書 評 所 康 弘 著 北 米 地 域 統 合 と 途 上 国 経 済 NAFTA 多 国 籍 企 業 地 域 経 済 西 田 書 店 2009 年 東 京 外 国 語 大 学 田 島 陽 一 1. 本 書 の 分 析 視 点 本 書 は メキシコを 輸 入 代 替 工 業 化 戦 略 から 新 自 由 主 義 的 開 発 戦 略 に 転 換 を 遂 げた 途 上 国 開 発 モデルの 先 駆 的 な 事 例 として 注 目 し 分 析 の 対 象 に 据 えている 同 書 では 開 発 戦 略 の 転 換 がメキシコ 経 済 に 与 えた 影 響 を 分 析 するのに 先 立 ち 日 本 においてこれまで 十 分 紹 介 されてこなかったメキシコ 国 内 の 研 究 者 による 主 な 先 行 研 究 を 渉 猟 し 分 析 視 点 を 設 定 している 現 地 での 先 行 研 究 として その 理 論 的 基 礎 を 新 古 典 派 開 発 経 済 学 に 置 き 外 資 主 導 の 開 発 モデルを 積 極 的 に 評 価 する 研 究 群 がある これらは 外 国 直 接 投 資 (FDI)と 輸 出 額 の 増 加 そして 一 部 の 産 業 における 生 産 性 の 上 昇 に 注 目 している これに 対 して 新 たなメキシコの 開 発 モデルを 批 判 的 に 評 価 するいくつかの 研 究 群 の 視 点 の 中 から 著 者 は 製 造 業 輸 出 部 門 における 国 内 地 場 産 業 からの 国 内 調 達 率 の 視 点 を 重 要 と 捉 え 本 書 の 問 題 意 識 の 1 つとしている なぜならマキラドー ラや NAFTA 等 の 枠 組 みを 通 じて 米 国 から 高 付 加 価 値 の 中 間 財 輸 入 が 増 加 す る 一 方 国 内 からの 中 間 財 や 部 品 調 達 率 が 改 善 されないという 同 国 経 済 の 輸 入 志 向 性 すなわち 国 内 産 業 連 関 の 欠 如 という 経 済 発 展 の 隘 路 をそこに 看 取 する からである 本 書 が 分 析 視 点 としてもう 1 つ 重 視 しているのは インダストリアル ディ ストリクト 論 ( 産 業 集 積 クラスター)である ただし 地 場 中 小 企 業 の 専 門 化 企 業 間 協 力 によって 柔 軟 な 専 門 化 が 発 揮 されるという 同 議 論 の 理 念 型 でメキ シコの 産 業 集 積 やクラスターを 捉 えることはできず その 特 徴 はメキシコに 進 出 した 多 国 籍 企 業 の 産 業 立 地 戦 略 と 強 固 に 連 結 している 点 にあると 指 摘 している さらに 本 書 の 研 究 関 心 は 産 業 集 積 がもたらす 同 国 国 民 経 済 の 分 極 化 の 69
北 米 地 域 統 合 と 途 上 国 経 済 解 明 に 向 かっている 筆 者 は これを 取 り 上 げる 理 由 として 産 業 集 積 自 体 そ してそれとの 多 国 籍 企 業 との 関 わりについては これまでも 研 究 が 蓄 積 されてき たが この 議 論 を 一 国 民 経 済 内 の 地 域 間 不 均 衡 および 地 域 経 済 統 合 (NAFTA 日 墨 EPA)という 今 日 的 な 国 際 経 済 環 境 と 関 わらせて 論 じたものは 少 なく そこに 研 究 上 の 空 白 があることをあげている 2. 各 章 の 要 約 第 1 章 経 済 開 発 戦 略 と 累 積 債 務 危 機 累 積 債 務 危 機 の 概 観 とともに 1980 年 代 以 降 の 新 自 由 主 義 の 台 頭 に 累 積 債 務 危 機 が 果 たした 歴 史 的 役 割 に 関 する 考 察 に 重 点 を 置 いている 危 機 から 構 造 調 整 政 策 の 導 入 によってメキシコの 経 済 運 営 が IMF 世 銀 および 多 国 籍 銀 行 企 業 に 共 同 管 理 されるに 至 った 一 連 の 過 程 に 焦 点 を 当 てながら 新 自 由 主 義 的 開 発 戦 略 の 起 源 を 明 らかにしようとしている 第 2 章 NAFTA と 主 要 輸 出 産 業 の 展 開 自 動 車 産 業 メキシコの 主 要 輸 出 製 造 業 部 門 である 自 動 車 産 業 を 取 り 扱 っている 自 動 車 産 業 の 大 きな 連 関 効 果 そして 対 外 開 放 政 策 と NAFTA 発 効 に 伴 い 同 産 業 向 けの FDI が 急 増 したことから 対 外 開 放 化 がメキシコ 経 済 に 与 えた 影 響 を 考 察 する 上 で 同 産 業 の 動 向 や 変 容 パターンを 検 討 することが 重 要 であると 指 摘 している メキシコの 自 動 車 産 業 は 国 産 化 率 の 大 幅 な 低 下 を 伴 いながら 輸 入 部 品 の 使 用 を 容 易 にする 自 由 化 の 結 果 一 定 程 度 国 際 競 争 力 のある 輸 出 車 を 生 産 できるよ うになった 他 方 で 輸 出 車 に 組 み 込 まれる 部 品 には 輸 入 部 品 が 一 層 用 いられるようになり サポーティング インダストリーの 発 展 にはほとんど 寄 与 していない 同 時 に 国 内 向 け 自 動 車 の 生 産 も 国 内 販 売 市 場 に 占 める 輸 入 完 成 車 のシェア 拡 大 により 市 場 規 模 が 延 びていない 第 3 章 自 由 貿 易 協 定 (FTA) 戦 略 の 進 展 2005 年 に 発 効 した 日 墨 経 済 連 携 協 定 (EPA)を 取 り 上 げている 前 述 の 自 動 車 産 業 と 同 様 に メキシコの 主 要 輸 出 産 業 である 電 気 電 子 機 器 部 門 では メキシコが 積 極 的 に 誘 致 してきた 日 本 多 国 籍 企 業 と 国 内 地 場 産 業 との 後 方 連 関 が 相 変 わらず 断 絶 状 態 に 置 かれている 日 墨 EPA によって 今 後 70
同 部 門 においても 輸 入 関 税 が 撤 廃 されれば この 後 方 連 関 の 非 接 合 状 況 はま すます 悪 化 すると 筆 者 は 推 測 している 日 墨 EPA は 日 本 多 国 籍 企 業 が 米 国 EU の 多 国 籍 企 業 との 国 際 競 争 に 打 ち 勝 ち さらなる 利 潤 獲 得 を 目 指 すために 制 度 設 計 されており 資 本 蓄 積 の 論 理 を 追 求 するものである それは 日 本 が 工 業 製 品 に メキシコが 一 次 産 品 に 特 化 し た 垂 直 的 な 国 際 分 業 構 造 を 固 定 化 する かつ 日 本 からの 投 資 も 特 定 地 域 に 偏 るこ とから 国 内 の 地 域 間 格 差 をより 強 固 なものとする さらに 国 内 地 場 産 業 にとっ ては 致 命 的 な 状 況 に 追 い 込 まれる 可 能 性 がある 第 4 章 NAFTA と 産 業 集 積 (クラスター)の 進 捗 過 程 NAFTA 発 効 による 北 米 域 内 のコスト 構 造 の 変 化 ( 貿 易 投 資 の 自 由 化 )が 多 国 籍 企 業 の 産 業 立 地 戦 略 に 与 えた 影 響 と それによるメキシコの 地 域 間 不 均 衡 の 拡 大 過 程 に 焦 点 を 当 てている NAFTA は 北 米 域 内 の 産 業 再 編 を 促 進 し メキシコ 国 内 においては 北 部 国 境 地 域 と 中 心 部 首 都 圏 に 産 業 の 二 極 集 中 化 を 生 起 させた 地 域 経 済 統 合 に 起 因 す る 国 内 経 済 の 利 益 は 必 ずしも 各 地 域 へ 均 等 に 分 配 されるわけではなく 多 国 籍 企 業 の 付 加 価 値 活 動 のネットワークに 参 加 できる 地 域 と 脱 落 する 地 域 が 選 別 化 され ており 産 業 発 展 態 様 が 地 域 間 で 不 均 質 (=モザイク 化 )となっている しかも 北 部 国 境 地 域 におけるマキラドーラの 集 積 は 中 間 投 入 財 調 達 からデ ザイン 販 売 マーケティングといった 前 方 後 方 連 関 を 強 固 に 米 国 と 連 結 してい る 多 国 籍 企 業 に 完 全 に 管 理 支 配 されており メキシコの 地 場 産 業 の 下 請 参 加 は 極 めて 稀 少 となっている OEM 生 産 を 行 うグアダラハラ 電 子 産 業 集 積 も それは 多 国 籍 企 業 に 主 導 されたものであり 地 場 産 業 の 発 展 あるいは 下 請 への 参 加 は 制 限 されている このように 前 方 後 方 連 関 が 極 めて 希 薄 な マキラドーラ 型 開 発 モデルの 問 題 点 は 依 然 として 未 解 決 のままである 第 5 章 NAFTA と 地 域 経 済 / 地 域 格 差 米 国 と 国 境 を 接 した 北 部 国 境 6 州 と 同 国 最 貧 州 の 1 つである 南 部 オアハカ 州 を 取 り 上 げ 地 域 経 済 間 の 比 較 分 析 を 行 っている 同 章 の 主 要 な 結 論 は 以 下 のよ うにまとめられる NAFTA はメキシコの 地 域 経 済 の 一 人 当 たり GDP 指 数 の 格 差 を 拡 大 しながら 展 開 している 南 部 州 では 依 然 として 恒 常 的 な 貧 困 の 蓄 積 が 進 行 している 一 方 で 北 部 州 では マキラドーラを 梃 子 に FDI の 受 入 れが 進 み 他 律 的 な 富 71
北 米 地 域 統 合 と 途 上 国 経 済 の 蓄 積 が 進 行 している そして 特 定 地 域 内 での 蓄 積 能 力 に 限 界 が 生 じると 企 業 は 別 の 空 間 に 地 域 間 の 不 均 衡 = 地 理 的 差 異 を 積 極 的 に 作 り 出 し 新 たな 資 本 蓄 積 の 源 泉 を 創 出 するとい うハーベイ(Harvey)によって 指 摘 された 視 点 が 本 書 が 対 象 とした 問 題 を 捉 える 上 で 重 要 であるとしている 3. 本 書 の 意 義 と 論 点 提 起 本 書 の 意 義 を まず その 視 点 と 分 析 対 象 から 述 べてみたい 筆 者 は 対 外 開 放 政 策 の 下 で 生 じた 1 製 造 業 輸 出 部 門 における 国 内 地 場 産 業 からの 国 内 調 達 率 の 低 下 2メキシコに 進 出 した 多 国 籍 企 業 とそれによって 形 成 された 産 業 集 積 3 同 国 国 民 経 済 の 分 極 化 すなわち 地 域 間 不 均 衡 の 拡 大 以 上 3 点 を 関 連 付 けて 分 析 している 本 書 に 関 連 する 先 行 研 究 としては 1について 日 本 では 田 島 [2006]が それに 注 目 してメキシコの 輸 出 志 向 工 業 化 と 韓 国 台 湾 のそれとの 異 質 性 を 示 すことを 試 みている 2については 谷 浦 [2000]が クルグマンの 空 間 経 済 学 のモデル( 需 要 規 模 収 穫 逓 増 輸 送 費 )を 用 いて 分 析 を 行 っている 3につ いては 対 外 開 放 化 以 降 のメキシコ 経 済 を 主 に 国 民 経 済 全 体 の 視 野 から 分 析 した Dussel Peters [2000]が 分 極 化 するメキシコ という 視 点 を 提 起 している 筆 者 は 各 論 者 から 個 別 に 提 起 されてきた 視 点 を 一 貫 性 のある 自 らの 論 理 展 開 の 中 に 位 置 づけ より 広 く 深 い 視 野 から 開 発 戦 略 の 転 換 がメキシコ 経 済 にもた らした 影 響 を 明 らかにしようとしている とくにメキシコ 経 済 の 対 外 開 放 政 策 に よって メキシコ 国 内 の 南 ( 部 州 における 貧 困 ) 北 ( 部 州 における 成 長 ) 問 題 が 進 行 したことを 詳 細 なデータを 基 に 解 明 する 試 みが 評 者 には 斬 新 に 感 じら れた さらに 筆 者 は Harvey [2005]の 視 点 を 援 用 して メキシコにおいて 地 理 的 不 均 等 発 展 が 起 こった 要 因 を 多 国 籍 企 業 が NAFTA 等 の 対 外 済 開 放 政 策 に 受 動 的 に 反 応 したことだけに 求 めるのではなく 多 国 籍 企 業 が 自 らの 活 動 にとって 有 利 な 空 間 経 済 を 能 動 的 に 再 編 成 する 政 治 経 済 的 主 体 として 行 動 した 側 面 か らも 捉 えている 我 が 国 においても FTA プラス 以 上 の 地 域 経 済 統 合 協 定 の 推 進 が 盛 んに 唱 導 されているが 本 書 が 提 示 した 視 点 からその 経 済 的 利 益 と 不 利 益 が 帰 結 する 先 を 冷 静 に 検 討 してみることが 必 要 であると 感 じた その 他 の 本 書 の 意 義 として これまで 我 が 国 では 十 分 紹 介 されてきたとは 言 え 72
ない メキシコ 国 内 の 研 究 者 を 含 む 大 量 の 先 行 研 究 を 渉 猟 していることがあげら れる また 著 者 の 主 張 を 裏 付 ける 豊 富 なデータや 図 表 も 類 書 の 中 では 群 を 抜 い たものとなっている 以 上 のことから 本 書 は メキシコ 経 済 研 究 を 志 す 者 にとっ て 格 好 の 手 引 きともなろう 最 後 に 本 書 で 示 された 議 論 を 発 展 させるために 重 要 と 考 えられる 論 点 を 提 起 したい 第 1 に 多 国 籍 企 業 主 導 による 産 業 集 積 で 先 進 国 との 分 業 において は 相 対 的 に 労 働 集 約 的 工 程 を 担 うことになるとは 言 え 先 進 国 からの 産 業 移 転 に よって メキシコの 産 業 構 造 が 徐 々に 高 度 化 しているとは 言 えないだろうか 自 動 車 電 子 産 業 ばかりではなく さらには 本 書 で 触 れられていない 航 空 機 産 業 IT サービス 産 業 のメキシコにおける 発 展 も( 国 際 貿 易 投 資 研 究 所 [2009]) こ れまでと 同 様 の 視 点 で 捉 えられるか 否 かを 検 討 しなければならないと 思 われる 第 2 に 中 所 得 国 の 罠 (Middle-Income Trap) (Ohno [2009])をいかに メキシコが 突 破 するかという 点 である メキシコにとって 多 国 籍 企 業 が 中 核 と なって 創 り 上 げた 産 業 集 積 による 発 展 というレベルから 韓 国 台 湾 のように より 自 力 で 高 品 質 の 製 品 部 品 を 世 界 に 供 給 できるレベルに 達 することが 次 の 目 標 となる これには 国 内 市 場 ( 内 需 )の 拡 大 による 規 模 の 経 済 を 利 用 し 裾 野 の 広 いサポーティング インダストリーを 育 成 することが 必 要 であろう( 芹 田 [2000]) 第 3 に 内 需 の 拡 大 そして 高 い 経 済 成 長 を 達 成 するには メキシコが 以 前 から 抱 えている 構 造 的 問 題 である 財 政 ( 税 制 ) 労 働 市 場 およびエネルギー 改 革 が 必 要 であり( 中 畑 [2010]) そのためにはそれらの 改 革 を 阻 む 国 内 外 の 政 治 経 済 的 要 因 を 分 析 しなければならない したがって 今 後 メキシコの 経 済 開 発 について 国 際 政 治 経 済 学 的 な 視 点 からの 分 析 をさらに 深 める 必 要 があると 考 えられる 参 考 文 献 国 際 貿 易 投 資 研 究 所 編 平 成 20 年 度 米 墨 間 国 際 分 業 関 係 の 研 究 報 告 書 国 際 貿 易 投 資 研 究 所 2009 年 芹 田 浩 司 経 済 グローバル 化 とメキシコ 自 動 車 産 業 国 内 部 品 産 業 に 対 する 多 国 籍 企 業 戦 略 のイ ンパクト アジア 経 済 第 41 巻 第 3 号 2000 年 3 月 田 島 陽 一 グローバリズムとリージョナリズムの 相 克 メキシコの 開 発 戦 略 晃 洋 書 房 2006 年 谷 浦 妙 子 メキシコの 産 業 発 展 立 地 政 策 組 織 アジア 経 済 研 究 所 2000 年 73
北 米 地 域 統 合 と 途 上 国 経 済 中 畑 貴 雄 メキシコ 経 済 の 基 礎 知 識 ジェトロ 2010 年 Dussel Peters, Enrique, Polarizing Mexico: The Impact of Liberalization Strategy, Boulder, Lynne Rienner Publishers, 2000. Harvey, David, A Brief History of Neoliberalism, Oxford, New York, Oxford University Press, 2005 ( 渡 辺 治 監 訳 森 田 成 也 木 下 ちがや 大 屋 定 晴 中 村 好 孝 翻 訳 新 自 由 主 義 その 歴 史 的 展 開 と 現 在 作 品 社,2007 年 ) Ohno, Kenichi, Avoiding the Middle-Income Trap: Renovating Industrial Policy Formulation in Vietnam, ASEAN Economic Bulletin, Vol. 26, Num. 1, April 2009. 74