学位論文の要旨 Evaluation and influence of brachiocephalic branch re-entry in patients with type A acute aortic dissection (A 型急性大動脈解離における頸部分枝解離の影響 ) Shota Yasuda 安田章沢 Department of Surgery Yokohama City University Graduate School of Medicine 横浜市立大学大学院医学研究科外科治療学専攻 (Doctorial Supervisor : Munetaka Masuda, Professor ) ( 指導教員 : 益田宗孝教授 )
学位論文の要旨 Evaluation and influence of brachiocephalic branch re-entry in patients with type A acute aortic dissection (A 型急性大動脈解離における頸部分枝解離の影響 ) Circulation Journal 2016 [e-publishment ahead of print] doi: 10.1253/circj.CJ-16-0462 背景 Stanford A 型急性大動脈解離は様々な合併症を引き起こす重篤で致命率の高い疾患であり, 手術治療が第一選択である. 解離した大動脈を人工血管に置換し救命を試みるが, 大動脈解離のエントリーを切除することも主な目的であり, エントリーの部位に応じて上行大動脈置換もしくは上行弓部大動脈置換が行われている. 偽腔開存の大動脈解離が起きた場合, エントリーの末梢にリエントリーが存在し, 偽腔内に血流が保持されることになるが, 急性大動脈解離はその主要分枝まで偽腔開存解離が及ぶことがある. この場合, 分枝末梢でリエントリーが出来ていることを意味する. このような分枝解離はしばしば頸部分枝にも発生する. 頸部分枝偽腔開存解離症例に上行大動脈置換を行っても, 頸部分枝の解離及びリエントリーは残存してしまう. このリエントリーがエントリー化し解離腔への血流が残存すると, 弓部大動脈偽腔への血流が供給されることがある. 結果として期待した弓部大動脈偽腔の血栓化が得られず, 遠隔期の弓部大動脈拡大のリスクが高くなると考えられる. このような A 型急性大動脈解離に伴う頸部分枝解離の実態は過去に報告がなく, その影響は未知であった. 今回, 我々は A 型急性大動脈解離に伴う頸部分枝解離の状態を評価し, 上行大動脈置換術後の弓部大動脈に及ぼす影響をレトロスペクティブに検討した. 方法 患者群と brachiocephalic branch re-entry の定義横浜市立大学附属市民総合医療センターで 2006 年から 2014 年までに経験した A 型急性大動脈症例で上行大動脈置換術を行った症例の内, 術前, 術後の両方で MDCT を確認出来た 85 例をレトロスペクティブに検討した. 平均年齢は 62±12 歳, 性別は男性 49 名, 女性 36 名であった. 術前 MDCT において, 頸部分枝に 1 本以上偽腔開存解離を認めた症例を頸部分枝末梢にリエントリーがあるものと考え,brachiocephalic branch re-entry 症例と定義した. 術式人工心肺を使用, 低体温循環停止, 順行性脳分離体外循環を併用し上行大動脈人工血管置
換術を行った. 大動脈断端形成の方法として内膜側, 外膜側にフェルトストリップを当てマットレス縫合で固定するフェルトサンドウイッチ法を用いた (Goda et al., 2010). 解離腔の閉鎖目的で中枢側のみ生体糊 (Fibrin glue) を使用した. 基部の拡大を認めた症例, バルサルバ洞にエントリーや破裂孔がある症例, 重症大動脈弁逆流がある症例は大動脈基部も手術対象とした. 術後 CT での評価術後 CT での弓部大動脈の状態を評価し, 血栓閉塞群と偽腔開存群に分類した. 又, 同じく術後 CT において, 末梢吻合部の一部で人工血管内腔が偽腔に連続する所見を末梢吻合部リークと定義した. 偽腔開存群はさらに brachiocephalic branch re-entry 群, 末梢吻合部リーク群, 両者を合併している群の 3 群に分類した. 術後経過観察退院後, 年一回の CT 検査で経過観察を行った. 術後数年間は造影 CT を行ったが, 解離の状態が安定している場合は単純 CT で経過観察を行った. 結果 brachiocephalic branch re-entry の有病率 brachiocephalic branch re-entry がある症例は 41 例 (48%) であった.brachiocephalic branch re-entry が 1 本の症例は 19 例,2 本の症例は 12 例,3 本の症例は 10 例であった. 術後弓部偽腔開存と brachiocephalic branch re-entry の関連術後の偽腔開存群は 47 例 (55%) に見られ,brachiocephalic branch re-entry 群が 20 例, 末梢吻合部リーク群が 13 例, 両者の合併が 14 例であった. 又,brachiocephalic branch re-entry 症例の内 34 例 ( 83%) が術後偽腔開存群となり,brachiocephalic branch re-entry のない群 (13 例 30%) と比べ, 偽腔開存群となる率が有意に (P<0.0001) 高かった. 遠隔期 follow up 在院死亡は 3 例 (3.5%) であった. 生存退院 82 例中, 途中脱落 9 例を除く 73 例 (89%) の経過観察が可能であった. 平均観察期間は 46±26 か月であった. 遠隔期に 4 例の死亡が確認された. 末梢吻合部リークの 1 例及びリークと brachiocephalic branch re-entry の合併の 2 例が遠隔期に再手術での弓部大動脈置換術を要した. 全 85 例の 5 年生存率は 91% と良好であった. 血栓閉塞群の大動脈径は 0.7±6.0mm の拡大を来たしたのみであったが, 偽腔開存群の大動脈径は 5.9± 7.7mm の拡大が認められた (P=0.002). さらに brachiocephalic branch re-entry の有無で遠隔期の瘤径拡大に有意差が認められた (0.9± 6.3mm vs 7.8±7.1mm, P<0.001). 瘤径拡大の危険因子遠隔期に瘤径が 10mm 以上拡大する危険因子を検討した. 単変量解析では, 年齢 (younger age),brachiocephalic branch re-entryの存在が挙げられ, 多変量解析では brachiocephalic branch re-entry のみが有意な因子であった.
考察 Stanford A 型急性大動脈解離の治療方法としては現時点で開胸手術が第一選択であり, その治療成績は向上している. 手術の目的は救命に加え, 最近では長期遠隔期を考慮したものに変わってきた. 遠隔期の弓部拡大を危惧し一期的に弓部大動脈置換術まで行うことを推奨する報告もあるが (Zhang et al., 2014), 我々は救命手術という性格を考慮し, 上行大動脈にエントリーがある症例は上行大動脈置換術に留めてきた (Uchida et al., 2016). 近年 MDCT が発達し,A 型急性大動脈解離症例において, 頸部分枝に偽腔開存解離が及んでいるかどうかの詳細な評価が可能となってきた. 頸部分枝に偽腔開存解離が及んでいた場合, 頸部分枝は double barrel となっており,CT のスキャン範囲から外れて実際に見えないこともあるが, 分枝の末梢にはリエントリーが出来ており, そこで分枝の解離が終わっているはずである. 上行大動脈のみ置換してもこれらのリエントリーを閉鎖することは出来ない. これら頸部分枝のリエントリーは弓部大動脈に近く, 故に弓部大動脈偽腔への主要な血流供給源になり得る. このような頸部分枝末梢に発生したリエントリーを我々は brachiocephalic branch re-entry と定義し, その有病率や上行大動脈置換術後の弓部偽腔開存に及ぼす影響, さらに遠隔期の弓部大動脈径に及ぼす影響を検討した. その結果, brachiocephalic branch re-entry は上行大動脈置換術後の弓部偽腔開存に有意に影響を与え, 遠隔期の弓部大動脈径拡大の要因にもなることが明らかとなった. このように, brachiocephalic branch re-entry は手術の長期成績に影響を与える因子であると考えられる. A 型急性大動脈解離は分枝灌流異常や凝固異常を合併することもあり, 救命の為上行大動脈置換に留めるべき症例もあると思われるが, 今後,brachiocephalic branch re-entry を有する A 型急性大動脈解離症例は, 一期的に上行弓部大動脈置換を行うことを考慮すべきである. 結語-Conclusions- A 型急性大動脈解離における brachiocephalic branch re-entry は上行大動脈置換後の弓部偽腔開存の要因となり, 遠隔期の弓部大動脈拡大の独立した危険因子となる. 今後, brachiocephalic branch re-entry を合併した A 型急性大動脈解離の治療に対しては, 全身状態を考慮しつつ一期的弓部大動脈置換術を検討する必要がある. 引用文献-References- Goda, M., Imoto, K., Suzuki, S., Uchida, K., Yanagi, H., Yasuda, S., and Masuda, M.. (2010). Risk analysis for hospital mortality in patients with acute type a aortic dissection. Ann Thorac Surg. 90, 1246-1250. Uchida, K., Karube, N., Yasuda, S., Miyamoto, T., Matsuki, Y., Isoda, S., Goda, M.,
Suzuki, S., Masuda, M., and Imoto, K.. (2016). Pathophysiology and surgical treatment of type A acute aortic dissection. Ann Vasc Dis. 9, 160-167. Zhang, H., Lang, X., Lu, F., Song, Z., Wang, J., Han, L., and Xu, Z.. (2014). Acute type A dissection without intimal tear in arch: proximal or extensive repair?. J Thorac Cardiovasc Surg. 147, 1251-1255.
論文目録 Ⅰ 主論文 Evaluation and influence of brachiocephalic branch re-entry in patients with type A acute aortic dissection Shota Yasuda, Kiyotaka Imoto, Keiji Uchida, Norihisa Karube, Tomoyuki Minami, Motohiko Goda, Shinichi Suzuki, Munetaka Masuda Circulation Journal 2016 [e-publishment ahead of print] doi: 10.1253/circj.CJ-16-0462