プレシジョン メディシンについて (Precision Medicine) 神戸市立医療センター中央市民病院がんセンターセンター長 腫瘍内科参事片上信之 1
プレシジョン メディシンの定義 日本語訳は精密医療 2015 年 1 月 20 日のオバマアメリカ合衆国大統領の一般教書演説において Precision Medicine Initiative が発表され世界的にも注目されるようになった 患者の個人レベルで最適な治療方法を分析 選択し それを施すこと 最先端の技術を用い 細胞を遺伝子レベルで分析し 適切な薬のみを投与し治療を行うこと 2
本日の話題 分子標的治療とは 肺がんにおける遺伝子異常の種類 EGFR 遺伝子変異肺がんの治療 その他の遺伝子異常を有する場合の治療 免疫療法が登場して 3
化学療法薬と分子標的薬の違い
分子標的治療薬と化学療法薬の違いのまとめ 5
日本で承認されている小分子分子標的薬 一般名 標的分子 適応がん種 ゲフィチニブ エルロチニブ EGFR 非小細胞肺がん クリゾチニブ ( ザーコリ ) 融合遺伝子 ALK 融合遺伝子 ROS1 融合遺伝子非小細胞肺がん エベロリムス ( アフィニトール ) mtor 腎細胞癌 乳がん 神経内分泌腫瘍 テムシロリムス mtor 腎細胞癌 レゴラフェニブ ( スチバーガー ) VEGFR, PDGFR, FGFR, KIT 結腸 直腸癌 GIST パゾパニブ ( ヴォトリエント ) VEGFR, PDGFR 悪性軟部腫瘍 腎細胞癌 アキシチニブ ( インライタ ) VEGFR 腎細胞癌 アファチニブ ( ジオトリフ ) EGFR, HER2, 3, 4 EGFR 変異非小細胞肺がん ボスチニブ ( ボシュリフ ) SRC/ABL CML, Ph 陽性 ALL ルキソリチニブ ( ジャカビ ) JAK 骨髄線維症 真性多血症 アレクチニブ ( アレセンサ ) ALK ALK 陽性非小細胞肺がん ベムラフェニブ ( ゼルボラフ ) BRAF BRAF 陽性悪性黒色腫 レンバチニブ ( レンビマ ) VEGFR, FGFR, RET etc 甲状腺がん ボナチニブ ( アイクルシグ ) ABL CML, Ph 陽性 ALL オシメルチニブ ( タグリッソ ) EGFR EGFR-TKI 抵抗性 T790M 陽性非小細胞肺がん セリチニブ ( ジカディア ) ALK ALK 陽性非小細胞肺がん トラメチニブ ( メキニスト ) MEK BRAF 陽性悪性黒色腫 ダブラフェニブ ( タフィンラー ) BRAF BRAF 陽性悪性黒色腫 6
日本で承認されている抗体分子標的薬 一般名 標的分子 適応がん種 セツキシマブ ( アービタックス ) EGFR 大腸がん パニツムマブ ( ベクティビクス ) EGFRmTOR 大腸がん トランスツムマブ ( ハーセプチン ) HER2 乳がん 胃がん ベバシズマブ ( アバスチン ) VEGF 大腸がん 非小細胞肺がん 卵巣がん 乳がん リツキシマブ ( リツキサン ) CD20 B 細胞性非ホジキンリンパ腫 ペルツズマブ ( パージェタ ) HER2 乳がん デソスマブ ( ランマーク ) RANKL 固形がん骨転移 骨髄腫 T-DM1: トランツズマズ エムタンシン ( カドサイラ ) HER2 乳がん ブレンツキシマブ ベドチン ( アドセトリス ) CD30 ホジキンリンパ腫 大細胞性リンパ腫 イブリツズマブチウキセタン ( セヴァリン ) CD20 B 細胞性非ホジキンリンパ腫 etc ゲムツズマブオゾカマイシン ( マイロターグ ) CD33 AML モガムリズマブ ( ボテリジオ ) CCR4 成人 T 細胞性白血病リンパ腫 末梢性 T 細胞リンパ腫 皮膚 T 細胞性リンパ腫 オファツムマブ ( アーゼラ ) CD20 CLL ラムシルマブ ( サイラムザ ) VEGFR2 胃がん 非小細胞肺がん 大腸がん ニボルマブ ( オブジーボ ) PD-1 悪性黒色腫 非小細胞肺がん 腎細胞がん ホジキンリンパ腫 イピリムマブ ( ヤーボイ ) CTLA-4 悪性黒色腫 ペンブロリズマブ ( キイトルーダ ) PD-1 悪性黒色腫 PD-L1 陽性非小細胞肺がん エロツズマブ ( エムブリシティ ) SLAMF7 多発性骨髄腫 7
本日の話題 分子標的治療とは 肺がんにおける遺伝子異常の種類 EGFR 遺伝子変異肺がんの治療 その他の遺伝子異常を有する場合の治療 免疫療法が登場して 8
肺がんの病理分類 (WHO 分類 2015) 9
日本人肺腺癌における遺伝子変異の発現頻度 不明 (29.2%) BRAF (0.3%) HER2 (1.9%) RET(1.9%) ROS1(0.9%) ALK (3.4%) KRAS (9.4%) EGFR (53.0%) n=319 対象 方法 国立がん研究センターのバイオバンクに登録された StageⅠ/Ⅱ の肺腺癌患者 319 例より得られた切除検体を用いて 各遺伝子変異の発現頻度について検討した Copyright 2013 Wiley. Used with permission from Kohno, T. et al., RET fusion gene: translation to personalized lung cancer therapy, Cancer Science 104(11): 1396-1400, Wiley. Kohno, T. et al.:cancer Sci 104(11):1396, 2013 10
プリシジョン メディシンを行うにはバイオマーカー検査が重要 EGFR 遺伝子変異 - 組織 細胞 血液 ALK 融合遺伝子 - 組織 ROS-1 融合遺伝子 - 組織 細胞 PD-L1タンパク発現 - 組織 11
本日の話題 分子標的治療とは 肺がんにおける遺伝子異常の種類 EGFR 遺伝子変異肺がんの治療 その他の遺伝子異常を有する場合の治療 免疫療法が登場して 進行肺がんでも治癒しうる時代の到来 12
IPASS 試験 EGFR 遺伝子変異に対するイレッサ治療と化学療法の比較 1.0 EGFR 変異陽性の肺がんをイレッサで治療 (n=132) EGFR 変異陰性の肺がんをイレッサで治療 (n=91) EGFR 変異陽性の肺がんを化学療法で治療 (n=129) EGFR 変異陰性の肺がんを化学療法で治療 (n=85) 無増悪生存期間 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 4 8 12 16 20 24 治療開始後の期間 ( 月 ) Mok et al 2008
第 1 第 2 世代の分子標的治療薬 ( イレッサ タルセバ ジオトリフ ) には必ず耐性が出現する 約 50% の症例でT790Mという別の遺伝子変異が出現 これに対して第 3 世代の抗がん剤 ( タグリッソ ) が効果あり 14
第 3 世代の EGFR 阻害剤 ; タグリッソ 15
AURA3 試験第 1 世代の EGFR 阻害剤が無効後にタグリッソと化学療法を比較 月 16
症例 82 歳女性 PS:2 13th line 19del(+) 脳転移なし 2016/07/08: osimertinib 導入前 2016/09/09: osimertinib PR 現在も継続中 ( 投与開始後 6.7 ヶ月 ) PS も 1 へと改善 2016/6 rebiopsy
本日の話題 分子標的治療とは 肺がんにおける遺伝子異常の種類 EGFR 遺伝子変異肺がんの治療 その他の遺伝子異常を有する場合の治療 免疫療法が登場して 18
次世代の遺伝子解析装置を用いて個々のがん患者の遺伝子変異を網羅的に調べる 国立がん研究センター東病院など全国 200 以上の病院と 10 数社の製薬会社によって SCRUM-Japan( スクラム ジャパン ) と呼ばれるプレシジョン メディシンのプロジェクトが 2013 年に始められた 進行肺がんと大腸がんを中心に がん細胞がもつ 200 以上の遺伝子変異を次世代のシーケンサーを用いて詳細に解析 効果が期待できる薬を選び出して投与する これまで 2016 年までにに 7000 人近くの患者が参加し 肺がんでは 1/8 の人に薬が効く可能性のある遺伝子変異が見つかった Ion Proton システム HiSeq 2500 19
PD-1/PD-L1 抗体の作用 20
がんの免疫療法の 3 本矢 21
漫画でわかりやすく 22
漫画でわかりやすく 2 1. PD-L1 と PD-1 の結合によって がんが免疫細胞に対してブレーキをかけて免疫細胞の攻撃を阻止 2. 免疫チェックポイント阻害薬 :PD-L1 と PD-1 の結合を阻害する抗体を用いて がんが免疫細胞に対してかけているブレーキを解除し 働きが弱くなった T 細胞が再び活性化してがん細胞を攻撃 23
がん細胞の PD-L1 タンパク発現を病理学的に特異抗体を用いて染色 24
2nd line 治療におけるオプジーボの効果 (CM 017/057) 扁平上皮がんの全生存期間 (HR 0.59) 非扁平上皮がんの全生存期間 (HR 0.73) 25
がん細胞の PD-L1 発現 50% の未治療 進行非小細胞肺がんに対するキートルダと化学療法の比較 -KEYNOTE 024- Reck M et al 26
無増悪生存期間と全生存期間 奏効率 27
進行 NSCLC に対する 1st line での Carboplatin/Pemetrexed±Pemblolizumab の比較 2 相試験 -KEYNOTE 021- Langer CJ et al 28
奏効率 29
2017/5/10 日に米国では PD-L1 発現の有無にかかわらず 非小細胞肺がんの非扁平上皮がんに対してキートルダ + 化学療法が一次治療として認可 近い将来 本邦でも承認されるだろう 30
長期経過症例 ( 治験 ) 58 歳男性 LCNEC 2nd line オプジーボ 74 歳男性 Sq 1st line キイトルーダ 治療導入前 CR!! 投与後 5 カ月 ILD(Grade 1) 54 週後 無治療で経過観察 63 週後 治療中止 Gr.3 ぶどう膜炎 3 年無治療! 3 1 現在 Pseudo Progression PR 維持
免疫関連副作用 irae 当院でも 大腸炎 間質性肺炎 下垂体機能低下症 甲状腺機能低下症 多型紅斑 ぶどう膜炎 といった多彩な irae を経験している その他 劇症 Ⅰ 型糖尿病 心筋炎など致命的となりうる副作用の注意喚起がされている 32
進行非小細胞肺がんの予後の改善はプレシジョン メディシンの結果です 年代 治療法 予後 1970 年 支持療法のみ (BSC) 3-4ヶ月 1980 年代 シスプラチンを用いた化学療法 10ヶ月 1990 年代 シスプラチン+ 新薬 12ヶ月 2000 年代 プラチナ2 剤併用療法 +アバスチン 14ヶ月 2010 年 EGFR 阻害剤 ( イレッサ タルセバ ) 30ヶ月 2016 年 ALK 阻害剤 ( ザーコリ アレセンサ ) 40ヶ月 2017 年 PD-1 阻害剤 ( オプジーボ キリトルーダ ) 15-20% の遺伝子異常がない肺がん患者が治癒! 33