59 体力テストによる女子競技スポーツ選手の体力標準値と競技別体力特性 キーワード : 新体力テスト 背筋力 垂直跳び 20m シャトルラン 評価基準 若山章信八尾泰寛東山昌央烏賀陽信央 WAKAYAMA Akinobu YAO Yasuhiro HIGASHIYAMA Masao UGAYA Nobuhisa 小野田桂子佐藤理恵佐々木大志 ONODA Keiko SATO Rie SASAKI Daishi 東京女子体育大学 女子体育研究所 Ⅰ. はじめに 文部科学省 ( および旧文部省 ) による 体力 運動能力調査 は 1964 年 ( 昭和 39 年 ) から実施されている 1964 年は東京オリンピック開催年であり 当時の文部省はこれを契機として 国民の体力増進に力を入れ始めたといえる そして 東京女子体育大学および東京女子体育短期大学 ( 以下 本学 ) では 1964 年以来 1 2 年生を対象に体力テストを実施してきた なお 体力テストの検者は大学 3 4 年生であり 本学女子体育研究所の指導の下 3 4 年生の代表である20 名程度の 実行委員 によって企画 運営されている さて 例年文部科学省は 体育の日 に前年度の体力 運動能力調査の結果を公表している 5) この内容は 体力の年次推移 に代表される縦断的調査が中心である また 大学等が研究成果として報告している内容も 年齢ごとの項目別平均値 9) や標準値 6) あ 1 るいは年次推移 8) が中心である 一方 被検者個々の評価に目を向けると 身長を基準とした体力評価 3) や文部科学省の示す項目別 10 段階評価とその合計点による年齢別総合評価 4) があるが これは運動習慣を考慮せ ずに無作為に抽出した平均値と標準偏差を基にしており 競技スポーツ選手に適用するには評価基準が低いと考えられる また 国立スポーツ科学センターは 日本のトップアスリートのデータ 2) を公表しているが 等速性筋力測定器や自転車エルゴメータを用いるなど 学校や社会体育の現場で活用できるデータは少ない そこで本研究は 本学運動系クラブ所属者の体力テストデータから 女子競技スポーツ選手を対象とした評価基準を作成するとともに 競技別体力特性を明らかにすることで クラブ活動での選手個々あるいはチームとして練習内容やトレーニングメニューを検討する際の資料を得ることを目的とした Ⅱ. 方法 1. 対象体力テストのデータは 毎年 4 月下旬に実施した2003 年度から2012 年度まで10 年間の 運動系クラブに所属する本学 2 年生の結果を使用した 対象者数は 次項で示す10 項目のテストの内 傷害等により 3 種目以上の欠損データのある対象者を除外した 総数 2,966 人であった ( 雨天により50m 走やハン
60 ドボール投げが実施できなかった年もあったため 2 種目までの欠損を許容した ) 運動系クラブ所属学生の全体平均値およびT-scoreの算出においては上記 2,966 人を対象としたが 競技別体力特性の検討においては 所属人数 8 人未満の種目や 基礎スキー スノーボード アクアダイビング ワンダーフォーゲルなど 季節により活動日数が限定される種目を除外した31クラブ (35 競技 : 2,798 人 ) を対象とした ( 表 1) なお 陸上競技の7 種競技については 短距離 長距離 跳躍 投擲の内 最も得意な種目で申告させた また クラブ 専門競技は所属を調査したものであり 主務や学生連盟の委員などの非競技者も若干名含まれる 2. 測定項目実施した体力テスト種目は 新体力テスト の 8 項目である 握力 上体起こし 立ち幅とび 反復横とび 5 0 m 走 ハンドボール投げ 20mシャトルラン 長座体前屈に加え 新体力テスト制定まで行われてきた 体力診断テスト の背筋力と垂直とびの計 10 項目であった 体力テストの方法および実施上の注意は 文部科学省による 新体力テスト実施表 2. 10 段階評価における階級と範囲 表 1. 競技種目別測定人数 表 3. 運動系クラブ所属者の体格 体力の最高値 最低値 平均値と標準偏差
61 表 4. 女子スポーツ競技者用 項目別 10 段階評価 ( 下は文部科学省による評価基準 ) 要項 に準拠した 4) ただし 握力については 左右の最高値とした また 体格の指標とし 2 て 身長 体重を測定し BMI( 体重 身長 (kg/m 2 )) を算出した 値 = ( 筋力 + 跳躍力 + 上体起こし + 反復横とび + 50m 走 + ハンドボール投げ +20mシャトルラン + 長座体前屈 )/8 であった ( 項目の値はT-score) 3. データ処理女子競技スポーツ選手用の評価基準の作成では 平均値と標準偏差を用いて10 段階の階級に区分した ( 表 2) 運動競技別体力特性では 結果を平均値と標準偏差 および T-scoreによるレーダーチャートで示した なお T-score 平均値の算出においては 体力要素の重複を避けるため 筋力 T-score として握力最高値のT-scoreと背筋力のT-scoreの平均値を 跳躍力 T-score として立ち幅とびの T-scoreと垂直とびのT-score の平均値を代表値とした すなわち T-score 平均 Ⅲ. 結果と考察 1. 女子競技スポーツ選手用評価基準表 3に運動系クラブ所属 2,966 人の最高値 最低値 平均値と標準偏差を示した なお 最大酸素摂取量は20mシャトルランテストからの推定値である この平均値と標準偏差を基に 女子競技スポーツ選手用の項目別 10 段階評価を作成した ( 表 4; 下段は文部科学省による評価基準 ) 文部科学省の新体力テストにおける総合得点による19 歳の5 段階評価は 平均 8 点を越えれば A となる 4) 同様の平均点ごとの区切りで 10 項目での総合評価表を作成した
62 ( 表 5) 本学運動系クラブ所属者の平均値を文部科学省の基準 ( 表 4) に当てはめると 8 項目合計 64 点となりB 評価の上限値となった すなわち 本学運動系クラブ所属者の半数近くがA 評価となる 一方 今回作成した女子競技スポーツ選手用の項目別 10 段階評価は 本学運動系クラブ所属者の平均値を6 点としているため 10 項目合計点は60 点となりC 評価のほぼ中央値となる 表 5. 総合得点による5 段階評価 2. 体格 体力の競技別平均値図 1から図 4に 体格 体力の競技別平均値と標準偏差を成績順に示した 1) 身長 体重 BMI 図 1に体格の競技別データを示した 身長が最も高かったのはバレーボールの164.3cm 次いでバスケットボールの 162.8cm であり 最も低かったのは器械体操の155.9cmであった 体重が最も重かったのは陸上 投擲の66.4kg であり 最も軽かったのは陸上 長距離の51.6kgであった BMI は体重に比例するため やはり最も高かったのが陸上 投擲で25.1 最も低かったのが陸上 長距離の20.6であった BMIを詳細にみると 瞬発系あるいは球技系種目が高い傾向にあるが 剣道やアイスホッケーなど 対戦相手とボディコンタクトのある競技においても やや高い傾向を示している 2) 握力 背筋力 上体起こし図 2に筋力 筋持久力の競技別データを示した 握力が最も高かったのは陸上 投擲で39.4kg 以下道具を握る種目が続き 最も低かったのはダンスの29.0kg であった ただし 投擲や球技などにおいても 実際の運動場面で握力を全力で発揮する場面はほとんどない 背筋力の最高値は陸上 投擲の111.0kg であり 最低値はトライアスロンの 76.7kgであった カヌーと器械体操がともに 97.2kg で3 番目に位置したが 背筋力には体格が大きく影響することを踏まえれば 体重が全体で2 番目に軽かった器械体操の背筋力は 際だって高いといえる 上体起こしは 器械体操が 35.3 回で最も高く 次いで陸上 投擲 カヌーと続き アイスホッケーが最も低い25.4 回であった 上体起こしは 30 秒間のいわゆる腹筋運動によって筋持久力を評価するものである 背筋力が高かった陸上 投擲 器械体操やカヌーが高い値を示したのは これらの種目において 腹筋 背筋群の体幹筋力が重要であり 日々の練習においてこれらがトレーニングされているといえる 3) 垂直とび 立ち幅とび 反復横とび 50m 走図 3に瞬発力 俊敏性 スピードの競技別データを示した 垂直とびの最高値は バレーボールの52.7cm であった 次いで陸上 跳躍 陸上 短距離と続き バスケットボールや器械体操なども高値を示した 最も低かったのがトライアスロンの43.5cmで 剣道や卓球も低値であった 立ち幅とびでは 陸上 跳躍が 212cmで最も高く 剣道が181cm 卓球が 180cmと最も低値を示した バレーボールは両脚踏み切りでの上方向へのジャンプが求められ 陸上 跳躍のおける走り幅跳びや三段跳びでは 速い助走からの片脚踏み切りによる水平方向へのジャンプが求められる 助走
63 を伴うことで股関節や膝関節の屈曲角度が小さくなるなど運動様式は変わるが ランニングジャンプやバウンディングなどの日々の練習の成果もあって 種目特性を反映しているといえる 一方 上方 水平の両方の跳躍力が求められるハンドボールやサッカーは 球技系種目の中ではいずれも中位にあり 跳躍力の向上に焦点を当てたトレーニングの導入なども検討の余地があろう 剣道についても 前方向への素早い踏み込みが随所にみられる種目だけに 水平方向の跳躍力が低いことは トレーニング内容改善の必要性を指摘できる ( フェンシングは上位 ) 反復横とびでは球技が上位を占め ソフトボールが最高値の55.6 点であった 一方 水泳関連種目や陸上 長距離などが下位を占めた 特徴的であったのは 反復横とびと類似した運動様式の卓球が 前述の跳躍系での下位から中位に上がっている点と 跳躍系で上位であった器械体操が47.6 点とかなりの低値であったことである 横方向への素早い移動が競技能力に重要であるか否かが 結果に反映されているといえよう 50m 走は 長距離を除く陸上競技で高く ( 最高値 : 陸上 短距離 7.7 秒 ) 水泳関連種目( 水泳短距離 長距離 水球 トライアスロン ) で低値 ( 最低値 : 水泳 長距離 9.4 秒 ) を示した 卓球はここでも低く 反復横とび以外 瞬発力やスピードが本学競技スポーツ選手全体の中でかなり低いことが示された 卓球は 球技系種目の中でも技術的な練習内容が多く その運動様式はステップのみでダッシュすることがないなど その競技特性が表出しているといえる 4 ) ハンドボール投げ図 4 左上にハンドボール投げの競技別データを示した 最大値はハンドボールの 26.0m で オーバーハンドでの投 打を含む種目が上位を占めた ただし 硬式テニスのみが中 位であった 5)20mシャトルラン図 4 右上に20mシャトルランの競技別データを示した 全身持久力の指標である20m シャトルランでの折り返し回数は バスケットボールが最も多く90.8 回であった 次いでバレーボール 持久系種目である陸上 長距離とトライアスロンと続いた シャトルランでは素早い折り返しが必要であり 陸上 長距離よりも球技で高い値を示すことがこれまでにも指摘されているが 7) 陸上 長距離やトライアスロンにはもう少し高値を望みたい また その観点からは ハンドボールやサッカーは試合中の移動量が球技系の中でも多く 頻繁に折り返しがある さらには試合終盤まで持久力の発揮が求められることから 有酸素系トレーニングの量を増やすことが必要であるかもしれない 水泳 長距離は持久系種目であるが 普段とは異なる運動様式においてその能力は反映されにくいものと考えられる 6) 長座体前屈図 4 左下に長座体前屈の競技別データを示した 新体操で最も高く58.1cm 剣道で最も低く43.6cmであった 柔軟性が要求されるダンスや器械体操だけでなく スケート 短距離や水泳が高値を示したのが特徴的であった スケート 短距離では 空気抵抗軽減のために加速局面から常に前傾姿勢を保ちながら 股関節の屈曲 伸展 外転 内転を大きな可動域で行うという運動様式が 柔軟性を高めた要因とも考えられる 水泳については上肢帯 ( 肩甲骨 ) の柔軟性が高いことは知られているが 体幹の柔軟性については 普段のトレーニングの中でストレッチなどを多く取り入れていることが一因と考えられる
64 図 1. 競 技 種目別 体 格の平 均 値と標 準 偏 差
65 図 2. 競 技 種目別 筋力 筋 持 久力の平 均 値と標 準 偏 差
66 図 3. 競 技 種目別 瞬 発力 俊 敏 性 スピードの平 均 値と標 準 偏 差
67 図 4. 競 技 種目別 瞬 発力 全身持 久力 柔 軟 性とT - s c o r e の平 均 値と標 準 偏 差
68 Ⅳ. まとめ 本研究は 体力テストによる女子競技スポーツ選手評価基準を作成するとともに 競技別体力特性を明らかにし クラブ活動での選手個々あるいはチームとして練習内容やトレーニングメニューを検討する際の資料を得ることを目的とした このため 個々の競技種目について詳細に考察することを避けたが 以下のことが明らかとなった 文部科学省の設定した体力総合評価では 本学競技スポーツ系クラブ所属学生の平均値は 5 段階評価でのBの上限値となった すなわち 競技スポーツ選手にとって評価基準は低いといえる そこで 女子競技スポーツ選手用の評価基準を作成した ただし これには今回の被検者の競技種目ごとの人数の偏りが反映されている 7)T-score 平均値図 4 右下にT-score 平均値の競技別データを示した この値は チーム全体の体力平均値を示す値といえる ただし 体力テストの測定項目の多くが筋力 瞬発力系に属するため 体力テストの総合評価では持久系種目には不利となる T-score 平均値が最も高かったのは陸上 投擲で55.5であり 次いで球技や陸上 跳躍 陸上 短距離が続いた 上位 7 競技は いずれも学内にその種目を専門とする専任教員がおり また専用のグランドや体育館を持つ競技であった 下位には トライアスロン 剣道 卓球 水泳 長距離などが位置した 体力テストの測定項目からは 剣道や卓球などはもう少し体力全般を高めるべきであろう 3. 競技別 T-scoreレーダーチャートの比較図 5から図 7に T-scoreによるレーダーチャートを 関連種目と重ねて表示した 比較の際の参考とされたい 競技種目ごとの体力評価では 競技特性による体力差が顕著にみられた 例えば 器械体操では体幹の筋力が高く 前方 上方への跳躍力には優れているが 反復横とびでは低値を示し 水泳 水球 トライアスロンでは地面を強く蹴ることが少ないため跳躍力が低いといったことである しかし 剣道とフェンシングの跳躍力の差や球技ゴール型競技の走能力の差など 必要とされる体力要素が同系であっても チームの練習内容や体力トレーニングの偏りを反映していると思われる知見も得られた また 10 項目の体力テストの総合評価では 球技系種目と陸上投擲が全般に高い値を示し 水泳系や長距離系種目は全般に低値を示した これは 多くの測定項目が筋力 瞬発力系に属し また地面を強く蹴ることが求められるため 体力テストの総合評価では水泳系や長距離系種目には不利となる現状がある なお この報告はレギュラーや控え選手の区別なく所属クラブごとに集計した結果であり インカレ優勝チームや関東リーグ戦 3 部所属チームなど クラブごとのレベル差もある また 夏季スポーツや冬季スポーツなど4 月下旬にはシーズンオフの種目や 主に大学入学後に始める種目 ( ラクロス ライフセービング トライアスロン等 ) では 2 年生 ( 入学後 1 年 ) では練習内容や競技特性が十分に反映されない ( 高校時代の競技が影響 ) このため チーム平均値での体力レベルや競技特性を 単純に比較することはできない しかし 同系 同レベルのクラブと比較するなどにより 普段の練習内容や体力トレーニングの傾向は読み取ることができる 選手個々あるいはチームとして練習計画を検討する際の参考となれば幸いである
図 5. 競技種目別 T-score: 個人競技 69
70 図 6. 競技種目別 T-score: スケート系 体操 ダンス系 武道系
図 7. 競技種目別 T-score: 球技系 71
72 謝辞 本報告にあたって 1964 年以来の本学体力テストの実施にご尽力いただいた先生方 体力テスト実行委員として運営にあたってくれた学生諸氏に対し 謝意を表します 参考資料 1) 角田和彦, 佐々木敏, 星野宏司, 蓑内豊, 三宅章介 : 男子学生の体格 体力の経年変化. 大学体育学 7,87-96,2010. 2) 国立スポーツ科学センター編 : 形態 体力測定データ集 2007. 独立行政法人日本スポーツ振興センター,2008. 3) 水野忠文 : 日本人体力標準表 - 身長基準の回帰評価法による. 東京大学出版会, 東京,1980. 4) 文部省 : 新体力テスト- 有意義な活用のために-. 文部省,2000. 5) 文部科学省 : 全国体力 運動能力, 運動習慣等調査.http://www.mext. go.jp/ ( 閲覧日 :2013/1/24) 6) 首都大学東京体力標準研究会編 : 新 日本人の体力標準値 2. 不昧堂出版, 東京,2007. 7) 若山章信, 中本哲, 櫻田淳也 :20mシャトルランにおける問題点の検討. 体育の科学 50 (10),825-829,1999. 8) 若山章信, 服部次郎, 奥野知加, 鈴木政之, 鵜沢文子, 八尾泰寛, 東山昌央, 佐藤理恵, 高梨雄太 : 本学学生の体格 体力の推移 -1970 年から2010 年のデータより-. 東京女子体育大学女子体育研究所報 5, 37-41,2011. 9) 全国大学体育連合 - 調査 研究部編 : 体力測定結果調査報告書第 15 号 ( 国公立大学, 私立大学, 短期大学 ), 社団法人全国大学体育連合 2010.