第12回 代謝統合の破綻 (糖尿病と肥満)

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日本の糖尿病患者数は増え続けています (%) 糖 尿 25 病 倍 890 万人 患者数増加率 万人 690 万人 1620 万人 880 万人 2050 万人 1100 万人 糖尿病の 可能性が 否定できない人 680 万人 740 万人

わが国における糖尿病と合併症発症の病態と実態糖尿病では 高血糖状態が慢性的に継続するため 細小血管が障害され 腎臓 網膜 神経などの臓器に障害が起こります 糖尿病性の腎症 網膜症 神経障害の3つを 糖尿病の三大合併症といいます 糖尿病腎症は進行すると腎不全に至り 透析を余儀なくされますが 糖尿病腎症

インスリンが十分に働かない ってどういうこと 糖尿病になると インスリンが十分に働かなくなり 血糖をうまく細胞に取り込めなくなります それには 2つの仕組みがあります ( 図2 インスリンが十分に働かない ) ①インスリン分泌不足 ②インスリン抵抗性 インスリン 鍵 が不足していて 糖が細胞の イン

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ただ太っているだけではメタボリックシンドロームとは呼びません 脂肪細胞はアディポネクチンなどの善玉因子と TNF-αや IL-6 などという悪玉因子を分泌します 内臓肥満になる と 内臓の脂肪細胞から悪玉因子がたくさんでてきてしまい インスリン抵抗性につながり高血糖をもたらします さらに脂質異常症

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

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肥満者の多くが複数の危険因子を持っている 肥満のみ約 20% いずれか 1 疾患有病約 47% 肥満のみ 糖尿病 いずれか 2 疾患有病約 28% 3 疾患すべて有病約 5% 高脂血症 高血圧症 厚生労働省保健指導における学習教材集 (H14 糖尿病実態調査の再集計 ) より

次の 1~50 に対して最も適切なものを 1 つ (1)~(5) から選べ 1. 細胞内で 酸素と水素の反応によって水を生じさせる反応はどこで行われるか (1) 核 (2) 細胞質基質 (3) ミトコンドリア (4) 小胞体 (5) ゴルジ体 2. 脂溶性ビタミンはどれか (1) ビタミン B 1

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糖尿病予備群は症状がないから からだはなんともないの 糖尿病予備群と言われた事のある方のなかには まだ糖尿病になったわけじゃないから 今は食生活を改善したり 運動をしたりする必要はない と思っている人がいるかもしれません 糖尿病予備群の段階ではなんの症状もないので そう考えるのも無理はないです しか

糖尿病は 初めは無症状で経過しますが 血糖値の高い状態が長く続くと口渇 多飲 多尿 体重減少 倦怠感などの症状がみられます 糖尿病は自覚症状が乏しいので 血糖値がある程度改善すると 通院しなくなる人がいます 血液検査を行わなければ糖尿病の状態を知ることはできないので 自覚症状だけに頼ってはいけません

News Release 報道関係各位 2015 年 6 月 22 日 アストラゼネカ株式会社 40 代 ~70 代の経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんと 2 型糖尿病治療に従事する医師の意識調査結果 経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんは目標血糖値が達成できていなくても 6 割が治療

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3 スライディングスケール法とアルゴリズム法 ( 皮下注射 ) 3-1. はじめに 入院患者の血糖コントロール手順 ( 図 3 1) 入院患者の血糖コントロール手順 DST ラウンドへの依頼 : 各病棟にある AsamaDST ラウンドマニュアルを参照 入院時に高血糖を示す患者に対して 従来はスライ

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-3- Ⅰ 市町村国保の状況 1 特定健康診査受診者の状況 平成 23 年度は 市町村国保 (41 保険者 )98,439 人の特定健康診査データの集計を行った 市町村国保の診者数は男性 女性ともに 歳の割合が多く 次いで 歳 歳の順となっている 男性 女性 総数

脂質異常症を診断できる 高尿酸血症を診断できる C. 症状 病態の経験 1. 頻度の高い症状 a 全身倦怠感 b 体重減少 体重増加 c 尿量異常 2. 緊急を要する病態 a 低血糖 b 糖尿性ケトアシドーシス 高浸透圧高血糖症候群 c 甲状腺クリーゼ d 副腎クリーゼ 副腎不全 e 粘液水腫性昏睡

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糸球体で濾過されたブドウ糖の約 90% を再吸収するトランスポータである SGLT2 阻害薬は 尿糖排泄を促進し インスリン作用とは独立した血糖降下及び体重減少作用を有する これまでに ストレプトゾトシンによりインスリン分泌能を低下させた糖尿病モデルマウスで SGLT2 阻害薬の脂肪肝改善効果が報告

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Q2 はどのような構造ですか? A2 LDL の主要構造蛋白はアポ B であり LDL1 粒子につき1 分子存在します 一方 (sd LDL) の構造上の特徴はコレステロール含有量の減少です 粒子径を規定する脂質のコレステロールが少ないため小さく また1 分子のアポ B に対してコレステロールが相対

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グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

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カテゴリー別人数 ( リスク : 体格 肥満 に該当 血圧 血糖において特定保健指導及びハイリスク追跡非該当 ) 健康課題保有者 ( 軽度リスク者 :H6 国保受診者中特定保健指導外 ) 結果 8190 リスク重なりなし BMI5 以上 ( 肥満 ) 腹囲判定値以上者( 血圧 (130 ) HbA1

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す しかし 日本での検討はいまだに少なく 比較的小規模の参加者での検討や 個別の要因との関連を報告したものが殆どでした 本研究では うつ病患者と対照者を含む 1 万人以上の日本人を対象とした大規模ウェブ調査で うつ病と体格 メタボリック症候群 生活習慣の関連について総合的に検討しました 研究の内容

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

結果の概要

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理学療法の臨床と研究第 27 号 2018 年 総説 糖尿病患者に対する理学療法実施の際に必要な知識 * 河江敏広 要旨糖尿病は増加傾向であり 私たち理学療法士でも担当症例に合併症として存在する場合は多いと考えられる しかしながら糖尿病においては使用している薬物の種類や合併症の程度よって留意すべき事

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血糖値 (mg/dl) 血中インスリン濃度 (μu/ml) パラチノースガイドブック Ver.4. また 2 型糖尿病のボランティア 1 名を対象として 健康なボランティアの場合と同様の試験が行われています その結果 図 5 に示すように 摂取後 6 分までの血糖値および摂取後 9 分までのインスリ


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神緑会学術誌 平成24年度 第29巻 2013年 神緑会研究事業年間報告書 糖尿病発症におけるインクレチン効果の疫学的研究 第2報 ー妊娠糖尿病のスクリーニングからのアプローチー 研究代表者 社会医療法人愛仁会 研究協力者 社会医療法人愛仁会 社会医療法人愛仁会 社会医療法人愛仁会 産婦人科 概 要

特定の原因によるその他の糖尿病遺伝子の異常によるもの ほかの病気や薬剤に伴って起こるものがあります 妊娠糖尿病妊娠中に初めて発見した又は発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常のことを言います 妊娠中はわずかな高血糖でも胎児に影響を与えるため 糖尿病ではなくとも 妊娠糖尿病 と呼びます 妊娠中に胎盤が

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2. 栄養管理計画のすすめ方 給食施設における栄養管理計画は, 提供する食事を中心とした計画と, 対象者を中心とした計画があります 計画を進める際は, それぞれの施設の種類や目的に応じて,PDCA サイクルに基づき行うことが重要です 1. 食事を提供する対象者の特性の把握 ( 個人のアセスメントと栄

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第 12 回代謝統合の破綻 ( 糖尿病と肥満 ) 日紫喜光良 基礎生化学講義 2018.6.26 1

糖尿病とは インスリンの相対的 もしくは絶対的な不足に起因する 空腹時の血糖値上昇で さまざまな疾患からなる症候群 2

図 25.1 より 1 型糖尿病と 2 型糖尿病 1 型糖尿病 2 型糖尿病 発症年齢 通常 小児期や思春期 症状の急性的進行 通常 35 歳以降 症状の慢性的進行 発症時の栄養状況栄養不足が多い肥満のことが多い 罹患率 90 万人 ( 糖尿病と診断されたうちの 10%) 遺伝的素因の影響低強 病態生理 β 細胞の破壊によるインスリン産生の消失 ケトーシスの頻度頻発まれ 1,000 万人 ( 糖尿病と診断されたうちの 90%) β 細胞の十分なインスリン産生能力低下とインスリン抵抗性の合併 血中インスリン 低 ときとして無 初期は高いが長期になると低下す る 急性合併症ケトアシドーシス高浸透圧症 血糖降下薬治療無効有効 治療インスリンが必須減量 運動療法 経口血糖降下薬 3 インスリンは症例によっては必要

1 型糖尿病 図 25.2 も参照 膵臓 β 細胞での自己免疫障害 絶対的なインスリン欠乏 機能する β 細胞が存在せず 血糖の変化への対応やインスリンの基礎分泌の維持が不可能 初期段階 : 遺伝的素因を持つ人がウイルスや毒素にさらされることで β 細胞の崩壊が始まる ゆっくりとした β 細胞の破壊段階 : 臨床的な糖尿病段階 : インスリン分泌能力が閾値以下にまで低下し I 型糖尿病の症状が突然出現する 4

1 型糖尿病 : 診断 小児期や思春期に発病 症状が急速に進行 多尿 多飲 多食 疲労 体重減少 脱力感 空腹時血糖値 (FBS)>125 mg/dl 血中抗ランゲルハンス島抗体 5

1 型糖尿病 : 代謝変化 高血糖症とケトアシドーシス : 血中のグルコースとケトンの高値 インスリンの低下 肝臓での糖新生増加 筋 脂肪でのグルコース取込低下 高血糖 インスリンの低下 脂肪組織での脂肪酸の動員が増加 肝臓での脂肪酸の β 酸化 ケトン塩 (3- ヒドロキシ酪酸塩 アセト酢酸塩 ) の産生の促進 ケトーシス 25~40% に糖尿病性ケトアシドーシスが生じる 治療 : 水分と電解質の補充 低濃度のインスリン投与 高血糖を徐々に正常に戻す 高トリアシルグリセロール血症 インスリンの低下 脂肪組織でのリポタンパク質リパーゼ活性の低下 キロミクロンや VLDL の増加 6

1 型糖尿病 : 臓器間の関係 GLUT4 によるグルコース取り込みができなくなる ( 筋と脂肪組織 ) 糖新生亢進 インスリンが分泌されない 図 25.3 脂肪組織が著しく分解され 脂肪酸が肝臓の処理能力以上に大量に放出されるのでケトアシドーシスが起こる 7

1 型糖尿病の治療 : 標準療法と強化療法 赤矢印 : 強化インスリン療法を受けた患者の平均グルコース濃度 コントロールの目安 :HbA1c ( 糖鎖付加ヘモグロビンの一種 ) は全ヘモグロビンの約 7% 青矢印 : 標準インスリン療法を受けた患者の平均グルコース濃度 コントロールの目安 :HbA1c は全ヘモグロビンの 8~9% 図 25.4 強化療法の目的 : 長期にわたる合併症 ( 網膜症 腎不全 神経障害 ) の減少 8

強化療法に伴う低血糖症頻度の増加 赤 : 強化療法 青 : 標準療法 低血糖症の頻度が 3 倍にまで増加 強化療法に伴う低血糖症の危険増大は 糖尿病性網膜症や腎障害といった長期にわたる合併症の発症を減少させるために正当化されると考えられている 図 25.5 厳格な血糖コントロールと低血糖症との関係 9

1 型糖尿病における低血糖症 原因で最も多いのは過剰なインスリンによる低血糖症状 ホルモンによる低血糖への対応経路も損なわれる グルカゴンも分泌されない アドレナリンのみ 病状の進行につれてアドレナリン分泌障害をひきおこす 糖尿病性自律神経障害 低血糖に対するアドレナリン分泌障害 無自覚性低血糖症 : グルカゴンとアドレナリンの分泌能力欠損 10

強化療法の禁忌 小児 低血糖発作が発達過程の脳に障害をもたらす危険性が高い 高齢者では 低血糖から脳や心臓の血管障害を招きやすいので 強化療法は一般的ではない 強化療法は 少なくとも余命が 10 年以上あり 合併症を伴っていない場合に特に有益 11

2 型糖尿病 米国の糖尿病患者の約 90% はっきりとした症状のないまま徐々に進行 一般健康診断で見つかることが多い 多くの患者は数週間の間多尿症 多渇症を呈する 特徴 : 高血糖 インスリン抵抗性 インスリン分泌の相対的不全 生命の維持のためにインスリンを必要とすることは少ない インスリン分泌によるケトン体生成が抑制され 糖尿病性ケトアシドーシスの進行が遅い 12

2 型糖尿病 : 診断 高血糖症 ( 空腹時血糖値 >125mg/dL) ケトアシドーシスは少ない 13

2 型糖尿病 : インスリン抵抗性 肝臓 脂肪 骨格筋などで通常にインスリン濃度に対する適切な反応性が低下 肝臓におけるグルコース産生の制御ができない 骨格筋や脂肪組織でグルコース取込が低下 14

インスリン抵抗性と肥満 図 25.7 正常なヒトと肥満のヒトの血中インスリン濃度と血糖値 肥満の人は血糖値を正常範囲におさめるために より多くのインスリンを必要としている 15

2 型糖尿病の発症の条件 インスリン抵抗性 β 細胞の障害 インスリン抵抗性とそれに続く 2 型糖尿病の進行は 高齢者や肥満で運動しない人や 3 ~5% の妊娠糖尿病の女性でみられる 16

2 型糖尿病 : 経過 1. 糖尿病発症より 10 年かそれ以上先行してインスリン抵抗性が肥満の人で進行する 2.2 型糖尿病患者の初期には代償的高インスリン血症を伴うインスリン抵抗性がみられる 3. 続いて インスリン分泌の減少と高血糖症の悪化という特徴をもつ β 細胞の機能不全が起こる 17

2 型糖尿病 : 血糖値とインスリン濃度の経過 血糖 インスリン分泌 糖尿病の年数 図 25.8 18

インスリン抵抗性の原因 脂肪蓄積そのものがインスリン抵抗性に重要 脂肪細胞が分泌する調節性物質 レプチン レジスチン アディポネクチン 肥満で起きる遊離脂肪酸の上昇 19

β 細胞の機能不全の要因 β 細胞の機能不全 :2 型糖尿病の時間経過とともに高血糖を是正するのに十分なインスリンを分泌することができなくなること 遺伝的背景 グルコース毒性 遊離脂肪酸毒性 20

2 型糖尿病 : 代謝変化 肝臓 骨格筋 脂肪組織でのインスリン抵抗性の結果による 1. 高血糖症 末梢におけるグルコース使用量の減少 肝臓におけるグルコース産生量の増加 ケトーシスはほどんどない 2. 高トリアシルグリセロール症 脂肪細胞における リポタンパク質リパーゼによるキロミクロン VLDL の分解が不十分 21

2 型糖尿病 : 臓器間の関係 糖新生の亢進 リポタンパク質リパーゼの活性低下 インスリンは分泌されている 図 25.10 インスリン抵抗性 標的臓器 ( 特に肝臓と脂肪組織 ) におけるインスリン効果の減少 22

2 型糖尿病 : 治療 目標 : 血糖値を正常とされる限界値以下に維持すること 長期にわたる合併症の進行を防ぐ 微小血管合併症 ( 網膜症 腎障害 ) 大血管合併症 ( 循環器疾患 ) 体重減少 運動 食事改善 血糖降下薬 インスリン療法 23

2 型糖尿病 : 慢性的経過 高血糖を是正するほど 合併症の頻度が低くなる 左図 ( 図 25.11) は 高血糖の改善の結果 HbA1c が低下すると 網膜症の発症が低下することを示している 24

2 型糖尿病 : 予防 肥満と座位中心の生活により 2 型糖尿病の発症のリスクが高まる 青 : ほとんど運動しない (<500kcal/ 週 ) 茶 : 中等度の運動 (500~1999kcal/ 週 ) 緑 : 多くの運動 (>2000kcal/ 週 ) 縦軸 :2 型糖尿病発症率 (1 万人 年あたり ) 横軸 :Body Mass Index (kg/m2) 図 :25.12 25

肥満度の評価 Body Mass Index (BMI) = 体重 (kg)/ 身長 (m) 2 正常値 :19.5~25.0 25~29.9: 標準体重超過 30 以上 : 肥満 26

脂肪蓄積部位による分類 リンゴ型 腹部に蓄積 男性に多い 腹部 ( 上半身 ) 肥満ともいう ウエスト / ヒップ比 : 女性では 0.8 以上 男性では 1.0 以上 高血圧症 インスリン抵抗性 糖尿病 血中脂質異常 冠動脈性心疾患の危険性が増す 西洋ナシ型 下半身 腰部や臀部に蓄積 女性に多い 臀部 ( 下半身 ) 肥満 ウエスト / ヒップ比 : 女性では 0.8 以下 男性では 1.0 以下 基本的に健康 女性では普通 図 26.2 も参照 27

脂肪細胞 大きさと数 : 肥満の発生に関係 サイズの拡大 増殖 一度増えた脂肪細胞は小さくはなっても数は減少しない 腹部脂肪細胞 臀部脂肪細胞より大きく代謝回転率が高い ホルモン感受性が高い 動員が容易 減量しやすい 肝臓に対して門脈を介して直接的に影響する 臀部脂肪細胞 遊離脂肪酸はまず体循環に入るので 肝臓に直接的な影響を及ぼしにくい 28

体重調節 遺伝の影響 環境及び行動の影響 29

肥満の分子メカニズム 脂肪組織ホルモン レプチン アディポネクチン レジスチン その他のホルモン グレリン コレシストキニン インスリン 30

代謝の変化 メタボリックシンドローム 耐糖能低下 インスリン抵抗性 高インスリン血症 血中脂質異常 糖尿病や心血管系疾患の発症率が有意に上昇 血中脂質異常 インスリン抵抗性 ホルモン感受性リパーゼ活性上昇 血中脂肪酸濃度上昇 VLDL 上昇 HDL 低下 31

肥満と健康 やせすぎでも死亡率増加 74 歳以上では BMI と関連疾患の罹患率とは関係なくなる 肥満者の減量効果 : 血圧 血清 TAG, 血糖値の低下をもたらす 座位を中心とするライフスタイルのほうが軽度の肥満よりも死亡率に関係があるという見解もある 32

減量 エネルギーバランスを負にすることがまず重要 食事療法 栄養素構成には基本的に関係ない 運動 エネルギーの消費 心肺系を整え 心血管疾患のリスクを減らす 薬物療法 外科手術 重度の肥満のみが対象 33