5 がん化学療法に附随する消化器症状への対応 下痢, 便秘および 重篤な消化管症状への対応 後藤歩, 小栗千里, 光永幸代, 市川靖史 小林規俊, 前田愼, 遠藤格
フローチャート 1: 下痢の対応 88 89
90 91 フローチャート 2: 便秘 フローチャート 3: 口内炎
92 93 フローチャート 4: 消化管穿孔, 腸閉塞の診断の流れ
94 95 はじめにがん化学療法における悪心 嘔吐以外の消化器症状として, 消化管粘膜障害による下痢や口内炎は代表的な症状である また, 近年の分子標的治療薬の併用により, 消化管穿孔などの重篤な消化器症状も認められるようになっている 本章では粘膜障害およびそれ以外の重篤な消化器症状について述べる 下痢 1) フローチャート1 下痢は, その発生機序から, 主に1 抗がん剤投与直後から発現する早発性下痢と,2 抗がん剤投与後 24 時間以上経過してから発現する遅発性下痢に分類される 特に, 抗がん剤による遅発性下痢は, 多量の水様便が突発して始まり, そのままの性状の便を頻回に繰り返すことが多い 24 時間以内に 4 回以上 (NCI CTCAE grade2 以上 ) 発現する場合は, 抗がん剤の有害反応である可能性が高いために注意が必要である さらに, 人工肛門増設患者は軟便が常態であることから, 下痢の発見が遅れることもしばしばみられる そこで, 便性状を常に注意させて, 排便量が増加して水様性へ変化した場合は注意するように指導する 24 時間以内に7 回以上の水様便 (grade3 以上 ) を認 めるときは ( 人工肛門増設患者は多量の水様便 ), ほとんどのケースで脱水や腸管粘膜の傷害を合併しているため, 速やかな対処が必要である 1 早発性下痢への対応 早発性下痢の特徴 1 一過性 : 多くは投与当日 ~ 翌日までに消失 2 抗がん剤によるcholinergicsyndrome( コリン様症状 ) により消化管の副交感神経が刺激されて腸管蠕動が亢進するため 3 発現強度は重篤ではないが, 患者にとっては不快 4 抗がん剤の他のコリン様症状も附随する場合あり ( 患者の不快はさらに増す ) 5コリン様症状を発現する代表的な抗がん剤 : イリノテカン 早発性下痢の予防アトロピン硫酸塩を0.25~1.0mgをイリノテカン投与前に, 予防投与として15~30 分で点滴静注する イリノテカン投与中にコリン様症状が発現した場合は, 症状に応じてイリノテカンの投与中もしくは投与後に同様の用法 用量で追加する 2 遅発性下痢への対応 遅発性下痢の特徴 1 抗がん剤投与後, 数日 ~14 日ほど経ってから発現
96 97 表 1 遅発性下痢を起こしやすい薬剤フルオロウラシル, 他フッ化ピリミジン製剤イリノテカン塩酸塩水和物シタラビンドセタキセルエルロチニブシスプラチンゲフィチニブメトトレキサートソラフェニブドキソルビシンスニチニブエトポシドイマチニブマイトマイシンC セツキシマブアクチノマイシンD パニツムマブすることが多い 2 原因 : 抗がん剤やその代謝物が腸粘膜上皮の絨毛を萎縮, 脱落することによる 表 1に下痢を起こしやすい抗がん剤を示す 3 発現頻度 期間 : 頻回で数日以上に及ぶ 4 要注意点 : 重篤な感染症を合併し, 致死的な症状となりうる 治療フッ化ピリミジン製剤やスニチニブ, ソラフェニブなどの経口抗がん剤を内服中に下痢が発現した場合は, まず原因と疑われる抗がん剤の内服を中止する その後に, 症状消失した場合は, 主治医の診察のうえで内服再開を判断することが重要である 患者の自己判断で内服を再開させることは, 症状の再燃から重篤な症状へ進行 する場合もあるので, 絶対にさける 経口抗がん剤 点滴製剤などの剤型にかかわらず, 以下のような治療を行う (1) ファーストライン ( 止痢剤 ) 1Grade2 以上の水様性の遅発性下痢が発現した場合 : 速やかに高用量ロペラミド療法を行う ロペラミド4mgを経口投与し, その後は2mgずつを2 時間毎に ( 夜間は4mgを4 時間毎に ) 投与して, 初回の内服開始から12 時間後まで投与を継続させる 2Grade1の下痢の場合 : ロペラミド1mgを速やかに内服させて経過観察する その後は1 回 1mgのロペラミドを1 日 2 回内服させて, 下痢の消失を確認した12 時間後まで内服させる ロペラミド内服開始から2 日間たっても下痢が消失しない場合は, アヘンチンキなどに切り替える必要がある 注 1: アヘンチンキ内服 1 回 0.5mL を 1 日 3~4 回経口投与 注 2: 一般的な下痢で行う, 乳酸菌製剤の投与は抗がん剤による下痢に対して単独では有効性に乏しいことに注意 (2) 輸液腎機能や心機能および体液貯留の状況に応じて, 必要十分な輸液と電解質補正を行う (3) 発熱 腹痛などの感染徴候広域スペクトラムの抗菌薬を点滴静注により追加投与
98 99 して, 感染症の重篤化を防ぐ 骨髄抑制が合併している場合は, 保険承認用法 用量どおりに G CSF 投与を追加する イリノテカンによる遅発性下痢への予防遅発性下痢の原因となる腸管内の活性代謝物を停滞させないことが予防となる そこで, 投与日および翌日の眠前にセンノシドを投与することが望ましい この他, 半夏瀉心湯の投与も下痢の予防に有用であることが報告されている また飲水にアルカリ飲料水を摂取 (ph7 以上の飲用水を 1000~1500mL/ 日 ) することで, 下痢をある程度抑えることが報告されている 投与薬剤 センノシド ( プルゼニド R ) 半夏瀉心湯 用法 用量 12mg/1 回眠前 (CPT 11 投与日と翌日 ) 7.5g/ 日分 3 を 3 日分 (CPT 11 投与 3 日前から ) 1000~1500mL/ 日を5 日間程度アルカリ飲料水 (CPT 11 投与日から ) CPT 11=イリノテカン Column 15 遅発性下痢の原因と症状 遅発性下痢の原因は抗がん剤自体やその代謝物が腸粘膜上皮の絨毛を萎縮, 脱落させることによる 投与後数日から14 日ほど経ってから発現する場合が多い 頻回で持続期間も数日以上となることから, 腸内細菌叢の変化や粘膜の防御機構の低下を引き起こすため, 骨髄抑制の時期と重なった場合は重篤な感染症を合併して致死的な症状となることもあるので注意が必要である Column 16 イリノテカンによる下痢 イリノテカンによる早発性下痢は, そのカルバミル基がアセチルコリンエステラーゼを阻害し, 過剰となったアセチルコリンがムスカリン受容体に結合することでコリン様症状が引き起こされることによる 一方, 遅発性下痢は, イリノテカンの活性体であるSN 38が肝臓においてグルクロン酸抱合をうけ,SN 38G へ変化して胆汁に排泄され, その SN 38G が消化管でβグルクロニダーゼにより SN 38 へ変化して再吸収される際に腸管粘膜を障害して引き起こされる そこで, 不要となった腸管内の代謝物を速やかに便から排泄させるために, 投与翌日に排便を促すことが下痢の予防として最も重要となる 本剤は下痢を起こす代表的な抗がん剤であるが, 重篤な下痢の後に難治性の麻痺性イレウスを引き起こす場合があるので, 下痢の管理をまず十分に行う必要がある 便秘 1) フローチャート 2 がん化学療法の経過中に便秘が発現する頻度は比較的 高い 患者は症状発現により腹部の膨満感や停滞感や悪 心の増強を訴えて,QOL 低下や経口摂取不良を引き起こす また, 重篤な便秘の持続を放置すると麻痺性イレ