかったため, 減少している肝 LKB1 を補充することで現れた血糖値が低下には LKB1-AMPK を介さない別の経路が関与していることが示唆された. 肝 LKB1 を補充すると白色の肝腫大を認め, 肝脂肪合成の律速酵素である FAS が増加しており, 肝臓の脂肪合成にも LKB1 が関与している可能性が考えられた. 肝臓の LKB1 の低下が見られないインスリン抵抗性モデルである短期高脂肪食マウスにおいては, 肝臓への LKB1 の過剰発現はインスリン抵抗性を改善しなかった. 結 語 重症糖尿病モデルである db/db マウスにおいて肝臓の LKB1 の減少が高血糖に関与しており, これをレスキューすることによって糖尿病を改善できる可能性が示された. 参考文献 1) Imai K, Inukai K, Ikegami Y, Awata T & Katayama S. LKB1, an upstream AMPK kinase, regulates glucose and lipid metabolism in cultured liver and muscle cells. Biochem Biophys Res Commun 2006;351:595-601. 2) Shaw R J, et al. The kinase LKB1 mediates glucose homeostasis in liver and therapeutic effects of metformin. Science 2005;310:1642-6. 3) Viana AY, et al. Role of hepatic AMPK activation in glucose metabolism and dexamethasone-induced regulation of AMPK expression. Diabetes Res Clin Pract 2006;73:135-42. 研究成果リスト 学会発表 1) Sumita T, Ono H, et al. Role of Hepatic LKB1 in the pathophysiology of diabetes in obese diabetic mouse, FASEB summer research conference, AMPK: Central Regulatory System in Metabolism & Growth, 2010 年 10 月 4 日, 滋賀県大津プリンスホテル 2) 住田崇, 小野啓, 他. 肥満糖尿病マウスにおける肝 LKB1の役割, 第 27 回日本糖尿病 肥満動物学会年次学術集会,2013 年 2 月 23 日, 東京 JA 共済ビル 3) 住田崇, 小野啓, 他. 肥満糖尿病マウスにおける肝 LKB1の役割, 第 56 回日本糖尿病学会年次学術集会,2013 年 5 月 18 日, 熊本メルパルク熊本 論文 1) Sumita T, Ono H, et. al. Mediobasal hypothalamic PTEN modulates hepatic insulin resistance independently of food intake in rats. Am J Physiol Endocrinol Metab 2014;307(1):E47-60. 2014 The Medical Society of Saitama Medical University http://www.saitama-med.ac.jp/jsms/