胃がんの術後補助化学療法の基礎知識 適応となる患者 術後補助化学療法 (adjuvant chemotherapy) は, 治癒切除後の微小遺残腫瘍 による再発予防を目的として行われます 胃がんの場合は, 根治切除後の pstageⅡ~ Ⅲ の患者が対象になります 術後補助化学療法で実施されるレジメン (S-1 療法,XELOX 療法,DS 療法 ) 日本で実施された ACTS-GC 1 では,D 2 リンパ節郭清により根治切除が施行され た pstageⅡ,Ⅲa,Ⅲb( 胃癌取扱い規 約 第 13 版 ) 症例に対して, 手術単独と S-1( テガフール ギメラシル オテラシ ルカリウム ) 内服 1 年間を比較しました 結果は,S-1 の有効性 ( 生存期間の向上 ) が示されました 1) その後, 韓国, 中国, 台湾で実施された CLASSIC 試験では,D2 リンパ節郭清により根治切除が施行された pstageⅡ,Ⅲ(tnm 分類第 6 版 ) 症例に 対する XELOX 療法 ( カペシタビンとオキ サリプラチン併用療法 ) の有効性 (3 年無 再発生存割合の改善 ) が示されました 2) これらの試験結果から, 根治切除を行った StageⅡ Ⅲ の術後補助化学療法は S-1 単剤 1 ACTS-GC: 胃癌術後補助化学療法の臨床比較試験 の 1 年間内服, もしくは XELOX 療法 6 カ月 が日本の標準治療になりました 3) また, このたび 2018 年 5 月に開催された アメリカ臨床腫瘍学会 (ASCO) において, JACCRO GC-07(START-2) 2 の結果が発表 されました これは, 根治切除後の StageⅢ の患者に対し, 日本における標準治療であ る S-1 療法と Docetaxel( ドセタキセル )+ S-1(DS) 療法を比較した試験です 結果 は中間解析で有効中止になりました 観察 期間が短いなどの批判はありますが,DS 療法の 3 年無再発生存期間 (RFS) の優越 性が証明されました この結果から, 今後 は DS 療法が日本における標準療法になる可 能性が高いと考えられます ( 本稿を執筆して いる 2018 年 9 月現在ではガイドラインの改訂 はされていませんので, 最新の情報は日本 胃癌学会のホームページでご確認ください ) DS 療法と XELOX 療法を直接比較した試験 はされていないため, 腎機能が低下し S-1 2 JACCRO GC-07:START-2 StageⅢ の治癒切除胃癌に対する術後補助化学療法としての TS-1+ Docetaxel 併用療法と TS-1 単独療法のランダム化比較第 Ⅲ 相試験 62
の内服が適さない患者や脱毛を避けたい患者に対しては,XELOX 療法を適応することになると予測しますが, 有効性と安全性を考えた症例ごとの選択が行われると思います 胃がんの術後補助化学療法レジメンの投与スケジュール 胃がん術後補助化学療法に用いられる抗がん剤の種類と特徴をに示します S-1 療法 術後 45 日以内に投与を開始します S-1 を28 日間 (4 週間 ), 朝 夕食後の1 日 2 回内服します その後,14 日間 (2 週間 ) 休薬します この6 週間を1サイクルとして, 術後 1 年間投与します () ACTS-GC 試験において,S-1 療法の主な Grade3 以上の有害事象は, 食欲不振, 悪心, 下痢でした XELOX(CapeOX) 療法 Day1にオキサリプラチン 130mg/m 2 を2 時間かけて投与し, カペシタビン1,000mg/ m 2 をDay1の夕食後からDay15の朝食後まで内服します その後,7 日間は休薬します この3 週間を1サイクルとして,8サイクル投与します () CLASSIC 試験におけるXELOX 療法の主なGrade3 以上の有害事象は, 好中球減少, 血小板減少, 食欲不振, 悪心, 嘔吐, 疲労, 末梢神経障害でした DS 療法 年間の治療スケジュールは,1 サイクル 63
量と体重変化を確認し, 必 要と判断した場合は栄養介 入を行います 術後は食事 量を増やすのは難しいこと が多いので, 筆者は調理時 に植物油よりバターを使用 目はS-1 単剤で行い,2~7サイクル目に DS 療法を施行します その後,8サイクル目から術後 1 年目までS-1 単剤を内服します () DS 療法の治療スケジュールは,Day1にドセタキセルを1 時間かけて点滴静注し,S-1を1 日目の夕食後から15 日目の朝食後まで1 日 2 回,14 日間内服します その後,7 日間は休薬し,3 週間を1サイクルとして,2~7サイクル目に投与します () DS 療法の主なGrade 3 以上の副作用は, 好中球減少, 血小板減少, 食欲不振です 胃がん術後の栄養管理の必要性 する, 目玉焼きより生クリームやチーズの入ったオムレツにするなど, 調理法の工夫と栄養補助食品を紹介しています 意思決定支援自分の健康状態に自信を失っている時期に, 化学療法を受けるのか, どのレジメンを選択するかの意思決定を行わなくてはなりません 看護師は, 患者が日常生活 仕事と治療を両立するのに必要な情報 ( 副作用の種類や出現時期, 予防方法 ) と, 術後補助化学療法の意味 効果について情報を提供し, 患者が自ら意思決定できるように支援します 胃がんの術後は胃容量が減少し, 一度に多くの食事を取ると腹部膨満感や腹痛を来すため, 食事量は低下します 胃の運動が低下することで食物が十分に消化されないまま小腸に流入し, 消化吸収不良による栄養不良や下痢を起こします このことにより体重低下を来しますが, 体重減少が大きいと術後補助化学療法の完遂率が低下するという報告 4) もあるため, 患者の経口摂取 内服薬のアドヒアランス向上のための工夫 支援 胃がんの術後補助化学療法は, どのレジメンにも経口抗がん剤が入ります 前述の S-1の内服を継続できた患者の方が生存率が良好だったという報告もあります 経口抗がん剤は, 自宅で患者自身が管理することになりますので, 開始前にアドヒアラン 64
スに影響することがないかを確認し, 教育的介入を行います その際は, 投与スケジュール 内服時間を理解できているかどうかと, 薬の自己管理が可能かどうかは特に確認し, アセスメントします 自己管理のための工夫 ( 薬管理ケースやポケット付きカレンダーの利用 ) をすることで内服できるようであれば, 物品を紹介します 自己管理能力に問題があるようなら, 家族に管理を依頼します また内服中 後は, 患者が内服確認と副作用をチェックし記入できる患者日記で自己管理をしてもらいます 治療開始数日後に患者宅に看護師が電話をして, 内服ができているか, 副作用が出ていないかを確認するテレナーシングを行っている施設もあります 胃がん術後補助化学療法の投与前 中 後のケアのポイント 投与前腎機能の確認 S-1, カペシタビンは腎機能が低下している場合には減量が必要ですので, 看護師もクレアチニンクリアランス値をチェックし, 投与量を確認します アルコール過敏の有無を確認 (DS 療法 ) ドセタキセルは溶解剤にアルコールが含有されているため, アルコール過敏症がないかを確認します 過敏症のリスクが高い と判断した場合は, 添付溶解液のアルコー ルを用いず, 生理食塩水またはブドウ糖液 で溶解する方法に変更することができま す ジェネリック製剤も発売されています ので, 自施設で採用されている製品を確認 しておくとよいでしょう 脱毛への支援 ( D S 療法 ) DS 療法で用いるドセタキセルは, 脱毛 が出現しやすい薬剤です DS 療法での脱 毛の割合は,all Grade で 57.8% と報告さ れています 患者は手術後に社会復帰を予 定していると思いますが, 脱毛は患者に とって苦痛度の高い外見変化であるため, 社会復帰を躊躇することになりかねませ ん したがって, 看護師は 患者と社会を つなぐこと を念頭に, 患者が自分らしく 過ごすための支援を行います カモフラージュの方法はウイッグだけで なく, 帽子, つけ毛など, その人のライフ スタイル 環境に合った方法を一緒に考え ましょう 当院では, まゆ毛 アイライン を描くだけでも顔の印象が変わることを紹 介しています また, 復職を予定している 患者には, 治療が始まる前にウイッグを決 め, 購入したウイッグと同じ髪形に地毛を 65
カットしておくことを勧めています この方法はウイッグデビューが自然なタイミングでできるため, 抵抗感が軽減します 口腔粘膜炎の予防対策口腔粘膜炎は, どのレジメンでも起こりやすい副作用です 事前に歯科を受診し, 専門的口腔ケアの介入を勧めます う歯治療, 歯石の除去, 粘膜に刺激となる歯や義歯の調整を行うことで, 口腔粘膜炎の予防になるだけでなく, 患者の口腔ケアへの意識が高まり, 抗がん剤治療中のセルフケアが継続されます 予防的制吐療法 XELOX 療法は中等度催吐性リスクのため,5-HT 3 受容体拮抗薬 ( グラニセトロン, パロノセトロン ) とステロイドの予防的投与を行います 点滴中オキサリプラチンによる血管痛, 過敏症, 咽頭喉頭感覚異常への対応 (XELOX 療法 ) オキサリプラチンは血管痛があり, 穿刺部上肢から肩にかけての放散痛として出現します 血管痛は, 薬剤のpH 浸透圧が影響されるためと考えられています 血管痛を軽減させるための対策は, 溶解液量を 5% ブドウ糖液 500mLに増量し, ステロイドを混注すること, 投与側の穿刺部から上肢を保温することが経験的に知られています ただし, 投与中にホットパックで上肢を保温すると穿刺部周囲が観察しにくくなり, 血管外漏出の発見が遅れる恐れがあります 定期的に穿刺部位を確認し異常があれば早期発見できるようにします また, オキサリプラチンの過敏症は, 投 与 6~10サイクル目の投与開始から30 分以内の出現が多いとされています 過敏症は掻痒 発赤から始まることが多いため, 患者にどのような症状が出るのかを説明し, 症状出現時にはナースコールするよう伝えます 同時に, 過敏症が出現しやすい時期は頻回に観察し, 早期発見 対処に努めます さらに, オキサリプラチンの投与中に咽頭喉頭感覚異常 ( 末梢神経障害の一つ ) が出現し, 息苦しさを訴える場合があります このような場合は, 投与時間を2 時間から 6 時間に延長することで軽減する可能性がありますので, 医師に相談し検討します ドセタキセルの過敏症, 漏出の早期発見 (DS 療法 ) ドセタキセルの過敏症は, 主に添加物であるポリソルベート80が原因であると考えられています 初回と2 回目の投与開始から数分以内に多く出現します そのため, 当院では初回と2 回目の投与開始から 10 分間は看護師が付き添い, 過敏症の早期発見に努めています 過敏症が出現した時は直ちに投与を中止し, 適切な処置を行います また, ドセタキセルは起壊死性抗がん剤のため, 漏出した場合, 注射部位に硬結 壊死を起こすことがあります 定期的に観察し, 漏出の早期発見に努めます 点滴後 ( 内服中 ~ 内服後 ) 正しく内服できているかを確認する 経口抗がん剤を正しく内服できているかを確認します 1 回の内服量は正しいか, 休薬期間を守れているか, 飲み残しの有無と残薬数を確認します 筆者の経験では, きちんと飲めたかより, 残薬がどのくらい 66
かを尋ねる方が患者から正しい情報を得られるように感じています そして, 不適切な内服があった時はその状況をアセスメントし, 次のサイクルでは正しく内服できることを目標にします 骨髄抑制時の感染予防骨髄抑制に対しては好中球減少時の感染を予防するため, 手洗いやうがい, 口腔ケアを励行します 37.5 以上の発熱時は発熱性好中球減少症を疑い, 抗菌薬の投与を開始します 特に,DS 療法は好中球減少 Grade3 以上が38.1% に出現しており, 注意が必要です 悪心への対応 対策悪心はどのレジメンでも出現しますが, 特にXELOX 療法では, オキサリプラチンの影響でDay3~7に出現します 内服薬の副作用と思い込み, カペシタビンの内服を自己中断してしまう患者もいます これを防ぐには, 予測される悪心の時期と原因薬を説明しておくことが大切です また, 予防的制吐療法薬のほかに, 頓服の制吐剤 ( メトクロプラミド, プロクロルペラジンマレイン酸塩 ) が事前に処方されるため, 在宅で使用できるように説明しておきます 悪心が強く出現した場合は, 次のサイクルからNK 1 受容体拮抗薬 ( アプレピタント ) の使用を検討します 食欲不振の原因が悪心の場合は, 積極的に制吐剤を用いてコントロールしますが, 味覚障害が原因の場合は, 患者によって出現形態 味の変化が異なるため, 個別的なアセスメントが必要です 味の変化が比較的少ない果物や酢の物を取り入れた食事を 工夫するようアドバイスします 下痢 口腔粘膜炎への対応下痢 口腔粘膜炎は,Day5 以降に出現します 症状に合わせて止痢剤の投与, Grade2 以上で経口抗がん剤の休薬をアドバイスします 保湿剤や鎮痛剤が入っている含嗽薬を使用して症状を軽減し, 口腔ケアが続けられるようにします オキサリプラチンによる末梢神経障害への指導 確認 XELOX 療法で用いられるオキサリプラチンの特徴的な副作用に, 急性と慢性の末梢神経障害があります 急性の末梢神経障害は, オキサリプラチン投与中からDay5 くらいまで寒冷刺激によって生じます 事前に症状を説明し, 生活の中で寒冷刺激になるものを避けるための準備ができるようにします 自宅の冷蔵庫も寒冷刺激となるため, 調理時には注意 工夫が必要で, 夏はクーラーの冷気に注意します 当院は北海道に所在するため, 冬には, 病院を出た途端に 瞬きができなくなった と驚いて戻ってくる患者もいます そのため, 特に冬期は外気に当たらないような工夫を説明しています また, 仕事などで冬でも室外で長時間過ごす人には, 事前に極寒冷地用着 靴 手袋を購入しておくことを勧めています 慢性の末梢神経障害は, 寒冷刺激に関係なく持続して出現します 効果の高い支持療法がないため, 症状に合わせて減量 休薬が必要です 患者のしびれが日常生活にどの程度影響しているのか, 下肢のしびれが歩行に支障を来していないかを確認します 67
カペシタビンによる手足症候群への指導 対応カペシタビンの特徴的な副作用は, 手足症候群です 手足の圧迫がかかる部位に出現しやすいため, 靴には中敷きを使用して除圧する, 手足への刺激を避け1 日 4~5 回保湿剤を塗布するなどの指導を行います Grade2 以上の日常生活に支障がある症状が出現した時は, カペシタビンを休薬し, 局所にはステロイド軟膏を塗布します S-1による眼障害への対応 S-1の副作用は, 眼障害です 鼻涙管狭窄による涙目のほか,FUが涙に移行することで角膜障害を起こします 視力低下を自覚した場合は, 眼科の受診を勧めます 事例紹介 68