メディカルスタッフのための白血病診療ハンドブック

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10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

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血糖高いのは朝食後のため検査項目 下限値上限値 単位名称 9 月 3 日 9 月 6 日 9 月 15 日 9 月 18 日 9 月 21 日 9 月 24 日 9 月 28 日 10 月 1 日 10 月 3 日 10 月 5 日 10 月 9 日 10 月 12 日 10 月 15 日 10 月

第5章 体液

医学部医学科 2 年免疫学講義 10/27/2016 第 9 章 -1: 体液性免疫応答 久留米大学医学部免疫学准教授 溝口恵美子

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白血病とは 異常な血液細胞がふえ 正常な血液細胞の産生を妨げる病気です 血液のがん 白血病は 血液細胞のもとになる細胞が異常をきたして白血病細胞となり 無秩 序にふえてしまう病気で 血液のがん ともいわれています 白血病細胞が血液をつくる場所である骨髄の中でふえて 正常な血液細胞の産 生を抑えてしま

白血病治療の最前線


ヒト慢性根尖性歯周炎のbasic fibroblast growth factor とそのreceptor

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1 8 ぜ 表2 入院時検査成績 2 諺齢 APTT ALP 1471U I Fib 274 LDH 2971U 1 AT3 FDP alb 4 2 BUN 16 Cr K4 O Cl g dl O DLST 許 皇磯 二 図1 入院時胸骨骨髄像 低形成で 異常細胞は認め


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報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

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報道関係者各位

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

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日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

ヒト胎盤における

Q. 造血幹細胞移植とは? 通常の治療では根治や長期生存が期待できない造血器悪性腫瘍や 再生不良性貧血の患者に対して 大量化学療法や全身放射線照射などの移植前処置を行った後 骨髄機能を回復させるために多能性造血幹細胞を移植すること

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

1. 免疫学概論 免疫とは何か 異物 ( 病原体 ) による侵略を防ぐ生体固有の防御機構 免疫系 = 防衛省 炎症 = 部隊の派遣から撤収まで 免疫系の特徴 ⅰ) 自己と非自己とを識別する ⅱ) 侵入因子間の差異を認識する ( 特異的反応 ) ⅲ) 侵入因子を記憶し 再侵入に対してより強い反応を起こ

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

免疫リンパ球療法とは はじめに あなたは免疫細胞 ( 以下免疫と言います ) の役割を知っていますか 免疫という言葉はよく耳にしますね では 身体で免疫は何をしているのでしょう? 免疫の大きな役割は 外から身体に侵入してくる病原菌や異物からあなたの身体を守る ことです あなたの身体には自分を守る 病

ハイドレア とは ハイドレア は ほんたいせいけっしょうばんけっしょう 本態性血小板血症 (ET) 6 ページ参照 しんせいたけつしょう 真性多血症 ( 真性赤血球増加症 : PV) 8 ページ参照 まんせいこつずいせいはっけつびょう 慢性骨髄性白血病 (CML) 10 ページ参照 に対して処方され

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

するものであり 分子標的治療薬の 標的 とする分子です 表 : 日本で承認されている分子標的治療薬 薬剤名 ( 商品の名称 ) 一般名 ( 国際的に用いられる名称 ) 分類 主な標的分子 対象となるがん イレッサ ゲフィニチブ 低分子 EGFR 非小細胞肺がん タルセバ エルロチニブ 低分子 EGF

貧血 

はじめに 目次 急性リンパ性白血病 (ALL) は 血液のがんと言われる白血病の一種です 白血病という病名を聞くと 不治の病と思われるかもしれません しかし 治療技術が進歩し 薬の開発が進んだ現在では 治癒が期待できるがんの一つと言われるようになりました また 分子標的治療薬 と呼ばれる薬を用いるこ

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STAP現象の検証の実施について


るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

Transcription:

Chapter. 1 Chapter 1 末梢血液の中には, 血液細胞である赤血球, 白血球, 血小板が存在し, これらの成熟細胞はあらゆる血液細胞へ分化する能力である多分化能をもつ造血幹細胞から造られる. また, それぞれの血液細胞には寿命があり, 赤血球の寿命は約 120 日, 白血球の中で最も多い好中球の寿命は数日, 血小板の寿命は約 7 日である. このように寿命のある血液細胞が生体の生涯を通して造られ続けられるために, 造血幹細胞は自己複製能という機能をもっている. 造血幹細胞の自己複製能とは, 細胞分裂をして 2 個の細胞となったときに, 1 つの細胞は多分化能のみをもち, すべての成熟血液細胞を産生し, もう 1 つの細胞は分裂する前の細胞と同じように多分化能と自己複製能をもつ造血幹細胞になることである. 造血幹細胞が多分化能と自己複製能を併せもつことで, すべての成熟した血液細胞は生涯にわたり枯渇することなく, 供給され続ける. 造血幹細胞は主に骨髄に存在しているが, 骨髄抑制のある薬剤投与後の造血の回復期や顆粒球コロニー刺激因子 (granulocyte colony-stimulating factor: G-CSF) 投与後には末梢血中へ動員される. 造血幹細胞は臍帯血中にも存在し, 末梢血へ動員された造血幹細胞とともに造血幹細胞移植で用いられている. 造血幹細胞は定常状態では細胞周期の静止 1

期 G0 期 にあり 細胞分裂を休止している 化学療法後などの 造血の回復期では活発に分裂し 末梢血液中の血液細胞数をすみや かに元の状態に戻そうとする 2 造血幹細胞ニッチ 骨髄の造血幹細胞はその増殖と分化を調節する微小環境である ニッチ niche くぼみ とよばれる場所に存在すると考えられて いる 動物を用いて ニッチ の特性が造血幹細胞の局在を手が かりに精力的に解析され 造血幹細胞の骨内膜領域での局在から骨 芽細胞が骨内膜ニッチとして 造血幹細胞が隣接している細胞であ る洞様毛細血管の血管内皮細胞 血管内皮細胞を取り囲んでいる CXC ケ モ カ イ ン リ ガ ン ド 12 CXC chemokine ligand 12 CXCL12 を高発現している細網細胞 CXCL12-abundant reticular cell CAR 細胞 Nestin 陽性細胞を血管ニッチとして同定され 巨核球と造血幹細胞に作用するサイトカインの活性化から神経細胞 骨芽細胞 CAR 細胞 Nestin 陽性細胞 血管 血管内皮細胞 骨基質 造血幹細胞 HSC Schwann 細胞 巨核球 血管 図1 造血幹細胞ニッチ 略語 HSC; hematopoietic stem cell, CAR; CXCL12-abundant reticular 2

Chapter 1 正常な血液細胞ができるまでとそのはたらき の Schwann 細胞も ニッチ の候補細胞と考えられている 図1 これらの ニッチ 細胞は造血幹細胞の静止期に必要な angiopoetin-1 Ang-1 造血幹細胞の維持に必須の stem cell factor 前述の CXCL12 造血幹細胞の増殖を負に制御している CXCL4 や transforming growth factor-β TGF-β を発現しており 造 血幹細胞の幹細胞性の維持と喪失を包括的に制御していると推定さ れている 3 造血幹細胞からの系統特異的前駆細胞の産生 自己複製能と多分化能を併せもつ造血幹細胞 HSC が分裂して できた 2 つの細胞の内 自己複製能を失ったものの多分化能を有 する多能性前駆細胞 multipotent progenitor MPP は分化して 骨髄系共通前駆細胞 common myeloid progenitor CMP とリン パ系共通前駆細胞 common lymphoid progenitor CLP になる 図2 CMP は顆粒球と単球の前駆細胞である顆粒球 マクロファー ジ前駆細胞 granulocyte-macrophage progenitor GMP と巨核 球と赤芽球の前駆細胞である巨核球 赤芽球前駆細胞 megakaryocyte-erythrocyte progenitor MEP へ分化する GMP は好中球と 単球の前駆細胞である顆粒球 マクロファージコロニー形成細胞 自己複製 骨髄系共通前駆細胞 CMP 造血幹細胞 HSC 多能性前駆細胞 MPP リンパ系共通前駆細胞 CLP 図2 造血幹細胞の自己複製能と初期分化 略語 HSC; hematopoietic stem cell, MPP; multipotent progenitor, CMP; common myeloid progenitor, CLP; common lymphoid progenitor 3

(colony-forming unit-granulocyte/macrophage:cfu-gm), 好酸球コロニー形成細胞 (colony-forming unit-eosinophil:cfu- Eo), 好塩基球コロニー形成細胞 (colony-forming unit-basophil: CFU-Baso), 肥満細胞コロニー形成細胞 (colony-forming unitmast cell:cfu-mast) へ分化し,CFU-GM はさらに好中球コロニー形成細胞 (colony-forming unit-granulocyte:cfu-g) とマクロファージコロニー形成細胞 (colony-forming unit-macrophage: CFU-M) に分化する. また,MEP は巨核球コロニー形成細胞 (colony-forming unit-megakaryocyte:cfu-meg) と赤芽球バースト形成細胞 (burst-forming unit-erythroid:bfu-e) に分かれ, BFU-E はさらに赤芽球の産生能力の低い赤芽球コロニー形成細胞 (colony-forming unit-erythroid:cfu-e) へ分化する.CLP は B 細胞,T 細胞,NK 細胞のそれぞれの前駆細胞である B 前駆細胞 (B-cell progenitor:pro B),T 前駆細胞 (T-cell progenitor:pro T), NK 前駆細胞 (NK-cell progenitor:pro NK) へ分化する. MPP からの系統特異的前駆細胞への分化の過程では細胞増殖を伴っている.MPP から特定の系統の前駆細胞への系統決定は commitment( コミットメント ) とよばれている. 系統特異的前駆細胞からの分化は段階的ではなく連続的な現象で あるが, 便宜的にいくつかの分化段階の細胞に分類している. 赤芽球系細胞の分化では,BFU-E が CFU-E となり,CFU-E が赤芽球へと分化する. 定常状態では CFU-E と赤芽球は循環血液中に存在しないが,BFU-E は末梢血を循環している. 赤芽球系細胞として形態学的に認識できる最も未熟な細胞が前赤芽球である. BFU-E から前赤芽球までの分化は細胞増殖を伴っている. 前赤芽 4

Chapter 1 骨髄系共通前駆細胞 (CMP), TPO 造血多能性幹細胞前駆細胞 (HSC) (MPP) TPO FLT3 ligand IL-7 巨核球 赤芽球前駆細胞 (MEP), TPO, IL-3, GM-CSF 赤芽球バースト形成細胞赤芽球コロニー形成細胞 (BFU-E) (CFU-E), EPO EPO, TPO, IL-3, EPO 顆粒球 マクロファージ 前駆細胞 (GMP) IL-3, GM-CSF, G-CSF 巨核球コロニー形成細胞 (CFU-Meg) TPO 好酸球コロニー形成細胞 (CFU-Eo) IL-5 好塩基球コロニー形成細胞 (CFU-Baso) 肥満細胞コロニー形成細胞 (CFU-Mast) 顆粒球 好中球コロニー形成細胞マクロファージ (CFU-G) G-CSF コロニー形成細胞 (CFU-GM) マクロファージコロニー形成細胞 (CFU-M) GM-CSF, M-CSF 赤血球 血小板 杆状核好酸球 分葉核好酸球 杆状核分葉核好塩基球好塩基球 肥満細胞 杆状核好中球 単球 分葉核好中球 マクロファージ リンパ系共通前駆細胞 (CLP) GM-CSF, IL-4 樹状細胞 B 前駆細胞 (Pro B) プレ B 細胞 ( Pre B) 成熟 B 細胞 形質細胞 IL-7, NK 前駆細胞 (Pro NK) IL-15 IL-4 成熟 NK 細胞 T 前駆細胞 (Pro T) プレ T 細胞 ( Pre T) 成熟 T 細胞 IL-2 骨髄胸腺末梢血組織 5