昭和 53 年広審第 116 号 機船さいとばる機船チャンウォン衝突事件 言渡年月日昭和 55 年 9 月 29 日 審判庁広島地方海難審判庁 ( 三田達三 瀬戸久世 黒田和義 参審員領家俊彦 同橋本剛 ) 理事官村上孝 福田幸也 藤井春三 損害チャンウォン- 船首部圧懐 内部材凹損 船首水槽浸水さいとばる- 左舷中央部外板くさび型破口 のち沈没 原 因 海上衝突予防法第 39 条違反 主文本件衝突は さいとばる側において 反航船の前路に向け 備後灘推薦航路線の左側に進入したことに因って発生したが チャンウォン側において 臨機避譲の措置が当を得なかったこともその一因である なお さいとばるの転覆は 衝突に因って生じた破口から海水が奔入し これが3 区画以上にわたり流入したことに因って発生したものである 受審人 Aの甲種船長の業務を1 箇月停止する 受審人 Bを懲戒しない 指定海難関係人 Cに対しては勧告しない 理 由 ( 事実 ) 船 種 船 名機船さいとばる 総 ト ン 数 6,574トン 長 さ 132.10メートル 幅 22.40メートル 深 さ 13.00メートル 推 進 器可変ピッチ四翼外旋双暗車 船橋の位置船首から約 25メートル 旋 回 圏 ( 左旋回 ) ( 右旋回 ) 縦 距 428メートル 483メートル 最 大 横 距 602メートル 504メートル 受審人 A
職 名船長 海技免状甲種船長免状 受 審 人 B 職 名二等航海士 海 技 免 状甲種一等航海士免状 指定海難関係人 C 職 名 D 株式会社運航管理者 船 種 船 名機船チャンウォン 総 ト ン 数 3,409トン 長 さ 101.30メートル 幅 15.40メートル 深 さ 7.70メートル 船橋の位置船首から約 80メートル 旋 回 圏 ( 左旋回 ) ( 右旋回 ) 縦 距 369メートル 370メートル 最 大 横 距 470メートル 465メートル 事件発生の年月日時刻及び場所昭和 53 年 9 月 6 日午前 1 時 45 分ごろ ( 衝突 ) 同 7 時 17 分ごろ ( さいとばる転覆 ) 瀬戸内海燧灘 第一 D 株式会社一 D 株式会社 D 株式会社 ( 以下 単にD 社という ) は 昭和 39 年 8 月 18 日創立され 専ら旅客船兼自動車渡船を運航する海運会社で 東京都に本社を置き その経営する定期航路は 本件発生当時次のとおりである 1 湾内航路 ( 川崎 木更津間 ) 2 川崎 細島航路 3 細島 神戸航路 ( 以下 神戸航路と略称する ) 4 細島 大阪航路 ( 以下 大阪航路と略称する ) 5 細島 広島航路そのうち 神戸航路は さいとばる えびの2 隻が就航し 午後 7 時神戸発翌日午前 9 時 20 分細島着午後 8 時 40 分細島発翌日午前 11 時神戸着
の時刻表で毎日 1 回の往復定期を組んで運航していた 二同社の運航管理と指定海難関係人 Cの職務 C 指定海難関係人は 同 44 年 3 月 D 社に入社し 海上運送法の規定に基づき運航管理規程の作成が義務づけられた同 45 年 10 月同社の運航管理者となり 以後本件発生時にいたるまで引続きその職にあった 運航管理者は 輸送の安全確保についての統轄責任者で 日常的な業務として 1 各船の動静把握 2 気象 海象の情報収集並びに伝達 3 荒天対策 4 各船長との連絡協議などがあり C 指定海難関係人は 各船の動静把握については 各船から主要地点の通過時刻の報告を受け また荒天時には積極的に連絡をとり 気象 海象の情報収集並びに伝達については 気象ファクシミリや天気図の活用に努めるとともに 台風などの荒天時には 刻々に気象情報を入手して各船に提供し 荒天対策としては 時化のおそれある場合には かさ高の車を積むなとか 固縛の増し締めを行えなどの具体的指示に及び また 台風の場合 避難または運航中止の指示を行うが これは船側の発議に基づいて行っていた 就航船舶の発着する各港営業所には 運航管理者代理または副運航管理者を長とする運航管理要員が在勤し 運航管理規程に基づき 本社の運航管理者の指揮のもとに 各船宛の指令の伝達 教育指導及び連絡に当っていた C 指定海難関係人は 機船ふたば機船グレート ビクトリー衝突事件を機に 運航管理者会議を発足させ 原則として2か月に1 度細島港の日向営業所で開催し これには運航管理要員のほか 在港船船長 機関長 一等航海士 一等機関士及び通信長の参加を求め 船舶職員の教育指導と各航路の実情把握に努めていた 三神戸航路の第 2 基準航路と航法指導神戸航路には 運航管理規程により第 1 基準航路 ( 土佐沖経由 ) と第 2 基準航路 ( 瀬戸内海経由 ) の 2ルートが定められていたが 原則として第 1 基準航路が使用され 第 2 基準航路使用については 同規程に次の規定がある 第 8 条第 2 項第 2 基準航路は 風速毎秒 20メートル以上 波浪の高さ4メートル以上であって かつ 船長が航行の安全上必要と認めたとき あるいは 船舶の損傷等によりやむを得ない場合のみ運航管理者と協議して使用する ただし 事前に協議のいとまのない場合は 事後すみやかにその旨を運航管理者に連結する 第 2 基準航路を使用した場合の神戸 細島間の所用時間は 第 1 基準航路の14 時間 20 分に対して 約 2 時間長くなるが 発航前あらかじめ乗客に対して説明が行われるので乗客から苦情が出ることはなく また 外航船船長の瀬戸内海通航の回数と比較すれば 各船長に通航不慣れの心配は全くなかった C 指定海難関係人は 第 2 基準航路使用にかんがみ 狭水道航法について 年 1 回社外の人 主として商船大学の教授に乗船指導を依頼し また 運航管理者会議その他の機会に 海上衝突予防法 海上交通安全法 港則法等の法規の遵守 特に 海図上の推薦航路を適航する場合は支障のない限り海図記載の推薦航路線を5ケーブルぐらい離した右側航行の厳守や 他船避航にあたっては十分余裕のある時
機に大角度に転針し ためらわず機関を使用することなどを強調指導していた 第二さいとばる一経歴と構造さいとばるは 旅客船兼自動車渡船で 昭和 47 年 4 月 22 日 E 株式会社がF 株式会社下関造船所へ発注して建造され フェリーかしいと命名のうえ 新門司 名古屋間の定期航海に従事していたが 昭和 51 年 11 月 10 日 D 社に売船され さいとばると改名して神戸 大阪航路に就航した 本船は 全長 140.85メートル垂線間長さ128.00メートル幅 22.40メートル深さ13. 00メートル喫水 5.50メートルで 船体には上方から下方へ順にコンパス甲板 遊歩甲板 A 甲板 B 甲板 C 甲板及びD 甲板があり 遊歩甲板を船橋及び士官居住区 A 甲板を旅客 503 人 運転手 8 0 人の合計 583 人を収容できる旅客区画 B 甲板を乗組員居住区とし C D 甲板は 乗用車 30 台 トラック92 台が積載可能な車両甲板で D 甲板の前 後端にはそれぞれゲートドアが設置され D 甲板が隔壁甲板となっていたが 本船建造にあたり 鋼船構造規程及び自動車渡船構造基準等の適用されるべきすべての法規に適合することはもちろん 昭和 46 年 4 月 14 日付運輸省船舶局長通達 ( 船査第 27 号 ) に基づき フレーム番号 10 20 30 47 64 95 113 125 137 1 49 162 及び174の各位置に水密隔壁を設けて 船尾から船尾水槽 11 番ボイドスペース ( 以下 ボイドスペースをボイドと略称する )10 番ボイド C P P 室 8 番ボイド 主機室 補機室 ストア及び4 番ボイド 3 番ボイド2 番ボイド及び2 番脚荷水槽 1 番ボイド及び1 番清水槽 バウスラスター室並びに船首水槽の13 区画に区割し これらのいずれの隣接する2 区画に浸水しても限界線が没水しないよう建造され 車両区画のビルジは直接舷外に導くよう配管されていた また 主機室の前 後壁及びC P P 室前壁の各下端中央部付近にはスルースドアーが設置されていたが その開閉は 各ドアー至近の油圧ハンドポンプ及びD 甲板の機械室入口区画に設置された遠隔操作装置で行い リミットスイッチ表示燈及び警報ベルでその開閉の確認が行えるようになっていた 更に 膨張式救命筏 綱梯子及び降下式乗込装置は遊歩甲板両舷に設置され 旅客区画のあるA 甲板から遊歩甲板にいたる通路として旅客区画前部の入口広場両舷及び同区面の後端から幅広い階段が設置されていた これらの配置模様は第 1 図さいとばる一般配置図 ( 省略 ) で示す
二各槽使用区分 船内電源及びポンプ類 ( 各槽使用区分 ) 船首尾水槽及び二重底区画槽の使用区分は 次のとおりである ( 船内電源 ) 出力 712.5KVAの発電機 3 基は 補機室に設置され 船内電源となっていたが これらが使用できない非常の場合には 24ボルト及び100ボルトのバッテリーに切り替えられ これらが非常燈の点燈等応急の用に供せられることになっていた しかし そのうち100ボルトのバッテリーは 電路が補機室の配電盤に導かれているため 同室に浸水すれば 使用不能となる状態であった ( ポンプ類 ) 本船には 排水能力 1 時間 1,000トンのヒーリングポンプ 同じく150トンの雑用兼消火ポンプ バラスト兼消火ポンプ等が設置されていたが いずれもその動力は前示発電機によって供給される電力で そのうち ヒーリングポンプ及び雑用兼消火ポンプは補機室に バラスト兼消火ポンプは機関室に設置されていた 三第 79A 次航 ( 本件発生 ) の発航準備 1 第 2 基準航路使用の決定同 53 年 9 月 5 日受審人 Aは 神戸港において発航準備中 台風 15 号が紀伊水道沖を北西に進行中であるとの情報を得たので 早速副運航管理者 Gを介し C 指定海難関係人と協議して第 2 基準航路を使用することを決定し 発航前この旨を船内に周知した 2 自動車等の積込み積込みは 一等航海士 Hが指揮をとって発航の1 時間ばかり前に開始され 乗用車 69 台 トラック69 台 ( シャーシーのみ5 台を含む ) 及び自動二輪車 2 台を 若干の乗用車を除いてはすべ
て船なりに積込み このほかコンテナ4 個も搭載された ( ほかに自船用ワゴン2 台存置 ) C 甲板は 受審人 Bの監督のもとに甲板手 4 名 ほかに陸上作業員の応援を得て 乗用車の全量 トラック26 台及びコンテナ全量 ( ほかに自船用ワゴン2 台 ) D 甲板は 左舷側を三等航海士 I 右舷側を甲板長 Jの監督のもとに甲板員 陸上作業員でトラック43 台及び自動二輪車 2 台をそれぞれ積込んだ その積載場所の概略は第 2 図自動車積付概略図 ( 省略 ) のとおりである 積込みにあたっては 大型トラックでも総重量が軽く 高さの低い安定性の良い車をC 甲板積みとし これに反する重量車 かさ高車はすべてD 甲板に積付けられ また C 甲板は左舷側が D 甲板は右舷側が重くなるよう積付けられて総体で左右重量のバランスがとられ 運転手が 自動車を所定位置に乗り込ませた際は 傾斜に逆らうようギヤーを入れ サイドブレーキを必ず引くよう指示し 乗組員自身でも車体を押して動かないことを確かめていた 3 自動車の移動防止航行中の自動車の移動防止措置としては 木製ウェッジ バンドウェッジ (2 個のウェッジを車輪の前後にかませ これをバンドで張り合わせる ) カーストッパー( 径約 14ミリメートル- 以下ミリと略称する -のワイヤロープと クローバーリーフ- 甲板上の固定金具 -とを使用して車輪を斜めの方向からデッキに係止する ) 及びオーバーラッシング ( 厚さ約 5ミリ 幅約 100ミリの帯状ナイロンロープを天井のリングとデッキ上のクローバーリーフに張り渡し その間に自動車を固縛する ) などの方法が用いられ 船なりに積まれた乗用車及び小型トラックは ウェッジ 2 個を対角線の車輪にかませる程度であるが 大型トラックには 並通ウェッジのほか バンドウェッジを後輪に1 個及びカーストッパー前後各 1 本を張り合わせ かさ高のトラックには これらに加えて車の転倒を防ぐためオーバーラッシングを行った これら移動防止措置は 航行中 約 2 5 度傾斜しても横転しないことを目安に施されていた 4 燃料油 潤滑油 清水及び海水バラストの搭載量発航時の各タンク別搭載量は 次のとおりである すなわち 燃料油搭載量については A 重油が 7 番 F O T(P 左舷燃料油タンクの意 ) 10キロリットル ( 以下 この項においては 燃料油及び潤滑油の記載単位のキロリットルを単にキロと呼称する ) (S 右舷の意)12キロ 補機室サービスタンク8キロ及びセットリングタンク6キロで C 重油が 4 番 F O T(P)35キロ (S)30キロ 5 番 F O T(P) 65キロ (S)15キロ 主機室サービスタンク17キロ及びセットリングタンク8キロである 潤滑油については 主機 LOドレンタンク (P)9.5キロ 減速機 LOタンク (P)5.5キロ (S)5.5キロ C P P L O T( 軸室 )(P)1.7キロ (S)1.7キロ C P Pリザーブタンク ( 軸室 )1.5キロ LOセットリングタンク ( 主機室 )2.0キロ LO リザーブタンク ( 主機室 )3.0キロ 過給機 LO( 主機室 )5.0キロ及びビルジタンク( 軸室 ) 10.0キロである 清水は 1 番清水槽に約 120トン また 海水バラストは 船首水槽に約 160トン ( ただし 発航後間もなく全量排出している )9 番脚荷水槽に約 50トン及び11 番脚荷水槽に108トンとなっていた 第三衝突
一さいとばるの神戸発航から衝突にいたるまでの経過さいとばるは A 受審人ほか45 名が乗り組み 乗客 199 名 車両 142 台及びコンテナ4 個を載せ 同年 9 月 5 日午後 7 時神戸港第 6 区神戸フェリーセンターを発し 発航後まもなく船首水槽の海水バラスト全量を排出して船首 4.76メートル船尾 6.08メートルの喫水をもって細島港に向かった A 受審人は 発航以来終始船橋にあって運航の指揮にあたり 当直航海士 1 名のほか 甲板部員 1 名を見張りに 他の1 名を手動操舵につけ 明石海峡 播磨灘 備讃瀬戸東航路及び同北航路を経て航海を続け 翌 6 日午前 0 時ごろH 一等航海士と交代して当直についたB 受審人を船位の確認と見張りにあたらせて進行し 同時 28 分ごろ六島燈台を350 度 ( 真方位 以下同じ )1,500メートルばかりに通過したとき 針路を備後灘推薦航路線に沿うほぼ253 度に定め 機関を全速力にかけ おりからの微弱な逆潮流に抗して約 18.3ノットの航力で続航した その後同航船や漁船を避航するため 左右に針路を転じながら続航し 同時 48 分ごろ備後灘航路第 5 号燈浮標 ( 以下 特記するもののほか燈浮標名に備後灘航路を省略する ) を左舷側 163 度 1,0 00メートルばかりに通過したが その後 A 受審人は 第 3 号燈浮標の南側からその北西方にかけて航路筋いっぱいに多数の漁船の存在を認め 止むなく右転して豊島南端ぎりぎりに近づく針路をとり 同 1 時 17 分ごろ第 3 号燈浮標から334 度 1,500メートルばかりの地点に達したとき 徐々に針路を左転し レーダスコープ上に第 1 号燈浮標の映像がほぼ正船首に認められる230 度とし 約 18. 6ノットの航力で進行し その後も漁船 同航船等の避航のため 針路を左右にほぼ5 度ばかりずつ転じ 同時 29 分ごろ鶴洋丸 ( 総トン数 1,550トン ) を左舷側 300メートルばかりに追い越し中で針路を235 度としているとき 第 2 号燈浮標を左舷側 700メートルばかりに並航し 同時 31 分ごろ針路をもとの230 度に復して続航した 同時 35 分ごろ第 1 号燈浮標から51 度 2.7 海里ばかりの地点に達したとき A 受審人は B 受審人と相前後し 右舷船首約 4 分の1 点 5 海里ばかりのところに チャンウォンの白 白 紅 3 燈を初めて認めたが 当時第 1 号燈浮標の北側航路内には多数の漁船が認められたので 同燈浮標に近づき推薦航路線に近くなったら漁船群の動向を見極めながら右に転針すればよいと考え そのまま進行した 同時 42 分ごろA 受審人は 同方位 1.5 海里ばかりに相手船の燈火を認めるようになったとき 自船が推薦航路線に著しく接近したことを感じたが 第 1 号燈浮標の北側には依然として多数の漁船が漁労中で また 同航船もおり 思い切って右転する機を得ないままいつしか推薦航路線の南側に進入し 同時 44 分少し前相手船に1,000メートルばかりに近づいたとき スターボード イージーを令して汽笛で短音 1 回を吹鳴し つづいてスターボードを令して回頭中 相手船と600メートルばかりに接近したとき その紅燈が少し強く見え 右転の気配を感じたので 相手船とは接近してはいたが互いに左舷を対して航過できるものと思い 第 1 号燈浮標が右舷側近距離にあることもあって同時 44 分少し過ぎ 船首が240 度ばかりを向いたとき 舵中央を令して相手船を見守るうち 間もなく 相手船の両舷燈つづいて緑燈のみが見えるようになり 激左転したことに気づいたので 驚いて同時 44 分半ごろ相手船が左舷船首約 1 点 450メートルばかりに迫ったとき 右舵一杯を令して右回頭中 衝突必至となり キックを利用して衝撃を和らげようと左舵一杯を令するとほとんど同時の同 1 時 45 分ごろ竜神島燈台から69 度 4.5 海里ばかりの地点において ほぼ270 度に向首したさいとばるの左舷側中央部にチャンウォンの船首が前方から約 85 度の角度で衝突した 当時天候は晴で 風はほとんどなく 視界良好で 潮候は下げ潮の初期で 衝突地点付近の潮流は
ほとんどなかった 二チャンウォンの衝突にいたるまでの経過及び同船の船体損傷模様また チャンウォンは 空倉のまま船首 1.70メートル船尾 3.83メートルの喫水をもって 同月 5 日午後 6 時 30 分三田尻中関港を発し 大阪港にいたる航行の途 船長 Kは 自ら運航の指揮をとって来島海峡の中水道を通過し 翌 6 日午前 1 時 25 分ごろ来島海峡航路第 8 号燈浮標から15 度 60 0メートルばかりの地点に達したとき 針路を56 度に定め 機関を約 13.4ノットの全速力にかけて進行し 間もなく当直中の二等航海士 Lに運航をゆだねて海図室に入り 来島海峡通航時の航跡のチェックに当たった 運航をゆだねられたL 二等航海士は 前示針路で燧灘の推薦航路線の右側をこれに沿って続航するうち 同時 40 分ごろ左舷船首約 4 分の1 点 2.4 海里ばかりのところに さいとばるの白 白 緑 3 燈を初めて認め 両船がこのまま進行すれば衝突のおそれある状況であったが そのうち相手船において第 1 号燈浮標の北側を通るよう右転するものと思い 念のため1 度右転して57 度の針路とするとともに ナッシング トゥ ポート ( 左に曲げるな ) を命じて進行した その後 L 二等航海士は 相手船において右転針の気配が認められないので衝突の危険を感じ 同時 4 4 分少し前相手船と1,000メートルばかりに近づいたとき 自船の右舷前方 200メートルばかりに同航船がいて これに近いとは思ったが ハードスターボードを令して右転を開始した そのとき海図室にいたK 船長は 前示操舵号令を聞き 急いで船橋に戻ったところ 自船が同航船寄りに右転しているので驚き そのころ さいとばるがすでに右転して白 白 紅 3 燈を示して接近していたのに この動向に注意することなく 同時 44 分やにわにハードポートを令して針路信号を行うことなく全速力のまま左回頭中 船首がほぼ5 度を向いたとき 前示のとおり衝突した 衝突の結果 チャンウォンは 船首から後方約 8メートル ( フレーム84 番付近 ) にいたる船首部を圧壊し 船首隔壁にいたる上部各部材を凹損し 船首水槽に浸水した 三衝突時におけるさいとばるの船体損傷模様衝突の結果 さいとばるは 左舷側中央より少し前方の船側外板に 高さ約 12メートル 幅 15メートルにわたり 上方からくさびを打ち込んだようなほぼ三角形の破口を生じた すなわち C 甲板上では 107 番フレームから126 番フレームにかけ 一部ではほとんどA 甲板直下の高さか及びD 甲板上部では112 番フレームから127 番フレーム 下部は112 番フレームから116 番フレームにかけ D 甲板下は下向きのくさび形に113 番フレームで喫水線 4.30メートルに達した このほか 衝突箇所付近の隔壁 (113 番フレーム ) C D 各甲板及び4 番ボイド頂板に凹損を生じ また 舷側付近に設けられた諸管 (4 番ボイドの空気管 1 番清水槽に通ずる径 125ミリの清水管並びに4 番 F O T(P) 後部及び5 番 F O T(P) 前部の各気管 ) も破損した なお これらの損傷状況は 第 3 図破口状況説明図で示す
第四さいとばるの救難作業と転覆一衝突後の措置衝突後 A 受審人は 直ちに機関停止を命じて惰力で進行し 船内に 総員起し を放送して乗組員を非常部署につけ 同 1 時 45 分少しすぎ思いついていままで左舵一杯にとっていたのを舵中央に戻し つづいて今治海上保安部に緊急通信を発するとともに おりから昇橋した一等航海士 Hに損傷模様の調査を命じたが 各タンクの浸水状況を把握するため その測深を命ずることに思い及ばなかった B 受審人は 衝突後直ちに船橋の時計により衝突時間を確かめ 機関室に衝突を知らせたところ 機関当直中の二等機関士 Mから補機室に浸水した旨の知らせを受け 直ちにA 受審人に報告したのち 同時 48 分ごろレーダで九十九島の方位 距離を読み 海図にあたって船位を同島山頂から142 度 2, 600メートルばかりに測定し A 受審人に報告した 同時 50 分ごろ浸水のため発電機が停止して全船電動力を失い ( ブラックアウト ) 同時に補機室に回路を有する100ボルトの非常用バッテリーも使用できなくなったので 24ボルトの非常用バッテリーを電源とする電話 サーチライト及び無線関係の機器も除き 船内放送マイクの使用及び一部非常燈の点燈が不可能となり その後の各部の連絡は 伝令と携帯用マイクに頼り この非常燈の消燈は 乗組員 乗客の船内通行に多大の障害となった その後 A 受審人は B 受審人に投錨を命じ 同時 55 分ごろ竜神島燈台から69 度 3.9 海里ばかりのところにおいて左舷錨を投じ 錨鎖を約 8 節延出して錨泊した また一方 二等機関士 Mは 機関当直中 補機室を見回り同室台甲板に上がり 冷凍機に近づいたとき 衝突の衝撃を受けてよろめいたが このとき同室前方隔壁と左舷外板との固着部付近から船尾方向
に向け海水が奔入するのを認め 急いで主機室のコントロールルームに戻り 船橋及び機関長に報告のうえ 再びD 甲板を通って補機室に赴いたが 主機室に通ずるスルースドアの閉鎖を思い立ち 主機室に引き返して同ドア付近に降りたところ 海水はすでに同ドア口を通って主機室に流入している状況であったので 早速自ら同ドアのハンドルを回して同 1 時 50 分ごろこれを閉鎖した機関長 Nは 衝突後主機室に赴いたとき ザーッという滝のような音を聞いたが 同 5 時ごろ浸水状態点検のため3 度主機室に赴いたとき その音が主機室中段に設けられたコントロールルーム床下の前部隔壁部分で 左舷主機の少し左舷寄りにあたる電らん貫通部から噴出する海水の落下音であることを確めた 更にまた 一等航海士 Hは 衝突の衝撃で目覚め 直ちに昇橋してA 受審人の指示を受け 懐中電燈を携えてまずC 甲板に赴き 衝突箇所付近の破壊の模様及び1 2 台追突状態になっているほか他の車両は整然としていて火災発生のおそれはないことなどを見届けたのち 主機室に回り 補機室へ通ずる主機室前面のスルースドアがすでに閉鎖されているのを認めたが 補機室に侵入した海水が 同ドアの合わせ目から少量噴出し これが補機室内の水面の上昇につれて噴出する高さがドア上端に達する勢いなので 主機室内の乗組員に退出するよう呼び掛けたうえ船橋に戻り A 受審人に補機室の浸水模様 スルースドアは閉鎖されているが 同ドアの漏水模様から水圧で破損すれば危険である旨を報告した しかしながら H 一等航海士も測深して各タンクの浸水の有無を調査することには考え及ばなかった A 受審人は H 一等航海士の報告を受け 同 2 時 10 分ごろ総員退船を決意し すでに電源を失い 船内放送用マイクが使用できなかったので 乗客に対しては 事務長を通じて 退船準備のため救命胴衣を着用して後部遊歩甲板上に集合するよう指示するとともに B 受審人にはゴムボートを降ろし いかだを投下して退船に備えるよう指示 甲板部員の手で直ちに実行された やがてA 受審人は 同甲板に赴き 集合した乗客にデッキに座ってもらったうえ 状況説明と挨拶を行ったので 乗客に混乱なく その後乗客は 乗組員の誘導に従い 整然とライフラフト及びゴムボートに分乗を開始し 同 3 時 10 分ごろには乗客全員及び乗組員の大部分は 退船を完了し 漂流するうち 救助にあたった各船に無事全員移乗し さいとばるにはA 受審人ほか8 名が残留するのみとなった 二 D 社社内の救難対策 9 月 6 日午前 2 時 13 分ごろC 指定海難関係人は 本件発生の第一報を受け 直ちに当時台風 15 号対策のため本社において警戒配置についていたO 海務部長に本船との連絡を指示し えい航をサルベージに依頼し その後海務部長及び日向営業所から刻々の情報を受けてその対策及び関係官庁に対する報告を指示するとともに 運航管理規程に基づく対策本部の設置を社長に進言した そこで同社は 社内首脳及び関係職員を本社に召集し 同 4 時ごろ本社非常対策本部 ( 本部長 P 社長 副本部長 Q 常務及びC 指定海難関係人 ) 並びに現地対策本部 ( 本部長 R 副社長 ) を設置し 全社的なスタッフでその後の救難活動に当たった 三さいとばるの衝突後の浸水及び横傾斜模様 1 浸水箇所 (1) 初期の浸水箇所衝突と同時に生じた破口から 4 番ボイド及び ストア (4 番ボイドの上の区画 ) と補機室との隣接 2 区画に海水の奔入が始まり 空気管の破断により4 番 F O T(P) 及び5 番 F O T(P) にも海水が流入している
(2) 連続して海水が流入した箇所補機室 主機室間のスルースドア閉鎖が行われる前に補機室から主機室に海水が流入したが ドアが閉鎖された後もそのスルースドアのすきまや電らん貫通部からの主機への漏水が続き また 補機室の天井に近いところの清水管の破断により1 番清水槽にも海水が流入した (3) 船体横傾斜約 11 度以後における海水流入り箇所浸水による乾舷の減少と横傾斜との増大によって 船体が約 11 度横傾斜したときD 甲板が海面下に投入し それによってD 甲板上にも浸水が続いた そのほかにも D 甲板上の空気管の破損により3 番ボイド及び3 番 F O T(P) にも海水が流入したと十分考えられるが これを認める証拠が十分でない 2 衝突後転覆にいたる左舷横傾斜の変化その傾斜変化を時刻と傾斜角度とを軸とするグラフに描いたものが 第 4 図船体横傾斜角の経時変化である すなわち 衝突の結果生じた前示破口から直ちに激しい海水の流入があり B 受審人が投錨後 船体の左舷傾斜に気づき 午前 2 時ごろクリノメーターで約 8 度を確認し 同 2 時 30 分ごろ同受審人がD 甲板へ破口部の調査に赴いたときには約 10 度の傾斜であり 当時の海面はあと30センチでD 甲板に達する状態であり 同 5 時 30 分ごろ同人が白扇に移乗したが そのころほぼ12 度の傾きであった 同 6 時 30 分から40 分ごろにわたり潜水夫による破口調査が行われたが そのころB 受審人は さいとばるの船体図面を取りに同船に赴き 約 13 度の船体傾斜を確認した 四えい航及び転覆同 3 時 30 分ごろ今治海上保安部の巡視艇が来援して警備にあたり 同 5 時少しすぎS 株式会社手配
の引船白扇 ( 総トン数 131トン 1,200 馬力 ) 及び愛船丸が来援し えい航用意のため さいとばる乗組員に協力して錨鎖の電気切断にとりかかるうち 同時 15 分ごろ引船大浦丸 ( 総トン数 254 トン 3,000 馬力 ) も来援し 直ちにえい航準備についた 同時 30 分ごろ錨鎖切断が終わり 大浦丸から径 9センチの化繊ロープ1 本を延出してさいとばるの右舷船首のフェアリーダを介してボラードに先端のアイを掛け 120メートルばかりの長さのところで大浦丸のえい航フックにとってえい航準備作業を終え そのころさいとばるに残留していたA 受審人ほか乗組員 8 名は 白扇に移乗した 同 5 時 35 分ごろS 株式会社の作業責任者として大浦丸に便乗していた起重機船長門の船長 Tは 大浦丸に機関を極微速力ないし微速力にかけるよう指示し 当時強い南西流のためさいとばるの船首が北東方に向いていたので とりあえずその船首方向に引き しばらくは行先が決定しなかったのでさいとばるの船体を潮流に支える程度の速力で 徐々に横島方向に向かいえい航を開始した A 受審人は 白扇船上からトランシーバーで大浦丸とえい航先について打ち合わせ 浸水が3 区画浸水なら危険だが 主機室に流入したのは大した量でないから これを2 区画半と考えて修理の時間的余裕があると思い 来島ドックへのえい航を主張し 来島海峡通過を危険とし 付近陸岸に寄せようとするサルベージ側と意見が折り合わなかったので 同 6 時 15 分ごろには大浦丸に移乗して話し合いを続けた 同 6 時 30 分ごろから同時 40 分ごろにわたり 潜水夫による破口部調査が行われた結果 船体の沈下が続き 船体傾斜も徐々に大きくなり 長時間の船体維持は困難と判断されたので A 受審人もサルベージ側に同意して大島東端の照埼付近の浅瀬に任意乗揚を決定 同 7 時ごろ照埼から183 度 1, 000メートルばかりのところにおいて T 船長は 大浦丸船長にその旨を伝えて増速を指示し 白扇にもさいとばるの船尾を押させて約 2ノットのえい航速力で続航した その後大浦丸は 潮流の影響でさいとばるの船首を常時左寄りに引く状態でえい航し えい航力が強まったり えい索の角度が左に大きくなると さいとばるの船体傾斜が一時的に増大する不安定な状態が認められたので T 船長は その都度 余り強く引くな と指示した 同 7 時 12 分ごろ大浦丸が照埼の南方 300メートルばかりのところに接近したとき さいとばるの船首の沈下が著しく 船尾が浮上して来たのが認められ その後 150メートルばかりに接近したとき 同船の船体傾斜が約 25 度ないし30 度に達し 自動車の積荷が落下するのが見受けられたので T 船長は 同船の転覆が迫ったことを感じてえい索を離したところ さいとばるは 惰力で陸岸に近づき 同時 16 分半ごろガラガラと車両の倒れる音をひびかせながら傾斜を深め 同 7 時 17 分ごろ照埼南方約 60メートルの地点で水深約 15メートルのところに さいとばるは 船首をほぼ30 度に向け 左舷に転覆した その後さいとばるは 照埼沖合において船体をD 甲板付近で上下に2 分され 広島県 Uに運ばれ解体された 第 3 部結論第一本件適用の航法等の検討一海上衝突予防法第 15 条 ( 横切り船の航法 ) について本件の場合 舷燈のみについていえば さいとばるは相手船の紅燈のみを チャンウォンは相手船の緑燈のみを認め 衝突のおそれある態勢で接近したことは証拠上明らかである 従って 本条を適用すれば さいとばる側に第 1 避航義務があり 後述の推薦航路における船員の常
務としての航法と結果を一にする もし 両船の一方または双方が 推薦航路線に沿わない方向に進行する船舶であったのであるならば 本条の適用によりこれを律すれば足りるが さいとばる チャンウォン両船は いずれも備後灘航路 ( 海上交通安全法若しくは港則法に規定される航路ではないが 海上保安庁刊行の燈台表に備後灘航路名を冠して呼称される燈浮標列で導されている水路をいう 以下同じ ) をこれによって東西行する船舶であり 両船の運航者のひとりとしてこれを否定する認識に立つものはなく 一方 さいとばるが推薦航路線の左側に入ってからでは すでに横切り船の航法をうんぬんするには時機が遅いのであるから 同種海難防止上の見地から あえて本条をとらず 次項の航法によってこれを律するのがより妥当であると考える 二推薦航路における船員の常務としての航法について瀬戸内海において 船舶の通行の比較的多い海域には安全航行の便益のため 海図上に推薦航路線が記載され その多くは要所に燈浮標が設置されてこれを明示している 備後灘航路もその一例である 太平洋戦争の終了後 主要水路において 利用船舶の進行方向に その地形 潮流などの自然的条件を考慮し 500メートル 1,000メートルなどの一定幅にわたり 戦時中敷設された機雷の掃海を行い これを掃海水路と称し 通航船は この狭い水路を通る限り触雷の危険から守られ 燈浮標列をはさんで右側航行を励行した その後 掃海が完了して水路幅のわくが外されても これらは推薦航路として永年にわたって常用され その水路に沿って通航する船舶は 水路のほぼ中央の燈浮標列を左舷に見て進行することを船員の常務として遵守し このことが海難防止上大いに効果を挙げた 掃海水路は 特定水域航行令を経て そのうち特に船舶のふくそうする海域については 昭和 48 年 7 月 1 日施行の海上交通安全法が適用され 各航路により右側航行 一方通行などの航法が規定された 本件衝突が発生した備後灘航路は 海上交通安全法に規定された航路ではないが 前示の歴史的慣習を考えれば この航路によって東西行する各船舶にとっては 設置された燈浮標列を左舷に見る進路で通航することが船員の常務であり これらを守らず衝突した場合 責任の一端を負わなければならない 本件において さいとばるが 備後灘航路を斜航し 推薦航路線の南側に進出したことは船員の常務に反する行為であり その南側を東行するチャンウォンに緑燈のみを示して著しく接近する結果となり 同船に衝突の危険を感じさせ 臨機の措置として避航動作をとらせることとなった すなわち さいとばるの右転措置が遅れて航路線の左側に入り チャンウォンに著しく接近したことは 衝突の原因となることは疑いのないところである 三チャンウォンの避航措置さいとばるが接近し 衝突のおそれがある場合 チャンウォン側においても避航措置を講ずることが要求される さいとばるが推薦航路線を横切る態勢で接近してくるのであるから チャンウォン側は 相手船における右転避航を全面的に期待して避航措置をとらず著しく接近して危険となるのは最良の策ではない チャンウォンは 自船の右前方には刻々追いつく同航船が存在するのであり 万一 さいとばるが全く避航せず 自船が同航船に並列となれば避航の余地がなくなるのであるから それ以前に速力を減じるなどして同航船の後方を余裕を以て右転できる態勢としておくべきである この場合チャンウォンに針路速力の保持義務はない しかるに チャンウォンが 相手船の右転避航を期待し これと著しく接近するまで同航船と並列に
進行し 近づいてから右転避航の措置をとったが その措置が遅きに失したため 同航船との衝突が危 ぶまれ 左舵一杯に切り替えし さいとばるの前路に進出したことは衝突の原因となる 第二さいとばるの転覆にいたる物理的経過一衝突直前における船体の状態計算の便宜上 大差がないとして発航直後 ( バラスト排水後 ) の喫水を引用する すなわち 船首喫水 4.76メートル 船尾喫水 6.08メートル中央喫水 5.42メートル 船尾トリム1.32メートル排水量 8,274トンまた 鑑定書より浸水直前の値であるKG9.466メートル及び燃料タンク等諸タンクの液体自由表面の慣性モーメント2,058.86m 4 を引用しKGo9.71メートルとする 二衝突後初期の浸水 1 破口と喫水前示船首尾喫水から 113 番フレームにおける喫水は5.275メートルとなり 113 番フレームにおけるストア床板の喫水線下深さ及び補機室台甲板の喫水線下深さは ともに0.275 メートルであるから 破口下端は 喫水線下 0.975メートルとなり 補機室 ストア及びその直下の4 番ボイドには 直ちに海水が奔入したことは明らかである 破口と船体区画との関係を第 3 図にすでに示したが その後 浸水が進み 船体の左舷傾斜増加後の水線の変化模様を第 5 図喫水線変化図で示す なお 図中 右上の 約 13 度傾斜時喫水 は えい航中の写真四葉を拡大して検討し 当時の状況を推定したものである
2 主機室への浸水補機室へ奔入した海水の水かさが スルースドア開口部の下端を超えて主機室に流入し 二等機関士が同ドアを閉鎖するまで続き 閉鎖後は そのドアのすき間と電らん貫部からの漏水が続いた この主機室への浸水量は N 機関長に対する質問調査中 5 時ごろの浸水状況及び電らん貫通部などからの漏水模様についての各供述記載に徴し 13 度傾斜時には約 135トンに達したものと認められる 三初期の左舷傾斜 1 積荷の移動衝突による積荷の移動は C 甲板においては 一等航海士が1 2 台の車両が追突状態になっているほか異状ないと認めており D 甲板においても B 受審人がほとんど移動していないことを認めている これら両人の供述は 積荷の移動防止措置の模様からも十分肯認されるので 初期の船体傾斜に積荷の移動は関係ないものと考えられる 2 船体横傾斜 ( 左 ) の経時変化 A B 両受審人をはじめ他の乗組員の各質問調書中 各時刻における傾斜角度についての供述記載によりプロットし 衝突後における船体横傾斜の経時変化を図示したものが 第 1 部事実 第 4 3に掲げた第 4 図である 3 初期の流入量横傾斜は 第 4 図中の破線のような経過をたどったと考えられるので 初期の流入量を 角度 6 0 度の 三角せき の公式を用いて概算すると 流量及び流入海水重量は 次表のとおりとなる 表に示した計算結果を図示すると 第 6 図流入海水重量のようになる 流入海水が約 600トンに達した時点において破口下端と流入海水表面とが同一面となり その後は流入量が徐々に減少するので 流入海水重量は 図中鎖線 Woのように奔入し続けるものでなく 実線 Wの傾向を示すものと思われる
4 横傾斜の生起すなわち 浸水当初は 破口から補機室二重底上及び4 番ボイド二重底上に海水が流入するとともに これらの台甲板上並びにストア床上にも流入する これら4 箇所の流入海水の遊動水影響による重心の見掛け上昇は大きく 負のGMとなるので 破口側の左舷傾斜を生起する しかし これら初期の遊動水影響は 横傾斜の増加に従って急激に減少し 続いて浸入する海水は重心を下降させるので転覆することはない
5 破断パイプからの海水流入 4 番 F O T(P) 及び5 番 F O T(P) 各余積には 空気管の破断箇所が水中に没した時点で また 1 番清水槽には 船体傾斜 8 度前後で清水管の破断箇所が水中に没し いずれも海水が流入を開始する 四相当量浸水による復原海水の相当量が流入した時点においては 船全体の重心は下降するとともに 遊動水の自由表面は それぞれの区画ごとに一体となって重心の見掛け上昇は減少し 正のGMとなる 従って浸水当初に生じた左舷傾斜は 4 番 F O T(P) 5 番 F O T(P) の海水流入による傾斜モーメントとつりあう角度 ( 注 参照) まで復原しなければならない しかし この傾斜角まで復原したという事実は認められない これは 主機室 補機室間隔壁のスルースドアを閉鎖する前の主機室への流入海水 閉鎖後のスルースドア間隙及び同隔壁電らん貫通部などからの漏水等により主機室に生じた遊動水影響とみることができる 主機室における遊動水影響は多大で 4 番ボイド及びストアと補機室との2 区画浸水時のGMは負となり 0 度から始まるGZ 曲線は負の値を続けるが 機関室における少量の流入海水の遊動水影響による重心の見掛け上昇が 横傾斜角の増加につれて減少し ある角度でGZ 値は正となる 従って この理由により前示つりあい角度まで復原しなかったものと判断される 注 つりあい角度は 造船所の区画計算によれば2.8 度 ただし この値は4 5 番 F O T (P) が海水で置換えられたた場合である 両タンクに一部海水流入の場合約 1 度となる 五左舷横傾斜角の漸増午前 2 時ごろB 受審人が8 度の船体傾斜を認め その後の乗組員の各供述は 船体傾斜が少しずつ増加していることを示し 13 度付近までは1 時間約 1 度の割合となっている GZ 曲線のGZが負から正となる傾斜角は 連続した主機室への漏水と 破断清水管さらの1 番清水槽への流入海水とにより次第に大となるので 船体の横傾斜が漸増する また 1 番清水槽への海水流入 D 甲板上への浸水等は 船首トリムを増加させるので これも横傾斜の漸増に寄与したものと考えられる 六照埼付近に向けえい航開始時の船体傾斜午前 7 時ごろ増速し 照埼付近へ向けえい航を開始したのであるが その少し前 船体傾斜が約 13 度であったことは 第 4 図のとおりである 13 度横傾斜時について その浸水模様 ( 浸水箇所 浸水率 各箇所の海水重量及びそれらの重心位置 ) からKGを慨算し D 甲板下のクロスカーブよりGZ 曲線を作成すると GZの最大値は約 0.4 5メートルで その角度は約 14 度 ( つり合い限界まで約 1 度 ) である また 13 度横傾斜時と同一箇所にそれぞれ同量の流入海水があったとして 直立時の場合についてそれぞれの重心と流動水面の慣性モーメントからKGoを求めると GoMは負となり そのGZ 曲線は完全に負の曲線となる しかし 主機室への流入海水が少量 (135トン) であるので それだけの遊動水影響の横傾斜による減少を考慮したGZ 曲線を概算作成すると 約 12 度ないし13 度付近のみでやや正となる曲線となり 前記計算とほぼ一致する なお この計算では 主機室に約 150トン以上海水が流入するとGZ 曲線は完全に負となる 従って これらの計算により このえい航開始時点のさいとばるは 復原モーメントと流入海水によ
る転覆モーメントとのつりあいを保てる限界角度直前に達しており えい航による斜横引きがなくても 前項に述べた各所への流入海水の増加によって30 分も経ずして転覆していたと推認される 七えい航による影響潮に立てた微速力えい航は 横傾斜に対してほとんど影響はない 照埼に向け加速してからの左舷傾斜側に向っての斜横引きは 横傾斜を増大させ 転覆時機を多少早めたものとも思われる しかしながら 大浦丸が さいとばるの船首を60 度の角度で横引きしたとして えい航速力 当時の潮流 さいとばるの全抵抗などから 真横への張力は8.56トン 転覆モーメントは 98.44トン メートルと計算され GZ 相当値は1センチメートルに過ぎない この値は 4 番ボイド及びストアと補機室との隣接 2 区画のみに浸水があったとして概算作成したGZ 曲線の GZ 最大値 11.8センチメートルの約 12 分の1であるので 斜横引きによる影響はわずかである 八転覆漸増した浸水は 復原力を次第に減少させて船体横傾斜を増加し ついに復原力を消失して急速に傾斜を早め 貨物その他の転倒 左舷側への落下を誘起して転覆したものである 第三原因判断一衝突原因について本件衝突は 燈浮標列により推薦航路線が示されている備後灘において 夜間さいとばる チャンウォン両船が互いに推薦航路線の右側にあり 西行するさいとばるが 推薦航路線に近づく針路で進行し 東行するチャンウォンが 同航路線に沿って進行中 両船がそのまま進行すれば 推薦航路線の南側で衝突のおそれがある場合 さいとばる側において 同航路線の右側で チャンウォンに著しく接近しないうちに針路を右転して同線に沿う進路とすべきであったのに この措置をとらず 推薦航路線を横切ってその左側に進入したことに因って発生したが チャンウォン側において このような場合 自船の右前方には徐々に追いつく態勢で接近する同航船がいたのであるから 同船とさいとばるとの間で 進退に窮することにならないうちに 同航船の後方で右転するなど衝突を回避する措置を講ずべきであったのに その措置をとらず 相手船が右転して避航するものと期待するあまり 臨機の措置が遅れ 左転して相手船の前路に進出したことも その一因をなすものである 二さいとばる転覆について本件転覆は さいとばるがチャンウォンと衝突し その左舷側に 補機室 ストア 4 番ボイドの2 区画にわたる大破口を生じ 隣接 2 区画浸水となったが 当初奔入する海水が いまだスルースドアを閉鎖する余裕のないうちに主機室に浸入し また 同ドア閉鎖後も電らん貫通部及びスルースドア間隙より連続した流入があり 動力源浸水により排水し得なかったために 主機室内に漸増した海水の遊動水影響に基因した復原力消失に因って発生したものである 第四受審人等の各所為受審人 Aが 夜間備後灘の推薦航路線の右側を西行し 多数の漁船や同航船を避航して同航路線に近づく針路で進行中 同航路線の南側をこれに沿って東行中のチャンウォンを認め このまま進行すれば同船と衝突のおそれがある場合 同航路線の右側で チャンウォンに著しく接近しないうちに 針路を右転して衝突を回避すべき注意義務があったのに これを怠り 推薦航路線を横切ってチャンウォンに
著しく接近したことに職務上の過失がある 受審人 Bが 船長補佐やや不十分のきらいはあるが しいて過失とするまでもない A 受審人が 衝突後各タンクの測深を励行し 船体の浸水模様を把握すべきところ これを行わなかったことは遺憾であるが 当時の情況に徴し 転覆の原因をなしたものとは認めない A 受審人の所為に対しては 海難審判法第 4 条第 2 項の規定により 同法第 5 条第 1 項第 2 号を適用して同人の甲種船長の業務を1 箇月停止する 指定海難関係人 Cの所為は本件発生の原因とならないから 同人に対しては勧告しない 第五海難防止上の要望事項次に掲げる諸点は 本件審理により当審判庁が知り得た事実関係において 今後同種海難を防止するうえで その改善が強く望まれる問題点である 衝突防止については 当該船舶が航法を守って操船すべきことに尽きるが 衝突後における災害の拡大防止について 将来にわたり関係者の一層の研究を要望するものである 一スルースドアの完全閉鎖主機室前側のスルースドアは 二等機関士によって閉鎖されている ところが 一等航海士は 同ドアのすきまから漏水があったのを認め また 多くの乗組員が同隔壁の電らん貫通部の穴から主機室に海水が流入しているのを認めている これらの流水が広い主機室の底に広がり 遊動水となって大きく転覆に影響を与えている 主機室後部隔壁には更にスルースドアがあるが これが開放されておれば更に遊動水が増加する 本件のような多量の浸水の生ずる場合 浸水区画を最小限にくいとめるために すべてのスルースドアの完全閉鎖の励行とともに常時その完全整備に心掛けるべきである 二非常用の電源の隔離本件の場合 非常電源の一部回路が補機室を通っていたため 発電機とともに使用不能となり 一部非常燈の点燈 船内マイクの使用等ができなかった かかる船舶において 非常燈の完全点燈や船内周知手段の保持は 船内主要電源が機能を失った際 パニック防止 船客の誘導等に極めて重要である 発電機の損傷の際 同時に使用不能とならぬよう 非常用電源の位置 配線 容量などに十分な配慮が心要である 三タンクの測深励行船舶が衝突 接触 座礁等の事故に遭遇したときに 船舶の安全を確保するためには 船内への浸水の有無 ( 浸水場所 浸水量等 ) を直ちに確認し その対策をたてることが先決問題である そのために 測水管の設置が鋼船構造規程第 450 条のとおり義務づけられ 測水管は満載喫水線以上でいつでも近よりうる場所に達せしむべしと規定されている これは測水管の上端が位置する甲板上に如何なる貨物を積載した場合にも測水することができなければならない趣旨が含まれているのである 現在 カーフェリー 自動車運搬船 木材運搬船等甲板積み貨物の多い船舶では 積付けによっては測水管に近寄ることが困難となる 事故の拡大を未然に防ぐためには 測水管の設置場所 貨物の積付けに留意し 事故遭遇時のタンクの測深励行が望まれる 四救難対策の改善およそ船体傾斜を生じている遭難船をえい航する場合 えい航開始前にその傾斜を正常に復元するか
または 予備浮力を与えることは えい航中の転覆または沈没を防止するうえで重要なことである 本件において この対策をとることができたならば さらに長い間のえい航も可能となったと考えられる 近年遭難小型船の転覆 沈没事故が少なくない現状にかんがみ 前示措置が時と場合を問わず行なえるよう救難対策の改善が望まれる 五船長ほか乗組員の復原性に対する知識新造船が受渡されると船長に対して 船長のための復原性資料 が供与される しかしながら 同資料は時に船長にとって難解であり 船内において十分活用されていない場合が少なくない 作成者側は その記載をもっと平易に 実用に即したものに改訂すべきであり 乗組員側も復原性に対しての認識を深め この種の知識の習得に積極的に努力すべきである なお 海技免許と復原性の知識との関係にも注目したい 六外洋航行フェリーの海難本件が瀬戸内海航行中の衝突であったことは さいとばるの救難面から考えれば 不幸中の幸いといえよう 仮に 土佐沖航行中に同じ海難が発生したものとすれば 極めて重大な結果を招来するおそれがあることは 容易に想像される まず 遭難フェリーは 舷側に大破口を開けながら 長時間外洋のうねりの中で漂流しなければならない 救難船の到着には時間を要し 作業は困難を極める 船体の動揺は 転覆 沈没を早める 次に 船客のパニックは 人命救助作業の困難を増大する 激しい船体の動揺 見渡す限りの暗黒 船体の傾斜等は 救助される希望を失わせ 恐怖を増大し 乗組員の心理とも相乗効果でパニックを起こす これは タイタニック号の故事にさかのぼるまでもなく避難離脱を因難にし 人命救助作業の障害となる 本件の場合 A 受審人ほか乗組員の船客避難措置が 時宜を得 適切な配慮のもとに行われ 人命の損傷を皆無としたことは 賞讃に値し 深く敬意を表するところであるが 前記のことを考えれば 内海であったことが幸運であったことという面の自戒も忘れてはならない 外洋航行フェリーを運営する各社関係者は 一度海難を引き起こすと 極めて重大な結果を招来することに思いを致し 運航管埋対策及び救難設備の充実に万全を期するよう切に要望する よって主文のとおり裁決する