虎ノ門医学セミナー

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がん登録実務について

33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

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外来在宅化学療法の実際

Yonago Medical Center Magazine ARCUS #20 May 2018

ス島という膵内に散在する組織集団がインスリン グルカゴン ソマトスタチンというホルモンを血中に放出し血糖を調節します 外分泌機能とは 膵腺房から炭水化物の消化酵素のアミラーゼや 蛋白質の分解酵素のトリプシン キモトリプシンの非活性型のトリプシノーゲン キモトリプシノーゲンが さらに脂肪分解酵素のリパ

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

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094.原発性硬化性胆管炎[診断基準]

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094 小細胞肺がんとはどのような肺がんですか んの 1 つです 小細胞肺がんは, 肺がんの約 15% を占めていて, 肺がんの組 織型のなかでは 3 番目に多いものです たばことの関係が強いが 小細胞肺がんは, ほかの組織型と比べて進行が速く転移しやすいため, 手術 可能な時期に発見されることは少

1. はじめに ステージティーエスワンこの文書は Stage Ⅲ 治癒切除胃癌症例における TS-1 術後補助化学療法の予後 予測因子および副作用発現の危険因子についての探索的研究 (JACCRO GC-07AR) という臨床研究について説明したものです この文書と私の説明のな かで わかりにくいと

H26大腸がん

核医学分科会誌

情報提供の例

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

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2. 転移するのですか? 悪性ですか? 移行上皮癌は 悪性の腫瘍です 通常はゆっくりと膀胱の内部で進行しますが リンパ節や肺 骨などにも転移します 特に リンパ節転移はよく見られますので 膀胱だけでなく リンパ節の検査も行うことが重要です また 移行上皮癌の細胞は尿中に浮遊していますので 診断材料や

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膵臓癌について

院内がん登録における発見経緯 来院経路 発見経緯がん発見のきっかけとなったもの 例 ) ; を受けた ; 職場の健康診断または人間ドックを受けた 他疾患で経過観察中 ; 別の病気で受診中に偶然 がん を発見した ; 解剖により がん が見つかった 来院経路 がん と診断された時に その受診をするきっ

限局性前立腺がんとは がんが前立腺内にのみ存在するものをいい 周辺組織やリンパ節への局所進展あるいは骨や肺などに遠隔転移があるものは当てはまりません がんの治療において 放射線療法は治療選択肢の1つですが 従来から行われてきた放射線外部照射では周辺臓器への障害を考えると がんを根治する ( 手術と同


パネルディスカッション 2 Q 専門領域について選択してください 1. 消化器内科 2. 消化器外科 3. 放射線科 1% 4% 3% 21% 4. その他の医師 5. その他 ( 医師以外 ) 71%

臨床の実際 - 消化器内科編 - 本年度 ( 平成 28 年度 ) は当科の体制にも変更があり 個人的な感想としてはスクランブル体制といった感じで始まりました 近隣の先生方にはご心配ご不便をお掛けしたこととと思いまして 本年度の当科 ( 胆膵 消化管診療 ) の治療成績を一部まとめてみました ERC

2009年8月17日

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5. 乳がん 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専門 乳房切除 乳房温存 乳房再建 冷凍凝固摘出術 1 乳腺 内分泌外科 ( 外科 ) 形成外科 2 2 あり あり なし あり なし なし あり なし なし あり なし なし 6. 脳腫瘍 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専


乳がん術後連携パス

がん検診ガイドライン総論 Ⅰ. はじめにがんはわが国の死因の 3 分の 1 を占める疾患であり 進行した段階では治療自体困難であることも多く 早期発見 早期治療が重要であるとされてきました 一般に 早期のがん とは 神経や血管などに到達していないものであり 痛みや出血などの症状はありません したがっ

原発不明がん はじめに がんが最初に発生した場所を 原発部位 その病巣を 原発巣 と呼びます また 原発巣のがん細胞が リンパの流れや血液の流れを介して別の場所に生着した結果つくられる病巣を 転移巣 と呼びます 通常は がんがどこから発生しているのかがはっきりしている場合が多いので その原発部位によ

症例報告書の記入における注意点 1 必須ではない項目 データ 斜線を引くこと 未取得 / 未測定の項目 2 血圧平均値 小数点以下は切り捨てとする 3 治験薬服薬状況 前回来院 今回来院までの服薬状況を記載する服薬無しの場合は 1 日投与量を 0 錠 とし 0 錠となった日付を特定すること < 演習

日産婦誌61巻4号研修コーナー

Microsoft Word - 03 大腸がんパス(H30.6更新).doc

はじめに 近年 がんに対する治療の進歩によって 多くの患者さんが がん を克服することができるようになっています しかし がん治療の内容によっては 造精機能 ( 精子をつくる機能のことです ) が低下し 妊娠しにくくなったり 妊娠できなくなることがあります また 手術の内容によっては術後に性交障害を

検討結果は 参考資料 3-3 Ⅱ 本検討会での検討事項等 MOCA の特殊健康診断に関し 下記の事項について検討等を行う 特殊健康診断の項目について 1 業務従事者健診の項目 2 配転後健診の項目 1 現行の特化則で規定されている MOCA の健診項目には 膀胱がんに関する項 目が含まれておらず ま

配偶子凍結終了時 妊孕能温存施設より直接 妊孕能温存支援施設 ( がん治療施設 ) へ連絡がん治療担当医の先生へ妊孕能温存施設より妊孕能温存治療の終了報告 治療内容をご連絡します 次回がん治療の為の患者受診日が未定の場合は受診日を御指示下さい 原疾患治療期間中 妊孕能温存施設より患者の方々へ連絡 定

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4 月 20 日 2 胃癌の内視鏡診断と治療 GIO: 胃癌の内視鏡診断と内視鏡治療について理解する SBO: 1. 胃癌の肉眼的分類を列記できる 2. 胃癌の内視鏡的診断を説明できる 3. 内視鏡治療の適応基準とその根拠を理解する 4. 内視鏡治療の方法 合併症を理解する 4 月 27 日 1 胃

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1. 来院経路別件数 非紹介 30 他疾患経過 10 自主受診観察 紹介 20 他施設紹介 合計 患者数 割合 12.1% 15.7% 72.2% 100.0% 27.8% 72.2% 100.0% 来院経路別がん登録患者数 がん患者がどのような経路によって自施設を受診し

がんの診療の流れ この図は がんの 受診 から 経過観察 への流れです 大まかでも 流れがみえると心にゆとりが生まれます ゆとりは 医師とのコミュニケーションを後押ししてくれるでしょう あなたらしく過ごすためにお役立てください がんの疑い 体調がおかしいな と思ったまま 放っておかないでください な

遠隔転移 M0: 領域リンパ節以外の転移を認めない M1: 領域リンパ節以外の転移を認める 病期 (Stage) 胃がんの治療について胃がんの治療は 病期によって異なります 胃癌治療ガイドラインによる日常診療で推奨される治療選択アルゴリズム (2014 年日本胃癌学会編 : 胃癌治療ガイドライン第

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

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1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( はい / ) 上記外来の名称 対象となるストーマの種類 7 ストーマ外来の説明が掲載されているページのと は 手入力せずにホームページからコピーしてください 他施設でがんの診療を受けている または 診療を受けていた患者さんを

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糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

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医療連携ガイドライン改

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Vol 夏号 最先端の腹腔鏡下手術を本格導入 東海中央病院では 平成25年1月から 胃癌 大腸癌に対する腹腔鏡下手術を本格導入しており 術後の合併症もなく 早期の退院が可能となっています 4月からは 内視鏡外科技術認定資格を有する 日比健志消化器外科部長が赴任し 通常の腹腔 鏡下手術に

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大腸ESD/EMRガイドライン 第56巻04号1598頁

表 1. 罹患数, 罹患割合 (%), 粗罹患率, 年齢調整罹患率および累積罹患率 ; 部位別, 性別 A. 上皮内がんを除く ; 部位別, 性別 B. 上皮内がんを含む 表 2. 年齢階級別罹患数, 罹患割合 (%); 部位別, 性別 A. 上皮内がんを除く B. 上皮内がんを含む 表 3. 年齢

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葉酸とビタミンQ&A_201607改訂_ indd

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2 4 診断推論講座 各論 腹痛 1 腹痛の主な原因 表 1 症例 70 2 numeric rating scale NRS mmHg X 2 重篤な血管性疾患 表

資料 3 1 医療上の必要性に係る基準 への該当性に関する専門作業班 (WG) の評価 < 代謝 その他 WG> 目次 <その他分野 ( 消化器官用薬 解毒剤 その他 )> 小児分野 医療上の必要性の基準に該当すると考えられた品目 との関係本邦における適応外薬ミコフェノール酸モフェチル ( 要望番号

肝疾患に関する留意事項 以下は 肝疾患に罹患した労働者に対して治療と職業生活の両立支援を行うにあたって ガイド ラインの内容に加えて 特に留意すべき事項をまとめたものである 1. 肝疾患に関する基礎情報 (1) 肝疾患の発生状況肝臓は 身体に必要な様々な物質をつくり 不要になったり 有害であったりす

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院内がん登録集計報告

3. 胃がんの診断について胃透視や上部消化管内視鏡検査により病変を検出するとともに病変の範囲や深さを詳細に観察し 内視鏡検査で採取します生検標本を病理組織学的に診断します 拡大内視鏡検査によりさらに詳細に観察したり 超音波内視鏡検査により病変の深さを観察します また 腹部超音波検査や CT 検査など

32 子宮頸癌 子宮体癌 卵巣癌での進行期分類の相違点 進行期分類の相違点 結果 考察 1 子宮頚癌ではリンパ節転移の有無を病期判定に用いない 子宮頚癌では0 期とⅠa 期では上皮内に癌がとどまっているため リンパ節転移は一般に起こらないが それ以上進行するとリンパ節転移が出現する しかし 治療方法

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付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 ): 施設 UICC-TNM 分類治療前ステージ別付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 原発巣切除 ): 施設 UICC-TNM 分類術後病理学的ステージ別付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 UIC

消化性潰瘍(扉ページ)

実地医家のための 甲状腺エコー検査マスター講座

はじめに 連携パス とは 地域のと大阪市立総合医療センターの医師が あなたの治療経過を共有できる 治療計画表 のことです 連携パス を活用し と総合医療センターの医師が協力して あなたの治療を行います 病状が落ち着いているときの投薬や日常の診療はが行い 専門的な治療や定期的な検査は総合医療センターが

2015 年 7 月 8 日放送 抗 MRS 薬 最近の進歩 昭和大学内科学臨床感染症学部門教授二木芳人はじめに MRSA 感染症は 今日においてももっとも頻繁に遭遇する院内感染症の一つであり また時に患者状態を反映して重症化し そのような症例では予後不良であったり 難治化するなどの可能性を含んだ感

付表 登録数 : 施設 部位別 総数 1 総数 口腔咽頭 食道 胃 結腸 直腸 ( 大腸 ) 肝臓 胆嚢胆管 膵臓 喉頭 肺 骨軟部 皮膚 乳房 全体

1


大 腸 がん 術 後 内 服 化 学 療 法 連 携 1コース~3コース 大 腸 がん 術 後 内 服 化 学 療 法 連 携 4コース 以 降 拠 点 病 院 への 紹 介 基 準 : 食 事 が 入 らないとき 腫 瘍 マーカー 上 昇 時 発 熱 時 処 方 拠 点 病 院 への 紹 介 基

がん患者会・がん患者サポートグループ共催 がん医療セミナー

標準的な健診・保健指導の在り方に関する検討会

胃がんの内視鏡的治療 ( 切除 ) とは胃カメラを使ってがんを切除する方法です. 消化器内科 胃がん 治癒 胃がん切除

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1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( / ) 上記外来の名称 ストマ外来 対象となるストーマの種類 コロストーマとウロストーマ 4 大腸がん 腎がん 膀胱がん ストーマ管理 ( 腎ろう, 膀胱ろう含む ) ろう孔管理 (PEG 含む ) 尿失禁の管理 ストーマ外

患者さんへの説明書

Vol 夏号 最先端の腹腔鏡下鼠径 ヘルニア修復術を導入 認定資格 日本外科学会専門医 日本消化器外科学会指導医 専門医 消化器がん外科治療認定医 日本がん治療認定医機構がん治療認定医 外科医長 渡邉 卓哉 東海中央病院では 3月から腹腔鏡下鼠径ヘルニ ア修復術を導入し この手術方法を

人間ドック 総合健康診断インフォメーション 明日も今日と同じ笑顔でいたいから あなたのからだ見直してみませんか

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 の相対生存率は 1998 年以降やや向上した 日本で

1. ウイルス性肝炎とは ウイルス性肝炎とは 肝炎ウイルスに感染して 肝臓の細胞が壊れていく病気です ウイルスの中で特に肝臓に感染して肝臓の病気を起こすウイルスを肝炎ウイルスとよび 主な肝炎ウイルスには A 型 B 型 C 型 D 型 E 型の 5 種類があります これらのウイルスに感染すると肝細胞

Transcription:

2016 年 4 月 21 日放送 膵臓がんの診断と治療 Update 虎の門病院前副院長竹内和男 総論に引き続き 今回から各論として 昨今話題となっているさまざまな疾患の update な情報をお送りします 最初は 医療者の方にも一般の方にも 大変怖い病気として知られている膵がんを取り上げます さて がんにかかる人が 2 人に一人 がんで死亡する人が 3 人に一人といわれる今日 がんは国民病とさえいわれています 今回のテーマである膵がんは 膵管上皮から発生し 正式には浸潤性膵管がんと呼ばれていますが わが国では 肺がん 胃がん 大腸がんに続き 4 番目に死亡数の多いがんです また 膵がんは患者数と死亡数が ほぼ同数ともいわれ このことは膵がんを根治させることが大変難しいことを物語っています 膵がん患者は年々増加傾向にあり 新規患者は年間約 3 万人と推定され 過去 20 年間で 2 倍の患者数に増えています 膵がんは進行が早く 比較的小さな時期から転移をきたし 周囲の組織に浸潤するのが特徴です そのため切除できる

症例は 全膵がんの 30-40% にとどまり 切除できても 5 年生存率は 15% ときわめて予後不良です 膵がんがこのように難治性である理由としては 膵臓という臓器が解剖学的に後腹膜に存在し 固有の漿膜に包まれていないことと 扁平な臓器であることが関係しています 厚みが 2~3cm 程しかないため がんの大きさが比較的小さく 2cm 以下 これを TS1 膵がんといいますが このような小さながんであっても すぐに膵周囲に露出し 浸潤や転移をきたすからです ちなみに膵がん取扱い規約では がんの大きさを 4 段階に分類し 最も小さいカテゴリーに入るのが TS1 膵がんです 小さな時期には症状に乏しいことや 明らかなリスクファクターがないため早期に発見することが難しいことも難治である理由です 次に 膵がんの診断について述べます 膵がんの初発症状としては 膵がん登録報告 2007 によると 腹痛 30% 黄疸 20% 背部痛 10% の順に多く 中には糖尿病の悪化が診断の契機となった例が 4% あります 一般によくいわれる中高年での糖尿病の発症や糖尿病の悪化は膵がんを想起するポイントといえます このほか診断にあたっては 膵がんの家族歴がある例では膵がん発症のリスクが 13 倍に高まるといわれており このことも知っておく必要があります 血液検査ではアミラーゼ リパーゼ エラスターゼ 1 などの膵酵素の異常の有無が診断に重要です 膵がんは膵管上皮から発生し 比較的早い時期から膵管を狭窄したり閉塞したりするため 膵酵素が血中に逸脱し異常高値を示します 注意すべきは がん発生から時間が経過し 膵実質の萎縮が進んだ時期では もはや膵酵素は上昇せず 逆に低下を示す場合もあることです CA19-9 CEA, Span-1 などの腫瘍マーカーも 膵がんのスクリーニング 鑑別診断 治療効果判定 予後評価などに用いられますが 腫瘍マーカーのみでは限界があり 臨床経過 各種画像診断などと組み合わせて総合的に判断する必要があります 膵がんの診断の際に行われる画像診断としては 外来レベルで実施できるものとして超音波検査 MRI, 造影 CT

PET-CT などがあります 膵がん登録報告 2007 によると超音波検査と造影 CT はほとんどの症例で行われ 診療ガイドラインでもこの 2 つを行い さらに必要に応じて 内視鏡的逆行性胆膵管造影 ERCP MRI 超音波内視鏡 EUS PET-CT などを組み合わせることが推奨されています 各種画像検査のうち 診断のファーストステップの画像診断は なんといっても超音波検査です がん登録報告 2007 でも最多 37% の症例で もっとも重要な検査とされています 簡便で侵襲性がなく 膵がんのスクリーニングに欠くことのできない検査です しかし超音波検査では 条件不良例で膵臓が観察不十分な場合があります とくに肥満体や消化管ガスが多い患者さんがそうです 一般に超音波検査では膵尾部が見えにくく 膵尾部がんの見落としのリスクがあり 気になる場合は次に述べる MRCP を追加することが勧められます また超音波検査の診断能は 検査を行う者の技術に左右される面があります これもこの検査の弱点ですが このような弱点を補って余りあるメリットが超音波検査にはあり 膵がんのスクリーニングには欠かせません 近年 超音波での軽度の主膵管拡張所見や 小嚢胞像が膵がんのリスクファクターとして重要であることが認識され そのような例のフォローアップ検査が小膵がんの発見に役立っているとの報告が見られています さて 超音波検査の次のステップとしては MRI が勧められます 正常の膵管像を呈する膵がんは約 3% しかないことから 膵管像を把握できる MRI による胆管膵管撮影 MRCP は極めて有用です ERCP と比較して感度 特異度とも劣らず ERCP で描出困難な狭窄部より尾部側の膵管の情報も容易に得られます また MRI の拡散強調画像は PET と類似し, 診断に有用な情報が得られます ヨード造影剤を用いる造影 CT と比べ 造影剤アレルギーや腎機能障害の心配がないのも利点です ただし 閉所恐怖症がある方や ペースメーカーが入っている方は検査できません 超音波検査 MRCP で膵がんが疑われる場合 診断確定 他疾患との鑑別 ならびに

腫瘍の進展度診断に造影 CT が必須です 特にマルチスライス CT を用いて造影剤を急速静注した後に撮影する造影ダイナミック CT は 極めて精度が高く 特に門脈や周囲の動脈への浸潤の有無を見るために手術前に欠かせない検査です 症状を有する膵がん患者さんでは 以上の超音波検査と MRCP それに造影 CT を追加することで ほとんどの例が外来レベルで確定診断できます 一方 径 2cm 以下の比較的小さな膵がんでは 超音波検査 MRI,CT では いずれにおいても膵管拡張像のみで腫瘍像がはっきりしない場合が少なくありません そのような例では 超音波内視鏡検査 EUS や ERCP を追加します ただし侵襲的な検査ですので入院で行うことが勧められます EUS は消化管ガスの影響を受けることがほとんどありませんので 膵がん検出における感度 特異度 正診率すべてにおいて良好な成績です また EUS を応用した細い針による穿刺組織診断 EUS-FNA も確定診断に有用ですが がん細胞の播種のリスクもあり 症例を選んで施行する必要があります ERCP では膵管像の把握のため膵管の造影を行いますが 症例によっては ERCP 下に膵液細胞診や膵管狭窄部の擦過細胞診を行います しかし 術後 急性膵炎を併発するリスクがあり ERCP は十分なインフォームドコンセントの上で慎重に行う配慮が必要で 熟練した内視鏡医がいる専門施設での施行が望ましいといえます 膵がんの治療には 手術 抗がん剤治療 放射線治療の 3 つがあります がんの進み具合や患者さんの全身状態を勘案して治療を選択します 通常 手術可能であれば手術を行い 術後に抗がん剤治療を追加するのが一般的です 膵がんの手術成績は冒頭で述べましたが 膵がん登録報告 2007 によると 切除できない例での 1 年生存率は 10~20% と低く 逆に切除できた例であっても 5 年生存率は 15% 程度と手術成績はきわめて不良です しかし腫瘍のサイズ別にみてみると 腫瘍径が 10~20mm のいわゆる TS1b 膵がんでは3 年生存率 59% 5 年生存率は 50% と比較的良好な結果を示しています 当院の 1982 年から 2006 年までに切除した TS1 膵がん 32 例の検討でも 3 年生存率 59% 5 年生存率は 45.5% とほぼ同様の結果でした このことから膵がんの予後向上のためには径 2cm 以下 さらに欲を言えば径 1cm 前後と 可能な限り小さな膵がんを発見して 手術に持ち込むことが非常に重要です 抗がん剤治療については ガイドラインによると 手術症例においては術後ゲムシタビンや 5FU あるいは経口フッ化ピ

リミジン系薬剤の S-1 などによる 術後補助化学療法が推奨されています 一方 診断時すでに手術不能な進行膵がんでは 長らくゲムシタビンが標準的治療薬でしたが 最近では全身状態の良好な患者さんで より優れた延命効果が期待されるオキサリプラチン イリノテカンなど4 剤を組み合わせた FORFILINOX 療法や ゲムシタビンとナブパクリタキセル併用療法などが行われるようになりました しかし 抗がん剤治療は重篤な副作用をきたす恐れがあり 専門医による十分なインフォームドコンセントのもと行うことが勧められます このほか がんの進展に伴いしばしば生じる閉塞性黄疸や 十二指腸狭窄による消化管通過障害には 現在 内視鏡によるメタリックステント挿入術がルーチンに行われ がん患者さんの QOL の改善に役立っています 以上 膵がんの診断治療アップデートについて述べましたが 臨床の現場では膵がん症例の多くは 残念ながら治癒切除を期待できない進行したがんです したがって 膵がんの治療成績向上のためには 繰り返しになりますが 可能な限り小さな 手術できるレベルのがんを拾い上げることがポイントといえます そのためには健診やドック 病院やクリニックの外来などで日常茶飯的に行われている超音波検査の質を高め 小膵がん あるいは主膵管拡張やのう胞像など小膵がんにつながる重要な所見を的確に拾い上げ 精査をしていくことが肝要と言えます