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第 56 巻第 2 号 (2017 年 9 月 ) (44)13 報 告 大腸癌における PCR-High Resolution Melting 解析を用いた RAS, BRAF 遺伝子検査 Detection of RAS and BRAF mutation in colorectal cancer using PCR-High Resolution Melting analysis 神田真志畔上公子川崎隆木下律子本間慶一齋藤大造 * Masashi KANDA,Kimiko AZEGAMI,Takashi KAWASAKI Noriko KINOSHITA,Keiichi HOMMA and Daizo SAITO* 要 旨 大腸癌における RAS (KRAS / NRAS ) 遺伝子検査は, 抗 EGFR 抗体薬投与の適否を判断する目的で行われる 予後不良因子である BRAF V600E 遺伝子変異を含めると検索対象は 7 領域に渡り, 複数領域の変異検索を簡便に行える方法が必要となった PCR-High Resolution Melting(HRM) 解析は融解曲線の違いにより野生型と変異型を識別する方法である ダイレクトシークエンス法 ( 以下 DS 法 ) で変異の有無が確定した大腸癌 40 例について PCR-HRM 解析を行った RAS 遺伝子変異型 17 例と BRAF 遺伝子変異型 3 例は, 全例変異が検出された 野生型の 20 例は全例変異が検出されなかった PCR-HRM 解析で変異が検出された場合は DS 法で塩基配列の決定を行っている 変異が検出されない場合は DS 法での確認は不要となり, 省力化につながった 院内実施した 200 例では,KRAS 遺伝子変異型は 83 例,NRAS 遺伝子変異型は 8 例,BRAF 遺伝子変異型は 19 例であった 他に 4 例で複数の変異を認めた PCR-HRM 解析は簡便に変異の有無をスクリーニングでき, 検索対象の多い RAS,BRAF 遺伝子検査に有用であることが示された はじめに 現在, がんの薬物治療において, 分子標的薬の適応や治療効果の予測等に多くのバイオマーカーが利用されている その一つに大腸癌における RAS (KRAS / NRAS ) 遺伝子検査がある 複数の臨床試験の解析において KRAS 遺伝子 exon 2 の変異陽性例の他に,KRAS 遺伝子 exon 3,4,NRAS 遺伝子 exon 2, 3,4 の変異陽性例においても抗 EGFR 抗体薬の効果が期待できないことが明らかとなっている 1-4) 本邦では抗 EGFR 抗体薬投与の適否を判断することを目的として,2010 年 4 月に KRAS 遺伝子検査が,2015 年 4 月に RAS 遺伝子検査が保険償還されている また BRAF V600E 遺伝子変異が切除不能進行再発大腸 癌における予後不良因子であることが示されるなど 5), 変異の有無を検索することは治療選択のために重要となっている 当院では2012 年にダイレクトシークエンス法 ( 以下 DS 法 ) およびTm 解析法によるKRAS 遺伝子検査の院内実施を開始した KRAS 遺伝子検査はexon 2 (codon 12,13) のみが検索対象であった 2015 年に RAS 遺伝子検査が保険償還され, 検索対象がKRAS 遺伝子およびNRAS 遺伝子 exon 2(codon 12,13), exon 3(codon 59,61),exon 4(codon 117,146) と広がった DS 法は目的とする遺伝子領域を増幅し, 直接塩基配列を明らかにする方法であるが, 手技が煩雑であり, 検索対象の多いRAS 遺伝子検査をより簡便に行える方法の導入が必要となった 新潟県立がんセンター新潟病院病理部 * 臨床検査部 Key words: RAS BRAF High Resolution Melting 解析 (High Resolution Melting analysis), 大腸癌 (Colorectal cancer), 院内実施 (Hospital implementation)

14(45) 新潟がんセンター病院医誌 PCR-High Resolution Melting(HRM) 解析はリアルタイム PCR 機器を用いて簡便な手技で, かつ感度よく変異の有無をスクリーニングできる方法であり,RAS 遺伝子や BARF 遺伝子の変異検出にも用いられている 6) 今回,PCR-HRM 解析を用いた RAS, BRAF 遺伝子検査を検討し, 院内実施後の成績についてまとめた Ⅰ 対象 対象は DS 法にて RAS,BRAF 遺伝子検査が実施され, 変異の有無が確定した大腸癌 40 例で,RAS 遺伝子変異型 17 例,BRAF 遺伝子変異型 3 例,RAS, BRAF 遺伝子野生型 20 例とした RAS 遺伝子変異型 17 例および BRAF 遺伝子変異型 3 例の内訳は, KRAS 遺伝子 G12D,G12V が各 2 例,KRAS 遺伝子 G12C,G12A,G12S,G13D,Q61L,Q61R,Q61H, K117N,A146T が各 1 例,NRAS 遺伝子 G12D,G13D, Q61K,Q61R が各 1 例,BRAF 遺伝子 V600E が 3 例であった Ⅱ 方法 PCR-HRM 解析は, 飽和型蛍光色素を使用し, 精密な融解曲線を得ることで変異を検出する方法である PCR 後の増幅産物をアニーリングさせると, 変異型では変異型アレルと野生型アレルとのミスマッチのアニーリングが起こるため, 変異型アレルを含まない野生型の融解曲線と違いが生じる 融解曲線の形の差を最大化するために生データに補正を加え, シグナル強度の差分をプロットした図 ( 以下差分プロット ) より変異の有無を判定することができる 差分プロットの例を図 1 に示す embedded ; FFPE) 切片 2-5 枚より, 用手的に腫瘍部分を採取し,QIAamp DNA FFPE Tissue kit(qiagen) で行った LightCycler 480Ⅱ(Roche) を用いて KRAS 遺伝子 exon 2( codon 12,13),exon 3( codon 59,61), exon 4( codon 117,146),NRAS 遺伝子 exon 2( codon 12,13),exon 3( codon 59,61),exon 4( codon 117, 146),BRAF 遺伝子 exon 1 5( codon 600) の 7 領域について PCR-HRM 解析を行った 反応液は総量 20μ L とし, 終濃度で 1 High-Resolution Melting Master Mix(Roche),3.5mM MgCl 2,0.2μM 各 Primer, テンプレート DNA 20ng とした 反応条件は 95 10 分後, 95 10 秒,58 30 秒,72 30 秒を 45cycle 行った後, 95 1 分,40 1 分,65 1 秒,0.02 / 秒で 65 から 95 まで連続的に上昇 (1 当たり 25 回のシグナル計測 ) とした 得られたデータを Gene-scanning software で解析し,RAS,BRAF 遺伝子野生型を基準とした差分プロットより各領域での変異の有無を判定した また変異型アレルの含有率が異なる DNA サンプルを用いて,PCR-HRM 解析の変異検出限界を検討した 対象の変異は KRAS 遺伝子 G12D,Q61L, A146T,NRAS 遺伝子 G12V,Q61K,K117N,BRAF 遺伝子 V600E とした Ⅲ 結 果 PCR-HRM 解析では,RAS 遺伝子変異型 17 例および BRAF 遺伝子変異型 3 例の全例で,DS 法と一致した領域で変異が検出された RAS,BRAF 遺伝子野生型の 20 例全例で, 変異は検出されなかった 結果の一部を図 2 に示す RAS 遺伝子変異型 17 例中 4 例で, 既知の変異がある領域とは別に, 複数の領域で変異を疑う差分プロットが得られたが,DS 法では野生型で偽陽性と判断した 結果の一部を図 3 に示す 変異検出限界の検討では,7 領域それぞれで変異検出限界に多少の違いが見られたが, 全体として変 図 1 差分プロットの例野生型を基準とした場合, 同じ野生型はほぼ平坦であるが, 変異型ではピークを認める DNA 抽出は厚さ 5-10μm の 10-20% 中性緩衝ホルマリン固定パラフィン包埋 (Formalin fixed paraffin 図 2 BRAF 遺伝子変異検出例 PCR-HRM 解析で変異が検出され, ダイレクトシークエンス法で変異 (*) を確定した

第 56 巻第 2 号 (2017 年 9 月 ) (46)15 異アレルの含有率で 5-10% とするのが適当であった 結果の一部を図 4 に示す 異の頻度は合わせて 10-15% とされており 7), 同程度の結果であった また BRAF V600E 遺伝子変異の頻度は, 本邦では 4.5-6.7% と報告されているが 5,8-9), これをやや上回る 8% であった Ⅴ 考 察 図 3 偽陽性例の差分プロット KRAS 遺伝子 exon 3, 4, NRAS 遺伝子 exon 2 領域で変異が疑われる差分プロット (*) が得られたが, ダイレクトシークエンス法では野生型であった ダイレクトシークエンス法で変異が確定したNRAS 遺伝子 exon 3 領域の差分プロットと比較しピークは低い 図 4 KRAS 遺伝子 exon 4 領域での変異検出限界の検討変異型アレルの含有率が低下するにつれて, ピークが低くなり野生型の差分プロットに近くなる Ⅳ 院内実施後の RAS,BRAF 遺伝子検査の成績 2015 年 4 月より RAS,BRAF 遺伝子検査に PCR- HRM 解析を導入し, 院内実施を開始した 2017 年 6 月までに依頼された 200 例では KRAS 遺伝子変異型は 83 例 (41.5 % ),NRAS 遺伝子変異型は 8 例 (4%), BRAF 遺伝子変異型は 19 例 (9.5%) であった 他に 4 例 (2%) で複数の変異を認めた RAS,BRAF 遺伝子野生型は 86 例 (43%) であった 詳細を表 1 に示す 日本臨床腫瘍学会の 大腸がん診療における遺伝子関連検査のガイダンス第 3 版 では KRAS 遺伝子 exon 2 の変異の頻度は約 35-40%, その他の KRAS 遺伝子 exon 3,4,NRAS 遺伝子 exon 2,3,4 の変 PCR-HRM 解析を用いた RAS 遺伝子検査は KRAS 遺伝子 exon 2,3,4,NRAS 遺伝子 exon 2,3,4 の 6 領域について変異検出を行うことにより, 検索対象を網羅することができる 加えて, 当院では BRAF 遺伝子 exon 15 の codon 600 も変異検出の対象としている PCR-HRM 解析の反応条件を統一することで, 一度に 7 領域の変異スクリーニングが可能となった DS 法で確定した変異は PCR-HRM 解析で全て検出できた また変異が検出されない領域は,DS 法でも全て野生型であった PCR-HRM 解析のみでは変異の詳細が不明なため, 変異が検出された場合は DS 法による塩基配列の決定が必要である PCR-HRM 解析で変異が検出されない場合,DS 法での確認は不要となり, 省力化につながった PCR-HRM 解析で RAS,BRAF 遺伝子野生型と変異型を識別可能な変異アレルの含有率は 5-10% であった RAS 遺伝子検査は変異検出限界が 10% 以下の検査法により実施することが推奨されており 7), 条件を満たしている 一方,PCR-HRM 解析で変異が検出された場合に実施する DS 法の変異検出限界は 10-25% であり,DS 法で RAS 遺伝子検査を行う場合はマニュアルマイクロダイゼクション等の併用により腫瘍細胞の比率を高めることが必須とされている 7) 当院でも DNA を抽出する際, 用手的に腫瘍細胞の比率を高めており,PCR-HRM 解析で変異が検出された例は, 全て DS 法で変異型が確定している PCR-HRM 解析は FFPE 検体から抽出した DNA を用いた場合の特異性が問題とされており 10), 本検討においても偽陽性を経験した PCR-HRM 解析では,PCR における増幅曲線の立ち上がりのサイクル数やプラトー相の蛍光強度が, 基準となる DNA サンプルと近いことが正確なデータ解析のために必要となる 偽陽性例は上記の条件を満たしておらず, DNA の質の低下が原因と考えられた 経験的に偽陽性は複数領域に見られて野生型の差分プロットとの違いが少ない場合が多く, 正確なデータ解析に必要な条件等を加えると判断は比較的容易であるが, 最終的に DS 法での確認は必要である PCR-HRM 解析は,PCR で増幅する領域内における変異の有無をスクリーニングする方法であり, 検索対象以外の変異も検出される 検索対象以外の変異として NRAS 遺伝子 L120F や BRAF 遺伝子 D594G, D594N が検出された KRAS / NRAS 遺伝子 codon 12, 13,59,61,117,146 以外の RAS 遺伝子変異が検出さ

16(47) 新潟がんセンター病院医誌 表 1 RAS, BRAF 遺伝子検査の成績 (2015 年 4 月 ~ 2017 年 6 月 ) 例数 KRAS 遺伝子変異型 83 (41.5%) exon 2 codon 12 G12D 30 G12V 13 G12S 6 G12C 5 G12A 1 codon 13 G13D 16 exon 3 codon 61 Q61H 1 exon 4 codon 117 K117N 2 K117R 1 codon 146 A146T 7 A146V 1 NRAS 遺伝子変異型 8 (4%) exon 2 codon 12 G12D 2 codon 13 G13D 1 G13R 1 exon 3 codon 61 Q61R 3 Q61K 1 BRAF 遺伝子変異型 19 (9.5%) exon 15 codon 600 V600E 16 V600R 1 codon 594 D594G 2 遺伝子変異 ( 複数 ) 4 (2%) KRAS G12V, NRAS G12S 1 KRAS G13D, NRAS Q61H 1 NRAS G12V, BRAF D594N 1 NRAS L120F, BRAF V600E 1 RAS, BRAF 遺伝子野生型 86 (43%) 合計 200 れた患者に対する抗 EGFR 抗体薬の効果については, 臨床データに乏しく一律に適応がないとは言えないとされている 7) また BRAF V600E 遺伝子変異以外の BRAF 遺伝子変異陽性例の予後, 臨床病理学的特徴や抗 EGFR 抗体薬の治療効果について, コンセンサスは得られていない 7) これらの変異に関しては今後の検討が待たれる 大腸癌における遺伝子検査は, これまでの RAS 遺伝子検査に加えて,BRAF V600E 遺伝子変異や DNA ミスマッチ修復機能の欠損が予後予測や治療選択に関わる重要な遺伝子異常として認識され, 次世代シークエンサーを用いた包括的遺伝子検査や血液サンプルを用いたリキッドバイオプシーなど, さらに 発展していくと予想される これらの新規項目に院内で対応していくためには, 機器整備やランニングコスト, 技術面等多くの課題がある 遺伝子検査が外部に委託される場合も, 測定前のプロセスを適正に行い, 正確な検査が行われるように努めていきたい 結 語 PCR-HRM 解析は簡便に変異の有無をスクリーニングでき, 検索対象の多い RAS,BRAF 遺伝子検査に有用であることが示された 一方で, 体外診断用医薬品を用いた検査法が推奨されており, 今後, 臨床試験等でその結果を必要とする場合も増える可能

第 56 巻第 2 号 (2017 年 9 月 ) (48)17 性がある RAS 遺伝子検査については外部委託も含めて臨機応変に対応して行きたい 謝 辞 本研究にご協力頂いた病理部の皆様に深謝致します 文 献 1 )Amado RG, Wolf M, Peeters M, et al:wild-type KRAS is required for panitumumab efficacy in patients with metastatic colorectal cancer. Journal of clinical oncology. 26(10):1626-1634, 2008. 2 )Karapetis CS, Khambata-Ford S, Jonker DJ, et al:k-ras mutations and benefit from cetuximab in advanced colorectal cancer. New england journal of medicine. 359(17):1757-1765, 2008. 3 )Douillard JY, Oliner KS, Siena S, et al:panitumumab- FOLFOX4 treatment and RAS mutations in colorectal cancer. New england journal of medicine. 369(11):1023-1034, 2013. 4 )Bokemeyer C, Köhne CH, Ciardiello F, et al:folfox4 plus cetuximab treatment and RAS mutations in colorectal cancer. European journal of cancer. 51(10):1243-1252, 2015. 5 )Yokota T, Ura T, Shibata N, et al:braf mutation is a powerful prognostic factor in advanced and recurrent colorectal cancer. British journal of cancer. 104(5):856-862, 2011. 6 )Ishige T, Itoga S, Sato K, et al:high-throughput screening of extended RAS mutations based on high-resolution melting analysis for prediction of anti-egfr treatment efficacy in colorectal carcinoma. Clinical biochemistry. 47(18):340-343, 2014. 7 ) 日本臨床腫瘍学会 : 大腸がん診療における遺伝子関連検査のガイダンス第 3 版. 金原出版. 2016. 8 )Nakanishi R, Harada J, Tuul M, et al:prognostic relevance of KRAS and BRAF mutations in Japanese patients with colorectal cancer. International journal of clinical oncology. 18 (6):1042-1048, 2013. 9 )Kawazoe A, Shitara K, Fukuoka S, et al:a retrospective observational study of clinicopathological features of KRAS, NRAS, BRAF and PIK3CA mutations in Japanese patients with metastatic colorectal cancer. BMC Cancer. 15:258, 2015. 10 )Shackelford RE, Whitling NA, McNab P, et al:kras Testing: A Tool for the Implementation of Personalized Medicine. Genes & cancer. 3( 7-8):459-466, 2012.