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肝属家畜市場調査からみた東郷フィールドの黒毛和牛次世代凍結精液選定 吉村文孝, 安藤洋, 河野吉樹, 山崎絹世 教育 研究技術支援室生物 生体技術系 概要 肝属中央家畜市場の黒毛和牛子牛せり市調査することで, 東郷フィールドで利用する次世代種雄牛選定の一助となる分析結果を得ることができた. 基本的には一日増体重 (DG=Daily Gain (kg)) の大きな種雄牛による産子が高値になりやすい. また, 家畜改良事業団の種雄牛よりも民間種雄牛の産子が, 民間種雄牛よりも鹿児島県県有牛の産子が DG 大きく, 高値になりやすい傾向であった. 本研究は価格と DG という観点からの種雄牛選定を可能とするが, 農場としての収益の最大化を図る場合, 持っている雌牛や農場の状態にも留意しつつ種雄牛選定を行わねばならない. 1 緒言 1.1 黒毛和牛黒毛和牛 (Bos Taurus) は黒褐色, 有角の日本を代表する家畜であり, 和牛と呼ばれるウシの 98% 以上を占めるウシである ( 秋篠宮ほか,2009). 肉用牛として全国で約 248 万頭 (2016 年 2 月 1 日末現在, 農林水産省畜産統計 http://www.e-stat.go.jp/sg1/estat/list.do?lid=000001160843) が飼育されている. 黒毛和牛をはじめとする肉用牛による経営形態には繁殖経営, 肥育経営とその両者を行う一貫経営とがある. 繁殖経営では繁殖用雌牛を飼養し子牛を生ませ, それを 8~9 ヶ月間育成したのちに子牛市場へと出荷し利益を得る. 肥育経営では子牛市場で子牛を購入し, それを約 20 ヶ月間肥育しそれを出荷することで利益を得る. 1.2 黒毛和牛の繁殖黒毛和牛の繁殖はほぼそのすべてを人工授精によって行われている. 人工授精とは凍結保存した精液を人工的に雌畜の膣へ注入することで妊娠させ産子を得る技術である. 黒毛和牛の凍結精液は主に社団法人家畜改良事業団, 民間人工授精所, 都道府県などがそれぞれ所有する雄牛 ( 種雄牛 ) から採取され, 処理ののち販売されている. 精液はプラスチック製のストローに封入され液体窒素中で保管される. なお, 獣医師もしくは家畜人工授精師のみが家畜人工授精を行うことができる. 名古屋大学大学院附属フィールド科学教育研究センター 東郷フィールド ( 以下, 東郷フィールド ) では技術職員が家畜人工授精師 ( 牛 ) の資格を有しており, 職員によって人工授精が行われている. 1.3 東郷フィールドの状況東郷フィールドでは 1990 年代後半に黒毛和牛の繁殖経営を開始した. 当時, ホルスタインからの搾乳と和牛の肥育も行っていた. そして 2008 年後半に和牛の繁殖経営のみという現在と同じ体制に移行した. 東郷フィールドではそれらの黒毛和牛を各種実験実習に利用している. 実習のカリキュラムは黒毛和牛繁殖経営の人工授精から出荷までという一連の流れを学生に経験させるものになっている. 東郷フィールドでは飼養する黒毛和牛雌牛 25 頭 (2017 年 2 月 17 日現在 ) に人工授精を行い, 産子を育成したのち, 愛知県新城市にある新城家畜市場に出荷, 販売するという体制である. ところが不適切な飼養管理と種雄牛選定の滞りにより子牛販売価格は低迷していた. 実習の目的上, 技術職員は一般農家水準の技術, 知識を持ち, 実用できてい

ることが望ましい. また, 研究材料としても黒毛和牛を利用することから, 市場に流通する平均水準付近の黒毛和牛に近い育成状態, 遺伝子構成が望ましい. これらを達成することは大学附属農場として必須である. そこで,2013~2015 年にかけて筆者らはまず管理のみの改善に着手している. この間, 遺伝的条件変化を防ぐため, 利用する種雄牛に関しては変更を行なっていない. 結果,2015 年 7 月に子牛販売価格が東郷フィールド史上初めて市場平均価格を超えるに至る. これをもって管理を一定程度改善できたと見なし, 管理を一時固定し血統の改善を始めている. 従って, 東郷フィールド黒毛和牛個体群管理上の現在の課題は, 次世代種雄牛の選定である. 1.4 東郷フィールド種雄牛選定の問題点記録の残る 2011 年 6 月から血統改善開始以前の 2016 年 3 月までに, 東郷フィールドで誕生した子牛の父牛 ( 種雄牛 ) の生年は平均 1999 年と ( 表 1),2000 年代後半以降生まれの種雄牛が活躍する現在の市場に比べると古くなっている. 古い種雄牛の中にも現在でも人気, 実力を持つ 名牛 は存在するが東郷フィールドの利用種雄牛への市場評価は厳しい. 利用種雄牛旧式化の要因として種雄牛の選定基準, 方針が不明瞭であること, 選定結果の見直しが行われなかったことが挙げられる. 新古問わず適切に価格競争力のある種雄牛を選定し, 競争力のない種雄牛を選ばない, もしくは選んでしまってもその競争力のなさを早期に判断する技術が必要である. 東郷フィールドにおいて過去に利用してきた種雄牛の選抜年と, 保有雌牛の血統は種雄牛選定の長期にわたる滞りを示唆している. 種雄牛選定のための知識, 技術も継承されておらず, 基礎から学び, 継承, 共有可能な形として確立する必要がある. 表 1. 東郷フィールドの 2011 年 6 月 ~2016 年 3 月までの種雄牛別産子数 1.5 鹿児島県について 種雄牛名 個体数 生年 選抜年 波重茂 16 2001 2006 北仁 7 1996 2002 賢茂勝 6 1998 2003 美津菊 3 1998 2003 安茂勝 2 1999 2004 隼菊 2 1998 2003 茂花国 2 2003 2008 合計 38 1999.2 2004.1 鹿児島県には九州本島だけで 7 市場, 離島も含めると合計 16 市場があり, その総年間上場頭数は 80000 頭 を超える. 一方, 愛知県には新城と豊橋の 2 市場でその総年間上場頭数は 2000 頭程度である. 総飼養頭数も 鹿児島県約 32 万頭に対し, 愛知県約 4 万頭と規模に大きな差がある. 鹿児島県の繁殖雌牛頭数の全国シェア は 19.5%( 約 11 万頭 ) で全国第一位という和牛繁殖経営の最先端である. 鹿児島県は黒毛和牛の飼育頭数だけでなく品種改良の最先端にも位置し, 鹿児島県産種雄牛の動向が日本 各地の市場に強く影響している. 例えば愛知県新城市場では, 上場頭数の 28.8%(67/233 頭,2016 年 5 月 ) が鹿児島県産の種雄牛による産仔で, これは単独都道府県として最大比率である. 鹿児島県は鹿児島県肉用 牛改良研究所という肉牛改良のための研究機関と県独自の種雄牛 ( 県有牛 ) を所有し, 県内農家にその凍結 精液を供給している. なお, 愛知県は独自の種雄牛を有していない. 本研究で視察を行う鹿児島県肝属中央家畜市場 ( 以下, 肝属 ) は 1 回 3 日間開催で上場個体数が 1000 個体

を超える市場である.1 回約 200 個体の愛知県新城市場 ( 以下, 新城 ) の 5 倍近い数という大きな市場である. 隔月開催の新城に対し毎月開催の肝属は年間で新城の 10 倍を超える規模の市場である. また上場する子牛の父牛は鹿児島県の県有牛を中心としており, 次世代繁殖用雌牛導入を検討する全国の繁殖農家から注目を集めている. 県有牛の凍結精液は基本的にその県内のみに流通する. しかし, 家畜市場で県有牛産子を購入することは可能であり, 将来的に家畜改良事業団や民間業者が県有牛から作成した種雄牛を生産しその精液を販売する可能性もある. そのため各県の県有牛や民間牛の動向を無視することはできない. 人工授精から出荷まで約 18~20 ヶ月の時間を要することを考えると, 愛知県の市場結果からの種雄牛選定では, 発売直後の新規種雄牛を選定することはできない. しかし, 改良の先端を走ると目される鹿児島県を調査することは, 種雄牛選定への一助となるはずである. 2 目的 本研究では黒毛和牛改良最先端たる鹿児島県肝属中央市場を調査し, 愛知県新城家畜市場との比較を通じて分析することにより, 東郷フィールドにおける次世代種雄牛選定技術を確立することを目的とする. 3 材料および方法 3.1 材料肝属中央家畜市場 ( 鹿児島県鹿屋市田崎町 1147-1)( 以下, 肝属市場と呼称 ) において 2016 年 11 月 15, 16,17 日に開催される子牛せり市の上場牛. および, 愛知県新城家畜市場 ( 以下, 新城市場と呼称 ) の子牛せり市データを比較に用いた. 標本数を同等にするため, 新城市場について最新 5 回分 (2016 年 5,7,9,11 月,2017 年 1 月のもの ) のデータを利用した. 3.2 調査内容子牛せり市に上場する子牛の血統, 体重, 落札額, 外貌 ( 和牛審査法による体型評価, 栄養度評価 ( 脂肪の量 ), 瑕疵の有無など ), 育種価, 母牛の審査得点, 父親を所有する機関などを調査した. 3.3 分析 本研究の統計解析の有意水準は一律に 5% とした. 市場名簿には上場牛の父 ( 一代祖 ), 母の父 ( 二代祖 ), 祖父の父 ( 三代祖 ) が記載されているが本研究では一代祖に限った分析を行った. 相場変動により市場ごとに平均価格が異なることから, 市場ごとに価格を偏差値化したうえで市場間の比較を行った. 上場牛の出荷日齢が異なることから, 上場牛の上場時体重を上場時日齢で除した一日増体重 ( 以下 DG=Daily Gain と呼称 )(kg/day) を体重のデータとして利用した. 種雄牛の出自の分類として, 県有の種雄牛を 県有, 個人もしくは民間企業が所有する種雄牛を 民間, 社団法人家畜改良事業団 (LIAJ) 所有の種雄牛を LIAJ として分類した. 4 結果 基本的な市場情報についての比較を, 表 2,3 に示した. 市場一回あたりで比較した場合, 肝属中央家畜市場の上場頭数は新城家畜市場の 5 倍近く多かった. 市場平均価格で比較した場合には 8 万円程度の差だが, 最高価格で比較した場合に去勢で 40 万円近く, 雌で 70 万円近く肝属のほうが高かった. 反対に最低価格で

は肝属のほうが 40~50 万円安かった. 両市場のデータの基本統計量を表 4 に示した.DG ごとの頻度を示し, 両市場を比較したグラフを図 1 に示した. 両市場の DG 分散に関して F 検定により差を検定したところ, 両市場の分散間に有意な差が見られた (P= 0.0001<0.05). このことから等分散性を仮定しない Welch の t 検定により両市場の DG 平均値の差を比較したところ, 両市場の平均値の差は有意ではなかった (P=0.737>0.05). 加えて, 両市場上場牛の DG 分布に関して歪度と尖度を求めた. 肝属の歪度は 0.77, 尖度は 0.025, 新城の歪度は 0.013, 尖度は 0.542 であった. 市場名簿に記載される各情報間の相関係数を計算した ( 表 5,6). 両市場ともに価格と DG との相関係数が最大であったため DG と価格偏差値による散布図を作成した ( 図 2,3). 両市場に上場する子牛の父になった種雄牛について, その出自で分類した結果を図 4,5 に示した. 肝属では県有牛が 67.3% を占め, そのほぼすべてが鹿児島県有の牛であった. 次いで民間所有の種雄牛が 32.5% を占め,LIAJ の種雄牛はほとんど見られなかった. 新城市場では 53.5% を LIAJ の種雄牛が占め, 次いで民間の種雄牛が 44.2% を占めていた. 県有牛は 2.3% だった. 肝属では価格偏差値が高くなるとともに, 県有牛による産子の割合が増加していった. 新城では価格偏差値が高くなるとともに民間の種雄牛による産子の割合が増加していった. 種雄牛の出自による DG と価格偏差値とを比較した ( 表 7,8). 結果, 肝属では鹿児島県有牛のほうが民間種雄牛よりも DG 大きく, 高値で, 新城では民間種雄牛のほうが LIAJ 種雄牛よりも DG 大きく, 高値だった. なお, 肝属の LIAJ 牛, 新城の県有牛はサンプル数不足によりこの解析には利用しなかった. 表 2. 市場の基本情報 肝属中央 新城 開催日 11/15-17 11/2 去勢入場頭数 600 142 成立数 598 142 雌 入場頭数 517 101 成立数 503 101 合計入場頭数 1117 243 成立数 1101 243 表 3. 価格の比較 肝属中央 新城 去勢 平均価格 925,159 832,049 最高価格 1,411,560 1,044,360 最低価格 36,720 506,520 雌 平均価格 824,082 742,473 最高価格 1,684,800 1,008,720 最低価格 21,600 461,880 合計 平均価格 878,971 794,818 表 4. 用いたデータの基本統計量 データ数 DG(kg)** 標準偏差 肝属新城 * 肝属 新城 * 肝属新城 * 雌 516 442 0.99 0.99 0.11 0.11 去勢 600 662 1.12 1.10 0.13 0.11 合計 1116 1104 1.06 1.06 0.14 0.12 *:2016 年 5,7,9,11 月と 2017 年 1 月の市場 5 回分のデータを合算 ** : 一日増体重 (Daily Gain= 体重 / 日齢 )

図 1. 両市場上場牛の DG 分布 表 5. 肝属の市場記載情報間相関係数 表 6. 新城の市場名簿記載情報間相関係数 性別産次登録得点 DG 性別 1.00 産次 -0.01 1.00 登録 0.03-0.02 1.00 得点 0.00 0.03 0.17 1.00 DG -0.45 0.01 0.05 0.13 1.00 価格偏差値 価格偏差値 0.00-0.20 0.09 0.10 0.53 1.00 性別産次登録得点 DG 性別 1.00 産次 -0.05 1.00 登録 0.04-0.10 1.00 得点 0.07 0.09 0.13 1.00 DG -0.45 0.00 0.06-0.05 1.00 価格偏差値 価格偏差値 -0.02-0.04 0.11 0.09 0.51 1.00 図 2. 肝属市場 DG 価格散布図 図 3. 新城市場 DG 価格散布図 図 4. 肝属市場価格偏差値帯ごとの上場牛出自比率 図 5. 新城市場価格偏差値帯ごとの上場牛出自比率

表 7. 肝属市場の出自間 DG, 価格偏差値平均値比較 DG** 価格偏差値 ** 県有 1.08±0.14 51.71±10.51 ]*(P=2.78E-13) ]*(P=2.89E-17) 民間 1.02±0.12 46.42±8.20 *: 有意と判定, **: Welch's t test 全て AVE±SD 表 8. 新城市場の出自間 DG, 価格偏差値平均値比較 DG** 価格偏差値 *** 民間 1.07±0.12 51.83±11.00 ]*(P=0.002) ]*(P=0.001) LIAJ 1.05±0.12 49.58±9.81 *: 有意と判定, **: Student's t test, ***: Welch's t test 全て AVE±SD 図 6. 肝属市場種雄牛ごとの平均散布図 図 7. 新城市場種雄牛ごとの平均散布図

5 考察 価格と DG との間の相関係数が最大であることから, 基本的には産子を大きくする種雄牛を選定することが子牛売却価格を高めることにつながると考えられる. DG, 価格偏差値ともに LIAJ 種雄牛に対して高かった民間種雄牛の利用は価格向上に有効であると考えられる. また, 民間よりもさらに DG 大きく高値傾向の鹿児島県県有牛の動向には注視が必要である. 将来的に鹿児島県有牛の血統を引く LIAJ 種雄牛が選抜された場合, 注目する価値があると言える. 肝属と新城それぞれ市場 1 回分について比較を行うと, 肝属の規模の大きさや上場する牛の大きさに目を引かれる. 実際に肝属市場に並ぶ牛を見た際には 牛が大きい という感想を持った. しかし, 両市場間のサンプルサイズをそろえて比較を行うと両市場の DG 平均値には差がない. 母集団の大きさにより DG の大きな個体も増え, それらの個体が筆者らの印象に影響を及ぼしたと考えられる. 両市場の DG 平均値に差はないが, 分散は異なっていたことから, 歪度, 尖度の比較を行った. 新城市場のほうがより平均に近い範囲の DG 個体が多く, 肝属市場のほうが最大最小間の幅が広い. 肝属の分布のほうが正規分布により近似していることと中心極限定理により, 新城市場の上場牛が何らかの理由で均質化していると考えられる. 鹿児島県の一戸当たりの飼養頭数は 37.1 頭 (2016 年 ), 愛知県では 120.8 頭 (2015 年 ) と, 愛知県の農家の方が大規模化により子牛管理が均質化していることが原因として考えられる. 肝属では個人宅で数頭の和牛を飼育する形態が多いようで, 夫婦が牛を引いている光景を市場でよく目にした. 管理条件的に互いに独立な個体が増えたことで全体の分布が正規分布により近づいたと考えられる. ここまでの分析から肝属と新城で利用している種雄牛の違いがあっても, 全体として見た場合には牛の DG 分布域に関しては違いがないことがわかった. しかし種雄牛の出自で比較した場合, 出自間で DG の平均値に差が見られた ( 表 7,8). 肝属では県有牛のほうが民間牛よりも大きく, 新城では民間牛のほうが LIAJ 牛よりも大きかった. このことから牛の大きさに関して, 完全にランダムというわけではなく, 一定の傾向があると言える. さらに種雄牛ごとの傾向を分析するため種雄牛ごとに DG 平均値と価格偏差値平均値とを散布図にした ( 図 6,7). 上場頭数が雌雄合計 20 以上のものについて分析している. 基本的に DG が大きな牛が高値になる傾向があるため, 図 6,7 の回帰直線よりも上で DG の大きな種雄牛を選定すれば, 得られた産子は高い販売価格になりやすく, 大きく育たなかった場合でも価格を維持しやすくなると考えられる. 肝属のデータ ( 図 6) から選定するならば華春福, 新城のデータ ( 図 7) から選定するならば諒太郎, 美国桜, 幸紀雄, 隆之国, 百合茂, 美津照重などを利用すれば DG 大きく高販売価格の産子を得られると考えられる. 次に, 図 2,3 のように DG と価格偏差値とを散布図にすると, 同じ DG でも価格に幅があることがわかる. 市場名簿記載の各数値と価格との間の相関係数が低いことから, 名簿には表れてこない要因によって同 DG 個体の価格が変動していると考えられる. 肉牛飼育の最終目的が肉として販売し利益を挙げることであるならば, 上場牛の将来性が価格に影響していると見られる.DG に対して高い価格偏差値を持つ種雄牛は将来性有望であるとみなされていると推測される. 将来性には大きさ, 肉質のほか, 雌を母牛にするために購入している購買者にとっては体型から判断される連産性などが含まれると推測される. 反対に, 瑕疵のある牛や肥満体の牛は同じ DG でも価格が低くなっていると考えられる. このように, 同 DG の個体の価格幅には複雑に多数の要素が含まれており, 解析は容易でない. また, 肝属市場で販売価格 100 万円を超えた 17 頭のうち 12 頭が一代祖華春福, 二代祖安福久という組み合わせであった. また, 同 17 頭のうち二代祖が安福久であるのは 15 頭と, 二代祖による価格へ影響を示唆している. 今後は二代祖, 三代祖を分析に取り入れ, 種雄牛選定精度向上を図りたい. 本研究による分析はあくまでも子牛販売価格に着目したものである点に留意する必要がある. その農家ごとの母牛の血統や体格, 牛舎の構造, 部屋割り, 近交係数への留意と母牛の体格にあった無理のない大きさ

の種雄牛選定を行わなければ, 農家全体としての収益の最大化にはつながらない.1 頭だけの高額販売を目指すのではなく, 農場として最も効率的な労力と収益のバランスを取れるよう, 状況, 目的にあった種雄牛選定を心掛けなければならない. 東郷フィールドでは母牛を 20 頭近い大きな一群として管理しているため, 極端に大きさの異なる牛は群管理を難しくするため避けなければならない. また学生実習に利用する都合上, 性格温順ないわゆる 飼いやすい 種雄牛が望ましい. 母牛の体の大きさは子牛の高値だけでなく安産にもつながるため, 東郷フィールドは 大きくて飼いやすい 種雄牛選定を心掛けるのが望ましい. 価格以外の牛を管理する上での情報は, 市場の 噂 に頼る部分が大きく, 市場での情報収集は今後も重要である. 品種改良の最先端たる鹿児島県を調査することで, 種雄牛の将来像を先に確認することを期した調査であったが, 育成牛段階での牛に大きな違いはないことから, 種雄牛ごとに検定成績 ( 種雄牛を選抜する際に行われる産肉試験 ), 枝肉成績を丁寧に吟味し選定する必要があることがわかった. 平均的にみると, 新城市場では LIAJ 種雄牛産子よりも民間牛産子のほうが高額で取引されている. 民間の種雄牛は検定が全国組織である LIAJ のように一様に行われておらず, 現時点の東郷フィールド技術職員の能力では客観的に選定することができない. 今後は, 検定成績, 枝肉成績などを分析することで, 発売直後の種雄牛や民間の種雄牛の中からでも将来的に高い競争力を持つにいたる牛を推定し選定できるようになることを試みる.LIAJ による検定成績は比較的正確であるとの評判なので, 当面は LIAJ の種雄牛を利用しながら検定や枝肉の成績と子牛の育成具合, 販売価格との関係を調査する. どのような検定成績の種雄牛からどのような枝肉成績が得られ, どのような枝肉成績の牛に人気が出るのかを確認する計画である. 種雄牛の情報として早期に入手できる検定成績を評価する技術が種雄牛選定効率を高めること人つながると考えている.LIAJ から優れた種雄牛を選定可能になった段階で, 愛知県で入手可能な民間所有の種雄牛からの選定にも試みる計画である. 本研究では市場の後追いになってしまうものの, 競争力のある種雄牛を客観的に選定し, 誤選定した場合にはそれを判断する技術を得るに至ったと考えられる. この技術の有効性を判断するには実際に種雄牛を選定し, その産子を出荷し, 枝肉成績を確認する必要がある. その上で方針に修正を加え続けなければ市場水準から時代遅れ, 低競争力の血統を再び選定してしまう恐れがある. 課題を残すものの継承可能で客観性を持つ種雄牛選定技術は今後の東郷フィールド黒毛和牛個体群の維持, 発展に非常に有益なものとなると考えられる. 参考文献 [1] 秋篠宮文仁 小宮輝之.2009. 日本の家畜 家禽, 株式会社学習研究社, 東京,pp. 58-93. 6 謝辞 本調査, 研究を実施するにあたり, 川本健治氏, 川本和美氏より技術指導をいただき, ここに厚く御礼申し上げる. 本研究は平成 28 年度技術研鑽プログラムによる助成により遂行された.