102 川崎医学会誌 表 1 PPA の診断基準 (Mesulam ら 5),2009) PPA 下位分類 根本的診断 PPA-agrammatic ( 失文法型 ) PPA-semantic ( 意味障害型 ) PPA-logopenic ( 発語遅滞型 ) PPA-mixed ( 混合型 ) 記

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川崎医学会誌 39(3):101-107,2013 101 発話障害が緩徐に進行する 63 歳女性の臨床経過 画像所見の検討 久德弓子, 砂田芳秀 川崎医科大学神経内科学, 701-0192 倉敷市松島 577 抄録今回われわれは, 発症 4 年目から6 年間の経過を観察しえた原発性進行性失語 (PPA) の 1 例を経験した. 症例は63 歳女性.55 歳頃から言葉が出にくい, 詰まる, 速くしゃべれないことを自覚し, 徐々に進行するため58 歳時に当科を受診した.60 歳時よりたどたどしい会話となり, 電話では 外国の方ですか と問われた. 塩酸ドネぺジルを処方されたが, その後も症状は進行し, 電話番号を暗記できなくなったため,62 歳時に当科へ入院した. 発話は非流暢で, 音韻性錯語が目立った. また, プロソディー障害, 失文法,Foreign accent syndrome, アナルトリー障害を認めた. 本例の発話障害の特徴と 123 I-IMP SPECT 所見の検討から, 縁上回病変による音韻障害と概念の音韻系列の実現障害が主体で, そこに中前頭回病変によるプロソディー障害, 下前頭回病変による失文法と Foreign accent syndrome, 中心前回病変のアナルトリー障害が徐々に加わって進行していると考えた. 本例では発症 9 年目の現時点でも意味システムが比較的保たれており, 今後の経過が注目される. ( 平成 25 年 2 月 12 日受理 ) キーワード : 進行性失語,PPA 緒言 1982 年に Mesulam は, 頭部 CT で左 Sylvius 裂を中心に脳溝拡大があり, 認知症を呈さず, 非流暢性の失語を認め, 発話できなくても書字やジェスチャーなどである程度の意思伝達が可能な緩徐進行性の脳変性疾患として, 緩徐進行性失語 (slowly progressive aphasia without generalized dementia) を報告した 1). 脳生検で既存疾患の病理所見が見られなかったことからアルツハイマー型認知症とは異なる新たな疾患の可能性が考えられていた.1987 年には失語症以外に顕著な認知機能障害を呈さず, 失語症が進行する病態として原発性進行性失語 (primary progressive aphasia:ppa) と改名され 2),1990 年には診断基準も示された 3). しかし, この基準を満たす症例報告, 剖検報告が増えた結果, Mesulam の当初の主張に反し, 既存の疾患も多く含まれることが分かってきたため, 分類は何度か改訂されている 4,5) ( 表 1). 今回われわれは, 発症 4 年目から6 年間の経過を観察し得た PPA の1 例を経験したので, 発話障害の要素的症状と 123 I-IMP SPECT ezis 画像所見とを比較し, 本例の発話障害の責任病巣を考察する. 症例患者 :63 歳女性.( 初診時 58 歳 ) 主訴 : しゃべりにくい現病歴 :55 歳頃から言葉が出にくい, 言葉が詰まる, 速くしゃべれないことを自覚した.58 歳時更に言葉が出にくくなったため当科受診した. 数字の順唱 4 桁と低下していたが, 知能は Kohs 立方体組み合わせテスト IQ 108と保た 別刷請求先久德弓子 701-0192 倉敷市松島 577 川崎医科大学神経内科学 電話 :086(462)1111 ファックス :086(464)1027 E メール :kutoku@med.kawasaki-m.ac.jp

102 川崎医学会誌 表 1 PPA の診断基準 (Mesulam ら 5),2009) PPA 下位分類 根本的診断 PPA-agrammatic ( 失文法型 ) PPA-semantic ( 意味障害型 ) PPA-logopenic ( 発語遅滞型 ) PPA-mixed ( 混合型 ) 記述的診断基準 語想起, 語理解, 語順およびその他の文法上の異常によって特定される失語症の存在. この失語症状は医学的診察や WAB のような包括的失語症検査の得点低下によって決定される. 構音障害 発語失行 失構音など発話面のみに孤立した障害が見られる場合はこの診断から除外する. この障害は進行性である. 初期の段階 (1-2 年間 ) では, 失語症状が最も際立つ症状として現れ, 日常生活において唯一の障害となるという意味において, 原発性であること. 神経学的診断において失語症の原因が神経変性疾患以外に特定できない事. 中核症状は統語 ( 語順 ) の異常. または発話および書字において文法的側面の異常を呈する一方, 単語理解は保たれる. 語の流暢性は障害され, 発話は努力性でためらいがちである. 中核症状は単語理解の障害であり, 文法や流暢性は比較的保たれる. 表出面では迂遠で, 時折情報量を欠く. またしばしば錯語が認められる. 呼称は重度に障害される. 中核症状は喚語のための間欠的な言い淀みと音韻性錯語. 呼称は障害されるが PPA-S 程ではなく, 音韻的手がかりによって改善する. 復唱は障害されうる. 日常会話では流暢性発話であるが, 患者が迂言ではなく正確な情報を伝えようとすると, 流暢性が損なわれる場合がある. 綴り字も障害される. 失文法と理解障害の混合. 流暢性は低下し, 頻繁な錯語を伴う. れており, 言語は発話速度の低下, 一貫性のない構音の歪み, 音の不規則な中断を認めたが, Western Aphasia Battery(WAB)AQ 98であった. 123 I-IMP SPECT では左大脳の軽度集積低下のみ認めた.60 歳時よりたどたどしい会話となった. 電話では 外国の方ですか と問われることがあった. 塩酸ドネぺジルが処方されたが, その後も症状は進行し, 仕事の際に自分の意見をうまく伝えられず, また104で問い合わせた電話番号を暗記できなくなったため,62 歳時に当科に入院した. 既往歴 : 特記事項なし家族歴 : 類症なし最終学歴 職歴 : 教育歴 12 年, 競輪選手のトレーナーで選手の世話やトレーニングの指導. 利き手 : 右入院時現症 : 一般身体所見ではバイタルサインに異常認めず, 胸腹部に異常所見なし. 神経学的所見では意識清明で礼節は保たれ, 自発性の低下や脱抑制, 性格変化などの前頭葉症状は認められなかった. 高次脳機能で数字の順唱 3 桁, 知能は改訂長谷川式簡易知能評価スケール (HDS-R)28/30,Mini-Mental State Examination (MMSE)27/30,Wechsler Adult Intelligence Scale-Third Edition(WAIS-III) の動作性 IQ 97, Raven's Coloured Progressive Matrices(RCPM) 32/36と知能は保たれていた. 言語は Western Aphasia Battery(WAB)AQ 74.7と低下し, 努力性の非流暢な自発話, 文法障害, 音韻性錯語の出現, プロソディーの障害, アナルトリー, 長文の復唱の障害, 長文の書字の障害を認め, 新しい甘酒を5 本のひょうたんに入れなさい 新しい甘酒を5 本をひょうたんに入りました と音韻性錯書が主体であった ( 図 1). 文字の理解は良好だが, 複雑な構文になると低下がうかがわれた. 自発話の特徴としては, 音韻性錯語が目立ち, 歪みが多く一音一音区切って話す努力性発話が特徴的であった. 子供が風船を膨らませている 子供が ふうとん ふうせんを ふくらめてる ふくらましてる のように, 音韻性錯語は認めたが, 意味性錯語は認めなかった. 呼称においては, 新聞紙 しんぶん す しんぶん し といった接近行為や頻度効果, 語長効果がみられた. 遂行機能は,Trail making test は A 53 秒,B 95 秒, 行為は WAB の行為の項目で明らかな失行を認めなかった. 記憶は Rey-Osterrieth Complex Figure Test にて模写 36/36,3 分後再生 22.5/36 と正常であった. 以上より, 数唱の低下と失語症以外明らかな高次機能障害はなく, 脳神経障

久德, 他 : 原発性進行性失語症例の臨床経過 画像所見の検討 103 図 1 62 歳時の WAB 失語症検査 図 2 62 歳時の頭部 MRI FLAIR 害, 運動障害, 小脳失調, 感覚障害も認めなかった. 腱反射は正常で, 明らかな病的反射, 前頭葉徴候は認めなかった. 検査所見 : 血液一般検査では異常所見を認めなかった. 各種自己抗体は検出されず, 免疫グロ ブリン正常, 各種腫瘍マーカー正常であった. 甲状腺機能や副腎機能, 各種ビタミンに異常を認めなかった. 頭部 MRI 検査では左大脳半球は右と比べてわずかに萎縮しており ( 図 2), 123 I-IMP SPECT ezis では左前頭葉, 上側頭回か

104 川崎医学会誌 図 3 62 歳時の 123 I-IMP SPECT ezis 図 4 本例の話しにくさの原因 ら縁上回に軽度の集積低下を認め,58 歳時よりも集積低下は拡大, 増悪していた ( 図 3,4). 経過 : 言葉の出にくさ は緩徐に進行している.63 歳時, 相手の言っていることは理解できるが, 頭で考えている言葉を口に出すのが難 しい. と訴えた. 現在も失語症以外の認知症症状や精神症状, 運動障害は出現しておらず, 競輪選手のトレーナーの仕事は継続できている. コミュニケーションの効率が悪いからと, 最近はあらかじめ文書をいくつかカードに書い

久德, 他 : 原発性進行性失語症例の臨床経過 画像所見の検討 105 ておき, それを利用したり筆談で指導を継続している. 考察本例は経過 9 年で発話障害のみが目立ち, 認知症その他の神経学的異常所見を認めなかったことから,Mesulam らが2009 年に改訂した PPA の診断基準 5) を用いると, 進行性の失語症が存在し, その他の症状は目立たず, 失語症が日常生活において唯一の障害となっていることから,PPA と診断できる. 本例の発話障害の特徴は音韻障害が主体で, その他プロソディー障害, 喚語困難, 失文法, アナルトリーを認めた. これらの要素的症状と 123 I-IMP SPECT ezis 所見から責任病巣を考察する ( 図 4). 錯語とは単語の言い間違え, すなわち目標語と異なる語を言ってしまう現象である. 誤りのレベルで, 単語のレベルの誤り ( 語性錯語 ) と, 音のレベルの誤り ( 音韻性錯語 ) に大きく二分されるが, 本例の発話障害は音韻性錯語が主体であった. 音韻性錯語は左上側頭回から縁上回を経て中心前回まで至る部位およびその皮質下の損傷で生じるとされている. 本例の 123 I-IMP SPECT ezis では上側頭回から縁上回, 特に縁上回に集積低下を認め, ここが音韻性錯語の責任病巣と考えられる. さらに,58 歳時と比較すると62 歳時の 123 I-IMP SPECT ezis での上側頭回から縁上回, 特に縁上回の集積低下が進行しており, 本例の発話障害の主な原因となっていると考えられる. アナルトリーは構音の歪みと音の連結不良に分けられる. その時々によって, 誤ったり, 正しかったりという変動と, 障害のされ方の変動がある. アナルトリーは, 左中心前回とくに中 ~ 下方部後壁側およびその皮質下の損傷で出現するとされている. 本例の 123 I-IMP SPECT ezis では中心前回中部に軽度の集積低下があり, ここが本例のアナルトリーの責任病巣と考えられる. 更に中前頭回の障害によるプロソディー障害, 下前頭回の障害による文法障害と Foreign accent syndrome が徐々に加わって本例の発話障害をきたしていると考えられた. また, 数字の順唱が3 桁と低下し, 長文の復唱の障害を認めたことは, 文を最後まで集中して聞く, 把持することの障害とも考えられる. その場合, 言語性短期記憶障害によるものであれば責任病巣として上側頭回から縁上回, 中心前回と考えられるが, ワーキングメモリーの障害によるものであれば中前頭回が責任病巣と考えられる. しかし, 長さの要因だけでなく, 文法的複雑さが影響していたことから, 文法的側面の異常も大きく関わっており, 下前頭回の障害も影響していると考えられる. これらの特徴をもとに PPA のサブタイプについて Mesulam らが2009 年に改訂した PPA の診断基準に当てはめると,PPA-logopenic の中核症状は喚語のための間欠的な言い淀みと音韻性錯語であり, 文の復唱が障害される点や軽度の呼称障害の存在は本例の発話障害の特徴と合致する. しかし, 本例の発話は非流暢で努力性であり, 文法的側面の異常を呈していた. 更に, 長文の復唱の障害はあるものの単語理解は保たれる点からは, 意味システムは比較的保たれており,PPA-agrammatic の要素も含んでいると考えた. 本例の発話障害は音韻障害が主体である. 発症後 9 年と比較的長期経過しているが意味システムの障害は軽度であり, 音韻出力段階の障害が主体であるといえる. また, 現在も失語症以外の症状は目立たず, 失語症が日常生活において唯一の障害である. 病理学的には,PPA を示す神経変性疾患は多彩であり, アルツハイマー病 (AD), ピック病 (PiD), 皮質基底核変性症 (CBD), 進行性核上性麻痺 (PSP), ユビキチン封入体を伴う前頭側頭葉変性症 (FTLD-U/TDP) などと様々である. このうち,PPA-logopenic は AD が想定されているが,PPA-agrammatic は AD,PiD,CBD, PSP,FTLD-U/TDP いずいれも報告もあり, 特異的な病理所見は存在しないといわれている 6) が, アナルトリーのみを認める場合は PSP で

106 川崎医学会誌 あることが多く, 喚語困難が主である場合は FTLD-U/TDP, 両者を伴う場合は CBD が多いとされている 7,8). 前頭側頭葉変性症である場合, 経過は比較的早く, 全経過を通して10 年以内に病状が進行することが多いが, 本例では, 発症後 9 年と比較的長期経過しているが現在も失語症のみに留まっており, 今後, どのように発話障害が進行し, どの時期まで意味システムが保たれたまま経過するか興味深い. 本論文の要旨は第 92 回日本神経学会中国 四国地方会 (2012 年 7 月 7 日 ) にて発表した. 引用文献 1)Mesulam MM:Slowly progressive aphasia without generalized dementia. Ann Neurol11:592-598, 1982 2)Mesulam MM:Primary progressive aphasia-differentiation from Alzheimer's disease. Ann Neurol 22:533-534, 1987 3)Weintraub S, Rubin NP, Mesulam MM:Primary p r o g r e s s ive a p h a s i a. L o n g i t u d i n a l c o u r s e, neuropsychological profile, and language features. Arch Neurol47:1329-1335, 1990 4)Mesulam MM:Primary progressive aphasia. Ann Neurol49:425-432, 2001 5)Mesulam M, Wieneke C, Rogalski E, Cobia D, Thompson C, Weintraub S:Quantitative template for subtyping primary progressive aphasia. Arch Neurol66:1545-1551, 2009 6)Harciarek M, Kertesz A:Primary progressive aphasias and their contribution to the contemporary knowledge about the brain-language relationship. Neuropsychol Rev21:271-87, 2011 7)Josephs KA, Duffy JR, Strand EA, et al. : Clinicopathological and imaging correlates of progressive aphasia and apraxia of speech. Brain129:1385-98, 2006 8)Sakurai Y, Hashida H, Uesugi H, Arima K, Murayama S, Bando M, Iwata M, Momose T, Sakuta M:A clinical profile of corticobasal degeneration presenting as primary progressive aphasia. Eur Neurol36:134-137, 1996 A clinical, neuropsychological, and radiological study of a case with Primary Progressive Aphasia. Yumiko KUTOKU, Yoshihide SUNADA Department of Neurology, Kawasaki Medical School, 577 Matsushima, Kurashiki, 701-0192, Japan ABSTRACT We report the case of a 62-year-old woman with primary progressive aphasia (PPA). We performed a 6-year follow-up assessment corresponding changes in magnetic resonance imaging (MRI) and 123 I-IMP SPECT findings. Linguistic examination showed a severe impairment in repetition, as well as fluent spontaneous speech with phonemic paraphasia, anarthria, foreign accent syndrome and agraphia. Brain MRI showed very mild atrophy of the left frontal lobe, parietal lobe, and temporal lobes. 123 I-IMP SPECT showed that the temporoparietal lobe was the most severely affected region. Key neuropsychological features in this case were impairments of the phonological system. We speculate that the characteristic feature of aphasia may result from dysfunction of the left supramarginal gyrus in this patient. (Accepted on February 12, 2013) Key words: Primary progressive aphasia, PPA

久德, 他 : 原発性進行性失語症例の臨床経過 画像所見の検討 107 Corresponding author Yumiko Kutoku Department of Neurology, Kawasaki Medical School, 577 Matsushima, Kurashiki, 701-0192, Japan Phone : 81 86 462 1111 Fax : 81 86 464 1027 E-mail : kutoku@med.kawasaki-m.ac.jp