実験力学 Vol. 17, No. 2 pp.109 116(2017 年 6 月 ) 109 動的粘弾性試験によるガラスの熱粘弾性特性評価 伊藤寛明 * ** ** ***, 姫野暢哉, 長秀雄, 荒井政大 Evaluation of Thermo-Viscoelastic Property of Glass by Dynamic Mechanical Analysis Using a Thermomechanical Analyzer Hiroaki ITO, Nobuya HIMENO, Hideo CHO and Masahiro ARAI In this study, a dynamic mechanical analysis (DMA) using a thermomechanical analyzer was applied to determine the thermo-viscoelastic properties (shift factors and a master curve) of a borosilicate glass (IWAKITE-32) under various frequencies and temperatures. It was confirmed that the storage elastic moduli decreased with increasing temperature in 575 to 770 and decreasing frequency in 0.001 Hz to 0.1 Hz. The shift factors and master curve in the glass sample were derived using datasets of the storage elastic moduli. The shift factors for the glass obtained by DMA test agreed well with those by a static creep test. However, the master curve of relaxation modulus estimated by each test was different. That is, stress relaxation behavior of glass indicates nonlinearity, and it was suggested that the master curves of relaxation moduli are different depending on measurement methods. Keywords: Thermo-Viscoelasticity, Dynamic Mechanical Analysis, Relaxation Modulus, Glass Press Molding 1. 緒論 近年, ガラス製光学レンズの製造方法として, 金型を用 いたモールドプレスが注目されている 1), 2). モールドプレ スにおいて, 成形後のレンズに求められる形状精度は 100nm 以下 3) と厳しく, この要求を満たすためには, 成形 温度や成形圧力などのパラメータを最適化する必要がある. この課題に対して, 著者らはガラスの熱粘弾性特性を考 慮した有限要素解析によって最適成形条件を決定する試み を報告した 4), 5). 有限要素解析において, ガラスの熱粘弾 性特性を表現するためには, 線形粘弾性理論に基づくマス ターカーブおよびシフトファクタを取得する必要があり, これまでは一軸圧縮クリープ試験による評価を実施してき た. しかしながら, クリープ試験による評価は長時間を要 するため, 測定時間の短縮が求められている. 一方で, 樹脂や複合材料の熱粘弾性特性の評価は一般に 動的粘弾性試験 (Dynamic mechanical analysis: DMA) によ って実施されており 6), 7), 静的クリープ試験に比べて非常 に短時間で熱粘弾性特性が取得できる. しかし, 市販の動 的粘弾性試験機の多くは測定温度の上限が 600 以下と低 いためガラス材料への適用はなく, その適用は一部の低融 点ガラスに限られている. そのため, ガラス転移点が 600 以上にある市販の光学ガラスや耐熱ガラスへの動的粘弾性 試験の適用例はほとんど報告されていない. そこで本研究では, 動的粘弾性試験機に比べ高温域で測 定が可能な熱機械分析装置 ( 測定温度 :~1000 ) を用い 原稿受付 2017 年 3 月 30 日 * 正会員近畿大学工学部 ( 739-2116 広島県東広島市高屋うめの辺 1) ** 青山学院大学理工学部 ( 252-5258 神奈川県相模原市中央区淵野辺 5-10-1) *** 名古屋大学工学研究科 ( 464-8603 愛知県名古屋市千種 区不老町 ) て動的粘弾性試験を実施し, ガラス試料の熱粘弾性特性を導出することを目的とする. 本論文では, ホウ珪酸ガラスを用い, 粘弾性挙動が顕著になるガラス転移点 (Tg) から屈伏点を越える広範囲の温度域 (550 ~750 程度 ) において, 種々の周波数および温度にて動的粘弾性試験を行い, 貯蔵弾性率を測定する. また, 得られた貯蔵弾性率に対し, 時間 ( 周波数 )- 温度換算則を適用することでシフトファクタおよびマスターカーブを算出する. なお, 本論文では比較のため,DMA 試験に用いたものと同じ熱機械分析装置を用いて, 同硝材に対して静的クリープ試験を実施し, それぞれの試験から得られた緩和弾性係数のマスターカーブおよびシフトファクタを比較することで, 動的粘弾性試験結果の妥当性を評価する. 2. 線形熱粘弾性体の基礎理論 2.1 静的クリープ試験による緩和弾性係数の導出方法ガラスは典型的な粘弾性体であり, クリープと応力緩和という 2 つの特徴的な挙動を示す. 単位ステップ応力を与えた際のひずみ応答をクリープ関数 J(t), 単位ステップひずみを与えた際の応力応答を緩和弾性係数 Er(t) と定義すると, これらは Eqs. (1),(2) のように表現される. ここで,σ(t) は応力,ε(t) はひずみを,σ(0),ε(0) はそれぞれの初期値を表す. ( τ ) t dε σ ( t) = Er ( t τ ) dτ + ε ( 0) Er ( t) (1) 0 dτ ( τ ) t dσ ε ( t) = J ( t τ ) dτ + σ ( 0) J ( t) (2) 0 dτ それぞれの式に対して Laplace 変換を行うと, σ ε ( s) ser ( s) ε( s) = (3) ( s) sj ( s) σ ( s) = (4) - 21 -
110 伊藤 姫野 長 荒井 動的粘弾性試験によるガラスの熱粘弾性特性評価 時間 温度換算則は 時間 を 周波数 に置き換えた と表現でき Laplace 像空間上でのクリープ関数 J (s ) と緩和 弾性係数 E r (s ) の関係が以下の式で示される 1 E r (s) = 2 s J (s) 場合においても同様に成立する つまり 動的粘弾性試験 において温度一定条件にて 各周波数で測定された貯蔵弾 (5) 性率 Fig. 2(a) を基準温度 T0 での貯蔵弾性率に対し 対数周波数軸上で平行移動することで 貯蔵弾性率に関す 本研究では 静的クリープ試験により得られた J (s ) を Eq. る一本のマスターカーブ Fig. 2(b) が作成できる また (5)に代入し Laplace 逆変換をすることで Er(t)を算出した その際の平行移動量がシフトファクタ αt0(t)となる 本論 なお 本論文ではクリープ試験による緩和弾性係数の算 文では動的粘弾性試験結果に対してもクリープ試験結果と 出方法について概略のみを示したが 詳細については Arai 同様に Eq. (7)を用いてシフトファクタの近似を行った らの論文 2 2 8)を参照されたい 動的粘弾性試験による貯蔵弾性率の評価 動的粘弾性試験 DMA 試験 は 正弦波状の応力または ひずみを測定試料に与えることで発生するひずみ応答また は応力応答を測定し 材料の粘弾性特性を知る手法である 6) Fig. 1 に動的粘弾性試験にて得られる応力入力に対する ひずみ応答の波形の一例を示す ここで σa εa はそれぞれ 応力振幅 ひずみ振幅 δ は応力波形に対するひずみ応答 (a) Frequency dispersion curves 波形の位相差を示す 位相差 δ=0 の場合は弾性体 δ=π/2 の Fig. 2 (b) Master curve of E Frequency-temperature superposition principle 場合は粘性体 0<δ<π/2 の範囲内ならば粘弾性体と定義さ れる なお 動的粘弾性試験では 貯蔵弾性率 E 損失弾 性率 E および損失正接 tan δ の算出が可能であるが 本研 3 実験方法 静的クリープ試験 動的粘弾性試験ともに Fig. 3 に示す 究では以下の式を用いることで主に E を評価した E = σa cosδ εa 熱機械分析装置 日立ハイテクサイエンス社製 TMA7300 (6) を使用した 装置の仕様を Table 1 にまとめる ガラス試験片には ホウ珪酸ガラス IWAKITE-32 PYREX 相当品 を用いた 静的クリープ試験では直径 5 mm 高さ 5 mm の円柱状試験片を使用し 動的粘弾性試験には直径 3 mm 高さ 5 mm のものを使用した 熱機械分析装置の最大 荷重は±1.4 N と低く 今回用いた試験片のガラス転移点 Tg 517 付近の温度域では試験片の変形量が装置の変 Fig. 1 位分解能に対して非常に小さく測定は困難である そのた Behavior of stress and strain in DMA test め 静的クリープ試験では ガラスの粘性挙動が顕著にな 2 3 時間 周波数 温度換算則 9), 10) る屈伏点 測定値 643 から軟化点 文献値 12 821 多くの熱粘弾性材料に対しては 時間 温度換算則が適 近傍である 610 810 に温度範囲を設定し 1 N の圧縮荷 用できることが一般的に知られている 時間 温度換算則 重を与えた際のクリープ変位を測定し クリープ関数を算 では 対数時間軸上において任意の温度で計測されたクリ 出した また プローブおよび試料管には線膨張係数が極 ープ関数を平行移動した際に基準温度におけるクリープ関 めて小さい石英ガラス製のものを使用した 数と一致する つまり 構成方程式を時間のみの関数とし 一方 動的粘弾性試験では オフセット荷重を-700 mn て表わすことができる この時 基準温度 T0 におけるク 荷重振幅を±650 mn とし 圧縮 圧縮の正弦波荷重を与え リープ関数をマスターカーブ JT0 平行移動量をシフトファ ることで貯蔵弾性率に関する周波数分散曲線を取得した クタ αt0(t)と定義する なお 本研究ではシフトファクタ 測定温度は 575 から 770 まで 30 毎に一定温度で保持 は 以下の Narayanaswamy の式 11)を用いて近似した し 測定周波数を 0.001 Hz から 0.1 Hz まで順に変化させ ln α T0 (T ) = H R 1 1 T T 0 た なお 動的粘弾性試験ではプローブおよび試料管は石 英ガラスよりも剛性に優れるアルミナ製を使用した (7) 一般的には動的粘弾性試験は低ひずみ領域で実施される ここで H [kj/mol]は粘性流動速度の活性化エネルギ T0 が 本研究のように圧縮 圧縮の正弦波荷重を与えた場合 [K]は基準温度 R は気体定数 =8.31 10-3[kJ/mol K] で には 試験終了後のガラスは大変形 50%以上のひずみ と ある Eq. (7)を用いてシフトファクタと温度のアレニウス なる そのため 動的粘弾性試験によって得られた荷重お プロットを描くことで その勾配から活性化エネルギを算 よび変位から真応力 真ひずみ関係を算出し 各測定条件 出することが可能となる における貯蔵弾性率 E を算出した - 22 -
111 実験力学 Vol. 17, No. 2 2017 年 6 月 - 23 -
112 伊藤, 姫野, 長, 荒井 : 動的粘弾性試験によるガラスの熱粘弾性特性評価 現れる高温ほど大きくなる. また, 変位振幅も高温では大きくなる.(b) の 770 の結果はこれらの現象をいずれも満たしていることが確認できる. 一方, ホウ珪酸ガラスの場合, 室温では事実上無限大の粘度を示す 12) ことから実質的に粘性挙動を無視できる. しかしながら,25 での測定 (a) にはδ0=0.065 [rad.] のわずかな位相差が生じている. 本研究で用いた熱機械分析装置では, プローブと治具とが接着剤により接合されている. したがって,25 における位相差 δ0 は測定試料自身の粘性を反映した値ではないと判断できる. そこで本論文では, 各条件で測定された位相差 δe と 25 で測定された位相差 δ0 との差 (δe-δ0) を求めガラス試料のみの位相差を算出した後, Eq. (6) から貯蔵弾性率を算出した. Fig. 8 に各測定温度における貯蔵弾性率 E の周波数分散曲線を示す.E は低温, 高周波数ほど上昇する傾向を確認することができ, このE の変化傾向は一般的な動的粘弾性測定で見られる傾向と同じである. よって, 熱機械分析装置を用いて実施した DMA 試験においてもガラス材料の粘弾性挙動をある程度計測できていると考えている. Fig. 8 の周波数分散曲線を用いて, 基準温度 (710 ) での曲線に対して, 他の温度での貯蔵弾性率の曲線を対数周波数軸上にて平行移動させ,1 本の滑らかな曲線 ( マスターカーブ ) を作成した.Fig. 9 に基準温度 710 でのマスターカーブを示し, また,Fig. 10 に対数周波数軸上での平行移動量であるシフトファクタをそれぞれ示す. なお,Fig. 9 においてプロットは各温度, 各周波数で測定した測定値であり, 実線は各測定値を 5 要素の一般化 Maxwell モデル (5.3 節で後述 ) を用いた Prony 級数展開により近似した結果である. また,Fig. 10 には先に示したクリープ試験結果から求めたシフトファクタ (Fig. 5) を併せて示す. シフトファクタに関して,620~680 の範囲にて動的粘弾性試験結果とクリープ試験結果とではわずかな差異が見られるが, 両者はほぼ一致していることが確認できる. つまり, シフトファクタに関しては, 試験方法による影響はないと考えられる. Fig. 8 Frequency dispersion curves of storage elastic moduli measured by DMA tests (a) at 25 (room temperature) Fig. 9 Master curves obtained by DMA test and approximated curve by Prony series (Reference temp.=710 ) (b) at 770 Fig. 7 Time histories of displacement and load measured by DMA tests at 25 (a) and 770 (b) Fig. 10 Shift factors obtained by static creep test and DMA test (Reference temp.=710 ) - 24 -
実験力学 Vol. 17, No. 2(2017 年 6 月 ) 113 ここで,Tg(517 ) 以下の温度, つまりガラスを実質的に弾性体とみなせる温度域においては,E は瞬間弾性率 ( カタログ値 :62.7 GPa) にほぼ等しくなるはずであるが,Tg 以下の温度 (510 ) において DMA 試験を行った際にもE が約 160 MPa 程度と極めて低い値となった. これは, 測定中に装置自身が変形することで, 試験片の実際の変形よりも大きな変位を示したことが原因と考えられるため, 次節においてマシンコンプライアンスの補正を行う. 5.2 貯蔵弾性率の補正熱機械分析装置はマシンコンプライアンスが低い. 原因としては前述した通り, プローブと治具との間に高分子系接着剤が用いられていること, また, プローブが非常に長く負荷時にわずかながら座屈が生じることが考えられる. これらの理由から,DMA 試験によって得られる変位には装置自身の変形が含まれてしまう. 予備試験として, ガラス試験片をセットしない状態で測定温度, 周波数を変化させて DMA 試験を実施し, 装置のみの変位振幅を測定することで変位振幅の補正を試みたが, 変位振幅に 0.2 μm 程度のばらつきが生じてしまうため, 特に弾性率の高い低温, 高周波数での補正精度に問題が生じた. ここで, 装置の変位振幅が粘弾性挙動を示していると考えれば,(a) 周波数, 温度によらず装置の変位振幅は一定, (b) 周波数の増加に伴って変位振幅が低下, および (c) 温度上昇に伴って変位振幅が上昇の 3 通りが予想できる.Fig. 11 に上記 (a)~(c) の場合のそれぞれの装置の変位振幅を試験によって計測された変位振幅から差し引いた場合に算出される貯蔵弾性率のマスターカーブの模式図を示す.(a) の場合には貯蔵弾性率の補正を行うことができると考えられるが,(b) の場合には高周波数側の E の補正結果が低くなり, また,(c) の場合には高温側のE の補正結果が高くなってしまうため, マスターカーブが一本の曲線で表現できない. つまり,(b),(c) の場合には熱レオロジー的に単純ではなくなることから, 本論文では装置の変位振幅は温度, 周波数に依存しないものとして以降では取り扱う. Fig. 9 の貯蔵弾性率の最大値が瞬間弾性率である 62.7 GPa になるために必要な装置の変位振幅を推定する. そのため, まずは DMA 試験における各条件での変位振幅 (Δl) を算出する. ただし,Fig. 9 の貯蔵弾性率の実験値は測定誤差が大きいため, ここでは同図に示した Prony 級数近似結果を用いて変位振幅の補正を行う. Eq. (6) において, ひずみ振幅 εa を, 試験片高さl0 および変位振幅 Δl で表すことで以下の式が得られる. σ σ 0 E cosδ l a a = = cosδ ε l (8) a また, 上式を変位振幅 Δl について整理すれば, σ a l = l E 0 cosδ となる. 次に, 得られた変位振幅から装置自身の変位振幅を差し引く. 任意の装置の変位振幅 c を Δl から引いた際に貯蔵弾性率がEc に変化する場合,c は以下の式で表される. c σ al l ' E cos δ 0 = (10) c 今回はEc の値が瞬間弾性率である 62.7 GPa となるように装置の変位振幅を Eq. (10) から算出し,Δl から差し引くことでE の補正を行う. ただし,Eqs. (8)~(10) における位相差 δ は周波数に依存する変数であるため, 実際の試験から得られた結果を近似して用いる.Fig. 12 に cos δ と周波数の関係を示す. プロットは実験値, 曲線は近似値を示す. なお,cos δ は 0.004 Hz 付近で変曲しているため,0.004 Hz 以上の範囲は Prony 級数にて近似し,0.004 Hz 以下の範囲は 3 次多項式によって近似した. Eq. (10) によって算出した装置の変位振幅 c は 2.81 μm となり, この値を用いて貯蔵弾性率の補正を行った. 変位振幅補正後の貯蔵弾性率のマスターカーブを Fig. 13 に示す. 図中には, 補正前の貯蔵弾性率を破線で示し, 損失正接 (tan δ), および損失弾性率 (E ) の結果も併せて示す. 貯蔵弾性率を補正することにより,E の最大値を示す周波数が補正前の E に比べて高周波数側にシフトする結果となった. (9) Fig. 11 Images of change behavior of storage elastic moduli with correction of the displacement amplitude Fig. 12 Measured cos δ and the approximated curve by Prony series and power function (Reference temp.=710 ) - 25 -
114 伊藤, 姫野, 長, 荒井 : 動的粘弾性試験によるガラスの熱粘弾性特性評価 Fig. 13 Comparison of master curve for storage elastic moduli before and after correction (Reference temp.=710 ) なお,Fig. 13 に示したガラスの熱粘弾性特性の挙動は, 高分子材料の DMA 試験によって一般的に得られる結果と以下の点に関して定性的に一致する. 高周波数 ( 低温 ) になるほど,E,E の値が増加する E は周波数の増加に伴い急激に上昇した後, ほぼ一定値に収束するのに対して,E は上昇した後に低下する ( 図中の 10 0 Hz 以上の範囲 ) E が急激に立ち上がる周波数領域近傍において,tan δ がピーク値を示す ( 図中の 10-3 ~10-2 Hz 付近 ) 以上の結果から, マシンコンプラインスを補正することで熱機械分析装置を用いた DMA 試験からガラスの熱粘弾性特性を評価することが可能となったと考えられる. 5.3 ガラスの熱粘弾性特性に及ぼす測定手法の影響クリープ試験によって求めた緩和弾性係数 Er(t) と DMA 試験から算出した貯蔵弾性率 E (ω) のマスターカーブ ( 基準温度 710 ) を比較するため, 貯蔵弾性率のマスターカーブを Maxwell モデルによって近似する. 本論文では, バネとダッシュポットを直列に接続したユニットを 5 つ並列に接続し, さらに並列にバネ要素 (E ) を接続した一般化 Maxwell モデル (Fig. 14 参照 ) を用いた. なお,DMA 試験の結果に対しては,Voigt モデルによる近似を適用することも可能であるが,Voigt モデルはクリープ変形挙動の表現に適したモデルであり,DMA 試験や応力緩和試験に対しては一般に Maxwell モデルのほうがパラメータの同定が容易であり, かつ近似精度も高い. 以上の理由により, 本論文では DMA 試験に対して Maxwell モデルを粘弾性体の近似モデルとして採用した. 一般化 Maxwell モデルにおいて貯蔵弾性率 E は以下の式によって表される 9), 13). 5 2 2 Ekω λk E ( ω ) = + E (11) 2 2 1+ ω λ k = 1 k ここで,λk は緩和時間,ηk は粘性係数,Ek は弾性係数であり,λk =ηk / Ek である. 次に, 貯蔵弾性率を緩和弾性係数に換算する. 緩和弾性係数 Er(t) は, 一般化 Maxwell モデルを用いて以下のように表される 9), 13). E r 5 ( t) = E exp i + E ( t 0) i= 1 t λi (12) この時, 貯蔵弾性率を一般化 Maxwell モデルを用いて近似した際に得られたEk およびλk を Eq. (12) にそれぞれ代入することで, 任意の時間における緩和弾性係数が算出される. Table 2 に近似の際に用いたMaxwell モデルの諸係数をまとめる. クリープ試験と動的粘弾性試験それぞれから求めた緩和弾性係数のマスターカーブを Fig. 15 に示す. なお, いずれも基準温度は 710 である. 両マスターカーブは, 対数時間軸に対してほぼ同様の形を示していることが分かる. しかしながら, 緩和時間に関して, 両者には大きな差が見られ,DMA 試験ではクリープ試験結果と比較して緩和時間が 1 桁ほど長時間側に見積もられる結果となった. 本論文では, ガラスを線形粘弾性体として取り扱っており, 線形粘弾性理論に基づけば貯蔵弾性率と緩和弾性係数は相互に換算が可能であるため,DMA 試験, クリープ試験から得られる緩和弾性係数は一致するはずであるが, 今回の結果はこれを満足しなかった. 貯蔵弾性率を緩和弾性係数に変換する手法は, 本論文にて採用した Maxwell モデルによる近似を用いた手法以外に,Ninomiya Ferry 14) によって以下の式が提案されている. ( t) E ( ) 0.4 E ( 0.4ω ) + 0.014E ( 10ω ) = 1 t E r = ω / ω (13) Eq. (13) を用いて DMA 試験から得られた貯蔵弾性率に対し て緩和弾性係数を算出した結果は,Fig. 15 の結果とほぼ同 様であり, クリープ試験結果と DMA 試験とでマスターカ ーブが異なる原因は現状では不明である. Fig. 14 Generalized Maxwell model used in this study Table 2 Coefficients of Maxwell model Coefficient [GPa] Relaxation time [s] E1 11.913 λ1 0.085 E2 11.913 λ2 0.090 E3 12.539 λ3 0.095 E4 13.166 λ4 0.100 E5 13.166 λ5 0.200 E0 62.700 E 2.880 [MPa] - 26 -
実験力学 Vol. 17, No. 2(2017 年 6 月 ) 115 6. 結論 Fig. 15 Comparison of master curve for relaxation moduli obtained by creep test and DMA test (Reference temp.=710 ) 本研究で実施した DMA 試験は, 比較的低周波数での試験ではあるが, クリープ試験と比較してひずみ速度は速く, 測定中のガラス試験片のひずみ量も小さい. もし, 粘弾性モデルにおける粘性係数 (η=λ E) がひずみ速度依存性を示し, 高ひずみ速度域において粘性係数が増加すると仮定すれば, 動的粘弾性試験における緩和挙動がより遅く観察された結果をよく説明することができる. また, 弾性定数がひずみ依存性を示し, 低ひずみ側での弾性係数 ( 応力 - ひずみ関係の接線係数 ) が小さくなるとすれば, 結果として緩和挙動は穏やかになるため, その場合の結果も今回の実験結果と定性的に一致する. 以上のように, 今回の結果は粘弾性挙動の非線形性に起因するものと考えられるため, 粘弾性モデルを非線形モデルに拡張し, クリープ試験と動的粘弾性試験の結果の両者を統一的に説明できる粘弾性モデルを与えることが課題であるといえる. ただし, 粘弾性特性の非線形性について十分に検討するためには, ひずみ速度やひずみ振幅をより広範囲に変化させる必要があると考えられる. その場合, 測定可能な周波数範囲やひずみ範囲が広い市販の DMA 試験機を用いることが現実的であるため, 今後は低融点ガラスを用いることで, 粘弾性挙動の非線形性を確認し, 様々な硝材に対して一般的に適用できる粘弾性モデルを提案する予定である. なお, 本論文の結果において, 静的クリープ試験と動的粘弾性試験から得られるシフトファクタが一致したという事実は, ガラスの熱粘弾性特性の取得時間の短縮において非常に有益な結果である. 従来手法であるクリープ試験によってシフトファクタを算出するためには, 測定温度を変更して複数回の測定を行う必要があり長時間を要した. しかし, 動的粘弾性試験によりシフトファクタを算出することができれば, 任意の 1 温度条件下でのみクリープ試験を行い緩和弾性係数のマスターカーブを得ることで一連の熱粘弾性特性の取得が可能となる. ガラスの熱粘弾性特性を短時間で取得するため, 熱機械 分析装置を用いた動的粘弾性試験 (DMA 試験 ) を実施した. また,DMA 試験によって得られた熱粘弾性特性をクリー プ試験結果と比較し, 結果の妥当性について考察した. 得 られた結果を以下にまとめる. (1) 熱機械分析装置を用いてホウ珪酸ガラスの DMA 試験 を実施した結果, クリープ試験から得られるシフトフ ァクタと同様の値が得られた. 一方で,DMA 試験か ら得られた貯蔵弾性率は瞬間弾性率と比較して極め て低かったため, マシンコンプライアンスを補正する ことでこの課題を解決した. (2) DMA 試験から得られた貯蔵弾性率に対して,Maxwell モデルによる Prony 級数近似を適用し緩和弾性係数に 換算した.DMA 試験から求めた緩和弾性係数はクリ ープ試験結果と比較して緩和時間が 1 桁ほど遅く見 積もられており, 両者には相違が生じた. これは, 熱 粘弾性特性の非線形性に起因するものであると考え られる. (3) ガラスの熱粘弾性特性の取得時間の短縮において 謝辞 DMA 試験は有効であり,DMA 試験によってシフトフ ァクタを求め, クリープ試験によって緩和弾性係数の マスターカーブを取得することで, 熱粘弾性特性を高 精度かつ短時間に測定することが可能となる. 本研究の実施にあたり, 日立ハイテクサイエンスの丸 山純夫氏, 大久保信明氏に多大なるご協力をいただいた. ここに記して謝意を表します. 参考文献 1) Allen, Y.Y. and Anurag, J.: Compression Molding of Aspherical Glass Lenses (A Combined Experimental and Numerical Analysis), J. Am. Ceram. Soc., 88-3 (2005), 579 586. 2) Hirota, S. and Uno, K.: Precision Molding Technology of Glass Optical Elements (in Japanese), NEW GLASS, 11-2 (1996), 66 70. 3) Masaki, Y.: The Development of Glass Mold Colimator for Business Machines (in Japanese), KONICA TECHNICAL REPORT, 13 (2000), 69 70. 4) Ito, H., Arai, M., Matsui, Y. and Itagaki, D.: Experimental Testing and FEM Simulation for Thermal Imprinting of Micro/nano Glass-Optical Devices, J. Non-Cryst. Solids, 362 (2013), 246 254. 5) Ito, H., Arai, M., Kimura, K. and Shibahara, N.: Evaluation of Optimal Condition for Press Molding of Glass Lens (in Japanese), Trans. Jpn. Soc. Mech. Eng. Ser. A, 79-807 (2013), 1685 1689. 6) Kunio, T.: Mechanical Behavior of Viscoelastic Body Dependent on Time and Temperature Fundamentals of Viscoelasticity (in Japanese), Materials System, 6 (1987), 7 19. 7) Zhang, Z., Klein, P. and Friedrich, K.: Dynamic Mechanical Properties of PTFE Based Short Carbon Fibre Reinforced Composites: Experiment and Artificial Neural Network Prediction, Comp. Sci. Technol., 62 (2002), 1001 1009. 8) Arai, M., Kato, Y. and Kodera, T.: Characterization of the Thermo- Viscoelastic Property of Glass and Numerical Simulation of the Press Molding of Glass Lens, J. Thermal Stresses, 32 (2009), 1235 1255. 9) Ward, I.M. and Sweeney, J.: Mechanical Properties of Solid Polymers (3rd ed.), John Wiley & Sons Inc., (2012), 79 107. 10) Takashi, M. and Kunio, T: Characterization of a Viscoelastic Material (in Japanese), Materials System, 6 (1987), 21 48. 11) Narayanaswamy, O.S.: A Model of Structural Relaxation in Glass, J. - 27 -
116 伊藤, 姫野, 長, 荒井 : 動的粘弾性試験によるガラスの熱粘弾性特性評価 Am. Ceram. Soc., 54-10 (1971), 491 498. 12) AGC TECHNO GLASS CO., LTD.: Technical data (in Japanese), 2016 IWAKI LAB/SCIENCE PRODUCTS, (2016), 326 343. 13) Arai, M., Itagaki, D., Nishimura, M., Shimamura, Y. and Kobayashi, K.: Evaluation of Vibration Damping for CFRP Laminated Beam Using Homogenization Method (in Japanese), Trans. Jpn. Soc. Computational Methods in Engineering, 14 (2014), No.11-141206. 14) Ninomiya, K. and Ferry, J.D.: Some Approximative Equations Useful in the Phenomenological Treatment of Linear Viscoelastic Data, J. Colloid Sci., 14 (1959), 36 48. - 28 -