2008 年 12 月 253 症例報告 筋萎縮性側索硬化症末期患者に対する陽 陰圧体外式人工呼吸器使用の有効性 2) 3) 北里大学東病院神経内科病棟 同 ME センター部 北里大学医学部神経内科学 吉原千恵 野澤かほる 大永里美 前川恭子 2) 瓜生伸一 3) 荻野美恵子 要旨 NIPPV の導入が困難だった ALS 末期患者 1 症例に 陽 陰圧体外式人工呼吸器 (RTX R ) を装着し 低流量酸素とオピオイドを併用した その結果 低換気性呼吸不全 高炭酸ガス血症による意識障害は改善し 呼吸困難感や疼痛等の苦痛も緩和され 終末期の貴重な数日間の QOL が向上した 1 症例だけの検討だが ALS 末期患者にとって 陽 陰圧体外式人工呼吸器使用が有効な手段である可能性が示唆された : 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 陽 陰圧体外式人工呼吸器 (RTX R ) 低流量酸 素 オピオイド QOL 緒言近年 筋萎縮性側索硬化症 (amyotrophic lateral sclerosis;als) の呼吸筋障害に対し 鼻マスクによる間欠的陽圧人工呼吸療法 (nasal intermittent positive pressure ventilation;nippv) を用いて肺胞低換気を改善させる場合が多いが 口や鼻へのマスク装着の違和感 不快感 球麻痺症状等から導入困難な場合がある 導入できた場合でも マスクの圧迫による皮膚損傷や口腔 鼻腔の乾燥等により不快感を生じたり 気道分泌物除去のたびにマスクを着脱する必要がある そのため 非侵襲的陽圧換気療法 (non invasive positive pressure ventilation;nppv) の一種として マスクを使用しない BCV(Biphasic Cuirass Ventilation) と呼ばれる換気法を有する陽 陰圧体外式人工呼吸器 (RTX R ) を用いる方法がある ( 図 欧米では急性期における呼吸管理に使用され その有効性が報告されている 1, 2) 日本では主に ICU 等で 心臓手術後 重度の心不全 肺水腫 肺炎等の患者に使用されている また 術後排痰目的のため クリアランスモード ( 喀痰モード ) を使 用する場合もある 3) 近年 神経筋疾患患者にも使用されはじめており 肺炎の改善に有効であったという報告がなされている 4) 今回 口や鼻へのマスク装着の違和感等により NIPPV 導入困難な ALS 末期患者 1 症例に RTX R を装着し さらに低流量酸素とオピオイドを併用した その結果 低換気性呼吸不全 高炭酸ガス血症による意識障害は改善し 呼吸困難感や疼痛などの苦痛も緩和され 終末期の貴重な数日間の QOL が向上した ALS 末期患者にとって RTX R 使用が有効な手段である可能性が示唆されたので 以下に報告する 対象および方法対象 :RTX R を装着した 70 歳代男性 ALS 末期患者 1 症例 ( 図 2) 対象概要 :2 年前に右手脱力で発症したが 頚椎症を疑われ他院に通院していた 1 年前より 10 分も歩行できなくなり 階段を昇ることが困難となり 半年前より労作時呼吸困難感が出現した 1 ヵ月前より嚥下困難が出現 平地でも介助歩行となった 体重は半年間で約
254 日本呼吸ケア リハビリテーション学会誌第 18 巻第 3 号 図 1 陽 陰圧体外式人工呼吸器 (RTX R ) 性神経原性変化あり 方法 : 対象 1 症例に対し RTX R を使用し 動脈血酸素分圧 (PaO 2 ) 動脈血二酸化炭素分圧(PaCO 2 ) 動脈血酸素飽和度 (SaO 2 ) の変化 患者の自覚症状と日常生活状況の変化について検討した 結 果 図 2 RTX R 使用時の状況 10 kg 減少した 2 週間前より臥床がちとなり 10 日前に他院で ALS 疑いと診断された 侵襲的陽圧換気療法 (tracheostomy positive pressure ventilaton;tppv) は希望していなかった 数日前より頻尿になり 呼吸筋疲労 麻痺が進行し 呼吸困難感 意識障害 (JCS Ⅱ 10) により当院に救急搬送され 初診し 同日緊急入院となった 入院時 身長 165 cm 体重 45 kg るいそう著明 皮膚 口腔内乾燥 呼吸音低下 肺炎所見なし 意識状態傾眠 (JCS Ⅱ 10) 構音障害あり 下部眼筋筋力低下あり 軟口蓋挙上不良 舌萎縮軽度 上肢軽度痙直 下肢筋トーヌス低下 四肢末梢優位筋萎縮 上肢遠位筋に線維束性攣縮 筋力は徒手筋力テスト (manual muscle testing; MMT) で 3 程度 病的反射両側陽性 筋電図上びまん 入院 1 ~ 4 日目の患者の呼吸状態 自覚症状 日常生活状況の変化や経過を図 3 に示す また RTX R 設定の推移と患者の呼吸状態の変化を表 1 に示す 初診時 何らかの呼吸補助が必要な状態であり 緊急対応が必要であったが TPPV は拒否された 入院 1 日目 PaO 2 42.8 Torr PaCO 2 76.5 Torr SaO 2 77.3% のため 低流量酸素 (0.3 ~ 1 L) 投与し まず NIPPV 導入を試みた しかし 酸素マスクの装着すら苦しがる状態で NIPPV 用のマスクも装着しただけで苦しがり NIPPV 導入困難であったため RTX R を開始した RTX R の設定は 初期設定としては一般的な吸気圧 -18 cmh 2 O 呼気圧 +5 cmh 2 O I:E 比 1:2 換気回数 15 回 / 分 コントロールモードとした 低流量酸素も併用し 鼻カニュラで 1 L より開始後漸減し 最終的に 0.3 L とした その結果 PaO 2 72.7 Torr PaCO 2 71.6 Torr SaO 2 96.3% となり呼吸困難感と意識状態が改善した しかし 長時間使用していると キュイラス ( プラスチック製の胸当
2008 年 12 月 255 図 3 事例経過 表 1 RTX R 設定の推移と呼吸状態の変化 入院日数 吸気圧 (cmh 2 O) 呼気圧 (cmh 2 O) I:E 比 換気モード 酸素投与量 (L) 患者状態 血液ガス値など 1 日目 -18 +5 1:2 コントロールモード 0.3 ~ 1 RTX R 使用後 呼吸困難感 意識障害改善 PH:7.354 7.389 Pao 2 (Torr):42.8 72.7 Paco 2 (Torr):76.5 71.6 Sao 2 (%):77.3 96.3 2 ~ 3 日目 -7 ( 段階的調整 ) +7 1:1 コントロールモード 0.3 ~ 0.5 キュイラスによる腰痛 胸部圧迫感 呼吸困難感増強 吸気圧調整 オピオイド持続静注 苦痛緩和 PH:7.380 7.378 Pao 2 (Torr):44.3 70.9 Paco 2 (Torr):73.2 62.7 Sao 2 (%):77.2 96.2 4 日目 -21 +8 1:1 コントロールモード クリアランスモード 10 死亡 て ) の装着や陰圧による圧迫からくる腰痛と胸部圧迫感の訴えがあり それに対してジクロフェナクナトリウム ( ボルタレンサポ 25 mg R ) を使用したが 効果はなかった そこで SpO 2 値をみながら 一時的に RTX R を外すことを繰り返すことで対処した 入院 2 日目 キュイラスの装着や陰圧による圧迫からくる腰痛と胸部圧迫感 呼吸困難感の増強に対し 段階的に RTX R の吸気圧を変更した 最終的に吸気圧 -7 cmh 2 O 呼気圧 +7 cmh 2 O I:E 比 1:1 換気回数 12 回 / 分 コントロールモードとした 低流量酸素 (0.3 ~ 0.5 L) を継続使用し さらに痛みに対して塩酸モルヒネ ( 塩酸モルヒネ注射液 10 ~ 15 mg R ) の持続投与を開始した モルヒネ投与前 PaO 2 44.3 Torr PaCO 2 73.2 Torr SaO 2 77.2% だったが 投与後痛みと呼吸困難感は軽減し PaO 2 59.6 Torr PaCO 2 61.9 Torr SaO 2 93.4% となった 入院 3 日目 PaO 2 70.9 Torr PaCO 2 62.7 Torr SaO 2 96.2% となり 呼吸困難感や痛み等の苦痛を訴えてくる
256 日本呼吸ケア リハビリテーション学会誌第 18 巻第 3 号 ことはなくなり 表情も穏やかになり 最も状態の良い日となった RTX R を装着したままポータブルトイレで排泄し 短時間なら離床可能な状態となり 数歩の歩行が可能であった 座位で家族と過ごす時間をもつこともできた RTX R を装着したまま会話もでき 吸引や口腔ケア等もスムーズに行うことができた また 空腹感の訴えもあり経管栄養を開始した 家族は入院時より苦痛を訴える患者に対し マッサージ等のケアを行っていたが 苦痛が緩和された姿をみて 身体が楽そうになり良かった 入院前からずっと苦しそうで離床できない状態が続いていたので 起きられるようになってよかった 本当に嬉しい と話していた 患者は 出張中で面会に来られない子供に一目会いたいという思いを訴えていた 入院 4 日目 呼吸器感染症を合併し呼吸状態が悪化し PaO 2 57.2 Torr PaCO 2 73.3 Torr SaO 2 85.5% となった その後 SpO 2 値は低下し 最終的に酸素流量を 10 L RTX R の設定を吸気圧 -21 cmh 2 O 呼気圧 +8 cmh 2 O I:E 比 1:1 換気回数 20 回 / 分 コントロールモード ( 一時クリアランスモード使用 ) に変更した 意識状態は傾眠だったが 入院時より希望していた出張中の子供との面会は実現し 手を握り合い最期の数時間を過ごすことができた 同日家族に見守られながら亡くなられた 考察 RTX R は NIPPV と比較して口 鼻へのマスク装着が必要ないため 装着感は比較的自然であり マスクの違和感 閉塞感による苦痛や送気による不快感はなかった また マスクを装着していないため 患者とコミュニケーションがとりやすく 吸引や口腔ケア等の実施も容易だった さらに 低換気性呼吸不全 高炭酸ガス血症による呼吸障害 意識障害の改善に有効であった 患者の呼吸困難感は軽減し 離床も可能となり 短期間でも患者 家族の意向にそったケアができ わずかな残された大切な時間を家族とともに苦痛の少ない状態で過ごすことができた 本症例の場合 RTX R の導入に成功していなければ 入院初日に死亡した可能性が高く RTX R 使用は唯一の患者の希望にそった延命治療であった TPPV を希望しない ALS 末期患者への RTX R 使用は 呼吸障害の改善に有効な手段となるだけでなく QOL 向上にも貢献できた また マスク装着を受け入れられない場合や マスク装着による皮膚損傷が著しい場合等のように NIPPV の導入やマスク装着の継続が困難な症例に対しても RTX R は導入可能であることがわかっ た 問題点として キュイラスの装着や陰圧による圧迫からくる腰痛や胸部圧迫感による苦痛がある 吸気圧 ( 陰圧 ) 変更と低流量酸素とオピオイド使用により腰痛や胸部圧迫感は改善し 継続していた呼吸困難感も軽減した オピオイドと酸素投与の併用は ALS の呼吸困難感に対して有効であり ALS ガイドラインでも苦痛緩和の方法として推奨されている 5 ~ 8) また ALS に関連した種々の痛みに関しても オピオイドの少量持続注入は効果があるといわれている 5 ~ 8) 本症例のように 筋萎縮が進行しているような症例に対し RTX R の長時間連続使用がどの程度まで可能なのか RTX R 装着による苦痛の緩和方法等について 今後症例を重ねて検討が必要である また RTX R 導入時期 NIPPV との使い分け RTX R 使用時と NIPPV 使用時の QOL 向上に関する比較等についても 今後症例を重ねて検討が必要である また 在宅における保険点数 ( 在宅人工呼吸指導管理料 ) は 2800 点 / 月であり 機器のレンタル料 (13 万円 / 月 ) に比して非常に低いため 事実上高額なレンタル料の負担となる 神経筋疾患患者への普及のためには 在宅における保険点数確保等の整備が必要である 本論文の要旨は第 16 回日本呼吸ケア リハビリテーション学会学術集会 (2007 年 11 月 15 日 東京 ) で発表した Effectives of use of Biphasic Cuirass Ventilation for terminal patients with amyotrophic lateral sclerosis Chie Yoshihara Kahoru Nozawa Satomi Onaga Yasuko Maekawa Shin ichi Uryu 2) Mieko Ogino 3) Department of Neurology, 2) Department of Medical Engineering Center, Kitasato University East Hospital 3) Department of Neurology, School of Medicine, Kitasato University 文献 Scholz, S.E., Knothe, C., Thiel, A., et al:improved oxygen delivery by positive pressure ventilation with continuous negative external chest pressure, Lancet, 349(906:1295 ~ 1296, 1997. 2)Scholz, S.E., Sticher, J., Haufler, G., et al:combination of external chest wall oscillation with continuous positive airway pressure, Br J Anaesth, 87(3):441 ~ 446, 2001. 3) 剣持雄二 梶原吉春 : チームで陽陰圧体外式人工呼吸器 (RTX R BCV) を使用するために 呼吸器ケア 5(9):817 ~ 821 2007 4) 寄本恵輔 池永希 玉田良樹 他 : 神経筋疾患患者に対す
2008 年 12 月 257 る新しい体外式人工呼吸器の使用経験 呼吸器ケア 6(3): 291 ~ 299 2008 5) 日本神経学会治療ガイドライン Ad Hoc 委員会 : 日本神経学会治療ガイドライン ALS 治療ガイドライン 2002 臨床神経学 42(7):678 ~ 719 2002 6)Maddocks, I., Brew, B., Waddy, H., et al: 神経内科の緩和ケア 葛原茂樹 大西和子 監訳 メディカルレビュー社 大阪 2007 146 ~ 154 7) 荻野美恵子 : 神経難病 ( 特に ALS) の症状コントロール 呼吸困難への対処 ターミナルケア 14:106 ~ 111 2004 8) 難波玲子 : 神経難病 ( 特に ALS) の緩和ケア ALS 治療ガイドラインについて ターミナルケア 14:158 ~ 163 2004