はじめに 皮膚糸状菌はケラチンを栄養源とする真菌の一群で, 皮膚糸状菌による感染症を皮膚糸状菌症という. 日本では, 皮膚糸状菌症を白癬, 黄癬, 渦状癬に分類し, 黄癬, 渦状癬を白癬と独立した疾患としているが, 欧米では黄癬, 渦状癬は白癬に含まれている. 白癬は, 皮膚糸状菌の寄生が角層, 毛, 爪にとどまる浅在性白癬と, 皮膚の深部 ( 真皮 皮下脂肪織 ), 内臓に寄生する深在性白癬に分類されている. しかし, 日本では皮膚糸状菌は毛 毛包内にとどまるが, 毛包周囲に強い化膿性炎症を来たした浅在性白癬, つまり, ケルスス禿瘡, 白癬性毛瘡まで深在性白癬として扱われてきた. 現在, これらは ʻいわゆるʼ 深在性白癬 あるいは 炎症性白癬 として浅在性白癬の範疇で理解されつつある. 2) カンジダ症カンジダは消化管, 腟, 口腔, 咽頭などの粘 皮膚真菌症診断 治療ガイドライン 日本皮膚科学会から2009 年に 皮膚真菌症診断 治療ガイドライン 1) が発表されたが, このガイドラインを作成した背景には, 皮膚真菌症が皮膚科新患患者の12.3% と最も頻度が高い皮膚感染症であるにもかかわらず, その診断が正しくなされていないことにある. そこで当初, 日本皮膚科学会から 皮膚真菌症管理 治療ガイドライン という名前で日本医真菌学会と共同で作成するように依頼されたものを, 診断の重要性を喚起するため, 皮膚真菌症診断 治療ガイドライン と変更して発表した. そのため, このガイドラインは通常のQ&Aの形式となっていない. 1. 皮膚真菌症の概略 1) 皮膚糸状菌症 ( 白癬 ) Key words テルビナフィン, イトラコナゾール, クレナフィン, ルコナック 渡辺晋一帝京大学皮膚科 日内会誌 106:802~806,2017 Shinichi Watanabe Department of Dermatology, Teikyo University School of Medicine, Japan. 802 日本内科学会雑誌 106 巻 4 号
診療ガイドライン at a glance 膜や健常皮膚 ( 腋窩, 陰股部などの間擦部位 ) の表面にしばしば常在菌として定着している. したがって, カンジダが培養されたからといって, カンジダ症と断定はできない. 直接鏡検にてカンジダと思われる菌要素 ( ぶどうの房状の出芽型分生子集団や仮性菌糸 ) を証明することが, カンジダ症の診断に必要である. ただし, 爪カンジダ症や角質増殖型の皮膚カンジダ症, 食道カンジダ症では出芽型分生子がみられず, 白癬菌類似の形態を示すことが多い. 3) マラセチア感染症皮膚には種々のマラセチア属真菌が常在しており, これらの病原性に関してはまだ十分解明されていない. 今のところ, マラセチア属真菌による確実な感染症は, 癜風とマラセチア毛包炎 ( 同義語 : ピチロスポルム毛包炎, マラセチア痤瘡 ) である. 4) スポロトリコーシス土壌や植物に腐生するSporothrix schenckii ( 最近, 分子生物学的手法により, いくつかの Sporothrixが存在することが報告されている ) による感染症である. ステロイドを長期にわたって外用している症例では, 直接鏡検で多数の真菌要素が見つかることもあるが, 通常は皮膚生検材料の真菌培養を行わないと確定診断を下すことができない. しかし, 真菌培養は結果が出るまでに数週間を要するため, スポロトリキン皮内反応も有用である. スポロトリキン皮内反応は本症に特異的で, しかも陽性率が高いため, 診断的価値が高いが, 市販のスポロトリキン液は, 稀に偽陰性もあることに注意する. 5) 黒色真菌感染症自然界には細胞壁にメラニン色素を有しているために培地上で暗色にみえる真菌が多く存在し, これらは黒色真菌と総称されている. これらの黒色真菌による感染症を黒色真菌感染症と 呼ぶが, 黒色真菌感染症の分類, 病名, 定義に関しては多少の混乱がある. 一応, 組織内菌要素がsclerotic cellがみられるものをクロモブラストミコーシスchromoblastomycosis( 黒色分芽菌症 ) またはクロモミコーシス, 暗 ~ 淡褐色の細胞壁を有す有壁性菌糸, 胞子連鎖しかみられないものをフェオヒフォミコーシスphaeohy- phomycosis( 黒色菌糸症 ) またはphaeomycotic subcutaneous cystと呼んでいる. 2. 皮膚真菌症の診断 1) 本疾患を疑う症状手掌や足底など無毛部に生ずる白癬では必ずしも痒みを伴うとは限らないが, 産毛が生えている所に生ずる生毛部白癬 ( 体部白癬, 股部白癬など ) では痒みが必発である. 生毛部白癬の臨床的特徴は, 環状の湿疹様局面で, 病巣が拡大するにつれ, その中心部は炎症が減じ, 一見治ったようにみえる ( 中心治癒傾向 ). 患者の多くは湿疹と誤診され, ステロイドを使用されていることが多いので, ステロイドの外用で悪化している場合は白癬を疑う. 皮膚カンジダ症は, 皮膚と皮膚の擦れ合う間擦部位 ( 陰股部, 臀溝, 頸項部, 腋窩, 乳房下部など ) に生ずるカンジダ性間擦疹が多い. 健常人にみられることはほとんどなく, 通常はおむつを長期に使用している寝たきり老人や術後の患者に多い. 皮膚症状は境界鮮明な紅斑が形成され, その周囲に辺縁に小葉状の鱗屑の付着する粟粒大の汗疹様の紅色丘疹や膿疱 ( 衛生病巣 ) が散在する. カンジダでは辺縁の皮を剝くとオブラート状に剝がれるのが特徴で, 白癬のように中心治癒傾向がない. 癜風は青壮年, 特に20 歳前後に多発し, 主に頸部, 躯幹 ( 主に前胸部, 上背部 ), 上肢に境界鮮明な粃糠様鱗屑を伴う淡褐色斑 ( 黒色癜風 ) あるいは脱色素斑 ( 白色癜風 ) が多発する. 自覚 日本内科学会雑誌 106 巻 4 号 803
症はないが, 病変部をメスで擦ると, 思いのほか多量の粃糠様鱗屑がみられことが特徴である. 2) 診断に必要な検査真菌症の診断には, 直接鏡検や真菌培養があるが, 最近は分子生物学的手法も応用可能になった. しかし, 分子生物学的手法や培養では真菌のコンタミネーションを排除できないため, 直接鏡検が診断上最も重要な検査法である. 直接鏡検で白癬は, 隔壁のある比較的太い菌糸と分節胞子がみられる. カンジダ症ではぶどうの房状の出芽型分生子集団や仮性菌糸がみられ, 癜風では短冊状の短い菌糸と球状胞子がみられる. 黒色真菌症では褐色の菌糸あるいは sclerotic cell( 硬壁細胞 : 暗褐色, 厚壁, 円形ないし多角形の大型細胞で, 隔壁により分割される ) がみられる. 以下に頻度が高く, 誤診されることが多い白癬について直接鏡検の採取部位を解説する. (1) 頭部白癬頭髪をむしり取ると正常な毛髪を抜いてしまう恐れがあるため, 刃先の鈍ったメスで患部をこすり, 菌が寄生した毛髪, 切れ残った毛髪および鱗屑を採取する. 真菌培養に際して検体の採取方法はいくつあるが, ヘアーブラシ法の検出率が高い. 真菌が寄生している毛は脱落していることが多いため, 直接鏡検では真菌が陰性であることもある. そのため, 頭部白癬に限っては, 診断のために必ず真菌培養を行う. (2) 生毛部白癬辺縁の環状に並ぶ丘疹の頂点の角層や小水疱蓋を検査材料とする. この部位を検査材料とすれば, 真菌培養の陽性率も高い. (3) 足白癬小水疱が存在する場合, 水疱蓋を鋏で切り取り直接鏡検を行えば, ほぼ100% 菌要素を確認できる. 逆に水疱蓋を採取しても皮膚糸状菌がみえない場合は, 足白癬を否定してよい. アルコール綿で皮膚表面を拭くと, 小水疱の発見が 容易となるが, それでも小水疱が発見できない場合は, 水疱が破れて辺縁に付着している鱗屑を検査材料とする.2~3 回直接鏡検を行って菌が見つからない場合は他の疾患を考慮する. (4) 爪白癬爪白癬の大部分を占める遠位 側縁爪甲下爪真菌症では皮膚糸状菌は足白癬病巣の角層から爪床を伝わって侵入して, 爪の基部に向かって増殖する. その結果, 爪甲は混濁 肥厚し, 爪甲下は脆くなり, 爪甲下角質増殖部が崩壊すると爪甲剝離の状態となる. 爪に寄生した皮膚糸状菌は, 爪の伸長とともに爪甲の下層から上層あるいは爪の先端部に押し上げられるように移動するが, それらの真菌は栄養状態が悪いため, 変性していることが多い. また, 爪の先端部や爪の表面には時間が経たないと皮膚糸状菌は出現しないので, 爪切りで爪甲剝離部位や爪の先端部を除去し, できるだけ健常の爪に近い病変 ( 爪病変の基部 ) の深部 ( 爪床 ) を検査材料とする. 一方, 表在性白色爪真菌症の場合は, 白濁した爪の表面をメスで削り取って, それを検査材料とすればよい. この場合, 直接鏡検で大型の胞子が多数認められることがある. 3. 皮膚真菌症の治療および 治療上の注意点 皮膚の角層に真菌が寄生している場合は, 治療の原則は外用抗真菌薬で, 約 2 週間の外用で治癒することが多い. しかし, 足白癬では角層が厚いため, 治療期間が短かったり, 外用薬の塗り残しのため, 再発することが多い. そのため, 足白癬では4 週間以上の外用が必要で, 自覚症状がない部位も含め, 足底から趾間にかけて塗り残しなく外用することが大切である. ただし, 角層が著しく厚くなっている角質増殖型の病型では, 経口抗真菌薬の内服が必要である. また, 足白癬は家族内感染が多いので, 同居家族の足 爪白癬の有無を調べ, 足 爪白癬 804 日本内科学会雑誌 106 巻 4 号
診療ガイドライン at a glance があれば, 同時に同居家族の治療をしないと再発を繰り返す. 原因真菌が毛に寄生している場合は, 経口抗真菌薬で治療しなければならず, 外用抗真菌薬は使用しない. また, 毛に寄生しやすいTricho- phyton tonsuransによる白癬では, たとえ体部白癬のようにみえても, 産毛に寄生していることがあるので, 経口抗真菌薬でないと治らないことがある. また,Microsporum canisによるものは感染源となったペットの治療も必要である. 4. 2009 年作成のガイドラインを 変更すべき項目 2015 年と2016 年になって爪白癬に有効な外用抗真菌薬が発売されたので, ガイドラインの中の爪白癬治療の項目を変更しなければならない. また, 爪白癬治療に関しては, 多くの誤解がみられるので, 保険審査の問題点も含め, 以下に記載する. 1) 経口薬 小児にも保険の適用があったグリセオフルビンの発売が中止されたため, 経口抗真菌薬としては, 小児に保険の適用がないテルビナフィンとイトラコナゾールしかない. しかし, 数年するとラブコナゾールのプロドラッグが発売されると思われる. これらの薬剤は爪白癬に有効であるが, 爪白癬でも表在性白色爪真菌症やder- matophytoma, 縦のくさび状の混濁 (longitudinal spike) には無効である. また, イトラコナゾールはパルス療法 ( イトラコナゾール400 mgを1 週間内服し, その後 3 週間休薬し, これを1パルスとする ) を3 回繰り返すことしか保険で認められていないため, 治癒率は高々 30% 程度である. また, テルビナフィンは海外では250 mg/ 日であるが, 日本では125 mg/ 日の投与量であるため, 長期の内服を継続しないと治癒しない. さらに, イトラコナゾールは数多くの併用 禁忌薬や併用注意薬がある. また, テルビナフィンでは死亡例があったため, 投与前と投与後 2 カ月は月 1 回の血液検査が必須になっている. 2) 外用抗真菌薬 (1) エフィナコナゾール外用液 ( クレナフィン R ) 爪白癬に有効であることが確認された日本で最初の外用抗真菌薬で,2015 年に認可された 2). 副作用は, 外用局所の湿疹 皮膚炎などの皮膚刺激が主なもので, 全身的な副作用はない. ただし, 国際共同治験では, 爪の混濁が 50% 以下の中等度までの爪真菌症の治験しか行っていないので, 重症例に対する治療成績はない. しかし, 外用を48 週間続けると, 治療の中止後も治癒率が上がるので, 長期の外用を行えば, 重症例にも効果があると思われる. 治療期間は爪の混濁が消失するまで, 通常は1~1.5 年外用を続けた方がよいと思われる. 経口薬が無効な爪白癬病型にも有効である. (2) ルリコナゾール外用液 ( ルコナック R ) 日本国内でのみ治験が行われ,2016 年に認可された薬である. 効能 効果はクレナフィンと同じであるが, 薬価はクレナフィンの60% 程度である. クレナフィンとの優劣は比較試験が行われていないので, 今後の課題である. 3) 爪白癬治療に対する誤解 (1) 経口抗真菌薬の方が爪白癬専用の外用薬より治療効果が高い経口薬の治癒率はそれほど高くない. 最もエビデンスレベルが高いLION study 3) の結果をみると, イトリゾール R の3パルス療法の治癒率は 30% である. ラミシール R はその後のフォローアップ試験も参考にすると,250 mg/ 日 3カ月投与では治癒率は高々 50% である. さらに経口薬が無効な爪白癬病型が存在するが, これらは爪白癬専用の外用抗真菌薬が非常に有効である. 今のところ比較試験がないので, 経口薬と 日本内科学会雑誌 106 巻 4 号 805
爪白癬専用の外用薬のどちらが有効かは不明である. (2) 薬価が高い爪白癬専用の外用薬は, 昔からある足白癬に有効な外用抗真菌薬 ( いずれも爪白癬には無効 ) よりは薬価が高いが, 経口抗真菌薬と比べ決して薬価が高いわけではない. 罹患している爪の数が少なければ, 外用薬の使用量が少ないため, はるかに安い. また, 経口薬では副作用のチェックのため血液検査をしなければならないが, 外用薬ではその必要がない. (3) 保険審査員の問題点以下のような不適切な審査が行われているが, 一番問題なのは正しく診断されているかのチェックが十分でないことである. 1クレナフィン以前の外用抗真菌薬は爪白癬に無効で, 保険の適用がない. それにもかかわらず, 保険で認めている審査員が少なくない. 2 治療期間の制限添付書類には治験期間を越えて使用した場合の有効性と安全性は確立されていないと記載されているが, それ以上投与してはいけないとはどこにも書かれていない. そもそも抗感染症薬は治癒するまで投与しなければ, 再発や再燃がある. また, 治療を再開しなければならないのでは, 医療費の無駄遣いであり, また, 耐性菌の出現を誘導する. もし治験を行った期間しか 保険で認めないのであれば, 高血圧や糖尿病の薬も治験期間以上の投与は保険で認めないということになる. 具体的には以下のような事例が見受けられる. テルビナフィンの場合, 日本以外の国 ( 韓国や中国を含む ) の投与量は250 mg/ 日であるが, 日本では125 mg/ 日なので, テルビナフィンの250 mg/ 日 3カ月投与は125 mg/ 日 6カ月投与に相当すると思われる. そして, 日本の爪白癬の治療成績をみると, 若い人では6カ月で治癒する患者もいるが, 中高年の爪白癬患者は1 年, 場合によっては1 年以上内服しないと治癒しない. しかし, テルビナフィン投与は6カ月しか保険で認めないという保険審査員がいる. また, 爪白癬専用の外用抗真菌薬の使用期間を48 週間と制限している保険審査員がいる. これらの外用薬は治験 48 週後の治癒率はせいぜい20% 程度である. そのため,1 年 ~1 年半は治療を継続しなければならない. 3 経口薬と外用抗真菌薬の併用は認めない経口薬が無効な爪白癬病型があるので, 爪白癬専用の外用薬を併用した方が高い治癒率を期待できる. 実際, 海外のデータでは経口薬と外用薬を併用した方が, 治癒率の向上や治療期間の短縮がみられるとの報告が数多くある. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 渡辺晋一 ; 報酬 ( 科研製薬 ), 講演料 ( 科研製薬, ポーラファルマ ) 文献 1 ) 渡辺晋一, 他 : 皮膚真菌症診断 治療ガイドライン. 日皮会誌 119 : 289 300, 2009. 2 ) 渡辺晋一 : クレナフィン R, そこが知りたい達人が伝授する日常皮膚診療の極意と裏ワザ. 宮地良樹編, 全日本病院出版社, 東京,2016, 9 15. 3 ) Evans EG, Sigurgeirsson B : Double blind, randomised study of continuous terbinafine compared with intermittent itraconazole in treatment of toenail onychomycosis. BMJ 318 : 1031 1035,1999. 806 日本内科学会雑誌 106 巻 4 号