5. 馬伝染性子宮炎撲滅への挑戦 一 20 年間の取り組み一 日高家畜保健衛生所 吉間昌行 渡邊斉 高山裕章 松岡鎮雄 青木仁久 嵯峨伸彦 奥田敏男 1) 1) 現十勝家畜保健衛生所 はじめに 馬伝染性子宮炎 (CEM) は監視伝染病であり 生産性を強く阻害する疾病である また 我が国が未だ C EM 汚染国であるは競走馬の国際化にとっては大きな障害となっており 早期の撲滅が求められている 全国の軽種馬の約 80% を生産している当管内においては 昭和 55 年の大流行以来 地域ぐるみで防疫に努めてきた結果 発生頭数は徐々に減少してきた 平成 10 年度からは平成 9 年度までの検査に加え CEM 保菌馬となり得る馬について PCR 法を併用した交配前の頻回検査をし さらに陽性馬については陰核洞切除手術を取り入れた治療を実施することにより 撲滅へ向け成果を上げている I 平成 9 年度までの発生状況と防疫体制の推移 ( 図 1) 1 初発生年度の発生状況および緊急自衛防疫体制 昭和 55 年 5 月 日高軽種馬農業協同組合と日本中央競馬会競走馬総合研究所栃木支所が共同で行った馬の子宮細菌叢の調査により CEM 菌の存在が確認され さらに同月 臨床症状を有する 4 頭の繁殖雌馬の子宮外口から C EM 菌が分離された [6] これを受けて 日高家畜保健衛生所をはじめ各町関係団体で組織している日高家畜衛生防疫推進協議会 ( 日高推進協 ) を推進母体とし 自衛防疫の徹底をはかることとした 緊急措置として 14 日間にわたり管内での交配を全面的中止し 種雄馬および空胎雌馬の検査を実施した この自衛防疫では 種雄馬 9 頭 繁殖雌馬 208 頭の計 217 頭を摘発した [6] 2 家畜伝染病予防法 ( 予防法 ) による CEM 一斉検査の実施 CEM の大量発生により 全頭一斉検査の必要に迫られ 昭和 55 年 8 月に北海道が示した馬伝染性子宮炎防疫事業実施要領にづき 10 月から予防法による種雄馬および繁殖雌馬の一斉検査 ( 定期検査 ) を実施することになった 1 ー 8] この検査は CE 馬を繁殖期前に摘発する目的で実施し 培養検査を主体に行った 定期検査および病性鑑定で種雄馬 4 頭 繁殖雌馬 100 頭を摘した http://www.agri.pref.hokkaido.jp/kaho/hapyo/1999/1999-05.html (1/7)2007/01/24 14:56:51
昭和 55 年度は最終的に種雄馬 13 頭 繁殖雌馬 308 頭の計 321 頭を摘発した [8] 3 定期検査導入後の発生状況 定期検査の実施は功を奏し 昭和 56 年度の発生は 56 頭で 昭和 57 年から昭和 59 年は概ね 30 頭前後の発生にとどまった しかし それまでの減少傾向にも関わらず 昭和 60 年には 突然 種雄馬 9 頭 繁殖雌馬 110 頭の計 119 頭が摘発された 4 繁殖期における CEM 自主検査 ( 繁殖期自主検査 ) の実施 この発生により 非繁殖期に実施する定期検査のみでは繁殖期における CEM の流行には対応できないことが明らかとなり また CEM 菌の活動が繁殖期に活発化する点も踏まえ [2'9] 定期検査とは別に繁殖期の防疫体制を整える必要に迫られた 昭度から臨床上異常のある馬 無症状であっても受胎し難い雌馬を対象に 年間 600 頭から 1,000 頭程度の培養検査を実施し 5 繁殖期自主検査導入後の発生状況 昭和 61 年度からは定期検査に加え 繁殖期自主検査を導入することになったが 昭和 61 年度から昭和 63 年度の発生は 10 後で推移し ただちには効果が上がらなかった しかも昭和 62 年度には種雄馬の発生としては 過去最高の 14 頭の発生がみらた これに伴い 昭和 63 年度からは種雄馬繋養牧場の衛生指導を強化したところ 急速に発生数が減少し ['o] 平成 2 年度年度は年間数十頭の発生がみられるのみとなった しかも平成 7 年度には一旦発生数はゼロとなった 6 CEM 保菌馬対策の重要性 ( 図 2) しかし 平成 8 年度には種雄馬 (A)1 頭に関連した CEM の流行が確認された [5] その後の疫学調査で この種雄馬は していたと思われる雌馬 ( 平成 6 年度陽性馬 ) と交配し その後交配した管内外の 25 頭の繁殖雌馬に次々に感染させるという事が発生し さらにこれらの繁殖雌馬のうちの 1 頭と交配した別の種雄馬 (B) を介してさらに 2 頭の感染が確認された このことは たった 1 頭の CEM 保菌馬が発端となり 容易に何十頭もの単位で流行が起こり得ることを示しており CEM 撲目指すためには CEM 保菌馬対策に重点を置いた防疫が不可欠となった さらに これら CEM 保菌馬は清浄化が進むにつれ 不顕性の保菌馬が多くを占めるようになってきたため これらの馬を効率く摘発する体制づくりも求められてきた 平成 9 年度の検査では 前年度の陽性馬は交配前に培養検査で3 回連続陰性が確認されるまで次の繁殖期の交配を自粛することとした この検査で平成 8 年度の陽性馬のうち3 頭が再び陽性となっており ( 図 2) 洗浄 抗生物質による治療には限界がありことがC EM 保菌馬を生む原因の1つになっていることが考えられた また 一方でCEM 保菌馬の摘発を目的に PCR 法の断への応用が検討され 一部試験的に実施し 有用性を確認した [4] 平成 10 年度からの防疫体制 ( 図 3,4) http://www.agri.pref.hokkaido.jp/kaho/hapyo/1999/1999-05.html (2/7)2007/01/24 14:56:51
1 組織的な取り組み 平成 10 年度からは定期検査 繁殖期自主検査に加えC EM 保菌馬検査を積極的に取り入れ 本格的にC EM 撲滅に向けたを推進することになった 検査を実施するに先立ち 日高推進協に馬伝染性子宮炎清浄化対策推進事業運営委員会を設置し CE 保菌馬検査の円滑な実施を目指した また CEM 採材方法 治療マニュアルの作成 講習会の開催等により地元獣医師の技術統一をはかった 2 CEM 保菌馬対策の実施 不顕性の CEM 保菌馬を摘発するには CEM 菌が活発化する繁殖期の頻回検査が不可欠なごとから 繁殖期を間近にひかえた 1 日以降に 3 回の検査 (CEM 保菌馬検査 ) を実施することとした 過去 3 年間の検査成績を踏まえ CEM 陽性馬および疫学的に CEM の感染が強く疑われた馬をハイリスク馬と指定し CEM 馬は当該年度をのぞく 3 年間 感染が疑われた馬は 1 年間を検査 監視期問とした http://www.agri.pref.hokkaido.jp/kaho/hapyo/1999/1999-05.html (3/7)2007/01/24 14:56:51
(1) 採材方法 ア雌馬 空胎雌馬は 2 週間以上の間隔をあけて 3 回の検査を行い 3 回目は発情時に実施した 妊娠馬は 1 回目は分娩前 2 回目は分娩後 3 回目は発情時に実施した この 3 回の検査の陰性をもって交配可能とした いずれの場合も発情時の検査は必ず実施することした 検査方法は培養検査 PCR 法で 検体は子宮外口 陰核窩 陰核洞のスワブとした さらに抗体検査のための血清を採た 培養検査および PCR 法で陽性が確認された場合は 治療ののち確認検査を実施した 抗体検査は疫学を把握するための参考した イ種雄馬 2 週間以上の間隔をあけて 3 回の検査を行った この 3 回の検査の陰性をもって交配可能とした 検査方法は培養検査 PCR 検体は尿道窩 尿道口 包皮のスワブとした さらに抗体検査のための血清を採材した 培養検査あるいは PCR 法で陽性が確認された場合は 治療ののち確認検査を実施した 抗体検査は疫学を把握するための参考とした (2) 検査方法 ア培養検査 検体を 10% 馬脱線維素血液添加ユーゴンチョコレート寒天培地で 10% 炭酸ガス 37 6 日問培養ののち判定を行った イ PCR 法 ( ア ) ダイレクト PCR 検体を P B S に懸濁し 遠心沈渣から DNA を抽出し 安斉らの方法 [a 岨コおよび江口らの方法 [7] で実施した ( イ ) カルチャー PCR 培養検査後の分離培地表面を綿棒で擦過し P B Sに懸濁し 遠心沈潜からDNAを抽出し 安斉らの方法 [3' 一 ] およ 方法 [7] で実施した http://www.agri.pref.hokkaido.jp/kaho/hapyo/1999/1999-05.html (4/7)2007/01/24 14:56:51
ウ抗体検査 間接血球凝集 (IHA) 反応 [2] により実施した 3 繁殖期自主検査の強化 従来の繁殖期自主検査を強化するため 培養検査 抗体検査に加え P C R 法を併用した また 臨床上異常を示す馬のみな疫学関連馬についても検査対象とした 陽性が確認された場合は 治療ののち確認検査を実施した また 今まで特に取り決められていなかった疫学関連種雄馬の取り扱い方法を指定し 治療後 中 1 日以上の間隔をあけて 連 3 回の陰性が確認されるまで交配中止とした 4 陽性馬対策の強化 従来から行っていた消毒剤を用いた洗浄と抗生物質投与による治療に加え 平成 10 年度からは次の 2 点を奨励した (1) 陰核洞切除手術 局所麻酔下で正中および左右側陰核洞を横行小帯ヒダ 陰核亀頭等の陰核洞周囲組織とともに切除した [2] (2) とう汰 CEM 陽性馬に対しては積極的にとう決を勧めた III 平成 10 年度の C E M 検査成績 10 頭の陽性が確認された そのうち8 頭は平成 8 年度の種雄馬 A 関連馬であり ハイリスク馬であった 8 頭のうち1 頭は定で陽性が確認され 7 頭はC EM 保菌馬検査で確認された また 残りの 2 頭は繁殖期自主検査で確認されたもので 1 頭は陽性雌馬と交配した種雄馬 (C) で もう 1 頭はその疫学が不あった ( 図 2) 種雄馬 C が陽性雌馬と交配してから交配中止になるまでの間に交配した雌馬 12 頭について追跡調査を実施したが 陽性馬は認められなかった 検査方法別にみると ( 表 1) 陽性馬 10 頭中培養検査で陽性が確認されたのは2 頭にとどまり PCR 法では10 頭とも陽性これら10 頭のうち ダイレクトPCRでのみ陽性を示したのは2 頭で カルチャー PCR 法でのみ陽性を示したのは4 頭であっ両方で陽性を示したのは3 頭であった 陽性雄馬についてはダイレクトPCRでのみ陽性を示した IHA 反応については陽性馬中 6 頭が陽性を示したが この検査はC EM 感染の判定基準とはせず 疫学上の参考とした 9 頭の陽性雌馬のうち 7 頭について陰核洞切除手術を実施した 陽性雌馬 1 頭と陽性雄馬は洗浄と抗生物質投与による治療を行い 残る陽性雌馬 1 頭はとう汰した http://www.agri.pref.hokkaido.jp/kaho/hapyo/1999/1999-05.html (5/7)2007/01/24 14:56:51
V 平成 11 年度の C E M 検査成績 CEM 保菌馬検査 繁殖期自主検査および病性鑑定のいずれの検査においても陽性馬は摘発されていない V まとめと考察 昭和 55 年度の初発生以来 検査体制を幾度となく見直し 強化 改善してきたが撲滅は容易でなく はや 20 年目を迎えた し 新技術の導入と関係団体をはじめ地域ぐるみの全面的な協力体制により ようやくここにきて CEM 撲滅も現実味を帯びてきた 特に 平成 10 年度から取り上げた次の項目の重要性が確認されたので これらは今後においても CEM 撲滅へ向けた有効手段して継続していくことが必要である 1 採材法および治療法の統一化 平成 10 年度の CEM 検査を実施するに先立ち 採材法 治療法を検討し マニュアルの作成および講習会の開催を通じ 採材療法の統一化をはかったことは CEM 撲滅への体制を円滑に推進する上で有意義であり 地元獣医師の意識向上の一助ともなった 2 PCR 法の有用性 平成 10 年度の検査で摘発された 10 頭のうち通常の培養検査では 2 頭が陽性を示し PCR 法ではすべてが陽性を示した ことから CEM 保菌馬を摘発するためには PCR 法の併用は非常に有用であった なかでもカルチャー PCR は 培養検査とダイレ PCR の両方で陰性であった 4 頭においても陽性を示し 必須の検査方法であることが示唆された 3 陰核洞切除手術の有用性 これまで陽性雌馬に対しては主に洗浄および抗生物質治療が施されてきた しかし 平成 9 年度の追跡調査では前年度の陽性馬のうち 3 頭の保菌が確認され 平成 10 年度の検査においても 摘発された雌馬 9 頭のうち 7 頭が過去に洗浄および抗生物質治療施された馬であったことは このような治療法には限界があると思われる 抗生物質治療が困難な理由としては陰核洞の解剖学的構造によるものが大きい 雌馬における保菌部位は陰核洞および陰核窩で CEM 菌は内部に蓄積した垢の中に潜んでいる [2'9] 陰核洞は最も深い核洞とその左右にある側陰核洞の 3 つの陰核洞からなる 陰核窩および側陰核洞は洗浄によって蓄積した垢を除去し抗生物質を浸透させることが可能であるが 正中陰核洞については深いため非常に困難である 平成 11 年度の検査で 陰核洞切除手術を受けた CEM 保菌馬からは 1 頭も陽性が確認されなかったことは 陰核洞切除手術が EM 撲滅に向けた効果的な治療法であることが裏付けられた 4 とう汰 平成 8 年度以降 当管内で陽性が確認された 29 頭のうち 12 頭がとう汰されており とう汰についても C EM 撲滅のための的な手段であった 稿を終えるに当たり 検査法および治療法のご指導ならびに PCR 法の実施等 多大なる支援を頂いた安斉了研究役はじめ日本央競馬会総合研究所栃木支所の方々 IHA 抗原を供与して頂いた家畜衛生試験場病原診断研究室 江口正志室長に深謝します 引用文献 [1] 赤樫博武, 太田勤, 長瀬昇, 他 1 第 30 回家畜保健衛生業績発表集録, 北海道,136-144,(1982) [2] 安斉了 : 馬伝染性子宮炎, 社団法人全国家畜畜産物衛生指導協会編, 第 2 版,1-20,(1997) [3] 安斉了, 江口正志, 関崎勉, 他 1 第 122 回日本獣医学会,(1996) [4] 安斉了, 和田隆一, 兼丸卓美, 他 : 第 124 回日本獣医学会,(1997) [5] 千葉裕代, 佐藤研志, 奥田敏男, 他 : 第 44 回家畜保健衛生業績発表集録, 北海道,47-53,(1996) http://www.agri.pref.hokkaido.jp/kaho/hapyo/1999/1999-05.html (6/7)2007/01/24 14:56:51
[6] 千川浩治, 前田裕, 成瀬昌夫, 他 : 第 28 回家畜保健衛生業績発表集録, 北海道,128-135,(1980) [7] 江口正志, 安斉了, 西森敬, 他 : 第 122 回日本獣医学会,(1996) [8] 前田裕, 千川浩治, 長瀬昇, 他 : 第 29 回家畜保健衛生業績発表集録, 北海道,157-164,(1981) [9]0ffice International des Epi zooties, Manual of Standar and B Diseases of Mammals, Birds and Bees,389-393,(1996) [10] 山口俊昭, 阿部修二, 石山敏郎, 他 : 第 39 回家畜保健衛生業績発表集録, 北海道,36-41,(1991) http://www.agri.pref.hokkaido.jp/kaho/hapyo/1999/1999-05.html (7/7)2007/01/24 14:56:51