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東北薬科大学研究誌,62,39 48(2015) 39 Journal of Tohoku Pharmaceutical university,62,39 48(2015) 総 説 ラット射精誘発モデルを用いた機能評価法の確立とその応用 米澤章彦, 木村行雄 a a 十和田泌尿器科 Establishment of the evaluation method for the ejaculatory function and its application to pharmacotherapy and side effect analysis Akihiko YonezAwA and Yukio KimurA a (received november 20, 2015) 1. はじめに Sildenafil をはじめとした phosphodiesterase type 5(PDe-5) 阻害剤の登場が ed( 勃起障害 ) 治療を飛躍的に進歩させ, この障害に苦しむ多くの男性に福音をもたらしたことは周知の通りである. 一つの創薬が治療方法を大きく進展させた代表的な例といえる. 現在も国内外で, 新規治療薬の開発や難治性 ed の克服に向けた研究が進行しており, 1-7) ed 治療は確実に前進している. 一方, もう一つの男性性機能である射精機能の障害については, 治療薬の開発も含め, いまだ有効な治療方法が確立されておらず,2003 年に開催された The 2 nd international Consultation on Sexual medicine による指針でも明確な治療戦略は提示されていない. 8) これは, 薬物療法を柱とする治療戦略がすでに確立された ed とは大きく異なる. どうして, 射精障害の治療が ed のように進展しないのだろうか?. その理由の一つに, 実験動物, 特に小動物 ( ラットやマウス ) を対象とした機能解析ならびに薬効評価方法の欠如 が指摘されている. 9) 通常,eD 治療薬の探索や ed の病態解析を行なう場合, すでに確立されている in vitro ならびに in vivo 系の評価方法が用いられる.Sildenafil を例にとると, 陰茎海綿体平滑筋の弛緩反応 (in vitro) や海綿体 ( 骨盤 ) 神経の電気刺激による陰茎海綿体内圧の上昇反応 (in vivo) が評価の指標となり, 得られた結果をもとに臨床応用へと進展している. 10,11) また, 糖尿病などの疾患にともなう ed についても発症機序の解析手段として上述の評価方法が応用されている. 12-15) 臨床応用を考えるうえで, 基礎における適切な機能評価方法の確立がいかに重要かを, 上述の事実 は示している. 本稿では, 基礎における射精機能評価を目的に新たに確立したラット射精誘発モデルを紹介するとともに, その機能評価における有用性について我々が実施した,1)α 1 -アドレナリン受容体遮断薬による副作用解析ならびに,2) 糖尿病性射精障害の病態解析について概説する. 2. 射精機能とその評価の問題点射精という生理現象は,1)seminal emission ( 精嚢 前立腺からの分泌液と精子の混合した精液が後部尿道へ排出される現象 ),2)projectile ejaculation( 狭義の射精 ; 後部尿道に排出された精液が尿道周囲筋群の律動的な収縮により体外へ射出される現象 ) および, 3) 射精時における内尿道口の閉鎖 ( 射精時に排尿を防ぐとともに膀胱内への精液の逆流を阻止する ) という 3 つの過程から成り立ち, 射精時の絶頂感 (orgasm) はこれら現象に付随して存在する. 複数の器官が発現に関与し, また, それらの総合作用により成り立つ極めて複雑な生理現象といえる. これまで, 性機能を対象とした機能解析や薬効評価には, ラットなどげっ歯類の性行動が指標とされる場合が多かった. この行動解析法は, 雄ラットが発情期の雌ラットと遭遇した際に示す mounting や intromission などの交尾に特徴的な行動要素を指標に, その出現回数, 潜時ならびに持続時間などを測定するものである. 利点は特に, 性的覚醒 ( 動機づけ ) 機構への影響を把握できることであり, 16) 種内闘争や隔離飼育といった社会的ストレスを負荷することで心因性の病態を想定した評価も可能となる. 17) しかし, 評価対象は行

40 米澤章彦, 木村行雄 動面だけに限定され, 射精といった個々の性機能解析にこの方法は適さない. また, これとは別に, 拘束したラットの陰茎包皮を反転することで惹起される陰茎反射を指標とする方法も用いられるが, 18) 射精に関しては, 勃起のような定量的評価は困難である. 他にも, 精嚢や精管の内圧を指標とする試みも散見するが, 19) 前述したように射精は seminal emission,projectile ejaculation および内尿道口の閉鎖といった複数器官の総合作用によって発現する生理現象であるので, その一部の過程だけを評価している可能性は否定できない. このような問題点を考慮し, 我々は射精の最終段階にあたる projectile ejaculation に焦点を当てた定量的評価法の確立を目指し, 射精誘発が容易なイヌを用いた研究を進めてきたが, 20-24) この動物種では病態モデルの作製あるいは外科的処置を施す場合に実験的制約が多く, 詳細な機能解析などの研究に応用することができなかった. そこで我々は, 基礎研究で汎用されているラットを対象とした新たな射精機能の評価方法の確立に着手した. 25-28) 3. ラットを用いた射精機能の定量的評価 1) 麻酔ラットの projectile ejaculation を指標とする方法従来, 麻酔ラットに projectile ejaculation を誘発することは困難であったが, 我々は薬物処置 (pchloroamphetamine; 2.5 5.0 mg/kg, i.v or i.p) とい う極めて簡単な操作で確実に projectile ejaculation を発現させる方法を見いだし, 25) 射精機能解析への応用を可能にしている. その特徴を列挙すると, 1)seminal material( ラットでは凝固腺が存在するため精液は固体状で排出される ) の外尿道口からの間欠的な射出とその際に尿道周囲筋群が律動的に収縮すること,2) 射精時に glans 部 ( 尿道海綿体先端部 ) がトランペット状に膨張 (penile cup) すること,3) 後部尿道内圧を測定すると, ヒトやイヌの場合と同様に律動的な振幅が認められること,4) 脊髄切断 (T8-9) により上位中枢からの影響を除外しても projectile ejaculation を確実に発現することなどである. 25) 麻酔ラットで観察されるこのような特徴から, 外科的処置などに制約が多いイヌでは検討できなかった詳細な機能解析への応用が可能となり, 事実, このラット射精誘発モデルを用いた神経生理学, 神経科学および薬理学的観点からの研究成果が近年蓄積され始めている. 29-35) 我々もこの射精誘発モデルを用いて,α 2 -アドレナリン受容体遮断薬の射精促進効果に関する作用機序の解明を試み, 上位中枢から脊髄射精中枢に対する下行性促進系の賦活化が関与する可能性を示唆している. 25) 2) 覚醒ラットの projectile ejaculation を指標とする方法ラットが生殖器に外部刺激を加えずとも, 自発的に seminal material を排出すること (spontaneous Fig. 1. Characteristics of spontaneous ejaculation(sse)in rats. (A); The time variation of the incidence of SSe.(B); The time variation of the cumulative weight of seminal materials. results are shown as mean±s.e.m. for 10 rats.(c); The number of SSes in 10 rats.

ラット射精誘発モデルを用いた機能評価法の確立とその応用 41 ejaculation: 以下,SSe と略 ) は以前より知られていた. 36) 成熟したラットでは 1 日に 2 3 回, 主に明期 ( 不活動期 ) にその発現を認めるが, 37) ラット特有の genital grooming( 生殖器舐め行動 ) により射出された seminal material を損失することが定量的評価の障害となっていた. そこで我々は, この genital grooming の発現を阻止する目的でラット胸部に布製コルセットを装着し,projectile ejaculation の定量的評価を試みた. コルセット装着後に SSe 発現の観察を容易にするため, ラットをメッシュ床のステンレスゲージに移し, 経時的 (0.5,1,3,6 時間後 ) な観察を行った. その結果, コルセット非装着群では SSe 発現を検出できなかったが, コルセット装着群では時間依存的に SSe 発現を認め, 装着 6 時間後には 90% の動物にその発現が観察された (Fig. 1-A). また, 射出された seminal material 量も時間依存的に増加し,6 時間後までの総量は 16.2±1.7 mg(n=10) であった (Fig. 1-B). さらに,SSe の発現回数 (seminal material の数を基準とした場合 ) は 1 回のラットが 10 匹中 6 匹,2 回以上のものは 10 匹中 3 匹であった (Fig. 1-C). これらの結果は, コルセット装着という簡便な実験操作によって, ラットにおいても射精機能の定量的評価を行うことが可能なことを示唆している. また, このモデルは長期の観察期間においても安定した SSe の発現率を示し, その再現性は非常に高く (Fig. 2), さらに, 各週 齢間 (10 50 週齢 ) ならびに各系統間 (F344, wister, SD ラット ) においても安定した発現率を示すことから, 急性だけでなく慢性実験においても適切な機能評価を実施できることが明らかとなった. 69,75) 4.α 1 -アドレナリン受容体遮断薬の射精障害解析現在, 前立腺肥大症に伴う排尿障害治療において,α 1 -アドレナリン受容体遮断薬( 以下,α 1 - 遮断薬 ) はその有効性の高さ, 安全性から第一選択薬として広く用いられている. 38,39) 下部尿路選択的なα 1 - 遮断薬の開発が進み,prazosin などプロトタイプで問題とされた起立性低血圧など血管系への副作用は軽減したが, 逆に射精障害に関する副作用報告が増加している. 53) また, 前立腺炎や尿路結石に対してα 1 - 遮断薬が有効との報告がなされており, 43-45) 今後, 性的活動期の若年男性に対する適用も増加することが予想され, 11) 若年者のα 1 - 遮断薬服用に伴う射精障害が問題化する可能性がある. しかし,α 1 - 遮断薬に関する基礎研究は, 前述したように射精機能を適切に評価する動物モデルが確立されていなかったこともあり, これまでほとんど進展していなかった. そこで我々は, 有用性が証明されたラット射精誘発モデルを用いて各種 α 1 - 遮断薬の射精障害を比較するとともに, その障害機序について検討を加えた. 75) 最初に, 臨床的に使用頻度が高いα 1 - 遮断薬であ Fig. 2. Changes in spontaneous ejaculation(sse)of rats at one day interval for 3 days and 1 week interval for 3 weeks. The weights of seminal materials are shown as mean±s.e.m. for 10 rats. Percentage values represent the number of rats per group showing SSe.

42 米澤章彦, 木村行雄 Fig. 3. effects of tamsulosin, prazosin and naftopidil on the incidence of spontaneous ejaculation(sse)in rats. each point represnts the cumlative incidence of SSe for 10 rats. each drug was injected i.p. 1 hour after the start of SSe test. Fig. 4. effects of various doses of tamsulosin, prazosin and naftopidil on the weight of seminal material(sse) in rats. The test was conducted by fitting each animal with a thoracic corset made from cotton to prevent the animal from bending to groom its penis. Coagulated seminal materials were retrieved from paper placed under each cage and from the shaft of the penis. each column represents the mean±s.e.m. for 10 rats. The symbol indicates a significant difference(*; P<0.05, **; P<0.01) from Pre-value. る tamsulosin,naftopidil,prazosin の SSe に対する影響を検討した. その結果, 本誘発モデルにおいて tamsulosin(0.3-10μg/kg, i. p.),prazosin(3-100μg/kg, i. p.),naftopidil(10 3000μg/kg, i. p.) はすべて SSe の発現および seminal material 量を用量依存的に減少し,tamsulosin(10μg/kg, i. p.), prazosin(100μg/kg, i. p.),naftopidil(1000μg/kg, i. p.) は SSe 発現を完全に抑制することが判明した (Fig. 3, 4).iD 50 値を比較すると,tamsulosin= 0.97μg/kg,prazosin=20.29μg/kg,naftopidil= 276.9μg/kg となり, 各薬物間の SSe 発現に対する抑制度合いに顕著な差が認められた. 特に, tamsulosin と naftopidil の id 50 値には約 285 倍の差があることが明らかとなった. また,naftopidil の抑制作用は tamsulosin や prazosin とは異なり, 低用量側 (10 100μg/kg, i. p.) では seminal material 量に対する減少作用を全く示さず, 高用量 (1000μg/kg, i. p.) でのみ SSe 発現を完全に抑制するという特徴が判明した. 健常男性や前立腺肥大症患者を対象とした臨床研究でも, 46,47) α 1 - 遮断薬のうち tamsulosin は有意に射精量を減少するが, naftopidil では変化のないことがことが示されており, 本誘発モデルで得られた結果と極めて類似することは注目すべき点と考えられる. 各 α 1 - 遮断薬間で SSe 発現の抑制作用に差がみられた理由として,α 1 - 受容体サブタイプに対する各薬物の親和性ならびに選択性の違いが考えられる. 48) Tatemichi らの報告によると,α 1 - 受容体サブタイプに対する各薬物の Ki 値は,α 1A - 受容体では tamsulosin( 0.012 nmol/l) <prazosin( 0.12 nmol/l)<<naftopidil(23 nmol/l),α 1B - 受容体で

ラット射精誘発モデルを用いた機能評価法の確立とその応用 43 は prazosin(0.028 nmol/l)<tamsulosin(0.12 nmol/l)<<naftopidil(7.8 nmol/l),α 1D - 受容体では tamsulosin(0.03 nmol/l)<prazosin(0.078 nmol/l)<<naftopidil(4.4 nmol/l) となり, 63) SSe に対する抑制程度と一致するのは,α 1A - 受容体とα 1D - 受容体の Ki 値であった. ラットにおける phenylephrine 誘発性尿道内圧の上昇に対する各 α 1 - 遮断薬の id 50 値は,tamsulosin(0.4μg/kg, i. v.)<prazosin(4.04μg/kg, i. v.)<<naftopidil (361μg/kg, i. v.) であり, 本モデルで得られた id 50 値と極めて類似している. ラットの前立腺や尿道はヒトと同様にα 1A - 受容体が優位であり, 49-51) phenylephrine はα 1A - 受容体を介して前立腺平滑筋を収縮させ, 尿道内圧の上昇を引き起こすことが明らかにされている. また, 各種 α 1 - 受容体 Ko マウス (α 1A,α 1B,α 1D ) を用いた検討から,α 1A -Ko マウスが交尾の成功率と精液中の精子数が他の Ko マウスに比べて減少し, 妊孕能が 50% までに減少することが報告されている. 52) これらの結果は, 射精発現のプロセスにα 1A - 受容体が深く関与し, tamsulosin,prazosin,naftopidil はそれぞれα 1A - 受容体を遮断することにより射精機能を抑制するものと考えられる. 事実, 我々は α 1A - 受容体の選択的遮断薬である silodosin が本誘発モデルにおいて極めて低用量から SSe 発現を抑制すること, また, α 1D - 受容体の選択的遮断薬である BmY-7378 や A- 315456 は SSe 発現や seminal material 量に対して有意な作用を示さないことを確認している. 次に,α 1 - 遮断薬の障害機序について検討を加えた. 最初に, 各 α 1 - 遮断薬の作用点を調べたところ, tamsulosin(1μg/rat),naftopidil(10μg/rat) の脊髄クモ膜下腔内投与は全身性投与時とは異なり, SSe 発現を全く抑制しなかった. したがって, 両薬物の全身性投与時に観察される SSe 抑制は主に末梢性機序によるものと考えられた. 射精障害は現在,1) 射精と orgasm がともに欠如するもの, 2)orgasm はあるが射精のないもの,3) 射精と orgasm はともにあるが, 射精に達するまでの時間に異常のあるもの, 4) 射精は正常にあるが orgasm のないものの 4 群に大きく分類されている. このうち,α 1 - 遮断薬に起因するのは,2) に分類される逆行性射精と seminal emission の消失と想定されている. 53-55) そこで末梢における障害機序を探る目的で逆行性射精の有無を検討した. 実験には SSe 発現を 100% 抑制する各 α 1 - 遮断薬の用 量を用いた. その結果, 逆行性射精の発生率は tamsulosin 投与群で 0%, prazosin 投与群で 12.5%,naftopidil 投与群では 25% であり,SSe 抑制の主機序としての可能性は極めて少ないと考えられた.Hisasue らは健常人を対象に,tamsulosin 投与による射精障害発症時に,1) 中間尿に精子が存在しないこと,2) 経直腸的カラードップラー解析では精液の膀胱内への逆流は見られないこと, 3) 精液中のフルクトース量 ( 精嚢由来 ) が有意に減少することを観察し,α 1 - 遮断薬による射精障害は逆行性射精によるものではなく, 主に seminal emission の低下による可能性を示唆している. 54) ラット精嚢平滑筋の収縮は,α 1 - 受容体サブタイプのうち, 主にα 1A - 受容体が関与すること, 56,57) さらに,tamsulosin が下腹神経電気刺激によるラット精嚢平滑筋の収縮を強く抑制することが示されており, 58) ラット射精誘発モデルから得られた結果と考え併せると,α 1 - 遮断薬による射精抑制作用は, 主にα 1A - 受容体遮断による seminal emission の消失によると推察された. 75) 今後, 射精発現における各 α 1 - 受容体サブタイプの機能的役割を解明することが, 射精障害治療の進展やα 1 - 遮断薬による副作用などの問題を解決するうえで重要と考えられる. 5. 糖尿病の射精障害解析糖尿病の合併症として, 勃起障害, 射精障害ならびにリビドの低下が起こることはよく知られている. その発現頻度は三大合併症である神経障害, 網膜症, 腎症と比較し高く, 糖尿病男性における最初の自覚症状ともいわれている. 59) 糖尿病による勃起障害については基礎ならびに臨床研究が広く行われ, 主な障害機序として,1) ラセン動脈や海綿体洞における血管内皮障害,2) 海綿体神経などの神経性障害, さらに,3) 陰茎海綿体平滑筋量の減少などが想定されている. 60,61) また, 治療に関しても,PDe-5 阻害薬の高用量投与, さらに no 合成酵素や K + チャネル遺伝子の陰茎海綿体への移植, 62,63) あるいは各種増殖因子 (bfgf; basic fibroblast growth factor,vegf; vascular endothelial 64,65) growth factors) の陰茎海綿体への適用などに関する基礎研究が進められている. 一方, 射精障害に関する研究は極めて少なく, 障害機序の解明, 治療方法の確立や治療薬の開発を指向した基礎研究はほとんど実施されていなかった. そこで著者

44 米澤章彦, 木村行雄 Fig. 4. effects of STz-induced diabetic mellitus on spontaneous ejaculation in rats. The test was conducted by fitting each animal with a thoracic corset made from cotton to prevent the animal from bending to groom its penis. Coagulated seminal materials were retrieved from paper placed under each cage and from the shaft of the penis. results are shown as mean±s.e.m. for 8 animals. The symbol indicates a significant difference(*; P<0.05, **; P<0.01)from 0.1 m citrate phosphate buffer-treated control animals. らは, 新たに確立したラット射精誘発モデル 25-28) を用い, 臨床的に射精障害の発症頻度が高いとされるⅠ 型糖尿病に焦点を当て, その病態モデルである streptozotocin(stz) 糖尿病ラットならびに自然発症 Ⅰ 型糖尿病モデルである Bio-Breeding/ worcester//tky(bb/wor//tky) ラットの射精機能について長期観察を試みた. 66,69) その結果,STz 糖尿病ラットは糖尿病発症後早期から射精機能が障害され, その障害は病期の進行とともに増悪することが明らかとなった. すなわち,STz 糖尿病ラットでは STz 投与 2 週後から seminal material 量が著明に減少し ( 勃起機能の低下は STz 投与 5 7 週後から発現することを確認している ), 投与 6 15 週後では SSe 発現は有意に低下した (Fig. 5).BB/wor//Tky ラットにおいても同様の障害特徴が確認されたことから (Table 1), 早期に射精機能が障害されることがⅠ 型糖尿病ラットに共通した特徴と考えられた. 66) 臨床的に,Ⅰ 型糖尿病の若年男性では勃起機能やリビドの低下時期に比べ, より早期に射精機能が障害を受 け, 67) また, その際に射精量が著明に減少することが報告されている. 68) 本誘発モデルで得られた結果は, これらⅠ 型糖尿病男性の臨床所見と極めて類似しており, 用いた評価方法の妥当性が示されたわけである. したがって, 今後,Ⅰ 型糖尿病による射精障害の病因 病態を探るうえで, また, 治療方法の確立を目指すうえで, 本誘発モデルは有用な手段になるものと考えられる. 次に障害機序について,STz 投与 5 週,9 10 週ならびに 15 23 週後のラットを対象に,1) 逆行性射精の有無ならびに,2) 精嚢に貯留する精嚢液量の変化について検討を加えた. その結果, 膀胱より採取した尿中に精子の存在は確認されなかったが, 対照群に比べて精嚢液量が著明に減少することが判明した (Fig. 6). 66,69) この結果から,STz 糖尿病ラットにおける射精障害は内尿道口の閉鎖不全により起こる seminal material の逆流現象によるものではなく, 主に精嚢分泌液の低下に起因する seminal emission の消失による可能性が考えられた. このように,Ⅰ 型糖尿病ラットの射精障害の特

ラット射精誘発モデルを用いた機能評価法の確立とその応用 45 Table 1. Spontaneous seminal emission and blood glucose level in BB/wor//Tky rats Spontaneous seminal emission After birth n incidence(%) weight(mg) Blood glucose(mg/dl) 9 weeks 10 9(90) 20.2±3.3 54.4±2.0 13 weeks 7 4(57.1) 4.2±1.8 344.4±65.5 Insulin treatment 17 weeks 6 5(83.3) 17.5±5.4 201.5±36.2 Fig. 6. effects of insulin replacement on the decrease in ejaculatory capacity in streptozotocin(stz)-induced diabetic rats. insulin treatments were started from 1 week(a), 5(b)and 15(c)weeks after STz administration, respectively. Left and right graphs show the amount of seminal materials and the amount of seminal vesicle fluid stored in the vesicle in the control, STz and STz + insulin replacement rats, respectively. The values expressed in the left graphs represent the number of rats per group showing spontaneous ejaculation. results are shown as mean ±S.e.m. for 8 animals. The symbol indicates a significant difference(*; P<0.05, **; P<0.01)from age-matched control animals. 徴が明らかとなったが, 次にこの障害が雄ラットの妊孕能に与える影響について検討を加えた. その結果,STz 糖尿病ラットでは糖尿病の進行にともない妊孕能が段階的に低下し,STz 投与 14 15 週後にはほぼ完全に消失することが判明した. Hassan らは, 70) STz 糖尿病ラットの性行動解析から, リビドの指標となる mount 発現率 ( 対照群 ; 91%,STz 群 ;75%) および勃起の指標となる intromission 発現率 ( 対照群 ;91%,STz 群 ; 31%) の低下とともに射精関連行動 ( 対照群 ; 70%,STz 群 ;0%) が完全に消失することを示し, 同様の結果は,Tong ら 71) も報告している. またその際, 精巣や精巣上体における精子数の減少ならびに精子の運動性低下も認めている. したがって, 本実験で観察された STz 糖尿病ラットの妊孕能低下は, 上述した射精機能の障害に加えて, 射精関連行動や造精機能の障害を含んだ複合的なものによる可能性が高い. また, 糖尿病後期 (STz 投与 14 15 週 ) の妊孕能消失は, リビドの低下と勃起障害による性行動自体の消失による可能性も

46 米澤章彦, 木村行雄 想定しなければならない. いずれにしても,Ⅰ 型糖尿病では早期から妊孕能が低下する可能性が示唆され, これは若年男性における男性不妊症の一因をなすと推察される. 臨床的には,Ⅰ 型糖尿病男性で精液量の減少, 精子の運動性低下や形態劣化が報告されており, 68) その治療薬ならびに治療方法の確立は重要な課題と考えられる. insulin はⅠ 型糖尿病の治療薬であり, この疾患による性機能障害をある程度改善すると報告されている. 72) Yamanaka らは, 73) STz 糖尿病ラットの勃起障害と陰茎海綿体におけるアポトーシス現象との関係に着目し, 両者に対する insulin の効果を検討し,1)STz 糖尿病ラットでは海綿体神経電気刺激による陰茎海綿体内圧が低下し,TuneL assay では Apoptotic index が対照群と比較し有意に増加すること, また,2) これらが insulin 療法により有意に改善することを明らかにしている. このような事実を背景に, 我々は STz 糖尿病ラットならびに BB/wor//Tky 糖尿病ラットの射精障害に対する insulin 療法の予防効果を検討した (Fig. 6). 69) その結果,STz 投与 1 週後から insulin 療法を実施すると射精障害の発現はほぼ完全に阻止され,insulin 投与を中止すると対照群レベルまでに射精機能が低下することが判明した. また同様に,BB/wor//Tky 糖尿病ラットでも糖尿病発症後早期に insulin 療法を実施すると射精機能は発症前のレベルにまで回復した (Table 1). 若年男性 Ⅰ 型糖尿病における射精障害の治療方法はいまだ確立されてはいないが, 本結果は糖尿病発症後早期からの insulin 療法が治療 予防の選択肢になることを示唆している. 糖尿病による射精障害の病因 病態は不明な点が多く, 有効な治療方法もいまだ確立されていない現状にあるが, 我々が確立したラット射精誘発モデルを用いた機能評価が今後, それらを解決するための有用な手段になると考えられる. 6. おわりにラット射精誘発モデルを用いた機能の定量的評価と副作用ならびに病態解析への応用について概説した.eD の治療が進展するにつれ, 皮肉なことにこれまで潜在化していた射精障害の実体が浮き彫りとなり, その診断や治療方法に関する問題点が指摘されている. 世界 5 地域の下部尿路症状を呈する男性を対象とした疫学調査では, 勃起障害 (63%) とほぼ同程度に射精障害 (62%) が報告され, 射精障害が決して特殊な疾患ではないことを裏付けている. 人口の高齢化が加速度的に進行するわが国では, 今後さらに射精障害を訴える男性は増加すると予想され, 射精障害に特異的で有効な治療薬の開発が望まれている. ここに紹介した定量的評価法を通して,eD 治療薬のような有効性の高い射精障害治療薬の創薬を期待したい. 謝辞本研究を遂行するにあたり, 終始有益なご助言を賜りました機能形態学教室, 櫻田忍特任教授, また, ご協力をいただきました同 教室, 溝口広一准教授, 渡辺千寿子講師, ならびに同教室諸氏に厚く御礼申し上げます. REFERENCES )Porst H., rosen r., Padma-nathan H., Goldstein i., Giuliano F., ulbrich e., Bandel T., int. J. impot. res., 13, 192 199(2001). )Porst H., int. J. impot. res., 14, S57 64(2002). )Padma-nathan H., int. J. impot. res., 13, 2 9(2001). )Heaton J. P. w., world J. urol., 19, 25 31(2001). )moon D. G., Byun H. S., Kim J. J., BJu int., 83, 837 841(1999). )Chitaley K., wingard C. J., Clinton webb r., Branam H., Stopper V.S., Lewis r.w., mills T.m., nat. med., 7, 119 122(2001). )rees r. w., ralph D. J., royle m., moncada S., Cellek S., Br. J. Pharmacol., 133, 455 458(2001). )wespes e., Amar e., Hatzichristou D., Hatzimouratidis K., montorsi F., Pryor J., Vardi Y., eur. urol., 49, 806 815(2006). )Yonezawa A., Kimura Y., Sakurada S., J. Tohoku Pharmaceutical university, 50, 17 29(2003). 10)Carter A. J., Ballard S. A., naylor A. m., J. urol., 160, 242 246(1998). 11)Ballard S. A., Gingell C. J., Tang K., Turner L. A., Price m. e., naylor A. m., J. urol., 159, 2164 2171 (1998). 12)Ari G., Vardi Y., Finberg P. m., Clin. Sci., 96, 365 371 (1999). 13)rehman J., Chenven e., Brink P., Peterson B., walcott B., wen YP., melman A., Christ G., Am. J. Physiol., 272, 1960 1971(1997).

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