上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011) 6. 新規多点制御型有機分子触媒の創製を基盤とするドミノ型反応の開発 笹井宏明 Key words: 不斉有機分子触媒, イソインドリン, テトラヒドロピリジン, ドミノ反応, 二重活性化 大阪大学産業科学研究所機能物質科学研究分野 緒言連続する反応を一つの容器内で単一の操作で進行させるドミノ型反応は, 多段階反応における中間体の単離精製を必要とせず, 時間, シリカゲルや溶媒等の試薬類, エネルギーならびに労働力を低減できる環境低負荷型プロセスとして注目されている. さらに, 触媒的不斉ドミノ反応では, 光学活性な中間体の両エナンチオマーとキラルな触媒との間に, 反応に有利な組み合わせと不利な組み合わせが生じることから, 次の中間体の光学純度が向上することも期待できる. また, 生じた中間体が不安定で分解しやすい場合にも, 中間体が直ちに次の反応に供されるため, 通常の方法では得られない生成物を簡便な操作で得られる可能性もある. 一方, 有機分子触媒は, 金属を含む触媒のような失活が起こりにくく, 触媒由来の金属による生成物の汚染といった問題がないため, 次世代の触媒として期待されている. これまでイミンとエノンとの形式的付加反応である aza- 森田 - Baylis-Hillman(aza-MBH) 反応を基盤とするドミノ型反応として, アキラルな触媒を用いた報告例はあるものの, 収率や選択性の点で, その効率は低かった. 我々は, 触媒分子に酸性および塩基性官能基を導入した二重活性化型有機分子触媒により,aza-MBH 反応を高エナンチオ選択的に促進することに成功している 1). そこで, 本不斉触媒反応をドミノ反応へと展開し, 医薬品合成中間体として有望なテトラヒドロピリジン誘導体と, イソインドリン誘導体の効率的な合成を目的に研究を行った. 方法 結果および考察キラルな二重活性化型有機分子触媒を用いるエナンチオ選択的 aza-mbh 反応の展開として, 二種類のドミノ反応を検討した. トシルイミン 3 とアクロレイン 2a の aza-mbh 反応において, 反応中間体と, もう一分子のアクロレイン 2a とのドミノ反応を検討したところ, 溶媒としてジクロロエタンを用い,0 で反応を行った後に 25 まで昇温することで, 高収率かつ高エナンチオ選択的にテトラヒドロピリジン誘導体を得ることができた 2) (Scheme 1). Scheme 1. Enantioselective domino reaction to give tetrahydropyridines. 1
この反応では,Scheme 2 に示すように, マイケル反応 / マンニッヒ反応 / アザ - マイケル反応 / 分子内アルドール反応 / 脱 水反応が連続的に進行している. トシルイミン 3 の芳香環上の置換基としては, 電子吸引性基と電子供与性基の両方が適用可 能であった. Scheme 2. Plausible reaction mechanism of the domino reaction. トシルイミンに対して, アクロレイン 2a とメチルビニルケトン 2b の二種類の α,β- 不飽和カルボニル化合物を同時に反応基質と して用いた場合にはドミノ反応に展開できないものの,2b と 3b の反応で最初に生じた aza-mbh 付加体 5c を DBU 存在下ア クロレイン 2a と処理することで目的の三成分連結体 6c を得ることができた (Scheme 3). Scheme 3. Stepwise three component coupling process using two kinds of α,β-unsaturated carbonyl compounds. さらに, 有機分子触媒が促進する連続反応として,aza-MBH 反応に続く分子内 aza-michael 反応を鍵工程とする新規不斉 ドミノ環化反応を検討した (Scheme 4). 2
Scheme 4. Enantioselective domino reaction via intra-molecular aza-michael reaction to give isoindolines. 触媒 1 では効率よく反応が進行しなかったものの,Shi らの開発した触媒 (S)-8 3) を, エノン 2 とオルト位に α,β- 不飽和エステル部位を有するイミン 7 との反応に適用したところ, 目的とするイソインドリン誘導体 9 を, 単一のジアステレオマーとして最高 93% ee で得ることに成功した 4). メチルビニルケトン以外の α,β- 不飽和カルボニル化合物としては, エチルビニルケトンならびにフェニルビニルケトンでも高エナンチオ選択的に反応が進行した. 芳香環上に電子吸引基, および電子供与基のいずれを有するイミンにおいても高エナンチオ選択的に反応は進行した. 尚, イソインドリンの絶対配置は単結晶 X 線構造解析により決定した. 上記のドミノ反応により合成したテトラヒドロピリジン誘導体 4 や, イソインドリン 9 は,Fig. 1 に示すような生物活性物質の基本骨格であり, 生物活性物質合成のキラルビルディングブロックとしての応用が期待できる. Fig. 1. Representative structure of biologically important piperidine and isoindoline derivatives which can be prepared using domino process. 実際,4 と 9 は, 様々な誘導体に変換可能である. 一例として, イソインドリン誘導体 9a(R 1 = Me, R 2 = H, R 3 = Me) の変換を Scheme 5 に示す. ドミノ反応は, 途中で生成する中間体が不安定な場合にも適用可能である. また, キラルな反応中間体と不斉触媒との間にジアステレオメリックな環境が生じるため, 最終生成物において高いエナンチオ選択性の発現が期待できる. 今後, 多点制御型触媒の特性を活かしたドミノ反応を検討する予定である. 3
Scheme 5. Derivatization of isoindoline, (R,S)-9. Reaction conditions: a) Yb(OTf) 3 (1.5 equiv), NaBH 4 (1.5 equiv), MeOH, THF, 10 o C, 30 min (d.r.>77:23); b) Zn (20 equiv), NH 4 Cl aq., THF, rt, 12 h (d.r.>99:1); c) LiOH (5.0 eq.) in aq., THF, rt, 26 h (d.r.>99:1); d) Mg (20 equiv), MeOH, rt, 2 h (d.r.>99:1); e) dibenzyl malonate (1.2 equiv), DBU (1.2 equiv), THF, -40 o C, 72 h (d.r.>96:4) 共同研究者 本研究は, 大阪大学産業科学研究所の滝澤忍准教授と共同で行ったものである. 研究にご支援いただいた上原記念生命科 学財団に深謝いたします. 文献 1) Matsui, K., Takizawa, S. & Sasai, H.: Bifunctional organocatalysts for enantioselective aza-morita- Baylis-Hillman reaction. J. Am. Chem. Soc., 127:3680-3681, 2005. 2) Takizawa, S., Inoue, N. & Sasai, H.: An enantioselective organocatalyzed aza-mbh domino process: application to the facile synthesis of tetrahydropyridines. Tetrahedron Lett., 52:377-380, 2011. 3) Shi, M. & Chen, L.-H.: Chiral phosphine Lewis base catalyzed asymmetric aza-baylis-hillman Reaction of N-sulfonated imines with methyl vinyl ketone and phenyl acrylate. Chem. Commun., 1310-1311, 2003. 4
4) Takizawa, S., Inoue, N., Hirata, S. & Sasai, H.: Enantioselective synthesis of isoindolines: organocatalyzed domino process based on the aza-morita-baylis-hillman (aza-mbh) reaction. Angew. Chem. Int. Ed., 49:9725-9729, 2010. 5