漢方エキス製剤を使いこなす② 麻黄湯類 風間 洋一 風間医院 し 粥を啜り微似有汗 と異なる点は 麻黄湯には毛 麻黄湯を理解する 穴を開いて 直接発汗させ寒熱を除く作用があること です しかし 微似汗 とあるように大汗させないで 組 成 麻黄5g 桂皮4g 杏仁5g 甘草 1.5 g 効 能 発汗解表 宣肺平喘 適応症 悪寒 発熱 無汗 頭痛 身体疼痛 骨節疼 痛 腰痛 胸満 喘咳 苔薄白 脈浮緊 しっとりと全身が汗ばむ程度にするように指示してい ます 伝統上 麻黄湯を発汗峻剤と呼ぶのは 服用後 温覆する必要がない ただ布団を掛けるだけでよい ことと 発汗過多を戒めるためと思われます 麻黄湯 は太陽風寒表実証 発熱 悪寒 無汗 脈浮緊 に用 いられるだけでなく 麻黄が肺の引経薬となり 風寒 襲肺の喘息 咳嗽など肺病の治療にも用いられます 構成生薬の働き ま お う 麻黄の性味は 辛 微苦 温 帰経は肺 膀胱経で ①発汗 ②平喘 ③利水の働きがあります 麻黄湯中 麻黄湯の臨床応用 麻黄は気分に作用し 腠理を開きます 麻黄の発汗作 け い し 用は解表薬の中で比較的強く 血分に作用する桂枝と 一緒に使うと 気血の流れが強まり発汗力が増します きょうにん 相須 また麻黄の宣肺 向上 向外 と杏仁の止咳 降 肺 の組み合わせにより 利肺 宣と降 相使 して かんぞう 作用機序の考察 麻黄湯証は 風寒邪気によって腠理 汗腺 が閉じ 汗が出ない状態です 桂枝湯証と同じ 営衛不和 の 胸満 喘を治療します 甘草は 諸薬の性質を調和さ 状態ですが 桂枝湯の 衛強営弱 に対し 無汗であ せるとともに 胃気も調和 保胃気 させ 喘や疼痛 ることから 衛強営鬱 と表現します 無汗により体 を和らげます 表に水分が多く存在し その水分と鬱熱が神経を圧迫 麻黄湯の薬効 刺激することで 身体のあらゆる処に疼痛が起こりう まおうとう しょうかんろん 麻黄湯は 傷寒論 太陽病中 35 条に 覆取微似汗 おお 不須啜粥 覆 いて微かに汗するに似たるを取り 粥 もち を啜るを須いず とあります 桂枝湯の場合の 温覆 風間医院 茨城県取手市 178 伝統医学 Vol.10 No.4(2007.12) ると考えられます 脈緊も脈中に水分が充満している 状態です 桂枝湯のように有汗であれば 水分による 圧迫が軽微で疼痛も軽度で 脈も緩の状態です 麻黄湯の強い発汗力が 体表に蓄積された不用な物 水湿 毒など を排泄し 疼痛や喘 呼吸困難 の 16
治療に有効に働きます 適応症の分析 傷寒論 には, 忌汗法 ( 発汗法をきらう ) の証 が, 太陽病篇 や 弁不可発汗病脈証并治篇 に多く記載されています 主に,1 陽虚畏寒 ( 陽気不足により寒をいやがる ),2 汗家 ( 表虚証 : 汗をかきやすい人 ), 3 瘡家 ( 瘡瘍のできる人 ),4 亡血家 ( 出血 ),5 衄家 ( 鼻血 ),6 淋家,7 陰虚 ( 血虚 ) などに麻黄湯を用いるべきではないことを示しています つまり麻黄湯は, 陰陽不足の状態 ( 気血津液が虚している ) には用いないことが原則です 麻黄湯の類方 かっこんとうかっこんとうかせんきゅう麻黄湯類方のエキス剤には, 葛根湯 葛根湯加川芎 しんい辛 まきょうかんせきとう ごことう まんびょうかいしゅん 夷 ( 本朝経験方 ) 麻杏甘石湯 五虎湯 ( 万病回春 ) しょうせいりゅうとう小 えっぴかじゅつとう まきょうよくかんとう まおうぶしさいしんとう 青竜湯 越婢加朮湯 麻杏薏甘湯 麻黄附子細辛湯 などがあります ( 表 1) いずれも麻黄が配合され, 発汗 平喘 利尿のいずれかの働きを目的として処方 に組み立てられていますが, 麻黄の用量および一緒に 配合される生薬 ( 薬対 ) により麻黄の働きが異なりま す エキス剤処方の麻黄配伍薬対をまとめると, 表 2 のようになります 表 1 麻黄湯類方 処方 典組成効能 適応症 葛根湯 葛根湯加川芎辛夷 葛根加朮附湯 麻杏甘石湯 五 湯 小青竜湯 越婢加朮湯 麻杏薏甘湯 麻黄附子細辛湯 17 伝統医学 Vol.10 No.4(2007.12) 179
麻黄 桂枝の薬対は, 強い発汗作用があり, 葛根湯 葛根湯加川芎辛夷 小青竜湯に配伍されており, 無汗 が原則です 麻黄 石膏の薬対は, 石膏が腠理 ( 汗腺 ) を閉じる 方向に働き, 石膏の量が麻黄の倍以上のとき, 麻黄は 発汗 ( 解表 ) よりむしろ, 宣肺平喘 利水に働きます 麻杏甘石湯エキス剤では, 石膏 10 g, 麻黄 4g で, 2.5 倍です 麻杏甘石湯は, 傷寒論 太陽病中 63 条 に 発汗後, 不可更行桂枝湯, 汗出而喘, 無大熱者, 可与麻黄杏仁甘草石膏湯 ( 発汗して後, 更に桂枝湯 おこなを行うべからず 汗出でて喘し, 大熱なきものは, 麻 黄杏仁甘草石膏湯を与うべし ), また太陽病下 162 条 に 下後不可更行桂枝湯, 若汗出而喘, 無大熱者, 可 や与麻黄杏子甘草石膏湯 ( 下して後は更に桂枝湯を行 るべからず 若し汗出でて喘し, 大熱なきものは, 麻 黄杏子甘草石膏湯を与うべし ) とあるように 汗法 下 法 の後に 喘 ( 呼吸困難 ) が出現し, 有汗 無汗 にかかわらず 無大熱 ( 体表に熱がなく, 肺熱がある ) のとき, 清泄肺熱 止咳平喘に働きます 不可更行 桂枝湯 とあるように, さらに桂枝湯を使ってはいけ ない理由は, すでに表証がないか, わずかであること を示し, 裏熱 ( 邪熱壅肺 ) を清泄し喘息を治す ( 平喘 ) 働きが主であることを示しています きんきようりゃく越婢加朮湯は, 金匱要略 水気病に 裏水, 越婢 加朮湯主之 とあるように, 小便不利によって引き起 こされる水気病に対して, 主に利小便させる目的で用 いられています 金匱要略 では, 麻黄 6 両, 石膏 半斤 (8 両 ) とあり, エキス剤の比率も麻黄 6g, 石 そうじゅつ膏 8gの配合です 蒼朮は麻黄と一緒に用いると, 表 め裏の湿を行ぐらし健脾と麻黄の過汗防止に働きます しかし石膏の量が麻黄の倍以下では, 麻黄の 発汗作 用 を制約して, 利小便 に集中させることができ ず, 発汗と尿量増加の両方を認めます 現在, 急性腎 炎による水腫の治療には, 石膏 : 麻黄 =2:1 あるい は 3:1 の比率で用い, 発汗より宣肺行水に効能を集 約させる方法が用いられています この臨床実践から, エキス剤を用いて利小便の効果を高め浮腫を治療する ごれいさんぼういおうぎとうぼうふうつうしょうさんには, さらに五苓散や防已黄耆湯, 防風通聖散エキス 剤などを合方する必要があります ( 表 3) また湿疹 蕁麻疹などの皮膚疾患で肌膚湿熱タイプ しょうふうさんには, 越婢加朮湯エキス剤に消風散エキス剤を合方し て, 散風清熱利水 ( 微発汗 利尿 ) します このとき, 石膏 : 麻黄は 11 g:6g と約 2:1 に近づきます 麻杏薏甘湯は, 金匱要略 痙湿暍病に 病者一身 表 2 麻黄を 2 薬対の働き 麻黄と合わせる生薬 効能 処方 葛根 杏 石 朮 薏 五 子 附子 風 180 伝統医学 Vol.10 No.4(2007.12) 18
尽疼, 発熱, 日晡所劇者, 名風湿 此病傷於汗出当風, 或久傷取冷所致也 可与麻黄杏仁薏苡甘草湯 温 ことごと服, 有微汗, 避風 ( 病者一身尽く疼み, 発熱し, 日 晡所劇しき者は風湿と名づく この病は汗出でて風に 当るに傷られ, 或は久しく冷を取るに傷られて致す所 なり 麻黄杏仁薏苡甘草湯を与うべし 温服す, 微汗あらしむ, 風を避く ) とあるように, 風湿が表に あり全身 ( 関節 筋肉 ) に疼痛のあるとき, 温服し微 汗させて風湿の邪を除く処方です 少量の麻黄 (4g) よくいにんは, 寒性利尿の薏苡仁 (10 g) と一緒に使うことで, 微発汗 利尿に働きます 麻黄附子細辛湯は, 傷寒論 少陰病 301 条に 少 陰病, 始得之, 反発熱, 脈沈者, 麻黄細辛附子湯主之 ( 少陰病, 始めて之を得, 反って発熱し, 脈沈なるも のは, 麻黄細辛附子湯之を主る ) とあるように, 体質 虚弱者や老人が, 太陽傷寒に外感して発熱したけれど, す陽気不足のために, 直ぐ裏 ( 少陰 ) に伝入し太陽少陰 の両感証になったときに用います 反発熱 は邪が 表にあることを, 脈沈 は裏に寒飲のあることを示し, 麻黄は解表散寒, 附子は内除裏寒, 細辛は表裏を貫き 少陰寒邪と太陽表寒ともに祛邪し,3 味が協力して, 解表兼温裏逐飲します 臨床ではしばしば, 悪寒 微 熱 無汗 倦怠感 手足冷などの症状があり, 薄い鼻 汁や咽喉痛を訴える身体虚弱者の感冒に用います 特 に咽喉痛 疲労感を主訴とする場合には, 甘草湯を合 方し, そのほか急性腎炎を起こし尿不利の場合, 五苓 散を合方, 腰背痛に葛根湯を合方, アレルギー性鼻炎 やアレルギー性結膜炎, 気管支喘息などに桂枝湯や小 青竜湯を合方して用いることがあります 症例 1 葛根湯から麻黄湯に転じ, 発汗治癒した インフルエンザ 9 歳, 女児 昨晩, 急に悪寒 発熱が出現 今朝も 38.5 度の発熱が続き, 悪寒 体の痛み 軽度咽痛が あり来院 舌淡紅 脈浮緊 無汗 普通感冒と考え, 葛根湯エキス剤 5g/ 日分 3 処方 しかし翌日になっ ても 39 度の高熱 身痛 関節痛 無汗が続き再来院 迅速診断キットを実施したところ, インフルエンザ B 型陽性 葛根湯を服用しても発汗しないため, 発汗峻 剤の麻黄湯エキス剤 5g/ 日分 3 に転方, 服用後発汗 し解熱, 身体痛も消失した しかしその後, 微熱がと さいこけいしとうきどきあり, 食欲も回復しないため, 柴胡桂枝湯エキ ス剤 3 日分処方服用し治癒 完治まで約 7 日を要した インフルエンザをはじめ, 外感病で太陽傷寒表実証 を治療するポイントは, 発汗解表することです 葛根 湯や麻黄湯エキス剤を用いて発汗させる場合, ときに は, エキス剤を通常の倍量用いたり, 発汗するまで断 続的に服用させるなど, 発汗させるための工夫を必要 とする場合もありますが, 過剰投与に注意が必要です 最初から高熱煩躁 ( イライラしてじっとしていられ ない ) などの傷寒表実の重症に裏熱証があれば, 太陽 病中 38 条 太陽中風, 脈浮緊, 発熱悪寒, 身疼痛, 不汗出而煩躁者, 大青竜湯主之 ( 太陽風に中り, 脈 浮緊に, 発熱悪寒し, 身疼痛し, 汗出でずして煩躁す るものは, 大青竜湯之を主る ) とあるように, 大青竜 湯で発汗解表 清熱除煩する必要があります エキス 剤を用いる場合には, 桂枝湯合麻杏甘石湯エキス剤か, 麻黄湯合越婢加朮湯エキス剤で類似処方を作ります しかし両者には麻黄の合方使用量に約 2 倍の差 (1 日 量 4g:11 g) と蒼朮の有無の違いがあり, どちら を選ぶべきか病態を勘案して処方します ふつごやくしつほうかんくけつまた 勿 さいかつげきとう 誤薬室方函口訣 の柴葛解肌湯 ( 浅田家 方 ) に 太陽, 少陽の合病, 頭痛, 鼻乾, 口渇, 不眠, 四肢煩疼, 脈洪数なる者を治す とあるように高熱が 4,5 日続いて下がらず, 頭痛 身痛などの症状が重 症化して, 麻黄湯や葛根湯などの麻黄剤では効果が現 れない場合に用いられます 類似処方として葛根湯と しょうさいことうかききょうせっこう小柴胡湯加桔梗石膏エキス剤を合方します 症例 2 痛風発作に対する越婢加朮湯の効果 60 歳, 男性 痛風症で数年前からアロプリノール を服用している 最近ビールを飲む量が増えていたと ころ, 急に右足の親指の付け根に激痛が生じて来院 19 伝統医学 Vol.10 No.4(2007.12) 181
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局所が赤く腫脹, 痛風発作の状態 越婢加朮湯エキス 剤 7.5 g/ 日分 3 処方, 同時に疼痛が軽減するまで鎮 痛剤ジクロフェナクナトリウムを併用するように指示 した 発赤腫脹は 2 週間の内服で軽減したが, 疼痛が 消失するまで約 3 週間必要だった 痛風発作の場合, エキス剤単独では激しい疼痛にな かなか対処できません そこで鎮痛剤を併用処方する 機会が多くなります また越婢加朮湯エキス剤は, 発 赤腫脹の消失を早める効果がありますが, 関節の腫脹 が顕著であれば, 越婢加朮湯合防已黄耆湯, あるいは さいれいとう合五苓散, 合柴苓湯エキス剤のように合方して用いる 場合があります 症例 3 10 歳, 男児 幼い頃から気管支喘息があり, 風邪 を引くと発作のため点滴入院などを繰り返していた 来院時, 喘鳴 発熱 黄色痰あり, 熱哮喘と診断し, ちゃようさいこ五虎湯加減 ( 麻黄 杏仁 石膏 甘草 茶葉 柴胡 おうごん黄 ばいも じゅうやく しょうきょう しそし 芩 貝母 十薬 生姜 紫蘇子など ) の煎じ薬の2 週間服用で発作期から脱した その後, 発作回数の軽 減や重症化を防ぐために, 漢方エキス剤治療を開始し た 当初, 麻杏甘石湯や五虎湯エキス剤を単独投与し たが, テオフィリン製剤の併用が必要で, 中止できな い 麻杏甘石湯合六君子湯の長期服用により 気管支喘息から脱却 痩せた体格で, 食事量も少なく, 迫力感が乏しく虚 りっ弱体質である 脾気虚が顕著と判断し, 健脾化痰の六 くんしとう君子湯エキス剤を合方することにした 標治に麻杏甘 石湯エキス剤 5g/ 日分 3( 朝 夕 寝る前 ), 本治 に六君子湯エキス剤 5g/ 日分 2( 朝 夕 ) の標本同 治の方法である 次第にテオフィリン製剤の併用を必 要とする機会が減り, やがてその必要がなくなった 漢方薬 2 剤でコントロール可能となり,3 年間服用が 続いたが強い発作は出現せず, 体格も充実し継続服用 の必要がなくなり終了した 現在は, 風邪をたまに引 く程度で, 葛根湯などで対応できる そのほかに, 気管支喘息から脱却する方法として, ほちゅうえっきとう麻杏甘石湯に補 あります 症例 4 しょうけんちゅうとう 中益気湯や小建中湯を併用する場合も 65 歳, 女性 寒くなって身体が冷えると, 背中に 盛り上がりのある紅色の発疹が出現して痒くなる 温 かい布団にくるまったり, 風呂に入ったりすると治ま る 舌淡紅, 苔白膩 麻黄附子細辛湯エキス剤 3.75 g/ 日と消風散エキス剤 7.5 g/ 日を処方した いく らか症状が軽くなったが, まだ大豆大の膨疹が出たり 消えたりする 麻黄附子細辛湯の 1 日量を 7.5 g に増 量し消風散と併用して服用したところ, 膨疹が出なく なった しかし, すぐ続いて, くしゃみ 鼻水 ( いわゆる水っ ぱな ) 鼻閉 咳嗽が出現した 以前より体温が 35 度前後の低体温です との情報をこの段階で知り, 麻 黄附子細辛湯エキス剤 7.5 g/ 日と苓甘姜味辛夏仁湯 7.5 g/ 日を合わせ処方した 約 1 カ月半の服用で体 温が 36.5 度に上昇し, 症状が消え服薬を中止したと ころ, 再び, くしゃみ 鼻水が出現した そこで麻黄 附子細辛湯エキス剤 7.5 g/ 日に小青竜湯 9g/ 日を 合わせて処方した 今度の薬は, すごく効いて良い とは本人の言葉である 寒い季節の間, この 2 剤服用 が続いた 麻黄附子細辛湯は, 温陽解表 扶正祛邪の効能があ り, 祛邪しても正気を傷つけず, 陽気を補って ( 助陽 扶正 ) も祛邪の妨げにならない方剤です 病態によっ ては, 服用期間が長期になる場合があります * 傷寒論 金匱要略 条文は, 傷寒雑病論 ( 三訂版 ) 現 代語訳 宋本傷寒論 金匱要略解説 ( いずれも東洋学術出 版社 ) による 麻黄附子細辛湯が有効な皮膚膨疹 ( 蕁麻疹 ) と鼻炎 21 伝統医学 Vol.10 No.4(2007.12) 183