キェルケゴール研究



Similar documents
(2)大学・学部・研究科等の理念・目的が、大学構成員(教職員および学生)に周知され、社会に公表されているか

神の錬金術プレビュー版

<4D F736F F D2095BD90AC E D738FEE816A939A905C91E D862E646F63>

<4D F736F F D F8D828D5A939982CC8EF68BC697BF96B38F9E89BB82CC8A6791E52E646F63>

Microsoft Word - 諮問第82号答申(決裁後)

<4D F736F F D D3188C091538AC7979D8B4B92F F292B98CF092CA81698A94816A2E646F63>

Microsoft PowerPoint - 報告書(概要).ppt


Taro-学校だより学力調査号.jtd

158 高 校 講 座 習 モ 現 ラ 習 モ 距 離 置 示 終 向 据 示 唆 与 取 ょ 第 7576 回 第 :

2. ど の 様 な 経 緯 で 発 覚 し た の か ま た 遡 っ た の を 昨 年 4 月 ま で と し た の は 何 故 か 明 ら か に す る こ と 回 答 3 月 17 日 に 実 施 し た ダ イ ヤ 改 正 で 静 岡 車 両 区 の 構 内 運 転 が 静 岡 運

Ⅰ 調 査 の 概 要 1 目 的 義 務 教 育 の 機 会 均 等 その 水 準 の 維 持 向 上 の 観 点 から 的 な 児 童 生 徒 の 学 力 や 学 習 状 況 を 把 握 分 析 し 教 育 施 策 の 成 果 課 題 を 検 証 し その 改 善 を 図 るもに 学 校 におけ

答申書

神 戸 法 学 雑 誌 65 巻 1 号 45 神 戸 法 学 雑 誌 第 六 十 五 巻 第 一 号 二 〇 一 五 年 六 月 a b c d 2 a b c 3 a b 4 5 a b c

Speed突破!Premium問題集 基本書サンプル

PowerPoint プレゼンテーション

2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 平 成 27 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 役 名 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 2,142 ( 地 域 手 当 ) 17,205 11,580 3,311 4 月 1

(Microsoft Word - \212\356\226{\225\373\220j _\217C\220\263\201j.doc)

<819A955D89BF92B28F BC690ED97AA8EBA81418FA48BC682CC8A8890AB89BB816A32322E786C7378>

Microsoft Word - 公表用答申422号.doc

に 公 開 された 映 画 暁 の 脱 走 ( 以 下 本 件 映 画 1 という ), 今 井 正 が 監 督 を 担 当 し, 上 告 人 を 映 画 製 作 者 として 同 年 に 公 開 された 映 画 また 逢 う 日 まで ( 以 下 本 件 映 画 2 という ) 及 び 成 瀬 巳

控訴審_弁論再開申立書

47 高 校 講 座 モ オ モ 圏 比 較 危 述 覚 普 第 章 : 活

0605調査用紙(公民)

<4D F736F F D B3817A8E9096E291E D86939A905C>

為 が 行 われるおそれがある 場 合 に 都 道 府 県 公 安 委 員 会 がその 指 定 暴 力 団 等 を 特 定 抗 争 指 定 暴 力 団 等 として 指 定 し その 所 属 する 指 定 暴 力 団 員 が 警 戒 区 域 内 において 暴 力 団 の 事 務 所 を 新 たに 設


(2) 検 体 採 取 に 応 ずること (3) ドーピング 防 止 と 関 連 して 自 己 が 摂 取 し 使 用 するものに 責 任 をもつこと (4) 医 師 に 禁 止 物 質 及 び 禁 止 方 法 を 使 用 してはならないという 自 己 の 義 務 を 伝 え 自 己 に 施 される

Microsoft Word - 19年度(行情)答申第081号.doc

公 的 年 金 制 度 について 制 度 の 持 続 可 能 性 を 高 め 将 来 の 世 代 の 給 付 水 準 の 確 保 等 を 図 るため 持 続 可 能 な 社 会 保 障 制 度 の 確 立 を 図 るための 改 革 の 推 進 に 関 する 法 律 に 基 づく 社 会 経 済 情

しかし 主 に 欧 州 の 一 部 の 回 答 者 は 受 託 責 任 について 資 源 配 分 の 意 思 決 定 の 有 用 性 とは 独 立 の 財 務 報 告 の 目 的 とすべきであると 回 答 した 本 ED に 対 する ASBJ のコメント レターにおける 意 見 経 営 者 の 受

( 別 紙 ) 以 下 法 とあるのは 改 正 法 第 5 条 の 規 定 による 改 正 後 の 健 康 保 険 法 を 指 す ( 施 行 期 日 は 平 成 28 年 4 月 1 日 ) 1. 標 準 報 酬 月 額 の 等 級 区 分 の 追 加 について 問 1 法 改 正 により 追 加

慶應義塾利益相反対処規程

<4D F736F F D208ED089EF95DB8CAF89C193FC8FF38BB CC8EC091D492B28DB88C8B89CA82C982C282A282C42E646F63>

4 教 科 に 関 する 調 査 結 果 の 概 況 校 種 学 年 小 学 校 2 年 生 3 年 生 4 年 生 5 年 生 6 年 生 教 科 平 均 到 達 度 目 標 値 差 達 成 率 国 語 77.8% 68.9% 8.9% 79.3% 算 数 92.0% 76.7% 15.3% 94

Microsoft Word - 2 答申概要.doc

III. 前 述 の 如 く 医 学 部 新 設 を 容 認 している 訳 ではないが 国 家 戦 略 特 区 による 医 学 部 新 設 については 国 会 答 弁 で 確 約 している 様 に 平 成 27 年 7 月 31 日 付 け 国 の 方 針 に 厳 格 に 従 う 事 を 求 める

東京都立産業技術高等専門学校

無罪判決後の勾留に関する意見書

ていることから それに 先 行 する 形 で 下 請 業 者 についても 対 策 を 講 じることとしまし た 本 県 としましては それまでの 間 に 未 加 入 の 建 設 業 者 に 加 入 していただきますよう 28 年 4 月 から 実 施 することとしました 問 6 公 共 工 事 の

入試問題集もくじ

(Microsoft Word - \221\346\202P\202U\201@\214i\212\317.doc)

サッカーの話をしよう 旅するワールドカップ 立ち読み版

った 場 合 など 監 事 の 任 務 懈 怠 の 場 合 は その 程 度 に 応 じて 業 績 勘 案 率 を 減 算 する (8) 役 員 の 法 人 に 対 する 特 段 の 貢 献 が 認 められる 場 合 は その 程 度 に 応 じて 業 績 勘 案 率 を 加 算 することができる

資料2-2 定時制課程・通信制課程高等学校の現状

独立行政法人国立病院機構

●幼児教育振興法案

Microsoft Word - 養生学研究投稿規定(改)

目 標 を 達 成 するための 指 標 第 4 章 計 画 における 環 境 施 策 世 界 遺 産 への 登 録 早 期 登 録 の 実 現 史 跡 の 公 有 地 化 平 成 27 年 度 (2015 年 度 )までに 235,022.30m 2 施 策 の 体 系 1 歴 史 的 遺 産 とこ

共 通 認 識 1 官 民 較 差 調 整 後 は 退 職 給 付 全 体 でみて 民 間 企 業 の 事 業 主 負 担 と 均 衡 する 水 準 で あれば 最 終 的 な 税 負 担 は 変 わらず 公 務 員 を 優 遇 するものとはならないものであ ること 2 民 間 の 実 態 を 考

1

34 県 立 鶴 岡 工 業 高 等 校 ( 全 日 制 ) 工 業 科 ( 機 械 科 電 気 電 子 科 情 報 通 信 科 建 築 科 環 境 化 科 ) 次 のいずれかに 該 当 する 1 文 化 的 活 動 や 体 育 的 活 動 において 地 区 大 会 を 経 て 県 大 会 に 出

第4回税制調査会 総4-1

預 金 を 確 保 しつつ 資 金 調 達 手 段 も 確 保 する 収 益 性 を 示 す 指 標 として 営 業 利 益 率 を 採 用 し 営 業 利 益 率 の 目 安 となる 数 値 を 公 表 する 株 主 の 皆 様 への 還 元 については 持 続 的 な 成 長 による 配 当 可

2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 役 名 法 人 の 長 理 事 理 事 ( 非 常 勤 ) 平 成 25 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 16,936 10,654 4,36

2. 当 初 の 目 的 と 現 状 コア 会 議 の 役 割 目 的 現 状 分 析 マネジメント 会 議 の 運 営 や あり 方 問 題 取 り 組 みにつ いての 議 論 会 員 からの 意 見 の 吸 い 上 げ と 内 容 の 各 会 議 への 振 り 分 け 全 体 会 運 営 会 議

<4D F736F F D20D8BDB8CFC8BCDED2DDC482A882E682D1BADDCCDFD7B2B1DDBD8B4B92F E646F63>

< 現 在 の 我 が 国 D&O 保 険 の 基 本 的 な 設 計 (イメージ)> < 一 般 的 な 補 償 の 範 囲 の 概 要 > 請 求 の 形 態 会 社 の 役 員 会 社 による 請 求 に 対 する 損 免 責 事 由 の 場 合 に 害 賠 償 請 求 は 補 償 されず(


公文書非公開決定処分に関する諮問について(答申)

<4D F736F F D A94BD837D836C B4B92F62E646F6378>

第1回

Microsoft Word - 20年度(行個)答申第2号.doc

エッセイ508・梨香「アイデンティティ」.indd

大田市固定資産台帳整備業務(プロポーザル審査要項)

Ver 改 訂 日 付 改 訂 内 容 1

<947A957A8E9197BF C E786C73>

学校法人日本医科大学利益相反マネジメント規程

安 芸 太 田 町 学 校 適 正 配 置 基 本 方 針 の 一 部 修 正 について 1 議 会 学 校 適 正 配 置 調 査 特 別 委 員 会 調 査 報 告 書 について 安 芸 太 田 町 教 育 委 員 会 が 平 成 25 年 10 月 30 日 に 決 定 した 安 芸 太 田

回 答 Q3-1 土 地 下 落 の 傾 向 の 中 固 定 資 産 税 が 毎 年 あがるのはなぜですか? 質 問 : 土 地 下 落 の 傾 向 の 中 土 地 の 固 定 資 産 税 が 毎 年 あがるのはなぜですか? 答 : あなたの 土 地 は 過 去 の 評 価 替 えで 評 価 額 が

質 問 票 ( 様 式 3) 質 問 番 号 62-1 質 問 内 容 鑑 定 評 価 依 頼 先 は 千 葉 県 などは 入 札 制 度 にしているが 神 奈 川 県 は 入 札 なのか?または 随 契 なのか?その 理 由 は? 地 価 調 査 業 務 は 単 にそれぞれの 地 点 の 鑑 定

その 他 事 業 推 進 体 制 平 成 20 年 3 月 26 日 に 石 垣 島 国 営 土 地 改 良 事 業 推 進 協 議 会 を 設 立 し 事 業 を 推 進 ( 構 成 : 石 垣 市 石 垣 市 議 会 石 垣 島 土 地 改 良 区 石 垣 市 農 業 委 員 会 沖 縄 県 農

Microsoft Word - 新提案書作成・審査要領、提案書作成様式(別添3,4)

2004年度第2回定期監査(学校)事情聴取事項

PowerPoint プレゼンテーション

文化政策情報システムの運用等

平成16年年金制度改正 ~年金の昔・今・未来を考える~

歴 代 の 勇 者 たち 25 メダルは 自 分 に 負 けなかった 証 自 分 を 知 る という 探 究 心 が 私 を 支 えていたと 思 う 改 革 なくして 成 長 なし! 改 革 とは 相 手 の 定 義 を 変 え 自 分 の 定 義 を 変 え 世 の 中 の 定 義 を 変 えるこ

Taro13-01_表紙目次.jtd

異 議 申 立 人 が 主 張 する 異 議 申 立 ての 理 由 は 異 議 申 立 書 の 記 載 によると おおむね 次 のとおりである 1 処 分 庁 の 名 称 の 非 公 開 について 本 件 審 査 請 求 書 等 について 処 分 庁 を 非 公 開 とする 処 分 は 秋 田 県

< F2D E616C817A91E D868FF096F189BC>

連合「改正高年齢者雇用安定法」に関する取り組みについて

社会保険加入促進計画に盛込むべき内容

3 申 立 人 らの 申 立 てに 対 して 被 申 立 人 が 裁 定 委 員 会 で 行 った 2015 年 5 月 12 日 付 け 裁 定 (2015 年 ( 裁 ) 第 3 号 裁 定 )のうち 被 申 立 人 は 被 申 立 人 強 化 委 員 会 決 定 のとおり D クルーを 代 表

Microsoft Word 行革PF法案-0概要

<8BB388F58F5A91EE82A082E895FB8AEE967B95FB906A>

(現行版)工事成績書と評定表をあわせた_docx

Ⅰ 人 口 の 現 状 分 析 Ⅰ 人 口 の 現 状 分 析 1 人

<4D F736F F D E598BC68A8897CD82CC8DC490B68B7982D18E598BC68A8893AE82CC8A C98AD682B782E993C195CA915B C98AEE82C382AD936F985E96C68B9690C582CC93C197E1915B927582CC898492B75F8E96914F955D89BF8F915F2E646F6

<4D F736F F F696E74202D E36816A984A93AD8C5F96F CC837C A815B C E707074>

適時開示などに関する東証規則改正

(6) 事 務 局 職 場 積 立 NISAの 運 営 に 係 る 以 下 の 事 務 等 を 担 当 する 事 業 主 等 の 組 織 ( 当 該 事 務 を 代 行 する 組 織 を 含 む )をいう イ 利 用 者 からの 諸 届 出 受 付 事 務 ロ 利 用 者 への 諸 連 絡 事 務

1 リーダーシップと 意 思 決 定 1-1 事 業 所 が 目 指 していることの 実 現 に 向 けて 一 丸 となっている 評 価 項 目 事 業 所 が 目 指 していること( 理 念 基 本 方 針 )を 明 確 化 周 知 している 1. 事 業 所 が 目 指 していること

景品の換金行為と「三店方式」について

財 政 援 助 団 体 監 査 報 告 書 1. 監 査 の 対 象 平 成 25 年 度 において 30 万 円 以 上 の 財 政 援 助 を 予 定 している 団 体 のうち 主 として 市 役 所 内 に 事 務 局 を 有 し かつ 市 職 員 が 当 該 団 体 の 委 嘱 を 受 けて

第2回 制度設計専門会合 事務局提出資料

Microsoft Word - 佐野市生活排水処理構想(案).doc

4. その 他 (1) 期 中 における 重 要 な 子 会 社 の 異 動 ( 連 結 範 囲 の 変 更 を 伴 う 特 定 子 会 社 の 異 動 ) 無 (2) 簡 便 な 会 計 処 理 及 び 四 半 期 連 結 財 務 諸 表 の 作 成 に 特 有 の 会 計 処 理 の 適 用 有

Microsoft Word - 【溶け込み】【修正】第2章~第4章

03 平成28年度文部科学省税制改正要望事項

Transcription:

新 キェルケゴール 研 究 第 13 号 109 須 藤 孝 也 キルケゴールと キリスト 教 界 書 評 米 沢 一 孝 今 年 2015 年 は セーレン キルケゴール *1 の 没 後 160 年 である 彼 は 近 現 代 の 思 想 家 に 分 類 されるが もはや 現 代 の 思 想 家 ではない 彼 の 生 きた 現 代 すなわち19 世 紀 前 半 から 中 葉 と 我 々が 生 きる21 世 紀 という 現 代 に 差 異 があるのは 当 然 である とはいえ 我 々は キルケゴールに 限 らず いわゆる 古 典 に 接 すると き こうした 視 点 を 忘 れがちである キルケゴールを 読 むものにとって 彼 が 19 世 紀 のデンマークに 生 き 取 り 戻 すべき 真 のキリスト 教 を 追 求 しその 実 現 に 一 生 を 捧 げたことを 絶 えず 思 い 返 す 必 要 があるばかりか この 視 点 を 忘 れて は キルケゴールの 思 想 を 受 け 入 れることなどできないのかもしれない 須 藤 孝 也 氏 の 著 作 キルケゴールと キリスト 教 界 ( 創 文 社 2014 年 )は キル ケゴールの 現 代 を 考 えることなしにキルケゴールの 受 容 などありえない という 氏 の 主 張 さらにはキルケゴールへの 情 熱 さえ 随 所 に 感 じられる 力 作 で ある 本 書 のタイトルには キリスト 教 界 とあるが 須 藤 氏 の 論 述 は デンマー クにおける キリスト 教 界 の 現 状 を 検 証 するにとどまらず 人 間 学 と キリスト 教 という 観 点 からキルケゴール 思 想 全 体 を 俯 瞰 し さらには キ リスト 教 の 世 俗 化 や 形 而 上 学 への 批 判 的 検 討 を 中 心 とした20 世 紀 の 思 想 とキル ケゴールとの 比 較 にまで 及 ぶ 壮 大 な 構 想 によるもので 可 能 な 限 りキルケゴー ルへの 批 判 に 応 えようという 意 欲 に 満 ちている キルケゴール 研 究 者 にとどまらず 近 現 代 の 偉 大 な 思 想 家 たちによる 世 俗 化 されたキルケゴール 解 釈 を 修 正 し キルケゴールの 思 想 がキリスト 教 の 範 * 1 須 藤 氏 の 表 記 に 合 わせ キェルケゴール ではなく キルケゴール とする また 本 書 から 引 用 した 際 には 註 に 頁 番 号 を 記 した

110 須 藤 孝 也 キルケゴールと キリスト 教 界 書 評 囲 内 で 解 釈 されねば 必 ずや 誤 解 を 招 くことを 氏 の 実 存 にかけて 示 そうとして いるようにさえ 思 われる キルケゴールの 個 人 的 な 体 験 とりわけ 父 の 影 響 やレギーネとの 悲 劇 に よって 彼 の 思 想 を 読 み 解 こうとする 研 究 と 須 藤 氏 の 論 述 とは 一 線 を 画 する 須 藤 氏 の 方 法 は キルケゴールが 生 きた 時 代 のデンマーク 思 想 と 彼 のキリスト 教 概 念 との 関 係 を 丹 念 に 追 うことでキルケゴール 思 想 に 迫 るという ここ 数 十 年 来 の 方 法 を 尊 重 しつつも 以 前 の 諸 研 究 が キルケゴールによる キリスト 教 界 批 判 に 傾 注 するあまり キルケゴールと 同 時 的 であろうとし *2 研 究 家 本 人 の 現 代 とキルケゴールの 現 代 との 差 異 を 見 失 ったために 安 易 にキルケゴールの 議 論 を 普 遍 化 *3 し その 普 遍 化 されたキルケゴールに 自 身 の 思 想 的 立 場 をも 表 明 *4 して 彼 の 思 想 を 解 明 する 作 業 を 徹 底 できな かった *5 ことを 反 省 し キルケゴール 研 究 において 重 視 されているとは 言 い がたいキルケゴール 以 前 のデンマーク 思 想 の 歴 史 を 踏 まえつつ キルケゴール の 思 想 をキルケゴールに 倣 い 間 接 的 に 読 み 解 くというもので こうした 方 法 は キリスト 教 の 真 理 性 を 哲 学 的 に 解 き 明 かすことではなく キリスト 者 に 成 るという 問 題 へと 読 者 を 直 面 させることと 設 定 した *6 キルケゴールの 著 作 活 動 の 目 的 に 忠 実 であろうとする 須 藤 氏 の 明 確 な 態 度 の 表 明 でもあるだろ う さて キリスト 教 界 とは そこに 生 活 する 者 がすべてキリスト 教 徒 であるこ とを 自 認 する 社 会 *7 だが この 社 会 では 神 が 人 間 となってこの 世 に 来 たり 愛 の 業 を 行 った しかしその 愛 があまりにも 高 すぎたために キリストはこの 世 によって 理 解 されず 嫌 悪 され 迫 害 され 十 字 架 に 磔 けられて 死 んだ *8 という 物 語 を 信 じず キリスト 教 が 何 であるかをはっきりと 知 らない *9 にも * 2 7 頁 * 3 * 4 * 5 * 6 110 頁 * 7 284 頁 * 8 287 頁 * 9 28

新 キェルケゴール 研 究 第 13 号 111 かかわらず 自 らがキリスト 者 であると 錯 覚 しているものたちによって 構 成 されている とキルケゴールは 考 えた だが キルケゴール 自 身 にも 特 別 な 権 限 はなく このキリスト 教 界 の 構 成 員 の 一 員 に 過 ぎない そこで キルケ ゴールは 現 代 の キリスト 教 界 の 真 の キリスト 教 へ 向 けての 改 革 *10 あるいは 修 正 を 目 指 すポレミカルな 宗 教 的 著 作 家 として キリスト 者 になる という 問 題 に 関 わるのみであり 彼 の 議 論 は キリスト 教 信 仰 を 共 有 する 人 に 向 けられた 議 論 *11 だったと 須 藤 氏 は 繰 り 返 し 主 張 するのであ る 19 世 紀 のデンマークでは 国 家 の 弱 体 化 とともにヨーロッパ 情 勢 の 流 動 化 に 翻 弄 される 危 機 的 な 状 況 下 で グルントヴィに 代 表 されるデンマーク ナショ ナリズムが 確 立 されようとし 真 のキリスト 教 を 求 めて 様 々な 運 動 が 存 在 した *12 という キルケゴールも 自 らがデンマーク 人 であることを 忘 れずに 現 代 デンマークの 状 況 を 危 惧 しつつ 自 らの 思 想 を 深 めた 上 に その 議 論 の 対 象 が キリスト 教 に 限 定 されているのであれば キルケゴールと キリス ト 教 界 との 関 係 を 考 えることなしに 彼 の 思 想 を 考 えることはできない キルケゴールの 主 張 する キリスト 教 は 内 面 性 (プロテスタンティズ ム)と 外 面 性 (カトリシズム) あるいは 理 念 と 現 象 という 二 元 論 に 立 脚 する ものであるが こうした キリスト 教 は 合 理 主 義 的 キリスト 教 理 解 が 浸 透 したデンマーク 国 家 教 会 に 理 解 されえぬものであった 本 来 国 家 教 会 もデン マークにおいてあるべきと 思 われる キリスト 教 を 興 すための 組 織 である 真 のキリスト 教 を 目 指 すという 方 向 性 では 国 家 教 会 とキルケゴールとは 一 致 していたが 彼 は 合 理 主 義 的 なデンマーク 国 家 教 会 を 世 俗 化 されたキリ スト 教 と 断 定 し 激 しく 批 判 した ところが キルケゴールは 国 家 教 会 への 就 職 を 希 望 していた キルケゴール は 教 会 制 度 それ 自 体 には 批 判 的 でなかったため ミュンスターの 自 分 で 牧 師 養 成 所 を 創 ったらどうか *13 との 勧 めには 応 じず 世 俗 化 したデンマーク 国 * 10 294 頁 * 11 44 * 12 150 頁 * 13 314 頁

112 須 藤 孝 也 キルケゴールと キリスト 教 界 書 評 家 教 会 の 修 正 に 固 執 したのである 小 生 には この 闘 争 でキルケゴールが 修 正 に 終 始 した 点 に 小 生 はヘー ゲルよりもよほど 保 守 的 であるキルケゴールの 一 面 が 潜 んでいると 思 われた ヘーゲルの 思 想 を 極 力 国 民 教 会 に 取 り 入 れようとする ミュンスターの 後 任 マーテンセンこそ ( 当 時 としては) 革 新 的 な 思 想 家 であったと 言 えよう 修 正 に 拘 るキルケゴールは 確 かにベンヤミンが 言 うように ドイツ 観 念 論 の 遅 く 生 まれた 子 *14 だった と 思 わずにはいられない また 須 藤 氏 はキルケゴール 後 の 思 想 家 たちによる 多 様 な 解 釈 に 否 定 的 であ る だが こうした 多 様 性 は キリスト 教 の 真 理 性 を 問 わないキルケゴールの 著 作 活 動 に 起 因 するものと 考 えられる その 点 は 須 藤 氏 も 十 二 分 に 承 知 であ るが 小 生 は もし 誤 った 解 釈 がなされてしまう 可 能 性 がキルケゴールの 著 作 自 体 にあり そうした 問 題 が 批 判 されるべきものであるなら キルケゴール 本 人 こそ 批 判 されてしかるべきであると 考 える 間 接 伝 達 でなければ 自 ら の 思 想 は 伝 達 できないと 考 えていた 以 上 正 しさ を 論 証 できないようにす るのがキルケゴールの 意 図 だった と 言 わざるを 得 ない むしろ 正 しさ か ら 批 判 するとキルケゴール 思 想 の 可 能 性 を 狭 めてしまう というのもある 思 想 家 の 思 想 がその 意 図 とは 異 なる 仕 方 で 解 釈 されるのは いかなる 思 想 であれ 歴 史 的 必 然 である 特 に いかなる 宗 教 も 風 土 に 適 した 形 で 取 り 入 れてしまう 日 本 という 特 異 な 地 域 では キルケゴールの 受 容 も 様 々な 形 態 があり 得 る そ れは キルケゴールの 意 図 とは 全 く 異 なるものであろうが そもそも これが キルケゴールの 思 想 だ! と 叙 述 できぬところにキルケゴールの 思 想 の 特 色 が あるからこそ 人 は 私 のキルケゴール にすぎないにも 関 わらす 普 遍 化 さ れたキルケゴール を 語 っているように 錯 覚 するのであるが 世 俗 の 人 間 であ る 小 生 は こうしたキルケゴール 受 容 も 正 しい と 思 わずにはいられない また キリスト 教 の 世 俗 化 が 進 み キリスト 教 それ 自 体 の 危 機 を 思 うのであれ ば キリスト 教 に 限 定 された 理 解 だけが 許 されるキルケゴールを 読 むことが * 14 ヴァルター ベンヤミン キルケゴール 哲 学 的 観 念 論 の 終 焉 ベンヤミン コ レクション5 思 考 のスペクトル 浅 井 健 二 郎 編 訳 (ちくま 学 芸 文 庫 2010 年 ) 283 頁

新 キェルケゴール 研 究 第 13 号 113 我 々にいかなる 意 味 があるのか と 世 俗 の 人 間 として 問 わずにはいられない わが 国 の 首 相 である 安 倍 晋 三 氏 は 日 本 を 取 り 戻 す ためにたたかっておら れるそうである だが その 取 り 戻 すべき 日 本 の 内 実 は 今 もって 不 明 確 で ある 一 方 安 倍 氏 が 拒 絶 する 現 在 の 日 本 すなわち 戦 後 レジーム の 内 実 もまた 不 明 確 である *15 現 代 の 日 本 で 日 本 を 取 り 戻 す 必 要 性 を 主 張 するも のは 多 く 安 倍 氏 は この 道 しかない と 言 って 理 想 の 日 本 を 取 り 戻 そう としているのだが 日 本 が 世 界 の 中 心 となった 姿 が 果 たして 真 の 取 り 戻 す べき 日 本 なのか? 他 の 選 択 肢 はないのか? こうした 疑 問 をどうしてもぬ ぐうことができない キルケゴール 思 想 における 重 要 な 概 念 の 一 つに 反 復 がある 当 然 安 倍 氏 の 取 り 戻 し とは 異 なる 概 念 である だが 小 生 は 本 書 を 読 み キルケ ゴールのキリスト 教 概 念 とデンマーク ナショナリズムとの 密 接 な 関 係 を 知 る ことで デンマーク 国 家 教 会 が 示 す キリスト 教 と それとは 異 なるキリス ト 教 を 主 張 して 孤 高 の 戦 いを 強 いられたキルケゴールに 現 代 の 日 本 の 状 況 を 重 ね 合 わせずにはいられない 何 を 反 復 するのか そのことは 個 々 人 の 実 存 に 問 われるべきであろうが こうした 場 面 でキルケゴールを 読 むことは 決 して 無 意 味 ではないと 思 いたい * 15 2015 年 の 年 頭 所 感 で 首 相 は 先 人 たちは 高 度 経 済 成 長 を 成 し 遂 げ 日 本 は 世 界 に 冠 たる 国 となりました 当 時 の 日 本 人 に 出 来 て 今 の 日 本 人 に 出 来 ない 訳 は ありません とおっしゃっている 取 り 戻 すべき 日 本 とは 高 度 経 済 成 長 期 の 日 本 であるようだが それは 首 相 のもう 一 つのスローガン 戦 後 レジームか らの 脱 却 と 矛 盾 する なぜなら 高 度 経 済 成 長 は 戦 後 レジーム 期 の 現 象 であるからである