1 多剤耐性緑膿菌に対して アミノ配糖体耐性阻害作用を示す シード化合物 愛知学院大学薬学部微生物学講座 准教授森田雄二
2 新技術の概要 多剤耐性緑膿菌感染症は 有効な治療薬がほとんどなく院内感染対策上問題となっている 一方で 緑膿菌は排出ポンプ等抗菌薬透過性バリアを持つため新規抗菌薬の開発は容易でない 本技術は 多剤耐性緑膿菌の抗菌薬透過性バリアを克服しアミカシン等アミノ配糖体耐性を阻害する 耐性系阻害薬は既存抗菌薬の効力を復活させることができる
抗菌薬開発の現況 製薬企業は新規抗菌薬開発からの撤退もしくは縮小慢性疾患など採算が見込まれる分野へ 10 年以上は新薬が期待できない PK-PD 理論の活用による既存の抗菌薬の改善 改良に開発がシフト 抗菌薬開発の学問的衰退も危惧 ( かつて日本は抗菌薬開発の主役であった ) 多剤耐性グラム陰性桿菌に対する薬剤を含む新規抗菌薬の開発が滞っている アカデミアを中心とする研究機関は これまで以上に感染症の予防や治療につながる研究に取り組む意義や必要性が高まっている 抗 MRSA 薬 新規抗菌薬のイノベーションギャップ Fischbach MA et al., Science 325, 1089-1093 (20 日本及び米国で新たに承認された抗細菌薬の推移 ( 供田洋, 関水和久 ; 薬学雑誌 (2012) より ) 3
4 2010 年新型インフルエンザ 2012 年高齢化 多剤耐性菌が世界で猛威を振るっている WHO は 薬剤耐性菌対策を推進するよう呼びかけている
我が国の死亡率の年次推移 抗菌薬発売開始 ( 厚生労働省より ) 日本は世界レベルでみると耐性菌が少ない国であるが 耐性菌に対する警戒を怠ってよいわけではない また薬剤耐性菌に国境はない 高齢化による易感染症宿主の増加により 肺炎の死亡数 死亡率が年々増加 ( 平成 23 年度には第 3 位に ) 我が国でも薬剤耐性菌対策はますます重要に 5
6 多剤耐性グラム陰性桿菌 多種類の抗菌薬に耐性化した病原細菌のうちグラム陰性桿菌に属するもの 特に注意すべきは腸内細菌科に属する菌 ( 大腸菌や肺炎桿菌など ) やブドウ糖非発酵菌 ( 緑膿菌やアシネトバクター属菌など ) などが多剤耐性化したもの 湿度の高い環境下で生息しやすく医療関連感染の原因菌となりやすい エンドトキシン ( 内毒素 ) を産生する ( グラム陽性菌は持ってない ) ため 血中に入り多臓器不全に陥ると死亡する危険性が高い 有効な抗菌薬がほとんどない (MRSA に有効な抗菌薬はリネゾリドやアルベカシンなどいくつかある ) 非常在菌 ( 獲得耐性菌 ) である 常在菌が外来性の抗菌薬耐性遺伝子 を獲得した 多剤耐性グラム陰性桿菌感染症は 現場で深刻な問題となる
多剤耐性緑膿菌について multidrug resistant Pseudomonas aeruginosa (MDRP) 本来病原性は低いが 免疫力の低下した易感染者に感染を引き起こし院内感染の原因菌となる 病態は多彩 ( 皮膚の化膿 尿路感染症 呼吸器感染症 敗血症等 ) 感染症法では広域 β ラクタム ( イミペネムなど ) フルオロキノロン ( シプロフロキサシンなど ) 抗緑膿菌用 アミノ配糖体 ( アミカシンなど ) に耐性を示す緑膿菌と定義 ( 多剤耐性アシネトバクター属菌 (MDRA) も同様の定義 ) MDRP や MDRA に有効な抗菌薬はほとんどない 治療に有効な抗菌薬がない 深刻な問題 出典 : 国立感染症研究所 7
8 院内感染として深刻な問題 多剤耐性緑膿菌 (MDRP) メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) ほとんどなし コリスチン ( 我が国で未承認 ) ( 強い副作用 ( 腎毒性など ) のため ) いくつか候補があるバンコマイシンテイコプラニンアルベカシンリネゾリドダプトマイシンなど
9 多剤耐性菌感染症薬開発のコンセプト 1. 新規抗菌薬の開発 20 世紀に地球上の抗生物質生産菌は調べつくされた?? 微生物の大多数は培養困難な菌であり 宝の山が眠っている?? 2. 既存抗菌薬の改善既に行われてきたことであるが さらに続けるべきであろう 3. 耐性系阻害薬の開発上記二つに比べて比較的新しい発想に基づくもの β ラクタマーゼ阻害剤など実用化されているものもある 4. 抗病原因子薬の開発毒素等の病原因子を抑える医薬品の開発有効な医薬品となる可能性がある 5. ワクチンの開発有効な医薬品となる可能性がある 緑膿菌の場合 透過性バリアが新薬開発の障害となる Martin MO; Small things considered (2013)
10 多剤耐性緑膿菌克服の分子標的 :RND 型多剤排出ポンプ 透過性バリアの本体 新薬開発の最大の障壁 抗菌薬耐性因子 ( 抗重金属耐性因子になるものも ) 病原性因子 ( 欠損させると感染性が減弱する ) Pos KM, Biochim Biophys Acta (2009) RND 型多剤排出ポンプ阻害剤は 薬剤耐性や病原性発現を軽減させる全く新しい系統の感染症治療薬の分子標的である
多剤耐性緑膿菌 (MDRP) の判定基準 広域 β ラクタム ( イミペネム (IPM) など ) フルオロキノロン ( シプロフロキサシン (CIP) など ) 抗緑膿菌用アミノ配糖体 ( アミカシン (AMK) など ) に耐性を示す緑膿菌 多剤耐性アシネトバクター属菌 (MDRA) などの判定基準も同様である IMP AMK CIP MIC (mg/ml) 16 32 4 MICによる耐性判定基準は 1. 抗菌薬の薬動力学 2. 抗菌薬の試験管内における特性 3. 試験菌の菌種 菌株の特性 4. 実際の臨床効果との相関 から決定され 抗菌薬の選択に利用される 耐性因子の程度を見積もる簡便で重要なアッセイ法
今回の研究で用いた主な緑膿菌の薬剤耐性 MIC (mg/ml) IPM CIP AMK NCGM2.S1 128 64 256 PA7 1 128 32 K2162 1 0.5 256 PAO1 0.5 0.25 4 MDRP 判定基準 MIC (mg/ml) IPM 16 CIP 4 AMK 32 1. NCGM2.S1 (IMCJ2.S1) (Sekiguchi J et al, Antimicrob Agents Chemother (2005)) 2000 年代に我が国で分離された典型的な高度多剤耐性緑膿菌 外来性のメタロ β ラクタマーゼとアミノ配糖体修飾酵素を獲得 キノロン耐性決定領域に典型的な変異を持つ 2. PA7(Roy PH et al, PLoS One (2010)) 1980 年代前半にアルゼンチンで分離された高度多剤耐性緑膿菌 ( 当時 ) 外来性のアミノ配糖体修飾酵素を獲得 キノロン耐性決定領域に典型的な変異を持つ ただし β ラクタム高度耐性機構は不明 3. K2162(Sobel ML et al, Antimicrobial Agents Chemother (2003)) 2000 年頃カナダの分離された汎アミノ配糖体耐性緑膿菌 4. PAO1(Klockgether J et al, J Bacteriol(2010)) 現在用いられる抗緑膿菌薬に感受性を示す 細菌タンパク質の機能解析や遺伝学的解析の研究で 緑膿菌標準株として利用される
緑膿菌の抗菌薬耐性に関与する 4 つの RND 型多剤排出ポンプ 1. MexXY-OprM( or OprA) 通常タンパク質を標的とする抗菌薬 ( アミノ配糖体など ) に誘導産生され それらの抗菌薬耐性に関与 変異により過剰産生され アミノ配糖体 キノロン セフェピムなど耐性に関与 4 つのポンプのうちで唯一アミノ配糖体排出に関わる 2. MexAB-OprM 通常は β ラクタム系 ( セフェム系を除く ) キノロンなどの耐性に関与 変異により過剰産生され β ラクタム系 ( 主にペニシリン系 ) キノロン耐性に関与 3. MexCD-OprM 通常はサイレント 消毒剤などによる膜障害により誘導産生される 変異により過剰産生され β ラクタム ( 主にセフェム系 ) キノロンなどの耐性に関与 ( ただし過剰産生により緑膿菌の病原性は減弱するため ほとんど分離されない ) 4. MexEF-OprN 通常はサイレント ニトロソ化ストレスにより誘導産生される 変異により過剰産生され キノロンなどの耐性に関与 しばしば外膜ポーリン産生減少によるカルバペネム耐性も伴う 緑膿菌に対するベルベリンのキノロン耐性阻害が観察されないのは MexAB-OprM など他の RND 型排出ポンプの存在によるのでは??
分子標的候補多剤排出ポンプの評価解析 MIC (mg/ml) IPM FEP CIP AMK GEN NCGM2.S1 128 >128 64 256 32 NCGM2.S1 DXY 128 >128 64 8 0.5 NCGM2.S1 DAB 128 >128 64 256 32 NCGM2.S1 DXY DAB 128 >128 1 8 0.5 PA7 1 32 128 32 1024 PA7 DXYA 1 16 64 2 16 PA7 DABM 1 16 128 32 1024 PA7 DEFN 0.5 32 64 32 1024 PA7 DXYA DABM 1 16 32 2 16 PA7 DXYA DEFN 0.5 16 8 2 16 PA7 DXYA DABM DEFN 0.5 16 1 2 16 K2162 1 nd 0.5 256 256 K2162 DXY 1 nd 0.5 32 8 PAO1 0.5 4 0.25 2 2 XY: mexxy, XYA: mexxy-opra, ABM: mexab-oprm, EFN: mexef-oprn IPN: imipenem, FEP: cefepime, CIP: ciprofloxacin, AMK: amikacin, GEN; gentamicin 緑膿菌耐性判定基準 IPM FEP MIC (mg/ml) 16 32 CIP 4 AMK GEN 64 16 赤字は感受性と判定される MIC 値 多剤耐性緑膿菌 NCGM2.S1 は RND 多剤排出ポンプ MexXY の欠損によりアミノ配糖体に MexXY を含む複数の RND 型多剤排出ポンプの欠損により キノロンに大きく感受性化する ただし広域 β ラクタム耐性はほとんど変化しない
15 多剤耐性緑膿菌の抗菌薬耐性阻害物質 ( シード ) の探索 1. 漢方方剤繁用生薬の中からスクリーニングを行う 2. 緑膿菌薬剤感受性測定用培地に 3 種類の抗菌薬 ( イミペネム シプロフロキサシン アミカシン ) のいずれかを添加する 3. 多剤耐性緑膿菌を接種 37 で18 時間培養 ( コントロールとして 漢方方剤繁用生薬単独で多剤耐性緑膿菌を培養した ) 多剤耐性緑膿菌克服薬の候補物質を探索する アミカシン存在下でシードがスクリーニングされた
16 緑膿菌薬剤感受性における漢方方剤繁用生薬の影響 MIC (mg/ml) Strains AMK GEN CIP FEP IPM NCGM2.S1-256 32 64 >128 128 + 32 4 64 >128 128 PA7-32 >512 128 32 1 + 4 64 64 16 2 PAO1-2 2 0.25 4 0.5 + 1 0.5 0.25 4 1 AMK, amikacin; GEN, gentamicin; CIP, ciprofloxacin; FEP, cefpirome; IPM, imipenem In the absence (-) or presence (+) of 生薬成分 多剤耐性緑膿菌の抗緑膿菌用アミノ配糖体耐性を8 倍程度抑制した 薬剤感受性緑膿菌 PAO1のアミノ配糖体耐性抑制は2~4 倍程度であった キノロン系 ( シプロフロキサシン ) や広域 βラクタム ( イミペネムやセフェピム ) の耐性に影響は全くなかった
17 緑膿菌薬剤感受性における生薬成分 A の影響 A MIC (mg/ml) AMK CIP IPM NCGM2.S1-256 128 128 + 32 128 128 PA7-32 128 1 + 4 64 2 K2162-256 0.5 1 + 32 0.5 1 PAO1-4 0.25 0.5 + 1 0.25 1 生薬成分 A 存在下で漢方方剤繁用生薬と同様の活性が見られた 多剤耐性緑膿菌 NCGM2.S1 に対するアミカシン耐性阻害効果は濃度依存的で 8 mg/ml で完全に消失した 構造類似の生薬成分 B でも同程度の活性が観察された (data not shown)
18 多剤耐性緑膿菌のアミノ配糖体高度耐性の分子機構 排出ポンプを阻害することによりアミノ配糖体に感受性化する Morita Y et al, Microbiology (2012) 158 1071-1083
多剤耐性緑膿菌アミカシン耐性阻害は多剤排出系 MexXY 依存的である A MIC (mg/ml) AMK CIP IPM mexxy expression S1-256 128 128 + + 32 128 128 S1DmexXY - 8 64 64 - + 8 64 64 PA7-32 128 1 +++ + 4 64 2 PA7 DmexXY - 1 64 1 - + 2 64 2 K2162-256 0.5 1 + + 32 0.5 1 K2162 DmexXY - 32 0.5 1 + 32 0.5 1 PAO1-4 0.25 0.5 + + 1 0.25 1 PAO1DmexXY - 1 0.125 0.5 - + 0.5 0.125 0.5 緑膿菌のアミカシン耐性阻害は 多剤排出ポンプ MexXY 依存的である mexxy 発現量による影響は見掛け上ない 19
20 新技術の特徴 原理 機構 既存薬のみ 既存薬と耐性系阻害薬の併用 排出ポンプ 排出ポンプ 多剤耐性緑膿菌 多剤耐性緑膿菌 既存抗菌薬 ( アミノ配糖体 ) 耐性系阻害薬 ( 排出ポンプ阻害剤 ) 耐性系 ( 排出ポンプ ) により既存薬は排出される 多剤耐性緑膿菌に既存薬は効かない 耐性系 ( 排出ポンプ ) が阻害され既存薬が菌体内に蓄積 多剤耐性緑膿菌に既存薬が効く
21 想定される用途 耐性阻害薬は他の抗菌化学療法が期待できない多剤耐性緑膿菌感染症などにおいて有用である 緑膿菌の引き起こす疾患は 尿路感染症から呼吸器感染症まで多彩であるが 特にショックや多臓器不全で死に至ることの多い敗血症など急性多剤耐性緑膿菌感染症に対して耐性阻害薬の使用が期待される
22 企業への期待 想定される用途に向けて 化学修飾などシード化合物の最適化を行う必要がある さらに最適化された化合物の代謝試験 安全性試験などの評価が必要である 感染症治療薬の開発が可能な企業との 共同研究を希望する
23 お問い合わせ先 愛知学院大学 大学事務局研究支援課 水野 久野 TEL :052-751 - 2561 FAX :052-751 - 6709 e-mail :chizai@dpc.ac.jp