98家計研_本文p02_99.indd

Similar documents
介護休業制度の利用拡大に向けて

Microsoft Word - notes①1210(的場).docx

<4D F736F F F696E74202D AAE90AC94C5817A835F C581698FE39E8A90E690B6816A2E >

参考 男女の能力発揮とライフプランに対する意識に関する調査 について 1. 調査の目的これから結婚 子育てといったライフ イベントを経験する層及び現在経験している層として 若年 ~ 中年層を対象に それまでの就業状況や就業経験などが能力発揮やライフプランに関する意識に与える影響を把握するとともに 家

介護保険外サービス需要の決定要因 ことを目的とした また 介護保険サービスと保険外サービスの双方を同時に利用している要介護世帯にとって 予算制約上 保険サービスと保険外サービスの利用量が互いに影響し合うことが予想される 介護保険サービスと保険外サービスの利用が同時決定である時 両者の関係性を把握する

第 2 章高齢者を取り巻く現状 1 人口の推移 ( 文章は更新予定 ) 本市の総人口は 今後 ほぼ横ばいで推移する見込みです 高齢者数は 増加基調で推移し 2025 年には 41,621 人 高齢化率は 22.0% となる見込みです 特に 平成 27 年以降は 後期高齢者数が大幅に増加する見通しです

親と同居の壮年未婚者 2014 年

Powered by TCPDF (

「高齢者の健康に関する意識調査」結果(概要)1

Microsoft PowerPoint - 資料3 BB-REVIEW (依田構成員).ppt

ポイント

税・社会保障等を通じた受益と負担について

中小企業のための「育休復帰支援プラン」策定マニュアル

Microsoft Word - 4AFBAE70.doc

若年者の就業状況 キャリア 職業能力開発の現状 - 平成 19 年版 就業構造基本調査 特別集計より - 独立行政法人労働政策研究 研修機構 The Japan Institute for Labour Policy and Training

Microsoft Word - Focus12月(的場).doc

man2

01 公的年金の受給状況

働き方の現状と今後の課題

第 1 章調査の実施概要 1. 調査の目的 子ども 子育て支援事業計画策定に向けて 仕事と家庭の両立支援 に関し 民間事業者に対する意識啓発を含め 具体的施策の検討に資することを目的に 市内の事業所を対象とするアンケート調査を実施しました 2. 調査の方法 千歳商工会議所の協力を得て 4 月 21

3 調査項目一覧 分類問調査項目 属性 1 男女平等意識 F 基本属性 ( 性別 年齢 雇用形態 未既婚 配偶者の雇用形態 家族構成 居住地 ) 12 年調査 比較分析 17 年調査 22 年調査 (1) 男女の平等感 (2) 男女平等になるために重要なこと (3) 男女の役割分担意

Microsoft Word - 池田様本文確定

2015年 「働き方や仕事と育児の両立」に関する意識(働き方と企業福祉に関する

2. 調査結果 1. 回答者属性について ( 全体 )(n=690) (1) 回答者の性別 (n=690) 回答数 713 のうち 調査に協力すると回答した回答者数は 690 名 これを性別にみると となった 回答者の性別比率 (2) 回答者の年齢層 (n=6

参考 1 男女の能力発揮とライフプランに対する意識に関する調査 について 1. 調査の目的これから結婚 子育てといったライフ イベントを経験する層及び現在経験している層として 若年 ~ 中年層を対象に それまでの就業状況や就業経験などが能力発揮やライフプランに関する意識に与える影響を把握するとともに

調査結果 1. 働き方改革 と聞いてイメージすること 男女とも 有休取得 残業減 が 2 トップに 次いで 育児と仕事の両立 女性活躍 生産性向上 が上位に 働き方改革 と聞いてイメージすることを聞いたところ 全体では 有給休暇が取りやすくなる (37.6%) が最も多く 次いで 残業が減る (36

Microsoft Word - wt1608(北村).docx

地域包括支援センターにおける運営形態による労働職場ストレス度等の調査 2015年6月

切片 ( 定数項 ) ダミー 以下の単回帰モデルを考えよう これは賃金と就業年数の関係を分析している : ( 賃金関数 ) ここで Y i = α + β X i + u i, i =1,, n, u i ~ i.i.d. N(0, σ 2 ) Y i : 賃金の対数値, X i : 就業年数. (

相対的貧困率の動向: 2006, 2009, 2012年

Microsoft PowerPoint - 仕事と介護の両立調査概要版修正

Microsoft Word - rp1504b(宮木).docx

98家計研_本文p02_99.indd

調査の実施背景 介護保険制度が 2000 年に創設されてから 10 年余りが過ぎました 同制度は 家族介護をあてにせずに在宅介護ができる支援体制を整えることを目的として発足されたものですが 実際には 介護の担い手としての家族の負担 ( 経済的 身体的 精神的負担 ) は小さくありません 今後 ますま

平成29年高齢者の健康に関する調査(概要版)


ブック 1.indb

平成 年 2 月 日総務省統計局 労働力調査 ( 詳細集計 ) 平成 24 年 10~12 月期平均 ( 速報 ) 結果の概要 1 Ⅰ 雇用者 ( 役員を除く ) 1 1 雇用形態 2 非正規の職員 従業員の内訳 Ⅱ 完全失業者 3 1 仕事につけない理由 2 失業期間 3 主な求職方法 4 前職の

EBNと疫学

ポイント 〇等価尺度法を用いた日本の子育て費用の計測〇 1993 年 年までの期間から 2003 年 年までの期間にかけて,2 歳以下の子育て費用が大幅に上昇していることを発見〇就学前の子供を持つ世帯に対する手当てを優先的に拡充するべきであるという政策的含意 研究背景 日本に

15 第1章妊娠出産子育てをめぐる妻の年齢要因

平成26年度「結婚・家族形成に関する意識調査」報告書(全体版)

介護における尊厳の保持 自立支援 9 時間 介護職が 利用者の尊厳のある暮らしを支える専門職であることを自覚し 自立支援 介 護予防という介護 福祉サービスを提供するにあたっての基本的視点及びやってはいけ ない行動例を理解している 1 人権と尊厳を支える介護 人権と尊厳の保持 ICF QOL ノーマ

Microsoft Word - 教育経済学:課題1.docx

Microsoft Word - Notes1104(的場).doc

<4D F736F F D DE97C78CA78F418BC B28DB895F18D908F DC58F49817A2E646F63>

Microsoft Word - .\...doc

男女共同参画に関する意識調査

労働力調査(詳細集計)平成29年(2017年)平均(速報)結果の概要

Microsoft Word - H29 結果概要

第28回介護福祉士国家試験 試験問題「社会の理解」

調査研究方法論レポート

 

当院人工透析室における看護必要度調査 佐藤幸子 木村房子 大館市立総合病院人工透析室 The Evaluation of the Grade of Nursing Requirement in Hemodialysis Patients in Odate Municipal Hospital < 諸

どのような生活を送る人が インターネット通販を高頻度で利用しているか? 2013 年 7 月 公益財団法人流通経済研究所主任研究員鈴木雄高 はじめにもはやそれなしでの生活は考えられない このように インターネット通販を生活に不可欠な存在と位置付ける人も多いであろう 実際 リアル店舗で買えて ネットで

調査の概要 少子高齢化が進む中 わが国経済の持続的発展のために今 国をあげて女性の活躍推進の取組が行なわれています このまま女性正社員の継続就業が進むと 今後 男性同様 女性も長年勤めた会社で定年を迎える人が増えることが見込まれます 現状では 60 代前半の離職者のうち 定年 を理由として離職する男

スライド 1

<4D F736F F D D9182CC8EB88BC695DB8CAF90A793782E646F63>

自動的に反映させないのは133 社 ( 支払原資を社内で準備している189 社の70.4%) で そのうち算定基礎は賃金改定とは連動しないのが123 社 (133 社の92.5%) となっている 製造業では 改定結果を算定基礎に自動的に反映させるのは26 社 ( 支払原資を社内で準備している103

親と同居の未婚者の最近の状況(2016 年)

平成28年 高齢者の経済・生活環境に関する調査結果(概要版)2/4

平成24年度 団塊の世代の意識に関する調査 日常生活に関する事項

地域における終末期ケアの意向と実態に関する調査研究(Ⅱ)報告書

スライド 1

調査実施の背景 わが国では今 女性活躍を推進し 誰もが仕事に対する意欲と能力を高めつつワークライフバランスのとれた働き方を実現するため 長時間労働を是正し 労働時間の上限規制や年次有給休暇の取得促進策など労働時間制度の改革が行なわれています 年次有給休暇の取得率 ( 付与日数に占める取得日数の割合

出産・育児調査2018~妊娠・出産・育児の各期において、女性の満足度に影響する意識や行動は異なる。多くは子どもの人数によっても違い、各期で周囲がとるべき行動は変わっていく~

PowerPoint プレゼンテーション

第2章 調査結果の概要 3 食生活


Microsoft Word - 2_調査結果概要(訂正後)

全国就業実態パネル調査2019設計資料

The effect of smoking habit on the labor productivities

季刊家計経済研究 2012 SPRING No.94 図表 -1 日常の悩みや不安の推移 (%) 老後の生活設計について自分の健康について家族の健康について 現在の収入や資産について今後の収入や資産の見通しについて

< 集計分析結果 > ( 単純集計版 ) 在宅介護実態調査の集計結果 ~ 第 7 期介護保険事業計画の策定に向けて ~ 平成 29 年 9 月 <5 万人以上 10 万人未満 >

第第第ライフスタイルに対する国民の意識と求められるすがた50 また 働いていないが 今後働きたい と回答した人の割合は 男性では 7.4% であるのに対し て 女性は19.1% である さらに 女性の中では 30 代の割合が高く ( 図表 2-1-2) その中でも 特に三大都市圏で高い割合となってい

調査概要 調査対象 : 東京都 愛知県 大阪府 福岡県の GF シニアデータベース 有効回答件数 :992 件 標本抽出法 :GF RTD( ランダム テレフォンナンバー ダイアリング ) 方式 調査方法 : アウトバウンド IVR による電話調査 調査時期 : 平成 23 年 8 月 4 日 (

自殺意識調査(結果概要)

金融調査研究会報告書 少子高齢化社会の進展と今後の経済成長を支える金融ビジネスのあり方

Ⅱ.1 ワーク ライフ バランス施策の定義と類型 (1) ワーク ライフ バランス施策とは work-life balance 1 (2) ワーク ライフ バランス施策の類型

経済学コース論文要約

Microsoft PowerPoint - e-stat(OLS).pptx

摂南経済研究第 5 巻第 1 2 号 (2015), ページ 論文 プロ野球におけるチケット価格に関する分析 オリックス バファローズを事例として 持永政人 西川浩平 The Analysis of Tickets Price on Professional Baseball - Cas

Microsoft PowerPoint - R-stat-intro_12.ppt [互換モード]

第 7 回大阪市人口移動要因調査報告書 平成 27 年 3 月 大阪市都市計画局

Probit , Mixed logit

第5回 「離婚したくなる亭主の仕事」調査

PowerPoint プレゼンテーション

西和賀町 高齢者実態調査結果報告書 平成 29 年 3 月 岩手県西和賀町

( ウ ) 年齢別 年齢が高くなるほど 十分に反映されている まあまあ反映されている の割合が高くなる傾向があり 2 0 歳代 では 十分に反映されている まあまあ反映されている の合計が17.3% ですが 70 歳以上 では40.6% となっています

13章 回帰分析

! 3

スライド 1

このジニ係数は 所得等の格差を示すときに用いられる指標であり 所得等が完全に平等に分配されている場合に比べて どれだけ分配が偏っているかを数値で示す ジニ係数は 0~1の値をとり 0 に近づくほど格差が小さく 1に近づくほど格差が大きいことを表す したがって 年間収入のジニ係数が上昇しているというこ

(2) 高齢者の福祉 ア 要支援 要介護認定者数の推移 介護保険制度が始まった平成 12 年度と平成 24 年度と比較すると 65 歳以上の第 1 号被保険者のうち 要介護者又は要支援者と認定された人は 平成 12 年度末では約 247 万 1 千人であったのが 平成 24 年度末には約 545 万


シニア層の健康志向に支えられるフィットネスクラブ

表 6.1 横浜市民の横浜ベイスターズに対する関心 (2011 年 ) % 特に何もしていない スポーツニュースで見る テレビで観戦する 新聞で結果を確認する 野球場に観戦に行く インターネットで結果を確認する 4.

表 1) また 従属人口指数 は 生産年齢 (15~64 歳 ) 人口 100 人で 年少者 (0~14 歳 ) と高齢者 (65 歳以上 ) を何名支えているのかを示す指数である 一般的に 従属人口指数 が低下する局面は 全人口に占める生産年齢人口の割合が高まり 人口構造が経済にプラスに作用すると

14 日本 ( 社人研推計 ) 日本 ( 国連推計 ) 韓国中国イタリアドイツ英国フランススウェーデン 米国 図 1. 1 主要国の高齢化率の推移と将来推計 ( 国立社会保障 人口問題研究所 資料による ) 高齢者を支える

資料2(コラム)

Transcription:

特集論文 介護による就労調整は世帯収入を減少させるか? 岸田研作 ( 岡山大学大学院社会文化科学研究科准教授 ) 1. はじめに介護保険の目的の一つは介護の社会化であり 在宅生活の継続を重視している 介護の社会化とは これまで主に家族が担っていた介護を 介護保険の仕組みを通じて 社会全体で担うことである しかし 現実には 中重度の要介護者が自宅での生活を継続するには 介護保険のサービスだけでは対応できず 家族介護が不可欠である そのため 中重度の要介護者を抱える世帯では 同居者が労働時間の短縮などの就労調整や離職を余儀なくされる可能性がある これまで介護が就労に与える影響を分析した研究が国内外で数多く行われてきた (Lilly et al. 2007; 大日 1999; 岩本 2000; 山口 2004; 西本 2006; 池田 浜島 2006; 池田 2010; 西本 2012) 1) 介護が就労に与える影響を分析する意義の一つは 家族介護による離職や就労調整が 世帯収入の減少をもたらす可能性があるからである しかし 要介護者の重症度の悪化が介護による就労調整や離職を通じて世帯収入に及ぼす影響を分析した研究はない 要介護度と介護サービスの自己負担額の関係を調べた先行研究は 要介護度が高くなるほど 介護サービスの支出額が多くなる傾向を示している ( 遠藤 山田 2007; 大日 2002) 要介護者の重症度が高くなって介護サービスの支出が増えるにもかかわらず 就労調整や離職により世帯収入が減少するならば 心身面での介護負担だけでなく 金銭的な負担によっても中重度の要介護者が在宅生活の継続を断念する可能性がある そこで 本稿では 要 介護者の重症度の悪化が家族介護による就労調整を通じて世帯収入に及ぼす影響を調べる 離職が世帯収入に与える影響を分析することが重要であることはいうまでもないが 介護によって離職し無職となった者を対象とすると 労働時間の短縮や休業といった就業中の者しか該当しえない就労調整の影響を同時に分析することができない そのため 本稿では就労調整のみを扱う 2. 方法データは 公益財団法人家計経済研究所が 2011 年 9 10 月に行った 在宅介護のお金とくらしについての調査 である 本稿では そのうち調査時点で回答者が就業しており 分析に必要な変数に欠損値がなかった 306の要介護世帯のサンプルを用いる 要介護世帯は 調査回答者が 40 ~ 64 歳で 介護が必要な親 義親と同居している世帯である 調査の実施にあたって 男性 無配偶者の家族介護者のサンプルを確保するため 男女 配偶者の有無別に 100 世帯を確保できるよう割付が行われた 分析で用いる変数の定義を図表 1 記述統計を図表 2に示している 先行研究が対象としてきた介護による就労調整として 労働時間の短縮 (Lilly et al. 2007; 山口 2004; 西本 2006) 転職( 池田 2010) 休業( 西本 2012) がある 本稿でもこれらの就労調整を対象とする まず 要介護者が重症であるほど調査回答者の就労調整が生じる可能性が高くなることを確認するため 就労調整を被説明変数 説明 54

介護による就労調整は世帯収入を減少させるか? 図表 -1 変数の定義 世帯収入の減少 介護による総世帯収入の減少について尋ねた質問に対する回答の選択肢は かなり あった (3) いくらかあった (2) あまりなかった (1) まったくなかった (0) 就労調整 労働時間の短縮 調査回答者が 介護により仕事の時間を減らした場合に 1 減らさなかった場合に 0 をとる変数 転職 調査回答者が 介護により仕事を変えた場合に 1 変えなかった場合に 0 をとる変数 休業 調査回答者が過去 2 カ月間に仕事を休みすぎているかという質問に対する回答で か なりあてはまる (3 点 ) ある程度あてはまる (2 点 ) あまりあてはまらない (1 点 ) まったくあてはまらない (0 点 ) 世帯属性 要介護度 要介護者の要介護度をあらわすダミー変数 要介護度 4 と 5 の標本数が少なかったので 要介護度 4 と要介護度 5 は同一カテゴリーにした 男性 調査回答者が男性の場合に 1 女性の場合に 0 をとる変数 年齢 調査回答者の年齢の実数値 健康状態 調査回答者の主観的健康状態 よい (5 点 ) まあよい (4 点 ) 普通 (3 点 ) あ まりよくない (2 点 ) よくない (1 点 ) 主介護者 調査回答者が主介護者の場合に 1 そうでない場合に 0 をとる変数 正規雇用 調査回答者の雇用形態が正規雇用の場合に 1 そうでない場合に 0 をとる変数 管理職 調査回答者が管理職の場合に 1 そうでない場合に 0 をとる変数 配偶者 就労 就労している配偶者がいる場合に 1 無職の配偶者がいる場合に 0 をとる変数 配偶者 なし 配偶者がいない場合に 1 無職の配偶者がいる場合に 0 をとる変数 要介護者 配偶者 要介護者の配偶者がいる場合に 1 いない場合に 0 をとる変数 介護期間 介護期間 ( 年 ) 持ち家 持ち家である場合に 1 そうでない場合に 0 をとる変数 人口 居住する自治体の人口規模をあらわす変数 変数に要介護度を含む回帰分析を行う 推定は 対象とする 3つの就労調整 ( 仕事時間の短縮 転職 休業 ) のそれぞれについて行う 3つの就労調整のうち 労働時間の短縮と転職については 調査票の質問文で介護によるものと明記しており それぞれの該当の有無を尋ねている そこで 労働時間の短縮と転職については それぞれ該当する場合に 1 該当しない場合に 0をとる変数を作成し 推定はプロビットモデルで行う 2) 休業は 過去 2カ月間に仕事を休みすぎているかを尋ねた質問に対する回答であり 回答の選択肢は かなりあてはまる ある程度あてはまる あまりあてはまらない まったくあてはまらない である 調査票の質問文では 休業の原因を介護に限定していないため 休業の要因は介護以外のものも含まれる 推定方法は 順序プロビットモデルである 3) なお 要介護者が重症であるほど家族の就 労調整が生じやすくなることは一見自明のように思われるかもしれないが 論文末の補論で述べるように わが国の先行研究からは必ずしも明らかでない 説明変数は図表 1で示した世帯属性であり 要介護度 調査対象者の性別 年齢 健康状態 正規雇用か否か 管理職か否か 要介護者との続き柄 配偶者の有無や就業状態 要介護者の配偶者の有無 介護期間 持ち家か否か 居住地の人口規模 である 次に 介護による総世帯収入の減少を被説明変数 就労調整を説明変数に含む回帰式を推定する 介護による総世帯収入の減少について尋ねた質問に対する回答の選択肢は かなりあった (3) いくらかあった (2) あまりなかった (1) まったくなかった (0) である 推定方法は 順序プロビットモデルである 就労調整以外の説明変数は 就労調整を被説明変数とした回帰式と同じで 55

季刊家計経済研究 2013 SPRING No.98 図表 -2 分析で用いる変数の記述統計 世帯収入の減少かなりあったいくらかあったあまりなかったまったくなかった 20.9 26.1 29.4 23.5 就労調整労働時間の短縮 21.6 転職 5.6 1) 休業 かなりあてはまるある程度あてはまるあまりあてはまらないまったくあてはまらない (%) 7.2 16.3 37.6 38.9 世帯属性 ~ 要介護度 1 45.4 要介護度 2 19.6 要介護度 3 17.3 要介護度 4 11.1 要介護度 5 6.5 男性 52.0 年齢 ( 歳 ) 2) 51.6 健康状態 ( 点数 ) 2) 3.4 主介護者 58.5 正規雇用 43.1 管理職 19.3 続柄 自分の親 75.2 配偶者 無職 20.9 配偶者 就労 42.5 配偶者 なし 38.2 要介護者 配偶者あり 26.8 介護期間 ( 年 ) 2) 4.7 持ち家 82.4 20 万人未満 41.5 20 万 ~ 100 万人未満 25.8 100 万人以上 32.7 注 : 1) 過去 2 カ月間に仕事を休みすぎているかという質問に対する回答 2) 連続変数であり 単位は ( ) 内に示している ある 仕事時間の短縮と転職については 該当す る場合に 1 該当しない場合に 0 をとる変数として 扱う 休業については かなりあてはまる (3 点 ) ある程度あてはまる (2 点 ) あまりあてはまら ない (1 点 ) まったくあてはまらない (0 点 ) と いう点数づけをする 先に述べたように 休業は 介護以外の要因によるものも含む しかし 被説明 変数である総世帯収入の減少が介護によるもので あるため 休業の係数が正である場合 介護によ る休業が世帯収入を減少させていると解釈できる 3. 結果と考察 (1) 就労調整に対する要介護者の重症度の影響図表 2によると 分析対象者のうち 介護により労働時間を短縮した者は 21.6% 転職した者は 5.6% であった 休業に関する質問 ( 仕事を休みすぎているか ) に対する回答の分布は かなりあてはまる (7.2%) ある程度あてはまる (16.3%) あまりあてはまらない (37.6%) まったくあてはまらない (38.9%) であった 図表 3に推定結果を示している まず 具体例をあげることで限界効果の意味を平易に述べる 図表 3 第 2 列 労働時間の短縮の要介護度 4 5 の限界効果は 0.250となっている これは 基準として設定した要介護度 1 以下の世帯と比較すると 要介護度 4 5 の世帯は 調査回答者が労働時間を短縮させる割合が 25.0% 高いことを示している ただし この結果は 要介護度以外の世帯間の属性の相違が就労調整に及ぼす影響を制御したものであり 要介護度 1 以下の世帯と要介護度 4 5の世帯で労働時間を短縮した世帯の割合を単純比較した値ではない 転職と休業の推定結果では 要介護度 3の限界効果の方が要介護度 4 5 よりも大きくなるという逆転現象が観察されたものの 要介護者の重症度が軽度の場合よりも中重度の方が 就労調整が生じやすい傾向がみられた このことは 要介護者が重症であるほど介護負担が重くなり 就労調整を余儀なくされることをあらわしていると考えられる (2) 世帯収入に対する就労調整の影響図表 2は 介護による総世帯収入の減少に対する回答の内訳が示されている 本稿で用いた調査では具体的な世帯収入の減少額については尋ねていないものの かなりあった と回答した 20.9% の世帯では 大幅な総世帯収入の減少があったと推察される 図表 4は推定結果である 労働時間の短縮 転職 休業はすべて有意であった しかし 順序プ 56

介護による就労調整は世帯収入を減少させるか? 図表 -3 就労調整と重症度の関係 被説明変数 労働時間の短縮 転職 休業 限界効果 限界効果 係数 ~ 要介護度 1( 基準 ) 要介護度 2 0.009 0.009 0.586 ** 要介護度 3 0.120 0.044 ** 0.770 ** 要介護度 4 5 0.250 ** 0.028 * 0.693 ** 男性 0.047 0.024 + 0.217 年齢 0.000 0.002 * 0.017 + 健康状態 0.016 0.002 0.149 + 主介護者 0.087 0.003 0.400 ** 正規雇用 0.081 0.039 ** 0.221 管理職 0.015 0.003 0.339 * 続柄 自分の親 0.028 0.021 + 0.334 + 配偶者 無職 ( 基準 ) 配偶者 就労 0.102 0.031 0.117 配偶者 なし 0.086 0.030 + 0.129 要介護者 配偶者あり 0.111 ** 0.005 0.292 + 介護期間 0.007 0.003 ** 0.013 持ち家 0.073 0.003 0.029 20 万人未満 ( 基準 ) 20 万 ~ 100 万人未満 0.004 0.009 0.242 100 万人以上 0.004 0.014 0.279 * 疑似決定係数 0.09 0.30 0.09 標本数 306 306 306 推定方法 プロビット プロビット 順序プロビット 注 : **: 1% 水準で有意 *: 5% 水準で有意 + : 10% 水準で有意標準誤差の計算では 都道府県単位のクラスター効果を考慮している ロビットモデルの推定結果を直感的に理解することはやや難しい そこで 図表 4の推定結果をもとに 主要な関心である労働時間の短縮 転職 休業が総世帯収入に与える影響をわかりやすく示したのが図表 5である それによると 介護による労働時間の短縮を行った世帯では 介護による総世帯収入の減少がかなりあった と回答した割合が 30.2% であったのに対し 労働時間の短縮を行っていない世帯では その割合は 18.0% であった 労働時間の短縮を経験した世帯としていない世帯で 介護による総世帯収入の減少がかなりあった と回答した割合には 12.3% の差があった 同様に 介護による転職を行った世帯では 介護による総世帯収入の減少がかなりあった と回答した割合が 38.7% であったのに対し 転職を行っていない世帯では その割合は 19.7% であった 介護による転職を経験した世帯としていない世帯 で 介護による総世帯収入の減少がかなりあった と回答した割合には 19.0% の差があった 休業については かなりあてはまる 世帯では 介護による総世帯収入の減少がかなりあった と回答した割合が 49.3% であったのに対し まったくあてはまらない 世帯では その割合は 9.9% であった かなりあてはまる 世帯と まったくあてはまらない 世帯の差は 39.4% であった 以上の結果と図表 4で示した重症度が高いほど就労調整が生じるという結果より 要介護者の重症度の悪化は 就労調整を通じて世帯収入を減少させると考えられる (3) 政策含意介護保険の目的の 1つは介護の社会化であり 在宅生活の継続を重視している しかし 現実には 中重度の要介護者が自宅での生活を継続する 57

季刊家計経済研究 2013 SPRING No.98 図表 -4 就労調整が世帯収入に及ぼす影響 被説明変数 世帯収入の減少 係数 労働時間の短縮 0.484 ** 転職 0.507 ** 休業 0.718 * ~ 要介護度 1( 基準 ) 要介護度 2 0.174 要介護度 3 0.310 要介護度 4 5 0.485 ** 男性 0.114 年齢 0.024 * 健康状態 0.107 + 主介護者 0.055 正規雇用 0.192 管理職 0.200 続き柄 自分の親 0.196 配偶者 無職 ( 基準 ) 配偶者 就労 0.206 配偶者 なし 0.239 要介護者 配偶者あり 0.293 * 介護期間 0.016 持ち家 0.113 20 万人未満 ( 基準 ) 20 万 ~ 100 万人未満 0.021 100 万人以上 0.274 + 疑似決定係数 0.14 標本数 306 推定方法 順序プロビット 注 : **: 1% 水準で有意 *: 5% 水準で有意 + : 10% 水準で有意標準誤差の計算では 都道府県単位のクラスター効果を考慮している 図表 -5 介護による世帯収入の減少が かなりあった と回答する者の割合 (%) 有 (1) 無 (2) 差 (1) (2) 労働時間の短縮 30.2 18.0 12.3 転職 38.7 19.7 19.0 休業 1) 3 点 (1) 0 点 (2) 差 (1) (2) 49.3 9.9 39.4 注 : 1) 過去 2 カ月間に仕事を休みすぎているかという質問に対する回答で 3 点は かなりあてはまる 0 点は まったくあてはまらない には 介護保険のサービスだけでは対応できず 家族介護が不可欠である 本稿の結果は 中重度 の要介護者を抱える世帯では 同居者が労働時間 の短縮 転職 休業などの就労調整を余儀なくされることで 世帯収入が減少することを示した 2010 年に新設された 介護休暇 は 1 日単位で休暇を取ることができ 正社員以外にも取得対象となる労働者が多く 休暇を求める労働者のニーズに沿ったものと評価されている ( 西本 2012) 介護休暇の創設により これまで取得者が少なかった介護休業制度の利用が進むことが期待される しかし 介護休暇は 育児休暇と異なり 所得保障がない 本稿の分析対象世帯は 調査会社に登録されたモニター世帯であるため サンプルの代表性については留意が必要である しかし その 20.9% が 介護による総世帯収入の減少がかなりあった と回答したことを踏まえると 少なからぬ世帯が介護による大幅な総世帯収入の減少を経験していると推察される そのため 今後 介護休暇でも所得保障の仕組みを作ることを検討すべきであろう 補論わが国の先行研究にみる要介護者の重症度と就業調整の関係労働時間の短縮化を分析した山口 (2004) 西本 (2006) は 調査対象者となった家族介護者が行っている ADL 援助数が多いほど 労働時間の短縮化が行われることを示した しかし 調査対象となった家族介護者の ADL 援助数は 要介護者の重症度と関連があるものの同義ではない ADL 援助数は 副介護者の存在や介護サービス利用にも影響を受けると考えられる 介護による転職要因について分析した池田 (2010) では 要介護者の重症度の指標として身体介助の必要性と認知症の程度を用いているが いずれも有意でなかった 4) 重症度の変数が有意でなかった理由として 池田 (2010) では 転職が介護を原因としたものに限定されていないため 推定結果の感度が低かった可能性が考えられる 介護による休業取得の要因について分析した西本 (2012) では 要介護者の重症度の指標として 寝たきりの程度を用いているが有意でなかった 西本 (2012) において 重症度の変数が有意でな 58

介護による就労調整は世帯収入を減少させるか? かった理由として 西本 (2012) の標本の 62.4% が 要介護者の介護場所が病院 施設であることが考 えられる 本稿のように要介護者の介護場所が在 宅 同居である場合 要介護者の重症度が高くな るほど介護負担が重くなると推測される しかし 要介護者が病院 施設に入院 入所している場合 要介護者の重症度と家族の介護負担の関係は明らかでない 注 1)Lilly et al.(2007) は 1986 年から 2006 年にかけて英文で執筆された論文の包括的なサーベイである 2) 労働時間の短縮と転職があらわす状態は該当の有無の 2 種類である プロビットモデルとは 被説明変数があらわす状態の数が 2 種類の場合に用いる回帰分析の手法である 3) 順序プロビットモデルとは 被説明変数があらわす状態の数が 2 種類よりも多く 状態の間に順序をつけることができる場合に用いる回帰分析の手法である 休業の場合 状態像は かなりあてはまる ある程度あてはまる あまりあてはまらない まったくあてはまらない の 4 種類であり それらの間には かなりあてはまる > ある程度あてはまる > あまりあてはまらない > まったくあてはまらない という順序をつけることができるので 順序プロビットモデルによる分析が適当である 4) 池田 (2010) では 仕事の変更を介護開始時点から調査時点の間で職場を変わったことと定義している 文献池田心豪,2010, 介護期の退職と介護休業 連続休暇の必要性と退職の規定要因 日本労働研究雑誌 597: 88-102. 池田心豪 浜島幸司,2007, 介護休業制度と介護保険制度 仕事と介護の両立支援の課題 労働政策研究 研修機構編 仕事と生活 体系的両立支援の構築に向けて 労働政策研究 研修機構,305-317. 岩本康志,2000, 要介護者の発生にともなう家族の就業形態の変化 季刊社会保障研究 36(3): 321-337. 遠藤久夫 山田篤裕,2007, 介護保険の利用実態と介護サービスの公平性に関する研究 医療経済研究 19(2): 147-167. 大日康史,1999, 介護場所の選択と介護者の就業選択 医療と社会 9(1): 101-121.,2002, 公的介護保険による実際の介護需要に関する分析 世帯構造別の分析 季刊社会保障研究 38(1): 67-73. 西本真弓,2006, 介護が就業形態の選択に与える影響 季刊家計経済研究 70: 53-61.,2012, 介護のための就業形態の選択について 介護と就業の両立のために望まれる制度とは? 日本労働研究雑誌 623: 71-83. 山口麻衣,2004, 高齢者ケアが就業継続に与える影響 第 1 回全国家族調査 (NFR98)2 次分析 老年社会科学 26(1): 58-67. Lilly, M. B. and A. Laporte, and P. C. Coyte, 2007, Labor Market Work and Home Care s Unpaid Caregivers: A Systematic Review of Labor Force Participation Rates, Predictors of Labor Market Withdrawal, and Hours of Work, The Milbank Quarterly, 85(4): 641-690. きしだ けんさく岡山大学大学院社会文化科学研究科准教授 主な論文に 介護サービス供給体制 ( 共著, 宮島洋 西村周三 京極高宣編 社会保障と経済 3 社会サービスと地域 東京大学出版会,2010) 医療経済学専攻 59