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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

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研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

新規オピオイド製剤の創製と臨床開発 ( 新規 μ/δオピオイド二量体化受容体特異的アゴニストの開発 薬剤耐性を起こさないオピオイド製剤の独自手法による新薬開発 シーズ展開 ) 研究代表者 : 先端医療開発センター支持療法開発分野 分野長 上園保仁 共同研究者 : 研究所がん患者病態生理研究分野 研究

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新規 P2X4 受容体アンタゴニスト NCP-916 の鎮痛作用と薬物動態に関する検討 ( 分野名 : ライフイノベーション分野 ) ( 学籍番号 )3PS1333S ( 氏名 ) 小川亨 序論 神経障害性疼痛とは, 体性感覚神経系の損傷や疾患によって引き起こされる痛みと定義され, 自発痛やアロディ

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

第6号-2/8)最前線(大矢)

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

PRESS RELEASE (2016/11/22) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

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報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

報道発表資料 2007 年 11 月 16 日 独立行政法人理化学研究所 過剰にリン酸化したタウタンパク質が脳老化の記憶障害に関与 - モデルマウスと機能的マンガン増強 MRI 法を使って世界に先駆けて実証 - ポイント モデルマウスを使い ヒト老化に伴う学習記憶機能の低下を解明 過剰リン酸化タウタ

理学療法学43_supplement 1

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

論文の内容の要旨

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学位論文の要約

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

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報道発表資料 2002 年 8 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 局所刺激による細胞内シグナルの伝播メカニズムを解明 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 細胞の局所刺激で生じたシグナルが 刺激部位に留まるのか 細胞全体に伝播するのか という生物学における基本問題に対して 明確な解答を与えま

八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

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報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

平成14年度研究報告

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

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資料

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結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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2014年

オクノベル錠 150 mg オクノベル錠 300 mg オクノベル内用懸濁液 6% 2.1 第 2 部目次 ノーベルファーマ株式会社

平成24年7月x日

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

胞運命が背側に運命変換することを見いだしました ( 図 1-1) この成果は IP3-Ca 2+ シグナルが腹側のシグナルとして働くことを示すもので 研究チームの粂昭苑研究員によって米国の科学雑誌 サイエンス に発表されました (Kume et al., 1997) この結果によって 初期胚には背腹

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

日本内科学会雑誌第98巻第12号

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

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卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

平成24年7月x日

1. 背景ヒトの染色体は 父親と母親由来の染色体が対になっており 通常 両方の染色体の遺伝子が発現して機能しています しかし ある特定の遺伝子では 父親由来あるいは母親由来の遺伝子だけが機能し もう片方が不活化した 遺伝子刷り込み (genomic imprinting) 6 が起きています 例えば

生物時計の安定性の秘密を解明

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スライド 1

報道発表資料 2007 年 4 月 30 日 独立行政法人理化学研究所 炎症反応を制御する新たなメカニズムを解明 - アレルギー 炎症性疾患の病態解明に新たな手掛かり - ポイント 免疫反応を正常に終息させる必須の分子は核内タンパク質 PDLIM2 炎症反応にかかわる転写因子を分解に導く新制御メカニ

研究成果報告書

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:


サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 2 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の進行に二つのグリア細胞が関与することを発見 - 神経難病の一つである ALS の治療法の開発につながる新知見 - 原因不明の神経難病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は 全身の筋

抄録/抄録1    (1)V

テイカ製薬株式会社 社内資料

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モルヒネを代表とするオピオイド製剤は 強力な鎮痛作用を有し 疼痛緩和薬物治療の主役を担う医療用麻薬である 薬事法の改正により 2010 年にはフェンタニルが 2011 年にはトラマドール製剤が一部の非がん性慢性疼痛に処方可能となり 適用範囲は拡大している こうしたオピオイド製剤は 持続的疼痛下に適正使用した場合 その依存形成や鎮痛耐性は問題とならない という知見が広まり オピオイド製剤の精神依存や鎮痛耐性の形成に対する誤解は解けてきたものの やはり非がん性疼痛に対する処方への躊躇はぬぐいきれないのが現状である そこで本稿では 筆者らの基礎的研究成果をふまえ 慢性疼痛下におけるオピオイド製剤による精神依存不形成機構ならびに鎮痛耐性不形成機構 さらには鎮痛作用の相違について 神経科学的または分子生物学的な所見に基づき 概説する 慢性疼痛下におけるモルヒネ精神依存不形成機構モルヒネの第一作用点は μオピオイド受容体であり モルヒネの精神依存形成には腹側被蓋野領域に存在するμオピオイド受容体が重要であることが知られている また 一般的にモルヒネは腹側被蓋野領域に高密度に分布するμオピオイド受容体を介し 抑制性の介在ニューロンであるγ- aminobutylic acid(gaba) 神経系を抑制することにより中脳辺縁ドパミン神経系の活性化を引き起こし 側坐核領域における細胞外ドパミン遊離量を増加させることで報酬効果を発現させることが知られている これまでに 筆者らは坐骨神経を結紮した神経障害性疼痛モデルマウスではモルヒネを投与しても側坐核領域における細胞外ドパミン遊離量の増加は認められないことを明らかにしている また ドパミン神経系の活性化マーカーとして リン酸化 tyrosine hydroxylase(p-th) 免疫活性を指標とした免疫組織学的な検討により 神経障害性疼痛モデルマウスの腹側被蓋野では著明なp-TH 免疫活性の減弱を認めて 28

基礎から学ぶ麻酔科学ノート いる 1) この現象は腹側被蓋野領域から側坐核領域に投射している神経細胞上で認められていることから 神経障害性疼痛下では中脳辺縁ドパミン神経系の活性低下が引き起こされていると想定される つまり このドパミン神経系の活性低下が慢性疼痛下におけるモルヒネ精神依存不形成機構の根本的な要因であると考えられる では どのような機構でこのような現象が起こるのだろうか 近年 痛み刺激により中脳辺縁系において 3) 内因性 μオピオイドペプチドが遊離されることが報告されたことから 筆者らは 神経障害性疼痛下での腹側被蓋野領域におけるμオピオイド受容体の機能低下は内因性のオピオイドリガンドの持続的な遊離により生じると想定した そこで μオピオイド受容体拮抗薬であるナルトレキソンを坐骨神経結紮前および結紮後に 腹側被蓋野領域へ連日微量注入し 慢性的な疼痛発現に伴う内因性リガンド由来のオピオイド受容体刺激を遮断した その後 ナルトレキソンの投与を中止し μオピオイド作動薬である [D-Ala 2,N-MePhe 4,Gly 5 -ol]-enkephalin (DAMGO) が誘導する精神依存形成の有無について検討を行った その結果 坐骨神経結紮により認められるDAMGO 誘導の精神依存形成の抑制は ほぼ完全に消失した こうした精神依存形成の抑制と呼応し μ オピオイド受容体の機能の指標であるGタンパク質活性化を検討した結果 坐骨神経を結紮することにより認められた腹側被蓋野領域におけるμオピオイド受容体の機能低下は ナルトレキソンを処置することでほぼ完全に回復した これらのことから 慢性疼痛の発現に伴って引き起こされる腹側被蓋野領域での持続的な内因性オピオイドリガンドの遊離により μオピオイド受容体の機能低下が誘導され その結果 DAMGO による精神依存形成が抑制された可能性が考えられる 慢性疼痛下において持続的に遊離される内因性オピオイドリガンドの候補としては 内因性 μオピオイドリガンドである β- エンドルフィンが想定される β- エンドルフィンの鎮痛効果はモルヒネの6.5 倍といわれ また多幸感をもたらすことから 脳内麻薬と呼ばれることもある また 疼痛などのストレス時において 視床下部の副腎皮質ホルモン産生細胞に働きかけることでエンドプロテアーゼが活性化し このエンドプロテアーゼが pro-opiomelanocortin(pomc) を分解し β- エンドルフィンが産生されることが知られている 筆者らはこの β- エンドルフィンに着目し ナルトレキソン投与の実験と同様のスケジュールで β- エンドルフィンに対する特異的抗体を腹側被蓋野領域に微量注入し 疼痛発現に伴い持続的に遊離されるβ- エンドルフィンが引き起こすμオピオイド受容体刺激を遮断させた その後 β- エンドルフィンに対する特異的抗体の投与を中止し DAMGO 誘導の精神依存形成に対する影響について検討を行った その結果 ナルトレキソン投与の結果と同様に 坐骨神経結紮により認められた DAMGO 誘導の精神依存形成の抑制はβ- エンドルフィンに対する特異的抗体を結紮前および結紮後に投与することにより 完全に消失した さらに β- エンドルフィンを特異的に欠損させたβ- エンドルフィンノックアウトマウスを用いて 神経障害性疼痛によるモルヒネ誘発報酬効果の変化について検討を行ったところ 腹側被蓋野へβ- エンドルフィンに対する特異的抗体を微量注入した時と同様に β- エンドルフィンノックアウトマウスの坐骨神経結紮群において 野生型マウスの坐骨神経結紮群で認められるモルヒネ誘発報酬効果の抑制は 完全に消失した これらの結果より 慢性疼痛下におけるモルヒネ精神依存形成の抑制は 内因性オピオイドリガンドである β- エンドルフィンの持続的な遊離に伴った 腹側被蓋野領域におけるμオピオイド受容体の機能低下に起因することが示唆された さらに 慢性疼痛により誘発される腹側被蓋野領域におけるβ- エンドルフィンの持続的遊離と側坐核領域におけるモルヒネ誘発細胞外ドパミン遊離量の相関関係の検討をβ- エンドルフィンノックアウトマウスを用いて in vivo microdialysis 法に従い検討した その結果 野生型マウスの坐骨神経結紮群では 坐骨神経非結紮群と比較してモルヒネ誘発細胞外ドパミン遊離促進作用の有意な抑制が認められた 一方 β- エンドルフィンノックアウトマウスにおいては坐骨神経非結紮群ならびに坐骨神経結紮群においてもモルヒネ誘発細胞外ドパミン遊離促進作用が認められた このことから μオピオイド受容体の機能低下に伴い 側坐核領域でのモルヒネ誘発細胞外ドパミン遊離促進作用が抑制されることが 明らかとなった (Fig.1) では この神経障害性疼痛により腹側被蓋野領域で引き起こされるβ- エンドルフィンの持続的な遊離は どの脳領域から投射している神経に起因するのであろうか? 筆者らは この神経投射経路を解明するため 逆行性神経標識法および免疫組織学的染色法を用いて腹側被蓋野領域に投射しているβ- エンドルフィン含有神経の同定を試みた まず 神経障害性疼痛とモルヒネ精神依存の直接的な関連を明らかにする目的で 逆行性神経軸索輸送物質である fluoro-goldを腹側被蓋野領域へ微量投与し 痛みの上行性伝達経路の中継点である視床領域から精神依存形成に重要な部位である腹 29

側被蓋野領域へ投射している神経の有無について検討を行った その結果 視床の髄板内核群に存在する束傍核から腹側被蓋野領域へ投射している神経の存在が認められた さらに これらの神経は内因性 μオピオイドペプチドである β- エンドルフィンに対する特異的抗体との同一局在を示したことから β- エンドルフィン含有神経であることが明らかとなった この束傍核は 視床の内側部 髄板内核群に存在し 運動 体性感覚 覚醒 注意に関わる部位とされ 上行性賦活系の一部として大脳皮質領域全体に興奮性のシグナルを送る起始核である しかしながら近年の解剖学的研究により 束傍核を起始核とする神経は 大脳皮質領域へ投射している神経よりも線条体領域へ投射している神経の方が多く存在することや 腹側被蓋野 前頭皮質 帯状回 淡蒼球といった脳領域にも投射していることが明らかとなった このように束傍核を起始核とする神経は辺縁系へ一部投射していることから 束傍核は痛みの伝達や痛みによる情動的側面を担う視床核の一つであると考えられる 以上をまとめると 神経障害性の疼痛下では1 多様な脳領域から腹側被蓋野領域に向けβ- エンドルフィンが遊離される2それに伴い腹側被蓋野領域でのμオピオイド受容体の機能低下が引き起こされる3 結果 中脳辺縁ドパミン神経系の活性化が抑制される といった機構によりモルヒネ精神依存形成が抑制されることが明らかとなった 2,3) 慢性疼痛下におけるオピオイド鎮痛耐性形成分子機構 臨床において 鎮痛を目的としてモルヒネを使用しているがん患者では モルヒネの鎮痛耐性は形成されにくいことが明らかにされている 一方でモルヒネ増量を余儀なくされる場面に遭遇することもあるが これは 必ずしもモルヒネの鎮痛耐性が誘導されたわけではなく がんの進行により疼痛が増強したため モルヒネの増量が必要となったケースであると考えられる しかしながら フェンタニルは モルヒネとは異 30

基礎から学ぶ麻酔科学ノート なり 適切に使用しても鎮痛作用の減弱が早期から認められることやいくら増量しても良好な鎮痛効果が得られないといった現象が臨床現場で起こるケースがある そこで筆者らは 炎症性疼痛モデルマウスを作製し 除痛用量のモルヒネ フェンタニルおよびオキシコドンを反復投与し 慢性疼痛下におけるオピオイド鎮痛耐性機構について検討を行った 慢性疼痛モデルマウスに除痛用量のモルヒネを反復投与すると モルヒネおよびオキシコドンによる鎮痛効果のわずかな減弱は認められるものの 反復投与 15 日目においても十分な鎮痛効果が認められた 4) 一方 フェンタニルの除痛用量の反復投与では 経日的な除痛効果の減弱が認められ 投与 15 日後にはほとんど鎮痛効果が認められなくなった そこで こうした条件下 この疼痛下におけるフェンタニルによる鎮痛耐性機構に関して 分子生物学的なアプローチを行った 一般に μオピオイド受容体は 長期的な作動薬の刺激により受容体の脱感作を引き起こすことが知られており この反応は受容体の細胞内陥入 / 移行に起因していると考えられている この受容体の代謝回転機構に着目し 検討を行ったところ フェンタニルに反復投与による鎮痛耐性形成時 脊髄の脱リン酸化酵素であるprotein phosphatase 2A(PP2A) の不活性化に依存したリン酸化型 μオピオイド受容体の増加が起こり 同時にμオピオイド受容体の細胞膜への再感作を誘導する低分子量 Gタンパク質であるmember RAS oncogene family(rab4) タンパク質量の減少が認められた また このような状態ではフェンタニル誘発 Gタンパク質活性化作用は対照群と比較して最大反応の頭打ちを伴う有意な減弱が認められた μオピオイド受容体はモルヒネとの結合によっては細胞内陥入を起こしにくいが フェンタニルとの結合によっては 容易に細胞内陥入を起こす 非疼痛下では μオピオイド受容体の細胞内陥入から細胞膜へのリサイクルは非常に早いが 疼痛時には上述したような受容体再感作機構の機能低下が引き起こされ 結果的に機能的なμオピオイド受容体数の減少が引き起こされているものと考えられる さらにこうした可能性を示唆するように 筆者らは 上記で用いたβ- エンドルフィンノックアウトマウスにフェンタニルを反復投与しても良好な鎮痛効果が認められることを見出した 5,6) (Fig.2) これらの基礎研究の結果から 疼痛コントロールの際 フェンタニルの過剰投与には十分な注意が必要である可能性が考えられる しかしながら 一方でフェンタニルの投与間隔および投与回数を変えることで鎮痛耐性が形成されないことも確認している そのため フェン タニルは臨床で必ず効きにくくなるということではないので その点をご留意頂きたい μ オピオイド受容体発現におけるエピジェネティック制御機構の関わり 2003 年にヒトゲノムプロジェクトが完了し 現在では個人間の遺伝子配列の相違が精力的に調査されている 疼痛治療においても これまでにμオピオイド受容体の遺伝子多型による鎮痛薬感受性の違いが報告されている しかしながら 近年 DNA 塩基配列の変化を伴わず遺伝子発現を活性化したり不活性化したりする後生的な遺伝子修飾である エピジェネティクス が注目を集めている エピジェネティクスの代表的な機構として 遺伝子発現を強く抑制するDNAメチル化や修飾の種類によって遺伝子発現を正や負に制御するヒストン修飾が知られている μオピオイド受容体の発現においてもdnaメチル化により発現調節が引き起こされるといった報告があり 様々な中枢領域のμ オピオイド受容体プロモーター領域上において DNA メチル化や脱メチル化 脱メチル化に伴うクロマチンリモデリングといった現象が起こる このようなμオピオイド受容体遺伝子のエピジェネティックな発現制御はヒトにおいても確認されており μオピオイド受容体を発現している神経細胞ではcpg 配列がメチル化されておらず μオピオイド受容体を発現していない神経細胞ではcpg 配列がメチル化されている さらに 白人のヘロイン中毒患者の末梢血液ではμオピオイド受容体プロモーター領域上のCpG 配列はメチル化しているという報告も存在する こうした背景から μ 31

オピオイド受容体の遺伝子発現にはエピジェネティックな制御が大きく関わっていると考えられる 上述したモルヒネ依存 耐性の形成機構にも第一作用点であるμオピオイド受容体がエピジェネティックな制御によって発現変化している可能性も否定は出来ない 終わりに以上 本稿では疼痛下のモルヒネ依存 耐性機構について紹介した 本邦の臨床現場における医療用麻薬の使用量は他国に比べ圧倒的に少ないのが現状である この現状は 麻薬 という言葉から その使用 増量に懸念を示す人々が未だに多いことに起因していると考えられる 今回示した知見によって オピオイド製剤の理解が深まり 疼痛に苦しむ患者のQOL 向上につながることを期待してやまない 引用文献 1 )Narita M, Matsushima Y, Niikura K, et al.:implication of dopaminergic projection from the ventral tegmental area to the anterior cingulate cortex in μ-opioid-induced place preference. Addict Biol 15: 434 447, 2010. 2 )Niikura K, Narita M, Butelman ER, et al.:neuropathic and chronic pain stimuli downregulate central mu-opioid and dopaminergic transmission. Trends Pharmacol Sci 31:299 305, 2010. 3 )Niikura K, Narita M, Narita M, et al.:direct evidence for the involvement of endogenous beta-endorphin in the suppression of the morphine-induced rewarding effect under a neuropathic pain-like state. Neurosci Lett 435:257 262, 2008. 4 )Narita M, Imai S, Nakamura A, et al.:possible involvement of prolonging spinal µ-opioid receptor desensitization in the development of antihyperalgesic tolerance to µ-opioids under a neuropathic pain-like state. Addict Biol, 2011, in press. 5 )Imai S, Narita M, Hashimoto S, et al.:differences in tolerance to anti-hyperalgesic effects between chronic treatment with morphine and fentanyl under a state of pain. 日本神経精神薬理学雑誌 26:183 192, 2006. 6 )Narita M, Nakamura A, Ozaki M, et al.:comparative pharmacological profiles of morphine and oxycodone under a neuropathic pain-like state in mice: evidence for less sensitivity to morphine. Neuropsychopharmacol 33:1097 1112, 2008. 32